週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

今週のヨーキさん(2016)

2016年03月04日 (金)

今週のヨーキ(12/28~1/2)最終回

12月28日(月)「九州最長」

1228_01.jpg1228_02.jpg

まだ、月明かりが木城の町を照らす中、宿を出発した。宿のご夫妻の笑顔が温かかった♪少しだけ歩き、体が温まる前からすぐに走り始めた。なぜなら、今日は九州最長の67キロの移動となるからだ。当初は野尻湖辺りで宿泊を予定していたが宿を見つけることが出来ず、結果的に予定外の距離となってしまった。まぁ仕方ない!長いなぁ~などと考えずに、とにかく走れるだけ走ろうと、小刻みな足取りで進んだ。

朝日を浴びながら、畑や牧草地帯にポコポコと点在する「東都原古墳群」の不思議な景色を見たり、葉っぱの部分だけ切り落とした大根が切り干し大根用だと知ったり、ちょぼちょぼと一定のペースで走っていても、新しい発見をすることができた。日差しは強かったが、風はしっかりと冬の風だ。走り続けていれば汗をかくほど体は温かくなったが、汗で濡れたウェアに風が当たると、体温が奪われるのを感じた。

そんな時、冬休みの子供がおばあちゃんと一緒に応援に来てくれた。100メートルほど前から手を振る2人、とそこに脇道から颯爽と電動車椅子に乗ったおばあちゃんが僕と手を振る2人の間にカットイン!!僕に向かって「頑張って」と叫ぶ2人、その2人に向かって走る車椅子のおばあちゃん!後を追う僕!「頑張って」と叫び続ける2人!僕に言っていることは分かっていたが、後ろから僕が近寄って来ていることを知らないおばあちゃん♪僕はこの時、「頑張って」と言われている車椅子のおばあちゃんの表情を見たくて仕方がなかった(^^)

車椅子のおばあちゃんに追い付くと同時に、「頑張って」と叫ぶ2人の前に到着した。すると、車椅子のおばあちゃんが後ろに僕がいたことに気がつき、ニコッと笑いながら「あら~」と言った。叫んでいたおばあちゃんとお孫さんも満面の笑顔で喜んでいた。2人と握手をしていると、車椅子に座ったままのおばあちゃんが「あの人よね~昨日見たわよ~」と言いながら、車椅子からすくっと立ち上がって、スタスタと歩いた。僕は予想を反した動きだったので、思わず笑ってしまった。

笑顔で3人に見送られて、再び歩き始めた。昼頃に、コンビニで昼食と休憩をした。再スタートしたあと、残りの距離を調べると、40キロ!時刻は12時。おのずと焦りが出た。とにかく宿に着く時間を7時に予定していたので、3時間以上は走り続けなくてはいけないと覚悟した。午前中も8割は走っていたので、果たして午後も走り続けることができるか…。不安もあったが、とにかく走った。日が高くなるにつれて、応援の人も増えた。走り続けたかった僕はサングラスをかけて、集中して走っていた。

そんな時、前方から黒い車がハザードランプを出しながら、交通量の多い国道に止まりそうなのが見えた。後ろに車がいる状況で、止まるかな~と見ながら、走って近づくと、窓を開けて運転席のお父さんと助手席の子供が「頑張ってくださーい!」と言った。僕は後続の車が気になっていて、さらに後ろから大型トラックも近づいてきていたので、反射的に「後ろから車来てますよ!気を付けてください!」とだけ走りながら返してしまった。とっさにお父さんは車を急発進させた。が…そのあと僕は今のわずかな時間でもう一言言えたのでは…走りながら反省を繰り返した。

「頑張ってくださーい!」の声に「ありがとうございます!」の言葉を返す時間は本当に無かったのか…。あの親子は思いがけない言葉が返ってきて、驚いたに違いない…。今年はこのようなことがよくあった。しかし、先日の英彦山登山前日にトンネルの一件があってから、車で駆けつけてくれる人が、駐車場や路肩の広い場所などきちんと車を駐車してから声をかけてくれることが増えたのを感じていた。そんな中、今日はたまたま、自分の中でこの時の車のことが際立ってしまった感じだった。

トンネルの一件以来、あまりにも敏感になりすぎているのかもしれない。この場を借りて、あの時の親子に「ありがとうございました」と伝えたい。このことで、車に対する緊張感は変わらないだろうが、一瞬でも相手の言葉に答えられた方がいいなと学んだ。間違っていたかな・・と反省を続けながら、夕日を浴びる高千穂峰を横目に60キロに到達し、暗闇の中残りを道のりを歩き続けた。明日は99座目高千穂峰にアタックだぁ~

