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ポーランドからドイツ、そしてオランダへやって来ました。先週のイースターのパーティーですが、2日間にわたり、朝から晩まで食べ通し、そしてクリスティーナの家族、親せき一同、友達など全員を紹介してもらいました。日本とポーランドは遠く離れている国ですが、食べ物は共通している部分が多くてとっても食べやすかったです。日本とポーランドの共通点の話で大変盛り上がったイースターでした。さて、今いるオランダにはとても興味深い場所があったので、早速行ってきました。昔々のヨーロッパでは、魔女狩りが行われたと言う歴史があります。「あの人は魔女だ」と言う事になると、魔女裁判にかけられてしまうのです。唯一魔女ではない事の証明が、自分の体重を証明する事でした。魔女は空を飛べると言う事は、相当体重が軽いと信じられていたからだそうです。ただ当時の家庭には、体重計なんてものはまだ普及してなく、その代りに「魔女体重計測所」と言う場所が存在しました。魔女に認定されたら大変なので、国中の女性がそこに集まってきた場所だったそうです。そして、女性たちはそこで体重を計測し証明書を発行してもらっていました。その計測所がまだ残っていると言う話を聞いたので、行ってきました。そして、今も当時と同じ天びんの片方に重りを乗せて体重を量る方法で、体重をはかり、「魔女ではない事の証明書」を発行してもらえます。もちろん私も発行してもらいました。でも、魔女でもいいから体重をもっと軽く…なんて思ってしまうのは、きっと私だけじゃないはず、平和な世の中になったものですね。
ポーランドからバルト三国を通過し、北欧のフィンランドへ行き、そして今週末のイースターのパーティいにポーランドファミリーから招待されているので、急いでポーランドへもどって来ました。キリスト教徒の多いポーランドで、イースターは1年で一番大事な行事だそうで、18種類ものお料理を、ママのクリスティーナといっしょに作っています。日本のおせち料理みたいな感じでしょうか。仕事ばかりしていておせち料理なんてほとんど作らない私は、毎年おせち料理をきちんと作っていた母のすごさを今さらながら感じています。イースターは、子どもにとっても楽しみな行事だとクリスティーナは教えてくれました。イースターの前日に、卵を入れたバスケットを庭に置いておくと、夜中にウサギがやって来て、卵を持って行き、代わりに小さなプレゼントをバスケットの中に入れておいてくれるのだそうです。クリスマスの小さいバージョンで、小学校1年生のエレナもとても楽しみにしていて、私たちにもウサギの絵を描いていろいろ説明してくれます。クリスティーナとキッチンでお料理していると、突然クリスティーナが「しーっ。聞いて」と言うので何事かと思うと、智洋とパパのレシェックが英語を話していたのです。今までいろんな国を旅してきたけど、一度も英語を話さなかったレシェックが話すのを聞いて、とても喜ぶクリスティーナ。このお便りが放送される日曜日は、イースターのパーティーです。生まれて初めてのイースター、二人でたん能します。
モンテネグロからルーマニア、スロバキア、ハンガリー、オーストリアを経由してポーランドへやって来ました。今、ポーランドのポズナンと言う町でホームステイ中です。2か月程前に、グルジアで出会ったポーランドファミリーのおうちに滞在させていただいています。ポーランドでは「客人が帰った後、家計がたとえ火の車になろうともお客様をもてなせ」と言う言い伝えがあるそうで、自分たちでは絶対に行けなかったような場所に案内していただいたり、バレエやポーランドのアート、オーケストラで演奏していたお父さんのピアノを聞かせていただいたりとても素敵な時間を過ごしました。ポーランドでは1日4回の食事、それに加えおやつの時間があるのです。1日中何かしら食べている事になりますが、体重計のことは忘れて今この瞬間を楽しもうと思う普段大食いの私たちです。先日は、小学校1年生のエレナの通うクラスで折り紙教室を開きました。折り紙に子どもたちは興味しんしんの様子で、つるの折り方を覚えようとみんな真剣でした。その様子を見て先生が、「勉強もこれぐらい熱心になってくれたらいいのにね」と英語とポーランド語で一言。