週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

今週のヨーキさん(2016)

2016年01月13日 (水)

今週のヨーキ(11/23~11/29)

11月23日(月)「さすが!!うどん県」

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今日1日が終わる頃には香川から徳島に入ってしまうのだが、その前にうどんは食べておきたい!実は、旅を始める前まで働いていたラフティングのツアー会社のガイドの先輩が今年からうどん屋で働いていて、偶然にも今日歩くルート沿いにあることを昨日知った。

曇り空の中のスタートになり、昼前には雨が降りだした。3連休最終日だったため、朝から、たくさんの地元の人から応援を頂いた。お腹がすきはじめたお昼頃、絶妙なタイミングで先輩が働くうどん屋に着いた。

着いてビックリ!駐車場は満車!県内県外の車でびっしりだ。もちろん店は満席で、行列が出来ていた!店の中をのぞくと、フル回転で店員さんが動き回っていた。先輩もうどん職人という感じで、ビシッときまっていた。

15分ほど待つと席が空き、座って肉ぶっかけの中を注文した。うどん屋の回転はさすがに早い。食べている間に次々と店を出ていくお客さん、どんどん途切れることなくお客さんが来店した。

その繁盛ぶりとイメージ通りの美味さに感動しながら、ただただ驚いた。忙しさのあまり、ゆっくり言葉を交わすことが出来なかったが、ラフティングガイドから一転して、夢を追いかけて、うどん職人となった先輩の姿がかっこよかった!
「来てくれてありがとう」
「ごちそうさまでした!」
とだけ交わして、徳島に向けて峠越えの道へ歩き出した。

香川のうどん屋は週末に休むところが多く、平日のみの営業らしい。理由は週末だと、お客さんが来すぎて大変だからという。さすが、うどん県香川!嬉しい悲鳴だ。


11月24日(火)「谷間に佇む集落」

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うどん県香川から得する県(?)徳島に入ってから2日目、今日はつるぎ町を経由して、四国山地の山奥へと足を踏み入れる。以前、車で通ったことがあるが、四国山地へと続く道は狭く、急峻な山間を縫うように登っていく。そして、そこに昔から住んでいる人たちの家は、山の斜面に張り付くように建っている。明日、三嶺下山後に歩く予定の秘境、祖谷に負けないくらいの秘境が四国山地を中心に広がっているイメージだ。

朝から降り続く雨は、結局1日中降り続いた。つるぎ町の一宇という集落で、一件の蕎麦屋の出汁の匂いに誘われて、暖簾をくぐった。山間にひっそりと建つ感じとすごくマッチしている。店に入ると、おっとりとした感じのおばちゃんと、山男という雰囲気のおじちゃんが「はい、いらっしゃい」と言った。あまりにまったりしていたので、「やってますか?」と聞いてしまった。

先客のご夫婦が笑顔でお茶を飲んでいたので、営業しているのは間違いないのだが、田舎の中の田舎という感じの時間が流れていた。「どうぞ」と言われて席につく。注文をと思い壁に目をやると、「ざるそば大・小、かけそば大・小」のみ♪こんなにシンプルな蕎麦屋に入ったのは初めてかもしれない。心の中で「いいね~」とつぶやいた。寒かったのでかけそば大を頼んだ。

待っている間に店の中を見渡すと、カチカチと音をたてる掛け時計がいくつもあった。なんでこんなに多いのか聞くと、ご主人は以前、町で時計屋を営んでいたらしく、今の一宇で蕎麦屋を初めてからの15年の間にどんどんと過疎が進み、空き家になった家から時計だけをもらい受けて、修理し、このそばごやで主がいなくなった今も、時を刻み続けているそうだ。寂しさもあり、それが今の日本の田舎の現実でもあることを、しみじみと感じ、十数台の時計が刻む音に聞き入った。

数分後、ネギと刻んだ油揚げがトッピングされたかけそばが出てきた。薄味だが、出汁が効いていて上手い♪蕎麦を食べていると、おじちゃんが話を続け、「今はこの地区も800人ほどの人口になったが、50年前は8000人もいたんだよ。昔は林業やタバコなんかを育てて仕事があったから、人が出ていくことは少なかったけど、今は若いもんは戻ってきたくても仕事がないから、皆町へ出てしまうんだよ。」としみじみ話してくれた。店のおじちゃん、おばちゃんも、あと数年したら自分達も町に下りるといっていた。店を暖めるドラム缶ストーブが、いい味を出していた。

