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ピープル

ピープルは3月末で連載を終了します。これまでご覧いただき、ありがとうございました。
また過去の記事に関しても、閲覧は5月末までとなります。ご了承ください。
(記事へのコメント募集についても終了させていただきます)

超低出生体重児「超低出生体重児の子育て」

超低出生体重児を持つ親たちを支える

[写真] 体重542グラムで生まれた超低出生体重児、生後2日目の映像。

「超低出生体重児」。通常赤ちゃんは2800?3200グラムの間で生まれてきますが、1000グラム未満で生まれた小さな赤ちゃんのことをこう呼びます(以前は超未熟児と呼ばれていました)。NICU(新生児集中治療室)に生まれてすぐ入れられます。かつては生まれてきた命が救えるかどうか危ぶまれたのですが、医学の進歩により、ここ10年ほどで超低出生体重児の約8割が助かるようになりました。

[写真] かつて1000グラム未満の子どもは成長が危ぶまれたが、医学の進歩により救えるように。

しかし、NICUを出ると超低出生体重児の親には大きな苦労が待ち受けています。
思うように進まない成長、いつ病気になるかわからない不安。しかし、一般的な体重の赤ちゃんと違い、超低出生体重児のデータはまだ少なく、医師もこの先どのように成長するか見通しを示す事が出来ません。普通の子どもなら「ささやかなこと」で片付けられることも、「命にかかわること」になるのではと、気の休まるときはありません。

[写真] 肺の機能が未発達なまま生まれてきたため今も酸素が欠かせない竹島希乃花ちゃん(1歳8ヶ月時点)

一方で、こうした子どもの親たちをサポートする取り組みも始まっています。
熊本市内で月に1度行われている、NICUを退院した子どもを持つ親たちの集い、「ガンバリッコ仲間」。ここでは退院後、ほとんどサポートを受けられなくなった母親たちが日ごろの悩みや不安を打ち明けています。代表の林 英美子さんも超低出生体重児の息子を持つ母親です。「不安や悩みを分かち合える場が欲しかった」とこの会を発足。現在、発足2年で会員は70人を超えています。

[写真] NICUを出た子どもたちの親が集まってつくる会「ガンバリッコ仲間」(熊本市)

県もこの活動をバックアップし始めました。1500グラム未満で生まれた子どもを持つ親を対象とした「リトルエンジェル支援事業」では、臨床心理士によるカウンセリングや保健師による家庭訪問など、病院ではフォローしきれない母親の悩みに応えようとしています。

[写真] 〔写真〕東京都で最大級のNICUを持つ東京都立墨東病院

また、超低出生体重児の親に対して積極的にサポートを進めている病院もあります。東京都でも最大級のNICUを持つ東京都立墨東病院では、12年前から母親に対するサポート活動「おたまじゃくしの会」を行っています。この会の特徴は、医師や看護師、臨床心理士なども業務として参加すること。母親と病院スタッフが協力して発行している機関紙は、母親の疑問に対する専門医からの回答や病院への要望など、率直な意見交換の場になってきました。

他にも、親たちがつくるインターネット上のコミュニティや、NICUでの勤務経験がある小児科医がつくった子育て支援の為のネットワーク赤ちゃん成育ネットワークなど、徐々に各地で出来つつあります。

しかし、まだまだ十分ではありません。親、医療関係者、自治体、みんなでバックアップできるようなネットワークをつくっていくことが不可欠です。この子たちが安心して育つことのできる環境は、言い換えれば誰もが子育てしやすい環境とも言えるのではないでしょうか。

(2007年4月16日福祉ネットワーク「超低出生体重児?母親の悩みにどう応えるか??」より再構成)

2007年06月06日(水)

超低出生体重児「超低出生体重児の子育て」 のほかのエントリーへ

コメント
  • 私も三人目の子が704グラム生まれてきました。一応看護師していたこともあり、家族に心配させたくなくて、誰にも不安を話せません。病院の看護師や医師にも、忙しそうで、話せず保健センターの保健婦は、まったく頼りになりません。時々育児不安おそわれて涙とまりません。サポートしてくださるなにかが、日本全国どこにでもあればとおもいます。

    投稿者: ひろママ | 2008年6月18日

  • うちの子供も昨年の12月に752gで産まれ、NICUで4ヶ月間入院し、4月から家に帰って家族揃っての生活を送っています。入院当時は「未熟児網膜症」になりレーザー手術を2回して何とか失明は食い止めることができました。今のところ、何の問題もなく成長していますが、外出はできるだけ控え、ほとんどを家の中で過ごしています。6ヶ月にして体重は4500gしかありませんが、元気に育ってくれていることに感謝しています。超低体重児で産まれてきてくれただけでも「奇跡!」子供の強い生命力を感じています。解らないことだらけの毎日ですが、何とか元気にすくすく育ってくれ、育児が楽しくなってきました。これも、出産以降支えてくれたNICUの医師、看護師の皆さんのお陰だとつくづく思います。いろいろなことを細かく説明してくれて、一緒に喜び、時には慰めてくれたスタッフの存在があったからこそ、前向きになってこれたと思っています。親は子供を信じることしかできません。後は先生や看護師さんにお任せして、わからないこと、不安に思うことはドンドン質問することが大切だと思います。それが子育ての自信につながり、少しづつ不安も解消できるのではないかと思っています。まわりを見ても、保育器に入っている赤ちゃんはみんな大きい。どうしても他の子供と比べてしまうのはしょうがないと思います。でも人それぞれの生き方があって、自分の子供も大きくなろうと頑張っているんだからと心臓につけたモニターを眺めながら願っていました。入院中はいくつものハードルがありました。点滴を6本もつながれたり、輸血をして浮腫んだり、光治療をしたり・・・一つずつ乗り越えていく度、時間がたつにつれて確実に成長していきます。毎日の面会が辛い時かもしれません。私も何度、泣いたかはわかりませんが、是非、あかちゃんを信じて頑張ってください。えらそうな事はいえませんがはじめての子供にして、いろいろな事を教わった駆け出しのママの体験談です。最近では笑うようになったり、首が据わったり、小さいながらも頑張ってくれています。それが私たち夫婦にとって、1番の幸せです。最後になりましたが、以前から飼っていたM.ダックスは退院以来、母性本能がはたらいて、子供の母親代わりになっています。ぴったり横にくっついて、子供が泣くと1番に駆けつける天才?(笑)ママです。

