週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

今週のヨーキさん(2016)

2016年01月18日 (月)

今週のヨーキ(11/30~12/6)

11月30日(月)「しまなみ海道1」

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四国本島からしまなみ海道を歩いて、再び本州中国地方に戻る。昨年は尾道から逆コースで四国の愛媛県今治市に渡った。同じコースを今回は尾道市に向けてあるいていく。相変わらずの潮が激しい来島海峡を、しまなみ海道一長い橋、来島海峡大橋で越えていく。

しまなみ海道を楽しむサイクリストたちの拠点となる今治側のサイクリングターミナルを8時過ぎに出発。見送りにはなんと!愛媛県のご当地キャラクターの「みきゃん」が来てくれた。今までもご当地キャラクターに会ってきたが、動く実物に会うのは初めてだった。無言で動くご当地キャラクターのみきゃんにどうしていいか少し戸惑ったが、朝早くからスタンバイしてくださっていたようで、一緒に記念写真をとって、元気よく見送っていただいた。意外にも自分自身がご当地キャラクター慣れしていないことがわかった。

朝早くからトンカントンカンと金属音が響く今治造船を眺めながら、来島海峡大橋へと上っていく。しまなみ海道に架かる橋は全部で7つあり、それぞれの橋には徒歩や自転車専用道がある。向島までは橋が全て高速道路になっているので、毎回橋のたもとまで専用道を使って上り下りしなくてはならない。ただ、案内もしっかりしているのでほとんど迷う心配はない。

全長は約70キロほどで、主に上陸して次の橋まで歩くことになる島は全部で6つ。大島、伯方島、大三島、生口島、因島、向島の順となる。今日は約40キロ先の生口島の宿に宿泊する予定だ。最長の来島海峡大橋の途中には馬島という島があり、一般の人はエレベーターを使って、降り立つことができる。とても面白い場所だ。

約6キロの橋を渡り終え、最初の島が大島。今日歩く島の中では最長となる。去年は夜になってしまった大島の日中の景色を楽しみながら歩く。さすが瀬戸内♪一昨日の真冬のような笹ヶ峰とは別世界だ。季節外れの暖かさもあり、久しぶりの暖かな秋晴れのなかを歩き続けた。また、もうすぐ正月ということで、特産のミカン畑もたくさん見ることができた。

昼前に伯方島へ。来島海峡大橋以外の橋はグッと次の島との距離が近くなるので、橋の長さは短くなる。大島よりも小さい伯方島は、隣り合う島が近くに見えるので“島感”がある。また、伯方島と言えば、「伯方の塩」だ!道の駅で早速、伯方の塩ソフトクリームをペロリと平らげた。

次の大三島までは3キロと短いのであっという間に大三島に渡った。大三島が愛媛県最後の島となる。中国地方に入る感じは全くないが、橋→島→橋→島→橋→島を繰り返すので、メリハリと変化があり、今日1日で40キロを歩いている感じがしない。全コース70キロもあることを感じさせないことも、しまなみ海道の魅力の一つかもしれない。

大三島は島の西側が中心部となり、そこには国の重要文化財にもなっている「大山祇神社」がある。戦いの神でもあることから歴代の武将たちが尊崇したそうだ。行ってみたかったが…島の西側と東側の間に高い山があり、回り込むとかなりの距離になるために、断念した。本日最後の生口島が見えてくる頃には日も傾き始めた。今日は大潮といいことで、いつもよりも潮が大きく動いていた。

西日を受けながら生口島まであとわずかのところで、白い箱みたいなモノが激しく動いているのが見えた。なんと、広島県との県境で待っていたのは、本州四国連絡橋のイメージキャラクター「わたる」君だった。身長190センチという長身に加え横幅もあったので、かなりの存在感があった。突然の出迎えにビックリ!ここでも、ご当地キャラクターに慣れない自分がいた。1日2度もご当地キャラクターに会えるとは、幸福者だ!体の大きさのわりには、動きが激しいわたる君に見送られながら、生口島に降り立った。