店を出て一宇の中心部を通ると、昔はたくさんの人が住んでいた事がわかる、廃校や団地、空き家やお店が狭い谷間に寄り添うように建っていた。今は今の風情ある一宇の集落だが、50年前のにぎやかな一宇も見てみたかったなと、歩きながら思った。まだ、一宇から宿まで25キロもあったので、いやしの温泉郷にはすっかり日も落ちた5時半に到着した。

日本の人口は、50年前に比べればかなり増えているはずなのだが、全国的に田舎の過疎は止まらない現実、都市集中が進む現代。直ぐには難しいが自分達の生活を見直していかなくてはいけないのかもしれない。


11月25日(水)「秘境」

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四国に入ってから、これぞ日本の秘境、というような場所を歩いている。今日は蒜山から歩き出して230キロ!海を越えてようやく四国1座目の三嶺に登る。古くから「みうね」と呼ばれているが、山向こうの高知県では「さんれい」と呼ばれている山だ。また、ほとんどの山は「山や岳」がつくが三嶺は付かない。珍しい山だ。四国で一番美しい山とも言われている。昨年、剣山から見えた笹畑の先に続く緩やかな稜線が三嶺だったようだ。天気が晴れであれば、今年も剣山か三嶺でご来光をと狙っていたが、低気圧の影響で連日ぐずついた天気が続いているので、今回はお預けとした。

出発時は曇り空、今にも雲が落ちてきそうな重たい空だ。出発は8時、最初は世界一と言われているいやしの温泉郷のモノレールの間を登っていく。長く杉林を歩くと標高1,300メートル位から葉の落ちた原生林となった。三嶺は森林限界が意外と高く、天然記念物のミヤマクマザサの群生地が広がり始める1,800メートル付近まで続いた。

出発から1時間半でのっぺりとした三嶺の稜線にでた。綺麗なミヤマクマザサの草原は濃い霧に包まれていたが、先が見渡せない感じが逆に四国一の美しい山の魅力を際立たせていた。霧で視界が効かない中、見える範囲の景色だけでも、三嶺の美しい山並みへの想像力を掻き立ててくれる。

ミヤマクマザサに見え隠れする登山道を進むと、突然そのときはやって来た!1,894メートルの高知県最高峰三嶺山頂に立った。天気予報通り、10時頃から雨が降りだした。風は冷たく、山頂でのんびり登頂の余韻に浸るような状況ではなかった。数分間山頂にいて、また一つ再来を約束して、下山を始めた。

この日、雨をもたらしている低気圧が抜けたあと、大陸からの寒気の影響で明後日からは四国の山でも雪が降る。三嶺の山頂は雨だったが、体感気温は2、3度ちょっと、足踏みしていた冬も一気に飛んで来る。厳しい環境での登山ではあったが、今日は今日なりに十分楽しむことができた。下山は体が冷えきらないようにかけ下りた。

1時間ほどで下山して、次なる山へ、まだまだ続く四国の秘境を歩き続けた。秘境祖谷では、3度目となるかずら橋を初めて渡った。この地を訪れた弘法大師さんが、川を渡れず困っている民を助けるために作ったという説と、平家の落人伝説のある祖谷で、追っ手から逃げるためにいつでも切り落とせる葛(かずら)の橋を作ったという説があることを知った。
さらに、昔は13ものかずら橋がここ祖谷にはあり、現在は3年に1度張り替えることを知った。3度目にして初めて知ることもあって、勉強になり、何度来ても新たな発見をもたらしてくれるこの地に感謝した。

相変わらず、急峻な山肌に張り付くように建つ家々の光が灯る頃、大歩危に到着した。


11月26日(木)「カツ丼を求めて6,000キロ」

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大歩危の谷間の灯台となっている民宿を霧雨の中出発した。見送ってくれたご主人のホラ貝が谷間に響いた。旅の安全を祈ってくれているようだ♪さて、今日は四国で一番のイベントの日がやって来た!!

