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斎藤 工

きれいじゃない部分も含めて、非常に擁護したくなる人物です

元住吉祥平のことを、どんな人物、どんな役どころだと捉えていますか?

祥平は細々と活動するアート寄りの映画監督ですが、『追憶のかたつむり』という作品で海外の映画賞を取るという、周りも認めざるをえない過去の輝きを持っているばっかりに、やっかいな人になってしまったと思っています。男の性質として、たとえ小さな山でも頂上まで登った経験があると、そこからの眺めを忘れられず、ずっと大事にしてしまうと思うので。弱さや孤独、きれいじゃない部分も含めて、自分としては非常に擁護したくなる人物です。

>>斎藤さん自身が監督した『追憶のかたつむり』の撮影舞台裏はコチラ

北川(悦吏子)さんは“あてがき”(役者の個性を念頭に置いた脚本執筆)をされますが、祥平からは僕自身を感じるとともに、多くの映画監督の想いをすくって作られたキャラクター、という印象も受けます。映画も監督させて頂いている自分としては、いろいろな要素を結びつけることができました。

演技としては、朝ドラの持つ伝統的なカラーに合わせすぎないことで、祥平らしさを出せる部分もあると考えました。そもそも僕は“朝ドラ顔”ではないですしね(笑)。

涼次に“超えられた”瞬間があったんじゃないか

助監督であり居候でもある涼次のことを、祥平はどう思っているのでしょうか?

祥平は涼次のことを「犬みたいで猫みたいなところがある」と言っていましたが、一緒にいて自然な感じがするんでしょうね。住居を世話する一方で、祥平が彼に依存しているところも少なからずあるわけですが。
僕と間宮祥太朗くんの関係も、彼とは継続的にご一緒しているので、“あうんの呼吸”みたいな部分は生まれてきていると思います。役としての関係性を作る上でも、そのまま活(い)かせた気がします。

祥平は、涼次に自分を重ねて見ている面もあるでしょうね。かつての自分に近い存在だから、親身に接するし、彼の才能をちゃんと導こうとしているように見えます。
一方で、のちの「事件」から想像すると、涼次が尊敬をもって祥平をなぞるなかで、“超えてくる”瞬間があったんじゃないでしょうか。祥平はきっと、そんな焦りの果てに魔が差した。自分でも予想をしなかった自分、見たくない自分に出会ってしまったんだと思います。

ある種のエールになると思って臨みました

涼次の監督デビュー作になるはずだった『名前のない鳥』を奪い、自責の念に押しつぶされるエピソードがありました。祥平の行動に、斎藤さんはどんなことを感じましたか?

自ら死のうとした祥平の気持ちは、フリではなく本気でした。背負った十字架の重みに耐えられないことを、彼は早くに気付いてしまったんですよね。でも、死ぬこともできず、監督を降りることも許されなかった。さらには、涼次の頭の中にある画に敵わないと感じているから、納得のいく仕上がりにもできなかったと思います。

彼がここまで追い詰められた理由には、映画監督という職業の立場の弱さもあったと思います。僕自身も映画を撮らせて頂いてよく分かったのですが、たとえ映画が売れても、監督に入るお金はごく限られているんです。

祥平が何を得ようとして、何を失ったのか。映画監督という一般的には馴染みの薄いモチーフで描かれたわけですが、見ている方にも、何かに置き換えて受け取ってもらえたらうれしいです。おそらく朝ドラに求められているのは、毎朝会社や学校などの戦いに出る前のエール。個人的には、今回のような重い話でもリアリティをもって届けられれば、ある種のエールになるはずだと思って撮影に臨みました。どんな立場でも、もがいていない人のほうが少ないと思うので。

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