
超低出生体重児を持つ親たちを支える
「超低出生体重児」。通常赤ちゃんは2800?3200グラムの間で生まれてきますが、1000グラム未満で生まれた小さな赤ちゃんのことをこう呼びます(以前は超未熟児と呼ばれていました)。NICU(新生児集中治療室)に生まれてすぐ入れられます。かつては生まれてきた命が救えるかどうか危ぶまれたのですが、医学の進歩により、ここ10年ほどで超低出生体重児の約8割が助かるようになりました。
しかし、NICUを出ると超低出生体重児の親には大きな苦労が待ち受けています。
思うように進まない成長、いつ病気になるかわからない不安。しかし、一般的な体重の赤ちゃんと違い、超低出生体重児のデータはまだ少なく、医師もこの先どのように成長するか見通しを示す事が出来ません。普通の子どもなら「ささやかなこと」で片付けられることも、「命にかかわること」になるのではと、気の休まるときはありません。
一方で、こうした子どもの親たちをサポートする取り組みも始まっています。
熊本市内で月に1度行われている、NICUを退院した子どもを持つ親たちの集い、「ガンバリッコ仲間」。ここでは退院後、ほとんどサポートを受けられなくなった母親たちが日ごろの悩みや不安を打ち明けています。代表の林 英美子さんも超低出生体重児の息子を持つ母親です。「不安や悩みを分かち合える場が欲しかった」とこの会を発足。現在、発足2年で会員は70人を超えています。
県もこの活動をバックアップし始めました。1500グラム未満で生まれた子どもを持つ親を対象とした「リトルエンジェル支援事業」では、臨床心理士によるカウンセリングや保健師による家庭訪問など、病院ではフォローしきれない母親の悩みに応えようとしています。
また、超低出生体重児の親に対して積極的にサポートを進めている病院もあります。東京都でも最大級のNICUを持つ東京都立墨東病院では、12年前から母親に対するサポート活動「おたまじゃくしの会」を行っています。この会の特徴は、医師や看護師、臨床心理士なども業務として参加すること。母親と病院スタッフが協力して発行している機関紙は、母親の疑問に対する専門医からの回答や病院への要望など、率直な意見交換の場になってきました。
他にも、親たちがつくるインターネット上のコミュニティや、NICUでの勤務経験がある小児科医がつくった子育て支援の為のネットワーク赤ちゃん成育ネットワーク(別ウィンドウ※クリックするとNHKのサイトを離れます) など、徐々に各地で出来つつあります。
しかし、まだまだ十分ではありません。親、医療関係者、自治体、みんなでバックアップできるようなネットワークをつくっていくことが不可欠です。この子たちが安心して育つことのできる環境は、言い換えれば誰もが子育てしやすい環境とも言えるのではないでしょうか。




私も三人目の子が704グラム生まれてきました。一応看護師していたこともあり、家族に心配させたくなくて、誰にも不安を話せません。病院の看護師や医師にも、忙しそうで、話せず保健センターの保健婦は、まったく頼りになりません。時々育児不安おそわれて涙とまりません。サポートしてくださるなにかが、日本全国どこにでもあればとおもいます。
うちの子供も昨年の12月に752gで産まれ、NICUで4ヶ月間入院し、4月から家に帰って家族揃っての生活を送っています。入院当時は「未熟児網膜症」になりレーザー手術を2回して何とか失明は食い止めることができました。今のところ、何の問題もなく成長していますが、外出はできるだけ控え、ほとんどを家の中で過ごしています。6ヶ月にして体重は4500gしかありませんが、元気に育ってくれていることに感謝しています。超低体重児で産まれてきてくれただけでも「奇跡!」子供の強い生命力を感じています。解らないことだらけの毎日ですが、何とか元気にすくすく育ってくれ、育児が楽しくなってきました。これも、出産以降支えてくれたNICUの医師、看護師の皆さんのお陰だとつくづく思います。いろいろなことを細かく説明してくれて、一緒に喜び、時には慰めてくれたスタッフの存在があったからこそ、前向きになってこれたと思っています。親は子供を信じることしかできません。後は先生や看護師さんにお任せして、わからないこと、不安に思うことはドンドン質問することが大切だと思います。