→続きを読む

投稿時間:16:30 | 固定リンク


2016年02月26日 (金)

今週のヨーキ(12/21~12/27)

12月21日(月)「雲仙普賢岳」

1221_01.jpg1221_02.jpg

雨の中の出発になったが、水無川沿いを登山口に向けて歩いている途中に止んでくれた。当初は、仁田峠までは車道を使って登る(片道22キロ)予定だったが、国土地理院の地形図を確認したところ、大野木場からの登山道が仁田峠まで続いていることに気が付いた。ネットで調べると、平成15年に開通した大野木場仁田登山道だと分かった。この道を使えば、普賢岳までの距離がかなり短縮することができる(片道11キロ)。

大野木場の登山口に向かっていると、全ての窓ガラスが無くなっている大野木場小学校前で足が止まった。小学校についての解説があったので読むと、1991年の雲仙普賢岳の噴火で発生した大規模な火砕流の熱風を受けて被災したとあった。人的な被害はなかったのだが、火砕流の直撃ではなくそれから発生した熱風で、ここまで被害を受けるのかと信じられない気持ちだった。

噴火による戦後最大の人的被害は昨年の御嶽山噴火となったが、それまでは雲仙普賢岳の噴火が一番多かった。資料館にも立ち寄り、当時の衝撃的な写真を見て自然と表情が険しくなった。当時、佐賀出身の父親がテレビに釘付けになっているのを見ながら、すごい黒煙をあげている山を思い出した。これから登る山の大事な歴史に触れられてよかった。

大野木場仁田登山道はほとんど利用する登山者がいないのだろう、割と最近できた登山道なのに、予想以上に荒れていた。雨は上がったが、樹林帯の中を歩く登山道はかなり蒸していた。

仁田峠に1時間ほどで到着した。ロープウェーイ乗り場で、先月通行止が解除された登山道があると聞いたので、情報を確認した。標高1,100メートル近くある仁田峠はすでに雲に包まれ、本来なら見えるはずの平成新山は全く見えなかった。普賢神社で挨拶をして、参道のような登山道に進んだ。先程まで蒸していた暖かさはなく、しっかり冬の山の雰囲気だった。

直接普賢岳にいくルートもあったが、もしかしたら次来たときに解除された登山道がまた通行止になってしまうかもしれないと思い、遠回りになるが、風穴や立岩の峰などを回るコースを経由して普賢岳に登ることにした。もしかしたら、間近に平成新山を見ることができるかもしれない。これが棚からぼたもち的な勉強になった。

火山に多い風穴は年間を通して気温湿度が一定で、その環境を利用して、明治時代には絹糸の生産が九州でも盛んになった。というのも、原料となる蚕は温かい環境下では直ぐに孵化してしまうことから、蚕を九州中から預かり、この風穴で冬眠させていたという。また、火山の岩の中に溶岩が冷えたとき正六角形になる「柱状節理」を実際に見たり、高山や亜高山で生息する苔がここ普賢岳の風穴には小さい世界にたくさん生息していることなどを学んだ。(苔好きには嬉しい情報だ)

そこから、標高を徐々に上げながら普賢岳山頂には午後1時に登頂した。ガスガスの山頂で、目の前にあるはずの平成新山のダイナミックな姿は見れなかったが、予期していなかったことを色々知ることができただけでも、この山に来ることができて良かった。下山も同じルートを通って、島原の町に戻った。

途中、中学校の前を通ったときに、子供を連れた親子からサインを求められて対応しているところへ、部活中の中学生が通りかかった。後ろでヒソヒソ話す声が聞こえる。
「有名人!?有名人!?」「テレビに出てる人!?」
親子と別れ歩いていると走って追いかけてくる中学生が
「すいません!テレビに出てませんか?」
と聞かれたので
「はい。出てますよ」
と答えるとゾロゾロと集まり、一人テンションの高い子が「有名人?有名人?有名人?握手してください!!」と連呼をする子が面白かった♪疲れた顔をしていたが、最後は笑顔が戻って、宿についた。さぁ明日は島原湾を漕いで戻るぞ~

→続きを読む

投稿時間:18:30 | 固定リンク


2016年02月23日 (火)

今週のヨーキ(12/14~12/20)

