週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

2014年8月

2014年08月27日 (水)

ヨーキさん観察日誌(8月17日~24日)

旅も、いよいよ終盤。みちのくに入ります。

◆8月17日、18日

関東最後の山、那須岳を登り終えると、陽希さんは会津路を北上。

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◆8月19日

磐梯山安達太良山に登頂し、無事80座を達成しました。
歩いてきた長い道のりに「涙が出そう」と話しながらも、疲れきった身体に鞭を打って次の山に向かっていきました。
ところが、疲労は本人が自覚する以上に蓄積していました。

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◆8月20日

西吾妻山へ。

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◆8月22日

飯豊山かなり苦しそうに登る。

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◆8月24日

蔵王山では、ついに足に力が入らず、天城山の時に次ぐ超スローペースでの行動を余儀なくされました。
親友に励まされたり、大勢の応援の方に力をもらいながら、どうにか旅を続けている状態です。

現在、83座


この後は、朝日月山鳥海山と、山形を北上します。

東北は、残り8座

果たして、長いみちのくの行程を乗り切れるのか。

我々も、祈る気持ちで陽希さんの取材を続けています。



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投稿時間:18:58 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年08月26日 (火)

今週のヨーキ (8/18~8/24 磐梯山から蔵王山)

8/18(月) 猛暑に座布団一枚

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 昨日までのどんより空から一転、今日は朝から快晴だ。
朝8時に湯野上温泉を宿の方に笑顔で見送られて出発。
会津若松へと続く街道をひたすら歩き続けた。
 
 時間が経つにつれ、気温はぐんぐん上昇し、国道沿いのコンビニに何度も逃げ込んだ。
僕にとってコンビニは暑さから逃げる避難所になっている。

 昼時に会津若松についたので名物のソースカツ丼を食べた。
今まで見たことのないロースカツがどんぶりに乗っかっていた。
女性なら一切れで十分すぎる厚さと大きさだった。

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 カツ丼というより豚カツを食べた感じだったが、胃の中ははち切れんばかりに肉で埋めてくされていた。
食後に再び猛暑の中に飛び出すことになったが、この暑さの中、肉厚の豚カツを消化するにはかなり内臓に負担がかかったと思われる。現に歩行中何度も胸焼けを繰り返した。

 1日の移動距離は42キロと比較的短く昨日よりも楽な行程なのだが、気温が違うだけでこうも体への負担や疲労度が違うのかと改めて実感。よく35度を超えた関東を歩き通せたなと思った。

 まさに今日は暑さに座布団一枚だった。

 


 


8/19(火) 長かった10座 (磐梯山~安達太良山)

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群馬県水上で体調を崩し、登り慣れた谷川岳がまるでエベレストのように感じたあの日から2週間。ようやく今日、予定通り進めば、80座に達する。
 アルプスを抜けてから一気に70座に王手をかけ谷川岳という長いトンネルを抜けてから80座までの10座は長く険しい道のりだった。

 朝一に磐梯山に登り、午後に安達太良山に登る。磐梯山へのルートは傾斜の急なルートからアプローチした。前日の暑さによる疲労がほとんど抜けていない・・・。
 山頂に着くまでに磐梯山でもかなりの量の汗をかいた。
 この一座目から体調と相談しながらの登山となった。今日中に安達太良山に登れるか不安がよぎったが・・・。

 一通り汗をかききって、しっかりと水分補給をしてからはだいぶ回復することができた。
下山途中で、裏磐梯の景色を一望したが、表と裏では景色が一変したので驚き、感動した!
 次は裏磐梯からゆっくり登ろうと思う。

 磐梯山の麓に下りるとセミの鳴き声が激しさを増し、風の無い谷間の田園地帯を抜け、安達太良山に向かうためにコンビニで休憩と補給をした。
 その最中にも多くの方が僕を見つけて、笑顔で駆け寄ってくれた。

 いろいろ話すなどして予定より一時間以上遅れてコンビニを出発。
 安達太良山に登れるかギリギリの時間だった。
 磐梯山をおりる際に安達太良山から先のルートについて、地元の方から情報を得て急遽ルート変更をすることにした。

 西吾妻山までの縦走路は、一部がかなり藪が深く時間がかかるということだった。
 また連日の暑さで疲労が大きかったので、不本意ではあるが安達太良山と吾妻山はピストンすることにした。これも、旅を続けるために必要な選択だ。
 安達太良山にアタックできるギリギリの午後1時に宿泊先の宿に着いて、必要の無い荷物を預けて、足早に出発した。コースタイムの半分で日没前に宿に戻って来れられる時間だった。

 安達太良山は山頂までの距離はあるが比較的緩やかに登っていくのと、標高がそれほど高くないのが救われた。
 火山活動が見られる火口を覗き見ながら山頂を目指した。宿を出発してから、2時間半で80座目の安達太良山に登頂。
 ここまでの10座は安定しない天候に悩まされたり、病み上がりの完全回復しないからだと相談しながらの日々が続き、心身ともに浮き沈みの激しい10座となった。
 旅を楽しめる余裕がある日や無い日の繰り返し。旅を続け、また旅のいい流れを作ることに集中してきた。80という数字を強く実感した時、ほんの少し感極まった。

 80はやっぱり大きい。テストで80点を取れたらその日の夕食はハンバーグみたいな感じかな?
 2座目となると、足の踏ん張りも弱くなっていたが、下山開始から1時間半後に、湯量日本一の中の沢温泉に無事に戻ってきた。

 次の吾妻山を登れば東北の山も残り10座。90座の頂は何を感じさせてくれるだろう。

 



8/20(水) 吾妻山

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静かな朝を迎えている中の沢温泉街を1人吾妻山に向けて歩き出した。
 当初のルートを大きく変更したため、磐梯山に向かって戻るようなルートになった。

 今日も昨日と同じように早朝から強い日差しが照りつけていた。
 出発から3時間半で宿泊先に着いた。ルートを変更したため吾妻山も安達太良山と同じように拠点からの往復となった。必要の無い荷物を宿で預かってもらい、10時過ぎに再出発。

 登山口までの舗装路をひた歩き、スキー場内の林道を登り、ゴンドラ駅で軽く昼食をとった。
 といっても塩ラーメンを頼んだので軽くにはならなかったが、このラーメンが後々、吾妻山までの登りで消化不良を起こして、腹痛の原因となってしまった。

 再出発後してから30分ほどすると、胸焼けと腹痛が襲ってきた。
 ラーメンを消化するために内蔵がフル回転しなくてはいけないのだが、暑い中、動き続けているため、エネルギーが内蔵まで行き渡っていない感じだった。
 そのためにお腹に力が入らずに登りのペースが落ちてしまった。
 我慢の時間は山頂近くの小屋まで続いた。

 山頂手前の避難小屋付近には小規模だが湿原があり、小さな花も咲いていて穏やかな稜線となっていた。天気はいまいちだったが、静かで小屋に泊まって静かな時間を楽しみたいなと感じた。

 昨日登った磐梯山や安達太良山とは一変して、吾妻山は森林限界が高く、山頂は平ヶ岳の様に平な丘のような感じで、林に囲まれているため展望は全くなかった。
 それでも、山頂には今か今かと待ちわびた方々が僕の登頂を待っていた。

 連日、山頂で出迎えてくれる方が必ずいて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
 山頂での滞在は体が冷えてしまったのもあったので、短時間になってしまったが、それでも皆さんいい笑顔で僕のことを送り出してくれた。

 下山はお腹の調子も少しよくなったので、スピーディに下山できた。
 宿までのながーい下り坂を走り、夕方5時には、無事1日の行程を終えることができた。

 下山の林道では山頂で出迎えてくれた方が車で追い越して、再びエールをおくってくれた。
 ここから先はどんどん北上して、応援に駆けつけにくくなるから、
 今日が最後になるよ,という言葉が嬉しくもあり、なんだか寂しくもあった。
 
 多くの方の想いに押されている感じがして明日も元気よく一歩が踏み出せそうだ!!
 