    投稿者: アミママ | 2008年6月26日

  • 私は、2006年7月に25週3日で746㌘の女の子を出産しました。
    もうすぐ3歳のお誕生日を迎えます。

    涙、涙の出産でした。

    未熟児の世界・・・かけがいのない我が子を身ごもっておきながら、いかに自分自身が無知であったかを思い知らされました。

    もっと慎重に生活していれば・・・と自分を責める毎日でした。

    人工呼吸や沢山の点滴に繋がれた我が子を笑顔で受け止められるようになるまで、どれだけ涙を流したでしょう。

    3年が経とうという今でも、あの頃の我が子を思うと涙します。

    産まれた時はとても不安で悲しくて〝どうして・・・?〟と落ち込んでばかりいました。
    だけど子供から教えられる事って沢山あるんですね。我が子が生きようと一生懸命頑張っている姿を見て〝強くならなくては〟と胸をしめつけられました。

    本当にいろいろな方に支えられて、愛されて日々成長していく我が子をみながら泣いたり笑ったりいろいろな思いをしてきました。

    私たち夫婦が親として成長するための機会を沢山与えてくれました。

    大きすぎる壁もありましたが、1つずつ、1歩ずつ乗り越えてくれました。

    一生分の苦しみを今体感しているのだから・・・
    これから先は楽しい事が山のように待っている、そう信じて見守るしかないのですよね。

    いつか笑って話せる日がきっときます。

    我が子もすくすくと成長してくれて、生意気ばかり言うようになりました。

    身内の間では〝奇跡の子〟と呼ばれています

    投稿者: まつりママ | 2009年6月30日

  • 私は、今年の1月に740gで3人目の子を帝王切開で産みました。
    一人目、二人目と普通に出産できたのに、何故??という気持ちがありました。

    3人目ということで、慣れてしまって、食事も不規則、仕事も朝8時から夜中の11時くらいまでしてました。今、思えば、全部自分の不規則な生活がおなかの子を苦しめていたんだなと思います。

    皆様のコメントを見て、私だけが不安なんじゃないと思い、これからもがんばっていこうと思います。

    投稿者: ひとりん | 2010年8月15日

  • 初めまして。私は40代の主婦で2児の母です。
    もう子供は大きくなりました。
    次女は1502グラムで産まれました。
    9ヶ月の早産でした。
    娘は元気で約1週間で保育器から出ました。
    でも小さく生まれたので、ぜんそくがあり大変でした。
    よく入院もしました。
    本当に大変な思いをしましたが、今はもう高校1年生です。
    ただ漏斗胸があるのでよく心臓の検査にひかかります。生まれたときから、気にはなっていましたが・・・
    そろそろ娘のほうが身長も大きくなりそうです。

    投稿者: エンジェル | 2010年10月 9日

  • はじめまして。私は710グラムで生まれました。母親は小さく生んだのは私の責任と、とても責めていた時もあったみたいですが一生懸命育ててくれて心から感謝しています。未熟児網膜症もあったみたいですがレーザー手術により視力も普通にあり、小学生低学年までは体が弱く熱をよく出していましたが、肺が強くなって体力もつくから!と水泳をし出してからは体も強くなり、とても元気になりました。今ではあなた太りすぎと言われますが!両親には健康面でとても心配をかけましたが、おかげさまで今年30歳を迎え元気な男の子を出産する事ができました。お世話になった病院の先生方や両親にとても感謝しています。苦労をかけた分、せめてもの親孝行と思い、孫を連れてよく顔を出しています。

    投稿者: ゆい | 2011年11月24日

  • こんにちは。私は744gで生まれました。現在19歳です。生後一年間、NICUでお世話になり、4000g近くで退院しました。今年、大学二年生になります。先天性なのかわかりませんが、高機能広汎性発達障害を持っています。私にできる事は微力ですが、この書き込みを見て、頑張って生きていこうとつくづく思います。

    投稿者: 優 | 2014年1月30日

  • 息子は、975gで産まれ、心臓病、髄膜瘤、鎖肛、と病気があります。現在、13キロまで大きくなり12回手術を乗り越えたとは思えません。しかし、鎖肛のため肛門筋がなく、排便コントロールが難しいです。また、鼻咽頭閉鎖不全があり鼻から息が漏れ、会話が上手く聞き取れません。背も小さい為、毎晩成長ホルモンの注射も打っています。喘息もあります。将来を考えると不安で仕方ありません。
    でも、他にも沢山戦ってる家族の方がいるので、私も日々生きていこうと思っています

    投稿者: Anonymous | 2014年1月31日

  • 私は、1100グラムで生まれました。
    今は、
    34歳です。
    先生に
    三歳まではどーなるかわからないと言われていたそうですが
    当時ではかなりめずらしく
    なんの障害もありません。
    いまは、二人の子供の子育てに奮闘しています!


    投稿者: Anonymous | 2014年1月31日

  • 我が子も 2007年5月に、胎盤剥離で緊急帝王切開で26週 688gで誕生しました。
    「お母さんが危険なので、母胎優先で手術します。
    赤ちゃんは、諦めてください。10日が 山です!」と、主人には、伝えられたそうです。

    たくさんの病気や手術や危機を乗り越え、4ヶ月後に退院できました。

    身体は小さく、病気はよくしますが、大きな障害もなく 今では、元気に保育園に通っています♪
    年長の運動会の徒競走では、普通に生まれた子達を抜かして、1等賞になりました!
    リレーもバトンを1位で渡すことができました。
    ワンパク過ぎて困るくらい、元気に成長してくれています!