12月14日(月)「ふらっと」

1214_01.jpg1214_02.jpg

前回の休養日から数えて、12日目の朝が来た。ベットから起きるなり、たまにある左脇腹辺りの鈍痛が…。出発時間が迫っていたので、とりあえず朝食を食べた。しかし、予想通り腹痛に襲われ、体調が崩れてしまった。今日は豊後大野市まで55キロの行程だったが、さすがの僕も心が折れた。急いで予約していた宿に連絡して、宿泊日の変更や今日の宿を探して、予定を変更した。そのあと、薬を飲んでチェックアウトギリギリまで部屋で寝た。

11時、チェックアウトしてホテルを出発する。外は気持ちよく晴れていた。僕の体調も寝たおかげで回復している。予定変更したので、今日は大分市内までの25キロとなった。のんびり九州の紅葉を見ながら歩いた。昼過ぎちょっと小腹が空いたなぁーと思って、椎茸を栽培している「きのこの里」にふらっと立ち寄った。ログハウスの建物に実家を思い出し、安らいだ。

席に座り、(栽培している椎茸を使った)きのこの里うどんを注文した。間もなくして、うどんが登場した。関西風の出汁のきいたうどんに椎茸の天ぷらがのっている。まずは天ぷら一口食べると、椎茸の甘さが口に広がった。もくもくとうどんを食べていると、そこに4人組のおばちゃんが大きな椎茸の入ったカゴを抱えながら、入ってきた。「こんにちわ」と声をかけるとおばちゃんたちは皆笑顔で「こんにちわ」と答えてくれた。おばちゃんたちもふらっと立ち寄ったようだ。椎茸を買うだけのつもりがアイスクリームが目に留まり、「あら、アイスクリームがあるわよ♪アイスクリーム食べていきましょうよ~」の一人のおばちゃんの一言で、アイスクリームを注文していた。

うどんを食べる僕とアイスクリームを食べるおばちゃんと一緒に大きな丸テーブルを囲むことになった。自然とおばちゃんたちと話が始まり、椎茸は大分県の名産で同じ品種なのに、季節によって、形や大きさが違ったり呼び名が違ったりすることを知った。春や秋はかさが薄く大きく広がり、冬は肉厚でかさは広がらないそうで、「どんこ」とかわいい名前で呼ばれる。おばちゃんたちは別府の方で、気持ちのいい日なので、一人のおばちゃんの家に集まっていたそうだ。それで家からきれいに色づく山を見て秋を感じ、「ちょっとあそこに行ってみない?」ということで、ふらっと今いる場所まで登ってきたという。その話を聞いて、僕はいい話を聞いたな~と思った。家から見える山に季節を感じ、ふらっと登りにいく。車は使ってはいるが、おばちゃんたちにとっては十分山を登っているんだな~と感じた。

また、甲信越では例年より早い紅葉が、九州大分は例年より遅いということも、おばちゃんたちが教えてくれた。さすがの九州も厳しい冬が待っていると予想していたが、予想外に師走の中旬でまだ紅葉を楽しめていることに喜びを感じた。そしてなんと!おばちゃんの中には93歳のおばあちゃんもいることを最後に教えてくれた。自然ないい笑顔をするおばちゃんたちと、記念にと写真を1枚撮り「また、どこかでふらっと会いましょう♪」と言って、きのこの里を出発した。初めての師走の九州で、いい出会いをした1日となった。

→続きを読む

投稿時間:15:30 | 固定リンク


2016年01月29日 (金)

今週のヨーキ(12/7~12/13)

12月7日(月)「リアス式海岸63キロ」

1207_01.jpg1207_02.jpg

今日はタフな1日になること間違いなし!なぜなら、山陰の日本海側ルートはリアス式海岸が続き、ちょっと内陸の国道を走るので、海に突き出たいくつもの峰を越えていくことになる。一番のアップダウンが続くエリアになるからだ。

さらに追い討ちをかけるのは、予定していた宿泊先がどこも満室で予約が取れなかったので、県境を越えて萩市の須佐町まで1日でいくことになった。距離は63キロになる。先日尾道から三次までが66キロだったことを考えれば、まだ短いが…アップダウンの連続は体への負担は大きい。

結局、この日は63キロのうち50キロを走る結果になった。真っ暗になった夜6時半に宿泊先に到着した。身体中の筋肉という筋肉がパンパンに張っていたことは言うまでもない。ハードな行程の中で、救いだったのは、2日連続で島根県の腱引き師の方に施術をしていただけていることだ。これで明日もいつも通り歩けそうだ。

今年は全国の腱引き師の方々に全面的なバックアップをいただけているので、八ヶ岳の怪我以来、大きな故障が無い。本当に感謝してもしきれない。今日も本当にありがとうございます!

