週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

今週のヨーキさん(2016)

2015年12月24日 (木)

今週のヨーキ(11/9~11/15)

11月9日(月)「スゴいぞ金剛山!!」

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金剛山への入り口は無数にある。その中で選んだは明王寺は、スタートから長く急な階段で始まるからだ。静かな谷間の集落に明王寺はあった。予想以上の見上げるような階段が始まり、段数は635段!登りごたえがある。階段を登りきると大きな不動岩が現れた。その一部に穴があり、耳を近づけると不思議な音が聴こえると書いてあった。どのくらいの奥行きかと手を入れた瞬間!中からカマドウマ(便所コオロギ)が飛び出て、ビックリ!出したこともない声が出てしまった。

そこから、2キロほど登り、ダイヤモンドトレイル(ダイトレと地元の人が言っていた)に合流した。金剛山までは6キロほど、走りやすい杉林の中を走り抜けていくと、途中に行者杉という大きな杉の木があり、看板には役行者さんが金剛山を歩かれた内容が書いてあった。どうやら大峯奥駈道を歩くためのトレーニングの場としてダイヤモンドトレイルを歩いていたそうだ。意外にもアップダウンがあり、走りごたえがあった。

1時間ほどでロープウェイ乗り場が近くになると急ににぎやかになり、関西弁なまりで僕を呼ぶ声が聞こえた。
「よーき~!よーき~!待ってたんよ~!」
その声の大きさやリズム、テンションの高さが明らかに今までの山や土地とは違うとすぐに察知した。一人で10人分位のパワーを感じた。ほとんど人に会わなかったダイヤモンドトレイルからいきなりの熱烈な歓迎に少し圧倒された。

でも、その勢いは金剛山の葛木神社が近づくにつれてさらにヒートアップ。気付けば、山頂で待ちきれない人たちに囲まれて、2、30の人たちをゾロゾロと引き連れて参道を上がっていった。ちょっとペースアップすると、「よし、ついていくぞ!」と皆さんも負けずとペースアップ!中にはそんな光景を撮るために走り出す人も!大阪の人たちは負けず嫌い!?と思った。葛木神社の階段前に来ると上からカメラを構える人がさらに30人ほどいた。見上げていると後ろから「金剛山の山頂は聖域なので入れないんです~人が入れる場所は葛木神社までとなってます~!だから一応ここが山頂です~」と教えていただいた。

さらに、「実は金剛山は登ると拝登印を押してもらえるんですけど、今までに1万回以上登った人が6人いるんです!スゴいでしょ~」それを聞いた僕はたまげてしまった。教えてくれたおばちゃんは毎日登って、10年で4千回に達したらしく、それもかなりスゴいことだとたまげてた!どおりでさっきからスゴいパワーだと思ったわけだ。

葛木神社で神様に今日という日と登らせていただいたことの感謝を伝えたあと、金剛山葛木神社の石碑と今日の日付の看板と一緒に記念写真を撮った。ポーズのリクエストを僕が皆さんに求めたら、山頂広場の時計台のポーズを教えてくれた。ほとんどの人は山頂広場まで登って、そこにもある山頂標識と一緒に写真を撮るそうだ。

自分の写真撮影が終わると、間髪入れず、まるで堰を切るように人が押し寄せて、あっという間に写真撮影とサインを求める人だかりができた。さすがに御神前なので…と少し脇に避けるが、次から次へと人の流れは止まらなかった。そうしているうちに体が冷えてきて、後ろで少し震える僕を見て、「気の毒やわ~」と言う人もいたが、サインや写真を一緒に撮ってほしい人たちは、舞い上がってしまっている様子だった。だんだんサインをする手の感覚がなくなり、サインをスムーズに書けなくなっていた。

それを見ていた撮影スタッフが「よーき君が風邪引くと我々も困るので、ちょっと中断して着替えさせてやってください」と。それにハッとした人たちはスッと引いたが、逆にここはチャンスと前に出てきて、写真を求める人もいた。皆さんの僕への期待や要望に他の山とは違うパワーを終始感じた。

しきりに「山頂広場には行かへんの!?」と繰り返し聞くおじさんや「拝登印押してかへんの~!?」「1時のライブカメラに写らへんの~!?」「山頂で休んでかへんの~!?」「山頂広場にもたくさん人が待ってるから行ってやってやぁ~」と次から次へと求める声が止まなかった。