    4月からは、小学1年生の普通クラスに通えることになりました!
    思い返すと…退院後の1週間が、一番不安でした。その後も、肺疾患もあり 風邪を引かせたら命に関わると、言われて 冬中 引きこもりました。
    保育園入園までの三年間は、スゴく長く感じましたし、ノイローゼになりそうな日々もありましたが…未熟児仲間と出会い、情報交換など交流しながら 乗り越えてきました!
    今でも、何でも話せて 仲良しなNICU出身の仲間に出会えたのも、我が子のお陰だと思っています。

    出産は、母子ともに命懸けだと言うことを身を持って体験できました。

    2人目も、悩みましたが ぜひ兄弟を…と、いう思いで、妊娠 37週の予定帝王切開まで、緊急入院なく 無事に産むことができました。
    今では、激しい兄弟ゲンカもありますが、お兄ちゃん大好きな弟もいて、毎日 幸せいっぱいです!

    家族は勿論、本当にたくさんの方に支えられてきました。

    投稿者: 健ママ | 2014年1月31日

  • 私の娘は490gで27週で帝王切開で産まれました。私が高齢出産の為に妊娠中毒症がひどくなったから赤ちゃんが発育遅延になりました。今は10才になりましたが、咳が長引く事や軽度知的障害があります。でも、頑張ってバレエのレッスンをしています。少食と偏食がひどくて困ってます。

    投稿者: あんこ | 2014年1月31日

  • 2014年1月25日、娘が24週で568グラムの男の子を、帝王切開にて出産しました。生まれる前に先生からいろいろお話を聞くことができました。先生方は普通に経過を見ていれば予定日には2500グラムくらいにはなって退院できるでしょう、とおっしゃっていました。ただ絶対ということではなく、まれに感染症にかかたりすると、予後が良くないということでしたが、うちの孫はその感染症にかかってしまいました。今現在良い状態とは言えません。可愛い初孫がたくさんの管につながれ、動かないように手足を押さえられ、一生懸命頑張っている姿に、何としても生き延びてほしいと思いますが、娘が精神的に参っていて、自分を責め、将来に不安を持ち、毎日泣いています。病院に母乳を届けに行く以外は部屋にこもっています。
    また娘は事情があって、夫になる人がそばに居られません。
    私も、どうしたら良いか悩んでいます。ことばかけも、安易な励ましも慰めもできません。
    せめて話を聞いてもらえる場所はないかと、このページにたどり着きました。きっと、娘と同じように、今悩んでいる方も、切なくてどうしたらよいかわからなくて苦しんでいる方も、いらっしゃると思います。
    皆さんはどうしていらっしゃるのでしょうか?
    このページの、趣旨、支える、ということとは反対に悩んでいる、ということで、このページを利用させて頂き申し訳ありません。

    投稿者: ばあば初心者 | 2014年2月13日

  • はじめまして。私はH25年10月に27週で双子を804gと1214gで出産しました。早産の原因は双胎間輸血症候群(TTTS)という妊娠中トラブルによるものでした。
    こちらにコメントを寄せられる皆様と同じように、まだ胎児と呼ぶに相応しい姿にたくさんの管を付け、輸血をし、口から肺へ呼吸器の管を通さなければ自分で息も出来ない、そんな状態でした。
    医師からはまずは3日、そして1週間、1ヶ月と乗りきりましょうと言われました。
    正直NICUに我が子の面会に行くのが辛くて怖くて嫌でした。自分はなんてことをしてしまったんだろうと責め、思い描いていたお産と全く異なる現実を受け入れるのが怖くて怖くて仕方ありませんでした。
    目の前にいる赤ちゃんが自分の子供であり、私は母親であるという実感すらありませんでした。

    しかし約4ヶ月の入院中、子供たちはいくつもの試練を目の前にし、それを乗り越えました。
    動脈管開存症オペ、未熟児網膜症レーザー治療、黒焦げになる程浴びた黄疸の光線治療など…
    自分で呼吸することや、排泄、ミルクを飲む事などの当たり前の事が超低出生体重児で産まれた我が子達にとっては「出来るようになる」事が大きな一歩であって、大喜びするほど大切な出来事でした。
    子ども達が、そんな「当たり前」の動作を出来るようになることや、治療を乗り越えることで私も少しずつ「母親」になり、少しずつ強くなってゆくことができました。

    今は退院して、修正2ヶ月をもうすぐ迎えようとしています。
    NICU入院中は本当に毎日たくさんの涙を流しました。みんなが普通に出来たことがなぜ私は出来なかったのか、なんで超未熟児なのか、そもそもなんで双子だったのか…そんな答えの無い、考えるだけ無駄な疑問ばかり頭に浮かびました。事実は誰にも知られたくなくて、誰とも話したくありませんでした。
    けれど子供たちの生命力と、現代医学のパワーはほんとに強く、信じて立ち向かえば必ず乗り越える事が出来ました。
    退院後の現在は通院やリハビリに通いながら、ほんとに元気に成長していってくれています。
    もちろん、発達のことや心配事はつきませんがこれからもどんなことがあろうとまず子供達を信じて、私は親として出来ることは全力で行っていきたいと思っています。

    投稿者: ふたごまま* | 2014年3月 3日

  • 1993年に墨東病院へ統合される前の築地産院で
    26週5日で810gの女の子を帝王切開で出産しました。その子もいろんな病気やけがで入院を何度もしながら育ち20歳を迎え元気に学校へ通学しています。私は、とにかく他のお子さんと比べない
    この子はこの子のペースがあると思いながら子育てしました。幼稚園へ入園したころには、差はあまり感じられなくなりました。初めてわが子と対面したときは、涙がとまりませんでしたが生後3ヶ月で保育器をでたときはうれしかったです。
    抱っこさせてもらったときも涙でした。
    退院するときも涙涙でした。
    お世話になった先生方や看護婦さん方の感謝感謝でした。私は、看護婦さんとの日記が心の支えでした。娘も成長したときに見せましたら、何度も何度も読み返していました。宝物です。
    小さく生んでしまってとか、自分を責めず、明るく子育てしていくのが一番です。
    私は、娘にお母さんのおなかにいるより
    (早く外に出たかったんでしょ?)と言うと
    そうそうって笑ってます。生まれたばかりは不安でいっぱいでいろんな壁にもぶち当たりますが
    乗り越えた分ここまで育てた~と思いますから
    みなさんにも楽しんで子育てしてほしいと思います。ファイトー