2百名山の旅をやると決めたとき、気になったのが四国のルート。三嶺から東赤石山に行くルートを調べると2つの選択肢が出た。距離が5キロ短い四国中央市経由のルートと、去年食べた大盛のかつ丼がある食堂の近くを通る大豊町経由のルートだ!!ルートの選択順位は一番に距離の短い順になるが、この時だけは遠回りしてでも、食堂のかつ丼を食べたい気持ちで即決した。また、四国中央市経由になると、四国4県を歩けなくなってしまうのもあり、昨年とほぼ同じルートの逆走を選んだ。スタート前から楽しみにしてきたこの日、去年の30キロを走って、食べたカツ丼が懐かしい♪

四国3県目の高知県には割りと早く入り、懐かしい大豊町に入った。ひばり食堂まであと8キロのところで小さな集落を抜けると、たこ焼きのいい匂いがした。ちょうどお腹も空き始めていて、食堂まで我慢!と店の前を過ぎると、後ろからおじちゃんが走ってきて「田中さんでないかい!?たこ焼でも食べていかんかい!?」とお誘いを頂いた。一瞬食堂のカツ丼とたこ焼を天秤にかけたが、空腹とたこ焼の匂いに負けて、「いいんですか~♪」と誘惑に負けてしまった。お前のカツ丼への想いはそんなものか!!という自分がいた。

ちょっとの間だけ、地元の方と談笑した。その中で面白い例えが、四国4県の県民性をお金で表現、「もし70円を拾ったら、香川県の人は100円にして貯金、徳島県の人は70円を貯金、愛媛県の人は70円を使う、最後に高知県の人は100円にして使う。だから、高知県の人は一向にお金が貯まらんのです♪」と笑いながら、高知県のおばちゃんとおじちゃんが話してくれた。四国の人は互いに他の県の方を意識されているようだ。北海道では隣接する他県がないので、あまり比較することもない。四国ならではの面白い例えだった。

それから、たこ焼きのお礼を言って、食堂に向けてまっしぐら!!少しでもお腹を空かすために走った。午後1時半に、去年汗だくで抜けてきたトンネルが見えて、念願のひばり食堂の看板が見えた!事前に連絡はしていなかったので、突然行って定休日だったらどうしようと直前で不安になったが、昼時で店からつまようじをくわえながら出てくる人が見えたので、休みでないと分かりホッとした。
さぁ♪いざ行かん!

今年は爽やかに扉を開けた。「こんにちわ!ご無沙汰してます♪」と言って入ると、笑顔で厨房にたつご主人と息子さんが、一瞬きょとんとされた。「あれ!?こんにちわ~こんにちわでええんかな?」とご主人。「お久しぶりです!いや~今回はこっちは通らないとおもっとたので、ビックリしました!」と息子さん。奥からは優しい笑顔の奥さんが「あれー来てくれたの~!ありがとう!」と満面の笑顔で手を取ってくれた。「息子から今回は違うルートを通るって聞いてたから、今回は来ないね~って話してたんよ~」と続けた。すると後ろからご主人が「いや~あれからぎょうさん人が来てくれてな~みんな『よーきさんの食べたカツ丼下さい』って言いよんねんな~わざわざ北海道から来た人もいたよ~ほんまにありがとう!」と深々と頭を下げて下さった。
僕はその姿を見て、ありがとうの言葉では言い尽くせない感謝の気持ちで一杯になった。

昨年のお礼や無事に歩ききれたこと、旅が終わってからお礼のお肉を頂いたことなど、全てを込めて、「昨年は本当にありがとうございました!」と伝えた。席に戻り、さぁ!と、注文をした。「カツ丼の…大…いや…(お腹をさすり)中をお願いします!中もけっこう多かったですよね?」と自信なさげに聞くと息子さんが「そうですね~ご飯が1合位ありますから」「中でお願いします!!」

カツ丼を待つ間、去年のことを思い出していた。あのカツ丼に再び!!今年はまだ旨いカツ丼に巡りあってなかったので、この食堂のカツ丼はなんとしても外せなかった!ここのカツ丼を食べなくては四国路は終われない!!他のお客さんが食べているカツ丼を眺めながら、よだれが…すると後ろから「はいどうぞ~」とカツ丼が登場した!待ってました!蓋を開ける瞬間が緊張した。意を決して開けると、黄金色のカツが2枚♪丼を惜しげもなく占領して、半熟の卵に包まれていた。湯気と共に香るダシの匂い!食べるぞ!とまずはカツを一切れ!口へさくさくの衣に染み込んだダシと少し味付けされた肉の絶妙なバランス♪そして、柔らかい豚肉は脂身と赤身のバランスも最高!食べ飽きる気がしないカツが2枚も乗っているのは、カツ丼ファンにはたまらない!