→続きを読む

投稿時間:16:45 | 固定リンク


2016年01月18日 (月)

今週のヨーキ(11/30~12/6)

11月30日(月)「しまなみ海道1」

1130_01.jpg1130_02.jpg

四国本島からしまなみ海道を歩いて、再び本州中国地方に戻る。昨年は尾道から逆コースで四国の愛媛県今治市に渡った。同じコースを今回は尾道市に向けてあるいていく。相変わらずの潮が激しい来島海峡を、しまなみ海道一長い橋、来島海峡大橋で越えていく。

しまなみ海道を楽しむサイクリストたちの拠点となる今治側のサイクリングターミナルを8時過ぎに出発。見送りにはなんと!愛媛県のご当地キャラクターの「みきゃん」が来てくれた。今までもご当地キャラクターに会ってきたが、動く実物に会うのは初めてだった。無言で動くご当地キャラクターのみきゃんにどうしていいか少し戸惑ったが、朝早くからスタンバイしてくださっていたようで、一緒に記念写真をとって、元気よく見送っていただいた。意外にも自分自身がご当地キャラクター慣れしていないことがわかった。

朝早くからトンカントンカンと金属音が響く今治造船を眺めながら、来島海峡大橋へと上っていく。しまなみ海道に架かる橋は全部で7つあり、それぞれの橋には徒歩や自転車専用道がある。向島までは橋が全て高速道路になっているので、毎回橋のたもとまで専用道を使って上り下りしなくてはならない。ただ、案内もしっかりしているのでほとんど迷う心配はない。

全長は約70キロほどで、主に上陸して次の橋まで歩くことになる島は全部で6つ。大島、伯方島、大三島、生口島、因島、向島の順となる。今日は約40キロ先の生口島の宿に宿泊する予定だ。最長の来島海峡大橋の途中には馬島という島があり、一般の人はエレベーターを使って、降り立つことができる。とても面白い場所だ。

約6キロの橋を渡り終え、最初の島が大島。今日歩く島の中では最長となる。去年は夜になってしまった大島の日中の景色を楽しみながら歩く。さすが瀬戸内♪一昨日の真冬のような笹ヶ峰とは別世界だ。季節外れの暖かさもあり、久しぶりの暖かな秋晴れのなかを歩き続けた。また、もうすぐ正月ということで、特産のミカン畑もたくさん見ることができた。

昼前に伯方島へ。来島海峡大橋以外の橋はグッと次の島との距離が近くなるので、橋の長さは短くなる。大島よりも小さい伯方島は、隣り合う島が近くに見えるので“島感”がある。また、伯方島と言えば、「伯方の塩」だ!道の駅で早速、伯方の塩ソフトクリームをペロリと平らげた。

次の大三島までは3キロと短いのであっという間に大三島に渡った。大三島が愛媛県最後の島となる。中国地方に入る感じは全くないが、橋→島→橋→島→橋→島を繰り返すので、メリハリと変化があり、今日1日で40キロを歩いている感じがしない。全コース70キロもあることを感じさせないことも、しまなみ海道の魅力の一つかもしれない。

大三島は島の西側が中心部となり、そこには国の重要文化財にもなっている「大山祇神社」がある。戦いの神でもあることから歴代の武将たちが尊崇したそうだ。行ってみたかったが…島の西側と東側の間に高い山があり、回り込むとかなりの距離になるために、断念した。本日最後の生口島が見えてくる頃には日も傾き始めた。今日は大潮といいことで、いつもよりも潮が大きく動いていた。

西日を受けながら生口島まであとわずかのところで、白い箱みたいなモノが激しく動いているのが見えた。なんと、広島県との県境で待っていたのは、本州四国連絡橋のイメージキャラクター「わたる」君だった。身長190センチという長身に加え横幅もあったので、かなりの存在感があった。突然の出迎えにビックリ!ここでも、ご当地キャラクターに慣れない自分がいた。1日2度もご当地キャラクターに会えるとは、幸福者だ!体の大きさのわりには、動きが激しいわたる君に見送られながら、生口島に降り立った。