8/21(木) 喜多方に来たかったぁ!!

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今日の最大の目的は喜多方ラーメン。

 朝5時半に五色沼を出発、32キロ先の喜多方にはちょうど昼時に着く予定だ。
 標高が高いのと朝から曇っていて涼しかったため、会津盆地に入るまで快適に走り歩きができた。涼しいだけでこんなにも体への負担が少なく、ラクなんだとあらためて実感。
 もしかすると暑さはこの旅の最大の敵なのかもしれない。

 途中、喜多方市内に入る前に地元の親子が駆けつけてくれて、小学5年生の「鉄人」と書いて「てつひと」と読む子供と一緒歩きながら、学校の話などをする機会があり、スゴく楽しかった。
 その方に喜多方に来たからにはラーメンを食べたいと話すと、行列ができる名店を教えていただいて、早速向かった。

 店に着くと、昼12時前にもかかわらず、すでに10人くらいの行列が出来ていた。一瞬、熱海で並んだラーメン屋さんの再来かと思ったが、20分ほどの待ち時間で中にはいることができて、チャーシューラーメン大盛りを頼んだ。

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 初の本場喜多方ラーメンは醤油味でしっかりとした味だけど、後味はさっぱりで暑い夏でもするする食べられる感じだった。
 麺は好きな縮れ太麺で、スープがよくからみ食べごたえがあって大満足!!
 喜多方に来た甲斐があった。

 外に出ると僕が並んだときの倍以上の列が出来ていた。その後、会津盆地の暑さはピークに達し、明日登る飯豊山の登山口にある宿までの21キロの道のりを暑さに負けることなくガンガン歩き走った。最後の5キロは川沿いの道だったため大量のアブと格闘しながら走り続けることになり、喜多方ラーメンの美味しい思い出はアブの大群によってかき消されてしまった。

 明日の飯豊山はどんな山旅になるだろうかまたアブの大群との格闘で終わってしまうのだろうか・・・。

 



8/22(金) 雪渓と花の飯豊山、そしていい出会い (飯豊山)

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 アブとの格闘から一夜明け、今日も朝からアブとのバトルが再開。
 宿を出発してから1時間ほどで登山道に入り、太陽が雲から顔を出すと一気に暑さがヒートアップした。
 
 途中にある、民宿のご主人が切り出したという清水で喉を潤したが、今までで一番美味しいと感じた湧き水だった!
 スゴく冷たく柔らかくゴクゴク飲むことができた。しっかりと水分補給をしたあとに飯豊山までのながーい稜線に出た。

 細い稜線の東斜面は、谷川岳の一ノ倉沢のような雰囲気だった。稜線分岐の三国岳に着くと山肌にどっしりと残る大きな雪渓が目に飛び込んできた。大きな雪渓を見るのは約2ヵ月ぶりだ。

 切合小屋に出発から2時間半で到着、スゴく人柄のいい二人の小屋番の方に歓迎された。
 小屋の付近ではニッコウキスゲなど季節外れの花も多く見られ、季節が1ヶ月位ずれているような感じだった。
 小屋の方に聞くと飯豊山は万年雪が多く、少しずつ溶けていく雪渓の下から次々と新たな花が咲くので他の山では1週間くらいしか楽しめない花もここでは1ヶ月位楽しむことができるそうだ。 
 思ってもいなかった景色や花を見ることができて、飯豊山の自然の仕組みに驚いた。

 三国岳から見えた大雪渓は地元では御鏡雪と言われ、昔から山からの美味しい水で作られる米の水田を耕すときに、会津の方たちは飯豊山までの雪渓を見て時期を判断していたそうだ。
 米処ならではの山と生きる習慣を知ることができた。

 切合小屋から飯豊山までの道のりは往復のため、小屋に荷物を置かせていただいて、飯豊山に向かった。
 小屋からも山頂は見えず、ふた山越えてようやく山頂を見ることができた。
 東北一山深いことが実感できた。
 山頂には西日本からツアーに参加して、飯豊山に登りに来た方が10人以上いて、中には今日百名山を達成したという方もいた。
 達成して何か感じましたか?と聞いたが特に何も変わらないとのことだった。元々、百名山を登りたくて登山を始めたわけではなく、気が付けば百名山のなかで80ほど登っていたので、それなら全部登ってみようと思ったそうだった。
 今までにも同じような境遇の方が多く、今回の僕の旅のように、1座目から百名山を登ると決めている人は稀なケースだと、ここでも感じた。
 百名山を達成した方が「私も残りの20座はやっつけでやって来たが、あなたはもっとやっつけだ」と興味深いことを言われた。

 初めて言われた旅の表現だったが、そうかもしれないなぁと思いつつも、やっつけでできるほど甘くはない、とも思う自分もいた。
 捉え方ひとつで最高の誉め言葉にも、けなし言葉にもなると感じた。その言葉を聞いた他の山を楽しむ皆さんが笑顔と笑い声が溢れたので、その反応が言葉の意味を語っていた。

 今までも思い続けてきたが、日本には百名山だけではなく他にも数えきれないほどのいい山がある。この旅では百名山を旅のテーマにもしているが、色んな山があるように、登山のスタイルや楽しみ方、山や自然に対する考え方、関わり方がいっぱいあっていいと思ってきた。

 それぞれに考え方があるように山のスタイルがあっていいのでは。だから、比べる必要も無いと僕は思う。ただし、忘れてはいけないのは、あくまでも山を楽しむことができているのは、山や自然から目には見えない恩恵を受けてできていることであり、それに感謝しながら山は楽しむものという気持ちではないだろうか。

 僕は飯豊山に来て小屋の方やツアー参加者や他の登山者の人たちとの関わりのなかで改めてそう感じた1日だった。

 ありがとう飯豊山。


 



8/23(土) 60キロ

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 体調を崩してから初めての60キロ歩行となった今日。朝から飯豊山の疲れが残るなか体は思いのほか軽く、動いてくれた。

 31度まで日中の気温は上がったが、上手く体も順応してくれた。
 久しぶりの1日で60キロを歩く行程だったが、最後の宿までの登り坂以外は、意外にも順調に進んだ1日だった。明日は1度だけ登ったことのある蔵王山に登る。
 



8/24(日) のんびり蔵王山 (蔵王山)

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 最近の宿での口癖は「明日の出発は朝5時でお願いします」
 だが、最近は一度も言った時間に出発したことがない。毎日のように寝坊をしてしまっている。

 今日もいつものように寝坊して、予定の時間を2時間もオーバーしての出発になった。
 朝が苦手な訳ではないが・・・。
 昨日の60キロは、ここ最近では一番大きな疲労を体に残したようだ。
 朝7時過ぎに出発するも、天城山を登った時のように体は前に進みたがらなかった。
 出発早々に、今日の目的地までたどり着けないことを悟った。
 まぁ、東北に入ったからには、足早に山を登ることが多かったので、久しぶりにのんびり時間を気にせずに登るのもいいなぁと思った。
 そのタイミングがコースタイムの短い蔵王山で良かった。

