週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

今週のヨーキさん(2016)

2016年03月04日 (金)

今週のヨーキ(12/28~1/2)最終回

12月28日(月)「九州最長」

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まだ、月明かりが木城の町を照らす中、宿を出発した。宿のご夫妻の笑顔が温かかった♪少しだけ歩き、体が温まる前からすぐに走り始めた。なぜなら、今日は九州最長の67キロの移動となるからだ。当初は野尻湖辺りで宿泊を予定していたが宿を見つけることが出来ず、結果的に予定外の距離となってしまった。まぁ仕方ない!長いなぁ~などと考えずに、とにかく走れるだけ走ろうと、小刻みな足取りで進んだ。

朝日を浴びながら、畑や牧草地帯にポコポコと点在する「東都原古墳群」の不思議な景色を見たり、葉っぱの部分だけ切り落とした大根が切り干し大根用だと知ったり、ちょぼちょぼと一定のペースで走っていても、新しい発見をすることができた。日差しは強かったが、風はしっかりと冬の風だ。走り続けていれば汗をかくほど体は温かくなったが、汗で濡れたウェアに風が当たると、体温が奪われるのを感じた。

そんな時、冬休みの子供がおばあちゃんと一緒に応援に来てくれた。100メートルほど前から手を振る2人、とそこに脇道から颯爽と電動車椅子に乗ったおばあちゃんが僕と手を振る2人の間にカットイン!!僕に向かって「頑張って」と叫ぶ2人、その2人に向かって走る車椅子のおばあちゃん!後を追う僕!「頑張って」と叫び続ける2人!僕に言っていることは分かっていたが、後ろから僕が近寄って来ていることを知らないおばあちゃん♪僕はこの時、「頑張って」と言われている車椅子のおばあちゃんの表情を見たくて仕方がなかった(^^)

車椅子のおばあちゃんに追い付くと同時に、「頑張って」と叫ぶ2人の前に到着した。すると、車椅子のおばあちゃんが後ろに僕がいたことに気がつき、ニコッと笑いながら「あら~」と言った。叫んでいたおばあちゃんとお孫さんも満面の笑顔で喜んでいた。2人と握手をしていると、車椅子に座ったままのおばあちゃんが「あの人よね~昨日見たわよ~」と言いながら、車椅子からすくっと立ち上がって、スタスタと歩いた。僕は予想を反した動きだったので、思わず笑ってしまった。

笑顔で3人に見送られて、再び歩き始めた。昼頃に、コンビニで昼食と休憩をした。再スタートしたあと、残りの距離を調べると、40キロ!時刻は12時。おのずと焦りが出た。とにかく宿に着く時間を7時に予定していたので、3時間以上は走り続けなくてはいけないと覚悟した。午前中も8割は走っていたので、果たして午後も走り続けることができるか…。不安もあったが、とにかく走った。日が高くなるにつれて、応援の人も増えた。走り続けたかった僕はサングラスをかけて、集中して走っていた。

そんな時、前方から黒い車がハザードランプを出しながら、交通量の多い国道に止まりそうなのが見えた。後ろに車がいる状況で、止まるかな~と見ながら、走って近づくと、窓を開けて運転席のお父さんと助手席の子供が「頑張ってくださーい!」と言った。僕は後続の車が気になっていて、さらに後ろから大型トラックも近づいてきていたので、反射的に「後ろから車来てますよ!気を付けてください!」とだけ走りながら返してしまった。とっさにお父さんは車を急発進させた。が…そのあと僕は今のわずかな時間でもう一言言えたのでは…走りながら反省を繰り返した。

「頑張ってくださーい!」の声に「ありがとうございます!」の言葉を返す時間は本当に無かったのか…。あの親子は思いがけない言葉が返ってきて、驚いたに違いない…。今年はこのようなことがよくあった。しかし、先日の英彦山登山前日にトンネルの一件があってから、車で駆けつけてくれる人が、駐車場や路肩の広い場所などきちんと車を駐車してから声をかけてくれることが増えたのを感じていた。そんな中、今日はたまたま、自分の中でこの時の車のことが際立ってしまった感じだった。