本日最後の生口島は夕日と共に静かな瀬戸内海を眺めながら、歩いた。今年のしまなみ海道初日はとても有意義な時間となった。サイクリストが集う海辺の一軒家が今日の宿となった。明日は再び本州に上陸する♪


12月1日(火)「しまなみ海道2」

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生口島からの見事な秋の日の出。思い返せば昨年から通じて、瀬戸内海で朝日を見るのは初めての経験だ。目の前に広がる海は今日も優しい表情をしている。その海を見ながら、バランスのとれた朝食に舌鼓、感謝の気持ちで一杯になった。

今日は、昨日よりも距離は短くなり、明日交流会を開く尾道市まで歩く。広島風お好み焼きが僕を待っている。

しまなみ海道の島は残り2つ。まずは因島、最後に向島となる。因島に入ると、早速「村上水軍」の看板が目に留まった。「あっ!」と、去年生口島に渡る直前で、看板を見て諦めたことを思い出した。ということで、今日は村上水軍の歴史に触れてみることにした。

村上水軍といえば、遥か昔、瀬戸内海を牛耳ってきた海賊というイメージだが、はたして本当はどうなのか?興味の向かうままに、因島の小高い山の上に建つ水軍城に登った。村上水軍の長い歴史が展示された建物には、誕生から解散までの歴史を見ることができた。

村上水軍は南北朝時代から戦国時代の関ヶ原の戦いに敗けるまで、朝廷から許可を頂き、瀬戸内海の3ヶ所(来島、因島、能島)に拠点を構え、海上に関所を設けて、瀬戸内海に入ってくる船から税(通行料)を徴収したり、海上警護、水先案内などをしていたそうだ。税を逃れようとする船に対しては、鳴り響くホラ貝の音と共に、瀬戸内の島々から村上水軍が現れて、潮が複雑な瀬戸内の流れを巧みに扱い、蹴散らしたそうだ。

展示品の中には、当時の瀬戸内の島々が描かれた地図があり、島の形や大きさが全く違ったり、600年以上前から瀬戸内の島の名前や地名が変わっていない事に驚いた。また、村上水軍の戦法図もあり、織田信長の水軍を撃破したとあった。日露戦争でバルチック艦隊を東郷平八郎率いる連合艦隊を打ち破るときに、参考にされたらしい。

1時間近くじっくりと村上水軍の歴史に触れた。終始、「へぇ~ほぉーはああ!」と驚く時間となった。さらに初めての体験もさせてもらった。レプリカだが、当時の武将が戦いのときにつける甲冑や刀などの衣装を着ることができた。甲冑は当時のものと同じ重さで、3キロもあった。全ての装備を着けたらかなり重く、当時の戦いが相当大変なことだったと少しだけ実感できた。

貴重な体験をした後は、村上水軍の一族が眠る墓にお礼を伝えて、向島に向かった。向島に入ると一気に住宅密集度が上がり、しまなみ海道の島の中でも一番賑やかになった。それもそのはず、たった数100メートルの運河のような海を挟んだ対岸には尾道の中心部が見える。その間を渡船の船が頻繁に行き来して、人や車を運んでいる。自転車に乗った高校生が、当たり前のように自転車に乗ったまま、いきよいよく船に乗った。渡船に馴染みのない僕にとっては不思議な光景だ。向島に住む人にとっては船は道のような存在なんだろう。


12月2日(水)「230人の笑顔」

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今日は中国地方初のグレートトラバース応援者の皆さんとの交流会の日となる。旅のスケジュールの関係で平日開催となってしまったが、たくさんの人が参加しやすいように、開始時間を午後4時からとした。

午前中はたまった日記を書くのに時間を取られ、2時半に宿泊先から会場に向けて出発。尾道には昨日の夕方に到着していたから、今日は一応休養日としていた。

3時前に会場の前を通り、待合室に入った。3時の開場前から、外には長蛇の列、ザッと100人位はいるようだ!スゴい!!交流会や山の山頂、旅の道中など、目に見える数の多さは旅や番組の反響の大きさを一番強く実感する瞬間だ。今日もそんな時間になりそうだ。

