クローズアップ現代

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乳がんを乗り越える!

乳がんを乗り越える!

2018年10月5日

女性に最も多いがん、「乳がん」。罹患率はこの40年で4倍に急増。今や11人に1人がかかると言われています。一方、検診技術や抗がん剤の発達により、乳がんの5年生存率は90%を超えます。これは、多くの患者やその家族が再発や転移の不安を抱えながら、10年、あるいはそれ以上の長期にわたり、乳がんと共に生きることを意味しています。 “不安の10年”をどう乗りこえるか?番組では、患者や家族の直面する問題や悩みに対し、SNSなどで寄せられた経験者たちの知恵や工夫、さらには専門医の知見や最新の医療情報を取材することで、乳がんとつきあいながら生きる術を考えていきます。

家族が乳がんに わが家はこうして乗りこえる

【多忙な中でどう支える?】
3年前、妻が乳がんと診断された下條雅也さん。
サッカークラブの運営に携わり、多忙な生活を送る中で実践されている‟妻を支える2つのポイント”を教えてくれました。


【リスト化で夫も支えやすく】
「相手の要望を察するのって難しい」―乳がんの妻を持つ夫が、支える中で感じた思いです。ことし乳がんと診断された妻に、どう無理なく寄り添うか?思わぬ効果を生んだのが、夫婦が日ごろから作っていた、やることの「リスト」でした。


取材ディレクターより:治療も家族イベントに転換!
リスト化で妻を支えるこちらのご家族。取材で学んだことは「発想の転換」です!

<発想の転換① ウイッグ選びも副作用も 笑いに変える>
例えばウイッグ選び。あえて子ども達と一緒に行ったことで、娘さんは「楽しかった!」と笑いながら話してくれました。「いろんな種類があってビックリしたし、全然似合わないのもあったね!ものによっては、おばあちゃんそっくりになったりして、写真撮ったもんね!笑」そして「いきなり髪が抜けた姿を見たら驚くし、動揺すると思う。でも自分たちでウイッグ選んだ上で、どんどん姿が変わっていったから、受け入れられました」と、堂々と話してくれました。ちなみに髪の毛が抜け、眉毛も薄くなった後、子ども達が母に付けたあだ名は「せん〇くん」だそうで… 副作用すら笑いに変える発想の転換と、母の変化を自然と受け入れることができるよう、一緒に準備をされてきたその工夫に、あっぱれです!!

<発想の転換② サヨナラおっぱい式>
そしていよいよ手術。入院前に自宅で開催されたのは、ご家族だけの「サヨナラおっぱい式」。娘さんが、お母さんの乳房をなで、ありがとうとサヨナラのキス。赤ちゃんの時たくさん飲んで、包まれて眠り、いつも安心感を与えてくれた、お母さんのおっぱい。面と向かって「ありがとう」と「さよなら」をできたことで、きっとこれからも、温かい思い出を胸に、子ども達も一緒に、お母さんのがんと共存していけるのだと思います。

先日、お母様は無事に手術を終えられました。これからもご家族一緒に、仲良く明るく前向きに、がんと向き合っていかれることと思います。こんな素敵なご家族と出会えたことで、私も自分の家族観を改めて考え直しました。病気の有無に関係なく、「家族の絆」を結ぶ上で大切なことをたくさん教えてくださったご家族に、心から感謝を申し上げます。



手術で乳房切除 前向きに生きるために


【“つけて楽しい”ひと工夫】
乳がん手術による、乳房の切除。へこみができてしまった乳房をどうカバーするか、再建するかどうかなど、悩む人も多いかと思います。番組に寄せられた意見の中には、“手作りおっぱい部”を結成して、手編みのパッドを作ることで補ったという声が届きました。


取材ディレクターより:かわいいパッドで術後を豊かに
乳がん手術後、切除した胸をどうカバーするかは、多くの方にとって悩みです。一部だけを切除する温存手術でもへこみが目立ってしまう場合がありますが、市販のパッドはなかなか見つからないそうです。
彼女たちが作っている手作りのパッドは、一人ひとりが求めるボリュームや柔らかさ、重さなどに合わせることができ、材料は百円均一でそろうものばかり。さらに、花柄などをあしらい、見ていても楽しい工夫をしています。片方の乳房を全摘したという参加者は、かつて、自分の胸に合う市販品が見つけられず、タオルを入れるなどして代用していました。肌触りも気になり、気持ちも暗くなっていましたが、この手編みパッドに出会い、大きく変わったそうです。 さらにこの団体では、乳がんのイベントや病院などで、自分たちが作ったパッドを患者さんたちに配布しています。同じ病気と闘っている人とのつながりができることも、励みになっているといいます。
乳がんは、いろんなものを失う病気でもあります。でも、それを明るく補えるアイテムも、悩みを共有できる仲間もいます。乳がんになり、つらいことばかりと感じていらっしゃる方には、ぜひ知って欲しい取り組みだと感じました。術後のQOL(生活の質)をどう保っていくのか、選択肢は増えています。