    投稿者: ゆきちゃん | 2014年3月20日

  • 2014年1月に投稿されていたあんこさん。はじめまして。私は2013年12月に治療の末妊娠した我が子を23週と0日で緊急帝王切開で出産しました。517gです。その小さな命は2時間で息絶えてしまいお空へと帰っていきました。
    今も思い出すと悲しさと悔しさでいっぱいになります。しかし泣いてばかりはいられず産後休暇後復帰し現在は仕事をしております。この書き込みをみてまた当時の重いが沢山こみあげてきました。この悲しみや悔しさまた子に対するいとおしさから来るやりきれない思いへの解決法はないと思います。私は今も苦しんでいます。私も誰かに教えてほしいです。この悲しみから何時抜け出せるのかを・・・。

    投稿者: かお | 2014年5月28日

  • 私は2009年に500gと600gの双子の男の子を出産しました。24週での出産でした。
    私もなぜもっとお腹で育てることが出来なかったのか…と毎日泣いて過ごしました。周りには小さく出産した人が居なかったため誰にも辛さを話せませんでした。
    毎日毎日病院に母乳を届けに行き、我が子が保育器の中で頑張っている姿を応援するだけでした。
    そんな双子も現在4歳です。肺が弱いため風邪をこじらせ何度肺炎で入院したことか・・・。4歳の今でも時々高熱が出て心配しますが、年々丈夫になり入院することも少なくなりました。
    やはり体は他の4歳児より小さく細めですし、言葉を覚えるのも遅かったです。まだまだ心配事はつきませんが、確実に成長している2人を長い目で見守りたいと思っています。
    今現在多くの不安を抱えている超低出生体重児を持つお母さん達がこのコメントを見て少しでも元気を出してくれたら嬉しいです。

    投稿者: 妖精ママ | 2014年5月29日

  • 私は体外受精で双子を授かり600と1000グラムで出産しました。お腹で育っていないことがわかり28週で帝王切開で産むことを決断しました。どちらも女の子です。600の子は4ヶ月入院して色々な治療をしました。もうすぐ1歳ですが体重は5キロしかありません。小さいこと以外は今のところ問題なさそうですがこのまま普通の小学校に行かれるのか、不安で仕方ないです。同じ悩みを持つ方との交流がほしいです。

    投稿者: リンゴ | 2014年6月 2日

  • 2004年に、27週2日で女児を出産。体重は1116gと小さかった娘。まずは命が助かるのか?その後には、障害が残るのか?さまざまな葛藤とたくさんの検査をしてきました。娘は現在10歳。脳性マヒと言う障害が残り、車椅子を使用していますが、元気に地域の小学校に通っています。去年の夏から、カヌーに挑戦をして以来、カヌーが得意になり、今年も乗ってきました。普段、車椅子を使用しているせいか、飲み込みが早く、意外と上手いんです、これが!
    できないこと、我慢しなきゃいけないことはたくさんあると思います。でも、できることもたくさんあります。
    私は、娘を出産してから、自分の世界観、価値、考え方が180度変わりました。大変な時期もあったけど、娘がくれた今の世界観が、私はとても好きです。そして何より、障害を抱えながらも日々、勉強やリハビリなどに励む娘を母親として誇りに思います。自慢の娘です。

    投稿者: みぃママ | 2014年8月27日

  • 2009年に650gで娘が生まれました。
    少々幼いものの、順調な成長で、助かった命を温かく見守り続けています。
    ただ、現在、小学校入学までに知能面でキャッチアップできるのか、微妙になってきました。また、小学校の入学猶予を受けるのは、実績ゼロの自治体も多いと聞き、医師に支援学級も念頭に置きましょう、と。
    猶予をもらえれば、おそらく普通学級に通えると思われるのに、なぜ、それが難しい状況なのか・・・マイノリティであるとは言えさほど手間のかかることではないと思うのですが。

    投稿者: こったん | 2014年9月30日

  • 初めまして。潤くんloveと言います。
    私は二卵性の双子で産まれてきました。
    母が妊娠中毒症になり、帝王切開で産まれたそうです。母は占い師の人に28で死ぬと言われていたらしく、28でうちらを産んだそうです。
    母はうちらを産む時仮死状態ぐらいで結構ヤバかったみたいです。母は健在してます‼︎
    私が990g、妹が1290gで産まれてきました。
    未熟児網膜症などの病気には一切かからず、すくすくと元気に育ってくれたそうです。
    授乳が終わった1時間後ぐらいにおっぱい飲ませろ〜‼︎と泣いてたようです。(笑)
    2歳ごろに二人一緒に未熟児(超低出生体重児特有?)の喘息になり入院したそうです。
    それ以外は特に病気といった病気にはならず、フツーに育ったそうです。
    母子手帳を見ると、言葉の発達が遅い。とか、なんか色々書いてあります。
    現在は高校1年になり、元気に学校に通っています。
    うちら見たいに超低出生体重児の子が大きく元気に育ってくれたらいいな。

