高校を出て僕は専門学校に行ったんですね。英語の外語専門学校みたいなところで、2年制なんですが1年でやめましたけどね。それでなんか、適当にやってたんだよな。そうそう、配達の仕事を半年ぐらいやってたかなぁ。それからなにやってたか覚えてないけど、二十歳ぐらいで就職したんですね。
僕は外国好きだから、海外で仕事がしたかったんです。普通に旅行も好きだし、海外で仕事ってちょっと格好いいじゃないですか。それがフリーターだと難しいじゃないですか。それで海外で働ける会社に就職しようって思ったんです。
入社したのはビルメンテナンスの会社です。僕の入った事業部が海外のビルを扱ってるところだったんですね。スーツ着て四谷に通ってたんですけど、いわゆるサラリーマンが通ってる街ですから、まあ普通のサラリーマンになったな、って感じでしたね。
そこで問題は語学力ですよね。基本的には英語は大丈夫だってハッタリをかまして入ってますから・・・(笑)4カ国とか5カ国語しゃべれる人が周りにいっぱいいるんですよ。僕は日本語しかしゃべれないから、それは大変でしたよね。ビジネス英語でFAX書いたりすることはできましたけど、しゃべるのは苦手だから、自分からは電話はかけないんです。FAXに「聞きたいことがあったらもう一回FAXで送ってくれ」って文章を必ず書いておくんだけど、たまに急ぎの電話がかかってくることがあるんです。それはすごく困りましたよ。
僕は中国の上海の担当だったんで、何回か出張で上海に行ったりしたんですね。最初は嬉しかったですよ。海外で仕事したいと思って入って、海外出張っていうのでそれはテンション上がりましたけど、まあでも、う〜ん、その次からはあんまりですねぇ…、なんせ、知識が無いから。
ビルメンテナンスっていうと、空調とか全部まとめたボイラー室があるでしょ。ああいうところの知識も必要なんです。他の社員は技術屋あがりだったりするんですよ。そういう知識がいろいろ無いとダメなんですが、教わる機会はなくて自分で勉強するしかないんです。それに僕は中国が担当だったので、なんか突然先生が来て中国語を学ばされそうにもなりました。でも、あんま中国語に興味が無かったんですよねぇ。あとボイラーとかの機械にも興味が持てなかったんです。
結局自分の希望に合ってたのは「海外」ってことぐらい。一個だけじゃダメですね。海外の仕事って言っても扱ってる内容のほうが結果メインですから、やっぱり内容に興味が持てないとね。それで「う〜ん、ちょっと違うなぁ」って感じになっていったんです。
そのころ、極楽とんぼの加藤さんと飲み屋で知り合ったんです。深夜番組ですけど、加藤さんはもう若手としてテレビに出てたんですね。加藤さんに会うまでも芸人には憧れてましたけど、まさか自分は芸人になるような人間じゃないと思ってたし、テレビに出てる人は別次元な感じがしてたんですね。でも加藤さんと喋っていたら、そんなに別世界の人とは思えなかったんですよね。だから芸人の世界、意外にいけんじゃねぇかな、みたいなね。
それで、会社辞めることにして「僕、芸人になりたいから辞めます」って上司に切り出したら、「は? なにわけのわかんないこといってるの?」って言われました。いまでこそお笑い芸人って社会的地位みたいなのが出来た気がするんですけど、当時のサラリーマンから考えたら芸人になるなんて意味がわかんないことなんですよ。でもね、僕のいた部署は海外でずっと働いてた人ばかりだから、基本的に発想があんま日本人じゃないんですよね。みんな有給もバリバリ使うし、自由な雰囲気があったんですね。だから「まあやりたいんだったら」みたいな感じで送り出してくれました。22か23才ぐらいのときですかね。