週刊グレトラ日誌

今週のヨーキさんとゆかいな仲間たち

2014年7月

2014年07月29日 (火)

今週のヨーキ (7/21~7/27 丹波山-赤城山)

7/21(月・祝) 旅の重み 「丹沢山」

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 今日は、丹沢山に登る前に登山口の大倉で、この旅を応援して頂いている方々との交流会。
 三連休最終日だが、早朝ということもあるので、どのくらいの人数が集まるだろうか・・・、集まって頂いた方々の期待に約1時間という限られた時間で応えることができるだろうか・・・、自然と緊張と不安が入り交じった。

 開始は朝6時からだったが、早くから来ていただける方もいるかもしれないと思い、早めに宿を出た。大倉に到着すると、もう既に大勢の方、50人位の方はいただろうか。多くの方に囲まれる経験が初めてだったので、いつもの平常心でいられない自分がいた。
 一つ一つの動作に注目が集まって気が抜けない、明らかにいつもとは違う空気が流れていた。圧迫感に似たような強い視線というか。不思議な感覚だった。
 交流会ならぬ、握手会が始まった。列はかなりの長蛇となり、朝6時を過ぎるとその列は更に長くなった。しっかりと感謝を込めて握手をして、緊張から震える手足をこらえてサインをした。
 時間を気にする余裕がなかったが、自分の出発する時間を削ってでも、きちんと接することに徹したつもりだ。だが、一人一人と終わる度に今の感じで良かったのか・・・もう少しイイ言葉があったのではないかと、思っていた。
 
 気が付けば、あっという間に終わっていた感じだった。朝早くではあったが、遠くは沖縄や大阪からもいらしていて、予想の倍以上の200人以上の方々に集まって頂いたことに、素直に嬉しいと思えるよりも、驚きと戸惑いの方が大きかった。
 自分では想像もつかない力を、この旅が生み出しているのだろう・・・か。そんな心境でも凄い反響があることを、今までで一番実感できた瞬間だった。

 若干の夢見心地で丹沢山に向けて出発した。暫くしてようやく今日のことがどれだけ凄いことだったのか、冷静に理解し始めた。それと同時に、この旅への期待度や注目度を強く感じ始め、プレッシャーに似た重みを感じた。まだまだ、広がっていく反響(重み)に、自分自身がどう対応(変化)し、吸収していくかが試される時期に来ているのだろう。
 


7/22(火) コンクリートジャングル

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 この旅で一番の都会に、昨日から突入している。
相模原市の橋本を朝7時半に出発、通勤で駅に向かう人が川のように流れていた。
それに逆らうように歩き始めた。

 当初は幹線道路を多く使おうとしていたが、予定よりも少し南の街道の乗り継ぎが多く、道が複雑なところを行くことにした。地図を見るとまさに迷路のよう・・・。山よりも簡単に遭難(迷子)しそうだ。
予想通り何度か道を間違えた。
 予定のルートとは違う道を歩いていたため、多数の応援に駆けつけてきてくれる方々を迷わせてしまうことになった。
2、3時間のウロウロは覚悟しなくてはいけないようだ。

 頼りのGPSも30分おきの更新のため、コンクリートジャングルでは道が入り組みすぎて、道を特定しにくく、車での移動ではなく、自転車や徒歩で駆けつけてきてくれる人が多かった。
ちょっとした、ウォーリーをさがせならぬ「ヨォーキーをさがせ!」となっていた。
そのため、やっとの思いで今まで以上に、自分を見つけてくれた方々の嬉しさと安堵感が表情によく現れていた。

 お昼前、住宅街の道を歩いていると、交差点のベンチに地図とにらめっこしながら片手にスマートフォンを持ち、何かを探しているような感じの子供連れの女性が目に止まった。服装や雰囲気はこの辺りに住んでいるような感じだった。
子供はというと、ベンチの横にあった大きな岩でクライミングをしていた。
ちょっと気にはなったが「もしかして僕を探してますか?」なんて言えないので、そのまま進もうと信号待ちをしていると、一瞬子供と目があった。
するといきなり大きな声で
「あっ、よーきだ!!ママ!よーき、いたよ!」
と叫んだ。

 僕もお母さんも、びっくり。
お母さんは突然すぎて、僕と顔を合わせても、よく状況が理解できていないようだった。
 半信半疑で「タナカヨウキさんですか?」と訪ねられたので、「はい!」と答えるとスゴく安堵した表情に変わっていった。
それがとても印象的だった。
子供の記憶力と観察力に脱帽だ。

 クライミングしていたお子さんは、物心つく前から家族で山に登っていたそうで、先週の三連休は家族で北海道の大雪山に行ってきたそうだ。
4才の男の子はすでに大人並のスピードで元気よく登るらしく、自分も子供が出来たら一緒に山に登りたいと思った。
 その後も嬉しいことに1日が終わるまで、多くの方が駆けつけてきてくれ、互いに一緒になってコンクリートジャングルをさ迷う長い1日が終わった。
 


7/23(水) 人助け

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 今日の予定は、明日登る筑波山の麓まで行くことにしている。
昨日は越谷までと思っていたが、コンクリートジャングルに思った以上に迷い混んでしまい、辿り着くことが出来なかった・・・。

 麓までは65キロあるが、夏の風物詩の暑さも日に日に凄みを増してきて、この暑さに体がどうなるかによって進める距離も変わってくるだろう。

 しばらく川の土手を歩いていると、川沿いの小さな林が目に止まった。
そこでなにやら作業をしている地元の方が数人、林の手入れをされているようだった。
いつものように「こんにちは。」と挨拶すると「こんにちは。」と挨拶が帰ってきた後に、
「あっ、若い人!ちょっと助けてくれませんか?」とお願いされた。
「私たちじゃ力がなくてエンジンがかからないんです。」と、見るとそこには真新しい普通サイズのチェーンソーがあった。
「おっ!」
久しぶりにチェーンソーをみて、これは力になれると思い「いいですよ~」と返事した。

 僕の実家では、冬に薪ストーブを使うため、小さい頃から家族で山に入り、木を自分たちで切り出して薪を毎年作ってきた。父親がチェーンソーを使うところを見たり、自分が大きくなっときに実際に扱ったりしたのと、今の冬の仕事でチェーンソーをよく使うので、得意分野である。

 話を伺うと、林の手入れをするためにチェーンソーを買ってきたのだが使い方がよくわからないようだった。
エンジンをかける前に基本的な説明が必要な感じだったので、仕組みや、エンジンのかけ方など注意点を伝えた。
エンジンはすぐにかかった。
拍手喝采だった。

 再び注意点などを解説した。
すると、更にお願いが続く。鋸で頑張って斬り倒した枯れ木を切り分けてほしいということだった。
初めて扱うみたいだったし、僕が切った方が安全かつ早いと思ったので、すぐに作業に取りかかった。

 枯れ木を切りながら、切り方の解説をして、1、2分で終わった。
そして更に次のお願いが。
枯れた立ち木をあと2本倒して片付けたいという。
 ちょっと自慢気に自分の経験を話ながら、立ち木を2本切り倒すことにした。
まず1本、木を倒す方向を決めて、根本の草を払い、受け口を作り、倒す前に周辺に注意を促して、追い口を入れて慎重に倒した。
再び拍手喝采。
 次の木を斬り倒す前に、おばちゃんたちがやっている活動を伺うと、日本一汚い川といわれた綾瀬川を子供たちが遊べるように、綺麗な川に戻そうという思いから、十数年前から木を植えたり、河川の清掃したり、子供たちと野外学習をしてきたそうだ。
その話を聞いてより、力になれたことが嬉しかった。

 体は痩せてガリガリだけど、チェーンソーを持った姿は自分でもさまになっていると思った。最後にちゃんとした装備で安全に配慮して、チェーンソーを扱ってほしいと伝えて、出会いに感謝して再び歩き始めた。
もちろん僕の旅の内容も伝えて、声援をいただきました。 



7/24(木) 驚異の筑波山5700回 「筑波山」

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日に日に暑さが増す中で、今日は百名山の中で1番低い山に登る。
百名山の中では最も多くの人が訪れている山ではなかろうか。
 昨日の“借金”があるため、筑波山の登山口までの40キロ舗装路を歩かなくてはならない。
 
夜明けと同時にスタート、予定は午後7時には宿泊予定地に着こうと考えていた。

 スタートしてからの4時間は、気温もそれほど高くなく順調に進んだ。
青々した稲穂が、綺麗な広大な水田の間を抜けたり、芝生畑を抜けたりして、歩み続けた。
お昼頃になると気温は更に上昇した。それと同時に多くの方が僕を探して駆けつけてきてくれた。
蒸し暑さと人との出会いでなかなかリズムが作れず、筑波山になかなか近づくことが出来なかった。

 
「もしかしたら朝早くから山頂で待っている人がたくさんいるかもしれない。」 「今日中に登って早く休んで、明日に備えたい」そんな思いが先を急ぎたい気持ちにさせた。
しかし、何時間も迷いながらやっと見つけて会いに来てくれた方の気持ちを考えたら、決して無下には出来ない。
葛藤とジレンマが繰り返された。

 結局、登山口までに20組くらいの方とお会いすることができ、予定よりも2時間遅れての筑波山神社の到着となった。下山のことを考えると、少しでも早く登りたかったが、登山口までの40キロが体に大きなダメージを与えていた。
それでも1時間くらいで山頂に到着。到着すると驚くことに夕方5時前だというのに30人程の方が山頂で待っていてくれた。
中には一度下りたけどまた登って来た人もいたり、朝9時から待っていた方もいて、感謝と申し訳ない気持ちが入り交じった。

 山頂で会う応援者の数は、いままで一番多い山となった。
記念撮影とサイン会みたいな感じになった。
中には筑波山に2000回以上登っている方もいてかなり驚いたが、応援者の方が全員下山された後に、一人山頂でゆっくりしていると、男性が一人登って来た。ただ者ならぬ気配がしたので話しかけると、今日1日で筑波山を5回登っていると言われた。
それだけでも驚いたが、さらに聞くと一ヶ月で100回、一年で1000回以上登り、もうすぐ目標の6000回に達するそうだ。
先ほど2000回に驚いたが、この方はさらにその上をいっていた。まさに筑波山の番人だ!!
この方曰く、1000回、2000回はヒヨッ子、ザラらしい。しかも暗くなって下山できなくなった人や、怪我した人などをこれまで500人以上助けているそうだ。
脱帽だった。

 一つの山を極めるには、これくらいやらないと極めたとは言えないと感じだ。
山への向き合い方もいろいろあるなと改めて感じた。
数に驚いた一日だった。さて明日はどんな一日になるだろう。 



7/25(金) 最高気温37℃

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 昨日の18時間行動で、激爆睡から朝5時にふっと目が覚めた。今日は茨城県から、初の栃木県に突入する。関東でも最高気温を毎年記録しているエリアを歩く。目的地の場所まではちょうど60キロだ。久しぶりに聞く数字となった。アルプス前までは当たり前のように毎日60キロ前後を歩いていた。振り替えるとかなり懐かしい距離だ。

 さーて、この真夏に60キロという距離はどんな体験をさせてくれるだろうか。2日間連続でお世話になった仲間とキャンピングカーに見送られて出発した。昨日の雨の影響で、今日は朝から太陽がガンガンに存在感を示してきた。これ以上黒くなりようがない僕の肌をこれでもかとジリジリと焼いていた。
 幹線道路となる国道50号に出ると、暑さは凄みを増した。暑さは夏の醍醐味!!と思いながら歩き続けた。何度コンビニに逃げ込んだだろうか、何リッターの水分を補給しただろうか・・・。

 暑さは容赦なかった。体がこれ以上体温を上げるなと語りかけてくる。今日の最高気温はなんと37度だった。猛暑日になっているのは何となくわかったが・・・まさか37度とは。
 体が勝手に制御するわけだ。気温が体温を上回っているのだから。

 もともと暑さは苦手だったのだが、体重が減ったためか、40度を越える灼熱のコスタリカでのアドベンチャーレースに出たためか強くなっている気がする。
 今年の夏は「暑さは夏の風物詩!!」をテーマに歩こう! 



