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2023年3月14日(火)

空前の“短歌ブーム”は何映す 令和の歌に託した思い

空前の“短歌ブーム”は何映す 令和の歌に託した思い

一体なぜ?いま“空前の短歌ブーム”が起きています。ヒット歌集が次々と誕生し、各地の短歌イベントは大盛況。けん引するのは20~30代の若い世代です。ポップな言葉で自ら歌を詠み、SNSに投稿する人が増加。見知らぬ人同士を、短歌でマッチングする自治体も現れました。その初顔合わせの結末は…。令和のいま、全国で短歌が広がりを見せる真相とは?コロナ禍でつながりが薄れた時代、人々が短歌に託す知られざる“物語”とは―。

出演者

  • 東 直子さん (歌人・作家)
  • 岡山 天音さん (俳優)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

全国で大流行なぜ? 短歌ブームの深層

桑子 真帆キャスター:
短歌や和歌というと、小野小町、石川啄木、そしてバブル期にヒットした「サラダ記念日」の俵万智さんなどを思い浮かべる方が多いかもしれません。

これまではこうした歌人の歌を味わうのが主流でしたが、令和の今の人気はちょっと違います。ツイッターなどのSNSを通してみずから短歌を詠む人が相次ぎ、「#tanka」には毎分のように投稿され続けているんです。

なぜ今、人々は短歌を求めるのでしょうか。

SNSを通した短歌ブーム 流行の背景は

SNSを舞台に巻き起こる「短歌ブーム」。その流行を象徴する一首があります。


ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

意中の人からの告白にはにかむ、乙女心をうたったこの歌。1.7万回も拡散され、さらに思わぬ展開をみせました。みずから下の句を作り、投稿する人たちが相次いだのです。


ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、メールの整理もできやしないし

ツイッターより

ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、キャベツが花を咲かせているし

ツイッターより

さながら歌会のような現象は、投稿から5年たった今でも続いています。

最初の短歌を投稿したのは、高知県に住む岡本真帆さんでした。会社員の傍ら、SNSなどで短歌を発信しつづけ、2022年に出版した歌集は累計1万5,000部のベストセラーに。令和を代表する歌人のひとりとなりました。

歌人 岡本真帆さん
「あの短歌を道具として、みんなで面白がる流れができること自体、すごいうれしい」

岡本さんは、日々の暮らしの中でふと心にとまった出来事を歌にしてきました。


平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ

岡本真帆

にぎやかな四人が乗車して限りなく透明になる運転手

岡本真帆

こうした日常の気付きが多くの共感を呼ぶことで、現代短歌の人気が広がっているのです。

岡本真帆さん
「短歌の存在によって自分たちの記憶の話とか、私はこう思うっていう考えの共有ができる。こういうことあったよねって、ちょっと笑いあえるおかしい瞬間とか、そういうものを人と分かち合えたほうがうれしいな」

短歌は新型コロナで深まった若者たちの孤独な気持ちも受け止めています。

大学生の三浦くもりさんです。

三浦さんが短歌を始めたのは大学1年の時。授業がすべてリモートとなり、思い描いた学生生活が送れないもどかしさを歌に込めてきました。


空っぽの講義室にも行きたくて けど切れっぱなしの定期券

三浦くもり
三浦くもりさん
「何となく集まって、何となくしゃべることができなくなったのが大きい。吐き出す場所がない。短歌という作品の形にすることで、自分の悩みにピリオドを打てるような感覚もある」

短歌は三浦さんに居場所も与えてくれました。SNSで短歌が趣味の人々と知り合い、オンラインで歌会配信を始めました。

三浦くもりさん
「皆さま、こんばんは。『筋肉短歌会』です」
「こんばんは」
「ちゃーす」

恋愛やサークル活動など、キャンパスで友人たちと語り合うような話題をテーマに歌を詠み合っています。

三浦くもりさん
「いただいた短歌が『求めてもいいよ私を あのひとの元恋人になる確率も』という短歌です」
「ああ、いいね」
三浦くもりさん
「刺さりましたか」
「めっちゃ好きだな」
「I need you 的なね」
三浦くもりさん
「新しい交流も生まれたので、思っていたよりも活動的というか、充実して楽しめているなと思います」

