4月28日(土)
現在、対馬の厳原港に滞在しています。道路を歩いていて、誰かとすれ違うたびに気持ちよくあいさつをしてくれる場所が今までに旅した場所の中には数多くありました。先週、鹿児島県の薩摩硫黄島(さつまいおうじま)という人口150人ほどの小さな島を訪ねましたが、この小さな島では皆さんが気持ちよくあいさつをしてくれました。特に気持良くうれしく感じたのは、中学生くらいの子どもたちのあいさつでした。島の方にとても気持ちいの良いあいさつですねと伝えると、子どもたちには相手があいさつしなくてもしっかりとあいさつをしなさいと教育しているそうで、おほめの言葉を子どもたちに伝えますと言ってくださいました。この子たちは、この先どのように成長していってくれるのだろうか。でもこれだけ気持ちよくあいさつができる人間であればきっと立派に成長してくれるだろうと、とてもたのもしく感じました。対馬の厳原から韓国のプサンまでのヨットレースがあり29日(日)の午前11時に厳原をスタートします。
オランダ、アメリカの仲間のヨット、そして北海道からこのレースに参加するため対馬まできてくれた私の仲間とともにシーガルも参加します。レースの後、一週間ほどプサンに滞在する予定です。
4月14日(土)
4日に小笠原諸島の父島を離れ、種子島を経由して13日に屋久島へ入港し滞在中です。ここまでの3年と3ケ月間の旅、航海の中での気象、海象のワースト3は日本の銚子から小笠原へ向かった時、アフリカの東海岸を南下した時、そして今回の小笠原から種子島への航海でした。やはり日本の近海は厳しい気象条件であると言えるでしょう。屋久島にやってきて日本を離れて以来ずっと頭に描いていた夢を実現することができました。3年3ケ月ぶりにお風呂に入ることができました。驚かないでください、シャワーは毎日ちゃんと浴びていました。今これからお風呂に入ることができるぞという感動の瞬間がやってきました。しかし随分と久しぶりの入浴で少しぎこちないです。ええと、まずは体を流してからと考えながらの行動です。そしてとうとう浴そうに入る瞬間がやってきました。まず右足をくるぶしあたりまで、お湯の中にいれ、そして全身をお湯の中に。何と気持ちが良いのでしょうか、ハーという声が止まりません。ハーと声をだして頭の中で何て気持ちがいいんだろう。ハー幸せ。ハーこれが夢だったんだ。ハー日本人は何て幸せなんだ。私がお風呂に入ることができなかった3年3ケ月の間、日本の皆さんは毎日これを楽しんでいたのかなどと考えながら、まだ夕方の早い時間のお風呂を私一人でひとりじめにして楽しみました。この後、九州の西岸を北上し4月下旬に韓国のプサンへ向かう予定です。
3月31日(土)
小笠原諸島の父島に滞在中です。マーシャル諸島のマジュロに滞在中、日本に行ったら桜の花の下で花見をしようと、現在ここにいっしょに停泊している3艇で計画しました。私自身もこの3年間、日本へもどったら夜桜の下での花見、そして温泉と思いをあたためていました。そろそろ早く九州へ向かわなければ桜前線に置いてきぼりをくらってしまいそうになってきましたが、周期的に低気圧がやってきてなかなか出港のタイミングがつかめません、そろそろあせりだしてきています。およそ3年ぶりの小笠原は世界自然遺産に登録され、少し変わっていました。小笠原諸島へ行くための唯一の交通手段はフェリーの小笠原丸になります。3年前、この時期のフェリーにはそれほど多くのお客さんは乗船していませんでしたが、現在は毎回ほぼ満席状態。その他にもクルーズ客船がたくさんのお客さんを乗せてつぎつぎと入港してくるので、船が入港すると父島の人口は一気にふくれ上がりにぎやかになります。しかし、これらの船が出港していくと一気に以前のような静かな島。現在、父島にはこのような二つの姿があるように思えますが、私はやはり美しい自然の中の静かで落ち着いた以前のままの父島であってほしいと願っています。
3月17日(土)
グアム島ではヨットクラブのメンバーと3年ぶりでの再会、そして3月6日に日本の小笠原諸島へ向けアメリカの友人のヨットとともにグアム島を離れました。マーシャル諸島から直接小笠原諸島へ向かったオランダの友人のヨットは、すでに小笠原諸島の父島へ到着していました。航海中はこの3艇のヨットでの無線交信を行っています。アメリカの友人が一足先に到着している