7/26(土) 作戦失敗

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昨日の暑く長い一日から一夜明け、出発予定の2時間前に目が覚めた。予想を遥かに上回る疲労具合だ。とりあえず今日中に赤城山の登山口まで行ければいいと考えていたので、思い切って日中の灼熱を避けて、夕方から歩く作戦に変更した。
 そのまま友人の実家で日中を過ごさせていただくことにし、3時間の昼寝をして、暑さも収まり始めた午後4時過ぎに出発した。

 気合い十分で、足利市から群馬県桐生市に乗り込んだ。途中、偶然にも旅の道中で出会った方のお店の前を通過して、桐生市名物のうどんをご馳走になって、エネルギーを蓄えることが出来た。
 それから、熱帯夜の桐生市内を暗闇の中、もくもくと歩いた。順調に進んでいたが、夜8時過ぎた頃から陰りが見え始めた。からだが重く、気持ちが悪くなっていた。暑さをしのぐために日中を避けたのだが、夜間でも疲労などで抵抗力が落ちていれば、熱中症になるのだと感じた。熱中症かは分からないが、体の感じはそんな印象だった。急遽、大間々で泊まることにして、夜間行動をすることは諦めた。一刻も早く体を休めたかった。

 昼夜逆転の作戦はもろくも簡単に失敗に終わった。
 今まで、暑くても日中に行動をしていた体が、急にリズムを狂わせれば、参ってしまうのは明らかだったのかもしれない。一日のリズムを変える場合はもっと計画的に、少しずつならしていかなくてはいけないと感じた。この旅の場合は特にリズムが大切だ。



7/27(日) 突然の豪雨 「赤城山」

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この旅のスケジュールは、すでに当初の予定から一週間の遅れとなっている。公表しているホームページ上のスケジュールは修正に修正を重ねてきた。
 今日登る赤城山は、当初は7月20日だったが、修正されて26日になっている。その予定から一日遅れで、今日27日に登る。昨日今日は週末ということで、赤城山に登りに来ている人や観光に来ている人が多くいることだろう。その中には今までの山々のように僕に会いに駆けつけてくれる人も少なくはない気がする。

 テレビ放送をきっかけに、応援者の数はどんどん増えている。増えるほどに声援や期待が増えると同時に自ずと責任やプレッシャー、責務といったものが自然とのし掛かってきた。
 山頂で何時間も待っている人のために、車で何時間も探し回っている人のために、先を急がなくては!今まではスケジュールの遅れを取り戻して、後半に向けて少しでも気持ちにゆとりをもって旅をしたいという気持ちや、北海道が雪になる前にゴールしたいという気持ちが強く、急ぐ場面があった。今もその気持ちはあるが、それと同時に前者のような気持ちも出てきた。

 さらに予定が一日遅れになったので、登りやすい赤城山には多数の方が山頂や登山口で待たれているのだろう。その気持ちに対して、初めは自分の旅なのだから、予定が変えることは自由だし、応援に駆けつけてくれた方々は自分たちの意思で来ているので、例え会えなくても仕方がない、そう思うこともあった。
 しかし、応援者などが増えるにつれて、そう思う気持ちは少なくなり、逆に申し訳ない思いが強くなった。
 今日も同じように朝早くから登って山頂で待っている方がいるだろう。しかし、そう簡単にいかないのが旅、スーパーマンのようにはいかない。でも強い日差しの中、出来るだけペースを上げた。

 午前11時に鳥居峠に到着して、昼飯を急いで流し込み、天候が午後から急変するので、ダッシュで登山口に向かったが、大沼の辺りで雷雨となり、お土産屋さんに逃げ込んだ。慌てて行かなくて良かった、とホッっとしたが、自分のことよりも、まだ山頂で待っているかもしれない人達のことが気がかりだった。
 雨足は凄みを増し、駐車場の車に雷が凄い音をたてて落ちた。

 気圧の谷はそのまま南に南下していき、一時間ほどで雷雨が収まった。完全に回復するのを待っていると、ずぶ濡れで下山されてきた方が現れた。話を伺うとやはり山頂で待っていたそうで、雷雨となり慌てて下山したそうだ。他にも山頂で待っていた方はいたが、みんな下山したと聞いて、少し安心した。

 次第に青空が出てきて、午後2時前には雷雨の前の状況まで回復していた。
 登山口に向かうと山頂で待っていた方や、登山口で待っていた方が待ち構えていた。僕の気持ちとは違い、皆さん、いい笑顔で迎えてくれた。ありがとうと、すみませんの気持ちが入り交じった。

 皆さん、無事で何よりと強く思った。足を引き留めてすみませんと言われたが、僕としては遅くなってすみません、だった。
 山頂で会えずに下山してきて、出会えなかったかたはどんな気持ちなのだろうか・・・。会えた方は「山頂では会えななかったけど、会えたから良かったぁ!」と多くの方が言う。
 遠くから来て会えなかった人もいるだろう。残念な顔や言葉を聞くと僕はただただ、謝るしかない。
 山頂には30分ほどで到着、誰もいない山頂をみてホッとした。応援者は、今後も色んな場所に駆けつけてくれることだろう。会いたい、一度見てみたいという気持ちよりも、まずは自分の身を第一優先にしてほしい。
 応援者の事故は絶対に避けたいと思っている。

投稿時間:16:29 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年07月28日 (月)

ヨーキさんの一日 (7月27日)

今日は群馬県の赤城山に登ります。

群馬県は陽希さんの第三の故郷。
アドベンチャーレースを始めて以来、アウトドアガイド業を続けながら、8年間暮らしきた土地です。

中でも赤城山には10回以上も登ったことがあるんだとか。
4ヶ月ぶりに戻ってきた故郷に、少しずつテンションが上がっていく様子が見て取れました。

実は、この一週間、梅雨明けの猛暑の為か、旅が始まって以来のスランプに陥っていた陽希さん。

前日には、20㎞ほどしか進めないという危機的状況でしたが、
この日は寒冷前線が入り、空も曇りがちで直射日光が避けられたため、
久しぶりに元気を取り戻してスタートしました。

登山道に入ると間もなく現れたのは、数百段続く急な石段
かつて観光目的で稼働していたケーブルカー軌道沿いの作業道です。

この急登に入ると、陽希さんはスイッチが入ったようにスピードを上げます。

「よっしゃー!」

と、気合を入れながらペースを上げ、猛然と登って行きました。

もちろん、付いていく我々取材班もしんどいわけですが、
一方で、元気になった陽希さんの姿を喜びながら、見ていました。


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赤城山は上の方まで車道が通っているため、
途中、大勢の応援の方に拍手で迎えられました。

一時、激しい雷雨に見舞われ、茶屋で待機を余儀なくされましたが、
1時間半ほどで雨雲も去り、無事に登山再開。

雷雨で誰もいなくなった山頂に着くと、故郷の山の眺望を
感慨深げに味わっていました。

しかし、何よりも、山頂で陽希さんを待っていた方が
雷雨に打たれていたのでは、と気遣う優しさ我々の心に沁みました。

元気を取り戻し、男らしさ見せた、赤城登山の一日でした。


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投稿時間:16:44 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年07月22日 (火)

今週のヨーキ (7/14~7/20 雲取山ー天城山)

7/14(月) 梅雨明けの予感 「雲取山・大菩薩嶺」

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 静まり返った三峯神社の本殿で、ご挨拶をしてから雲取山へ向かった。
 今日は明日の行程を少しだけラクにするために、少し無理をしても2座登る予定にした。

 まずは東京都最高峰の雲取山だ。秩父特有の杉林を登っていく。山頂までは距離はあるが、その分、緩やかに登っていくので、朝イチの体を起こすのにはちょうどいい。
 標高が上がるにつれて、植生も変化していった。徐々に奥秩父の広葉樹や、大シラビソの林や苔むした感じに変わっていった。

 途中の山荘では、とても冷たくて美味しい天然水が湧き出ていた。徐々に気温が上がり暑くなってきたので、ごくごく飲むことができ、とても助かった。山荘から山頂まではすぐで、アドベンチャーレース関係の仲間が会いに来てくれていた。彼ら以外に登山者はいなく、山頂はこの旅を応援してくれている人たちだけだった。

 平日なのに山頂まで応援に来てくれた事への感謝の気持ちで一杯だった。ゆっくり山頂で過ごしたかったが、大菩薩嶺への時間も気になっていたので、雲取山の山頂には30分位の滞在で、仲間の方々に別れを告げ、区切りの60座目となる大菩薩嶺へと向かった。
 下山は雲取山から三条の湯を経由して峠を越える長い行程で、さらに天候がよくなり、気温がどんどん上昇した。標高が下がるにつれて、暑さが厳しくなっていった。本格的な夏の到来を予感させるような感じだった。

 この日のコースは蓼科山と八ヶ岳を登った時よりも短かったが、体力的にはそのときよりも厳しい状況だった。気温が違うだけで、こうも体への負担が大きくなるとは・・・。
 予想以上のものとなり、雲取山から下山した丹波の集落から大菩薩嶺の山頂までは、本当に厳しい登山となった。前へと体を突き動かすのは、次の日の行程をラクにしたいという気持ちだけだった。