 蔵王山は山頂までほとんど車で行けるので、わざわざ下から登る人はいない。
 誰もいない登山道を歩いていると、途中のスキー場のゲレンデに見覚えのある姿を発見した。カッパクラブの同期入社した元同僚だった。約1年ぶりの再会に、お互いの外見の変化に一喜一憂した。旅の途中で連絡をもらっていて、蔵王山に来たら一緒に登る約束をしていて、今朝出発前に連絡をもらっていたのだが、かなり早く出発すると予想していたようで、3時間近く登山口で待たせてしまったようだった。

 合流してから、一緒に働いていた時以来の登山をすることになった。
 会社には、登山部が社内に存在していて、よくみんなでみなかみ町近辺の山に登りに行った。もちろん、僕も同僚も部員だった。

 その後、心地よい穏やかな風が吹くなか、2時間ほどで5年ぶりに刈田岳に登頂した。
 同僚は宮城県出身だが、刈田岳や蔵王山のお鉢は久しぶりということもあって、僕以上にテンションが上がっているようだった。
 刈田岳周辺は、ほぼ観光地で、登山者よりもお鉢を見にきた観光客の方が多く登山者は逆に浮いてしまう感じだった。
 レストハウスの釜カツ丼が目に留まったので、まだ時間は朝10時半だったが、はや飯にすることにした。

 午前11時に、ようやく蔵王山最高峰の熊野岳を目指すことに。途中、すれ違うかたから山頂でたくさんの人が待っていることを聞いた。
 肉眼で山頂が見えるのだが、見える範囲でもかなりの方がいるように見えた。

 午前11時半過ぎに山頂に到着した。すると山頂にいたほとんど人が、カメラを片手に押し寄せてきた。
 その規模に驚いた!!ざっと数えても50人位はいただろうか。
 ひと通り撮影会とサイン会が終わってから山頂の標識に向かった。

 山頂での自分のやることが終わり、午後1時過ぎに下山を開始した。

 静かな登山道で今日のことを同僚と話ながら下山。午後2時半には蔵王温泉に到着した。
 同僚とは、お互いの今後の健闘をたたえ別れた。その後、今日の宿泊地を蔵王温泉に設定し、現地で宿探しをと思っていた。
 そうしたら待ち構えていた地元の方の友人が温泉宿をやっていると紹介してくれ、運よく探す手間が省け、温泉街の雰囲気の良い宿で泊まることができた。
 
 今日は本当に、いい出会いが多い1日だった。ゆっくり蔵王山を楽しめたことに感謝。

 

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2014年08月19日 (火)

今週のヨーキ(8/11~8/17 越後駒ケ岳~那須岳)

8/11(月) 越後駒ヶ岳 「越後駒ヶ岳」

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 朝6時過ぎ、外はどんよりとした空模様…。台風は昨夜の内にあっという間に、日本海に過ぎ去ったようだ。台風一過を期待したが、自然はそう簡単ではないようだ。
 今日登る越後駒ヶ岳は見事に厚い雲におおわれていた。だが風もなく比較的穏やかな朝だった。世間はまもなくお盆だ、浦佐の街も朝は静けさに包まれていた。

 台風の影響もあり、越後駒ヶ岳への登山口を変更したため、十二平という急登でお馴染みのルートになった。登山口には10時に到着した。急登が終わるまでの2時間、ひたすら汗を流し、脚を上へ上へと上げ続けた。この旅で五本の指に入るほどの急坂だ。体があまりの汗に勝手にペースをセーブしていた。無駄なことはなにも考えず、歩みを止めないことだけに集中した。

 急坂が終わるまでに5回もシャツを絞った。毎回コップ一杯の汗が出た。山頂には午後1時に到着し、疲労のため久しぶりにどっかりと休んだ。

 越後駒ヶ岳は2度目の登頂だったが、相変わらず険しい山だと感じた。山頂で少し過ごして天候の悪い中、応援に駆けつけてくれた方と写真を撮り、すぐ下の山小屋で休むことにした。
 カラカラになりかけていた体に十分な水を与えてエネルギーを補給した。すると、あっという間に元気がみなぎってきて、下山は快調に飛ばせる感じがした。胃腸の状態が回復してきている証拠だ。

 小屋には偶然、深田久弥さんを50年前に越後駒ヶ岳や平ヶ岳をガイドしたというおじいさんにお会いすることができた。当時の全く登山道のない山を登った厳しさを少し教えてもらうことができた。まさにアドベンチャーレースそのものだ。
 そんな貴重な方が、僕の旅のことを知っていただけていて光栄だった。天候が良ければ、もっと話をうかがいたかったが、休憩中に雨が降りだしてきたので、下山を開始した。

 銀山平には4時過ぎに到着したが下山中はどしゃ降りの雨となった。この銀山平、以前から一度泊まってみたいと思っていた温泉地だ。気持ちのイイ温泉と、山の恵みたっぷりの夕食に満足してまた1日が過ぎていった。

 



8/12(火) 完全復活? 「平ヶ岳」

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 みなかみで体調を崩して以来、今日は最長の距離となる。銀山平から平ヶ岳に登り、尾瀬に入るまでの約50キロにも及ぶ長丁場だ。

 天候と体調次第では途中で停滞も考えられたが、時間を有効に使うために、日の出前の4時半に宿を出発した。宿には朝早くから駆けつけてくれた方もいて、まだ暗いなか暖かく見守られて出発した。
 まずは登山口までの28キロの舗装路を走った。天候の悪化が予測されたので、なるべく早く登りたくなった。

 3時間半ほどで登山口に到着したが、その時にはすでにどしゃ降りの雨…。夏とは思えないくらい気温も低く、平ヶ岳の山頂はもっと低いことが予想された。こんな日にも関わらず銀山平に前泊して、平ヶ岳に登っている方々が30人くらいいると知って驚いた。銀山平に前泊すると、宿の車で特別に登山口まで送迎してもらえるそうだ。プリンスロードと言われる道を使えば、通常の登山道の3分の1の時間で往復することができるという。僕も1時間ほどで山頂稜線に出て、10時半には平ヶ岳の山頂に登頂した。

 昨日よりも確実に体の動きがよくなっているのを感じていた。体の反応がイイと自然と心の状態もよくなった。冷たい雨が降る中でも山頂には8人ほどの僕の登頂を待ち構えている方々がいて驚いた。皆さん、往復が大変な通常の登山道を、朝早くから登ってきたそうだ。
 待ち構えていた方々には申し訳なかったが、体が冷えてきたので早々に山頂を後にした。幸運なことに一時雲が流れ、明日以降に登る山々を見ることができた。

 午後1時半に無事に下山することができて、寒さでかなり体力を消耗していたので、登山口付近にある唯一の小さな喫茶店で遅めの昼食を食べて、復活!尾瀬に続く登山道に入り、3時半過ぎには今日の目的地の宿に到着した。
 こうして久しぶりの50キロオーバーの1日が終わった。明日こそは晴れるといいな~

 



8/13(水) 久しぶりの快晴  「至仏山」

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 ガスに包まれた尾瀬もいいが、やはり広大な湿原を見渡せる晴れた尾瀬はもっとイイ。 朝起きると昨日までのどしゃ降りが嘘のように晴れていた。今日は美しい尾瀬を至仏山の山頂から見下ろすことができそうだ。

 まだ、尾瀬の朝が動き始めたばかりの時間に宿を出発、いよいよ尾瀬ヶ原を気持ちよく歩く日がやって来た。お盆休みは混雑するかと思ったが、最近は空いていると小屋のおじさんが言っていた。意外だった。

 尾瀬の象徴の一つ長い木道に入った。すれ違う人からは
「あの人じゃない!?あの百名山の!?」
などと、すれ違う一瞬で気付く方もいて驚いた!今日はこんなやり取りが多い1日になった。