オランダの友人に小笠原はどんな感じの場所?とたずねると、とても美しい自然ときれいな町そしてとても親切で良い人たちばかりと少し興奮気味に伝えてきました。アメリカの友人から今までに訪ねた場所ではどこみたいな感じ?とたずねると、今までに訪ねたどの場所とも全然違うんだと伝えてきました。アメリカの友人は一体どんなイメージを造っているだろうかと想像しながら日本人の一人としてとてもうれしく感じました。
小笠原諸島の父島への入港も3年ぶりです。3年前に小笠原を出港したときには多くの方たちが岸壁からそして海上にまで繰り出して見送りをしてくれ感動しながら日本を離れました。
15日の朝、地球を一周して3年ぶりに小笠原にもどってきました。夜が明けてくるのを待ってゆっくりと静かに父島の港へ入港しました。3年前に見送ってくださった方たちにはこの日の入港を伝えてはいませんでした、しかしまだ夜も明けきらない早朝の岸壁に誰かの人影が見えます。岸壁に近づいていくと「お帰りなさい」と聞こえてきました。オランダの友人はまだヨットの中でお休み中のようでしたが、すっかり心があつくなってしまいました。こうして3年ぶりに日本の地を踏みました。
2月25日(土)
2月14日にマーシャル諸島のマジュロを出港しました。およそ3ケ月間滞在した地から離れるとなると、かなり寂しく感じるものです。シーガルの4日前にオランダの友人のヨットがマジュロの西150マイルにあるアイリン ラプラプ環礁へ向けて出港しました。彼はこの環礁に2週間ほど滞在し、たった一人でカイトサーフィンを楽しんだ後、まっすぐ小笠原諸島の父島へ向かう予定なので、父島でまた再会しようと約束してマジュロを一足先に離れていきました。無線で彼から、アイリンラプラプ環礁に寄らないかと言われましたが、日も落ちてしまいもうすぐまっ暗になってしまうから、シーガルはこのまままっすぐグアムへ向かうことにするよ、じゃ父島で会おうと交わし無線交信を終えました。彼も一人でヨットの旅を続けていますが、すでに南極へも旅してきたそうです。そして日本へ滞在した後はアラスカから北極海を抜けてグリーンランドへ向かう予定だそうで、オーロラを見ることをとても楽しみにしています。冒険にも近い旅といえるのではないでしょうか。自然の厳しさと美しさ、すべてを知りつくしていなければできえない旅だと思います。
シーガルは27日(月)にグアム島へ入港の予定です。2008年12月に北海道を出港した後、最初に入港した異国の地がこのグアム島だったので、今回の旅では2度目の入港となります。約3年前にグアム島を出港した後、ソロモン諸島、オーストラリアへと南下し、それからはずっと西へ向かって旅を続けてきました。そして地球を一周してまたグアム島へ戻ってこようとしています。3年前の私は今よりもまだまだ未熟でした。グアム島からソロモン諸島までの距離は約1500マイルでしたが、当時の私には、今までに経験したこのない1500マイルもの航海、そして赤道もこえなければならない航海と、とても不安な気持ちであったことが思い出されます。グアム島を出港後、グアム島の南側をまわるとグアム島の東側に点在するオレンジ色の町明かりが見えてきました。そしてだんだんと遠ざかっていく明かりをみながら今度、町明かりを見ることが出来るのは一体何日後になるんだろうと寂しく思いながらグアム島を後にしてソロモン諸島に向かった記憶が鮮明によみがえってきました。26日(日曜日)の夜には、あの時と同じオレンジ色の町明かりが見えてくることでしょう。
2月11日(土)
地球温暖化に伴う海面の上昇により島や町が沈んでしまいそうといった問題に直面している場所が世界中にありますね。ツバルのことを耳にすることが多いかもしれませんが、環礁でできている島はどこも同じ問題を抱えているようです。今週は満月でしたので大潮の時期になりました。一年間のうちでも今の時期の大潮はもっとも潮位が高くなります。マジュロ環礁の島は一番標高の高い所でも海抜は3メートルほどしかないので、環礁内の海面は、湖の畔から湖面を眺めているような感じで見えます。今回のような大潮と、悪天候が重なると町のなかでも冠水してしまうことがあるそうです。新聞にも注意するようにとの掲載がありましたが、今回は大丈夫だったようです。
シーガルもそろそろこの島を離れる時期がきました。この3年の間、ここから離れたくないと思わさせる地がいくつもありましたが、このように感じさせるのは毎回、人と人との心のつながりです。マジュロのヨットクラブのメンバーやここに停泊しているクルージングヨットの方たち、そしてマジュロでがんばっているすばらしい日本人の方たち。何年か後には、またヨットでここにもどってくることでしょう。14日(火)にグアムへ向け出港する予定です。マジュロからグアムまでは1600マイルほどの距離なので15日間前後の航海になると思います。