トンネルの一件以来、あまりにも敏感になりすぎているのかもしれない。この場を借りて、あの時の親子に「ありがとうございました」と伝えたい。このことで、車に対する緊張感は変わらないだろうが、一瞬でも相手の言葉に答えられた方がいいなと学んだ。間違っていたかな・・と反省を続けながら、夕日を浴びる高千穂峰を横目に60キロに到達し、暗闇の中残りを道のりを歩き続けた。明日は99座目高千穂峰にアタックだぁ~


12月29日(火)「帰ってきたぞ~!」

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初めて入った超炭酸泉の極楽温泉を出発すると、真っ青な空の下にくっきりと高千穂峰が見えた。朝からこれから登る山をはっきりと望むのもかなり久しぶりなことだ。残りの山もあと2つ、今日で99座目となり、登頂後に霧島神宮へ下りれば、最後の鹿児島県に入る。高千穂峰は実は去年も登っているが前回は高千穂河原からの往復だった。宮崎県側から登るのはもちろん初めて、標高差は1,200メートルほど、距離は5キロもある。事実上、この旅最後の本格的な登山となる僕にとっては、長いくらいがちょうど良かった。

霧島東神社で挨拶をしてから、10時過ぎに登山口を出発した。前半は杉林の中を進み、展望が開けた時に期待が高まる感じだ。1時間程で標高は1,100メートルを超えると共に森林限界を抜けて、眼下に高原の町や御池等が見えた。また、市房山など九州中央山地の山々も見えて、高まった期待通りの展望に、「おおおー!!」と自然と声がでた。

さらにペースをあげて登っていくと、いびつな形に固まった大きな溶岩が現れテンションが上がり、そこから駆け登ると、初めて山頂まで見ることができ、「帰ってきたぞ~!!」と叫んだ♪霧島連山の山にこだましていく…山頂にはたくさんの人の山も見えた。

テンションが上がった時ほど、足元がおろそかになることは散々経験してきた。山の数が減っていくにしたがって、登山中の緊張感や注意力は一層と強くしてきた。しっかりと足場を確認しながら、2度目の高千穂峰山頂に着実に近づく。高くなる太陽の光が反射する鹿児島湾の向こうに桜島が見えた!
「さくらじまー!」
登山道を登るのもあと少し、感慨深くなりながら足元に自然と目線が落ちた。見上げるとカメラを構えた応援の人たちが「よーきさーん!」と叫んだ。
「おはようございまーす。ありがとうございます。」と返事をする。
岩から染み出たわずかな水をついばむ鳥の姿が盛り上がるテンションを少し沈めてくれた。

さぁ山頂だあ!!と歩を進めると、すぐに山頂となりたくさんの応援の人たちに囲まれた。皆さんの笑顔がたまらなく良かった♪2度目の高千穂峰山頂は九州で一番の賑わいとなった。

桜島の御岳は60年前から登山禁止になっているので、山頂に立てるのは、ここが最後となる。約2時間、山頂での時間を過ごした。そして、懐かしい高千穂河原へ下山を開始した。河原への下山は、韓国岳や新燃岳、大きな火口など霧島の大きなスケールに魅了されながら、30分程で下山を終えた。河原でもたくさんの応援の人たちが無事の下山に拍手を送ってもらった。

遅めの昼食をとり、霧島神宮へ抜ける旧参道の山道へ霧島神宮の裏手から本殿に出ると、すっかり雰囲気は新年を迎えるような感じだった。霧島神宮を出たところにある霧島温泉の足湯で、足の疲れを少しだけ労った。99座目を無事に終えたことで、肩の荷が降りた感じが強かった。

国分市まで気合を入れ直して走った。スタートからここまで総距離は8,000キロを超えた。
よく歩いてきたものだ…ゴールまで、あと150キロ、最後の最後まであと少し気を抜かずに歩こう。