もちろん子どもたちは聞こえないふり、大人は大爆笑です。つるのお礼にと先生手作りのポーランドの伝統の置物と、子どもたちからはみんなで書いた絵とポーランドの有名な歌をプレゼントしてもらいました。先生が事前に「こんにちは」と「ありがとう」を教えておいてくれたので日本語で出迎えられてびっくりです。そして、日本語の「つる」を教えると、みんなでつるの大合唱を、そして黒板に書いたつるを見まねで書いてくれました。また一つ、海外の学校で先生になると言う私の夢が実現しました。インターネットの普及とともに、海外のどこにいても、こうしてメールで連絡が取れ、親や友達にも心配をかけなくてすみ、そして一期一会の出会いをつなげられる良い時代になりました。
スロベニアからクロアチアへ、そしてモンテネグロにやって来ました。モンテネグロは、昔の旧ユーゴスラビアの6つの国の中の一つで、アドリア海に面している福島県ぐらいの面積の国です。クロアチアから車で陸路の国境を越えました。国境を越えた所で何が変わると言う訳でもなく、海岸沿いに立ち並ぶ家々の光景は、魔女の宅急便のモデルとなったと言われている、クロアチアの町ドブロブニクとさほど変わりはありません。オレンジ色の屋根の家々が澄んだ青色の海に向かって立ち並んでいて、写真を撮りたいスポットがたくさんあって、ー向に前に進まないので、途中から写真禁止令が出された程です。そんなモンテネグロですが、海沿いは、気温が20度ぐらいあって、長そで一枚で過ごせるようなそんな気候だったのですが、セルビア方面に向かうにつれて道のわきに雪がちらほら出てきて、さらに進むと、何とスキー場のある町に来てしまいました。いつもは、ネットで事前に宿の予約をしているのですが、この日はどこまで行けるかわからなかったので、宿を決めずにドライブしていました。暗くなってきて、山の夜道は危ないので宿を探そうと言う事になり、探したのですが、宿らしきものは全く見当たりません。地元の人に聞いても、ノーと言われるばかり。道路が凍って来始めたこの時間に他の町に移動するのは危険なので、どうしようと思っていたところ、宿を知らないか聞いたおばさまに「とりあえずうちでコーヒーでも飲んでいきなさい」と言われたので、おじゃまさせていただく事に。オスマン帝国時代の歴史を感じさせるトルココーヒーをいただきながら談笑していると、おばさまは「これからお酒の時間よ」とリンゴで作ったウイスキーを出して来てくれ、あれよあれよと言う間に、おばさまの手作り塩スイーツなどでテーブルがうめつくされてしまいました。こういう時は、素直に甘えようと決めたので、楽しんでいると「うちでよかったら泊まっていきなさい」と言う話になり、結局泊めていただく事になりました。日本人は初めてだそうで、娘や息子、そして近所の人にまで電話をし始めて「あなたたちと話したいって言ってるわ」と。なんかこの雰囲気が思い切りアジアと言う感じで懐かしくなりました。アジアホームシックですね(笑)そんなモンテネグロにも桜や梅の花が咲いていました。
イタリアからお隣のスロベニアと言う小さな国にやって来ました。首都の名前も知らなかったこのスロベニアには、イタリアで出会った一人の男性に導かれてやって来ました。ベネチアは車両は乗り入れできない地域で、交通は船のみの水の都と呼ばれている都市です。ベネチア近くの小さな駅に車を止めて、電車でベネチアへ向かおうと駅で券売機を探したのですが、駅員さんはいません。切符売り場らしきものも見当たりません。さて、困りました。近くでサッカーをして遊んでいた親子に聞いてみると、ここから5分ぐらい行った所にあるタバコ屋さんで切符は買うんだよと教えてもらい、無事切符をゲットできました。イタリアだし、すぐに電車は来るかなあなんて思っていたら、なんとこの駅には電車は1日数本しか止まらないとか…。急ぐ旅でもないし電車が来るまで待つ事にしました。この町に旅人が来るのはとっても珍しい事みたいで、お父さんにいろいろと質問されたり、旅の話をしたりして、ヨーロッパは弾丸移動の旅でもあって、久しぶりにこういう時間を過ごしました。お父さんとの会話の中で、答えに困ってしまったのが「ベネチアでゴンドラに乗らないの」と聞かれた時に「ゴンドラは高いから乗らないよ」と答えると「君たちは飛行機代や車を借りるのにそれだけのお金を払っているのに、何でゴンドラの数千円のお金を高いと言うのか」と言われたのです。