本日最後の生口島は夕日と共に静かな瀬戸内海を眺めながら、歩いた。今年のしまなみ海道初日はとても有意義な時間となった。サイクリストが集う海辺の一軒家が今日の宿となった。明日は再び本州に上陸する♪

→続きを読む

投稿時間:14:45 | 固定リンク


2016年01月13日 (水)

今週のヨーキ(11/23~11/29)

11月23日(月)「さすが!!うどん県」

1123_01.jpg1123_02.jpg

今日1日が終わる頃には香川から徳島に入ってしまうのだが、その前にうどんは食べておきたい!実は、旅を始める前まで働いていたラフティングのツアー会社のガイドの先輩が今年からうどん屋で働いていて、偶然にも今日歩くルート沿いにあることを昨日知った。

曇り空の中のスタートになり、昼前には雨が降りだした。3連休最終日だったため、朝から、たくさんの地元の人から応援を頂いた。お腹がすきはじめたお昼頃、絶妙なタイミングで先輩が働くうどん屋に着いた。

着いてビックリ!駐車場は満車!県内県外の車でびっしりだ。もちろん店は満席で、行列が出来ていた!店の中をのぞくと、フル回転で店員さんが動き回っていた。先輩もうどん職人という感じで、ビシッときまっていた。

15分ほど待つと席が空き、座って肉ぶっかけの中を注文した。うどん屋の回転はさすがに早い。食べている間に次々と店を出ていくお客さん、どんどん途切れることなくお客さんが来店した。

その繁盛ぶりとイメージ通りの美味さに感動しながら、ただただ驚いた。忙しさのあまり、ゆっくり言葉を交わすことが出来なかったが、ラフティングガイドから一転して、夢を追いかけて、うどん職人となった先輩の姿がかっこよかった!
「来てくれてありがとう」
「ごちそうさまでした!」
とだけ交わして、徳島に向けて峠越えの道へ歩き出した。

香川のうどん屋は週末に休むところが多く、平日のみの営業らしい。理由は週末だと、お客さんが来すぎて大変だからという。さすが、うどん県香川!嬉しい悲鳴だ。

→続きを読む

投稿時間:12:30 | 固定リンク


2015年12月29日 (火)

今週のヨーキ(11/16~11/22)

11月16日(月)「日本昔ばなしの世界」

1116_01.jpg1116_02.jpg

「花御所柿」という柿が有名な八頭町(やずちょう)を3日ぶりに気持ちよく晴れた空の下歩いた。朝早くから、空の道ではたくさんの飛行機が北に南に足跡を残していく。主要道の国道29号は通勤ラッシュで世話しなく県外県内の車が走り去る。

国道からそれると、平和な時間に包まれた。ローカル線の若桜鉄道の無人駅、安部駅は昔ながらの雰囲気を残す駅舎だ。もちろん今でも現役!無人駅は珍しくはないが、駅の壁には「男はつらいよ」の映画で寅さんが来たことが書いてあった。時刻表を見るとあと15分で若桜行きの電車が来ることが分かった。駅のホームで寅さんをイメージした人形と一緒に電車を待ってみた。

待っていると近所のおばちゃんが現れた。「こんにちは!」と挨拶すると、ゆっくりと微笑んで「こんにちは♪」と返ってきた。毎日ように若桜に行くためにこれから来る列車を利用していると教えてくれた。おばちゃんと世間話をしていると、一両編成のディーゼル列車がけたたましいエンジン音をあげて停車した。車両の写真を撮って、出発する列車に目を向けるとおばちゃんがニコッと笑い手を振った。イイ時間だった。

そこから、3つの峠を越えて、国道53号沿いの用瀬(もちがせ)に出た。用瀬で昼食をすませて、佐治に向かった。今は鳥取市と合併してしまったが、以前は佐治村だった。食堂のおばちゃんに辰巳峠を越えて蒜山を目指していることを話すと、佐治から先は日本昔ばなしに出てくるような、山間に佇む集落があって、素朴で良いところよ~と教えてくれた。期待を胸に佐治村を闊歩した。

歩いていると第一村人発見!地元の子供たちだ。「こんにちは♪今日は学校は?」と聞くと、「昨日学習発表会があったから休みです!」とハキハキと教えてくれた。学習発表会とはいわゆる学芸会のような感じらしい。一緒に遊んでいた子供たちは3人でみんな学年が違う。下は1年生から上は5年生まで、兄弟ではないが兄弟のように自然と上の子が下の子を気にかけていた。全校生徒が58人の小さな学校だ。自分が卒業した母校を思い出した。部活は野球をやっているらしい。お決まりの好きな子はいるの?と聞くと、みんなウンとは言わないがニヤニヤし始めた。
どうやらいるようだ♪

