
風景とくらす

私は最近思うことがある。それは、自然の景色や風景は、なんてきれいなんだろうか、ということ。最近やたらと、特に仕事帰りの夕焼けの風景なんかが素敵だなぁとしみじみ感じ入ってしまうのだ。秋の夕暮れって一番きれいなんだろうか。色づく、という言葉がぴったりで、群青色の空に、地平線のあたりがちょっとうすい紫のような桃色。空が色づいているのだ。
もちろん、別の色合いの日もある。毎日微妙に違う。でもその組み合わせ組み合わせが、毎日完璧で、すごいと思う。一体誰がこんなことをしているのか。
誰でもないのだ。ただ、その自然が、起こったとおり自然にしているだけのこと。
それを綺麗と思ったりするのは、人間なのだ。
なぜかそれを綺麗、と思うようにプログラムされているのだけれど、病気になった頃、この感性すらも失われてしまったように感じた。昔は、曇りの日もステキ、なんて思っていたけれど、病気の頃は、曇りが憂鬱な気分を一層憂鬱にして、嫌でいやで耐えられなかった。冬の夜の暗闇がおどろおどろしくて、怖くて不気味で仕方なく、家族と外出した帰り、車のなかでその闇が怖くて、二十歳すぎた娘が本当に泣いていたのです。
多分、心の中に不安なことや辛い思いがいっぱいありすぎて、強すぎて、世界がそんなふうに見えていたのだと思います。もしかすると感性が悪いほうに働いたとも言えるかも知れない。
それから3年くらいして、社会復帰もある程度安定してきた大学生の頃、それでも私は、冬が怖かった。あの病気の頃の一番辛かった日々が、頭ではなく、感覚で蘇ってきそうな気配がするのだ。TVもまだ充分に観られなかった。特にバラエティーは苦手だった。
それからまた何年か過ぎ、司書になって仕事にもやっと慣れてきた頃、私はあるときふと、TV番組を楽しんでいる自分に気が付いた。そして外は冬の夜だった。それほど怖くはないし、来週のこのドラマを楽しみにしてカレンダーに丸をつけている!「お父さん!! すごいよ! 私TV観れるようになったよ! 冬もちょっと大丈夫になったみたい。前ほど恐くないよ」。「そうか・・・。そうやろ。そうやって、ゆっくりゆっくり回復していくんやに。焦ったらあかん。」そう言う父もなんだか嬉しそうで、二人で感慨深く感動していたことを覚えている。
それからまた何年かが過ぎ、現在。冬が一番すき。どんなに寒くても車の窓を開けて走るほどだ。冬の澄み切った空気が好きなのだ。秋も好き。帰りの夕日って、なんてきれいなんだろうと思う。曇りの日の良さもまたわかるようになった。
感性が、ちゃんと戻りつつある・・・・!!
元から自然の風景は好きだったが、病気になる前はそれをこんなにいいことだと思えたことはなかった。こんなに自然を味わえることに感動していて、そして感謝すらしているのは、あの病気の辛さ、酷さがあったからなのだ。体で言えば、全身大やけどの重篤な状態。薬を塗って、冷やして安静にしていてもじわじわと痛みに苦しむ。感性が強いゆえに襲ってくる不安や恐怖の痛みは尋常ではないどうしようもない生き地獄のようなものだった。それゆえ、こうして健康な感性に戻るまでに十年近くを要したのだ。それ以上かかる人もたくさんいる。
統合失調症とは、体で言えばものすごい大病をしたことになるのだろう。
でも、そんなつらい経験があったからこそ、この今の幸せがあるのだ。ふつうに景色を観て、きれいだなぁと思える毎日。
この、ごく当たり前のことが、どれほど貴重なことか・・・・!!
だから冒頭のようにふつうに何気ない夕空にも感じ入ってしまう。感覚が逆に研ぎ澄まされたようだ。
こんなことを、ひそかに楽しんでいる今日この頃である。





綺麗な朝焼けですね(*^_^*)
今当たり前に思っていることが、実は当たり前ではなくて、とてもありがたいことなのかもしれないですよね。病気って、その渦中にいる時は、どうしようもなくつらいけど、とても大切なことに気づかせてくれますよね。
僕も風景写真を撮るのが好きで、以前はよく撮りに出掛けていました。でも、最近疲れていて、全然撮りに行っていないことに気づきました。
落ち着いたら、また写真を撮りに行こう! 彩さんの写真を見て、そんな風に思いました(*^_^*)
お久しぶりです。
私も統合失調症になって少し立ってから自然に興味を持ち綺麗だな~と感じるようになりました。
それまでは、仕事に追われて自然の綺麗さに目を向ける事さえなかったです。
私は統合失調症になって良かったと思っています。仕事ばかりしていた私に、少し休んで他に目を向けなさいというサインだったのだと、今は思っています。
今では、夕焼けや朝焼け、花など見ては綺麗だな~と感じて心が和んでいます。
この和みが私を癒してくれます。
かわきたさん、この間はありがとうございました!
会えてとても嬉しかったです!