  大菩薩嶺への登山口までは、長く急な林道を登っていった。この歩きでかなり体力を消耗してしまった。暑さは厳しさを増すばかり。本格的な夏はまだこれからだ。ちょっとだけだが、真夏の到来が怖くなった。地図上の登山口に着いたが、大菩薩嶺への標識は全くなく、そこから丸川峠までも標識は全く、登山道もいくつにも分岐していたため、ここでもまた地図読みと高度計を使って慎重に登ることになった。

 丸川峠に着いたときは、心から安堵した。ヘロヘロになりながら、予定より1時間遅れで5時前に着いたときは、涙が出そうになった。そこから目的の宿には7時前に到着、食後はあまりの眠気で、なにもする気力がなくなっていた。
 今日は梅雨の影響がなくなる嬉しさと、夏の到来への少しの不安を感じながらの1日となった。明日は少しはラクになるだろう。よく頑張った!と自分の体を褒め称えたい。
 


7/15(火) 久しぶりの移動日

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今日は百名山に登らない移動日。これは富山の立山以来である。舗装路歩きでは5月29日以来となった。昨日のハードな行程で体の疲労が大きかったので、朝は今までよりも2時間遅く出発することにした。

 天気予報では、昨日よりも暑くなるみたいだったが、移動日と言っても標高1600mの峠越えもあり、比較的高所を歩くのでそれほど暑くならないだろうと、勝手な予想をしていたが、その予想は見事に外れた。
 日差しが強くなるにつれて湿度も高くなり、蒸し暑くなった。さらに風がほとんど吹かなかったので、暑さはさらに強くなった。昨日よりもペースを落としてゆっくり歩いたが、汗が吹き出していた。

 午前11時前に今日の最大の難所に到着した。約3キロの新笹子トンネルだ。関東と甲州を結ぶ甲州街道のため、大型トラックが多く、交通量もかなりある。そして、トンネル内は狭く、もちろん歩道なんてあるわけがない。歩道がない上に路肩が30センチほどしかないため、人がこのトンネルを通過するには、車道に出てしまう。

 トンネル内は薄暗く、一応「歩行者通行中注意」という、電工掲示板が設けてあるが、ほとんどのドライバーは、このトンネルを歩く人がいるとは思ってもいないだろう。そのため、すれすれを通過していく。対向車が来て、後ろからトラックが来ているときが一番緊張した。

 山陰地方のトンネルで、トラックに轢かれそうになったときのことが頭をよぎった。この旅で一番危険なのは、山や海よりも道路を歩いている時だと僕は日々思っている。自分が気を付けていても相手の不注意で事故に遭ってしまう可能性の方が、山よりも確率は高いだろう。
 早く抜けたい一心で、トンネルを走り続けた。トンネル内は蒸し暑かったが、暑さの汗より、恐怖による汗の方が多かった。無事にトンネルを抜けたときにようやく生きた心地がした。

 それからさらに気温が上がり、峠越えの登山口へと向かった。峠は2時間くらいで越えることができ、再び交通量の多い国道へと出た。懐かしい河口湖に午後5時頃到着したが、次に登る富士山は雲の中だった。明日の朝、綺麗な富士山が見られることを期待して、富士吉田の市内へと向かった。

 商店街の路地にひっそりと構えるユースホステルが、今夜の宿泊地となった。宿泊者の8割が、海外からの旅行者だというここのユースホステルは、昔の雰囲気をそのまま残し、多くの海外からの旅行者に日本の文化を伝えている場所だった。30年以上宿を守っている女将さんの笑顔と雰囲気だけで、ここに泊まった価値は十分だった。
 僕好みの熱い湯に浸かり、この日の汗を流した。明日はいよいよ日本人なら一度は登りたい山に登る。
 


 7/16(水) Mt.FUJI 「富士山」

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いよいよ日本の最高峰に登頂する日がやって来た。昨年「世界遺産」に登録されたため、今年のMt.FUJIは国内外から多くの人で賑わうはずだ。きっと登山道は渋滞するだろうと覚悟した。快適なユースホステルを午前5時前に出発。0合目となる浅間神社に向かった。

 商店街の奥には、すみきった青空の中にくっきりとMt.FUJIを見ることができた。思い返せば、初めてMt.FUJIが見えたのは荒島岳の山頂からだった。1ミリにも満たないサイズだったMt.FUJIは、約2ヶ月で目の前いっぱいに広がるサイズとなった。あれから、もうこんなに歩いてきたのかと、感慨深くMt.FUJIを見上げた。 

 0合目となる浅間神社で、登る前の挨拶をすませて、富士吉田口を目指した。約10キロの緩やかな登り坂の舗装路を快調に走る。浅間神社から1時間ほどで、登山口の馬返しに到着、平日なのに、登山口には多くの車が止まっていた。
 馬返しでは、知り合いとの偶然の再会があったり、知り合いと山頂まで一緒に登ったりと、スゴく嬉しく、たくさんの元気をもらうことができた。ただ、四合目の手前で足を滑らせて、肩を脱臼させてしまったことは悔やまれる。今回で6度目、もう完全に癖になっている。肩がなかなか入らなかったから少し焦ったが、その思いもすぐに消え、なぜか笑っていた。思い返す度に笑いが込み上げた。

 馬返しを出発してから1時間ほどで、五合目の佐藤小屋に到着した。五合目から先は森林限界になるので、日差しが直接降り注いでくる。暑さとの戦いになるかと予想していたが、予想外にも、日差しは強いものの、風が冷たく快適だった。

 天候以上に驚いたのが、登山者の少なさだった。平日でもそれなりに他の登山者も多いだろうと予想していたのだが、六合目から先は、誰もいなかった。こんなに空いている富士山は初めてだった。佐藤小屋のご主人が、今年は登山者が少ないと言っていたのを思い出した。

 すごく快適、快調に八合目まで登ることができた。八合目から先は、五合目を朝一に出発した登山者であふれていた。それでも、賑わっている時期よりは、かなり少ない感じだった。

 九合目から山頂まではあっという間で、最後の鳥居をくぐると、富士吉田口の山頂が見えてくる。山頂には途中から先に行った知人やすでに登頂した他の登山者で賑わっていた。登頂すると同時に、やはりここでも僕の到着を待っていた方々がいて、拍手で迎えてくれた。「日本最高峰登頂、おめでとうございます!」と言っていただき、スゴく嬉しかった。

 番組を見たという方が多数いらして、写真撮影会が自然と始まった。皆さん慣れているのか、かなり手際よく撮影会が進んだ。目的地は最高峰の剣が峰だったが、折角なので休憩をしながら山頂でゆっくりした。しかし、この日の富士山は晴れているが、風がかなり強く吹いている上に標高が高いため、気温が低く、体感気温もかなり低かった。旅で体重が減った影響か、寒さに弱くなってしまったようで、すぐに体が冷えてしまい、震え出してしまった。面白いくらい手がブルブルと勝手に動いた。

 雨のアルプスの時と同じ服装になり、最高地点の剣ヶ峰に向かった。富士山に登るのは6回目だったが剣ヶ峰に行くのは今回が初めてだった。お鉢を半周して剣ヶ峰に行くのだが、飛ばされそうになるほどの強風がふいていた。御殿場口の最高峰を過ぎると、目の前に剣ヶ峰が見え、すぐ隣には、宇宙基地のような気象観測所が見えた。午後12時過ぎに、31歳で人生初、日本で一番高い所に登頂した。山頂は吉田口の最高峰よりも人は少なく、大きな気象観測所の壁のおかげで風が遮られ、穏やかで心地よかった。

 下山口となる静岡県側は、厚い雲の下で見えなかったが、遠く伊豆半島の方向には、天城山が霞んで見えた。明後日は天城山、あっという間にMt.FUJIからは遠ざかっていくんだろうと思った。しかし、またどこかの山頂からMt.FUJIを見つけることができる気がした。なんたって日本一ですから!その後、山頂から約7時間後に目的地の裾野駅に到着して、Mt.FUJIの1日が終わった。
 


7/17(木) 驚きの500メートルおきの訪問者

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今日は伊豆に入る。明日登る天城山に向けて、伊豆半島をひたすら南下する。暑さは昨日よりも増すようだ。今までは舗装路は走ることが多かったが、30度を越える炎天下ではそうはいかなくなってくる。1日中、日差しを浴び続けるので、今まで以上にペースや移動距離が落ちて、しかも体への負担は大きいだろう。ただひたすら同じペースで歩き続けるしかない。

 歩き初めて三島大社に近づくと、前方から手を振る人が現れた。近くに来て「よーきさんですか?」と訪ねてきた。どうやらテレビを見て、応援に駆けつけてくれた地元の方だった。その後、ルートとなる国道を歩いていると、前方で僕の通過を待っている方々がどんどん現れた。時には追い越しざまに車の中から「よーきさん、頑張ってー!」、「応援してます!」などと声が飛んできた。それ以上に驚いたのが、待ち構えている方々の多さだった。スゴいときには500メートルおきに会った。

 山に登らない日に、こんなに多くの方と会うとは想像もしていなかった。今日はテレビを見て会いに来てくれた方が今までで一番多い日となった。これから関東に入るとどうなるのか、いまから想像がつかない。 


7/18(金) コースタイム 「天城山」

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朝起きると、下半身の力がほとんど入らなかった。「来たかぁ。」 昨日の素晴らしい施術は、見事にアルプスからの1ヶ月半の蓄積された疲労を解き放ってくれたが、今までで一番の揉み返しを体験していた。ちっとも下半身に力が入らず、思い通りに足を動かすことができなかった。笑っちゃうくらいだ。でも笑う顔にさえ、力が入らなかった。

 朝6時に宿を出発したが、登山口の入り口までの10キロが、3時間以上かかってしまった。なかなかペースが上がらず、下山までにかなりの時間がかかってしまう予感がした。登山道に入ってからはさらにひどく、あまりにも力が入らない具合に、とうとう座り込んでしまった。立ち止まると大量のブヨに襲われる始末、だから強引に歩いた。 

 八丁池に着くと、傾斜が緩やかになり、登山道も広く、綺麗なブナ林をのんびり歩くことができた。天城山の最高峰、万三郎岳には、登山口からほぼ標準のコースタイムでようやく辿り着くことができた。この旅で一番遅いペースだったのは間違いない。午後1時過ぎに山頂に到着すると、5名の先客がいた。僕と同世代くらいの方もいて、意外と登る人がいるんだなぁ、と思った。すると、全員いっぺんに立ち上がり、拍手と「待ってました!」という言葉が聞こえてきた。どうやら全員、僕に会いに来てくれた方々だった。遠くは宮崎からいらした方もいて驚いた。

