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2023年2月27日(月)

届かぬ支援なぜ トルコ・シリア大地震

届かぬ支援なぜ トルコ・シリア大地震

トルコ・シリアを襲った大地震。各国の緊急支援が届き始めた一方、深刻な“支援の空白地帯”も生まれ、巨大災害時の課題が浮き彫りに。その一つがシリア北西部。長引く内戦の影響で数百万人の国内避難民が暮らす反体制派最後の拠点です。「地震で助かった命が、次々に失われている―」。現地のNGOからは悲痛な声が。“見えない被災地”で何が起きているのか?どうしたら支援を届けることが出来るのか、最新情報と共に報告しました。

出演者

  • 高橋 和夫さん (放送大学名誉教授)
  • 村田 慎二郎さん (「国境なき医師団」日本 事務局長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

死者5万人超 現地は今 トルコ・シリア大地震

桑子 真帆キャスター:
トルコ南部で発生した大地震から3週間。亡くなった人は、東日本大震災の関連死を含めた死者・行方不明者の倍以上、5万人を超えるなど大きな被害が出ています。

今回の地震の特徴は大きく2つ。ひとつは、被災した地域がトルコとシリアにまたがる極めて広範囲に及ぶこと。WHOによると、少なくとも2,600万人が支援を必要としています。もうひとつが、社会で弱い立場にある人が多く被災していることです。経済発展に取り残された人や、長年続く内戦に苦しめられてきた人を大地震が襲ったのです。

まずは、震源地のトルコで明らかになってきた実態です。

"人災"の指摘も 震源地トルコで何が

震源地近くの街、ヌルダー。先週、トルコ政府が整備した仮設住宅への入居が始まりました。周辺には、被災者が食料品などを無料で持ち帰ることができる店舗も設置。現地を視察したエルドアン大統領は、3月から公営住宅の建設も始めるとしています。

トルコ エルドアン大統領
「一刻も早く住宅や職場、町の再建を始めていきます」

一方、近くの街を取材すると支援が行き渡っていない実態が見えてきました。

被災者
「必要なすべての物資が届いていません。本当にひどい状態です」

支援が行き届かないのは、被害が広範囲に及び、道路なども寸断されたためです。トルコ政府は、10の県に非常事態宣言を発出。その面積は、関東地方のおよそ3倍に相当します。

想定を超える被害は"人災"だという指摘も。

震源地からおよそ140キロ離れたアンタキヤでは、弁護士たちが違法な建築や改築を調査していました。

トルコ弁護士会連合 副会長
「もし建物が適切な方法で建てられていたら、こんなに人が死ぬことはなかったでしょう」

これまでたびたび大きな地震の被害を受け、日本と同様、厳しい耐震基準が定められていたトルコ。しかし、違法な建築や改築が横行していたといいます。

今回の地震で倒壊したり取り壊しが必要となった建物は少なくとも17万3,000棟。多くの人が家を失い、190万人以上が避難生活を余儀なくされたのです。

"弱者"襲った大地震

さまざまな背景の住民を抱えるゆえの難しさも浮き彫りとなっています。

周辺の地域でがれきの撤去が進む一方、少数派のクルド系住民が暮らす地区は作業が手付かずのままとなっていました。

"支援が後回しにされている"との不満が広がっています。

クルド系住民
「私たちには一切、政府の支援はありません。私たちはここで、2級市民の扱いを受けているのです」

トルコには、内戦でシリアから逃れてきた難民350万人が不安定な生活を送っていました。その半数近くが今回の地震で被災。多くが再び住む場所を失ったのです。

カフラマンマラシュでは、シリア人1,000人がシートを張って雨風をしのいでいました。

2歳半の息子と避難している女性です。テントも暖を取るためのまきも支給されない中、ごみを燃やし、厳しい寒さに耐えていました。

女性
「せめて子どもを暖めるためのものが欲しい。それさえあれば十分です。私たちに未来はありません。シリア内戦で家族を失い、トルコでも家族を失い、将来などありません」

発生から3週間 震源地トルコは今

桑子 真帆キャスター:
生活の再建はおろか、かろうじて命をつなぐ厳しい状況が続いています。

トルコ南部・カフラマンマラシュには、地震の発生直後から現地で取材を続けるイスタンブール支局の佐野記者がいます。佐野さん、3週間がたって現地の状況、そして被災した方々はどんな様子でしょうか。