12月30日(水)「桜島上陸」

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鹿児島湾を挟んで、かすかに霞む桜島が国分の町から見える。本当にこの日がやって来た。桜島に上陸する日が…いつもなら、煙をもくもくと立ち上らせている山も今日は平穏のようだ。ベタ凪ぎの鹿児島湾を右手に見ながら、徐々に躍動感溢れる桜島の山並みがはっきりとしていく。

国分から桜島ユースホステルまでは44キロ、旅の一般的な移動距離だ。桜島に近づくにつれてだんだんと景色も変わり、活動中の南岳火口からうっすらと煙が昇っている。北から東→南→西と回り込むように走り続けた。一番間近に見える南側を通過しているときは、山が迫ってくる感じだった。太陽の日差しを浴びる鹿児島湾の奥には、開聞岳と反対側に大隅半島の先端がかろうじて見える。開聞岳が一際美しかった。まさに富士山のようだ!!

尖っていた桜島も西に近づくにつれて、北岳・中岳・南岳が並んで見えるようになった。そして、フェリーの警笛の音ともに対岸の鹿児島市の町並みも見えてきた。午後5時過ぎに夕日で赤く染まる桜島の山を見ながら、宿に到着した。

今年は東北から九州までの要所要所で、全国の腱引き師の方々に体のメンテナンスをしていただいた。その腱引き師の大先生がわざわざ鹿児島まで最後のメンテナンスをするために飛んで来てくれた!!今年は舗装路の長い終盤で故障がなかったのも、腱引き師の方々のサポートのおかげだったと言えよう。久しぶりに先生と再会して、お互いに「約束通りここまで来ました!」と言って握手を交わした。そのあとの施術は言うまでもなく、部屋中に叫ぶ僕の声が響いた。

これで、明日の100座目(200座目)も佐多岬までの残り100キロも完歩できるだろう!!今年もあと1日、赤く染まる西の空の下、鹿児島市の夜景が美しかった。今日も1日が無事に終わったことにありがとう。


12月31日(木)「2百名山達成」

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桜島の御岳には1955年の大規模な噴火で登山者も被害が出たため、それ以降現在に至るまで、入山禁止(登山禁止)となっている。したがって、百名山や二百名山が選ばれる以前から、登れない山だったことになる。ピークハント(山頂に立つことが最大の目的)思考が高まる登山スタイルに、桜島は相反する山となる。決して人の力ではコントロール出来ない火山に敬意をはらい、人の判断で入山禁止と決められた山だ。

山頂に立つことが全て(「登頂した」とは言わない)と考える人にとっては、桜島に登れる日が来ることを切に願っていることだろう。実は僕もそのひとりかもしれない。登山とは字のごとく「山に登る」だが、登らない(山頂に立たない)登山もあるのかもしれない。今日はそんな日になる。

日本は火山大国なので、今までにも最高峰に立てないことは何度もあったが、それでも、山頂手前まで行くことはできた。だが、それらの山に比べれば、桜島は遥か彼方に山頂があり、標高の半分にも満たない湯ノ平展望所が現在の桜島の入山できる最高峰になっている。標高373メートル!数字ではとても桜島御岳に登頂したとはいえないだろうが、これが現状だ。宿を出発してから、1時間で湯ノ平展望所に到着した。最後の山はもちろん笑顔での登頂!

展望所から見える鹿児島のシンボルともいえる桜島は、人を寄せ付けない山ではなく、たくさんの人があの頂から鹿児島を見下ろしてみたいと思わせてくれる憧れの山に見えた。やはり山は自分の足で登り、見上げたあの頂からの展望に憧れを抱くことで、たくさんの人はいくつもの山に足を運ぶのだろう。僕も2百名山の最後がこの地であった意味(意図)を考えた。

自分の山へ向かう足はまだまだ止まらない。もちろん旅も!次に登りたい山を探そう…そう桜島に登れる日が来ることを願って!上へ上へ一番高いところへ、山を登れる幸せを次の山へ求めよう♪