温かいお人柄が、そのまま伝わってきました(*^_^*)
私も最近、風景の写真を撮るのにハマっています。それも今回のピープルの写真撮影がきっかけになりました。とくに空の写真が多いです。
またいつかかわきたさんのお写真も見せてくださいね^^
アップルさん
そうですよねぇ。
本当に自然の風景には癒されます。
思うに、こう思えるのには、こころのゆとりがないと思えないような気がしています。
遊び幅がないと歯車も回らないように、
ゆとりがないと人間も人間らしくなれないのかもしれませんね。
病気と人間らしさとのつながりは、深いなあと思います。
彩さん、こんにちは。
私は統合失調症を発病して、17年になる女性です。
高校入学してすぐに、統合失調症になりました。(当時は知りませんでしたが・・・)
最初は対人恐怖、そのうちいじめ、不登校、閉鎖病棟入院の経験をし、現在は家事をしながら短時間アルバイトをする生活です。
彩さんの文章がとても好きです。
感動して涙がでてきました。
私も病気になってよかったと思えるようになりました。
思えば、苦しい人生でした。
でも、たくさんの出逢いがあり、助けられて
今、生きていることが奇跡としか思えません。
日々、感動し、感謝して、一日一日を丁寧に生きていきたいと思います。
Kotoさん、ありがとうございます。
Kotoさんの言葉、とても嬉しいです><
そして、とても静謐な生き方を感じました。
思えば辛い人生だったけど、
だからこそ見えてくるなにかがあるんですよね。
木下牧子さんが作曲された歌で、「鴎」という私の大好きな曲があるのですが、今は、そんなカモメのきもちになれることが、私もたまにあります。
朝日や夕日をあびて海原を風を切って飛ぶカモメのような・・。
この間のブータンの王様の仰っていた国民総幸福度。GDPと比較されることが多いけれど、
私も経済的にはふつうの人より低い暮らしをしている。けれど、
今の日本に生まれたことで本当にさまざまな恩恵に与っているし、節約する中でもこうして自然につつまれ十分しあわせに感じて暮らせている・・。
これが、病がおしえようとしてくれた人間のほんとうの姿、変わらない根本なのかな・・と思います。
彩さん、ありがとうございます。
コメント頂けるなんて、嬉しいです!!
彩さんの考え方というか感性に共感します。
また、彩さんのお母様の考え方にも・・・
彩さんのお母様の文章、添えられたお父様の
木漏れ日の写真・・・
感動して、同じ病気のかたに紹介しました。
私はくじけそうになったら、いつもこの文章を見て自分を励ましています。
自然とともに生きること、流れに沿って生きる
こと、ありのままの自分を受け入れ、愛すること。。。
自分を責めて、否定ばかりしていました。
こんな自分じゃだめだ、もっと頑張れと・・・
周りの評価を気にして生きてきました。
今もそういうところがあります。
でも、最近、こんな自分でもいいんだと思うようになりました。
自分なりに精一杯生きていれば、いいことだってあるさ!
病気になる前の中学時代、成績もよく、優等生だった自分。
思えば傲慢だったし、自分自分で生きてきた。
高校で病気になって、絶望の中に生きて、
けれどその中にあって、助けられ、自分をかえり見る機会を与えられました。
人の優しさにも触れました。
今も薬を飲みながら通院生活。
苦しいことはあるし、恐怖に襲われることは
しょっちゅうだけど、その中でもささやかな幸せを感じられるこの頃です。
今日もいい天気で、外にでたら、風は冷たいけど、空気が新鮮に感じられて、気持ち良かった。いちょう並木を歩くと、爽やかで、生きているんだな、と感じられました。
人生は辛いことばかりじゃない。
そう信じて、今を生きてゆこうと思います。
私も木下牧子さんの曲、好きです。
鴎、好きです。
彩さん、私も、自分と向き合ってゆきます。
kotoさん
kotoさんの文章を読んで、
統合失調症を経験した人は、
皆、同じ理解の道を歩まれるんだな、と思いました。
私も一緒でした。
優等生で、でも傲慢で・・・
それでついに病気になってしまって、打ちひしがれて・・。
でも、だからこそ、
そんな身に降りそそぐ光が、
身に沁みました。
それがわかっただけでも充分じゃないですか
生きるということの、大きなテーマのひとつだと・・
私はまた傲慢にもそう思っています^^
ううん、これは傲慢というか、ひとつのちいさな確信。
今まで生きてきた今のわたしを支えている、
ちいさな確信です。
だいぶ寒くなりましたが、お身体気をつけて。
また会えることを楽しみにしています(*^_^*)
彩さん、こんにちは。
kotoです。
今日は仕事でつらいことがあり、ずっと自分を
責め、否定し、泣いていました。
病気を隠して、アルバイトを転々とする日々。。。
久しぶりに社会へ出て、疲れてしまいました。
情けない自分をなかなか受け入れられない・・・
疲れた私は彩さんの文章を改めて読み直しました。
そして今、とても心が落ち着いています。
彩さん・・・
私はいつしか、統合失調症という病気への偏見がなくなることを願っています。
そのために自身で思うのですが「こころの病気」に関する教育を全国の小中高においてなされてほしいと願っています。
そうしたら、いじめ、不登校、なども減ると思うのです。それはすぐ解決する問題ではないのですが、いつしか互いの違いも「個性」とする
根幹ができると・・・
思いやりのある社会が、また環境ができると・・・思うのです。
私自身も何らかの形で、いつかこの活動に携わっていけたら・・・と思っています。
そのためにはまず自分を受け入れることが大切ですよね!
一歩、一歩です。
彩さん、ありがとうございます。
彩さんの力は大きいです!!
私もいつか彩さんにお会いしたいです。