【乳房も生活も”元どおり”に】
「きれいに元どおりに治す」―1000人以上の乳房再建を手掛けてきた医師の言葉です。 乳がんの手術後、「自家組織」による再建を求めて、この医師のもとに全国から患者が相談に訪れています。見た目を元どおりにするだけでなく、患者の生活も”元どおり”にしたいと語る医師。患者との対話に重きを置いていると言います。


キャスターリポート
身近な人が乳がんに ~どう向き合い、どう支えるか~

乳がんになったとき、患者やご家族はどんな不安や悩みと向き合っているのか。 番組キャスターの鎌倉千秋が、ある女性を訪ねました。

取材記事はこちらから
<NHK健康チャンネル>
https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_782.html



病気をきっかけに家族の不和も

「家族がばらばらになっていく」-2年前、乳がんになった女性が当時を振り返り、語ったひと言です。長期にわたる乳がんの治療中、家族の間ではすれ違いが生まれたといいます。‟支えあいたくても、支えあえない”…家族のホンネが次々と番組に届いています。


取材ディレクターより:胸の内 はき出す場を
番組の投稿フォームには“思春期の子ども”を持つ乳がん患者からの声が寄せられています。2年前に乳がんと診断された50代の女性が今回、カメラの前で胸の内を語ってくれました。過去のつらい体験を共有してくださり、ありがとうございます。
彼女がいちばん悩んでいたのは、当時中学3年生だった娘のこと。抗がん剤治療による副作用がつらくてなかなかコミュケーションがとれず、家族の雰囲気はギクシャクしていきました。娘も徐々に不安定になり、学校が終わっても帰って来なくなったり、習い事に行きたくないと飛び出したりしたそうです。
悩む女性の心の支えとなったのは、子育て世代のがん患者たちが、気持ちや近況を自由に書き込み、交流できるSNS「キャンサーペアレンツ」です。彼女の心を動かしたのは、小学生の子どもをもつ患者が書いた日記。家族だからこそ言えない思いや、気づかってしまう歯がゆさなど、女性が抱いていた葛藤が表現されていたといいます。それをきっかけに、SNSに参加した女性。他の患者の方々が、家族でどうやってがんと向き合っているのか知り、自分の悩みも書き込むようになりました。女性が気持ちを吐き出せる場を見つけ、変わっていったことで、娘も穏やかに変わっていったと言います。
女性は、支える側の家族にも、“支えられる場”が必要だと話します。「今思うと、娘にこそ“はけ口”がなかった。友達にも、誰にも言えなかったみたいなので。家族が支えあうためには、患者だけでなく、夫や子どもたちも、家庭以外の場で支えられることが必要。」
乳がんのタイプや治療法がそれぞれ違うように、家族のかたちや関係もそれぞれだと、彼女の言葉から考えさせられました。寄せられた一人一人の声に引き続き、耳を傾けていきたいと思います。

子どもに病気をどう伝える?

「まだ小学生の子どもに、どう伝えればいいかわかりません」
(40代 女性)
番組には子どもに乳がんをどう説明すればいいか、悩みの声が次々と寄せられています。
昨日の動画で取材した家族は、「絵本」を使って子どもに乳がんのことを伝えたと言います。”乳がんになっても、不安に思わないで”―絵本を通して、母が伝えたかったこととは。


【新聞づくりで家族全員が‟がん活動”!?】
「家族全員でがん活動」―びっくりするようなひと言で始まった番組への投稿文。4年前に乳がんと診断された方が寄せてくれました。乳がんと診断された後、夫を中心に家族みんなで取り組んだのががんを理解するための「新聞づくり」。家族ぐるみで”がんを理解する活動”を続けたところ、子どもたちの心境にも変化が生まれたといいます。明るさでいっぱいの家族が教えてくれた工夫とは?