一口一口味わいながら、止まらぬ箸の合間に「旨いな~旨いな~」と何度もこぼれた。しっかりと五感に再び食堂のカツ丼をインプットし直して、大大大満足で四国最大の目的を果たすことができた。(こうして日記を書きながら、胃液が止まらない)笑顔が最初から最後まで止まらなかった。食堂のご主人たち皆さんに再度お礼と「また必ず来ます!」と言って、店を後にした。2度目の食堂も至福の時となった。


11月27日(金)「四国4県目」

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大大大満足のカツ丼再会から一夜明け、早明浦ダムを見ながら朝食を食べていると、空からヒラヒラと白いものが舞い降りてきた。雪だ!予報通り、四国にも冬将軍が来たようだ。

今日の距離は36キロとおとなしめだが、大川村から愛媛に抜ける峠は1,100メートルを越える。舗装路だが登山みたいな日だ。たぶん峠は真っ白だろう♪峠を越えれば四国4県目の愛媛に入る。

準備を整えて、宿を出発。外は昨日とは全く季節が変わってしまったような気温だ。吐く息が白い!去年、ひばり食堂まで走り続けた早明浦ダム湖沿いの道、よくあのときは走ったなぁ~と思い出にひたりながら今日も歩く。

昼時に大川村を通り峠道へ、県道6号は落石のため車両通行止めだったが、役場に確認したところ、歩きなら通れるとのことだった。どんどん標高を上げていくと、標高1,000メートル位から雪が現れた。北風が強い峠は、10センチくらいは積もった感じだった。雪にテンションが上がり、るんるん気分だったが、真っ白な東赤石とさらに真っ白な笹ヶ峰を見て、緊張へと変わった。

明日は、雪が降ったことで一気に厳しい環境での登山となることを、雪化粧で躍動感が増した愛媛の山々が語りかけていた。さらに宿泊先の変更などで久しぶりの1日2座となる明日は、初めて四国の山の険しさを知る一日になるかもしれない。不安と期待が入り交じりながら、夜が更けていった。


11月28日(土)「冠雪の四国2座」

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夜明け前の6時過ぎに宿泊先を出発した。今日は久しぶりに2座登る日となる。最後に2座登ったのは、北アルプスの大天井岳と燕岳となる。懐かしい!約2ヶ月ぶりくらいだ。

だが、昨日四国の高峰にも雪が積もった。当初は東赤石山から法皇山脈を縦走して、笹ヶ峰を登る予定だったが、少ない積雪とはいえ、雪の中での縦走は時間がかかる上に、リスクも増える。距離は長くなるが、確実性の高いルートに変更した。東赤石山は往復、笹ヶ峰までは舗装路を走り、西条市に抜ける峠のトンネルから稜線に登り、そこから笹ヶ峰までは縦走して、予定の下山口に下りることにした。遠くから見た感じでは、東赤石山の積雪は少なそうだが、笹ヶ峰はかなり多そうな感じだ。

東赤石山の登山口を7時20分に出発した。辺りは明るくなってはいるが、まだまだ空気は肌を刺す感じだ。朝早くから応援の方が近隣の町から集まっていて、見送られながら登った。スタートからゴールまで集中力を切らしたくなかったので、笑顔を出しつつも厳しい表情は絶やさなかった。1年でも一番日が短い季節、自分のイメージするスケジューリングに遅れることなく進められるかが、今日一番守りたいことだった。いつもなら歩みを止める場面も、グッとこらえて歩いた。

北風が吹く日だったので、東赤石山の稜線に出るまでは風はほとんどなかった。むしろ登りは暑いくらいだった。杉林が終わると、一気に積雪が増えて、足が雪に取られながらも、なんとか出発から1時間40分で山頂に到着した。

山頂稜線は別世界だった!初冬とはいえ、体感気温はマイナス10度位だった。まだ夜が明けてそれほど時間が経っていないことと、汗だくで登ってきたこともあるが、山が「長居は無用さっさと下山しなさい」と言っているようだった。前回の区切りの80座とは全く違う環境での90座となった。山頂に現れたトムくんに「祝90座」の旗を持ってもらい、記念撮影してから下山した。

実は東赤石山下山中に右足を捻挫した。タイムスケジュールがギリギリの中で、一番恐れていたのがケガだ!不幸中の幸いか、八ヶ岳での捻挫以来、登山の時は必ず捻挫予防のテーピングをしていたので、軽度ですんだ。しかし、痛みは少し残っていた。本命の笹ヶ峰を登る前に不安要素が増えてしまった。不安が募ったが、下山後にテーピングを補強して、その不安をぬぐった。

