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「お前はクズだ」誰にも言えず…いじめの古傷 語れる場を

いじめの古傷に苦しむ人たちのために、月に2回、開かれている自助グループ。集まってくるのは、抱えた傷を周囲から理解されず、語れる場もない大人たちです。そこでは、打ち明けることから始まった、優しい連鎖も生まれ始めていました。

“語れる場が欲しかった”

過去のいじめの経験からひきこもりになったという男性を紹介した(記事「いじめの古傷 20年たった今も...“怒り”の先に見つけた生きる道」)に対して、多くの声が寄せられました。

何年たっても癒えることのない傷を、少しでも和らげるために何が必要なのか。ヒントを求めて取材を進めていたところ、過去のいじめの経験について語りあえる自助グループがあると知りました。

月に2回開催されている「のばらの会」です。

自らもいじめの経験を持つ下村順一さん(仮名・50才)が8年前に始めた会で、参加者はのべ100人以上。30代、40代が多くを占め、社会生活や人間関係での苦悩を抱える人ばかりです。コロナ禍でここ2年はオンラインで開催しています。

会のルールは「言いっ放し、聞きっぱなし」。

互いの話を評価したり、掘り下げるたりすることは、NGです。

いじめの経験はもちろん、現在の苦しみ、喜びなど、話したいことを自由に語ってもらうようにしているといいます。

のばらの会 世話人 下村さん

「対人恐怖を抱えて社会に踏み出せない中で、やっとの思いでやってきて、“初めて人に話せた”という人。いじめが原因だと周囲に言うと “もう大人なのに今さら”とか“終わったことなのに”といった言葉をかけられ、声を上げられずにいる人も多くいます」

参加者の一人が、話を聞かせてくれました。

西さん(仮名・56歳女性)。参加し始めたのは8年前。結婚し、専業主婦として暮らしていましたが、過去に学校や職場でいじめを受けた経験から、たびたびフラッシュバックや抑うつ状態に悩まされていました。

西さん

「専業主婦、ということにはなっていますけど、実際には“ひきこもり”そのものだったと思います。働けないですし、そのことへの罪悪感にさいなまれ続けていましたから…」

西さんの最初のいじめの記憶は、小学2年生の頃。同級生の女の子から理不尽な命令を受けるようになり、言いなりになってしまいました。以来、強く断ったり自分の思いを言い出したりすることができなくなり、たびたびいじめを受けるようになりました。社会人になってからは、同僚の先輩から矛盾した指示を出され、必死で対応しても否定される日々が続いたといいます。

「もう働けない…」

30代の時、結婚を期に退職。しかし、専業主婦になってからも、掃除をしているとき、お皿を洗っているとき…家事をしているふとした瞬間にそのことを思い出しては怒りがこみ上げ、身動きが取れなくなってしまいました。

西さん

「どこに行ってもいじめられるっていうことは、やっぱり嫌われてしまう自分に問題があるんだなとか。なんであのとき言い返せなかったんだろうとか、自分への怒りがこみ上げてくるんです。自分を責めてしまうのが一番しんどかったです」

起き上がれない日が続くと、何もしていない自分に対してさらに罪悪感が募りました。

どこかに気持ちをはき出さなければ、押しつぶされると感じていました。しかし、親しい人や家族にも、話すことができませんでした。

西さん

「“あなた自身に問題があるんじゃない”とか、“そんな昔の話、気のせいじゃないの”と言われてしまって、黙ることしかできませんでした」

話せる場所を求めて、虐待の経験やモラハラに悩む人向けの自助グループなど、さまざまな場所に足を運びましたが、親や夫との関係に悩む人たちが多く、自分の経験を打ち明けられませんでした。

そんなときに見つけたのが、下村さんが主催していた自助グループでした。

西さん

「言いっ放し、聞きっぱなしがルールなので、“あなたのせいでしょ”とか言われる心配がない。だから、安心して語れました。他の人もみんないじめの経験者なので、うなずきながら聞いてくれる。うなずいてあーって言って共感してくれるので救われる感じがするんです」

語ることで、ぐるぐると自問自答していた思考から抜けだし、経験を客観的に見ることができるようになっていきました。

一つ一つ嫌な記憶を語る度に、手放していく感覚があったといいます。

何年もかけて語り尽くした、という西さん。

少しずつ日々の暮らしに変化が見られるようになりました。

西さん

「自分が悪かったわけじゃないんだって、思えるようになったんです。それはものすごく大きな変化です。今も働くことができないのは変わらないのですが、同じ“家にいる”という時間であっても、自分を責め続けたり、過去の記憶に苦しんだりする時間ではなく、趣味を楽しむことを自分に認めてあげられるようになりました」