"今を生き直す" 短歌に託した思い

1月。京都で開かれた文学作品の同人誌のイベントでは、多くのブースで自作の短歌が売られていました。

にぎやかな会場の片隅で一冊の歌集を売る男性がいました。

杜崎ひらくさん、35歳です。

「歌集 自転車修理屋」。飾り気のないタイトルの自費出版の歌集。創作への思いがつづられていました。


自分の人生のいろんな場面を短歌でもう一度見つめ直す。生き直す。

歌集 自転車修理屋より

3年前まで都内のIT企業に勤めていた杜崎さん。過酷な勤務の末、体を壊し、会社をやめざるを得なくなったといいます。

杜崎ひらくさん
「ずっと首が直角になるぐらいうつむいて歩いていたので、あまり景色も見てなかった。"生きてるな"みたいな、そういう感じはなかった」

暮らしの先行きが見えない中、杜崎さんはSNSで知ったある歌人の作品に心を揺さぶられました。

6年前、32歳の若さでこの世を去った萩原慎一郎さん。非正規労働者として働く心の内を多くの歌に残しました。


僕も非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる

萩原慎一郎「歌集 滑走路」より
杜崎ひらくさん
「一瞬で情景がばっと広がる、心奪われる、思いに触れた瞬間に自分の中で何かが爆発するように短歌を求めるようになった」

萩原さんの作品に触れ、自分の生き方を短歌に刻み、残したいと考えた杜崎さん。ようやく見つけた自転車修理工としての再スタートを歌にし、SNSに投稿するようになりました。


自転車を直す仕事に就きました人の翼を直せるように

杜崎ひらく

仕事を覚えるため、朝早く出勤した時に見た、忘れられない景色。


サバンナの夜明けのような車両基地ライオン色の冬のひかりだ

杜崎ひらく
杜崎ひらくさん
「自分が救われた、そういう光景に祝福を受けたような。これを覚えておきたい」

短歌を作る中で、自分の日々がかけがえのない瞬間であふれていることに杜崎さんは気付きました。

杜崎ひらくさん
「31音の中におさめることで、大事なものだけ抜き取れることもある。ぎゅっと密度を高める。純度を上げるみたいな感じで。あとから読み返せたり、手に取れるものにしておきたい」

いくつもの明日が来ては今日になり昨日になり僕になってゆく

杜崎ひらく

歌人・作家 東直子さんと短歌を詠み解く

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、歌人・作家の東直子さんです。

東さん、数々の短歌の賞の選考もされていますが、令和の短歌ブームをどう詠み解いていますか。

スタジオゲスト
東 直子さん (歌人・作家)
1996年に「草かんむりの訪問者」で第7回歌壇賞受賞

東さん:
じわじわと若い人の歌集が本屋さんに並んだり、ツイッターでたくさんの短歌が流れたり。非常に身近な形で短歌というものを作ったり、あるいは感性の鋭い方が短歌を詠み解いてくれたり、そういった形で広がっているのかなという印象を受けますね。

桑子:
その背景にどういうものがあるのだと思いますか?

東さん:
私の経験からすると、新聞の投稿欄の選歌などをしているのですが、特にコロナで自粛生活を強いられていた時期から投稿歌がぐっと増えたんです。やはりちょっと閉ざされた世界の中で自分の内面に心が向いていき、それを言葉にしたい、言葉を詠みたいというような人があらわれたのではないかなと感じています。

桑子:
そこに短歌があったと。

東さん:
そうですね。小さな器なんですけれども、いろんなことが表現できるということに気付いてくれたのではないかなと思っています。

桑子:
実は番組で短歌を募集させていただいたところ(テーマは「春」)、1週間ほどでなんと1,000首近い歌をお寄せいただきました。ありがとうございます。

その中から東さんに5つ選んでいただきましたが、大変だったと…。

東さん:
たくさんのいい歌があったので選ぶのが大変だったんですけど、今回はこの歌を選んでみました。

桑子:


並びはじめた春色のブラウスに触れる小川をさわるみたいに

古川柊

これは?