10時に展望所を出発、桜島から旅の終点「佐多岬」へ踏み出した。残り100キロ!どんな風にゴールしよう?そんなことを考える日もあった。新年初日の出と共にゴールも考えたが、これは自分の旅、先のことよりも今ある時間を大切に、この一歩を大切にしようと。だから初日の出を見ることは重要ではない。まぁ~佐多岬の初日の出は前日から交通規制がされて、当日は1,000人を超えると聞いて、臆してしまったところは正直ある。それと、ゴールに向かう途中でたくさんの人から、「佐多岬で待ってます♪」と声をかけていただいた。中には子供たちも!初日の出のタイミングでゴールすれば、ここまで一緒に旅をしてきてくれた応援の人たちとゴールが出来ないかもしれない。それもあり、混雑が落ち着くであろう昼過ぎにゴールと思った。

いつものように31日も宿に宿泊して、いつものように太陽が昇ってからゴールを目指そうと決めた。今日の目的地は錦江町、それでも60キロを歩く。夜暗くなるまで、ゴールへ向かう僕の背中をたくさんの声援が押してくれた。明日はいいゴールができそうだ。皆さんとの旅も明日いよいよフィナーレだ。


1月1日(金)「いい年になりそうだぁ~!」

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「今日ゴールかぁ~」
昨日の65キロが最終日の体に相変わらずの疲労感を与えていた。年越らしいことは、年越そばを食べたくらい。いつもなら深夜0時まで起きている。旅の途中で新年を迎えることになるとは、7か月前北海道をスタートした時は想像もしていなかった。しかし、予定以上の日数がかかってしまったとしても、無事にここまで歩み続けることができたことを素直に喜びたい。外が明るくなるにつれて、じわじわと最終日の一歩目を踏み出す時間が迫っていることを感じた。ゴールの日に限って、目はパンパンに腫れている。目をこすりながら冷たい水で顔を洗い、目を覚ます。

部屋に戻り、本当は前日に書き終えるはずだったゴールのために用意した年賀状に、出発時間を過ぎてもイラストを描き加えた。これを頭に張り付けるのも最後となる。描きながらしみじみ、どんなことを描こうか真剣に考えた。最後の日だからと色も四色に増やした。
旅を出発してから、222日目。年は2015年から2016年へと変わった朝は、特別な朝のようにも、いつもと変わらぬ朝にも思えた。

いつものように出発時間をとっくに過ぎた僕を宿の玄関先で待ち構えるNHK撮影班、彼らとの日々も今日で幕を下ろす。結局、九分九厘朝の出発時間は遅刻を繰り返した。
「ひとり旅なのだから、われわれのことは気にしなくていい!」
と言っていた撮影スタッフも、毎日遅刻するものだから、僕の遅刻癖も日常になっていたのだろう。いつもと変わらぬ、朝のテンションが低い顔で歩きだすが、そんな僕にまぶしい新年の日差しが容赦なく「テンションを上げろ~今日は記念すべき日なんだから~!」
といっているかのように、降り注いだ。

最終日の天気がこれ以上ない快晴となったことに心の中で感謝し、太陽に今年もよろしくお願いしますと伝えた。元日の朝を旅の途中で迎えることも、鹿児島で迎えることも初めての経験、僕は本当に幸せ者だと、一歩また一歩と今日も力強く歩けていることにうれしくなった。「日本2百名山ひと筆書き~グレートトラバース2~」の最終目的地「本土最南端佐多岬」まで、残り約40キロとなる。当初の予定総距離8,000キロはとうに超えているが、不思議とそんな途方もない距離を歩いてきたとは、自分自身全く実感がない。去年もそんな感じはあったが、今回はさらにその感覚が強い。歩くことが、山を登ることが、日常になると言うことの証拠だろう。

「佐多岬まで30キロ・20キロ…」と距離が縮んでいくにしたがって、日差しも高くなり気温も上昇した。冬!?というような陽気だ。冬を感じていた山並の景色も、紅葉や葉を落とした木々は無くなり、南国らしい常緑の木に覆われた山が、歩く道の両サイドに広がった。