2月4日(土)
マーシャル諸島マジュロでの滞在も2ケ月半となりました。環礁(かんしょう)の島マジュロに来てみて強く考えさせられた事が2点あります。1点目はゴミの問題です。物があふれ完全に消費型の生活になっていて大量のゴミが発生しています。この小さな島にもコンテナで次から次と物が入ってきますが、全て最後はゴミになってしまうものです。ここでのゴミ処理は埋め立てしか方法がありません。世界中どこの行政も同様の問題を抱えていると思いますが、陸地の少ないこの島にとっては極めて深刻な問題です。世界中のゴミ問題を象徴しているかのように思えます。2点目は健康の問題です。ここの人たちの平均寿命が極めて短くなってしまったことです。物があふれ一気に食生活が欧米化してしまった結果、生活習慣病が増えてしまいました。日本国内でも、かつては代表的な長寿県だったにもかかわらず現在は平均寿命が短くなっている地域があるようです。昔ながらの食生活とか、長い時間をかけて培われてきたその地域の食の知恵といったことはとても意味が深いと感じます。食の大切さといったところを改めて感じています。
マジュロに停泊していたたくさんのヨットも少しずつ少なくなってきました。ここから再び南太平洋にもどるヨットはまだゆっくりしていますが、西へ向かうヨットは次々と出港していく時期になってきました。本当はまだまだここに滞在していたいところですが、シーガルもそろそろ西のグアムへ島へ向かうことにしようと思います。マジュロには一人でヨットの旅をしている40歳台の男性が私の他に2人います。アメリカ人とオランダ人ですが、この2人もこれからジャパンへ向かう予定です。シーガルを含め3艇で桜前線とともに日本を北上しようと話しているところです。
1月21日(土)
買い物などの移動にはタクシーを利用します。このタクシーは乗り合いタクシーで料金は50〜75セントととても手ごろな料金です。潮風がとても強いせいもあるのでしょう、ポンコツのような車ばかりです。数日前のことです。タクシーの助手席に腰を掛けてシートにもたれかけるとリクライニングシートのようにシート全体が後ろのほうに倒れていきます。おそらくさびのせいでしょうシートが車に固定されていません。体を固定するために、シートベルトにしっかりとつかまっているしかありませんでした。このタクシーは助手席シートの不具合の他にクラクション(警笛)も鳴らないとのことで、次は日本製の車にしたほうがいいよと話しました。また、昨日利用したタクシーは、目的地に到着したので、ありがとうと言ってタクシーから降りようとしてもシートベルトのバックルが外れません。全く想像もつかないようなことがいつ起こるかわかりません。さて、大海原を航海する際に自分の現在位置を知るためには、現在はGPSが使われています。車のカーナビと同じシステムです。しかしGPSが一般的に使われるようになったのは、それほど昔の話ではありません。それ以前の航海ではセクスタント(六文儀)が使用されてきました。天体の高度=水平線からの角度と測定したときの正確な時刻から現在位置を計算するものです。シーガルにもこのセクスタントを積みこんでいますがこれまで使い方を学ばずにいたので、奥のほうでほこりをかぶっていました。便利な文明の力GPSだっていつ機能が停止するかもしれませんし、またヨットのバッテリーが使えなくなってしまえば便利なGPSも使うことができなくなってしまうので、セクスタントの使い方をマスターしなければとずっと考えていました。現在、このセクスタントを使うことができるセーラーはすっかり少なくなってしまいましたが、幸いにもアメリカのセーラーから使い方を学ぶことができました。セクスタントの使い方を学んでみると、天体を眺める見方がすっかり変わりました。夕日が水平線や地平線に沈む時の一瞬だけスピードが速いと感じたことはないでしょうか。しかしセクスタントで天体を観測してみるとその移動スピードの速さに改めて驚いてしまいまた。天体を観測して現在地を計算してきた人類の知恵、高度な天文学や数学には敬服します。確かにGPSのスイッチを入れるだけで現在地を知ることができるのはとても簡単で便利です。しかしセクスタントで太陽や星の高度を計りながら現在の位置を推定し目的地へ向かうといった旅を想像するととてもロマンチックに感じてしまいます。便利さのなかに、ロマンはないのかもしれません。次の航海では星を見ながら旅をするといったロマンを味わってみようと思っています。