東さん:
これはお店に並んでいるブラウスが非常に春の花のようにきれいな色のものが増えてきて、それをうれしいなと思いながら手でさわったら、そこに小川をさわるみたいな気がしたと比喩で表現しているんです。ブラウスの柔らかさが小川に変化するという、すてきな春の捉え方だなと思いました。

桑子:
都会にあるものと自然が、一つの歌に共存しているというか。

東さん:
そうですよね。都市の中に小川を見いだすという、この感性がすばらしいですよね。

桑子:
もうひとつ詠み解いていきたいと思います。


生ぬるい渡り廊下で不合格通知を見たらゆるんで春、きた

むく

東さん:
おもしろい歌ですよね。廊下を渡っていって、そこに合格、不合格の掲示がしてある。自分は「あっ、不合格だったんだ」ということを知ったという場面だと思うのですが、それをゆるんで「春、きた」、この表現が独特で、合格か不合格か知るまでは非常に緊張していて、そのことしか考えられなかったけれども、それを見たとたん何か緊張がほどけて緩んで「あっ。周りには今、春が来ているな」というふうに感じた。そんな歌ではないかと思います。

桑子:
この「ゆるんで」というのは緊張なのではないかと。

東さん:
そうですね。緊張感がほどけたということで「ゆるんで」という言葉を選んだのかなと思うのですが、おもしろいですよね、この春の使い方。

桑子:
「生ぬるい」という表現も何とも言えないですよね。

東さん:
ここがうまいところで、生ぬるい廊下で、もやもやした不安な気持ちが表現されて、でもそれが最後は春につながって、あたたかさにつながって、不合格で残念とてもつらいけれども「、」でこの気持ちを切り替えて「さあ、春がやってきたから気持ちを切り替えて頑張ろう」というような前向きな気持ちも込められているような気がしますね。

桑子:
「、」にも意味があるということですね。

東さん:
あると思いますね。うまいですね、この「、」が効果的です。

桑子:
短歌には歌に対して歌を返す「返歌」というものがあります。令和の今、新たなコミュニケーションの手段として注目されています。

短歌がつなぐ心 注目される「返歌」

今、万葉集の、ある現代語訳が5万部を発行する大ヒットになっています。男性から女性に好意を伝えるこの歌の訳は…

著者の佐々木良さんは、万葉集の歌のやりとりには今に通じるおもしろさがあるといいます。

著者 佐々木良さん
「この歌に返歌、歌の返答がついている。『うち 人妻やのに付きあえるわけないやん ワンチャンないで』。これは究極のSNSだなと。考えて考えて"私の気持ちはこれです"と短い文章で伝える。そこが魅力です」

この返歌で、現代でも新たな出会いを生む試みが登場しています。

宮崎県日向市が企画した「マッチング短歌」。名前や年齢、性別も明かさず短歌のみを投稿。それを気に入った人が返歌を送ることで友だちやパートナーをマッチングします。

選ばれたカップルは日向市にご招待。3,600首以上が集まりました。

日向市観光交流課 若藤公生課長
「相当な反響を得て、びっくりしてるところ。狙い通り以上です」

この企画に短歌を投稿した香雪蘭さん。都内の大学の農学部に通っています。

牧場で働くことをめざす蘭さんは、2022年に北海道でインターンを経験。そこで仕事の厳しさに直面した悩みを歌にしました。


便箋を選ぼう開けた小窓から 飛んでく俺の憂鬱のため

香雪蘭
香雪蘭さん
「経験のなさゆえに牛の体調が急変し、亡くなってしまったり、職場とアパートを往復するだけの日々で話し相手が欲しいというか、そこがちょっと憂うつだった」