子供たちとの会話を楽しんだあと、さらに山奥へと道は続いていく。佐治村の中心部に近づくと、再び地元の子供たちが自転車に乗って前から坂を下ってきた。どうやら帰る途中のようだ。「うわーテレビだぁ♪」同行していたカメラマンに興味津々。一度は走り去った子供たちだったが、カメラが気になるのか再び現れた。歩く僕の横を器用にバランスを取りながら、ゆっくり自転車をこいでついてくる。さっき会った子供たちの話をすると、やっぱり友達だった。

子供たちから、どこから来たのか、どこまでいくのかなど聞かれたので、「北海道から来て、鹿児島まで歩いていくんだよ」と教えると、すっげぇ~と子供らしい素直な反応が返ってきた。ハキハキと元気な子供たちとは旧道から国道に合流したところで別れた。「頑張って下さい!」の言葉が嬉しかった。

谷間を抜ける川沿いに寄り添うように建つ家々、見上げると山がすぐ近くまで迫っている。谷間のわずかな平らなところにぽつりぽつりとある集落が、長い間この地の山や川などの自然と上手く付き合いながら、生活してきた感じがあった。一見すると山深く、何でも揃う町からはかなり離れ、不便かもしれないが、この地にしかない自然からの恵によって、ここで生活する人たちは支えられていることは確かだろう。去年も山陰を歩きながら、感じた素朴ではあるが、大切なことがいっぱいつまった暮らしのあり方がここにもあった。

→続きを読む

投稿時間:19:15 | 固定リンク


2015年12月24日 (木)

今週のヨーキ(11/9~11/15)

11月9日(月)「スゴいぞ金剛山!!」

1109_01.jpg1109_02.jpg 

金剛山への入り口は無数にある。その中で選んだは明王寺は、スタートから長く急な階段で始まるからだ。静かな谷間の集落に明王寺はあった。予想以上の見上げるような階段が始まり、段数は635段!登りごたえがある。階段を登りきると大きな不動岩が現れた。その一部に穴があり、耳を近づけると不思議な音が聴こえると書いてあった。どのくらいの奥行きかと手を入れた瞬間!中からカマドウマ(便所コオロギ)が飛び出て、ビックリ!出したこともない声が出てしまった。

そこから、2キロほど登り、ダイヤモンドトレイル(ダイトレと地元の人が言っていた)に合流した。金剛山までは6キロほど、走りやすい杉林の中を走り抜けていくと、途中に行者杉という大きな杉の木があり、看板には役行者さんが金剛山を歩かれた内容が書いてあった。どうやら大峯奥駈道を歩くためのトレーニングの場としてダイヤモンドトレイルを歩いていたそうだ。意外にもアップダウンがあり、走りごたえがあった。

1時間ほどでロープウェイ乗り場が近くになると急ににぎやかになり、関西弁なまりで僕を呼ぶ声が聞こえた。
「よーき~!よーき~!待ってたんよ~!」
その声の大きさやリズム、テンションの高さが明らかに今までの山や土地とは違うとすぐに察知した。一人で10人分位のパワーを感じた。ほとんど人に会わなかったダイヤモンドトレイルからいきなりの熱烈な歓迎に少し圧倒された。

でも、その勢いは金剛山の葛木神社が近づくにつれてさらにヒートアップ。気付けば、山頂で待ちきれない人たちに囲まれて、2、30の人たちをゾロゾロと引き連れて参道を上がっていった。ちょっとペースアップすると、「よし、ついていくぞ!」と皆さんも負けずとペースアップ!中にはそんな光景を撮るために走り出す人も!大阪の人たちは負けず嫌い!?と思った。葛木神社の階段前に来ると上からカメラを構える人がさらに30人ほどいた。見上げていると後ろから「金剛山の山頂は聖域なので入れないんです~人が入れる場所は葛木神社までとなってます~!だから一応ここが山頂です~」と教えていただいた。

さらに、「実は金剛山は登ると拝登印を押してもらえるんですけど、今までに1万回以上登った人が6人いるんです!スゴいでしょ~」それを聞いた僕はたまげてしまった。教えてくれたおばちゃんは毎日登って、10年で4千回に達したらしく、それもかなりスゴいことだとたまげてた!どおりでさっきからスゴいパワーだと思ったわけだ。