イスタンブール支局 佐野 圭崇記者(トルコ カフラマンマラシュ 中継)
こちらは、震源に近いカフラマンマラシュの公園に設けられた避難所です。多くの人々がテントで身を寄せ合う生活が続いています。3週間取材を続けていますが、こちらのように比較的早く支援物資が届いたところもある一方で、命をつなぐ支援すらいまだ受け取れていない人もおり、復旧というフェーズにはまだ程遠いと感じます。

失った家族を思い出し涙を流す人、子どもの体調を気遣う母親など、人々の悲しみや不安は何ら変わっておらず、住み慣れた土地を離れる人も後を絶ちません。

さらに被災地では、建物の倒壊の責任を問う怒りと憤りの声が上がっています。支持基盤の建設業界の対応が甘かったとして、エルドアン政権への批判にもつながっているのです。

また、クルド系住民やシリア難民からは救助やがれきの撤去に加え、支援も後回しになっているとして不満の声も聞かれます。当局は危険度に応じてがれきの撤去を進めており、テントも申請順だとしていますが、支援に格差が生じることになれば対立を生みかねません。被災地で噴出するさまざまな声と切実な訴えにどう応えていくのか。人々の生活再建に向けた息の長い支援を国際社会としても支えていく必要があります。

桑子:

今回の大地震ではシリアの北西部も大きな被害を受けています。青くなっている一帯は、10年以上続く内戦で政権の弾圧によって追い詰められた「反政府勢力」の拠点となっている地域です。ここが今、支援がほとんど届かない空白地帯になっています。

届かぬ支援なぜ? シリア北西部の実態

内戦が続き、被害の全容がいまだ見えないシリア北西部。被災地の状況を知るため、現地のジャーナリストに協力してもらいました。

現地のジャーナリスト
「向こう側も倒壊しています。この道路(の建物)は全て崩れています」

トルコ国境から僅か数キロの位置にある、イドリブ県ハリム地区。シリア北西部で最も多くの死傷者が出た街です。

ハリム地区の住民
「見てのとおり、ひどい災害でした。この建物だけで100人から150人ぐらいがいました。生存者は6、7人ほどです」
マフムード・バラカートさん
「テントの中はご覧のとおり、暖房も何もありません」

自宅が全壊したマフムード・バラカートさんです。妻は、がれきの下敷きになり、今もこん睡状態です。12歳の娘、そして9歳の息子は命を落としました。バラカートさんや助かった息子たちも骨折するなどの大けがを負いました。しかし、必要な治療を受けられていません。

マフムード・バラカートさん
「私たちがもらったのは痛み止めだけです。医者からはこれ以上の治療はできないと言われました」

連日、負傷者を受け入れている地域の病院です。地震で5人のスタッフを失いました。

医薬品の支援物資はほとんど届いていないといいます。残された薬もまもなく底をつこうとしていました。

医師
「この地域は貧しく、長引く戦争の影響で、そもそも消耗品も設備も不足していたのです。いまだ支援がほとんど来ていません」

この地域の人たちは、10年以上にわたる内戦でアサド政権の弾圧を受けてきました。ロシアから軍事支援を受けたアサド政権は、反政府勢力が支配する地域を容赦なく攻撃。多くの住民が犠牲になってきました。

政権側の攻撃を逃れ、数百万人が避難してきたシリア北西部。内戦で多くのインフラが破壊されてきた地域を地震が襲ったのです。北西部では今、バラカートさんのように命をつなぐための支援を必要とする人が410万人に上ります。

マフムード・バラカートさん
「空爆も戦闘も私たち家族は一緒に生き抜いてきました。しかし、この地震で引き裂かれてしまいました。私たちだけで復興するのは難しい。どうすることもできません」

実は今、首都ダマスカスには各国からの支援物資が相次いで到着しています。これまで各国から経済制裁を受けてきたアサド政権のもとに、地震のあと、日本を含む国々から人道支援が寄せられているのです。しかし、これらの物資は北西部には届けられてはいないといいます。

現地で活動する 日本赤十字社 松永一さん
「(反政府勢力が拠点とする)北西部は当事者との話が続いていますけれど、まだ支援を送ることの了解が得られていないので救援活動もできていません」