延々と続く笹ヶ峰の登山口までの舗装路を走り、予定の12時入山よりも10分ほど遅れて、出発した。やはり、2座目の登りは足が重たい。登山道の途中、意外なところでたくさんの応援の人たちがいてビックリした。がんばれーの言葉の中に、「けっこう積もってるからラッセルだよ~」という言葉もあった。やはり、笹ヶ峰の方が雪が多そうだ。

すでに1,400メートル辺りで東赤石山の山頂よりも雪が多かった。雪に埋もれているが、なんとか確認できる登山道には、1,700メートル辺りの濃い霧に包まれるまで、登山者の足跡が続いていた。しかし、チチ山の分かれから標高で100メートルほど手前で、足跡の持ち主は引き返していた。そこまでは足跡があったおかげで、ほぼ予定通りのタイムスケジュールで進めた。捻挫した足も痛みは収まってくれていた。

足跡が無くなってからが、今日の核心となった。標高が上がるにつれて、立ち込めた霧は一層濃くなった。登山道に積もる雪も、より深くなった。多いところでは、膝くらいまであり、腿上げなような歩きでどんどんと体力が奪われた。初見のためどこまで雪が増えるかわからない不安と濃い霧で弱気になる自分と戦いながら黙々と進んだ。

あと30センチ雪が多ければ、登山道の痕跡は完全に消えてしまい、本格的なラッセルになっただろう。マーキングや地図読みをしなくても登山道だとわかる程度だったのが、結果的にはほぼ予定通りに山頂につくことができたポイントだった。雪は四国の山とは思えないほど深く、霧は濃かったが、チチ山の分岐からは笹ヶ峰方向からの足跡が現れて、道に迷ったりするリスクなども無くなり、笹ヶ峰を目前にして、自分の中の張りつめてきたプレッシャーもほぼ無くなった。

基本的に季節の中で冬が一番好きな僕にとっては、今日はテンションが上がる日だが、それよりも不安や緊張の方が上をいっていた。笹ヶ峰まであと10分ほどのところで、ようやく雪による無音の世界を楽しんだ。風は穏やかで、雪が木や一面に広がる笹を覆っているため、ざわざわと鳴く自然の小声は無い。

無音の世界を抜けると待ちに待った笹ヶ峰の山頂に到着した!四国3座の最後は360度すべてが真っ白な世界となり、予想以上の積雪にプレッシャーも大きかったが、最後まで集中力を切らさずに歩くことが出来、ほっとして笑顔がこぼれた。

91座目の笹ヶ峰、残り9座。いよいよゴールまでのカウントダウンが始まった。下山後も暗い中、四国の人たちは僕のヘッドライトに誘われるように、駆けつけてくださり、西条市まであとちょっと頑張って!と応援を届けてくれた。

四国の高峰は険しさの中に美しさを見せてくれた。今、町の明かりに照らされてようやく生きて、四国路を乗りきれそうな実感が湧いた。

※雪だるまにさした旗は撮影後持ち帰っております。


11月29日(日)「南光坊」

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四国の高峰を攻め落とした翌朝、西条市の田園地帯からは真っ白な伊予三山(石鎚山、瓶ヶ森、笹ヶ峰)が雪をまとい躍動感を感じた。見事という他ない景色にただただ、見とれた。あの峰を越えてきた事が自分自身にわかに信じがたい気持ちの中、残りわずかな四国路を続けた。

今日の目的地はしまなみ海道の玄関口、来島海峡大橋。その道中に四国八十八ヶ所の霊場55番「南光坊」に立ち寄ることを予定していた。数ある霊場で南光坊を選んだのは偶然で、今回のルート上で一番立ち寄りやすいところを探していたら、今治市内にあることを地図で発見した。たまたまではあったが、必然のようにも感じる霊場の名前。南に向かって歩いている今回の旅や佐田岬から初日の出(光)を見たいという想いで歩き続けていることからも、南光坊と繋がるものを感じた。また、5という数字も好きで55(Go―Go―)という並びも旅を後押ししてくれているようだ。

週末ということで、今日もたくさんの人が歩いている僕に会いに来た。南光坊以外にも、せっかく今治を通るのだから立ち寄りたいところがないかと地図を見ていると、「焼豚玉子飯」というご当地グルメがあることを知った。今では今治を代表するB級グルメになっているが、そもそものスタートが今治市内の中華料理屋らしい。ということで、のんびり今治市内を目指すモードから急遽重松飯店を目指すモードに切り替わった。