そんな事は考えた事もありませんでした。言われてみたらそうですよね。何でこの数千円が出せないのか…、お父さんのこの言葉は、これからの旅について考える良いきっかけとなりました。そんなお父さんに教えてもらったのが、今いるブレッドと言う町です。湖に浮かぶ教会、雪化粧したアルプスの山が澄み切った青い水に鏡のように反射してとても美しい、アルプスの瞳と称されている青の世界です。イタリアの青の洞くつには3日待って行けませんでしたが、そのおかげでお父さんとも出会い、こうしてブレッド湖を見る事ができたので大満足です。今、この地でお父さんにお礼の手紙を書いています。ブレッド湖の写真を添えて。
フランスを一周し、世界で2番目に小さい国、モナコを抜けてイタリアにやって来ました。パリでレンタカーを借りて、ヨーロッパを車で周る旅のスタートです。
レンタカーでの旅を選らんだ理由は、移動中の外の景色を見るのが好きな事が一番の理由で、気に入った場所にとまりながら進めるからです。バスや電車だだとそうはいきません。また一つの国でも、一都市だけではなくて都会と田舎の両方の顔を味わいたいのも理由の一つです。移動中に外の景色を見ていると、旅を始めたころ、韓国で出会ったアメリカ人のマイクに言われた言葉をいつも思い出します。バスで寝ていた私に「移動中の景色を楽しまないなんて君は損をしてるよ」と言ったマイク。それ以来、移動中にしか見られない景色をたんのうできるようになり、私の旅は本当に楽しさ10倍になりました。今いるイタリアは、本当に自然の美しい国で、どこを見てもまるで絵画から飛び出してきたようなそんな絶景が私の目の前に広がります。日本にいる時には、見たこともないような濃い青の空、この青は何色と表現したらいいのでしょう。そんな美しい空の青さが、透明な海の青さと重なって作り出される神秘的な青の世界の中に吸いこまれて行きそうになる私がいます。そんな絶景が「少しここでゆっくりして行ったら」と私に語りかけてくるのでなかなか前に進めないのが車での旅の唯一の難点です(笑)そんなふうにスタートしたレンタカーの旅、明日は1年で100日程度しか行く事ができないとっても難関の青の洞窟(どうくつ)を見に行こうと思っています。また私の知らない「青の世界」が更新されるかもしれません。さて、見る事ができるでしょうか。結果は来週報告させていただきます。
アルメニアからグルジアにもどって来ました。アルメニア、グルジアは山の多い国で、標高の高い所は雪が深くて、この時期なかなか行くのがむずかしかったりします。行きたい山間部の村があったのですが、いくら待ってもバスが発車せず、今回はあきらめました。この地のバスは、発車予定時間などは存在せず、人が集まり次第出発と言うシステムなのです。グルジアでは、アルメニアからグルジアへミニバスで移動した時に、苦楽をともにしたポーランドから旅行に来ている家族との再会がありました。お父さんは車関係のお仕事、お母さんは幼稚園の先生、そして12歳、6歳のとってもキュートな女の子の4人家族です。くねくねの山道を通っての移動で、そのミニバスにはアルメニアに運ぶ大量の物資が詰めこまれていて、さらにでこぼこ道だったので、車が揺れるたびにみかんやらポテトチップスやらが頭に落ちてきて大変な移動でした。そんなバスの中で意気投合したファミリーとの再会、お互いに、びっくりです。その夜は、グルジア名物の、水より安く買えるワインで乾杯し、語り明かしました。不思議なもので、2度目の出会いは確実に距離を縮めるのです。興味を持っているものが同じ者同士、もはや肌の色、国籍は関係ありません。子どもたちが、宿の子たちとすぐに打ち解けてみんなでお絵かきをしているそんな姿を見て、お母さんが言った「子どもが仲良くなるのに言葉は必要ないんだね」と言う言葉がとっても印象的でした。お母さんは、ポーランドの歴史に興味を持っている私に、いろいろとポーランドと言う国の事を教えてくれました。そしてポーランドを訪れる際には絶対に遊びに来てねと言っていただき、また一つ、ポーランドを訪れる楽しみが増えました。どこに行きたい、何を見たいと言うのは私の旅の付属にしか過ぎなくて、こういう出会いを求めて旅をしているのかもしれません。そんな私に旅の女神はいつもほほえみ、こう言うのです。「素敵な出会いを作るのは自分自身、その出会いをいかすも殺すも自分自身だよ」と。