佐多岬から初日の出を見たであろう県内や他県の車とすれ違う。それと僕を追い越しながら「よーきさ~ん!佐多岬でまってま~す!」と言いながらの車が増えていく。先に佐多岬で僕の到着を待つ事務局のスタッフからの連絡でも、初日の出はかなりの混雑だったことや、昼頃から僕を待つ応援の方々が集まってきたことなどの連絡が入った。正月早々に、南の果てまでゴールを迎えてくれる人が居ることに、自然と進む足も速くなった。しかし、濃い疲労は走ろうとする僕の脚にセーブをかけた。それでも、午後3時のゴールを目標に、積極的に下りは走った。

午後2時過ぎに、佐多岬まで5キロを切った。「あと5キロ、されど5キロ!」最後の最後まで「もうゴールしたも同然だ!」と緩みそうになる気持ちに何度も「まだだ!まだだ!」と気を引き締めた。山もいつも同じ気持ちだった。最後の最後でつまずいて怪我をすることがある。本当に下山を完了するまで気を抜かないことを肝に銘じてきた。旅全体を通しても全く同じ気持ち、ここまでゴールを意識しないようにしてきたことはない。桜島に登頂して、残り100キロとなった時でさえ、「最後の最後まで何があるかわからない!」と、ゴールが近付くにつれて無意識にそのことを想像してしまう自分を抑えてきた。

残り3キロ、佐多岬へ続く道の両サイドにはたくさんの車が路上駐車されていた。すでに佐多岬までの遊歩道には100人を超える人たちが列を作っているそうだ。ゴールを意識する気持ちを抑えきれなくなった時、さぁ~ゴールでどんな顔をすればいいんだ?どんな気持ちで?とここまで気持ちを抑え過ぎてイメージを作っていなかったので、わからなくなってしまった。考えても浮かばないので…まぁ~考えても仕方ないからその時の気持ちで!と考えているうちに、駐車場に到着するとたくさんの人の「よーきさん!おめでとうございます!」と声が聞こえた。それを聞いて、「あっ!本当に旅が終わるんだな~」と実感した。自然と湧きだす喜びで、トンネルの中を歩きながら笑顔になった。
「もう、張りつめてきた気持ちを緩めてもいいでしょう!」と言いながら、トンネルを抜けた。すれ違う人から「おめでとうございま~す!」と贈られる言葉。途中の神社でいつものように今日の日にお礼をこの地の神様に伝え、「よし!行くかぁ!」と最後の数100メートルを歩いた。

佐多岬の展望台手前で、遊歩道にはたくさんの人たちがずらりと並び、みなさんの笑顔に僕も自然と笑顔で答えながら、一歩また一歩と進んだ。そのあとを追うように、カメラマン、応援の方々が続いた。「本土最南端佐多岬」の看板の奥には、大海原が広がった…ゆっくり展望台の奥まで進み、展望台の手すりに手をかけた。歩みが完全に止まった。
旅が終わった。本当にここまで来ることができた。これは夢ではない現実だ!俺は本当にやり切ったのか!?やり遂げたんだ!

ここまで、本当に長かったよな~な~よーき!
よく歩いてきたな!そして、よく登った!
明日からどんなふうに生活すればいいのかな~?
普段の生活に戻れるかな?
手すりに両手を置きながら、海を眺めながら湧きだすたくさんの言葉・感情・想いなどをゆっくりとかみしめながら旅を振り返った。

「ゴールしましたね。どうですか?」
とここまでともに歩いてきたディレクターの岡本さんからの言葉にすぐに言葉が浮かばなかった。
「ゴールしましたね~ゴールしちゃいましたね…」
「本当にゴールできちゃいましたね~」
「8,000キロ以上歩いてきたんですよね!?」
「不思議と実感がわかないんですよね~」