4時から交流会開始、ちょっとその前に…トイレ!!トイレは会場入り口、ということで、スタンバイOKの会場内をびっしりと埋め尽くした参加者の前を通りトイレへ向かうことに!開始5分前に待合室から出てきたから、始まったと思って、会場がひと盛り上がり♪わぁ~ざわざわ「すいませーん、始まる前にトイレにいきまーす。」と言うと、わぁ~と笑い声が溢れた。

トイレをすませて、改めて登場。4時から1時間半の交流会が歓声と共に始まった。来場者の中には、山や道端で会ったことのある人もいて、初めてお会いする人も合わせると総勢200人を超える人が、力強い眼差しで僕を見つめていた。久しぶりの圧倒感に、最初の挨拶を前に少し間ができてしまった。しかし、皆さんの笑顔に気づき、ほっとした。来場者の雰囲気に助けられた。

それから簡単な挨拶をして、ここまでの旅の総括よりも、来場者の方とのキャッチボールがしたかったので、すぐに質疑応答(来場者からテーマをもらう)に転じた。よくあるクエッションからズバッとなクエッションまで、そのなかでもプライベートなクエッションにはタジタジだった。

1時間の質疑応答のあとは抽選会とじゃんけん大会。集合写真を撮って交流会はあっという間に終わった。そのあとは間髪いれずに出版した本のサイン会へと移る。列はあっという間に長蛇の列となり、全員のサインが終わるのに1時間半を要した。さすがに休みなく1時間半の本へのサインは疲れた。手よりも笑顔をキープするための口角が一番疲れていた。でも、たくさんの人が笑顔で帰宅されていく姿に、交流会をしてよかったと思った。

最終的に来場者の数は230人!予想以上の大盛況となった。開場から約4時間無事に交流会が終了した。ありがとうございました!


12月3日(木)「66」

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昨日の交流会から一夜明け、予定の起床時間を寝過ごしてしまった。6時にええい!と起きたが、まだ外は真っ暗だ。1年で一番日が短い12月、旅をしていると日の出日の入りの変化や季節の移り変わりを体一杯に感じるので、半年前は当たり前のように出発していた時間も今では起床時間になっている。

今日の目的地は一気に山陽と山陰の間(はざま)に位置する三次市まで歩く。総距離は66キロ!60キロを超えた日はかなり久しぶりだ!これから九州まで連日の50キロ超えが続く♪旅終盤の体はゴールまでもつだろうか…一瞬よぎる不安の中、激しいアップダウンが続く国道184号線をただひたすらもくもくと歩いた。

今日は本当に何も考えず、無の時間となった。考える体力も全て歩くエネルギーに注いだ。ヘッドライトを頼りに、19時に三次市の町に到着した。66キロは長かったぁ~


12月4日(金)「しまね~!」

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昨日よりもグッと冷え込んだ朝、通勤時間に三次の町を歩く人たちの服装もしっかりと厚着だ。今日は広島県から島根県へと入る。

今までいくつもの県境を歩き渡ってきたが、広島県から島根県の県境ほどつながりを感じるところはないだろう。まさにしりとりのような県境、峠のトンネルで一人で興奮していた。全国を探してもここしかないだろう!!ありがとう島根県と広島県だ!

トンネルを抜けると島根県側はさらに気温も下がり、雪も舞っていた。早速、山陰の洗礼という感じた。寒さに体が強ばらないように、三瓶温泉に向けて走り続けた。夕方、2日間120キロを歩き、ようやくうっすらと雪が積もった三瓶山が見えた。ゆっくりと温泉で体を労り、明日に備えた。


12月5日(土)「本州最後の山」

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いやーやって来ました!この日が。昨年の本州最後の山は忘れもしない雷雨の岩木山、今年は三瓶山となる。どんな時間となるか楽しみだ。  

朝身支度を整えて、出発する前に宿の女将さんに三瓶山はどんな山か聞いてみた。すると「大切な山」とすぐに返ってきた。「四季がある山で、いい山だから是非お鉢を回っていってください」と続けた。当初の計画では、最短距離で子三瓶から最高峰の男三瓶に直接登る予定だったが、その言葉に計画を変更して、今日の三瓶山をじっくりと見てみることにした。