 さらに凄く嬉しかったのは、棒状のアイスを山頂までドライアイスで冷やして、ぼっかをしていただいたことだ。山頂にいた登山者が、全員応援に来てくれた方たちだったというのと、山頂でアイスを食べることが出来たことは、動かなかった下半身にかなりの元気を与えてくれた。また、八丁池から山頂までの平坦な登山道が、揉み返しで吹き出した老廃物が循環して分解することができたようで、徐々にだが、スタートの時よりも状況がよくなっている感覚があった。

 1時間ほど、山頂で応援に来てくれた方と交流することができ、凄く気分転換になり、山頂から出発するころには下半身の状態もよくなり、下山は快調に飛ばすことができた。山頂から1時間半位で下山することができ、下山口にも多くの方々が駆けつけてくれていた。体が不調なときは人と会って話ができると、凄く力をもらえる気がする。

 たまには標準コースタイムで歩くのも悪くないかもしれない。いずれにせよ自分にとっては貴重な経験になった。 


7/19(土) 2ヶ月ぶりの海抜0メートル 

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昨日の夜に伊東に着き、一夜明け、宿泊先のホテルから出ると、目の前に海が見えた。四国から和歌山にシーカヤックで上陸した以来、約2ヶ月半ぶりに海抜0メートルまで戻ってきた。

 久しぶりの海は静かで、伊東の海岸は三連休初日が海開きのようだった。まだ梅雨が明けきらない曇り空の下、元気に海ではしゃぐ家族の姿があった。この旅では本当に海に出ることが少ない。今日から再び、海に触れるのは青森の竜飛岬に着いた時だ。

 次に見る海は、僕の目にどう写るか楽しみだ。さぁ、山へ戻ろう。   


7/20(日) 声援と実感

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この旅の模様がNHKBSで放送されてから、僕の旅を注目してくれる人の数が増えているのを強く実感する。その勢いは、放送回数を重ねるたびに増えている気がする。それを最近は強く感じる。

 放送前の出会いは、自分からアクションを起こすことで、出会いの波紋が出来ていた。その波紋が更に広がり、時にはあたかも最初からシナリオがあったような偶然とは思えない出会いもあった。その度に驚き、感動し、喜びを得てきた。

 だが、今はそれが逆となり番組を観ていただいた方々がアクションを起こして、波紋を作っている。正直、当初は戸惑いの方が多かった。以前は旅先で宿泊地を探していると、イイつながりから自宅へ泊めさせていただけたこともあったが、今は凄いことに「是非、泊まってください。」というビックリするようなお言葉を頂く。旅先でタイミングよくそのようなお言葉をいただいたら、お願いします。と即答してしまいそうな自分がいる。 

 応援で駆けつけてきてくれる方々から、「スゴいね~。」「大変だね~。」「パワーを下さい。」「勇気をもらいました!」など自分自身、信じられない言葉ばかりを頂いて、この旅がこんなにも大きな反響を与えていることをようやく実感してきた。自分自身、好きなこと、やりたいことを思いっきりやらせていただいているだけ。面白そうと思って考えた旅が人から称賛されるほどではない、と今も感じている。この旅を通して、自分自身が誇れるものを得ることが出来た時には、今は実感できないことも、出来るようになるだろう。

 僕は自分自身がやりたいと思ったことに対して、全力で打ち込むことが一番大切なことだと感じている。さぁ、明日は初めての交流イベント。何人の方々が朝早くから会いに来てくるだろう。楽しみだ!! 

投稿時間:19:12 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年07月22日 (火)

ヨーキさんの一日 (7月16日)

今日は待望の富士山です。

日本一の山だけに思い入れは強く、富士吉田市の冨士浅間神社でお参りし
馬返しを経て、1合目から山頂を目指しました。

朝4時30分に宿を出発した後、登り坂を快調に走っていた陽希さんでしたが、
なんと3合目手前でアクシデントに見舞われてしまいます。

「ドン!」という鈍い音がしたかと思うと、陽希さんがうめき声を上げ始めました。

なんと、木の上に置いた足を滑らせ左肩を外してしまったのです。

脱臼が癖になっていた部位だったため、すぐさま肩を入れますが、その後は痛みの残る腕を吊っての登山

それでも痛々しい風ではなく、力強くさえ見えたのが、さすが陽希さんらしい光景でした。


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山頂の久須志神社に着いた時には大勢の登山者の方から登頂を祝福され
ケガを忘れるほど元気を取り戻した陽希さん。

ものすごい強風の中、時折、耐風姿勢を取りながら、日本最高地点の剣ヶ峰(3776m)に到達。


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眼下に広がる雲海と、崇高な頂きに感動を隠し切れない様子でした。

同時に、富士山はこの旅最後の3000m峰

歓びの中にも、わずかに寂しげな目をしていた瞬間を、私たちは見逃しませんでした。

それを見せまいと、「次は天城山だ!」と自分を鼓舞する陽希さんが、とてもかっこよく映りました。


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投稿時間:15:24 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年07月15日 (火)

ヨーキさんの一日(7月8日)

日の出とともに白樺湖を出た陽希さん。今日は蓼科山八ヶ岳に登ります。

この日は、梅雨による予定の遅れを取り戻そうと、標準コースタイム22時間弱の行程

陽希さん、車道は走り、登山道ではいつもより更に速いペースで歩いていました。

かなりのスピードに、取材班もついていくのがやっと。大変な一日となりました。

出発して初めて休憩を入れたのが、コースタイムで10時間半ほど進んだ黒百合平

北八ヶ岳の美しい樹林帯にあるオアシスのようなところです。

山小屋で買ったコーラを飲み干し、「きれいだなあ」と一言。

さすがアドベンチャーレーサー、すごいペースで歩いてきても、景色を楽しむ余裕があるんです! 

そして休憩もそこそこに、すぐさま先の行程を地図でチェック。隙のない動きに敬服しました。


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黒百合平の山小屋前で地図を見る陽希さん


そこから天狗岳に登り、更に八ヶ岳の南部の険しい岩場を南下

あっという間に八ヶ岳最高峰の赤岳に登ってしまいました。

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赤岳山頂(2899m)にて

残念ながら山頂は雲に覆われていましたが、応援に駆け付けてくださった方にもお会いし、
陽希さんは八ヶ岳を満喫した様子でした。

しかし、下山後、接近する台風8号を警戒し、野辺山で停滞することに・・・。

長時間頑張ったにもかかわらず、再び行程の遅れを余儀なくされてしまいました。

この後は奥秩父。再びトレーニングのような長時間行動の日々が続きそうです。

投稿時間:15:55 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年07月15日 (火)

今週のヨーキ!(7/7~7/13 霧が峰-両神山)

7/7(月) 大雨のなかのサプライズ 「霧が峰」 
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 テントの中で目を覚ますと、外は雨。今日の行程は車山から蓼科山を登り、渋の湯まで行く、かなり長丁場となる予定だったが…天気が回復しなければ、予定を変更しなくてはならない。

 雨が弱まるのを1時間ほど待ったが、回復の兆しがなかったので、回復をあきらめて雨が降る中、車山山頂を目指した。ニッコウキスゲが咲くことでも知られる八島ヶ原沿いの木道を歩いたが、濃い霧に包まれ、真っ白だった。だが、静かな湿原は心を穏やかにしてくれた。車山に近づくにつれて雨風が強くなっていった。

 今日は月曜日。朝早く、悪天候という理由から、さすがに山頂には人はいないだろうと思っていた。しかし、山頂に出発から1時間ほどで到着して「ついたぁ~」と叫んでいると、濃い霧の中から人影が現れた!

 まさかとは思ったが、本当にこんな日に登っている方がいるんだなぁと感心していると、「田中さんですか?」と話し掛けられた。一瞬耳を疑ったが「はい!」と返事をすると、「良かったぁ、会えたぁ!」と声が返ってきた。こんな日にわざわざ応援に駆けつけてくれたことだけでも、すごく驚いたが、さらに驚きが続いた。

 1つ目は広島の福山市から旅行を兼ねて会いに来てくれたこと、2つ目は悪天候にも関わらず、一歳に満たない赤ちゃんがおかあさんに抱っこされていたこと、さらに七夕ということで短冊をプレゼントされたことだった。

 4月末に福山市を通過したときに、夜中に疲労困憊で倒れ込んだバス停の近くに住んでいて、生まれたばかりの赤ちゃんを僕に会わせたかったと言っていただいたことがあった。自分がやっていることが小さな命にまで、影響を与えていることを感じて、嬉しい気持ちとともに、自分だけの旅ではなく、すでに多くの責任を背負って旅をしていることを実感した。

 それもあってか、蓼科山に行くかどうか、かなり悩んだ。天気が良ければ山頂でお話をゆっくりしたかったが、雨足がさらに強くなったのと、赤ちゃんのことが心配になり、早く温かい場所に行ってほしかったため、わずかな時間だったが山頂をあとにした。

 その後、白樺湖まで下山して、早めの昼食をとりながら午後の天気予報を詳しく調べ、明日以降の天気や宿泊地、心身の調子など様々なことを考慮して、今日は蓼科山をあきらめ、白樺湖に停滞することにした。

 白樺湖で美味しいと有名な蕎麦屋さんで昼食を食べていたのだが、蕎麦屋さんが宿もやっていることを知って、白樺湖で停滞する決め手となった。本当にいい出会いができていることに感謝した。明日は朝から晴れることを期待して、夜が更けていった。

 



7/8(火) 超特急 「蓼科山・八ヶ岳」
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 久しぶりに夜が明ける前の出発になった。薄暗い白樺湖は静寂に包まれていた。昨晩の豪雨が嘘のように晴れ渡っていた。

 今日は美しい山々の景色が望めそうだ。前日登る予定だった蓼科山と八ヶ岳連峰の縦走という、コースタイムが20時間を越える長丁場となるのと、天気予報で夕方から雷雨になるという情報があったため、いつもよりも焦る。

 それでも、今までのように歩き通しては目標の午後5時に目的地の野辺山にたどり着くことができないだろうと予想したので、行程の6割以上は走り続けた。歩きでも場所によってはコースタイムの3割のペースで歩いた。まさにスピードを追求した登山である。

 今まで以上に常に時間をチェックしながら歩き、いくつかの通過地点で細かくタイムマネジメントを行い、目標の時間設定を常に計算した。旅の前の登山スタイルに戻ったような感じだった。客観的に見ればトレイルランナーと同じように映っただろう。

 蓼科山の山頂には出発から2時間ほどで到着した。山頂で、濃い霧の中から僕の名前が大きく書かれた横断幕を広げて、頑張ってください!と大きな声で声援を頂いた。寒い中、わざわざ会いに来てくれたことと手作りの横断幕で応援をしていただき、感激した。

