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「松竹梅」の「竹」をつい選んでしまう理由 ~最新経済学の魔法~

「松竹梅」の「竹」をつい選んでしまう理由 ~最新経済学の魔法~

2017年11月30日

懐具合は寂しいのに、メニューにある「松竹梅」の中からついつい「竹」を選んでしまう…そんな経験はないだろうか。衝動買い、飲み過ぎ、ギャンブル…。人間は間違いをしでかす存在だという前提に立ち、その行動を科学する“行動経済学”で今年、ノーベル賞を受賞したのがシカゴ大学のリチャード・セイラー教授だ。心理学の手法を使った仕掛けで巨額の経済効果を生んだり、家計節約に貢献したりと世界で革命を巻き起こしている。そのセイラー教授が提唱するのが「ナッジ」という魔法の仕掛け。いったいどんなものなのか?

「にんげんだもの」でノーベル賞!? ヒトは“非合理的”な生き物

「『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』。私はこの言葉が大好きなんだよ」

今年、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授がこよなく愛するのが、相田みつをの詩だ。以前来日した際、相田みつを美術館を訪れたのがきっかけでファンになった。その言葉は、研究テーマそのものになっているという。

「相田みつをの『にんげんだもの』という言葉。それはまさに、私が40年かけて研究してきたことでもあるんだ。学生の頃、経済学の論文をたくさん読んだけれど、そこに書かれている人間は現実に存在している人間とはかけ離れている気がした。それで私は、それまで経済学者が無視してきた人間のおかしな行動を調べることにしたんだ。」

セイラー教授は、心理学と経済学を組み合わせることで人間のリアルな活動を分析してきた。

例えば、ランチにうなぎ屋さんに来たサラリーマン。メニューは松が3,500円、竹が2,000円、梅が1,000円。懐具合を考えると梅を選びたいところだが、つい、『“竹”ください!』。と注文してしまう。

実は、松竹梅とメニューが3種類あると、5割以上の客が竹を選ぶのだという。「極端回避性」と呼ばれる人間心理だ。さらには、最初に3,500円の松が目についたため、ふだんなら予算オーバーの竹を安く感じてしまう「アンカリング効果」も働いている。

伝統的な経済学では、議論を分かりやすくするため、人間は「自分が得するように必ず合理的に判断する」と想定されている。ところが実際は、さほど欲しくない物を衝動買いしたり、ギャンブルにはまったりとあまり合理的とはいえない。セイラー教授は、こうしたリアルな人間像を経済理論に取り込み、実際の現場で役立つ画期的なアイデアを次々と生み出したことが高く評価され、ノーベル賞受賞につながった。

「人間って面白い生き物だろう。こういう人間らしさが、さまざまな形で経済に影響を及ぼしているんだ。だから私は、経済学に人間らしさを体系的に組み込むことに挑戦してきたんだよ。」

超低コストで大きな経済効果 魔法の仕掛け「ナッジ」とは?

行動経済学とはどういうものなのか。大阪大学教授の大竹文雄さんによると、私たち人間の行動は、合理的な行動から一定のパターンで偏り「バイアス」があるという。この特性を見つけて、それを体系的に経済学に取り入れるのが行動経済学だ。その手法は、ビジネスの現場でもよく使われている。

たとえば、テレビ通販などでよく見る“売り切れ続出”や“有名人の○○が愛用”といった宣伝文句。これは、商品の機能を自分で吟味せず、利用しやすい情報だけで判断してしまいがちな「利用可能性ヒューリスティック」という人間の性質を突く手法だ。さらに、最初の提示額よりも値引きされると、よりお得感を感じる「アンカリング効果」。“返品無料”や“ツケ払いOK”には一度自分のものになると価値が上がったように感じる「保有効果」。今すぐ払わなくていいと、負担が軽くなったような錯覚に陥りがちになる「現在バイアス」などなど。行動心理学に基づいたあらゆるテクニックが巧みに使われている。

セイラー教授は、こうした人間らしさを逆手に取って、ちょっとした仕掛けで社会をよりよくすることができると提唱している。

その一例が、ハエのシールを貼った男性用トイレ。シールを貼ることで利用者が狙いを定めるようになり、ある空港では年間1億円以上も清掃費用が削減できたという。このように超低コストで巨額の経済効果を生み出す仕掛けを、セイラー教授は「ナッジ」と名付けた。英語で「ひじを小突く」という意味だ。

「ナッジ」の最大の成功例が、アメリカで企業年金(確定拠出年金:401k)の加入率を大幅にアップさせたことだ。401kは会社が掛け金の一部を負担する従業員に有益な年金プランだが、多くの人が加入しようとしなかった。加入手続きには分厚い書類に貯蓄額や投資先などを細かく記入する必要があったからだ。その結果、定年後生活に困る人が続出し問題になっていた。

そこでセイラー教授が考えたのが、「年金脱退申込書」。方式を180度転換し、年金に入りたくない人が申込書に記入し、書かない人は自動的に加入することに。すると僅かなコストで効果はてきめん。この方式を導入した企業の年金加入率はおよそ90%に急上昇した。めんどくさいことはしたくない。そんな人間心理を巧みについたのだ。

他人と比べられると気になる…? 日本でも「ナッジ」を使った試みが

日本でも、「ナッジ」を使った国家プロジェクトが動き始めている。国は省エネ促進のため、実験的に12月から5年間、毎月あるレポートを各家庭に送ることにした。近所で家族構成などがよく似た家庭と比較して、どれくらい電気を使っているかがグラフで示される。他人と比べて多いとか少ないとかいわれると、気になるのが人間というもの。これがナッジとなって各家庭が電気の使用を2%減らせば、年間3兆円もの電気料金を節約できるという。

「従来のメッセージは『節約しましょう』とか『こうしたら環境にいいですよ』という形のアプローチが多かった。それで響く人もいれば響かない人もいる中で、1人1人に合った形のアドバイスをお送りしますので、(省エネを)身近に感じていただく、いいきっかけになるのではないか。」(環境省 池本忠弘さん)

ナッジのポイントは、低コストで人の行動を変えられること。少し表現を変えたり、やり方を変えたりするだけで大きな効果を生み出し、人々の行動をいい方向に後押しするのだ。
一方で、間違った使い方をされたり、悪用されたりする可能性も否定できない。そうならないためにどうすればいいのか。大阪大学教授の大竹さんは、私たちが行動経済学をよく知り、いい方向に使われていることを認識することが大切だという。

1人1人がよりよい判断ができるよう、社会全体がよりよくなるよう導いてくれる、行動経済学はそんな可能性を持った学問と言えそうだ。

この記事は2017年11月20日に放送した「家でも会社でも使えるノーベル賞理論! 最新経済学の魔法」を元に制作しています。

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