ネットで検索すると重松飯店の昼営業は13時45分までとあった。現在地からの距離を調べると16キロ!時刻は11時15分。10分ほど歩きながら間に合うか間に合わないか迷ったが、走れば間に合うかもしれないと決意して、走り出した。昨日のハードな1日の疲労がしっかりと両脚に残っていたが、焼豚玉子飯を食べてみたい一心に走った。

汗を流しながら走る僕を見て、沿道で応援している方にも熱が入っていた。まさか、焼豚玉子飯のためだけに走っているとは誰も思っていなかったと思う。足の疲労と痛みもあったが、約2時間走り続け、午後1時20分に中華料理屋に到着した。ネットの情報通り店の外に行列ができるほどの有名店だ!寒いね~と列に並ぶ人の中で一人汗だくで並んだ。

10分ほど待つと店の中に入ることができた。店の中はたくさんの人が皆、焼豚玉子飯を味わっていた。壁にはたくさんの芸能人のサイン色紙が飾られていた。お腹も空いていたので、焼豚玉子飯の満腹セット(ラーメン、チャーハン、焼豚玉子飯、サラダ)を注文した。

相席させていただいたご夫婦は僕が走っている時に応援してくれた方で、僕が中華料理屋に急いでいることを知って、20年ぶりに行ってみようかという話になり、僕と同じように焼豚玉子飯を食べに来ていた。元々はまかない飯だった焼豚玉子飯が今では店の看板メニューとなった。「はい、お待ちどうさま~」と出てきた満腹セット!どれもうまそうだ!

まずはラーメンを食べて、サラダを間にはさみ、お腹をならしてから焼豚玉子飯へ。しっかりと味が染みたチャーシュウと目玉焼きを潰して、混ぜてから一口…旨い♪カツ丼とほぼ同じ具材なのに、調理方法が違うだけでこんなにも違う食べ物になると食べながら思った。一口一口味わいながら焼豚玉子飯を食べ終えて、最後にチャーハンを食べた。頑張って走ったかいがあったと大満足のうちに店を出た。

身も心も満たされながら、今日一番の目的地「南光坊」へ向かった。立派な楼門には4体の四方を守護する四天王がいらっしゃり、街中にあるがこの中は別格の空間を醸し出していた。

一礼してから中に入ると、多数のお遍路さんがいた。ほとんどの方が車で回っているなかで、オランダ人の女性は歩いて回っていた。少しだけ話を聞くことが出来て、何故四国八十八ヶ所を歩いて回っているかを聞いてみた。

すると笑顔と少しだけ目を潤せながら「元々日本が好きで数年前から来ていて、4年前に両親が亡くなったことをきっかけに、今は会うことのできない両親に感謝の気持ちを伝えるために四国八十八ヶ所を回っている」と教え下さった。歩いているのは歩くことが好きだから♪と笑顔で答えてくれた。今回で3回目となるお遍路は今年も彼女だけの特別なものを与えてくれているのだろう。「今日はあと二つ回るから行くわ~」と笑顔で歩き出す姿が印象的だった。目的や時間手段は違えども、それぞれが大切にしている想いに対して信念を持って続けていることに何か通じるものを感じた。いつかは回ってみたいな…。

オランダ人の女性のほかにも、お遍路を車で回っているけども14回目というおばちゃんは、3年前にご主人が他界して塞ぎこんでいたけど、ようやくご主人と回っていたお遍路を再び回る決心がつき、今回は一人での四国八十八ヶ所巡礼をしていると話してくれた。少しだけ寂しそうではあったが、何かを決心した力強い目をしていると感じた。また、僕のことをテレビを見て知っていたらしく、偶然の出会いではあったが、すごく喜んでくれる姿に、僕もすごく嬉しくなった。

南光坊を出る前に、お遍路さんが必ず寄る納経所で、僕も住職さんから参拝した証を頂いた。たまたま立ちよった南光坊での出会い…最後まで継続することの大切さを改めて考える時間となった。あと1ヶ月、ここまで続けてきた旅を最後まで、繋げていこう!夕暮れの来島海峡大橋が四国路の終わりを告げていた。明日からはしまなみ海道を歩く♪

投稿時間:12:30 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2016)


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