 ゆっくりとお話をしたい気持ちを抑え、到着して20分後には下山。無事に八ヶ岳まで登頂して野辺山まで行くことを優先した。台風が来る前に、1日でも早く八ヶ岳を登りたかった気持ちが強く、焦りの原因にもなっていた。

 蓼科山は、八ヶ岳を登る前のウォーミングアップのような感じになってしまった。複雑な別荘地を抜けて、9時半過ぎには北八ヶ岳の登山口の渋の湯に着いて、休まずすぐに登った。

 天気がもってくれることを願い、入山。稜線までの樹林帯は苔むしていて、とても雰囲気がよく、気持ちが和んだ。北八ヶ岳の稜線はとても歩きやすく、走り続けることができた。途中の硫黄岳では120人の中学生の登山研修に遭遇。元気な挨拶が続いた。

 硫黄岳以降は山の感じが変わり、岩場や鎖場が続いた。横岳から赤岳までの稜線は本当に険しい場所が続いた。

 盟主・赤岳には朝出発してから8時間弱の午後2時に予定通り登頂した。八ヶ岳からすぐに下山するのが少し名残惜しかった。

 下山も十分に気をつけて急いだ。下山口まできたあとに夕立に見舞われたが、すぐに止んでくれた。かなりのスピードで白樺湖から2座を登って、野辺山まで来ることができたが、今後の登山でも、遅れを取り戻すためのスピード登山になってしまう可能性があるが、これは極力少なくしたい。まもなく長かった長野県ともお別れとなる。台風の情報を慎重に見極めて、スケジュールを決めたい。

 



7/9(水) 台風停滞1日目
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 急遽、野辺山に3日間の停滞と判断したが、今日は絶好の登山日和というほど、朝から晴れ渡っていた。ただ、午後から天気が崩れることを考えれば、嵐の前の静けさのような感じだろう。連休は、アルプス前に飯田で休んだ以来だった。まぁ、いい休養だと思ってゆっくり過ごした。

 



7/10(木) 百名山上半期50座
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 今日は悪天候のなかの休養日ということで、特にすることはない。
 
 これまでの山を振り返ってみた。
 

宮ノ浦岳 「異世界」

開聞岳 「町に恵みをもたらす山」

霧島山 「火星探査」

祖母山 「九州一山深い」

阿蘇山 「守り継がれる伝統の山(野焼き)」

九重山 「九州の代表」

大山 「多くの人にとっての故郷の山」

石鎚山 「四国を一望、念願の展望」

剣山 「旅初の御来光」

大峰山 「美しいシラビソと世界遺産の古道」

大台ヶ原 「360度、山・山・山」

伊吹山 「反りたつ壁と採石により削られる山肌」

荒島岳 「いい山、一度は登った方がいい山」

白山 「初の雪山、慎重な登山、下山後疲労困憊」

恵那山 「山頂まで森林、南アルプスへの緊張感」

光岳 「緊張のアルプス」

聖岳 「3000メートル峰一座目」

赤石岳 「緊張の雪渓直登からの人生最高の景色を見つめて」

荒川岳 「バリエーションルートからの山頂でヘトヘト」

塩見岳 「南アルプスの中心を感じて」

間ノ岳 「日本3位の山、穏やかな時間を過ごした。」

北岳 「南アルプスの雄、30歳最後の山」

鳳凰山 「濃い霧に包まれて静寂の山」

甲斐駒ヶ岳 「本格的な梅雨入りの中で」

仙丈ヶ岳 「思い出の地、一度に日本のベスト3を眺めて、緊張の南アルプス最後の山」

空木岳 「標高差2000メートルを一気に、激坂に耐え忍ぶ」

木曽駒ヶ岳 「360度の雲海」

御嶽山 「激しい風雨とホワイトアウトからの生還」

乗鞍岳 「連日の標高差2000メートル、我慢の登山」

焼岳 「どしゃ降りを乗り越えて北アルプス入り」

穂高岳 「これぞ北アルプス、最高の景色」

常念岳 「穏やかな稜線と穂高連峰に見とれて」

槍ヶ岳 「カッコいい山の代表」

笠ヶ岳 「登って初めてわかる笠ヶ岳の良さ」

鷲羽岳 「北アルプスの懐」

水晶岳 「北アルプスの中心を実感」

黒部五郎岳 「視界10メートルの先の山頂、美しいカールは次回また」

薬師岳 「3回目の山頂は一番厳しい環境のなかでの登頂」

劔岳 「緊張の登頂を忘れさせてくれた山頂からの絶景」

立山 「黒部湖を見下ろして、旅の核心に想いを馳せる」

鹿島槍ヶ岳 「美しい爺ヶ岳からの眺め、かわいい耳の双二峰」

五竜岳 「後立山連峰の難所を越えたあとのご褒美」

白馬岳 「日本アルプス一ヶ月間の戦いに終演」

雨飾山 「険しい急登の果てに突然現れた山頂」

火打山 「名前からは想像のつかない綺麗な山、のんびり山を堪能したくなる雰囲気の山」

妙高山 「火打山とは対照的な山、山頂直下の激坂を乗り越える価値のある山」

高妻山 「険しい行場の奥にある凛々しい山、山頂からのアルプス、上越の山々の景色が素晴らしい」

草津白根山 「八合目は万座温泉、火山活動に負けずにけなげに咲くコマクサ」

四阿山 「悪天候と疲労困憊の体との対話、記憶があまりない山」

浅間山 「折り返しの50座、友達と来たくなる山」
 

 以上、50座でした。

 



7/11(金) 台風一過 「瑞牆山」
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 朝起きると台風が過ぎ去ったことを確信できるほどに、夏空が広がっていた。台風が過ぎ去るのを野辺山でじっと2日間待っていた甲斐があった。最高の登山日和だ。レタスの生産で有名な川上村を抜けて、峠を越えると、そこは山梨県だった。着実に東日本を北上していることを実感した。

 長い林道を抜けて、55座目の瑞牆山への登山口に到着した。日差しはますます強さを増し、暑さとのたたかいにもなりそうだ。

 順調に登っていたが、腹痛で気持ちが悪くなり、山頂までの急登は我慢の連続となった。そんな状況でも、瑞牆山独特の岩質や岩の大きさに圧倒させられた。クライミングをする人が多いのか、いくつかの大きな岩にはボルトが打ち込んであった。私には全く登れる気がしない岩ばかりだったが。

 原生林が広がっていて、いたるところが苔むしていて、すごくキレイだった。暑さも気にならないほど涼しかった。

 瑞牆山の山頂は、大きな岩の集合体のようで、独特な感じだった。八ヶ岳や南アルプス、明日登る金峰山がよく見えた。

 山頂で少し休憩がとれたおかげで少し体調が回復した。宿泊予定地の金峰山小屋までは4時間ほどかかる。体調がよくなったおかげで、少しだけペースをあげることができた。

 大シラビソの林や、時々現れる特徴的な大きな岩が、景色の変化をもたらしてくれて、景色や山の雰囲気を楽しみながら歩くことができた。そのおかげで、あっという間に金峰山小屋にたどり着いた。

 小屋には午後4時半ごろ到着した。夕方、劔岳の御前小屋から見て以来の久しぶりの綺麗な夕焼けを見ることができた。小屋のご主人が、今年一番の夕焼けだ、と教えてくれた。素晴らしいタイミングと、自然の神秘に今日もまた感謝し、1日が終わった。

 



7/12(土) TVの影響 「金峰山・甲武信ヶ岳」
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 四国の剣山以来の御来光を見るために、夜が明ける前に小屋を出発した。残念ながら、金峰山山頂は濃い霧に包まれていて、日の出の瞬間は見られなかったが、時折、霧が薄くなった時に太陽が見え、後光が差したような太陽を見ることができた。昨日の夕日に続いて、神秘的な瞬間だ。今日も、なにかいいことがありそうだ。

 早朝に金峰山に登頂して、今日はもう一座、甲武信ヶ岳にも登ることにしていた。今日の宿泊地は、明日登る予定の両神山の麓にしていたので、長い1日になることが決まっていた。

 大弛小屋で休憩していると、登山に来ている方々から話し掛けられた。「今日の放送見ます」と、嬉しい言葉を頂いた。これから向かう甲武信ヶ岳も、かなりの登山者がいるだろうと予想ができた。

 大弛から甲武信ヶ岳までは12キロ、奥秩父の美しい樹林帯の中を歩き続けた。強い日差しが遮られ、アップダウンもそれほど激しくなかったので、楽しく稜線歩きをすることができた。

 3時間半ほどで、甲武信ヶ岳の山頂に到着した。山頂はすでに多くの人が登頂されていた。「着いたぁ」と声をあげると一斉に振り返り、「あっ、来たぁ!」という声が聞こえた。山頂にいたほとんどの人が僕の旅のことを知っているようだった。

 息つく間もなく、写真撮影が始まった。ほとんどの方が偶然遭遇した感じだったが、数人の方は、わざわざ僕に会いに来て、差し入れをするために登ってこられた方もいて、感無量だった。心からの笑顔には不思議な力があると感じた。

 TVの反響の大きさに、時々驚くことがある。放送が進むにつれて、この反響がどこまで大きくなるか、僕自身全く想像がつかない。ただ、僕に出来ることは、最後まで旅を続けて、笑顔で旅を終えることだと、改めて強く実感した。1時間ほど山頂でゆっくりしたあと、多くの方に見送られて、山頂を後にした。明日は日曜日、今からどんな出会いが待っているか楽しみだ。

 



7/13(日) 険しく激しい両神山 「両神山」
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 谷を抜ける涼しい風のなか、宿を出発した。今日は日曜日、両神山を登る登山者も多いだろう。

 出発直後に「昨晩の放送を見て、会いに来ました」という方に声をかけられた。TVの反響に朝から驚いた。今日の行程は昨日ほどではないが、両神山を下りたあとの炎天下の舗装路歩きが待っているので、余裕綽々とはいかなそうだ。

 出発から1時間ほどで八丁峠へと登る、登山口に到着した。登山口にも応援に来てくれた方が待っていた。今日は何人の方と会うことになるだろう。

 両神山には今回で四度目となるが、八丁峠から両神山に登るルートは初めてだ。鎖場が多く、険しい道のりということは以前から聞いていたし、地図から読み取ることもできた。八丁峠まで上がり、稜線に出るとすでに険しい稜線歩きを予感させる細い岩稜が始まっていた。

 間もなくして鎖場現れ、山頂までの長い難所が始まった。長いものから短いものまで数えると20箇所近くの鎖場が山頂までに待ち構えている。旅で痩せてしまった上半身には堪える鎖場となった。