    投稿者: 潤くんlove | 2014年10月 9日

  • 今年2月10日に25週4日で685gの女の子を出産しました。高齢出産で体外受精で授かりました。出産前にNICUの先生から障害や後遺症についてお話を聞いた時が1番不安だった様に思います。しかし娘は元気な産声を上げてくれました。次の日、面会した時にはたくさんの管につながれていましたが、まだ全然お腹も目立っていなかったのに、小さいながらも、こんなにちゃんと成長してくれていたんだと感動しました。
    生後3週間程になった時、感染症にかかってしまい、抗生剤治療、交換輸血と面会に行く度に点滴が増え腎機能・肝機能が悪くなり血液も上手に作れないときかされ、日に日にぐったりしていくのを目の当たりにし、私も自分を責めました。
    あまりにも小さいので私の住んでいる市内には診れる病院がなく、自宅から離れた場所での出産だったのと、旦那は仕事で1年に1ヶ月程しか家に居ない人なので先生や看護婦さんに毎日泣きました。
    感染症が落ち着くと、今度は未熟児網膜症である事が分かり、2度もレーザー治療を受けました。
    こんなに苦しい思いばかりさせて不妊治療した事さえも後悔しました。看護婦さんにそう言って泣いたら、小さくても頑張れる体をお母さんからもらったんだよ…との言葉にとても助けられました。
    そして娘は本当に頑張って乗り越えてくれました。
    当初、自宅近くの病院に転院の予定で説明されていたにもかかわらず、予定日から2週間遅れて退院し自宅に帰る事ができました。2100gでした。
    今のところ障害もない様にみえます。とても元気で甘えん坊です。もう離乳食を始められるまでになりました。
    娘の頑張りと先生や看護婦さんに感謝・感謝の毎日です。
    旦那は娘の退院から2週間後にまた仕事に出たので今は自宅に娘と2人です。

    ばあば初心者さん…今振り返ると遠くでの出産も旦那の不在も私には良かった様に思えます。自分と娘の為だけに時間が使えるからです。普段優しい旦那でしたが育児で時間が不規則な私にイライラしているのが分かりましたし、娘の苦しい時を見ていないので私が娘にどれ程の愛情を向けたいのかを理解してくれない様でした。
    母親の不安は赤ちゃんに伝わるそうです。赤ちゃんの生命力を信じて、退院して家に帰れる日が必ず来るので、その日の為にママは強くなっていてください。家に帰ってからの方が体力的にはきついです。
    そのかわり幸せと感動がいっぱいです

    投稿者: あね | 2014年10月18日

  • 今年の6月に602gの小さな小さな命が誕生しました。
    私自身に問題があり、お腹の中で満期まで入れないといわれ27週と2日で帝王切開で出産しました。
    それから約4ヶ月NICU・GCUで入院し、今現在は自宅で家族3人で暮らしています。
    入院した頃は、出産も初めてでしかも赤ちゃんが育たない、未熟児、と言われ自分自身ももしかしたらと色んなことを考えて不安、心配、恐怖とにかくこれしかなかったことを覚えています。
    だけど今大好きな娘と旦那と暮らしていられるのは大勢の
    方々達のおかげです。
    娘が生まれてからとにかく自分を責める毎日だったけど、友達だったり親だったり特にNICU・GCU・MFICUの医師や看護婦さん達の励みになる心強い言葉があったからこそここまでこれたと思います。
    今娘は月齢で言うと5ヶ月で修正月齢だと2ヶ月になるところです。
    視力、聴力はなにも問題なく、1番恐れていた「未熟児網膜症」にもかからず今、物や人を目で追うようになりました。表情豊かでまだはっきりとは笑いませんが時々笑顔を見せてくれるときもあります。
    この4ヶ月、痛い思い苦しい思いたーっくさんしたと思います。だけどここまで頑張って生きてくれたこと、本当に本当に感謝感謝感謝。それしかありません。小さい体で耐えてくれました。子供の生命力は素晴らしいです。すごく実感しました。
    これから体の発達、脳の発達は少し不安なところもありますがここまでなにもなく元気に育ってくれたのでこれからも子供を信じてどんなかたちになってしまっても愛情たっぷりと育てて行きたいと思います。
    「超低出生体重児」と聞いたら不安、心配の気持ちになりますよね。だけど大丈夫です。お子さんを信じて上げてください。子供は親を選べないってゆうけど選んで生まれてきてくれるみたいですよ。本当に小さな体でも強い生命力を持っています。素晴らしいです。
    そして、、、自分を責めないで下さい。ママが悪いんじゃないですからね。その子の運命でもあるんです。何をいわれようが強い心持って!ママですから!!!
    普通に生まれてくるのが当たり前じゃない。すべて奇跡ですよね!
    ママ。がんばろう♪!!

    投稿者: りちゃん | 2014年11月11日

  • ここに書かれているみなさんは本当に強い信念を持ったかたがたですね。私も今、27w前置胎盤、胎児発育遅延で入院中です。赤ちゃんはまだ500グラムあるかないかという感じです。正直、障害を持つこを育てられかについて、まだ覚悟がきめれていません。みなさんは妊娠中はどのような気持ちでおられたのでしょうか。お腹の子がこのままゆっくりでも成長して、なるべく障害がない状態で産まれてくることを願うばかりですが、それを祈ると同時に
    不安もいっぱいです。

    投稿者: はる | 2014年11月29日

  • はじめまして。2010年1月に、1173g男の子を、帝王切開で、出産しました。
    妊娠8ヶ月に入っててすぐ、私が、熱を出し、大学病院に入院。5日後に、赤ちゃんが、苦しくなっているとの事で、すぐに、帝王切開をしなければいけないと言われました。本当になにがなんだか、急すぎてパニックでした。しかもNICUが、いっぱいで、他の大学病院に、救急車で運ばれました。
    保育器に、入っている赤ちゃんを、見て毎日涙、涙でした。
    動脈間を、消す為の、インダシンを、ワンクール、未熟児網膜症、肺の状態、酸素の量等、ででくるでてくる、心配と、涙。出産から、二週間後に、1400gになり、前の、大学病院に移転。
    そこからも4ヶ月入院でした。私にできることは、母乳を搾乳し、冷凍して持って行くことだけでした。
    初めて保育器の中で、お風呂に入ったと聞いた時は、感動でした。
    退院してから、人ごみを、さけて、すごしてましたが、1歳になり、外に出ることが多くなると、RSに、二回なり、入院。
    その、後喘息になり、朝晩の、ステロイド吸入治療と、飲み薬を、はじめました。
    やっと、貧血の、薬を、一年間続けて、終わったのに、また、新たな薬追加でした。
    さらに、中耳炎を二回やり、耳切開もしました。
    おたふく風邪を、予防接種やったのに、二回なりました涙。
    ちなみに、リハビリは、2歳まで、通いました。
    色々ありましたが、やっと、今年夏に、吸入治療がなくなり、飲み薬だけになりました。
    風邪も、あまり引かなくなり、強くなりました。
    熱は、ここ一年でてません。
    発達も、そこそこです。色を覚えるのにはとにかく時間がかかりましたが、どうにかわかるようになりましたし、最近は、自分の、名前や、家族の、名前を、ひらがなで、書けるようになりました。
    もうすぐ、5歳です。あの時の、事が嘘のようです。
    未熟児を出産しても、大丈夫です。ゆっくりでも、育ちますよ!子供の、力を信じましょう!そしてこれからも、悩みはつきものですが、一緒にがんばりましょう!