葛木神社で神様に今日という日と登らせていただいたことの感謝を伝えたあと、金剛山葛木神社の石碑と今日の日付の看板と一緒に記念写真を撮った。ポーズのリクエストを僕が皆さんに求めたら、山頂広場の時計台のポーズを教えてくれた。ほとんどの人は山頂広場まで登って、そこにもある山頂標識と一緒に写真を撮るそうだ。

自分の写真撮影が終わると、間髪入れず、まるで堰を切るように人が押し寄せて、あっという間に写真撮影とサインを求める人だかりができた。さすがに御神前なので…と少し脇に避けるが、次から次へと人の流れは止まらなかった。そうしているうちに体が冷えてきて、後ろで少し震える僕を見て、「気の毒やわ~」と言う人もいたが、サインや写真を一緒に撮ってほしい人たちは、舞い上がってしまっている様子だった。だんだんサインをする手の感覚がなくなり、サインをスムーズに書けなくなっていた。

それを見ていた撮影スタッフが「よーき君が風邪引くと我々も困るので、ちょっと中断して着替えさせてやってください」と。それにハッとした人たちはスッと引いたが、逆にここはチャンスと前に出てきて、写真を求める人もいた。皆さんの僕への期待や要望に他の山とは違うパワーを終始感じた。

しきりに「山頂広場には行かへんの!?」と繰り返し聞くおじさんや「拝登印押してかへんの~!?」「1時のライブカメラに写らへんの~!?」「山頂で休んでかへんの~!?」「山頂広場にもたくさん人が待ってるから行ってやってやぁ~」と次から次へと求める声が止まなかった。

その間、もちろん僕は写真やサインに応じているわけで…もう少しゆっくり山頂の雰囲気を味わいたかったが、そんな空気ではなく。集まった人たちに囲まれながら山頂広場に向かった。

最終的に分かったのは、山頂広場のライブカメラが1時間毎に山頂の様子を撮影するカメラに僕と一緒に写りたかった事だった。その瞬間が一番僕の回りにたくさんの人が集まったことは想像できるだろう。完全に金剛山を下山するまでは、この山が魅了する大阪の人たちの強烈なパワーに押されぱなしだったけど、終始笑い声や笑顔が絶えない時間だったのは確かだ。そのリズムに乗れていなかったのは僕ただ一人だった。距離感や言動全てが他の山の雰囲気とは異なっていたが、旅の思い出の10ページ分位の存在感となった。僕も記念にと拝登印を頂いた。是非、スタンプ10個分は貯めるために登りに来たいと思う。

金剛山を目指す道中で、他県の方から「大阪はスゴいよ~」と言われてきた意味が金剛山で身をもって知ることができた。本当にスゴい大阪リズムだった。雨の中、その空気を作ってくださったたくさんの方々に感謝します♪大阪の方を筆頭に関西人そのものがパワースポットかもしれない!

→続きを読む

投稿時間:18:00 | 固定リンク


2015年12月21日 (月)

今週のヨーキ(11/2~12/8)

11月2日(月)「1か月ぶりの雨」

1102_01.jpg1102_02.jpg

今日は本当に久しぶりの雨のスタートだ。御在所岳の登山口にはお昼頃に着くだろうが、このままだと登山中も雨だろう。よく雨が降ると、
「景色が見れなくて残念ですね~」
「雨だと辛いですね~」
「雨だと大変ですね~」
と後ろ向きな言葉ばかりいただく。でも、雨も大切であり必要な天気、雨が降って晴れた日には見えるものが見えなくなるのはごく自然なこと。その日たまたま雨になっただけで、だからこそ晴れの日には見ることも感じることもできないものに出会うことができると思えば、残念だという必要もなくなるかもしれない。

今の季節の雨は、寒く冷たい、体力の消耗は激しく精神的なストレスも大きい。体力も精神力もある程度の器がなくてはならないが、その器はいきなり大きくなるものではなく、経験と共に少しずつ成長していくものだ。僕も初めは雨を残念だと思う価値観があったが、昨年の旅を経験してからは自然とそう思わなくなっていった。思い返せば、1か月ぶりに靴がグスグズになる状態で歩くのも懐かしく感じたし、メンテナンス不足でレインウエアの撥水力が予想以上に低下していることも確認できた。

