友人で番組もよく聴いてくれている熊谷真菜さんから著書が届きました。『「粉もん」庶民の食文化』。この本によるとたこ焼きのルーツは「ラヂオ焼き」というものだったそうです。えっ!ラヂオだって?ラヂオ焼きが大阪の屋台として誕生したのは大正末期から昭和初期にかけて。
ちなみにNHKのラジオ放送が始まったのは大正14年。昔はラジオをラヂオと表記していたころがありましたから、ラヂオ焼きは当時ハイカラだったラジオからのネーミングだったのでしょうか。ラヂオ焼きの中身はたこではなくおもにコンニャクだったとか。それが昭和10年に具としてたこを入れた店が現れたこ焼きと呼ばれるようになったようです。そして日本の庶民の味としてすっかり定着しました。
いまやアジアの各都市にもたこ焼きを売る店があり「TAKOYAKI」で通用すようになっています。今年はインドネシアのジョグジャカルタにその地域の王室第一王女がつくったたこ焼き専門店まで登場。王女から熊谷さんには技術協力?の要請があったとのこと。たこ焼きのつくり方が国際協力になるなんて素敵なことですね。そうだ!いつか「地球ラジオ焼き」を売り出そうかな。青海苔(あおのり)を全体にまぶして緑の地球をイメージに。
おでんの季節、こんにゃくは欠かせませんね。先日、こんにゃく芋の生産が日本一の群馬県昭和村へ行ってきました。「きょうの料理〜地元の味をいただきます」の公開収録です(放送11月28、29日)。
昭和村は首都圏の野菜供給地としても知られています。夜明け前から投光器で畑を照らして収穫し、東京などのスーパーが開店する10時までに届けるのです。こんにゃく芋畑を訪ねた早朝も村全体に活気があふれていました。
こんにゃく芋はソフトボールをふたまわりほど太らせた大きさ。土色でデコボコの体に細い根が巻きついて、こんにゃくも地味だがその芋も「苦労人」という印象。実は栽培に手がかかるのです。春に種芋を植えたら秋に掘り出して貯蔵庫で保存する。次の年の春にその芋を植えて秋に掘り起こしてまた貯蔵。3年目の春に植えなおしてその秋にようやく収穫するんですって。こんにゃくを食べるときには「ご苦労さん」と声をかけてやりたいと思いました。
地元農家の方にいただいた自家製のこんにゃくは8×8×15cm。料理研究家の杵島直美さんは「レンガのような大きさね」と大喜び。こんにゃくを平打ち麺のように切ってパスタに見立ててぺペロンチーノをつくったりして会場をうならせました。ところで、いつこんにゃく食う?「今夜く」う。
先日、横浜にある放送ライブラリーのイベントに招かれました。「きょうの料理」でおなじみの料理人・田村隆さんと懐かしい番組の映像を振り返りながら料理の心を語り合うというもの。昭和30年代から「きょうの料理」に出演していた田村さんの祖父、平治さんの名調子は現代でも決して色あせるものではありません。
例えば「もったいない」。大根をすべて使い切る考え方は、こんな現代だからこそ逆に新鮮に響きます。大根の葉っぱは菜めしとして活用、茎は包丁を入れて唐草大根にして刺身のツマに。しかし、スーパーなどでは葉つきの大根を手に入れることは難しいですよね。食材として活用できる大根の葉っぱはどこに消えているのでしょう。
そのイベントの主催者から、当日の参加者120人が記入してくれたアンケートのコピーが送られてきました。その内容を見ると、高級といわれる料亭の田村家三代がいかに食材を大事に扱ってきたか、食生活を見直すきっかけになったという意見が多数でした。田村さんが受け継いできたものが理解されうれしく思いました。
アンケートには「地球ラジオの後藤アナを直に見られてよかった」とか「地球ラジオのつどいを開いてほしい」などの意見もありました。ああ、もったいないことでございます。
まだ11月に入ったばかりというのにお正月を迎えるような気分になりました。というのは12月中旬に放送する「正月料理」の撮影があったからなのです。祝い肴三種、雑煮、煮しめのつくり方を紹介し、試食の場面を撮るころには「さあ、いい年にしなきゃあな」。年末までにまだまだたくさん仕事があるのにすっかり一年が終わったような心境になっていました。
先生は、命を養うスープで有名な辰巳芳子さん。食と生命との関係を追究し続けている料理研究家です。84歳の現在も哲学的な思索を重ねておられます。「年中行事を発案した人々が直観したのは“命”の様相だった。その“愛惜”の質量が行事様式を育てるに至った。正月料理は、今日“在る”ことのことほぎです。」正月料理をそのように考えたことのなかった私は新鮮な気持ちになりました。
伝統的なおせち料理は素朴なものが多いですよね。本来は、資源の少ない国でこころ豊かに暮らしていこうという人々の祈りがこめられていたように思います。いまや食材は海外からどんどん入ってくる時代になり、豪華なおせち料理があたりまえです。現代の豊かさを享受しながらも、文化としての正月料理を忘れないようにしたいと思っています。