僕が登り始めた孫三瓶への登山口からだと、子三瓶がピストンとなり、ちょっと遠回りになってしまうことに、孫三瓶への急な坂を登りながらあーでもないこーでもないと回る順番に納得いかない自分にブツブツと文句をたれていた。しかし、回るなら孫三瓶、子三瓶、女三瓶、男三瓶の順番でしょ!という自分が最終的に勝った。

登山口出発から30分で孫三瓶に登頂した。予想よりも雪は少なく安心した。目の前には、一際大きな男三瓶と一面笹に覆われた子三瓶、電波塔だらけの女三瓶、同じ火口を囲む外輪山でも、見た目は全然違う山に見えた。孫から女三瓶に続く稜線は今回はキャンセルして、子三瓶を登ったあとは火口の中に下りた。外輪山は北西からの冷たい風でかなり寒かったが、火口のなかは無風で暖かさを感じた。

地形の変化も感じながら、火口内には二酸化炭素が噴気していることや三瓶山が16,000年前から噴火を繰り返し現在の形になったことなどを学んだ。

女三瓶から縦走して、三瓶山最高峰の男三瓶に出発から2時間後に登頂した。山頂には週末ということでたくさんの応援登山者の方々が待っていてくれて、本州最後の山は去年のような雷鳴ではなく、たくさんの歓声となった。

「三瓶山に登ってくれてありがとう」の声に、昨年島根を通過したときに「三瓶山には登らんのけ~?」と言われていたことを思い出し、地元の人たちが誇る山に登ることが出来て、僕の方こそ感謝の気持ちで一杯だった。ただ、まさかここまで歩いて登りにくるとはあの時は全く想像もしていなかったので、不思議な気持ちだった。

氷ノ山の山頂以来の久しぶりの賑わいの中、かなり寒かったが記念にみんなと一緒に自分のカメラで写真を撮った。山頂からの景色をわずかな時間だが堪能しながら、撮影スタッフからのインタビューに答えた。
その中で、いつもなら最短距離で登ってきた山を今日はあえて変えたことに対しての質問に
「朝の女将さんからの一言が今日の三瓶山をもう少し時間をかけて見てみようと思うきっかけになったのと、孫から男三瓶まで色んな場所から三瓶山を見ることが出来て、今日の三瓶山の一番美しい姿を見ることができました。歩いた中で一番三瓶山を感じることができたのは、女三瓶から見た景色です。女三瓶から続く孫へのきれいな稜線、一面笹に覆われた子三瓶、険しさと圧倒的な存在感がある男三瓶が火口を囲むバランスが一番よかったです。これも、いつもとは違う登り方をしたことで気づくことができたと思います。」と答えた。

本州最後の山で、また一つ大切なことに気づくことができた。女将さんや三瓶山を大切に思う人たちに感謝だ。山頂から西原に下山するときに、さぁ九州に行くぞ~!と一つ気合いをいれて下山した。

西原でもたくさんの応援の方が迎えてくれた。気持ちは晴れやかだ♪皆様の笑顔にここでも感謝して、九州までの350キロの一歩目を踏んだ。明日は約1万4,000キロを歩いてあさり保育園に帰る。


12月6日(日)「あさり保育園」

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今日から次の山、英彦山までの350キロの歩みが始まる。この区間が今回の旅では最長となる。昨年は九重山から大山までの480キロが最長となったので、ほぼ同じコースを逆走することになる。その行程の中で一番楽しみにしていたことがある。それはあさり保育園の子供たちとの再会だ♪

昨年、初めての山陰の長い道のりを歩く僕に、あさり保育園の園長先生たちが、子供たちに是非あってほしいということで、声をかけていただいた。長いアスファルト道に足は毎日悲鳴を上げて、痛みとの格闘、我慢の日々だった僕にとって、思いがけない子供たちとの交流は旅のゴールまで僕の心に残り続け、大きな影響を与えてくれた。