1か月後、蘭さんの歌に返歌が届きました。


憂鬱を載せるに似合う灰色の グラデーションで飛行機を折る
香雪蘭さん
「すてきな返歌をもらったなと率直に思って。『便箋で飛行機を折る』という、世界観を深くしてくれた。感性が似てるところがあるのかな。それを語ってみたいなというわくわく感ですかね」

どんな人が返歌を寄せてくれたのか。

日向市で歌の送り主と対面する日がきました。しかし、イベントの終盤まで相手は明かされません。

「詠んだ歌を他の人に言わないよう、ご協力よろしくお願いします」

参加者の短歌
バスの中 いるのは分かっているけれど だれかは分からぬ いいねの相手

紙飛行機の歌の主を思いながら、蘭さんは日向のまちを巡りました。

「それでは、マッチング交流会をスタートします」

返歌をくれた相手が発表される瞬間がきました。

「この短歌、返歌を詠まれた方、お越しください」

続々とカップルが誕生していきます。いよいよ、蘭さんの番です。

「パネルの前までお越しください」

紙飛行機の返歌の送り主は、都内に住む会社員の女性。ふだんはあまり知り合うことのない、蘭さんより一回り以上年上の人でした。

香雪蘭さん
「緊張してて」
返歌の送り主の女性
「たぶん顔赤くなってたと思うんだ」
香雪蘭さん
「心臓ばくばくでした」
香雪蘭さん
「どんな感じだと思ってたんですか」
返歌の送り主の女性
「誰かに聞いてって便箋を選ぼうとしてない、その選んだ便箋で自分の意思で、もやもやを手放してみたらどうかという『紙飛行機』」
香雪蘭さん
「本当にうれしくて。『紙飛行機にして飛ばしたらいいよ』と言ってくれて。すごい励ますわけでもなく、ちょっと背中を押してくれる」

蘭さんはインターン先の牧場に、この春から就職することを話し始めました。

香雪蘭さん
「4月から北海道のオホーツク海沿岸の町に住むんですよ」
返歌の送り主の女性
「そうなの、すごいね。意思を持って選ばれたお仕事だな。すごくうらやましい。状況が大変でも、それさえしっかりしていれば大丈夫かなと思うんですけど、時にはため込まないで吐き出すくらいは出来るといいかな」
香雪蘭さん
「めちゃくちゃ泣きそうです」

短歌で思いを受け止めて優しく背中を押してくれた女性。

旅の終わり、今度は蘭さんが歌を返しました。


種を蒔き水を絶やさぬ牧場にて 新たな風がまぶたを撫でる

香雪蘭

空前の短歌ブーム 現代社会と心の交流

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
現代における返歌の形。どういうふうにご覧になりましたか。

東さん:
心のちょっと深いところを掘り下げて出来上がった短歌。それに共鳴し合った2人だけに、すぐに打ち解けて仲よくなれる特別な力があったんだなというのを感じました。

桑子:
深いところで通じ合っているような感じがしましたよね。

東さん:
そうですよね。

桑子:
今後ですが、短歌というものをどういうふうに楽しんでいってほしいと考えていますか。

東さん:
短歌という五七五七七の器に、自分の自由な感覚を自分の好きな言葉を乗せて表現できる、そのすそ野が広がっていると思うんです。なので、この広がったすそ野や地平線をさらに広げてくれるようなおもしろい歌、心を写す歌、楽しい歌など、それぞれの表現を深めて短歌を作ってもらえたら私も詠むのがすごく楽しみだなと思っています。

桑子:
東さんにとって短歌とは。

東さん:
短歌を始めたのが30年ぐらい前なんですけど、短歌で自分もちょっと変わったなと思うんです。短歌という器だからこそ、小さな言葉の器で自分をすくいあげて新しい自分を発見できたかなと思っています。

桑子:
ありがとうございます。

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