 長い場所では10メートル近いところもあり「岩登りは上半身じゃなく、下半身で登るんだ。」とぶつぶつ言いながら登った。登りよりも下りの鎖場の方が危険性が高いので、山頂に着くまでは緊張の連続だった。遠くから見た両神山は、ノコギリのようにギザギザした山並み。まさにそのギザギザした部分を歩いたのだが、見たまんまの険しさである。山頂まで残りわずかのところで思いがけない出会いとサプライズが待っていた。

 下を向きながら黙々と登っていると前方から「いたぁ~!会えたぁ~!」の声が聞こえた。パッと顔をあげると、男女の登山者が、どうやら僕に会うために、週の唯一の休みを使って、わざわざ会いに来てくれたようだ。おもむろにザックの中から取り出した、発泡スチロールの中から出てきたのは、なんと!!アイスだった。

 さらにカツ丼のおにぎりまで出てきた。

 驚きと嬉しさと、こんな素晴らしいサプライズを山頂まで来てしていただける原動力はなんなのか?と不思議に感じた。今までにお会いした方々からも、パワーや元気、勇気をいただいています、というお言葉をいただいてきたが、嬉しくも少しだけ複雑な気持ちだった。

 僕は、自分がやりたいと思ったことに全力で取り組んで楽しんでいるだけ、この先もその姿勢は変わらないと思うが、ここまで多くの人に影響を与えていることに、今でも驚きと喜び、戸惑いが混在している。

 出発から約4時間で、山頂に到着した。山頂では、予想通り多くの登山者が、反対側の登山道を登られてきていた。途中でお会いした方の他にも、僕に会いに登られてきた方や、偶然だった方などから暖かいお言葉を頂いた。皆さんに共通して、スゴく嬉しそうないい笑顔をしてくれるので、僕も自然と笑顔が出て、元気をいただくことができた。

 山頂で1時間ほど滞在してから下山を開始した。梵天尾根を下りたのだが、アップダウンが激しく、道も不明瞭な上に標識も朽ちていたりして、なかなかの登山道だった。途中、脇道もいくつかあるので、地図読みができた方が安心だろう。激しいアップダウンの末に、最後は急斜面の下りが待っていた。標高差800メートル近くを一気にかけ下りることになったが、この下りで大腿四頭筋が悲鳴を上げた。両神山は、登りも下りも険しすぎる山だった!

 下山後、宿泊地に到着するまでにも、たくさんの方が駆けつけてくれて、嬉しい出会いをすることができた。

投稿時間:14:42 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年07月08日 (火)

ヨーキさんの一日(7月1日)

先週、白馬岳から無事下山し、1ヶ月にわたる日本アルプス縦断を終えたヨーキさん。

6月30日には新潟県最初の百名山・雨飾山を登った後、7月1日には頸城山塊の火打山・妙高山を目指しました。

 

スタートは標高およそ1300mの笹ヶ峰。

この日は標準コ ースタイムで20時間余りの行程を行く予定の為、出発も4時過ぎと早めに始動しました。

ヨーキさんは、アルプスの疲れを感じさせない快調なペースで、気持ちの良い木道、九十九折れの急登を通過。

あっという間に「高谷池」や「天狗の庭」などが広がる湿原に着いてしまいました。

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標高は2000mを超え、ここでようやく火打山が見えてきます。

急いで歩いてきたヨーキさんは「おー、きれいだ」と立ち止まり、束の間の写真撮影を楽しみました。

火打山が見え始めたら山頂まではひと登り。

少し勾配のきつい道を30分も登れば到着です。

 

一番高い所に立ち、時計を見るとまだ朝7時30分。

結局、5時間ほどの標準コースタイムを3時間ほど登ってしまいました。

相変わらずすごい!と思っていると、ヨーキさんが叫んだのは「腹減ったー!」の一言。

実は朝食の量が少なかったので、お腹が空いていたんです。

お腹をすかせながらのこのスピードにはすっかり参りました。

この先の行程に備え、取材班も一緒に腹ごしらえをさせていただきました。

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その後、妙高山までのコースタイムは4時間半。

ガスに包まれ、山頂はよく見えませんでしたが、急なアップダウンを繰り返して10時過ぎには妙高山の頂きへ

 

その後の行程も長いため、1時間ほどの滞在で山頂を後にした陽希さん。

山腹に広がる湿原に足を止め、「きれいだな~」と何度もシャッターを切っていました。

きっと険しいアルプスを歩いてきたからこそ感じた自然の穏やかさに、心を奪われたのでしょう。

後ろ髪を引かれるように、次なる百名山、高妻山を目指し、山を下りていきました。

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投稿時間:15:00 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年07月08日 (火)

今週のヨーキ!(6/30~7/6 雨飾山-美ヶ原)

6/30(月) 雨飾山と温泉 「雨飾山」
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 アルプスを終えて、最初の山となるのが雨飾山だ。雨飾と言うくらいだから雨にちなんだ歴史があるのだろうか。
今日の行程は休み明けではあるが、なかなかタフな内容だ。朝5時に姫川温泉を出発して、まずは登山口までの標高差700m、14kmの林道を走った。まだまだ残雪期の山を登るため、荷物は重装備だ。走るとずっしりとのし掛かってきた。

 2時間で大網登山口に到着して、その流れで登り始めた。静かな森の中に激しい急登を激しい息使いが響いた。登山口を出発してから、2時間ほどで山頂に到着。アルプスを下りてからも梅雨時期ではあったので、山頂は相変わらず真っ白だった。今日は下山してからも長い行程が残っていたので、早々に山頂を後にした。

 平日にもかかわらず、下山する方向の小谷温泉側の登山口から意外にも多くの方々が登ってきた。手軽に登れて、山頂近くには高山植物がキレイに咲いているので人気の山だ、と登ってきた方が教えてくれた。

 山頂まではわき目もふらず登ってきたが、下山時は花の写真を撮ったり、雲が晴れてきたので景色を楽しんだりしな
がら下山した。途中、宮崎県から山を登りながら旅をしている女性と出会って、この旅をテレビでみて、どこかの山で会えたらいいなー、と思っていたらしく、まさか本当に会えるとは思っていなかったのか、スゴく感動してくださり、終始興奮されていた。その笑顔に元気を頂いた。

 11時半には下山。今日の目的地は更に15km以上先の笹ヶ峰だったが、その前に無料の露天風呂の温泉があると聞いていたので、そこで山の疲れを癒やそうと入浴した。しかし、思った以上に熱かったのと、ケムシの大量発生でケムシ風呂になっていた。それでも、温泉は好きなので無視して入浴した。熱かったが、イイ湯だった。
 1時半に温泉を再出発して、わかってはいたが直ぐに汗だくになってしまった。それでもリフレッシュは出来て、足取りは軽かった。温泉はやっぱり山とセットですね!

 



7/1(火) 4ケ月目に突入 「火打山」「妙高山」

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 気がつけば季節は間もなく梅雨があけ、夏に入る。この旅も振り返れば3ヶ月が過ぎた。南アルプスに入ったのが約1ヶ月前、まだ15座だった山も1ヶ月で44座まで増えた。あと4日もすれば折り返しの50座に達する。これから約2ヶ月で青森県竜飛岬まで歩く。

 もうどのくらい歩いたかはわからないが、これから2ヶ月で3000kmは歩かなくてはいけないのは確かだ。北海道だけで約1500kmはあるので、だいたいそのくらいの距離だろう(^o^)。山の数では約3ヶ月で50座だが、距離ではまだ折り返しには来ていない。数字だけを気にし始めると旅を楽しめなくなりそうだが、やはり気になってしまう。

 今日はアルプスが終わってから初の長時間行程、約20時間のコースタイムを要する。山がほとんどでアップダウンは激しい。行程を考えて、早めの朝4時20分に笹ヶ峰を出発した。
 大学時代に合宿で登った火打山と妙高山に向かう。10年も前になるので、どんな山だったかほとんど記憶がない。トレーニングの登山だったから、山を楽しむとはいかなかったからかもしれない。なので、今日が初陣といっていいだろう。先に火打山へ向かった。

 久しぶりに朝から快晴だった。高谷池から見た火打山は、なんとも左右対称で美しい形をした山に見えた。今度は火打山だけを楽しみに来たいと思った。
 池の水に写った火打山もとても良かった。残雪がまだまだ残る状況でも、高山植物は春や初夏の訪れを告げていた。また、アルプスにしかいないと思っていた雷鳥が火打山にはいるようで、警戒心がアルプス以上にあるツガイを見ることが出来た。火打山でゆっくりしたい気持ちもあったが、先の行程を考えると足が妙高山の方に進んだ。

 火打山から妙高山までは四時間半。二つの峠を越えると、山頂までの急登が待っていた。火打山とは対照的な山で、半円の外輪山の中に溶岩の岩山がそびえていた。もともと火山だった妙高山ならではの山並みだ。今日一番の激坂を、息をあらげて登った。

 山頂につくと、一人のご婦人がいらして、百名山も二百名山も登り終えたという、すごい方だった!ちょうど今日が妙高山の山開きだと聞いて「あっ、もう7月かぁ…」と実感した。
 妙高山に着いた時には空腹でヘロヘロだったが、知り合ったご婦人からチーズを頂いて、復活した。実はアルプスを下りてから所持金が少ないことに気づき、高妻山を終えて何とか町まで下りるまでしのがなくてはいけなかったため、食料を少し切り詰めていた。十分とは言えなかったが笹ヶ峰まで戻ってきて、山荘で昼食を食べるだけのエネルギーは持つと思ったが、妙高山の急登でエネルギーを使いすぎてしまった(^_^;)少し予想が甘かった。この旅で一番の空腹だったかもしれない。

 チーズパワーで少し復活出来たので、笹ヶ峰までの下山は一気にかけおり、わずか2時間半で下りてしまった。チーズパワー恐るべし。そして山荘でたらふく食べて、復活した。今日はここでは終わらずにまだ先があり、もう一山越えて、戸隠キャンプ場までいかなくてはいけなかった。

 復活してエネルギー満タンになったから大丈夫、と信じて、山越えに出発した。山越えは意外にもサクサク進み、設備の整った戸隠キャンプ場に6時に到着した。こうして長い1日の幕を下ろすことが出来た。今日の火打山と妙高山のこの時期の1泊2日のセットもいいかもしれない。雷鳥にも出会えて、気軽に雪渓歩きもできますしね♪ 

 


7/2(水) 高妻山と戸隠そば 「高妻山」
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 朝起きると、スゴくきれいな青空が広がっていた。昨日の行程も長かったが、今日からは長い舗装路歩きが待っている。