昨年は最後の最後にドラマがあっただけに、ゴールを迎える気持ちも高まった。しかし、今回は昨年以上に最後まで気を張り続けてきたが、昨年の様な強烈なドラマがないだけに、ゴールに対する自然とわき上がる気持ちは不思議と強くは無かった。振り返れば、今回の旅は昨年をも超えるドラマが幾度となくあったのだが、あまりにもこの数分では振り返り整理するには短すぎた。

長い沈黙ののち
「本当に本当に、長かったです。ここにたどり着けたことが今でも不思議な感じです。でも、ちゃんと自分の足で歩いてきたことは確かです。今は旅を終えた実感は弱くても、時間が経つにつれて少しずつ強くなっていくと思います。あまりもいろんなことがありすぎた旅だったので、時間が必要な感じですね。
まぁ~自分自身がすごいことをやり遂げた実感がなくても、ゴールやこれまで応援し続けてくれた人たちの人数を見れば、本当にすごいことをやってしまったと気付くんですよね。」
と一つ一つ言葉を選びながら、話す自分がいた。

今こうして日記を綴りながら、あの時何を話したのかあまり記憶にない。でも、ただ沈黙の時間が長かったことだけはよく覚えている。そして、撮影班からのリクエストで何か一言叫んで下さいと言われたので、たくさんの人から注目を浴びながら、いまだに慣れない恥ずかしさを感じながら西の空へ落ち始める太陽に向かって「俺はやり遂げたぞ~!!!」と叫んだ。

その後、集まっていただいた応援の方々約150人、一人一人にお礼を伝え、握手と写真撮影に応じた。全員終えた後にはっとした!あっ一緒に集合写真を撮るのを忘れたのだ。握手と写真撮影が終わった後も展望台に残っている方々とゴール記念の集合写真をとった。この間も僕の心は落ち着きどころがなくふわふわとした感じだった。

時間はあっという間に過ぎ、時刻は午後5時を過ぎた。そして、佐多岬には2016年最初の夕日が僕らを赤く染めた。それを見ながら、「あっ今日が終わる。旅が終わる。」と感じた。そして、「Next Trip!」と空を指差しながら言葉がこぼれた。それを聞いていた人たちから「おおお~!!!」と声が聞こえた。
「まぁいつになるかはわかりませんが、また歩きたいですね!」
沈む夕日を背に僕はそう続けた。

さぁ~次はどんな旅をこの日本で繰り広げようか!まだまだ魅力は無限に広がっている日本で!約8,000キロ(多分8,100キロほど)、100の山の頂に立ち、3つの海を越えてきた旅は221日と11時間で幕を下ろした。

7カ月以上にも及ぶ旅(挑戦)に数え切れないほどの人たちが注目し、声を出し、見守り続けて下さいました。そして、一緒にゴールまで歩き続けてくれました。本当に本当に本当に!ありがとうございました!皆さまも歩みを止めず、次なる旅へ進んでいってください。僕も負けずに歩み続けます。

暗闇の中、8カ月ぶりに愛車のハンドルを握り、アクセルを踏んだ。次なる旅が始まるまで、しばし現実生活?へ戻ります。

※宿に着いて車を置いてから、美味しい一杯をいただきました。


1月2日(土)「51座から100座」

51)武甲山:採石により日々変化する山、この山の本当の姿は…

52)大岳山:ちょっと足を延ばせば険しい山がここに!山頂からの富士山は必見

53)三ツ峠山:三つの山からなるこの山、富士の頂が目前に迫る

54)御正体山:古い山岳信仰の山には、皇太子さまも御登拝されていました

55)愛鷹山:静岡県側からの富士山も見事!富士の裾野に頭を出す山は何の山?

56)毛無山:想い出の山、アドベンチャーレーサーを志したとき、初めてのチームトレーニングがこの山でした

57)七面山:一年に一度の大祭の日に登る。普段山に登らない檀家さんもこの日は登ります!腰の曲がったばあちゃんが僕の一歩を五歩以上かけて歩く姿印象的だった

58)笊ヶ岳:この南アルプスにこんなに手つかずの山が!この山からの南アルプス主稜線は必見

59)大無間山:外れにあるから疎遠になりがちだが、南アルプスの奥へ行く前に足を止めてみてください!この山も南アルプスの山です!