 8時過ぎに宿泊予定地の見晴に到着した。
 予約はしていなかったが、以前、宿泊したことのある尾瀬小屋を訪ねた。団体客が入っていたためギリギリだったが、何とか泊まることができた。
 宿に必要のない荷物を置かせてもらい出発しようとしたが、小屋の主人から、至仏山に行くと言ったら、絶対にダメだとの返事。 「小屋に泊まっていただく以上、無理な登山はやめてもらいたい」とのこと。
 十分に帰ってくることができる猶予があったので、自分の今までの登山スタイルを説明して、最終的には自己責任で行ってきてくださいと、OKを頂いた。
 尾瀬は本格的な山ではなく山を知らない人も簡単に来ることができる場所のため、山のマナーやルールを知らない人も多くいるので、山小屋に迷惑をかけてしまうことも多々あるのだろうと感じた。
 小屋から至仏山までは、往復10時間の道のりだったが、結果的には5時間ちょっとで往復した。

 山頂は混雑していてのんびり山頂から尾瀬ヶ原を見下ろすという感じではなかったが、今まで登ってきた群馬県の山々を見ることができて嬉しかった。

 明日は燧ヶ岳と会津駒ヶ岳の2座に登り,、いよいよ東北の山に入っていく。

 


 


8/14(木) 東北へ 「燧ケ岳・会津駒ケ岳」

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 尾瀬の山小屋も朝は早い。朝早くから身支度を整えて、登山者はそれぞれの目的地へと見晴から延びる木道へ消えていく。そして、僕も同じように尾瀬沼へと続く木道へと消えていった。

 見晴新道は昨年の台風の影響で崩落してしまったため、通行止になっていた。そのため、燧ヶ岳に登るには、尾瀬沼経由で登るしかないため、若干の遠回りになったが、朝一からいきなり急坂になるよりは、尾瀬沼までの緩やかな木道がいいウォーミングアップになった。昨日よりも体の状態も急速に良くなっていた。

 今日は調子が良すぎて体が勝手にペースを上げていくようだった。尾瀬沼からの燧ヶ岳山頂までの急坂も何のその、自分でも驚くほどの快調具合だ。今日も至仏山に続き、1時間ほどで山頂に着いた。百名山の残り4分の1も、いいスタートが切れた。
 
 雲の切れ間から見えた至仏山と尾瀬ヶ原に別れを告げて、会津駒ヶ岳へと続く峠の御池に向かった。御池側の登山道も、台風の影響のためかかなり荒れていた。10時に御池に到着して、軽く補給をして30分には会津駒ヶ岳に向けて長い尾根歩きに入った。曇っていたため日差しが遮られて、気持ちよく快調に山頂まで歩くことができた。

 山頂には午後1時半に登頂した。平ヶ岳に続いて、自身初登頂となった。
 東北の山々は初めて登る山ばかりなので今からワクワクしている。短い間だったが小さな湿原やチングルマやハクサンコザクラなどのカワイイ花を見て会津駒ヶ岳の夏の一面を見ることができてよかった。この山もまた登りたいと思う山のひとつとなった。

 今日もいい出会いといい山旅ができた1日だった!
 明日からどんどん東北へと突き進み、北上していく。どんな出会いや東北の夏を感じることができるだろう。夕食後はあっという間に深い眠りに落ちてしまった。

 




8/15(金) 舗装路と心境の変化

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 今日は久しぶりに1日舗装路歩きとなる。東北の山々をつなぐ長い舗装路歩きの開幕だ。お盆休み真っ只中のため、国道を行き交う車のナンバーは他県のものばかり。国道といっても細い田舎道、それでも、すごいスピードで車が横を通りすぎていく。

 自分がこの旅を終えたとき車に乗ったら何を感じるのか、とふと思った。単純に「ラクだなぁ」と思うのか、それとも今は分からない特別なことを感じるのか。どんなことを感じるのだろうかと少し気になった。

 今日も道を歩いていると、多くの方々が駆けつけてくれた。その方たちと接していて、少しだが今までとは違う気持ちが生まれた。というよりも、忘れていた気持ちが戻ってきたというのが正しいかもしれない。

 テレビでの放送以来、多くの方々から、山や町や道ばたなどで話し掛けられたり、わざわざ会いに来てくれたりする機会が日に日に増え、その反響の大きさに自分自身驚き、時にはどのように対応していいのか、整理がつかない場面もあった。
 そのため、素直に嬉しかったり、ありがたかったりもしたが、ストレスに感じてしまう時もあった。

 そんな日が続いたが、水上での停滞で、それまで焦っていた気持ちが少し吹っ切れて、もう少し旅を楽しむ気持ちを増やそう、体をもう少し労ろうと思うようになった。そして、数日前から忘れていた気持ちが戻ってきた。

「この旅を通じて多くの人が、山やその地域の魅力に興味をもち、その地を訪れたい、登ってみたい。そう思ってもらえたら僕の旅も少しは役にたてるのではないだろうか。この旅はその小さなきっかけになれればいい」そんな思いだ。

 多くの方々が僕に会いに来てくれたりするが、人によっては初めてその地を訪れたり、初めて登ったりする人もたくさんいた。
その人たちには僕の思いが伝わっていないかもしれないが、結果的には、僕の一つの思いへと繋がっている。
 
だから、自分が登頂する時間が遅くて、会いに来てくれた方を待たせてしまった時や、町中を探し回って会いに来てくれた時に、申し訳ないと思う気持ちよりも、ありがとうという気持ちをもっと増やそうと思うようになった。

 どこかぎこちなかった笑顔も、前よりは自然な感じになれるだろう。
 東北、北海道でもう二皮向けられたら、もっとイイ笑顔になれそうだ。 

 



8/16(土) 会津の夏を感じて

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 前日の天気予報で、南会津が断続的な大雨の予報が出ていたので、那須岳に登る日を1日ずらすことにして、会津田島で1日のんびり過ごすことにした。歴史ある宿に2泊も出来るとは、なんとも贅沢だと思った。

 朝から雨が降り、日中はバケツをひっくり返したような雨が降った。各地で大雨のニュースがテレビで流れ、北アルプスで遭難の事故のニュースも流れた。悪天候の中で山に登るのは本当にリスクが高いことを痛感。あと24座まだまだ気を抜くこと許されない。

 日中はどしゃ降りの中、ブラウン管の中で白球を追いかける甲子園球児たちの戦いに釘付けとなった。夕方から雨も上がったので、夕食後に地元の盆踊りで賑わう駅前に繰り出した。お盆休みで駅前はかなりの人で賑わっていた。

 会津田島は昔から毎年、成人をむかえる地元の子供たちが、資金集めから運営まで全てを取り仕切るそうだ。一般的には1月に成人式が行われるが、雪深い会津では、冬に地元に帰ってこられない人が多いため、帰ってきやすいお盆休みに昔から成人式を行っているそうだ。
 僕も同じように雪国育ちだが、北海道は冬に成人式をやっている記憶があった。そういえば、大学の先輩で東北の出身の人は夏に成人式をやると聞いたことを思い出した。

 来年からは大人の仲間入りをする子供たちが、青いはっぴを着て、元気よく盆踊りを盛り上げている姿が印象的だった。そのあと、僕は盆踊りに混ざることなく、中学生以来のカタヌキに没頭した。

 4枚中1枚を見事抜くことができて、ホッとした。だが、回りは小学生や中学生ばかり、30歳を越えた男が真剣な眼差しでやっている光景がなんとも滑稽だった。

 明日は今日よりは天気も回復しそうなので、那須岳に登れそうだ。この旅のなかで束の間の夏休みを感じた一日となった。
 



8/17(日) らしくない日 「那須岳」

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 大雨で足止めを余儀なくされて、昨日は1日休養日となった。今日の南会津は1日を通して雨が多い不安定な天気予報が出ていた。はじめは4時に出発する予定だったが、結局5時過ぎに宿泊先の会津田島を出発した。