旅の一つの思い出として、心に仕舞ってしまうことも出来るが、子供たちからもらったものへの感謝とつながりを何か形に残せないかと、自然と旅先のご当地絵はがきを手に取り、ペンを走らせた。
僕の一方的な行動ではあったが、園長先生たちの計らいもあり、園の一画にグレートトラバースコーナーを作り、僕が旅を続けて日本各地を歩く姿を追えるようにしてくれた。

一番交流した年長の子供たちは、毎日日課のように僕の場所を確認したり、ケガで動けなくなったときには心配していてくれたりなど、子供たちの様子を園長先生からのメッセージで知った時は、みんなから力をもらっているんだと心底感じた。

それからゴールまで7通の絵はがきを送り、あさり保育園からもビデオレターやゴールでは手作りのメダルもプレゼントしてもらった。さらに嬉しかったのは、僕がゴールしたことを聞いた子供たちが園内の築山(あさり保育園山)に100回登ったことだ。子供たちが自発的に行動したことに先生たちも驚いたと園長先生が話してくれたことは、記憶にも新しい。

突然の訪問から1年半、あの時組み立てたテントで無邪気に遊んだ子供たちは卒園して、今は小学1年生。つい最近まで今日が月曜日だと思っていたため、卒園した子供たちには会えないな~と思っていたら、実は日曜日だった。あれ!?保育園も休みでは?突然訪問しても誰もいないかも…と思っていたら、園長先生たちの計らいで、園を開けてくださっていることを応援事務局を通じて知ることができた。また、卒園した子供たちも何人かは来てくれることも教えてくれた。

お昼頃に着くように宿を出発する。途中鳴き砂の琴ヶ浜に寄り道したが、走って時間調整した。12時に保育園のある浅利に着くと、見覚えのある石州瓦の立派な屋根が見えてきた。角を曲がると一斉に「わぁー」と声が上がった。日曜日というのに、たくさんの子供たちと親御さん、先生たちが出迎えてくれた!よく見ると見覚えある子供も数人、卒園した子だ。

相変わらず元気な子供たちと一緒に園内の築山に向かった。前々から決めていたことを一つ達成するために、標高1メートル程のあさり保育園山に登頂した。それから、ぐるりと園庭を見渡すと、園の砂場に築山よりも高い山が出来ていた。なんとみんなで今日のために作ってくれたとのこと山頂には僕がいた。再訪始めから驚きが続く。

園内に入るとさらに驚きが!大きな日本地図と登頂してきた山の表が壁一面に張られていて、登頂すると山に見立てた色紙を貼っていく感じになっていた。よく見ると色紙は山の大きさや色が一座一座変えてあって、今年の園のテーマが四季を感じることだったことから、担当した先生もかなり工夫して作ったそうだ。今回の旅も始めからずーっと応援してくれていたことが一目で分かり、昨年からのつながりに嬉しさがこみ上げた。

さらに奥に進むと、ステージにはスクリーンとプロジェクター真ん前には「ようきさんのいす」と書かれた座布団があった。そこに座ると園長先生が「また来てくれるよーきさんに何か出来ないかとみんなで考えて、卒園した子供たちからのビデオレターを作りました。それと、毎年冬になるとカリンをいただくので、風邪をひかないようにということで、カリンの蜂蜜漬けをお湯割りした飲み物と疲れた体をマッサージしたいという子供がいるのですが、いかがですか。」と園のみんなで色んなことを考えてくれたことをすごく感じた。

人懐っこい男の子と一緒にカリンの蜂蜜漬けお湯割りを飲んで、これまた人懐っこい男の子からの肩たたきをしてもらった。そして、昨年よりも大きく少しだけ恥ずかしがり屋になった卒園した子供たちと一緒にビデオレターを見た。自分の映像が出ると、必死に目や耳を塞ぐしぐさがとても印象的だった。

見終わってから、先生や親御さんたちに感謝を伝えたいということで、一言話した。自分が昨年の子供たちとの出会いから得たこと、そして、今も旅に生かされていることを伝えた。短い時間だったが、昨年の出会いがもたらしてくれたつながりが、大きく成長を続けていることを改めて感じさせてくれた。この場を借りて、今日のためにお力を貸してくれた皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました!また、遊びにいきまーす♪

投稿時間:14:45 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2016)


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