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ハート ネット ピープル

認知症の正しい理解

みなさんお元気ですか?
「明るい認知症」の足立昭一と、「明るい認知症」足立昭一の妻、由美子です。
みなさんに「足立昭一型認知症」を伝え始めて、一年が過ぎました。
知っていただきたいことは、まだまだあるのですが、一年を機会に一旦区切りをつけたいと思います。
そこで、今まで触れていなかった、診断の前後の様々な様子や思い。そしてその思いから、私たちが感じた“認知症の正しい理解”についてお伝えしたいと思います。

 

昭一が診断されたのは平成18年9月。
今考えると、この病の兆候は、さらにその約二年前からあったような気がする。それはとても些細な出来事で、その時にはその事が時別なことであるとは気がつかなかった。けれど、その些細な出来事が、少しずつ膨らんできて、“何かがおかしい”以前の彼ではないように感じるようになった。

うつ病と言われていた時。毎日がつらかった。出勤前考え込む日々が続いた 
[写真] うつ病と言われていた時。毎日がつらかった。出勤前考え込む日々が続いた。

仕事が楽しくて仕方なかった彼が、仕事に対する不安を少しずつ口にするようになる。

「明日、会議があるんだけど会議室に行けるかな?」
「みんな、この書類を見て意見を言ってたけど、自分はさっぱり分らないし、全く頭にはいらないんだ」

仕事だけではなく、車の運転にも支障がでていた。

  • 運転をしていると、車が右よりになったり、左よりになったりする
  • スピードが異常なほどにゆっくりになる
  • 直進車が来ているのに右折しようとし、危険なことがある
  • 交差点(が)にくると、パニックになるような感覚を覚える


昭一は自分でも何かがおかしいと感じ、運転を辞めた。
車の運転が趣味のひとつ。自宅のある大分から、お気に入りの珈琲を飲むために福岡まで車を飛ばすような彼が、愛車を手放す日に言った言葉は「俺から全てを奪うんやな!」だった。私は何も言えなかった。

車を手放す日。全てを失ったような気がした。 
[写真] 車を手放す日。全てを失ったような気がした。

仕事も車も自分の誇りも全てを奪ったこの病。
実はこの病と診断される一年半ほど前から、彼はメンタルクリニックに通っていた。
“うつ病”と診断され、薬を飲むがなかなか快方に向かわない。病院を次から次へと変え、四件目で初めて“認知症”の疑いがあると言われた。SPECT・MRIの検査をし、大学病院の精神神経内科で“若年性アルツハイマー型認知症”と診断を受けた。

うつ病と言われ、次から次へと病院をまわっていた時に、もっと早くこの病気に気がついてくれる医師がいてくれていればと、悔しさが残る。

けれど、診断された以上は、この病と立ち向かっていかなければ、と二人で話し合った。
と、思う反面、つらい現実が波のように押し寄せてくる毎日だった。
そのつらい現実を少しでも打ち砕きながら、絶望を希望へと換えていくために、足立昭一にできることを始めていった。
それが、毎日つける日記と、ウォーキング(今現在は自分なりのレベルアップとしてジョギングに変更)。
今の自分が毎日できることをすることによって、心を強くする。そのことが、症状を進めないことに繋がっていくのでは、と希望をもった。

毎日つけている日記。おいしかったもの、どんなことを感じたか?など思いを引き出す工夫した。 
[写真] 毎日つけている日記。おいしかったもの、どんなことを感じたか?など思いを引き出す工夫した。
今、自分にできることをやるのみ。 
[写真] 今、自分にできることをやるのみ。

 

この病を治したい!今までの生活を、今までの自分を取り戻したい!と思うのは、自分だけではない。
同じ気持ちを持つ人は必ずいるはずだ。“仲間”が必要だと思った。
同じ病を持つ“仲間”と語り合うことは、この病と生きていく中で、同じつらさ・悲しみそして、希望を共有できるのである。それは、たとえ家族であっても共有できない深い思いなのである。

認知症の人、本人との語らい。共有できる思いがある。 
[写真] 認知症の人、本人との語らい。共有できる思いがある。

その思いを押し込めてしまわないで、社会に打ち出していくことが、「認知症の正しい理解」へと繋がっていくのではないかと感じる。

彼は現在、週一度、デイサービスの施設で仕事をさせていただいている。
その施設長さんの言葉に私は深く考えさせられた。
「最初は支援する者とされる者の関係だったが、今は、お互いに学び合う関係です」と話して下さった。

お互いに学び合う関係

これこそが、“正しい理解”の基本なのだろうと。

「足立さんには教えられます」とデイサービスの施設長さん。 
[写真] 「足立さんには教えられます」とデイサービスの施設長さん。


診断されて、この二年半のことを振り返ってみる。
彼が思ったこと。
彼が行動したこと。
私が思ったこと。
私が行動したこと。
そして気がついたのは、 認知症という言葉は、本人にとっては病状を表す言葉。でも、パートナーにとっては本人をまず「認」めること、そしてそこから本人を「知」るということのための言葉であるということを。

今の医学では、“完治”ということは難しいと言われている。
けれど、正しい理解のもとで、自分の能力を生かしながら、安心して社会の中で生きていくことができれば、それは“完治”ということと等しいのではと思う。

“完治”に向けて、彼はこれからも自分に応じた努力を惜しまないだろう。
そんな彼に学びながら、私も「足立昭一型認知症」と楽しくつき合っていければと思う。



この一年、見知らぬ方からコメントをいただいたり、旧友から突然連絡をもらったり、インターネットを通じた新しい出会いもありました。
またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。一年間ありがとうございました。

これからも“足立昭一型認知症”と楽しく! 
[写真] これからも“足立昭一型認知症”と楽しく!

コメント

東京見物してますか?
私は、本日5月10日アクティビティサービス協議会の基調講演で、昭一さんと由美子さんのお話を聞いた者です。
実際の生の声と、ご本人を目の前にし、普通に話を聞けたことに感激しています。
明るい昭一さん、由美子さん、これからも今まで通り、前に進んでくださいね。
またお会いできますように。

講演会に来ていただいたとのこと。
私たちも楽しく講演をさせていただきました。
ありがとうございました。
様々な方との出会いは私たち夫婦の思いでに
たくさんの花を添えて下さっています。
夫婦漫才的な面もある講演会ですが、これからも本人の思い、家族の思いを様々な形でお伝えできればと思っています。


今回、大好きな東京を訪れたことで、昭一さんは益々元気になったようです。
コメントありがとうございました。 足立

知人の紹介でこのページを見ました。夫(現在57歳)も若年認知の診断から2年、アリセプト10mgを飲んでいます。書いてあることが全て当てはまり妙に納得できました。性格の不一致かと一緒に生活をしていくことをためらう時期もありましたが診断後は気持ちを切り替え、違った角度で夫を見ることで平穏さを保っています。ありがとうございました。

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