 歯を磨きながらキャンプ場をうろうろしているとまだ5時だというのに「田中さんですか?会いに来ました♪」と突然話し掛けられた。親子でわざわざ3時に起きて、学校に行く前に小学生の息子さんを会わせたかったそうだ。親子の行動力のすごさに驚いた。子供たちにも、少なからず、なにかを感じてもらっていることを実感した。

 身支度を整えて、6時過ぎにキャンプ場を出発した。高妻山を遠くからも見たことがなかったので、山に対するイメージはまっさらだった。初めて登る山はその方がいいのかもしれない。昔から行場としての山だったようで、戸隠山と高妻山は「表行場」「裏行場」というつながりがあるようだ。

 登り始めて1時間ほどで稜線に出た。そこには「一不動」とかかれていた。高妻山山頂までは10の行場があるそうだ。髪型!?からすればまさにもってこいの登山ルートだろう。

 3番目行場で景色が開け、初めて高妻山と対面した。こんな山奥になんとも形の整った山があるのかと思うほど、富士山のように左右対称のキレイな形をした山に見えた。高妻山を良さは登らないとわからないと感じた。高妻山へと続く細い稜線を、アップダウンを繰り返しながら、歩き進んだ。

 出発から2時間半で山頂に到着すると…1週間前に歩いていた後立山連峰を見渡すことが出来た。そして、濃霧でほとんど眺めることが出来なかった白馬岳と雨飾山が見えた時は、嬉しさが込み上げた。また自然に感謝だ。

 山頂でゆっくりしたい気持ちはあったが大量のブヨに襲撃されていたので、やむなく退散することになった。ブヨから逃げるように高妻山をかけ下りて、気持ちはすでに高妻山から戸隠そばへと向かっていた。キャンプ場に戻り、キャンプ場内にある蕎麦屋を紹介していただいた。

 蕎麦屋に入ると、昼時ということもあり賑わっていた。席に着いて天ざるの大盛りを頼むと、店のおばちゃんが「ざるそば頼めば天ぷらついてきますよ♪」と言った。一瞬言っていることがわからなかったので、聞き返すと、「普通のざるでも、うちはサービスで天ぷらがつくんです♪」と説明してくれた。

 隣で先にそばを食べていたご夫婦が、「そば頼んで天ぷらがついてきたから、真剣に頼んでませんと言っちゃいましたよ」と笑って話してくれた。じゃあ、メニューの天ざるは?と疑問に感じたが、上天ざるのような感じらしいのだが…
なんとも不思議な蕎麦屋だったが、お客さんにとっては嬉しいサービスだ。始めてきたお客さんは皆、びっくりするだろう。 

 



7/3(木) 旅最長の登り坂 「草津白根山」
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 今日は群馬県に入る。目的地は草津白根山!だがそこまでの道のりは容易ではない。前日の夜に素晴らしい出会いがあり、その方の家に宿泊させていただいたため、今日のスタートは長野市豊野からになった。

 6時半お世話になった家族の方に見送られ、草津白根山へ向かった。豊野を出てすぐに、懐かしい千曲川を渡った。通勤通学でにぎわう小布施の町の中を抜けて、どんどん進んでいくと…道路の斜度もどんどん急になっていく。

 草津白根山は山頂近くまで車で行くことができる山で、手軽に登頂できる。しかし、歩きとなると草津白根山もタフな登山となる。今日も僕のなかでは、すでに登山が始まっていた。

 まずは本日の宿泊先となる万座温泉を目指す。今日のモチベーションの一つは温泉だ。万座温泉から先は一般的な登山道になるのだが、万座温泉までのながーい登りが今日の登山のヤマ場となった。この旅始まって最長となる30kmオーバーの舗装路の上り坂だ。

 スタートからゴールまでを10合で例えるなら、万座温泉は8合目位だろう。今日中に登頂できるかは、万座温泉までの上り坂にかかっていた。

 無心で、ほぼ休みなしで7時間以上歩き続けたおかげで、2時前に万座温泉に到着することができた。気持ち的には一休みしてから山頂に向かっても良かったが、緊張感を解くのも怖かったので、必要のない荷物を部屋に置いて、すぐ宿を飛び出した。

 夕方から天気が悪くなるらしく、雲行きが怪しい。しかし、止まってはいられないので、アタックした。2ヶ月ほど前から草津白根山の火山帯が活発になり、お鉢がある白根山側には立ち入り禁止となっていたため、草津白根山最高峰の本白根山に登った。当初は全面立ち入り禁止だったらしいが、お鉢には行けないが登ることができてほっとしている。 

 1時間ほどで山頂に到着、天候の影響で展望は全くなかったが、精一杯、短い夏を生きているコマクサを見て、来て良かったと思った。

 さぁ、八合目の万座温泉に戻って温泉だ♪歩かないと分からない、草津白根山の険しさを感じる1日だった。

 



7/4(金) 吹き出した疲労との格闘 「四阿山」

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 今日は出発するのをためらうほど、朝から雨が降っていた…。気持ちも体もなかなか立ち上がろうとしない。「えいやーっ!」と起き上がり、目を覚ますために温泉に入ることにした。結局、目は覚めたが温泉に入っても、気持ちも体も起き上がって来なかった。7時半に宿を気持ちだけで飛び出した。

 感情の浮き沈みもなるべく減らしながら、淡々と歩くように努めた。考え事もしないように出来るだけ脳を働かせないように、無心で歩き続けた。なので、この日登った山の印象は極めて薄かった。こんなにも脳を働かせずに歩き続けたのは久しぶりだった。そして、そうでもしないと、四阿山にたどり着けない気がした。

 出発してからどれくらいたっただろうか。あまり記憶にないくらい、歩き続けた末に、ようやく山頂たどり着いた。到着したというよりも、たどり着けた、が適切な表現だと思った。7月だが山頂は2300m以上ある上に、雨と濃霧でかなり気温は低かった。太陽を体が欲しているのをひしひしと感じていた。

 山頂にはこんな日にも関わらず、お年寄り夫婦が登りに来ていた。いつもなら話しかけるのだが、話しかける余裕さえない。もしかしたら今の自分よりもこのご夫婦の方がエネルギーに溢れているのではないかと思った。

 無心で下山し、あっという間に林道に出る。やっと我慢比べから解放されたと実感したのか、力のない笑顔が自然と出た。今日の気持ちと体が起き上がらない原因は、前日の本格的なマッサージが関係していたと思う。1ヶ月以上、動かし続けていた体がほぐされたことで、緊張の糸が切れて、疲労していた体から疲労が一気に溢れてしまったと考えられた。今までにこのような経験がなかった訳じゃないので予想はしていたが、アルプスでたまった疲労は想像以上だったということだ。だが、こんな状況でも、体を動かし続けることができて、また一ついい勉強になった。まぁ、あまりしたい経験ではないが…。

 


7/5(土) 折り返しの浅間山 「浅間山」
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 今日はいよいよ、折り返し点となる50座目の浅間山に登頂する。だがこんな日にも関わらず、どしゃ降りの天気…。僕のスケジュールにそう易々と自然は付き合ってはくれない。逆に区切りの50座だけど、それに甘んじず、先をしっかり見据え、「勝って兜の緒を締めよ」というような気持ちでいなさいと、言ってくれているのかもしれない。

 宿を出てすぐ「東京から応援に来ました!」という方に話し掛けられて、朝から元気をいただける出会いが待っていた。そのおかげか、パワーがみなぎってきて、昨日よりもかなり元気よく歩き出すことができた。

 浅間山付近の山々にこれから登ろうとする登山者を横目に見ながら、車坂峠の登山口に急いだ。週末ということもあり天気が悪いのに梅雨明けが待ちきれない登山者で賑わっていた。登山口から外輪山を経て、山頂へ、2時間弱で浅間山山頂に到着した。これでようやく50座。先ほどまで濃い霧に包まれていた山頂が晴れて、久しぶりの日差しを浴びることができた。太陽のありがたみを強く実感する瞬間だった。

 山頂には先客がいて、それも僕に会いに来るためにタイミングを合わせて、登りに来てくれた方々ばかりだった。その方たちとの交流からも力をいただくことができた。
 



7/6(日) 美ヶ原は本当に美しかった♪ 「美ヶ原」

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 日曜日の朝は強い日差しに包まれていた。今日は美ヶ原に登る。百名山の中でも「山」や「岳」がついていない山は珍しい。字のごとく美ヶ原は山というよりも高原である。初めて行く場所ではあったが、僕のイメージも山というよりも高原や放牧地だった。

 強い日差しを浴びて美ヶ原を目指した。途中で装備の変更や補充を行い、アルプスに入山前の軽さ重視の装備に戻した。これで五キロは軽くなっただろう。登山道よりもロードが多くなるため、少しでも荷物からの体への負担は減らしたい。

 スピードアップして美ヶ原へと続く上り坂を走った。途中で手打ちそばに引かれて、遅めの昼食をとった。その場所で美ヶ原までの道のりを聞くと、思わぬ情報が舞い込んできた。なんと自分の持っている地図にはない、美ヶ原まで続く歩きやすい登山道があることを教えていただいた!山頂までは舗装路しかないと思っていたから、時間も距離も短縮できる登山道はまさに朗報だった。登山道はきれいに整備されていてとても歩きやすい。沢沿いの登山道は苔むしていて、途中には大きな滝もあり、静かで涼しく気持ちのいい時間を過ごした。

 登って行くにつれて、美ヶ原のイメージがどんどん変わっていった。この登山道のおかげで本来の美ヶ原が発見できた気がする。緑鮮やかな苔むした森の中から、美ヶ原の牧場に出た瞬間の景色の変化は、なんとも言えない感動を味わえた。美ヶ原はまだまだ楽しむことが出来そうだ。

投稿時間:14:29 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


2014年07月01日 (火)

ゆかいな仲間たちブログはじめます!

みなさんはじめまして!

田中ヨーキさんの日本百名山一筆書きの旅「グレートトラバース」の番組を制作している番組スタッフのKです。

この「ゆかいな仲間たち」ブログでは、ヨーキさんに現地で密着しているスタッフの生の声を毎週お届けしたいと思っています。

4月1日から始まった、ヨーキさんの旅。7月1日で丸3ヶ月になりますが、その間、番組スタッフは毎日欠かさず密着取材をしています。

山道を歩いている時はもちろんのこと、食事時やテントの中、時には風呂の中にも、一緒に入れさせていただき、ヨーキさんの旅の様子を記録しています。

3ヶ月間一緒にいると、テレビカメラには映らない(映せない?)、ヨーキさんのちょっとお茶目な素顔アクシデントが本当にたくさんありました。

ということで、このブログでは、私たちスタッフだけが知る意外なヨーキさんの素顔や、我々スタッフの撮影裏話などをできるだけ、ご紹介していきたいと思っています。

ぜひご期待ください!