60)上河内岳:昨年は銀世界の中、肩から見上げた山頂。秋深まる主稜線に付き出た山頂はアルプスの険しさをしっかりと教えてくれています

61)池口岳:原生林の奥にある頂き、人から隠れるようにひっそりとその山はありました

62)安平路山:笹の畑はこの山の代名詞でしょう。本来の山はこうでなくては!

63)南駒ヶ岳:深い笹をかき分け進み続ければそこには絶景が!中央アルプスは空木岳や木曽駒ヶ岳だけじゃない!

64)経ヶ岳:この山の8合目からの景色は忘れられない1ページとなりました。北海道の秋を連想させるカラマツ林も美しかった

65)小秀:御嶽山噴火後初めてみる火口、山頂から見た時自然と手を合わせました。この山からの御嶽山は美しかった

66)位山:ちょっと違うルートから登り始めたら、雨の中ちょっと迷子に。爆弾低気圧接近中の中よく登りました!

67)霞沢岳:縦走できるのがアルプスの魅力。でもここは違う。袋小路の山、その行き止まりから見る景色は新しい北アルプスを見せてくれます

68)大天井岳:昨年常念岳から見えた稜線の先に見えたこの山、ここからの槍穂の大パノラマや北アルプス北部の景色は言葉を失います

69)燕岳:憧れの表銀座をハイテンションで駆け抜けると花崗岩の岩山はまさに異世界!

70)有明山:中房温泉からの登山道は…急!!!途中の秋の小窓が険しい道のりを忘れさせてくれました

71)餓鬼岳:主稜線のいくつもの岩峰は餓鬼岳にあらず!名前からは連想できない穏やかな山頂!眼下の大町の金色のじゅうたんが美しすぎました

72)烏帽子岳:日本アルプス三大急登がここに!急登好きにはたまりません。強風の時は烏帽子の上には立てませーん!

73)赤牛岳:近くに見えて、遠い山!北アルプスの中ではこの山がダントツで一番遠いだろう。裏銀座からのルートは景色の変化を存分に堪能できます

74)針ノ木岳:渡船は使っていません!残雪期からはわからなかった夏道、いつかは烏帽子岳から針ノ木岳~後立山連峰へと縦走してみたいと思わせてくれました。眼下の黒部湖湖畔の紅葉はここに立った人だけのご褒美 

75)雪倉岳:山の名のごとく雪に包まれた。2日間山小屋での停滞。麓は今年一番の紅葉が広がり、山頂稜線は1日で冬になった。日本三大雪渓はドキドキの時間だった

76)奥大日ヶ岳:雪倉岳から欅平~下の廊下~仙人池~剣沢~奥大日ヶ岳…今までの日本アルプス縦走区間で最もハードな行程になった。しかし、仙人池からの剱岳は格別だった。この山が、新たな北アルプスの顔に出会わせてくれた

77)毛勝山:日本アルプス最後の山、山頂までは急登が続くが、山頂からの景色は日本アルプスを歩いてきたことを誇らしく思える眺めでした

78)金剛堂山:紅葉前線とともに次回は縦走してみよう!かすむ北アルプスのパノラマは幻影ではない!

79)笈ヶ岳:目の上のタンコブ…この山の存在は大きかった。大笠山から往復8時間!激闘の末、最難所となるこの山から解放された時の安堵と喜びは言い表せない

80)大日ヶ岳:何事も8割!今年の80座も大きな区切りとなりました。山頂での人文字「80」はうれしかったな~

81)能郷白山:歩けど歩けど見えてこない山。急登好きでも、ペース配分には気をつけましょう!

82)武奈ヶ岳:この旅最大の山頂での応援者数!山頂の人だかりは今でも目に焼き付いています!

83)御在所岳:雨の中の登山ではあったが、東海地方の人たちが誇る山!山頂のレストハウスのカレーうどんは絶品だった!

