ごごラジ!ブログ

2018年7月24日

2018年07月24日(火)OA曲(7月24日)

1時台
「反逆のテーマ」(リズム・ヘリテイジ)
「パシフィック・コースト・ハイウェイ」(東海林修) 

2時台
「ルート66」(ナット・キング・コール)
「ロード・ソング」(寺久保エレナ)
「道」(グリーン) 

3時台
「ワインディング・ロード」(絢香×コブクロ)
「夏草道草」(ワンダフル・ライフ)
「道標(みちしるべ)」(福山雅治)

2018年07月24日(火)ご当地いちばん賞!(小さな冒険)

ichiban723.jpg誰かな?誰かな?
hokoaa.JPGこの方です!
haha.JPG


栃木県の 那須のばあばさん!

「小中学生の頃は、自転車でこの道はどこに行くのだろうかと一人で探検していました。現在は知らない道は初めからインプットして走りますが、私は頭の中でルートを想像して走るのが大好きです。アメリカの道路を運転したのが最長の運転時間です。今は、子供にストップされないよう慎重に運転しています」

おめでとうございます!

 

2018年07月24日(火)ニッポン道路標識トリビア!

1 とってもレアな道路標識がある! 
《平沼流解説》
現在使われている道路標識の種類やデザインは、「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」(通称「道路標識令」)という政令で全国統一のものが定められています。道路標識は約240種類あり、自動車の運転免許を取るために「教本」で全種類を暗記した経験をお持ちの方も多いでしょう。しかし、ほとんどの人が道路上で実物を目にしたことがないだろうという、「幻」に限りなく近い標識があります。「並進可(へいしんか)」の標識です。

01heisinka.jpg

道路交通法によって車道上での自転車の並進(並んで走ること)は原則禁止されていますが、特別に並進を認める区間の前後に設置する標識です。この標識は現在、滋賀県野洲市の設置が確認されているだけです。

 

2「すべりやすい」の正体は! 
《平沼流解説》
しばしば、「変じゃないか? 時空が歪んでいるんじゃないか?」というようなツッコミにさらされる、「すべりやすい」の道路標識。

02suberiyasui.png確かに一見すると、自動車のタイヤ痕が奇妙に交差していて、荒唐無稽なもののように見えます。でもこれ、「直線道路で車が左にスピンをはじめてから半回転するまでの前輪2つの軌跡」に一致しています。すべる道では、こんなスピンをしないように注意しましょう。

 

3 動物注意の標識は、バリエーション豊かで発見の楽しさがある!
《平沼流解説》
「道路標識令」で定められている「動物が飛び出すおそれあり」(通称「動物注意」)は、基本的には統一されたデザインを用いる道路標識の中で、随一のバリエーションの多彩さを誇っています。

▽小笠原のヤドカリ01dhyoushiki.jpg▽対馬で撮影したツシマヤマネコ02yamaneko.jpg▽水戸市内千波湖の南岸03hokihyo.jpgsonokaoakahyoo.jpg

「道路標識令」の中では「シカ」を図案としたものだけが例示されており、実際もこれが最も多く設置されていますが、日本に住むあらゆる動物がデザインされているのではないかと思えるほどに多彩です。皆さんも旅先などで変わった動物の標識を探してみては!!

 

市町村道標識はオリジナル。個性的デザインを探せ!
《平沼流解説》
国道であることを示す「おにぎり」型の道路標識と、都道府県道であることを示す「六角形」の道路標識については「道路標識令」に規定がありますが、市町村道であることを示す道路標識は特に定められていません。そのため市町村の中には独自の標識を作成して設置している場合があります。厳密な意味での道路標識ではありませんが、個性的なデザインを見つけると嬉しくなります。

愛知県新城市(旧鳳来町)
01aichihyousiki.jpg愛知県豊根村02aichike.jpg岐阜県川辺町03gifuu.jpg埼玉県神川町(旧神泉町)04saitama.jpg静岡県森町05morimachii.jpg静岡県川根本町06shizuokakaka.jpg東京都日野市07hino.jpg北海道雨竜町08hokaiss.jpg

 

旧式の道路標識を見つけるという、宝探しの楽しみ! 
《平沼流解説》
道路標識令が規定する道路標識の種類やデザイン(様式)は、昔から不変だったわけではありません。毎年のように改訂が行われていて、少しずつ変化しています。最近では、「一時停止」の標識に「STOP」、「徐行」の標識に「SLOW」の英文を併記した様式が加わりました。たとえば、昭和38年以前の規制標識は、縦に長い長方形の標識板を用いていました。また、昭和46年以前の案内標識は、白地に青文字を基本としていました。このような古い道路標識は、単に経年劣化によって失われていくだけでなく、道路利用者の混乱を招く危険性もあるため、規制標識については早急に交換されており、現存例は極めて稀です。警戒標識や案内標識の現存例はそれよりも多いですが、新設の可能性がない以上、やがて失われていくでしょう。 