トルコのイスタンブールから、グルジアを経由してアルメニアにやって来ました。グルジアからアルメニアへの移動は小さなミニバスで、生まれて初めての雪山ごえです。雪に太陽の光が反射してキラキラと輝く美しい光景をずっと窓から眺めて過ごす事10時間、アルメニアの首都、エレバンに到着しました。エレバンは全くと言ってよい程英語が通じない町で、その日泊る宿を決めてなかった私たちは、現在地もわからず、雪が凍って滑ってうまく歩けない町で途方に暮れていました。その時に、とっても親切な親子が声をかけてくれました。と言ってもアルメニア語で、何もわからなかったのですが、首から下げていたカメラを指さして、子どもの写真を撮ってくれと言ってるようです。写真を撮ると、子どもたちはものすごい喜びよう、お父さんも大満足の様子です。ジェスチャーでホテルを探していると言うと、車に乗れと車を指さします。そして「俺のうちに来い」と言うようなジェスチャーをしてくれたのですが、24時間を超える移動で疲れ切っていたのと、さすがに夜遅い時間に会ったばかりの方のおうちにおじゃまする訳にはいかないので遠慮していると、警察官がやって来て「どうしたんだ」と言います。久々に聞いた英語にうれしくなり、ホテルを探してると言うと、ホテルのパンフレットを一人の警察官が持っていて、そこに泊れと言われました。親切なお父さんにホテルに泊るからありがとうと伝えると、お父さんはとってもとっても悲しそうな表情をしました。今でもあの時のお父さんの悲しそうな顔が頭から離れません。皆さんが私と同じ立場なら、どうしたでしょうか。それから、私たちは日本で宿泊場所のない旅人にどう接するでしょうか。普通は泊まらないだろうし、普通は泊めないでしょう。私たちの普通って何なのか、あのお父さんの悲しそうな顔に、とても考えさせられました。
24日に、エジプトのカイロから、地中海を飛行機でわたりトルコのイスタンブールへやって来ました。気温が急激に下がり、今ある服ではしのぎ切れなくなり、いそいで冬服を購入しました。今日のイスタンブールは雪です。ただ今、世界で最も美しいと言われているブルーモスクの近くにある、貸しアパートみたいな宿に滞在中です。宿のオーナーから、地元のハマムと呼ばれる日本で言う所の銭湯を教えてもらい、早速行ってきました。観光客は来ない所なので、英語はまったく通じません。まずはかけ湯をしてスチームサウナの部屋に通されます。日本の岩盤浴みたいな感じのあたたかい大理石の上に横になり、上を見上げると、丸い天井から入ってくる自然の光にいやされリラックスできます。安宿を泊り歩いていると、湯船につかれる機会などほとんどないのでことさら幸せを感じます。そして、その後お待ちかねのあかすりタイムです。何カ月分かの旅のあかが恐ろしいぐらい出てきます。自分でも、私はこんなに汚かったのかとびっくりする程でした。そして、その後今まで見た事がない程の大きな泡を大量に作り、ごしごし体を洗われ、その泡でマッサージをされました。シャンプーなどなく、髪の毛もその大きな泡で洗われてしまいました。あかすりをしてくれた人は、後ろを向けとか立てとか要求があるたびに、パーンと体をたたくのですが、言葉が通じなくてもジェスチャーなどで何とかなるものです。そんな訳で久しぶりにきれいさっぱりしたハマム体験でした。しかし翌日私は珍しく熱を出してしまいました。あかを落としすぎたせいかも知れません(笑)。次の日には何事もなかったかのように平熱にもどったので。