 国道沿いのコンビニで軽く朝食をと考えていたが、夜中に食べたお好み焼きのせいでお腹がす空いていなかったため、何も補給せずに20キロ先の登山口を目指してしまった。途中でエネルギー不足になるのが明確だったが、持っている行動食と、宿で頂いたおにぎりで足りるだろうと考えていた。この判断からいつもと違う感じが始まった。

 宿から4時間弱くらいで登山口に着くだろうと考えていたが、予測を40分もオーバーしてしまった。徐々に先を急ぎ始めた。

 常に時間の修正を行った。途中の水場で水を補給したが、気温も低く曇り空だったため、しっかりと水を補給しなかった。この判断が大きな不安材料になるとは、この時は全く思ってもいなかった。天気は標高が上がるにつれて急速に回復していった。茶臼岳に着く頃には強い日差しが照りつけていた。

 予想以上気温が上がり、水分摂取が増えた。先程の水場でしっかりと補給しなかったことを茶臼岳の山頂で初めて気づいた。

 那須岳はロープウェイを使えば簡単に山頂まで登ることができる。そのため、かなりの数の方々が応援に駆けつけてくれていた。
 あまりの人の多さに相変わらず戸惑っていたが、予定の時間よりも2時間近く遅れていたので、先を急ぎたい気持ちが全面に出ていた感じがあった。
 せかせかしていて落ち着きがなかった。今日の目的地まではかなり距離が残っていた。茶臼岳にも多くの方々が待ち構えていた。

 地図を何度も見てしまい、何度も二股温泉までのコースタイムを計算していた。茶臼岳から最高峰の三本槍岳には、1時間ほどで登頂した。三本槍岳に着く頃には、もう水はかなり少なくなっていた。二股温泉までたどり着けるか、不安が強くなっているのを感じた。結局、来た道に戻り、大きくルート変更をすることにした。

 水の量やタイムスケジュールの予測など、自分自身の判断が甘かったことを強く感じた。今日の那須岳はいつもの自分らしくない1日となってしまった。
 長い旅、1日くらいらしくない日があって当たり前だと前向きに考えたが、二股温泉までの縦走路を行かなくてよかった、とこの日の宿に着いて感じた。

 いつもと違う感じがしたときは、背負える無理は確実に背負えなくなっている、と思った方がいい。難しい判断だが、兆しを見逃さないことが大切だ。

投稿時間:14:51 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年08月18日 (月)

ヨーキさん観察日誌 (8月9日~14日)

百名山一筆書きの旅は新潟県南部を東に進みます。

◆8月9日

陽希さんは北上する台風11号を気にしながら湯沢から巻機山へ向かいました。
鮮やかな緑の稲穂を揺らす田園地帯に、我々取材班もすかさずカメラを構えます。

ぐずついた空の下、登山口に到着すると、陽希さんは昼食もとらずに急坂を登って
72座目に登頂。

山頂では冷たい風にさらされましたが、応援に駆け付けた登山者の方から
新潟名物笹団子の差入れを頂き、ご満悦の様子でした。

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◆8月10日・11日

未明に台風は通過したものの、時折雨に降られながら浦佐駅近くまで移動。

翌11日には、前線の影響でぐずついた空模様でしたが、越後駒ヶ岳を目指しました。
陽希さんが「できれば登りたくなかった」と話す険しい急登を歩き終えると、
山頂では疲労困憊してぐったり。

下山時には激しい雨に降られ、踏んだり蹴ったりの一日でした。

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◆8月12日

平ヶ岳。銀山平を出発すると、この日も雨が降り始めました。

登山道は水が流れ、滝のようになっているところもありましたが、稜線は別天地
広大な草原の中をどこまでも続いているかのように木道が伸び、
我々の疲れを癒してくれました

ここで陽希さんのテンションも高くなってきたかと思いきや、再び雨足が強くなり、
山頂での喜びも控えめに、黙々と下山していきました。

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◆8月13日

陽希さんが待ちに待った尾瀬に突入。しかも久しぶりの快晴
すっかりご機嫌な様子で絶景の木道を散策し、軽快に至仏山の頂きを極めました。

ここは群馬県との県境。少し寂しそうに眺めながらも、反対側に広がる尾瀬ヶ原の展望に
目を輝かせていました。

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◆8月14日

同じく尾瀬のシンボル燧ケ岳に登り、その足で会津駒ヶ岳に登頂。
77座を踏破した陽希さんは「焦らず自分らしい旅を続けていきたい」と、
力のこもった言葉を聞かせてくれました。

体調もすっかり回復した様子の陽希さん。
次は栃木の那須岳ですが、その後はいよいよ東北の旅の始まりです! 

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投稿時間:14:49 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年08月11日 (月)

今週のヨーキ (8/4~8/10 谷川岳-巻機山)

8/4(月)

体調不良のため休載。


 



8/5(火) みなかみ出発前

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 体調を崩してから六日目、昨日よりも体の調子はかなりよくなっていた。
 だが、早朝起きたとき、まだ心身ともに山に登りたいという状況ではなかった。
 谷川岳が遠い。気持ちよく出発するために、もう1日休むことにした。

 体調は、薬のお陰でだいぶん回復して、午後には軽く体を動かしたくなった。
 それで、久しぶりにカッパクラブのツアーを陸上から見たくなったので利根川に足を運んだ。
 職場の同僚たちが川でお客さんと川を楽しんでいる姿を見て、懐かしくもすごく笑顔になれた。

 その後、出発前の挨拶をしに、もう一度カッパクラブを訪れ、夜にはカッパファミリーのみんなが集まって、一緒に夕飯を食べることができた。短い間だったがあらためてカッパグラブを尊敬し、本当にナイスな人たちと一緒に仕事をやってこれたことに感謝した。

 ありがとう。行ってきます、と心で呟いた。

 明日は長かったトンネルを抜けて、いよいよ谷川岳に登る。 

 



8/6(水)70座目 谷川岳 「谷川岳」

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 久しぶりの早起きは、リズムが崩れた体には厳しかったようで、予定よりも1時間以上遅れての出発になった。
 午後からの雷雨が心配だったが、朝から快晴で谷川岳が今日もくっきりと見えていた。

 四時間後にはあそこにいる。

 行けるだろうか?登れるだろうか?という不安がよぎった。

 登山口には、朝早くから地元の方たちが駆けつけてくれていて、大きな横断幕の70座目谷川岳の文字を見て、あっ節目の70かぁ~、とあらためて思った。

  あまり登る人のいない登山口から、1時間20分位で天神平へ抜けた。
 8時からのロープウェー運行で平日だが、多くの人が降り場から溢れてきた。

 登山道での渋滞が嫌だったので、サッと天神平を後にした。
 天神平を出発して1時間位のところで、体の調子が悪くなってしまった。
 病み上がりで当たり前だが、体は本調子とはだいぶんかけ離れた状態だった。

 この日の日差しは強かったが、それほど暑いと感じではないはずだった…
 しかし、尋常じゃないくらいの汗をかいていた。摂取が追い付かない状態だった。
 そのため、脱水症状が出てしまっていた。山頂までいつもなら10分の距離が、2度も休憩を入れなくては進めない状況だった。

 今日の目的地までとても行ける状態ではないことをすぐに悟った。

 とりあえず山頂を目指そうと、ゆっくり体をならしながら登った。

 10時半に谷川岳のオキの耳に登頂した。山頂付近にはたくさんの花が咲いていて青空に映えていた。

 2年ぶりの登頂。
 山頂はまだ人も少なく、静かな山頂で休みながら、住み慣れた町の山々を山頂から見渡した。

 11時を過ぎると、ぞくぞくと登山者が増えてきた。登って来る方たちと入れ替わるように、トマの耳に向かった。
 予想通り、トマの耳の方が人が多く、あっという間に写真撮影会になった。あらためてこの旅の注目度が高いことを実感した。

 体調が回復してから出発したかったが、内蔵の状態は万全ではなく、これ以上先に進むのは厳しいという体からの信号をキャッチして、今日は谷川岳の肩の小屋に泊まる判断を下した。
 病み上がりの体には今日の予定のコースは荷が重すぎたようだ。もう少しゆっくり行こう!