    投稿者: まり | 2014年12月28日

  • はじめまして。このサイトを見て元気をもらいましたので投稿させて頂きました。
    私も去年の今頃、600gの小さい小さい赤ちゃんを出産しました。28週でした。
    周りに同じ経験をしたママもいないので不安で不安で仕方ない毎日でした。我が子を信じないといけないのにどうしても、大丈夫かな?このまま大きく育つんだろか?この子がいないと生きてけない。とかすごく気持ちもマイナスで泣いてばかりでした。
    産まれてからわずか半年で、手術を!小さい身体ですのでリスクもありますし、その手術も難しかったみたいですが無事成功しました。でも次から次へと悪いところがでてきたりして、治療も思うよーにいかない日々が続きました。今も肺が思うように成長しなく体重が増えていく度に呼吸状態も思うようにいかなくて最近また呼吸器がつきました。体重わ今4400gと大きくはなっていってますが中々思うように体重を増やすことができないので今少しずつ増やし治療しています。
    まだ退院を一度もしてないので一緒に暮らせる日を毎日毎日想像しながら待ってます。
    毎日泣いて泣いて、なんで元気に産んであげれなかったんだろ?とかなんでこの子なの?変われるものなら変わりたい!とか我が子が頑張ってるのに情けない母親です。
    でもこのサイトを見てすごく励まされたし、元気、勇気をもらいました。
    ありがとうございました。

    投稿者: ママ | 2015年1月18日

  • 私も、24週で690gの男の子を出産しました。息子はとても可愛いです、可愛いからこそ、ちゃんと産んであげれたらもっと色んなことができたのにとか思い、自分を責めてしまいます。2年たった今でも泣く事があります、どをな励ましが、あっても現実は子供の成長の不安と息子にたいして申し訳なさは消えませんが、息子が幸せでいられるよう頑張っていきます。同じ思いをしてるお母さんもいっぱいいます。がんばりましょうね

    投稿者: あき | 2015年2月 1日

  • 25w866gで生まれたムスコが大学受験です
    ヤバイです!浪人かも!
    まあ夏の終わりまでサッカーやってたし
    彼女もできたし
    早生まれになっちゃって学年ずれたし
    しょーがないか

    みなさん!
    私もずっと泣いてた
    今も思い出すと泣く

    きっと、お子さんはたくさんの幸せを与え続けてくれますよ
    産んでよかった

    投稿者: いくこ | 2015年2月15日

  • 2月23日714グラムで娘を帝王切開にて出産しました!切迫早産にて入院中ドクター診察にて子宮が開きはじめかかりつけの病院では、超低体重児は見れないと言われ対応の出来る青森の県立中央病院に搬送され陣痛も始まってしまい産まれました。
    今NICUにて一生懸命頑張ってくれてます!
    回りを見渡すと、自分の子供はが小さく見え毎日涙が出て止まりません!
    最近やっと娘に触る事が出来るようになりました!
    これからいろんな事があると思うと不安です!


    投稿者: ハッピー | 2015年3月 8日

  • 私は平成26年10月5日に725gの男の子を授かりました。
    私はこれまで3回流産し同年2月には24週で死産していました。
    その後すぐ自然妊娠したのでどうしても私のところに産まれてきたいんだ。今度こそは無事に産んであげたい。と思っていたのに…。
    回りは皆幸せな出産なのにどうして私はできなかったんだろう。私が動き過ぎたせいかな?職場のマタハラも大変だった!
    後悔先に立たず。
    今は私に出来ることは息子が元気に育つ手助けだけだから育児楽しんでます!

    保育器の息子をみて(涙)
    いろんな合併症で(涙)
    これからも(涙)

    いろんな(涙)これからも流すんだなと思う。
    低出生体重児の親だからではない。生きる上で誰もが苦しいときがある。

    みんな頑張ろう!
    人生楽しもう!

    私看護師なんです!
    いろんな病と戦うかたに出会い人生大切に笑って生きて行けたら幸せだと思います。

    辛い思い不安な思いしている方泣かないで!

    投稿者: みずたま | 2015年4月 3日

  • 平成25年9月に26週700g台で女の子の双子を出産しました。
    健診で子宮頸管が短かくなっていて緊急入院になり、出産予定日までの4ヶ月の長い入院を覚悟していたのに、1ヶ月ももたずに帝王切開でこの世に産み落とすことになってしまったときには、どんな状態で産まれてくるのか、怖くてとても不安でした。
    5ヶ月間の入院中はよく泣きました。呼吸はまだ出来なくて当たり前の状態だからよく止まるし、未熟児網膜症のレーザー治療など、ちゃんと産まれたらしなくていい痛い思いも沢山させてしまって、自分を責め自分の行動を後悔する日々でした。
    今は、1歳と7ヶ月。まだ8キロもなく小さいですが、おしゃべりもしはじめて元気に育ってくれます。双子は大変でしょといわれますが、あのときの我が子が生きるか死ぬかの心配。辛さがあるから育児は何もストレスがなく出来ているように思えます。先のことはわからないから不安で涙が止まらないもありましたが、今は2人の存在が愛おしく可愛くてしょうがありません。