1月21日(土)
先週のヨットレースの結果を報告します。レースは7.7マイル(約14キロ)のコースで行われました。シーガルは何とスタートしてからしばらくの間、気持ち良くトップを快走していましたが、最終的には参加艇5艇のうち3位で終わりました。おかげさまでレース後のパーテイーで表彰していただくこともでき、乗船してくれたメンバーといっしょに楽しい時間を過ごすことができました。マーシャルには伝統的なカヌーがあり、マーシャルの人たちは大昔から外洋の長い距離をこのマーシャルカヌーで航海してきた非常に高い航海技術を持っていました。このカヌーは一枚のセールだけで走り、船体そしてセールにいたるまで、すべて島にある木やヤシの葉だけで作られてきました。そして彼らがこうして外洋の長距離を航海することができたのは、大昔から海図の文化を持っていたということです。この海図はスティックチャートと呼ばれ、竹ひごのような木の枝を組み合わせて作られています。ところどころに小さな貝がらが張り付けられていて、この貝がらは島を表しているそうです。また組み合わされた木の枝は風の向きや海流の流れている方向等をあらわしているそうです。このような高い航海技術と知識を大昔から持っていたマーシャルの人には敬意を払わなければなりません。しかし現在このスティックチャートを使って航海できる人はいないそうで残念に、思っています。
1月14日(金)
マジュロの環礁内にある小さな島、アネモネ島へ3日間ほど行ってきました。停泊地からはほんの6キロほどしか離れていませんが、きれいな海と珊瑚、マジュロとは全く別世界の美しい自然があり、ほっとしました。マジュロには2ケ月ほども停泊していたので、すっかりこのような美しい南国の光景を忘れかけていたかもしれません。
ちょうど満月の時期でしたので、停泊しているヨットからはアネモネ島のパームツリーごしにお月様が上がってきます。デッキの上でグラスをかたむけながら、うっとりとした時間を過ごしました。本当はもう少し長く滞在していたかったのですが、まわりに停泊している仲間のヨットの方たちとの宴会がすっかり盛り上がってしまい船内のアルコール在庫が底をついてしまいました。こうなると一旦マジュロにもどらなくてはなりません。しかしマジュロにもどると、毎週火曜日にはヨットクラブのお食事会が予定されていますし、15日の日曜日にはヨットレースがあります。さまざまな行事が企画されていて少し忙しいくらいの生活になってしまいます。今回のヨットレースにはシーガルも参加することになりました。レースとなると普段の航海のように私一人だけでというわけにはいきません。ヨットレースの経験を希望しているマジュロに在住している外国からのボランテイアの方たちの他に、仲間のヨットのアメリカ人が乗船してくれることになりました。私自身はヨットレースの腕前はよくありませんが、アメリカ人の彼は、J24といわれるクラスのヨットレースでは全米で3位だったそうなので、明日はどのようなレース結果になるか楽しみです。このヨットレースには、私たちのようなヨットの他にマーシャルの伝統的なカヌーも毎回参加しています。
1月6日(金)
マジュロはマグロ漁船の水揚げ基地となっているようで、何千トンもあるような大きな漁船が毎日数多く停泊しています。これらのほとんどはアジアの漁船ですが、中にはヘリコプターを搭さいしているものもあり驚いてしまいます。おかげ様で手ごろな価格で新鮮なマグロが手に入りますので食卓はとても助かります。ヨットから上陸する際に利用するディンギー(小さなボート)を係留する時に、子どもが多く遊んでいる近くに係留すると子どもがボートに上がって遊んでいることがよくあると、マジュロに到着した時にアドバイスをいただいていました。先日ヨットへディンギーでもどっている最中に、ご近所のヨットの方が上陸のために係留してあったディンギーに子どもが数人上がって遊んでいるのを見かけ、聞いていた通りだなと思いながら見ていると今度はその子たちが船外機のエンジンをかけ始めました。そこまでくるとそのままにしておくわけにはいきません。早速私のディンギーの針路をそちらの方向に変え走りながら一体何て怒ればよいのだろう?言葉が解らないなあと考えているうちに現場に到着、一呼吸おいてから大声で「こら−」と日本語で怒鳴りつけると一目散にディンギーから飛び降りていきました。子どものびっくりした姿をみながら、おお通じたなと一安心。考えてみると、よその子どもをこうして怒鳴りつけたのは随分と久しぶりであることに気がつきました。