旧式の「学校あり」01kyuushikihyoushiki.JPG旧式の「警笛区間」02kyuusiki02.JPG旧式の「最高速度」03kyuusiki03.JPG旧式の「重量制限」04kyuusiki04.JPG旧式の「注意」と「危険」06kyuusiki06.JPG旧式の案内標識(通称「白看」)kyuusirokan.JPG道路標示の「高中」takanaka.JPG補助標識の「高中」09ytahals.JPG

 

2018年07月24日(火)ニッポン道路探訪記!

 道路愛好家・平沼義之さん724hiranumasan01.JPGhiranumayoshiyuki.JPG

●「数坂隧道(かつさかずいどう)」 (群馬)

ぶ厚い「利根村誌」の中に見つけた、「明治二十六年数坂改鑿、二十七年八分竣功」という短い文は、片品川上流の「東入り」と呼ばれた地域の人々が、自らと子孫の幸福をかけて懸命に掘り進めた数坂峠“未完の隧道”の記録。

《平沼流解説》
群馬県の北東部、片品川の上流から源流にかけての一帯を、かつて「東入り」と呼んでいました。現在の片品村と平成17(2005)年に沼田市の一部になった旧利根村のあたりです。そこは四方を山に取り囲まれているために、いくつかの峠道によって外界と接続しています。中でも昔から「東入り」の玄関口として最も重視されてきたのが、数坂峠です。漢字で「数坂」と書きますが、読みは濁らずに「かつさか」といいます。
沼田から片品へ向う国道120号が、椎坂白沢トンネルという長いトンネルで、この数坂峠の下をくぐっています。「東入り」には尾瀬沼や金精峠といった観光地が沢山ありますから、ここを通ったことがある人は多いと思います。しかし、峠の一角に明治時代のトンネルが眠っていることは、ほとんど知られていないと思います。国道を通っていたのでは絶対に気付かない場所にあるからです。入口に案内板が立っていたりもしません。
廃道の探索というのは、大抵は情報を得るところから始まります。情報によって廃道の存在に気づき、探索の動機が生まれます。例えば、図書館で各地の市町村史を見ると、「この地区にはこういう道があったが、これこれの事情で現在は使われていない」というようなことが書かれていたりするわけです。あるいは、古い地図と現在の地図を見比べたときに、消えている道を見つけることがあります。

隧道の坑口
石材を緻密に組み合わせて作った立派な坑門。全体としては、明治初期にわが国がヨーロッパより鉄道技術と一緒に輸入した近代的トンネル建築の様式を持ちながら、日本独自の発展である「扁額(へんがく)」を縦向きに配置するなど、高いオリジナリティも併せ持っていました。01kazusaka.jpg

扁額(へんがく)
大きな扁額に堂々たる筆致で「數坂隧道」の文字が刻まれています。事前の情報では分からなかった隧道の名前が判明しました。

02kazusaka.jpg坑門を建設するために用意された石材

03kazusaka.jpg隧道が建設中に放棄されたという村誌の記述を裏付ける決定的な証拠です。そこは本当に隧道の墓場でした。現代の道路づくりは、国や地方自治体の公共事業として計画され、その資金をもとに、専門の土木工事業者が工事にあたります。しかし、明治のころは違っていました。特に地方において、多くの道路は住人有志が自ら計画し、自ら資金を出し合い、自ら工事にもあたることがしばしばでした。

04kazusaka.jpg

数坂隧道の放棄から26年後である大正9年に無事に開通し、そのときに初めて「東入り」の地に自動車が入ったそうです。この道は後に国道になり、末永く活躍しました。そして、その後も時代に合わせて改良と新設を繰返しながら、今日の数坂峠を貫く快適な国道120号へ繋がっているわけです。

05kazusaka.gif

 ////////////////////////////////

●「中央自動車道 南アルプスルート」 (山梨~岐阜)
《平沼流解説》
東京と愛知を結ぶ中央自動車道には、高速道路黎明の時代に構想され、一度は正式に計画が決定されながら、後に中止された壮大なプランがあった。それは、山梨県から岐阜県にかけて南アルプスを真っ正面からぶち抜く、冠前絶後の道路計画。実現していたら、中央自動車道は60kmも短縮されていた!?