 



8/7(木)思い出の縦走路

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 病み上がりの体が急激な運動でびっくりしてしまい、予定を変更して肩の小屋に泊まって、一夜が明けた。早々に体の回復に努めたおかげで体の状態はだいぶ回復していた。
 だからといって、今までのようなハイペースで歩けば、たちまち昨日のような状況に陥ることは、体からちゃんと信号が発せられていた。

 今日はそんなにラクな行程ではなかったので、十分に体を労りながら歩くことに集中した。今までの倍の時間をかけてじっくりと肩の小屋から赤湯温泉まで歩いた。今日歩く縦走路は職場の同僚二人と初めて縦走した思い出の稜線だった。

 当時は、まだまだ経験も浅く、トレーニング以外で山をのんびり楽しんだのは、その時が初めてだったかもしれない。
 時期は秋の紅葉シーズンだったので、草紅葉がスゴく綺麗だった記憶がある。
この時期に歩くのは初めてだったので、また違う山の顔を見ることができるので、楽しみだった。

 朝イチは雲も少なく、稜線の終点の山まで見渡すことができたが、徐々に天気が崩れていく感じだった。体調と相談しながら、万太郎山、仙の倉山、平標山と縦走した。

 肩の小屋を出発してから約5時間で、生まれた年と同じ数字(標高)の平標山に着いた。
 僕らの中では「自分の山」として慕ってきた。
山小屋を経由して1時半に下山口到着した。思い出のつまった谷川連峰ともいよいよお別れだ。

 ここから再び山に入り今日の目的地までのもう一登りとなる。
 空は雲が厚くなり、雷鳴も響いていた。秘湯・赤湯温泉までに雨が降りださないことを願いながら、歩き続けた。
 だが…赤湯まで30分という距離でとうとう大粒の雨が雷鳴とともに襲ってきた。

 雷鳴が響くたびにびくびくしながら、赤湯温泉に1分でも早く着きたいと思い運ぶ足も早くなった。

 午後4時どしゃ降りの中、赤湯温泉に到着した。赤湯温泉に来るのは3回目だが、宿泊するのは初めてだった。
 スゴく雰囲気のイイ山小屋で、以前から一度泊まりたいと思っていた。念願の赤湯温泉宿泊だ!

 川沿いの露天風呂で一日の疲れを癒し、米どころ新潟の美味しいご飯とおかずをたらふく食べて、明日の苗場山に備えてしっかりエネルギーを補給し、心地よいランプの灯りの下で爆睡した。食欲が戻っているので明日はもっと体調はよくなっているだろう。

 



8/8(金)雨の苗場山 「苗場山」

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 もう1日ゆっくりしたくなるほど素敵な赤湯温泉を7時過ぎに出発。予定よりも1時間以上遅れての出発だった。あまりの心地よさに二度寝してしまい、寝坊した。

 旅館の先代が整備したという登山道を登り、出発から1時間後には雨が降りだしてしまった。苗場山の代表的な景色の山頂台地の湿原は見渡すことができないのが、容易く想像できた。

 出発から3時間ほどで山頂に到着した。予想通り山頂台地は濃い霧に包まれていた。雨の苗場山となったが、僕の中ではまた来たくなる山のひとつになっているので、この旅が終わってもまたすぐ来る気がした。

 まだまだ、本調子とは言えない体調だったので、今日は湯沢止まりにして、明日の巻機山に備えることにした。
 
 明後日には台風が新潟に最接近するので、どのみち1日は山に登れない日があると考え、心身ともに負担をかけないように、2、3日はゆとりを持たせる行程にした。
 そのうち、体が勝手に急ぎたくなるのを待つことにした。

 



8/9(土) 本当の山頂  「巻機山」

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 二日続けての二度寝からの寝坊…。でも日に日に体調はよくなっている感じがしていた。

今日はなかなか山頂を望むことができない、巻機山に午後から登る。

 天気予報では南魚沼市は午後から天気が崩れる予報が出ていたので、登山口の清水集落までなるべくペースを崩さずにいきたかったが…

 週末ということで、5時間ほどの移動時間の中でかなりの方々が僕を見つけて、駆けつけてくれた。そのため、最後の方は1時間ほど走り続けることになり、ありがとうございますと言いながら手を振ることしかできなかった。立ち止まって、挨拶だけでもしたい思いだったが・・・

 宿泊先に荷物をおいて、11時半ごろに清水の集落を出発した。巻機山は今にも雨が降りだしそうだった。

 今回で3回目の巻機山。山頂までの時間や勾配などがほとんどイメージができていたので、スゴく登りやすかった。7合目まで登山口から1時間ほどでたどり着いた。
 そこから見える山頂は、登山者がよく山頂と間違えてしまうニセ巻機山だ。

 巻機山の山頂はなかなか登っている最中に見ることができない。
 今日はガスに包まれていたので、いつも以上に山頂を見ることができなかった。
 9合目から山頂にのびる美しい原っぱも今日はおあずけのようだ。

 山頂稜線までの登り返しを登りきると目の前に山頂の標識が立っているが…ここも本当の山頂ではない。

 本当の山頂は標識から10分ほど歩いたところにあるが、ここが山頂!?と言いたくなるほど、山頂らしくない。ちょっと広くなった登山道にケルンがあるだけだ。
 なので、ほとんどの人は手前の標識が巻機山山頂だと思ってしまうのだ。  本来の山頂に三角点でもあったのなら印象は違うのだろうが…

 山頂付近は風が強く、昼御飯を補給しないで急ピッチで登ったため、山頂に着いた頃には、寒さも影響してばてばてだった。

 幸運なことに山頂で僕に会うために待っていてくれた方から、大好きな笹餅をいただくことができて、エネルギーを回復させることができた(もちろん行動食は携帯していましたよ~)

 久しぶりに荷物が軽くなり、スピードアップして一気に登ることになったが、天気が悪くて結果的には予定よりも1時間以上早く下山することができた。

 やはり巻機山は紅葉シーズンが一番いい、と感じた一日だった。明日は台風が来るので、山に入らずに、麓の町までの移動となる。明日は少しのんびり行けるかな~

 



8/10(日) 焦らず行こう!