支える家族にも“支え”を

「夜中ぱっと目が覚めた時、不安に襲われた」と語る、乳がんの妻をもつ40代の男性。悩みを抱えこむ中、心の支えとなったのは“同じ境遇の夫たち”でした。


「昔の日常には戻れないのかな?」「モヤモヤを吐露したくて…」
がん患者のパートナーや家族が、あるSNSに投稿した言葉です。
このSNSは“支える人にも支えが必要”を掲げ、がん患者のパートナーたちがホンネを語る場になっています。


取材ディレクターより:パートナーのSNSを取材して
妻や恋人が乳がんと診断されたら、パートナーの男性はどう接しているのか、悩みはないのか。そんな疑問を抱き、配偶者や恋人ががんになったパートナーたちのピアサポート・ネットワークを取材しました。それが、SNSグループ「キャンサー・パートナーズ」です。

サイトを開設した、三宅俊介さん。2012年、妻のがんが発覚し、2014年に亡くなるまでその闘病を支えました。実は、三宅さん自身もがんサバイバー。妻の病気がわかる9か月前に急性骨髄性白血病と診断され、抗がん剤治療も経験しました。妻の闘病中、幼い娘がふたりいた三宅さん。育児、家事、仕事に追われながら、子どもも妻も支えることは、精神的にも大きな負担だったと言います。

その後、三宅さんは、自分と同じような立場の人たちと出会うなかで、“健康な大人”として“患者を支える”ことを周囲から求められ、パートナーが孤立している状況を目の当たりにしてきました。自身の経験から立ち上げたSNSには、誰にも打ち明けられないもやもやした気持ちを吐露したり、それに対するアドバイスがあったりと、様々な書き込みやメッセージが集まっているそうです。「とにかく一人で抱え込まないで」と三宅さんは話してくれました。

乳がんサバイバー それぞれの思い

【“検診を身近に” ある乳がん患者の思い】
神戸で開かれた「ピンクリボンウオーク」と呼ばれるイベント。そろいのピンク色のゼッケンをつけて、町中を歩いて乳がん検診の受診を促します。ある参加者はがん検診に携わる仕事をしながら、このイベントに参加し続けてきました。しかし8年前、自分自身ががんになったことでイベントへの思いが一変したと言います。


【経験者が‟支える人”に】
「私は‟病気の先輩”なんです」―病院内の「乳がん情報提供室」で働く女性が語った言葉です。彼女は10年前に乳がんと診断。当初は何も考えられずに泣いてばかりいたそうです。乳がんと向き合う中で彼女が選んだのは、勉強をして”乳がんの先輩として支える側”に立つことでした。


取材ディレクターより:“乳がんの先輩” 相談室にも工夫を
動画で紹介した吉田さん。働く部屋の中に入ってまず驚くのは、この相談室の雰囲気です。やさしい音楽が流れ、アロマの香りがする部屋は、まるで病院内とは思えないほど落ち着いた空間です。「患者さんやそのご家族と話すとき、リラックスしてほしいから」という吉田さんなりの気配りです。室内の棚にはウィッグや美容品なども置かれており、治療中の生活をどう豊かにしていくか、女性ならではの悩みに寄り添いたいという経験者の強い思いが感じられました。
多いときで一日あたり5,6人の患者と、時には数時間かけて対話をするという吉田さん。‘支える側”に立つために、NPOが主宰する乳がん体験者向けの講座を受講し、がん医療にかかわる専門知識も学習しました。相談内容に応じて、時には治療に向けて医師と情報交換し、時には別の支援窓口につないだりと、今ではワンストップで患者の悩みに対応しています。
吉田さんのように病院の職員として患者の相談に応じている乳がん経験者は全国的にもまだ少なく、ボランティアとして相談員をされている方が多いそうです。インタビューに答えていただいた、谷和行医師は「吉田さんのような患者の“先輩”として相談に応じられる職員が、もっと全国の医療機関で増えていくことが理想的だ」と話していました。
これまで番組に寄せられた声でも「職場や親族、周りに相談ができない」という悩みは多く届いています。身の回りにもし乳がんを経験された方がいたら、そのような“先輩”と色々話すことが、乳がんを乗り越える上で大きな支えになるのかもしれません。


これって「ケモブレイン」?


「重要なことや言葉が思い出せない」「ぼんやりして集中できない」
乳がんの治療中、または治療後にこんな症状、思い当たりませんか?
もしかしたら、抗がん剤治療などによる「ケモブレイン」という一時的な症状かもしれません。


番組キャスターの“気づき“


【武田キャスターの“気づき”】
乳がんの妻をもつ夫と話した武田真一キャスター。対話を通しての“気づき“とは。


【鎌倉キャスターの“気づき”】
遺伝子解析でがんの再発リスクを調べた女性を取材した鎌倉キャスター。大切なのは“納得”だと言います。

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