中央自動車道地図&旧計画案05cymmuoua.gif

かつて計画されていた南アルプスルートの中央道と、実際に完成した中央道を描いています。現在の中央道は、南アルプスを大きく迂回するように長野県諏訪市まで一度北上してから、伊那谷を南下して飯田市へ至るという、正三角形の2辺を通るルートですが、当初計画のルートは最短距離である一辺を通るルートだったと言えば、60km近い短縮も頷けるのではないでしょうか。

山梨県富士河口湖長付近の富士山の樹海01chyuou.jpg

南アルプスを貫くことで最短で関東と関西を結ぶという壮大な高速道路の計画は、わが国に1本も高速道路が存在しない時代に産声を上げています。昭和24年にGHQが主催した国土計画展覧会の会場で、天皇皇后両陛下や吉田総理大臣を前に熱く演説する人物がいました。「中央道の父」と私が勝手に呼んでいる、田中晴一氏です。彼が提唱した国土計画は、GHQの中で高い評価を得ていました。その骨子は、敗戦によって数分の1になった国土で多数の国民が高度な生活を営むためには、食料の自給自足と未開発資源の開発が必須であるから、農地に適した平野部に集中している人口や産業を未開発の山地や高原へ分散配置し、平野部では効率を最大化した食料生産を行う必要があるというものでした。

山梨県早川町内より見た南アルプスの山並み

02cyuiouu.jpg

その実現のために、北海道の稚内から九州の鹿児島へ至る、列島の内陸高原地帯を縦断する幹線道路を建設する必要があるというものでした。中でも最も建設効果の高い東京神戸間を「本州縦貫中央道路」として、国家事業で早急に建設する必要があるとも訴えていました。

長野県飯田市の木沢付近

03cyuou.JPG昭和29年に彼はこの道路構想を「国土開発中央自動車道 東京神戸間計画概要書」としてまとめ、建設省に提出しています。これこそが中央自動車道の原点でした。計画書に描かれている計画ルートを見ると、南アルプスの核心部に8kmと9kmの2本のトンネルが掘り抜かれています。これは田中氏自らが大変な踏査のすえに見つけ出した「実現可能性の高いルート」と考えていたものでした。

田中清一氏の銅像

04cyuou.jpg

静岡県沼津市の玄関口、東名高速沼津IC前に建っています。

2018年07月24日(火)被災地リポート(愛媛県)

被災地から電話リポートをしていただくのは
キューティーエリーさん

0724qtsan.JPGc169ecc37cc8b8f1db14d3a60022d666.jpgb7fd3c180d5caf09f026105e3fe80c90-300x169.jpge926b7c6a0818160e4020d186f88a77c-300x169.jpg

2018年07月24日(火)道路雑学クイズ

平沼義之さん724hiranumasan.JPG

道路雑学クイズにチャレンジ!反転させると答えが読めるよ

Q1「日本で一番長い道路のトンネルはどこでしょうか?」
A…「山手トンネル」18,200m 首都高速中央環状線 東京都

第2位 関越トンネル(上り線) 11,055m 関越自動車道 群馬県~新潟県 
第3位 飛騨トンネル 10,710m 東海北陸自動車道       岐阜県
第4位 アクアトンネル 9,610m 東京湾アクアライン   神奈川県~千葉県
第5位 栗子トンネル  8,972m 東北中央自動車道       山形県~福島県

01yamatet.JPG

 

Q2「日本の道路(道路法による道路)の総延長は約122万キロ(地球30周分)。このうち北海道には9万キロがあり、47都道府県で最長。さて、第2位の都府県はどこでしょう?」
A…「茨城県」

都道府県別道路実延長ランキング (道路統計年報2017より)
1位 北海道 90,414km   
2位 茨城県 55,939km
3位 愛知県 50,413km   
4位 長野県 48,002km
5位 埼玉県 47,202km

 

Q3「日本一短い国道(国道174号)の全長は、187m。では、日本一短い都道府県道は何メートル?」
A…「長野県道162号上田停車場線(7m)」

01michiq.gif

道幅は4車線分あるため、世にも奇妙な、長さよりも幅が大きな県道になっています。

 

2018年07月24日(火)ごご道 ラジ号線

火曜ごごラジ!は「ご当地情報局」
“情報通”に、道路愛好家の平沼義之さんをお迎えします。
道に歴史あり!平沼さんが語る“道路探訪記”
もう使われなくなった“廃道”の魅力についてうかがいます。douro.JPG

おたよりテーマは「プチ冒険!」
リクエストテーマは「道」

このページのトップへ