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 今日は、明日登る越後駒ヶ岳の麓の町までの移動だけだ。
 昨日のように今日も宿までの道すがら、多くの方が駆けつけてくれた。
 昨日よりもゆとりがあったので、時間をそれほど気にすることはなかった。

 体調が回復してから5日目、徐々に急ぎたい気持ちから来る焦りがなくなり、何だか吹っ切れて、焦らずもう少し旅を楽しみたいという気持ちがわいていた。

 明日はどんな山と人に出会えるだろうか。

投稿時間:17:55 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年08月11日 (月)

ヨーキさんダウン!(7月31日~8月8日)

7月30日~8月5日

 ホームタウンのみなかみ町に下山した陽希さん。
 地元の方や職場の仲間に途中帰還を祝福され、すっかり興奮気味でした。

 ところが、31日の休養を明けると38.3℃の発熱に襲われ、この旅初めてとなる6日間の安静を余儀なくされてしまいます。
 医者は「疲れ以外の何物でもありません」と一言。
 点滴を打たれ、5種類の薬を処方されるという顛末となりました。

8月6日

 5日間の休養を経て、70座目となる谷川岳へようやく出発。
 しかし、登山中、暑さもあって途中で脱水状態になり
「酸素が足りない……」
と息を切らせて座り込む場面も。

 山頂では元気に振る舞っていたものの、
この日の予定・標準コースタイム18時間を実働6時間に留め、
昼には山小屋に入って体を休めることになりました。

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 このプロジェクト始まって以来の不調に、
陽希さんは「この先は疲れをためないようにゆっくり歩きます」
と半ば反省していました。

 我々取材班から見ても、この時ほど弱気な陽希さんの姿は初めてで、
何とかならないかと天に山に祈ったほどでした。

8月7日~8日

 陽希さんははやる気持ちを抑え、ゆっくり歩くプランで行動再開。
 午後の下りでは小走りできるようにもなり、
翌8日には、すっかり明るい表情で苗場山に登って我々を安心させてくれました。

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 しかし、今後、台風の影響を受けることも考えると、ゴールの利尻までは
あまり余裕がありません。

 残された百名山は30弱。どうにかゴールできるよう祈るばかりです。

投稿時間:17:28 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年08月05日 (火)

今週のヨーキ (7/28~8/3 皇海山-武尊山)

7/28(月) 皇海山と笹藪と救世主 「皇海山」

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 朝5時に宿を出発。皇海山は3年前に登ろうとして、車がパンクして登れなかった思い出がある。

 今日はそのときのリベンジ!と思い、林道をひたすら歩いた。今回はパンクの心配はない。歩きは一番着実な方法だ。20キロ以上ある静かな林道を4時間半歩き続けた。登山口にはすでに数台の車が止まっていた。山頂まではコースタイムで約3時間、今日の目的地が中禅寺湖だったので、少しでも早く下山するために、かっ飛ばした。沢沿いの急登をガツガツ登った。山頂には出発から1時間強で到着した。3年越しのリベンジが果たせた。

 山頂から再び栃木県側に下山するには二通りあり、短かいが危険な場所が多いルートと、長いが走れそうなルートで迷っていたが、結局、急がば回れと言うように長い登山道を選んだ。だが、この選択が間違いだった、とやがて思い知らされることになった。

 ノコギリの刃先のような鋸山を経由して、長い登山道へ入った。鋸山からの景色はとても良かった。

 登山道を進んでいくと、地図の実線はどこへやら、踏みあとの少ない笹藪になっていった。ひどいところでは僕の身長位はある笹藪となった。笹藪の危ないところは足元が見えないことだ。倒木や穴、岩など障害物を見ることが出来ない。そのため、慎重に進むしかなかった。
 必然的にペースが上がらず、時間はどんどん過ぎていった。久しぶりに深い藪に入った感じだ。それでも、何とか頑張って、1時間遅れで庚申山荘に到着した。急がば回れ作戦は失敗に終わった・・・。

 午後5時に下山、レース仲間に別れを告げて、中禅寺湖に向けて出発した。途中、鉱毒事件があった足尾銅山を通り、鉱毒で木が育たない荒涼とした山が美しくも寂しかった。

 中禅寺湖まで15キロを切った所のコンビニで補給し、夕食を食べながら<「旧道から登山道を歩いて中禅寺湖に下りる短いルート」か、「夜間行動になるため遠回りだが確実な国道を歩く」か、かなり悩んだ。

 悩んでいる時間が勿体無いので、悩みながら歩くことにした。すると一台の車が止まった!

 車からかけ降りてきた男性が、「田中さんですか?」と叫んだ。「はい。」と答えると、「おお!本当に一人で歩いてるよ~感動!!一緒に歩いてもいいですか?」と言ってきた。男性と疲れていた僕とのテンションにかなりの差があったが、「いいですよ。」と答えると、さらにテンションが上がって、「今すぐ準備します!」と車に戻った。車はどうするのかな?と思っていたら運転席から女性降りてきた。

 落ち着いて話をすると、車で駆けつけた二人は中禅寺湖でオルゴールのお店を経営しているご夫婦で、僕のことを以前から知っていたそうだ。ネットで現在地を確認し、夜間に中禅寺湖に下りる登山道を歩くことを予想し、心配になり、いてもたってもいられなくなったため、「一緒に歩いて道案内をしたい」ということで、駆けつけてくれた。
 その思いに感動していたら、宿の話になり、テント泊の話をしたら、「うちでよければ泊まってください」と、さらに驚きの言葉を頂いた。まさに救世主だった。

 と、いうことで、悩んでいたルートも短い方を歩くことになり、落ちかけていたペースも救世主となったご主人の登場で戻り、何とか今日中に中禅寺湖にたどり着くことが出来た。
 そして、驚きだったのが救世主の方のお名前が「田中」だったということだ。今日の最後は田中さんの素晴らしい思いと行動力と絶妙なタイミングに驚き、感動して1日が終わった。 


7/29(火) THEタフ!! 「男体山・日光白根山」

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 昨日の約18時間の疲労は色濃く残っていた。この疲労が今日の男体山と日光白根山を登る行程をよりタフにさせる。
 朝7時にお世話になった日光オルゴール館を出発、田中さんもぜひ2座を一緒に登りたい、ということだったので、昨晩に引き続き、ダブル田中で登ることになった。

 田中さんは5年ほど前から本格的にトレイルランニングを始めて、昨年には男体山を1日に5回登るチャレンジをしたという。男体山や中禅寺湖などの歴史や現状など色んなことを聞いた。一番驚いたのが、いろは坂の下の馬返しから男体山までが、二荒山神社の境内になるということだった。中禅寺湖から西側は違うお寺の敷地というのにも驚いた。

 田中さんは、地元で一緒に山を走ってくれる人が見つからず、いつも一人で走っているという。なので、この日記を読んだ方で田中さんと奥日光の山を走りたい方はぜひ、日光オルゴール館を訪ねてもらいたい。

 登山口で入山料を払い、人生三度目の男体山山頂を目指した。男体山というだけのことがあるほど、九合目までは延々と急登が続いた。九合目まで来ればこっちのものだ。あとは穏やかな登りを登れば山頂となる。

 午前9時40分に山頂に着いた。ここでも朝早くから待ち構えている人が数人いらした。拍手で出迎えてくれる人もいた。朝早くからありがとうございます!

