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9秒98 桐生祥秀、偉業への苦難を語る

9秒98 桐生祥秀、偉業への苦難を語る

2017年9月15日

人類で一握りの選手しか見られない境地、100m“9秒台”。その世界に、ついに日本人が足を踏み入れた。桐生祥秀選手。高校3年生で10秒01を出してから4年、そこには人知れぬ苦悩があった。偉業達成までの日々を桐生選手が語った。

20センチが届かない 苦悩の4年間

9月9日、日本学生陸上競技対校選手権大会、男子100m決勝。桐生祥秀選手が日本人初の9秒台を記録した。
「やっと世界のスタートラインに立てた。大きい試合で勝負するのが目標。ここから先の陸上人生の方が長いと思うので、0.01秒でも速くゴールして、強い選手になっていきたい。」
(桐生祥秀選手)

桐生選手の名前が一躍全国にとどろいたのは、4年前の高校3年の時。“10秒01”をたたき出し、9秒台まであと100分の2秒、わずか20センチに迫ったのだ。

速く走る鍵は、1歩の歩幅「ストライド」と、1秒間の足の回転数「ピッチ」をいかに上げるかにある。このレースで桐生選手のストライドは2.12。ピッチは4.72。高いレベルで2つを両立させ、夢の9秒台が現実味を帯び始めた。

翌年、桐生選手は鳴り物入りで大学に進学。9秒台への期待を一身に背負い、徹底的に体を鍛えた。しかし最初の2年間はけがが相次ぎ、あと20センチが届かない。けがが回復し、3年生で出場した日本選手権のタイムは10秒31。試合後の会見では悔しさをあらわにした。

大きな課題だったのが、レース中盤以降に体が反ること。速く走りたいと気負うあまり、上体のバランスが崩れてしまっていた。その結果、日本選手権では10秒01を出した時と比べて、ストライドは4センチ、ピッチも0.05少なくなっていた。

偉業達成の陰にはあの金メダリストが

自己ベストを更新できない中、桐生選手が指導を仰いだのが、ハンマー投げの金メダリスト室伏広治さんだった。筋肉の効果的な使い方を知り尽くす室伏さんに体幹周りのトレーニング方法を学ぶことで、上体を安定させようと考えたのだ。

「体感の芯の部分、見た目には見えない部分が鍛えられたし、何より世界一をとった人から教えてもらう、メンタル面でもすごく大きい。」(桐生祥秀選手)

それでも、4年前に出した自己ベストを更新するのは簡単ではなかった。今年6月の日本選手権のタイムは10秒26。手にできると思っていた世界選手権100m代表の座を逃した。

「1回やる気がなくなりましたね。自分が負けたから選ばれない、勝負の世界なので。トレーニングとか、練習はやめたいというのがあった。」(桐生祥秀選手)

走る意味さえ見失いかけ、練習することもできなくなった。

ようやく走ることができたのは、日本選手権の1週間後。無心になって走るうちに、自分の原点ともいえる感覚を取り戻していったという。

「原点は走って楽しい。それに優勝したら楽しいも入る。走って楽しいのが原点。もう1回味わいたい。」(桐生祥秀選手)

そして迎えた今回のレース。左足に違和感を抱え出場を迷ったが、そのことで逆に肩の力が抜けプレッシャーを感じずに済んだという。

刻まれたタイムは9秒98。日本選手初の偉業達成。4年間の苦節を乗り越え、新たなステージにたどりついた。

データで徹底分析 9秒98の世界

身長176センチ、体重70キロ。陸上選手としては決して大柄ではない桐生選手。そのピッチ、ストライドを比較すると、10秒31に終わった2016年の日本選手権に比べ、今回はどちらも向上。かかった歩数は48.2歩から47.3歩に減った。


400mハードルで3度のオリンピック出場経験を持つ為末大さんは、もう1つ、あるデータに注目する。

最高速度の出現地点だ。6月に比べて10メートルほど先で出ている。これまでの桐生選手は、前半スピードが一気に上がって、後半に落ちることが多かった。しかし今回は、最高速度がより後半で出ていることから、為末さんは技術が高まっているとみる。

“9秒台”の世界を狙う若きスプリンターたち

ライバルたちも次なる9秒台を狙っている。今回、桐生選手と同じレースを走った多田修平選手(自己ベスト10秒07)。持ち味は世界トップレベルのスタートだ。現役2番目のタイム、10秒03を持つ山縣亮太選手は先を越されて悔しがる。さらにケンブリッジ飛鳥選手(自己ベスト10秒08)、18歳にして今年の日本選手権を制したサニブラウンアブデル・ハキーム選手(自己ベスト10秒05)と、かつてない数の若きスプリンターが育っている。

分厚い選手層に期待が高まる日本陸上界。今に至るには地道な取り組みがあった。

日本選手がオリンピック男子100mで決勝に進出したのは85年前。「暁の超特急」と呼ばれた吉岡隆徳、ただ1人だ。一方世界の陸上界は、カール・ルイスの登場を機に高速化。9秒台が当たり前の時代に突入する。危機感を抱いた日本は、スプリント学会を結成し、世界最先端のトレーニング理論を取り入れようと動き始めた。2007年には全天候型のナショナルトレーニングセンターが完成。さらに、併設する国立スポーツ科学センターでは、最新機器によるフォームの解析が可能になった。

こうした活動の成果が現れ、北京オリンピックでは400mリレーで初めて銅メダルを獲得。
その後、陸上教室が人気を集め、2年間で高校生の競技人口は7,000人近く増加。上位10人のベストタイムの平均が世界5位というレベルアップにつながった。為末さんによると、桐生選手ら北京のメダルを見てきた世代は、世界で戦うのが当たり前になっているという。

これまで私たちが限界だと思っていた壁を打ち破り、世界のスタートラインに立ったと語った桐生選手。日本のスプリンターたちが、人類最速を決める舞台で躍動する日を心待ちにしたい。

この記事は2017年9月11日に放送した「100m 9秒台の世界へ ~日本選手初・桐生祥秀が語る~」を元に制作しています。

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