長らく滞在したリゾート地、ダハブからカイロに夜行バスでやってきました。カイロに来た目的は、ギザのピラミッドをたん能する事です。ピラミッドって、ずっと私の中で砂漠の中にどーんとそびえ立ってると言う勝手なイメージがあったのですが、いざここに来てみると、街中の車が走っている横を歩いてるとピラミッドが「どーん」と姿を現すと言うような感じなのです。スフィンクスの目の前には、フライドチキンとピザのファストフード店があったりします。でも、それを差し引いても、昔教科書で見て以来、いつか自分の目で見たいと思っていたピラミッドが目の前に現れた時の感動と言ったらありません。もう、すごい!と言う言葉を何度言ったかわからない程です。ピラミッドのてっぺんは、とっても空に近く、ピラミッドの上を雲が流れていく様子がとても美しく、いつまでも眺めていて、気づいたら夕日が落ちる時間になっていました。実はここは観光地なだけあって、一歩歩くたびにラクダや馬の勧誘、そして物売りが近づいて来て思うように歩けないような、そんな場所だったりもします。そんな中、一人の物売りの少女と出会いました。 彼女は本当に写真が好きで、カメラを貸して貸して、撮ってあげるからと話しかけてきます。そしていろんな角度でピラミッドといっしょの写真を撮ってくれてその写真を見てはうれしそうに笑うのです。そしてカメラを貸してくれたお礼にと、ピラミッドの置物をプレゼントしてくれたのです。もう帰るねと言うと、姿が見えなくなるまでずっと笑顔で手を振って見送ってくれました。次の日、彼女といっしょに撮った写真をわたそうと彼女に会いにもう一度ピラミッドへ向かいました。でも、彼女の姿を見つける事はできませんでした。またいつの日か、この地を訪れる時までこの写真は大事にしまっておこうと思います。もしかしたら、彼女と出会うために、今この瞬間に私はこの地へ呼ばれたのかもしれませんね。
8日に、ヨルダンのアカバと言う港町からフェリーでエジプトのダハブと言うリゾート地にやってきました。1年に1度雨が降るか降らないかという場所だそうです。気温は15度前後です。ダイビングするにはちょっと肌寒いですが、水の中に入ってしまえば温かく感じます。前回は砂漠の無音の世界を紹介しましたが、今回は海の中の音のお話です。陸の上と海の中って言うのは、全く別世界が広がっていて、時間の流れのスピードも違えば、ものの見え方も異なります。聞こえてくる音も今まで聞いたことのない音ばかりなのです。私の中で、世界一周とこの海の中の世界とが重なります。海の中にいる時の時間の流れと言うのは、まさに今世界一周をしている毎日と同じように、早いようでもあり、遅いようでもある、そんな時間が流れて行きます。世界一周は、今まで知らなかった海の中の世界に飛びこむようなもので、海の中ではつかめるもの、つかめそうなもの、つかめないものの距離感がゆがみます。でも、飛びこまないと見えないものがたくさんあるのです。海の中に入って行くと、目の前に一面に広がるサンゴ礁、魚の群れ、そして数えきれない程の白く透き通ったクラゲ。彼らの奏でるメロディーが、はるか彼方まで鳴り響く、そんな透明なブルーの世界です。こういう音が聞えてくるのに、どうしてこんなに静かだと感じるのでしょう。きっと、彼らが歓迎してくれて、海の中にいる時は、お魚の仲間になっているから、安心感から感じられる静けさなのかもしれません。旅でも海の中でも、自分の身の置き方で耳に入ってくる音が違ってきます。これから先、どんな聞いたことのない音を聞けるか楽しみです。マアッサラ―マ(アラビア語で「さようなら」)。
ヨルダンの首都アンマンから、ぺトラ遺跡を経由し、ワディラムと言う砂漠にやってきました。砂漠を見るのは生まれて初めての事なので、かなり興奮気味な私です。4WDの車に乗り込み、ワディラムに到着すると、まず目に飛び込んできたのが、太陽の光に反射して赤く輝く壮大な絶壁です。人の手がほとんど加えられていない、自然が作り出したこの絶壁を見ていると、自然のすごさを肌で感じます。そして驚いたのが、砂漠は無音なのです。こんなに音の無い世界が存在してただなんて。まきを集めることから始めて、みんなでキャンプファイヤーを囲み、チキンバーベキューの夕食、そして、振る舞われた甘い、甘いヨルダンのお茶が、冷えた体に染みこみます。団らんが終わり砂漠で横になると、今まで見た事もないような満天の星空。月の光が砂漠に反射してまるで雪景色のような光景が目の前に飛び込んできます。この静寂さの中で星が流れると、まるで流れた音も聞こえてきそうな、そんな場所でした。ここはヨルダンの人が一番好きな場所だそうです。神様の創った場所だと言われていると教えてもらいました。世界には、今まで見たこともないような場所がたくさん存在しています。ヨルダンを訪れる際は、ぺトラ遺跡だけではなく、是非このワディラムも行かれてみてはいかがでしょうか。