その間、もちろん僕は写真やサインに応じているわけで…もう少しゆっくり山頂の雰囲気を味わいたかったが、そんな空気ではなく。集まった人たちに囲まれながら山頂広場に向かった。

最終的に分かったのは、山頂広場のライブカメラが1時間毎に山頂の様子を撮影するカメラに僕と一緒に写りたかった事だった。その瞬間が一番僕の回りにたくさんの人が集まったことは想像できるだろう。完全に金剛山を下山するまでは、この山が魅了する大阪の人たちの強烈なパワーに押されぱなしだったけど、終始笑い声や笑顔が絶えない時間だったのは確かだ。そのリズムに乗れていなかったのは僕ただ一人だった。距離感や言動全てが他の山の雰囲気とは異なっていたが、旅の思い出の10ページ分位の存在感となった。僕も記念にと拝登印を頂いた。是非、スタンプ10個分は貯めるために登りに来たいと思う。

金剛山を目指す道中で、他県の方から「大阪はスゴいよ~」と言われてきた意味が金剛山で身をもって知ることができた。本当にスゴい大阪リズムだった。雨の中、その空気を作ってくださったたくさんの方々に感謝します♪大阪の方を筆頭に関西人そのものがパワースポットかもしれない!


11月10日(火)「大阪交流会」

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大阪入り2日目の朝は、通勤通学で賑わう町中を大阪中心部に向けて、ちょっと気合いの入った通勤ランナーのように走った。日本一高いビル「あべのハルカス」を見上げ、午前10時からの交流会会場となるショップを目指した。

人混みを抜けていく自転車のように走り、9時前に予定通りお店に到着。すでに何人かの交流会参加者が外で待機していた。平日の10時からということと、西日本で初めての交流会ということもあり、何人の方々が集まってくださるのか未知数であった。

10時が近づくにつれて、店の外には長蛇の列が出来た。50人~80人~100人~…と増えていく。店のスタッフの方は、どこまで増えるのかと予想以上の多さに驚いていた。最初は50人位と予想していたようで、予定よりも参加者が多くなることに少し落ち着かない様子だ。

10時の開始と共に入り口で参加者一人一人と挨拶と握手、感謝の気持ちを伝えた。結局、参加者の数は150人ほどとなった。20分ほどかけて参加者全員に店内へ入場していただいたあとに、店長さんの挨拶があり、改めて全員の前で挨拶と日頃からの感謝と、ここまでの旅の感想などを話した。

久しぶりにたくさんの方々からの熱視線に圧倒されそうになったが、皆さんの笑顔と熱意を肌で感じることができた。昨日の金剛山山頂のようなこれぞ大阪、という強烈なリズムはなかったが、話を聴いてくれている雰囲気は今までの中でも一番強く感じた。

挨拶と旅の感謝などを話した後は、質疑応答となった。挙手しながら質問するおじちゃん、おばちゃんにようやく大阪リズムを感じた。装備の工夫や補給のしかた、休みの取り方など時間の許す範囲で答えた。トータルで30分ほど話して、最後は店の前で参加者全員と記念写真を撮り、約1時間の交流会は幕を下ろした。

最後に予想以上の参加者数で立ち見となってしまったにも関わらず、皆さんのご理解とご協力に感謝申し上げます。旅も残り2,000キロ程となりました。最後まで一緒に旅を続けていけたらと思っています。今日もありがとうございました!


11月11日(水)「大町に引っ越します」

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新大阪のビジネス街を忙しなく行き交うサラリーマンに混ざって、今日も歩き出した。雑踏から早く脱出したかった。人や文明で溢れる都会に入ると、最初は久しぶりの賑わいに、何もない自然とのギャップから現代に生きて帰ってきたと感じる。しかし、旅を続けていると、自然や山の時間に体が慣れているためか、現代の忙しない時間の流れに疲れてしまう。自然溢れる山や山里、田舎に戻りたいと体も心も訴えてくる。贅沢かもしれないが、上手に自然と現代社会が共存している場所が一番居心地が良いのかもしれない。

出発して、ビジネス街から住宅地へ、そして大きな川を渡り、兵庫県へ入った。次の山が氷ノ山なので、兵庫県を斜めに縦断するような感じとなる。密集した住宅地を抜けて、あの有名な宝塚劇場のある宝塚を過ぎると、六甲山の裏側に回り込むような感じで山間部を越えて、ベッドタウンの三田に入った。