    投稿者: アイとサチ | 2015年5月 4日

  • H26/12/4常位胎盤早期剥離にて、緊急手術で、28週1342グラムの男の子を、出産しましたぁ。
    その前三度の流産をしていて、、やっと、授かった我が子が、このような形での出産となってしまいました。
    我が子は、蘇生され行きました。
    今は修正3か月を、迎えるところです。
    先生からは、障害が残る確率が高いと言われ、暗闇の。出口のないトンネルを、歩いてるようでした。
    でも、今は、とても、元気に、ニコッと笑うこともでき、可愛くてしかたありません。
    何の障害もなく、元気に健やかに、成長出来ることを祈る毎日です。
    明日から、リハビリや、耳が、リファーと、なっているため、検査もありますが、息子を、信じて、いかないとと、思います。

    投稿者: ヨシ | 2015年5月11日

  • 2014年6月に、男女の双子を出産しました。子宮頸管無力症で26週3日に緊急帝王切開、800g台ずつでした。
    1人は新生児仮死状態により、産声を上げることができませんでした。

    子供達は4ヶ月の入院を経て3000g超で退院。入院中は動脈管開存症の治療や、未熟児網膜症によりそれぞれ3回と5回のレーザー手術を受けました。1人には心房中隔欠損症が見られました。
    しかし、その全てを乗り越え、子供達は1歳の誕生日を迎えようとしています。
    未熟児特有の体の硬さ等の改善のため、リハビリに週一回通っています。そのおかげか、体の動きに沢山の良い変化が現れ始めました。
    今では体重も8キロ前後になり、ハイハイにおすわりにいたずら盛りです。


    将来を悲観して涙することもありました。
    しかし、今この瞬間を、認め、喜び分かち合う事ができれば良いと気付いたのです。
    問題が立ちはだかるならば、その時悩み、乗り越える。
    将来の事なんて、誰も分からないのです。
    だから、今この存在を懸命に、精一杯認めて、愛してやろうと思うのです。

    投稿者: ほなたろ | 2015年5月17日

  • うちの娘は27週500gで生まれました。
    小学一年になったばかりです。
    NICUには半年以上お世話になり、何回も生死を彷徨いました。
    3歳まで在宅酸素生活。
    二歳半でやっと歩きました!
    幼稚園に入ったら他の子より発達が明らかにゆっくりで、早産まれになってしまったため体もかなり小さく目立ってました。去年知的障害と診断され、今は支援学級で勉強しています。
    まだ10キロしかないですがやんちゃでおしゃべりでかわいいです!

    投稿者: かりん | 2015年5月26日

  • どうも。はじめまして。
    私自身産まれた時、800gで産まれてきました。やはり退院してからもお部屋の温度調節などで母は大変だったみたいです。くる病にかかりましたがいまはもう大丈夫です。


    やはり皆よりは小さくて、小学校でばかにされたりした事も沢山ありました。通りすがりに小さいっ!など言われたり…


    母になんで私だけこんな体なの?!っと怒鳴ったこともあります。

    なんで産んだの?なんて
    最低な事を言った事もあります。


    身長が小さい事は今でも凄くコンプレックスです。周りの目をすごく凄く気にしちゃいます。

    そして、ここの皆様に言いたい事!

    私は今年4才なる娘と2才なる息子がいます!!

    出産には凄く不安もありました。こんな体で産めるのかな?大きくなるお腹…支えられるのかな?
    いろんな不安もありましたが、

    自分が出産して思いました。
    凄く凄く凄く母に感謝しました。命がけで産んでくれた事、そして、諦めず私を立派に育ててくれたこと。


    あの日、なんで私なんて産んだの?なんて言ってごめんね。

    私を産んでくれて育ててくれてありがとうとしか感謝しきれません。


    この私を見て少しでも勇気をもらえてくれたら嬉しいです。


    投稿者: かな | 2015年6月 2日

  • 健診で妊娠経過は順調と言われていましたが、突然出血があり、受診。切迫早産の治療(点滴)を開始したものの進行し、医師からは「今生まれてもすぐに亡くなる可能性が高い。それでも産んで、蘇生するか」というようなことを聞かれました。わたし自身医療従事者であり、少しの知識はあったので、割と冷静に考えられ、可能性を信じようと堪えていました。そして翌日、第1子(娘)を妊娠22週440gで出産しました。

    娘はもちろん生後すぐに人工呼吸器管理となりましたが間もなく頭蓋内出血を起こしていることがわかりました。「あと数時間の命」との説明を受けました。それでも娘は何とか生きつづけました。NICUでの入院中、動脈管開存症や出血後水頭症の手術を受け、GCUを経て、約半年で退院できました。

    娘は今年9歳になります。
    幼い頃は喘息や肺炎などで入院することも多かったのですが、今では強くなったように感じます。リハビリや通院は欠かせませんが、特別支援学校に元気に通っています。車椅子の操作にも慣れ、ことばがどんどん増えています。表情豊かで、周囲を和ませる娘は、たくさんの人に愛されていると感じます。

    ただ、いまだに悔しいです。早産の原因のひとつがわかり手術を受けました。第2子、第3子妊娠中も切迫早産でしたが、長期入院し適切な医療を受けたこともあり、元気な姿で産むことができました。どうして長女だけは…
    9年前に戻りたい。あのとき、ああしていれば…そんなことを今でも毎日のように考えています。自分のことを責めています。時々、子どもたちのいないところで泣いています。きっと10年後も、長女は生活していく上で身のまわりの介助が必要でしょう。学校を卒業しているはずだけど、どこで何をしているのだろう?家庭以外に居場所はあるのだろうか…。

    娘の卒業までは、何とか共働きで頑張らなければ。今わたしができることは、働けるうちに働くこと。それ以外何ができるのか、よくわかりません。考えたくないのかもしれません。まだ将来のために動き出せずにいるのが現状です。