 山頂で1時間ほど過ごし、二座目の日光白根山に向かった。男体山からは次の山を考えてそれほど飛ばさずに下山した。次の登山口までの10キロも比較的ペースを落とした。足を日光白根山を登りきるまでは残したかったからだ。

 午後1時半には再出発して、登山口を目指した。登山口を午後2時に出発。初めてのルートだったが、地図を見ればこれから登るところが、男体山以上の急登だということがわかる。さぁ俺の足はどこまで残っているか・・・

 前白根山まではなんとか持ちこたえたが、避難小屋からの登り返しはほぼ足が終わりかけていて、膝に力が入らなかった。何とかしのいで、午後4時に誰もいない山頂に到着した。1日ご一緒した田中さんとは、山頂で別れた。田中さんもかなり疲労が溜まったらしいが、下りは快調に飛ばしてガスのなかに消えていった。

 今日の距離は長くはなかったが、昨日の疲労もあったため、かなりタフな1日となった。まだまだタフな行程は控えているのだろう、慎重に進んでいきたい。 



7/30(水) みなかみ入り 「武尊山」

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 スタートから120日。今の僕の原点とも言える場所に到着する。それは群馬県みなかみ町だ。サクッとみなかみ町に入りたいのだが・・・。

 今日はなかなかの激しい行程となっている。それは昨日までに目的地までたどり着くことが出来なかったため、今日は予定の行程よりも10キロほど長く歩くことになったからだ。総距離は60キロ近いだろうか。みなかみ入りの前に立ちはだかるのは、久々に山頂までのコースタイムの長い上州武尊山だ。今までにも何度も訪れたことのある山のひとつだ。

 昨日とは比べ物にならないくらい今日は日差しが強かった。早朝から照りつける日差しのなか沼田市へと続く国道を歩き続けた。途中のコンビニで食料補給をして、国道から外れて、登山口のあるオグナ武尊スキー場を目指した。ペンション村を抜けると、スキー場が見えてきて、休むことなく登山口へと突き進んだ。登山口を11時に通過した。暑さはますますキツくなり、汗の量も滝のように吹き出していた。

 まずは前武尊山を目標にゲレンデの急斜面をかけ上がった。登山口から1時間ちょっとで山頂に着いた。2000メートルを越えているため、いくらか暑さも和らいだ。前武尊山から武尊山山頂までの稜線は始めて歩くので、少し緊張とわくわくが入り交じっていた。

 前半は険しい岩山を巻いたり登ったりを繰り返したがそこを抜けると、山頂までの綺麗な稜線と遠くまで見える登山道を目で追うことが出来た。暑さによる疲れも、この景色で吹っ飛んだ。稜線を越えていく風邪がなんとも心地よく、山頂まではあっという間に着いた。遠くから山頂が見えるのだが、山頂に先客がいることは気がついていた。

 午後1時半過ぎに久しぶりの登頂をすると、「待ってました!」と、先ほど途中から見えた人影の方たちが拍手で迎えてくれた。中には3度目の出会いの方もいらした。久しぶりの武尊山だったので山頂でのんびりしていたいところだったが、まだ今日の行程の半分しか来ていなかったので、急いで下山を開始した。山頂から下山道に入った時点でそこはみなかみ町だったが、目的地は町の中心部だ。

 山頂から1時間半で宝台樹キャンプ場に到着して、ここから20キロ以上を一気に走って時間を短縮するために休憩と補給をした。充電を完了したあとは、絶好調でみなかみ町内まで2時間ほどでたどり着くことが出来た。

 懐かしい町並みを見て、「帰ってきたぞー!!」と叫んだ。途中には応援者による私設エイドもあってびっくりした。19時過ぎに住み慣れた場所に到着した。

 そして、明日は20日ぶりの休養だ!


 
7/31(木) カッパファミリーとの再会

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 休養日だったが、いつもの早朝の時間に目が覚めた。

 職場となるカッパクラブの皆との再会することになっている。再会といってもそんな大袈裟なことではない。ただ、旅の途中で立ち寄り、無事に旅が進んでいて、元気な姿を見せられるだけで僕は幸せだった。

 朝食後に歩いてカッパクラブへ向かった。たとえ旅の途中でも遅刻は許されない。朝礼時間の8時に間に合わないと思いダッシュで走った。今シーズンの初出勤は半年振りの汗だくでの登場となった。

 いつものカッパクラブのテラスには、みんながいつものようにいた。走り込んできた僕を見て、「相変わらずだなぁ。」と言いながら、みんな笑顔で集まってくれた。朝礼前ということもあり、言葉少なく握手をみんなと交わして、今日カッパクラブに来た最大の目的に向かった。

 それは、カッパクラブ社長への挨拶だ。この旅を計画したときに最初に相談した人であり、この人の理解がなくては、この旅のスタートラインにも立てなかった。社長が待つ場所へ、社長はいつもの笑顔でそこにいた。社長に自分が無事にこの地までたどり着いた証をプレゼントして、手を合わせた。
 実は、社長は昨年の秋に他界した。今でも実感がないが、社長は空高く旅立っていった。旅を計画した時にみなかみに来たときは谷川岳に一緒に登ろう、と約束していた。そのときの「面白いじゃん、やったらいい!」といってくれたときの社長の顔が蘇った。

 「明日、社長の大好きな谷川岳に登ります。一緒に登りましょう!」と伝えた。
 社長に挨拶をしたあとは、久しぶりに来たカッパクラブのいつもの日常を眺めた。いつものように遊びに来てくれるお客様を迎える準備を、慣れた感じで進めるカッパファミリーの面々を見て、嬉しかったし、元気をもらった。

 明日にはまた、再び歩き出す。

 明日は70座目の谷川岳だ。どんな日になるだろうか楽しみだ。
 



8/1(金)~8/3(日) 遠い谷川岳

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 異変は翌朝に突然訪れた。

 出発時間にいつものように起きた。準備をするが、体が変だ。初めて「ツライ」と体が訴えてきた。今までは訴えてきても、気持ちで解決することが出来たが、今回は強烈だった。進まなくては行けない。遅れをこれ以上増やしたくないというプレッシャーに体が必死に抵抗してきて、耐えることができず、押し潰されそうになった。思わず涙が溢れた。結局、今日はあきらめて、出発を1日遅らせることにした。1日くらいの遅れは問題ない、今は回復に集中しようと言い聞かせた。

 しかし、この日の体調不良が長期戦となった。逆にいえばこれまで体調不良がなかったことの方がラッキーだったといえる。病院には2度行き、熱は何度もぶり返した。

 むしろ今までの4ヶ月、体が持ってくれたことに感謝しなくてはいけない。これからの3ヶ月を乗り切るための準備だと思って、心身ともに万全となり山を登りたいと信号を発するまで、どっしり待とうと覚悟を決めた。明日は5日目となる。行けるだろうか?体はだいぶん回復に向かっている実感は強い。もう1日休んでもいいんじゃないか・・・。葛藤が続いた。

投稿時間:15:15 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年08月01日 (金)

ヨーキさんの一日 (7月30日)

 現場の生の声をお届けしている陽希さんの取材記。今回は群馬県の武尊山です。

 北アルプスの穂高岳と区別するため、俗に上州武尊(じょうしゅうほたか)
と呼ばれるこの山ですが、漢字から「ほたか」と読むのは難しいですよね。

 山が奥深くにあり、下界から見えにくいことも、なじみの薄さにつながっているのでしょう。

 実は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の伝説が残ることから、 「武尊」の二文字があてられています。

 伊吹山の山頂に祀られているような立派なご神像を、途中二体も拝むことができました。

 みなかみ町民でもある陽希さんにとって武尊山故郷の山
 山頂の半分はみなかみ町で、アドベンチャーレースのトレーニングでも訪れたことがあるんだそうです。

 しかし、今回の登山道を通るのは初めて。片品村側から急登を上がり、山頂につながる雄大な稜線を目にすると、思わず
「おお、きれいだ!」と陽希さん。

暑さも爽やかな風でやわらぎ、すっかり気分をよくして歩いて行きました。


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 二体目のご神像に手を合わせると、山頂はすぐそこ。
 下界では暑さに喘いだものの、四人の登山者の方に祝福されながら、
故郷の山に嬉しい登頂を果たしました。
 
 この数日、山頂は曇りがちでしたが、武尊山ではほぼ快晴。
広々とした大展望に目を楽しませながら、みなかみ町へ帰ってきたことを実感し始めたようです。

「なつかしい」と、口にしながら、颯爽とみなかみ町への登山道を下りて行きました。

 この辺りの山々を抜けると、もう東北は目前。暑さとの闘いもあと少しです。


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