夕暮れの道を歩いていると、一台の車が横を通過。後部座席から顔を出した男の子が「よーき~!」と言った。「はーい!」と車に目を向けると、「あっやっぱり!」と自信たっぷりの顔で言った。そのまま車は過ぎ去り、僕も変わらぬペースで歩いていると、後ろから「よーき~」と呼ぶ声が。先ほどの男の子がお母さんと一緒に走って追いかけてきた。

お母さんは息を切らしながら、「歩くの速いですね~」と言った。「ありがとうございます。はじめまして♪」というと男の子は「はじめまして!でも、毎日見てるんやけどな~」と言ってくれた。お母さんが「来週から長野県の大町に引っ越すんですぅ~、引っ越す前にあえてよかったです~、よーきさんの番組を観てから、家族でずーと応援してます~!いつも見てるよね!?」と言うと、男の子は首を縦にふって大きく頷いた。
「ありがとー」と言うと「よーき頑張って!」と言ってくれた。「頑張ります!」と返しながら、ハイタッチを交わすと男の子は力強く僕の手を叩いた。

大町に引っ越す家族の後ろ姿を見て、1か月前の大町を歩く自分の姿が目に浮かんだ。
あの子はきっと北アルプスの大自然が大好きになるだろう。


11月12日(木)「どんな暮らしがしたいかな~」

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兵庫県を歩くのは初めてで、昨日までは関西の中心部を歩いてきた。まさに大都市だった。宝塚や三田のベッドタウンを抜けると、景色が一変して住宅よりも田畑が多くなり、里山を抜けて行くのどかな道となった。国道は相変わらず大型トラックが頻繁に行き交い、風圧にビビることもあったが、ちょっと国道から道をそれると、時間の流れが緩やかになるのを感じた。

歩きながら、昔から代々この地に根を下ろしている人たちが暮らす町並みを見ていると、自分が将来どんな土地で生活をしてみたいかを連想させてくれる。まず欠かせないのは、自然溢れる場所であること、家の裏には自分の山があって、山からは小さな川が家の近くまで流れ、夏になると蛍が出たり、子供が安心して川遊びができて、飲み水はその山からの湧き水!家の前には田畑があり、自分たちが食べられる分の野菜や米を作ってみたいな~…山ではキノコを栽培したり、木を切り出して炭を作ってみたい。炭焼き釜は地元のおじいちゃんに教わりながら♪もちろん、田植えや野菜の知識も地元の人に積極的に教わってみたい。

そして、母屋は平屋の古民家を自分で改築しながら再生させてみたり、お風呂を薪で沸かす五衛門風呂にしてみたり、電気も自家発電で生活を支える暮らしにしてみたい。ランプの光を使った照明や自分で作った炭で囲炉裏に火を入れたり、冬は薪ストーブで生活するなんてのも実現させたい。どこかで見たような生活ですが。自由に色んな挑戦ができる場所を見つけてみたいな~

今の自分がそんな生活に憧れるのも、自分の父が自分が求める場所を探して見つけた姿を見てきたからだと思う。歩いて旅をしていると、本当に色んな生活があることに気づく。
最近、気になっているのは長野県の大町や岐阜県も良いなぁ~


11月13日(金)「疲れが…」

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金剛山から氷ノ山まで、200キロ、移動距離が200キロを超えるのは北海道以来となる。久しぶりの連日舗装路に、体もかなり疲れてきていることが朝の起きる目覚めの感覚でわかる。

今日から氷ノ山を登る日まで雨が続く予報となっていた。雨が本格的に降りだす前に和田山の宿に着きたいが、どうやら今のからだの状態ではなかなか難しそうだ。天候と体の疲労具合と相談しながら、昨日、氷ノ山までの残り66キロを1日でいく予定を1日33キロの2日で移動することに変更した。33キロの移動であれば、元気バリバリの状態なら6時間はかからずに歩けるが、今日は途中に峠越えがあったとはいえ、8時間もかかった。

大阪を出発してから、日に日に疲労から歩く力が落ちていることを感じる。休みを入れてもいいのだが、天気予報がコロコロかわりタイミングを逃している感じだ。ここは踏ん張りどころと、氷ノ山を抜けるまでは休みを入れられなさそうだ。


11月14日(土)「雨は日常」

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予報では朝から雨のはずが午前中は霧雨が舞う程度となった。今日は週末ということもあり、朝から子供連れの家族の声援が多かった。週末、幅広い年齢層から声援をいただくことは、この旅においては毎週のことになる。今日はどんな子供たちに会えるかな~と。