    投稿者: ちえり | 2015年6月 5日

  • H26年3月に身長40cm、体重1496gの女の子を出産しました。切迫早産で入院した時には既に陣痛が進んでいて、薬で抑えていたものの、強すぎて母体が耐えられず、31週6日での出産となりました。
    予定日(5月)よりも2ヶ月早く生まれてしまい、学年も一つ上になってしまい、ただでさえ3月生まれは同じ学年の子たちの中で差がついてしまうのに(自分が3月生まれで嫌というほど味わってきたので余計に)、よりによって早産してしまうなんて、と最初の頃は本当に自分を責めました。
    唯一の救いは小さいだけで、他に問題がなかったことと、第二子だったこと。
    これが初めての子だったら、他の子と比べて小さいことをもっと気にしていたかもしれません。
    小さいことは個性だと思って、あまり気にしないように過ごしてきました。
    現在、1歳3ヶ月で身長67cm、体重7.4kgです。
    ただ心配なのは、前回の定期検診で、主治医から「3歳になっても、この伸び率の場合は成長ホルモンを打ちましょう」と言われたこと。
    このままだと最終身長が140cmと推定され、女の子の場合、出産が困難なものになる、とのこと。
    ここに書き込みされてる方々の中には小さく生まれても、大人になったら普通の身長になった方や、無事出産された方もいらしたので、少しはホッとしたのですが。
    もしかしてうちの娘には成長ホルモンに障害があるのかも、などと考えてしまい、少し不安です。

    投稿者: ハルママ | 2015年6月20日

  • 先々週の6月11日、緊急入院、緊急帝王切開で息子を産みました。出産1カ月程前から軽度の妊娠高血圧腎症となり、その後胎児発育不全と診断されました。1か月程、週1回の検診で様子を見ましたが、妊娠高血圧腎症は重度となり、お腹の赤ちゃんにも影響が出てしまい、午後から入院が決定。入院直後に緊急帝王切開。

    産まれた息子は1000g程でこれから数か月NICUに入院することになりました。

    出産前はおなかの中にいる息子を大きくしてあげれない事に負い目を感じ、堪らず泣いてしまったり、不安で眠れない日々を送っていましたが、小さいながら無事産まれてくれたことに今は凄く幸せを感じています。

    そして、私と息子のギリギリのタイミングで妊娠中断を決断してくれた担当医の先生や病院のスタッフの皆さん、そして小さな息子の治療費を負担してくれるこの国や息子の治療にあたってくれるNICUの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

    生後10日程の息子は、小さいながら頑張ってくれてますが、今後も小さく生まれた故に苦労や困難が多いかもしれません。しかし、息子のスピードでゆっくりと成長して欲しいと思っています。

    私も夫と二人、息子の頑張りを信じ、母として自分に出来る最大限のことをしてあげたいなと思っています。

    投稿者: そうちゃんママ♪ | 2015年6月22日

  • 初めまして。
    私は36歳になる母親です。
    超低出生体重児の子育てについて皆さんのコメントをたまたま拝見いたしました。
    実は、私自身が945gの極少未熟児で産まれております。
    36年前というと医療もまだ今ほど発達しておらず、かなり大変だったようです。
    両親の話しだと、妊娠7ヶ月に入る手前で掃除中に後ろの棚が背中に倒れてきた襲撃で破水してしまい 子宮をしばっても陣痛がきてしまったそうで、私はかなり早く出てきてしまったそうです。産まれてきた時は仮死状態…生きるか死ぬかの時に 近くの春日井コロニーセンターへ運ばれ、先生方は 必死で生きれる道をさぐってくれたようで助かりました。私も生きたいという生命力がかなりあったようです。
    周りよりは小さめというか痩せ気味で育ちましたが、今は二人の母親になりました。
    妊娠や出産、普通分娩も無理かもと言われましたが、二人とも無事に普通分娩で産みましたし、ちいちゃい胸でしたが、完全母乳で育てました。
    上は13歳になり、下は4歳になりました。
    どんなに小さく産まれようと、生きるチカラ 人生を輝かせるチカラは誰にでもあると感じます。
    私は母に感謝ですし、 改めて命のすごさ尊さを感じています。これから先、ご不安やご心配も数多くあるかと思いますが、希望をもってお子さんの生きるチカラを信じてあげて下さい☆

    投稿者: みらくるママ | 2015年7月 4日

  • はじめまして。
    24週568グラムで産まれた娘が、今年大学受験です。

    生後半年までNICU、3歳まで眼科外来、小学校入学まで小児科外来でお世話になりました。

    3月生まれでよけいに同級生と発達の差が大きかった為、わからないことは人に聞く、出来ないときは助けを求める、こつこつ努力する…といった生きる術が自然と身に付き、たくましく育ってくれたと思います。

    今も少し小柄ではありますが、幼稚園から高校までほぼ皆勤で通学しており、ドラマ大好きな天然キャラでしょっちゅう笑わせてくれます。

    もちろん親として今でも不安になる事はありますが、早く産まれた子は、普通に産まれた子よりもたくさんのものを親にプレゼントしてくれる気がします。


    投稿者: あかくまじ | 2015年7月19日

  • 私は27週980gで生まれました。今年で22歳になります。

    鼠径ヘルニアだった程度で大きな病気になったり障害が残ったりということは一切ありません。他の方から見たら少し体重がある方ですが、お子さんが小さく生まれて心配されている親御さんの希望になりますように。私も含め障害も残らず元気に成長する子もたくさんいます。お子さんを信じて頑張ってください

    投稿者: あかり | 2015年10月 7日

  • 2014年3月に27週で936gの小さな赤ちゃんを産みました。
    上の子はなんともなく生まれたのに何がいけなかったのか保育器にすがりついて泣く毎日でした。
    今のところ特に何もなく元気に育っていますが、病気になれば不安で不安で仕方ありません…。
    歳の差はだいぶありますが、お姉ちゃん大好きな妹だし、妹大好きなお姉ちゃんだし、産まれてきてくれてありがとうとしか思いません。

    娘より大変な思いをされた方がたくさんいることを知り、これからも大切に育てていこうと思います!

    投稿者: ひなぽんぽん | 2015年11月19日

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