木の葉やレインウエアを叩く雨音、舗装路を流れる小川、湿度を感じる空気、どれも雨が演出してくれる。晴れた日には決して味わうことは出来ない世界だ。山でも同じ、晴れた日は遠くの景色にばかり目がいってしまうが、雨の日になればいつもと違う視点から山を見ることもできる。自然の中で雨を経験することも必要であり、晴れた日ばかりに注目していては、いつまでたっても同じ自然の表情しかみることは出来ないだろう。本当に自然を知り、満喫したければ雨の日もしっかり目を向けるべきだ。自由気ままな自然の流れに逆らわず、目をそらさずにありのままを体感する。そんな思いを再確認させてもらいながら、御在所岳に登った。

山頂は雨のなか登ってきた応援者の方々のカラフルなレインウエアで埋め尽くされていた。紅葉は終わったが、レインウエアの紅葉もキレイだ。御在所岳の山頂付近はロープウェイも整備されているのでまさに公園のような雰囲気。登山の山と言うよりも、観光地のイメージだ。また、山頂には厳重に保護された一等三角点があり、ここまでしっかりと保護された三角点を見るのも久しぶりだった。

山頂で立ち止まると、応援者からせーの…の合図で「ようこそ三重へ!」と言葉を頂き「ありがとうございます!」と返した。

その後、ちょうどいい人数だったのでみんなで写真撮影をした。気温が低く雨も降っていたので、山頂での個別での写真撮影には応じることが出来なかったが、皆さんのご理解に感謝した。

三重県と滋賀県の県境をまたぎ、ロープウェイ乗り場近くのレストランへ、お薦めのカレーうどんを食べた。久しぶりのカレーうどんだったが、濃厚なカレーと太いうどんが絡み合って、美味しかった。

食後まで待ってくれていた応援者のみなさんの笑顔に見送られて、再び滋賀県に戻った。次回は是非三重県側から登ってみよう!まだまだ、御在所岳には魅力が詰まっていることを感じる登山となった。次の山は奈良県の釈迦ヶ岳、御在所岳からは約160キロ先、西日本に入ってからの移動距離としては最長となる。

→続きを読む

投稿時間:15:00 | 固定リンク


2015年12月16日 (水)

今週のヨーキ(10/26~11/1)

10月26日(月)「思い出の地思い出の人」

1026_01.jpg1026_02.jpg

今日も太陽さんありがとうという感じの日差しの中を大野市内に向けて、急峻な谷間を抜ける国道を走り続けた。路肩が狭い国道はのんびり歩いていられるほどの交通量ではなく、意外と行き交う車が多かった。

小走りに荒島岳を回り込んだ。国道をそれて農道に入ると、目の前には懐かしい大野の盆地が広がった。昨年の水が張った水田と青々とした苗が風に揺れる景色を思い出した。今年は稲穂が刈り取られて丸坊主になった田んぼが広がっていて、寂しさの中に今年も役割を終えた穏やかな感じが、一目で季節を感じさせる光景だと思った。太陽の日差しが金色の田んぼを際立たせた。

荒島岳をぐるりと回り込んだ辺りで、昨年一緒に荒島岳を登った福井の知人と再会した。再開して直ぐに言葉を交わす前に笑顔になった。今日の歩くルート上に店が一軒もないということで、宿泊先のキャンプ場までサポートしてくれた。短い間だったが、大野の田園風景に別れを告げて、明日登る能郷白山へ続く長い峠道に入った。静かな谷間を行く国道157号線は、別名「酷道」とも言われているそうで、温見峠に近づくにつれてかなり道が狭くなるそうだ。

また、宿泊先となった麻那姫湖のキャンプ場には、これまた昨年九州で出会い、福井まで歩いてきたときに自宅に招いてくれた、大変お世話になった方が駆けつけてくれて、みんなで福井名物のホルモン焼きをご馳走になった。

思い出を振り返りながら、このあとのゴールまでの道のりも楽しんでとエールを頂き、懐かしい福井での最後の夜が更けていった。明日は北陸最後の山、能郷白山に登る。深田久弥さんも百名山を選ぶときに悩んだ山、どんな山か楽しみだ。カメムシと共にバンガローで一人寝袋にくるまった。

→続きを読む

投稿時間:11:00 | 固定リンク


▲ページトップへ

新着記事

カテゴリー

カレンダー

2016年03月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

バックナンバー

検索