よくあるのは僕を見つけて車から「よーき~頑張れ~」と元気よく叫んでいた子供が、車から下りて僕を目の前にすると、急に緊張してしまう。親御さんに促されながら、もじもじと前に出てくる姿がなんとも言えなくイイ♪打ち解けるきっかけさえこちらがつくってあげれば、子供は自然と笑顔になってくれる。

午後、雨がいよいよ本格的に降り出してからも、宿近くまでたくさんの方々に声援を頂いた。そんな中、「雨で大変ですねー」「雨で残念ですね」の声が聞こえてくる。春北風が吹けば「寒くて大変ですねー」 夏猛暑になれば、「暑くて大変ですねー」秋長雨が続けば「雨が続いて大変ですねー」と様々。

言葉だけに注目すれば、少しネガティブに聞こえるが、この言葉が言えるのは、日本には四季があるからだと思う。四季を感じているからこそ生まれる言葉、季節の変わり目となる晩秋に雨が多いのも、これから冬になりますよ~という自然界からのメッセージだ。なので、今日の雨も毎年のように降る雨。僕の旅では、雨の中歩くことも日常茶飯事のこと。雨の温度や降り方、湿気などを感じながら、同時に季節の移ろいも感じている。

日本の自然がこんなに美しく、魅力がいっぱいなのは四季があり、バランスよく雨が降ってくれるからでしょう。いつも何気なく、条件反射のように口にする言葉には、四季の変化や自然の移ろいが見え隠れしていることをお忘れなく♪


11月15日(日)「雨でも笑顔」

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金剛山から200キロを歩ききり、中国地方最初の氷ノ山にこれから登る。天気予報では、日中は曇りとなっていたが…中国地方では大山に次ぐ高さの山、日本海から近いこともあり、山は雨が残るだろうと予想した。

笑顔が絶えない宿のおばちゃんに見送られて出発。雪が待ち遠しいスキー場を抜けて、東尾根登山口へ。氷ノ山はどっぷり雲に包まれていた。雨は登山口についたときには本降りとなり、上空は風が唸りをあげていた。

9時前に雨で滑りやすい登山道を登り始めた。5日ぶりの登山、200キロを越えるロードを歩いてきた体は疲労の色が濃くなっていたため、いつものようなテンポでは登れなかった。そんな体の調子に加え、登山日和とは言えない日であったので、登山口に着いたときに少しだけ今日登ることを躊躇した。

しかし日曜日ということもあり、山頂ではたくさんの人が待ち構えていることが予想された。この天候で山頂で待つのはかなりリスクが高いと思っていたが、山頂には避難小屋があり、みなさんが風雨の中で待ち続けているという可能性は低いというのがわかっていたので、少しは安心していた。山頂で待っている人たちのためにも今日は登ろうと、決めた。

登山道上にはブナ林や根曲りダケが多く、雨で苔が輝いていた。山頂手前で、なかなか来ない僕を迎えにきた小学生の男の子と一緒に山頂へ。1時間半ほどで山頂に到着した。山頂の避難小屋から出てきたたくさんの登山者の方々が笑顔と拍手で迎えてくれた。山頂の標識には向かわずに、直ぐに避難小屋に入った。40人くらいの登山者がいただろうか、撮影をしているためか気にかけてなかなか入ってこない人たちに「皆さん中に入ってください。体を冷やさないように中に入ってください。」と伝えた。ほとんどの人が中に入ってから、僕は着替えを始めた。着替えをしたり、食料を補給したりした。その間、集まった応援登山の方々と話をした。

今までにも、自分が登ることで、応援登山という目的で登ってくる人たちにリスクが高まるような日があった。そのたびに、不安になったり心配になったりしたが、氷ノ山には山頂に避難小屋があったおかげで、みんなが笑顔でいることができて安心した。避難小屋の中で、写真撮影やサインに応じた。1時間位は避難小屋にいただろうか。小屋の中で40人くらいの人たちに笑顔で注目を浴び続けるのも落ち着かなかったが、笑顔が氷ノ山の山頂に集まっていたことは確かだ。

風が小屋を揺らす中、山頂で記念撮影をして下山した。下山後も、たくさんの人が雨の中会いに来てくれた。今日は特に子供たちが多かったことが印象に残った。天気は雨でも、雨が気にならなくなるくらいの笑顔に感謝する1日になった。

投稿時間:18:00 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2016)


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