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   写真:ヨーキさんとゆかいな仲間たち@剣岳

投稿時間:15:40 | カテゴリ:今週のゆかいな仲間たち(2014) | 固定リンク


2014年07月01日 (火)

今週のヨーキ!(6/23~29/劔岳-白馬岳)

6/23(月) これが劔岳

0623_1.jpg朝起きると素晴らしくキレイな日の出を見ることができた。日の出を見るのはかなり久しぶりだった。
5時半に出発。必要な装備だけを背負い、剣沢を一気に下った。今日の行程は剣沢を標高600メートル分下り、平蔵谷の大雪渓を700メートル直登し標高を上げるルートだった。雪の状況は固からず柔らかすぎずで、ほどよい状態だ。
今日は奥穂高岳以来の最高の天気だった。北アルプスの中でも随一の岩と雪の殿堂と言われる劔岳は見事な山並みだ。昔から人を寄せ付けない雰囲気は今も感じることができた。この劔岳と後立山連峰が北アルプス最難関と言っても過言ではない。今日はしっかりと劔岳に集中する必要があった。
アップダウンの激しい行程だったが、コンディションに恵まれたお陰で、難なく3時間足らずで劔岳に登頂することができた。山頂は風もなく穏やかで、雲海がどこまでも続いていた。そのおかげで音が遮られて、とても静かな山頂が自然からのご褒美だった。今日もまた自然と応援してくれている方々に感謝した。
下山も順調に進み、これ以上ない好条件で1日を終えることができた。


6/24(火) 40座目

0624_1.jpg「うっ、寒い!」放射冷却で今朝はかなり冷え込んでいた。久しぶりに雪渓がカリカリに凍っている。歩き始めて直ぐには一時雪も舞うほどだった。「寒いではなく涼しい」と前向きにとらえながら歩いたが…体は正直だった。寒さであまり動きの悪い体をえっちらおっちら動かしながら登った。
稜線から見下ろすと室堂まだ寝静まっていた。立山には山頂が三つありその集合体を総称してこう呼ばれている。最初に登ったのが劔岳と同じ標高の富士ノ折立、同じ標高なのに全く雰囲気の違う山だ。劔岳の険しさが際立っている。
そのあと、最高峰の大汝山に足を運んだ。7年前の登頂時は多くの人で賑わっていたから全く印象が変わっている。
そして雄山に登れたことで、ようやく立山に無事に登頂したと感じた。山頂の本社でお礼をして、40座目の立山が静寂の中終わった。今日は立山登頂後の道のりが長く、この旅の核心部とも言える渡船(平ノ小屋)までの移動が残っている。
久しぶりに標高が2000メートルを切る、穏やかな湖畔歩きとなるといいなと願った。途中の黒部平までの大雪渓をシリセードしながら楽しんだり、ロープウェイに乗って立山に向かう人たちに手を振ったりしながら、初夏を感じつつ黒部平に向かった。それから人生初の黒部湖を楽しみながらの湖畔沿いのハイキングになった。まだ整備がされていないため倒木や崩落もあったが比較的快適に平ノ小屋まで歩くことができた。
明日はこの旅唯一となるであろう動力(渡船)を使って対岸に渡ることになる。


6/25(水) 渡船

0625_1.jpgこの旅で唯一動力を使う場所に到着した。旅のスタイルは人力のみで日本百名山全山を一筆書で歩きつないでいき、海上移動も人力で海峡横断をしてスタートからゴールまで全てを人力のみで繋ごうと挑んだ。だた、そのコンセプトを覆してしまう結果になるとは…。それは黒部湖を横断する渡船である。
縦走する時期や旅のスケジュール、リスクなど様々な要因で7800キロのたった500メートル足らずだが、渡船を使用するという苦渋の決断をした。簡単だから、楽だからという安易な考えで判断を下した訳ではない。旅は今までやって来たようなレースとは違い、ひとつのミス=死ということが簡単に起こりうる。旅を進める中で、さまざまな葛藤を経て、旅のスタイルを柔軟に変化させていってもいいと考えるようになった。旅でいちばん重要なのは楽しむこと、背負える無理はしても無謀するものではないと思っている。
旅を計画したときは自分の旅だったかも知れないが、スタートから今では多くの方々の応援を頂いて旅が順調に進んでいることを強く実感している。歩き続けているのは私だけだが、同じ気持ちで歩いてくれている人がたくさんいて、一緒に旅を成功させたいと願ってくれている。贅沢な旅をさせていただいている幸福者だ。
渡船を利用する判断が正しかったかどうかは分からない。理由はどうであれ、動力を使ったことは確かだ。旅にはルールがあってないようなものだが、百名山を人力のみで全山歩き繋ぐことは最後まで守り続けたい。その上で旅を思い切り楽しみ、多くのことを得ていこう。今は渡船のことを話すことができて気持ちが楽になっています。ありがとうございます。


6/26(木) 初の後立山へ

0626_2.jpg快適に夜を過ごし扇沢を出発した。約1ヶ月かかった長いアルプスも残り2日となった。最大の難所ともいえる日本アルプスが終わる実感がわいてくるが、無事に下山するまで気を抜かずに続けなくてはいけない。
今日は双耳峰の鹿島槍ヶ岳と五竜岳に登る。コースタイムは15時間強で鹿島槍から先は八峰キレットなどの険しい岩稜が続くので、細心の注意が必要となる。名前のかわいい爺ヶ岳を経由し、眺めのよい稜線を歩き続けた。爺ヶ岳から見る鹿島槍ヶ岳は猫の耳のような形をしている。好天にも恵まれて、鹿島槍ヶ岳まではかなり順調に進んだ。山頂で1時間ほど滞在し五竜へ向かった。
まもなく山の雰囲気がガラリとかわり、険しい岩稜が続く。ここが八峰キレットか!ヘルメットをしっかりと着用して通過、キレット小屋が見えたときに八峰キレットを無事に抜けることができたことがわかった。それから先もクサリ場や崩れやすいガレ場が続き、雲に隠れた五竜岳が見えず、いけどもいけども五竜岳に近づいている感じがしなかった。時間的にはコースタイムのほぼ半分、14時頃には五竜岳に到着したが、緊張が長く続くエリアではかなり疲労した。
五竜山荘で最終日明日に備えてゆっくり休んだ。


6/27(金) 後立山最難関

0627_2.jpg今日の行程は蓮華温泉まで16時間と長丁場となるが、朝起きるとあいにくの雨。それでも出発時間までに雨足が弱まることを信じ、いつものように準備をした。しかし雨足は弱まるどころか強まった。これまでの穏やかな稜線歩きとは違い、今日は後立山で最難関の「不帰の嶮」。クサリ場やハシゴが連続する岩稜を歩くことになっていたので、慎重な判断で天候の回復を待ってから出発することにした。
出発時間が遅れ予定を変更せざるを得なくなり、目的地を蓮華温泉から白馬山荘に変更した。
焦った気持ちで不帰の嶮を通過したくない気持ちが強かったためだ。予定より3時間遅れて五竜山荘を出発した。雨は上がっていたが…辺りは真っ白の状態で。唐松山荘で「不帰の嶮にはまだ雪渓が残っている」と教えてもらい緊張感が高まった。唐松岳を経由して、いよいよ足を踏み入れる。
天候が急に回復してくれたため、緊張感も少しずつやわらいだ。心配していた雪渓もかなり溶けていて問題ない。
それでも気を抜くことはしなかった。アルプスも残り2日、無事に蓮華温泉につくまでは緊張感を緩めてはいけないと自分自身に言い聞かせた。
1時間ほどで難所を通過。天候は完全に回復していた。
その後は、天狗山荘で休憩して白馬三山の「鑓ヶ岳」と「杓子岳」に登頂して、午後4時に白馬山荘に到着した。山荘に到着すると雨が降りだした。なんというナイスタイミング。山荘は100年以上の歴史があり日本最大の規模を誇る。偶然のなりゆきとはいえ一度は泊まってみたい山荘に泊まることができた。


6/28(土) アルプス最後の白馬岳

0628_2.jpg白馬岳ではご来光が見られたらと思い、4時に起きたが外はあいにくガスに包まれていた。自然は人の気持ちとは裏腹だと思ったが…もう少し休みなさいと言ってくれているのだと自分に言い聞かせる。
おかげで余計に1時間寝ることが出来た♪6時半に白馬山荘を出発し、7時前にアルプス最後の白馬岳に登頂した。相変わらずガスに包まれていて景色を見ることは出来なかったが、山頂に到着した事実だけでも十分だ。自然と涙が出てきた。南アルプスに入山してから約1ヶ月間、初めは無事にここまでたどり着けるとは、正直自信はなかった。
だが、常に最悪の状況を考えながら絶対にそうならないように一日一日に集中してきた積み重でいまがあると思う。
振り返れば長く険しい道のりだった1ヶ月だった。それを感じさせなかったのは自然の力のおかげだと感じている。多くの時間を費やしたが、アルプスはこの旅の一番のヤマ場であり、必要な時間だったと思う。
山や自然と向き合い続ける毎日が本当に贅沢だった。
まだ43座目、涙を流し思いに耽る場合ではない。登頂してから余韻にひたってから、下山を開始した。ありがとうアルプス。


6/29(日) 自然の恩恵に感謝

0629_1.jpgスタートしてもうすぐ3ヶ月が経つということで旅をすこし振り返ってみたいと思う。これまで順調に進められている理由の一つは自然の力だと実感している。まず天気があげられる。季節的なものもあるが序盤の4月はわずか3日しか雨に降られていない。本当にラッキーだ。そして季節の移り変わりを感じることで安らぎが得られている。この他にも動植物に触れるなどして、自然からパワーをもらっている気がする。
風の音や感触、太陽の温もり、虫や鳥の声、川や沢の音、雲の模様、色とりどりの木々や草花、気温や湿度雪や雨の存在など本当に様々な自然を感じ、助けられ、感謝をして歩き続けている。お礼のつもりではないが毎回山に登る時は登山道などに落ちている私たち人間が残していったゴミを拾うように心がけている。初めは1個2個だったが、その内数が増えていき、一日一善ではなく自分の中で一日十善を心がけるようになった。これも自然の力がそうさせてくれているのかもしれない。この先も自然の力に感謝しつつ、どんなことを考えさせてくれるか楽しみだ。本日は疲労回復のため完全休養をとることにしました。

投稿時間:15:23 | カテゴリ:今週のヨーキさん(2014) | 固定リンク


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