84)釈迦ヶ岳:1,300年を超える歴史の道、役行者さんはどんなことを想いこの道を歩いたのだろうか…主稜線は修験の道とは思えない美しい道が続く

85)伯母子岳:1,000年を超える歴史の道を歩けた幸せと今もなお残る古の道の雰囲気に感動すること間違いなし

86)金剛山:役行者さんはこの地で修業を積んで、大峰奥崖道へ挑んだ。10,000回以上登った人が6人も!関西のシンボル的な山ですね!

87)氷ノ山:山頂避難小屋には、暴風雨の中でも30人以上の人が集まってくれました。よーき!もう一度登りに行きましょう!

88)上蒜山:山の秋の深まりは早い!秋雨の登山は冬の匂いがしました。次は縦走路をあるいてみたいな~ジャージー牛のからのキスは一回で満足!

89)三嶺:やっぱり四国の山は秘境ですね~その一つがこの山かもしれません。西日本に入ってから連続の濃霧の中の登山。ここにまたひとつ再びこの地に来る山が増えました

90)東赤石山:雪だ~四国も初冠雪だ~!予期せぬ雪でルート変更、次回はぜひ縦走路を!

91)笹ヶ峰:ラッセルラッセル!笹ヶ峰の笹畑は一晩にして一面の銀世界へ

92)三瓶山:昨年島根を歩いた時に何度も勧められた山、一年越しでここまで歩いて登りに来ました!この山はお鉢を回りたくなるユーモアな名前がイイですね~女三瓶からの景色が僕は好きです!

93)英彦山:1,000年を超える歴史の神聖な世界に思わず、脱帽をして登りました。初めての経験です。山は本来そうあるべきなのかもしれません

94)由布岳:九州思い出の山4年ぶりの再会は前回と同じような天候でしたが、新しい発見もたくさんありました!次こそは山頂からの由布院の町並みを!

95)大崩山:東北の山を登っている頃、九州からの登山者と一緒になりみなさん口をそろえて言ったのが「大崩山が九州で一番好きだ」「イイ山よ~」だった。九州では珍しい花崗岩が作り出す険しい岩山の景色とその先に広がるやさしい山並。九州の人が誇るわけを理解した。

96)普賢岳:この山の名前を知ったのは小学生の頃、今から24年も前の話だ。大噴火の映像を父がテレビに釘付けになっていた。その山に自分が登っていることが不思議だった。火山がもたらす恵みもあるということをこの山で知った。

97)市房山:「こんな切り立った山が九州にもあるんだな~」と見上げながら通り過ぎた去年、あれから一年半以上、再び同じ道を歩き今度は登ります!四合目までの続く参道と1,000年を超える市房杉は訪れた人々に力を与えてくれます。山頂から見下ろす町並みはこの山が本当に切立っていることを実感させてくれます

98)尾鈴山:距離は短いけどこんな急登は大人でも音を上げるだろう!そんな山に4歳や5歳の子供たちが登ってきていました!イイ経験ができているな~小さなころから自然を満喫できることは本当に幸せなことです

99)高千穂峰:実は昨年も登っています。二度目ですが、宮崎県側からは初めて!霧島東神社からのルートは長いけれど僕はすごく好きです!高千穂峰の姿は宮崎県側から始まっているのかもしれません

100)桜島:200名山に選ばれる前、深田久弥さんが百名山を選ぶもっと前から登れない山となっていました。登山禁止となってから60年が過ぎました。鹿児島の象徴ともいえる桜島、この山が登るだけが登山ではないと教えてくれた気がします。

今回の旅でもたくさんの山に登り、頂に立ち、山を通じて自然の表情に出会い、感じることができました。僕もまた、次なる山へ足を向けることでしょう。長い時間がかかりましたが、人生と言うもっとゆったりとした時間の中では、本当に短い時間だったかもしれません。でも、次の一歩を踏みだす為に僕自身にとって、かけがえのない時間(糧)になったことは間違いありません。みなさんも日本の自然へ山へ踏み出してみませんか?

投稿時間:16:30 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2016)


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