それが子育ての自信につながり、少しづつ不安も解消できるのではないかと思っています。まわりを見ても、保育器に入っている赤ちゃんはみんな大きい。どうしても他の子供と比べてしまうのはしょうがないと思います。でも人それぞれの生き方があって、自分の子供も大きくなろうと頑張っているんだからと心臓につけたモニターを眺めながら願っていました。入院中はいくつものハードルがありました。点滴を6本もつながれたり、輸血をして浮腫んだり、光治療をしたり・・・一つずつ乗り越えていく度、時間がたつにつれて確実に成長していきます。毎日の面会が辛い時かもしれません。私も何度、泣いたかはわかりませんが、是非、あかちゃんを信じて頑張ってください。えらそうな事はいえませんがはじめての子供にして、いろいろな事を教わった駆け出しのママの体験談です。最近では笑うようになったり、首が据わったり、小さいながらも頑張ってくれています。それが私たち夫婦にとって、1番の幸せです。最後になりましたが、以前から飼っていたM.ダックスは退院以来、母性本能がはたらいて、子供の母親代わりになっています。ぴったり横にくっついて、子供が泣くと1番に駆けつける天才?(笑)ママです。
私は、2006年7月に25週3日で746㌘の女の子を出産しました。
もうすぐ3歳のお誕生日を迎えます。
涙、涙の出産でした。
未熟児の世界・・・かけがいのない我が子を身ごもっておきながら、いかに自分自身が無知であったかを思い知らされました。
もっと慎重に生活していれば・・・と自分を責める毎日でした。
人工呼吸や沢山の点滴に繋がれた我が子を笑顔で受け止められるようになるまで、どれだけ涙を流したでしょう。
3年が経とうという今でも、あの頃の我が子を思うと涙します。
産まれた時はとても不安で悲しくて〝どうして・・・?〟と落ち込んでばかりいました。
だけど子供から教えられる事って沢山あるんですね。我が子が生きようと一生懸命頑張っている姿を見て〝強くならなくては〟と胸をしめつけられました。
本当にいろいろな方に支えられて、愛されて日々成長していく我が子をみながら泣いたり笑ったりいろいろな思いをしてきました。
私たち夫婦が親として成長するための機会を沢山与えてくれました。
大きすぎる壁もありましたが、1つずつ、1歩ずつ乗り越えてくれました。
一生分の苦しみを今体感しているのだから・・・
これから先は楽しい事が山のように待っている、そう信じて見守るしかないのですよね。
いつか笑って話せる日がきっときます。
我が子もすくすくと成長してくれて、生意気ばかり言うようになりました。
身内の間では〝奇跡の子〟と呼ばれています
私は、今年の1月に740gで3人目の子を帝王切開で産みました。
一人目、二人目と普通に出産できたのに、何故??という気持ちがありました。
3人目ということで、慣れてしまって、食事も不規則、仕事も朝8時から夜中の11時くらいまでしてました。今、思えば、全部自分の不規則な生活がおなかの子を苦しめていたんだなと思います。
皆様のコメントを見て、私だけが不安なんじゃないと思い、これからもがんばっていこうと思います。
初めまして。私は40代の主婦で2児の母です。
もう子供は大きくなりました。
次女は1502グラムで産まれました。
9ヶ月の早産でした。
娘は元気で約1週間で保育器から出ました。
でも小さく生まれたので、ぜんそくがあり大変でした。
よく入院もしました。
本当に大変な思いをしましたが、今はもう高校1年生です。
ただ漏斗胸があるのでよく心臓の検査にひかかります。生まれたときから、気にはなっていましたが・・・
そろそろ娘のほうが身長も大きくなりそうです。
はじめまして。私は710グラムで生まれました。母親は小さく生んだのは私の責任と、とても責めていた時もあったみたいですが一生懸命育ててくれて心から感謝しています。未熟児網膜症もあったみたいですがレーザー手術により視力も普通にあり、小学生低学年までは体が弱く熱をよく出していましたが、肺が強くなって体力もつくから!と水泳をし出してからは体も強くなり、とても元気になりました。今ではあなた太りすぎと言われますが!両親には健康面でとても心配をかけましたが、おかげさまで今年30歳を迎え元気な男の子を出産する事ができました。お世話になった病院の先生方や両親にとても感謝しています。苦労をかけた分、せめてもの親孝行と思い、孫を連れてよく顔を出しています。