その一つが、絵を描くことです。

この取材に合わせて作ったと、西さんは手作りの冊子を見せてくれました。

子どものころ、周囲に理解されなかったいじめの体験。言葉では伝わりにくい記憶を、ひとつずつ漫画にし始めています。

同じ苦しみに直面している子どもたちの救いになったり、周囲の大人の理解が進むことに役立ってほしいという思いを抱いています。

西さん

「やっぱり、いじめを経験しないほうが良かったなって思うんですよね。今はどうしたらこういういじめが起きないかということを考えられるようになったんです。人のことを考えられるようになったのは、大きな変化ですね」

“お前はクズだ” 誰にも言えず

多くの人が参加してきた自助グループ。世話人の下村順一さんが始めたのは、自身もいじめ被害を誰にも打ち明けられずに苦しんだ経験があったからです。

中学3年生だった下村さんは、生徒会の役員と2つの部活の部長を兼任していました。

成績も学年上位で、順風満帆そのものでした。

しかし、6月のある日を境に、学年で成績がトップだったある同級生から、いじめを受けるようになりました。

「お前はクズだ」

休み時間の度に罵(ののし)られ、暴力をふるわれたといいます。

「やめてください」。

いつの間にか、主従関係ができあがっていました。

下村さん

「目立っていた僕のことを従属させるのが目的だったんだと思います。同級生である彼に懇願する日々は屈辱そのものでした。何よりも、たった一人の同級生にひざまずいた自分自身が許せませんでした」

下村さんは、周囲に気づかれないようへらへらと笑ってやり過ごし、「明るい優等生」であり続けるよう努めていました。

とりわけ、愛情をかけて育ててくれた両親には、何があっても隠し通そうとしていました。

失望されることを、何より恐れていたと言います。

下村さん

「自分が悪いと思っている人間は、人に助けは求められませんよね。それに僕にとっては、両親から愛されているということが、かろうじて死なずにいられる“命綱”みたいなものだったんです。親から失望されることは“死”を意味していた。大事にされていたからこそ、言えませんでした」

誰にも打ち明けられないまま、自分で抱え込んだ記憶。中学を卒業しいじめが終わってからも、人への恐怖心や自己嫌悪は増大していく一方でした。

大学に進学後、取りつくろうことが限界を迎え、うつと診断されます。

気持ちが沈む一方の生活をしていたある日、新聞記事が目に止まりました。

いじめを理由に自殺した中学生の遺書が掲載されていました。

つづられていたのは、家族にすらいじめを打ち明けられない苦しみでした。

自分も一歩間違えれば、彼のように死を選ぶ可能性があった。
生きるためには、過去の経験を人に伝えなければいけないと感じたと言います。

下村さんは自身の経験を文章に書きつづり、ホームページに公開。

同じような経験を持つ人たちとの交流を持つようになりました。

知り合った人たちにアンケートをとり、多く寄せられたのが「経験者どうしのつながりを持ちたい」という希望でした。

下村さん

「ひきこもりとか、アダルトチルドレンの自助会はあっても、過去のいじめという原因に特化した自助グループがあまりないことに気づきました。だったら、やってみようと」

痛みを抱えたまま 前へ

カウンセリングなどの勉強をしながら、試行錯誤を重ねてきた下村さん。

大切にしてきた言葉があると言って、1冊の本を見せてくれました。

そこには、こう書かれていました。

「幸い、トラウマは、誰かわかってくれる人がいて、きちんとサポートを得られ、心身の余裕が与えられれば、時間はかかるものの、少しずつ癒えていきます。(中略)もちろん、心の片隅に傷跡や痛みは残り続けることでしょう。(中略)痛みや苦しさをなくすのが目標ではなく、それらを抱えながら少しずつ生活範囲が広がり、生きる喜びや楽しさを時々でも味わえるようになることが、回復の現実的な目標と言えるかもしれません」(「トラウマ」宮地尚子著 岩波書店)

自助グループに来てくれた人に共感したり、役に立てたりすることが、自身の回復にもつながっていると言う下村さんは、

「一人でも必要とする人がいる限りは続けようと思っています。その一人というのは、僕なんですけどね」

と笑います。

いつでもそこにあり続けることで、伝えたいメッセージがあるといいます。

下村さん

「最低限、とにかく死なないで生き残ってほしい。そうすれば、いつか開かれる転機が訪れるかもしれない。生きている限りは可能性はゼロにはならずに残っている。僕にはそれくらいしか伝えられないですね」

「#となりのこもりびと」では、それぞれの記事に、読者のみなさんがコメントをつけられるようになっています。

過去の記事には、いじめの古傷に悩む声が多く寄せられています。

みなさんの体験談はもちろんのこと、「こうしたら苦しさが軽くなった」「こんなことを知りたい」といった声をお寄せ下さい。皆さんの声に応えられるよう、取材を進めたいと思います。

また、私たちと話してみたいと思って下さった方は、連絡先を記入していただけると嬉しいです。
みなさんの声が#となりのこもりびとを作ります。どうぞよろしくお願いいたします。

担当 「#となりのこもりびと」取材班の
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この記事の執筆者

首都圏局 ディレクター
森田 智子

「#となりのこもりびと」担当。

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