支援物資が送れないのは、アサド政権側と反政府勢力との間で協力が実現していないからです。

北西部イドリブ県に暮らし、被災者支援に当たっているNGOの男性。物資が届かない窮状を訴えながらも、政権側が関わるものだけは受け取れないといいます。

北西部 イドリブ県在住の男性
「私たちはアサド政権の攻撃に追われ、ここに来ました。自宅のすぐ近くを爆撃されたとき、妊娠中の妻と幼い娘もいました。政権の地域から来る物資は、どうしても受け取れません。ほかの住民も同じ気持ちでしょう」

ダマスカスからの物資が届かない中、残された道は国連が管理するトルコ側からの限られたルートです。地震のあと、3か月に限って2か所が増設されました。

トルコ側のルートから支援を模索している日本のNPOです。

「トルコから運ばなきゃいけない」
「そうですね。人の移動は大丈夫みたいなんですけど、とにかく支援物資の移動というか」

しかしトルコ南部も被災し、混乱が広がる中、シリア側への物資の搬入は難航しています。NPOのもとには、今も次々と悲痛な声が寄せられています。

「(シリアの)ジャンデレス地区の避難所です。大勢の人が身を寄せています」
「電気がきていません。気温は0度、寒いです」
NPO法人「REALs」 玉木杏奈さん
「シリア国内で本当に取り残されている、もともと支援が届きにくかった方々がこうして被災をして、さらにもっと必要なもの、命を生きていくために必要なものが手に入らなくなっている。少しでも温かい食べ物だったり、シェルターだったりとか届けられるようにしたいとすごく思いますね」

浮かび上がる課題 トルコ・シリア大地震

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、現在シリア国内で医療支援活動に取り組んでいる「国境なき医師団」日本の事務局長、村田慎二郎さん。そして、中東情勢に詳しい国際政治学者高橋和夫さんです。

まず村田さんにお伺いしますが、「国境なき医師団」の現地での支援は今どんな状況でしょうか。

スタジオゲスト
村田 慎二郎さん (「国境なき医師団」日本 事務局長)
シリアなど国内で医療支援活動に取り組む

村田さん:
非常に厳しいです。12年間続いていた内戦で、シリアの北西部では医療施設の9割が空爆などの被害で機能停止をしております。今回の地震でさらに多くの医療施設が被災しました。「国境なき医師団」は、内戦が悪化した時のために外科手術で必要な医療物資を12トン備蓄していたんです。ただ、それもすべて地震の直後に40程の医療施設に提供しました。在庫はもう今ありません。このまま支援が届かないと、時間とともに事態がさらに深刻化するのではないかという懸念を持っています。

この地域では、地震が起きる前から人口の9割が人道支援を必要としていました。さまざまな医療ニーズに対応できなければ助かるはずの命が助からなくなっていきます。例えば、地震によるけがだけではなくて産婦人科や小児科、それから人工透析など、継続した治療が必要な患者さんもいますが、支援がないと治療の継続というのは難しいです。

また、感染症が発生する可能性があります。衛生環境が悪くて安全な水の供給が行われていない場所では「コレラ」が発生することがあります。実際、2022年の後半はシリアの北東部で多くの人たちの命がコレラによって脅かされました。それ以外にも心のケアなど、膨大なニーズというのがこれから顕在化していくと考えられます。

桑子:
シリア北西部は10年以上、反政府勢力とアサド政権の内戦が続いていて、この地域で村田さんも実際に活動されたことがあると伺っていますが、ここに支援を迅速に届けるためには何が必要だと考えていますか。

村田さん:
2つあります。1つは、「内戦を再び活性化させない」ということが重要です。この地震があったあとでも、この北西部ではいくつかの武力衝突が報告されています。今は争っている時ではありません。私が北西部のアレッポに行ったときも人道支援だけに集中したかったのですが、空爆やイスラム国の台頭でそれができなかったんです。ですから、今は人道援助を最優先にし、政治が動くことが大切です。

2つ目は、「トルコからの越境ポイントの維持」ですね。これは今まで何度も国連安保理の常任理事国の政治的な対立によって閉鎖の危機にさらされてきました。ですから、この越境ポイントが、人々が危機的な状況を脱するときまでしっかりと人道援助に使われるようにするということが政治の責任だと考えています。

桑子:
高橋さん、この地域で地震が起きていることが、今どのように事態を深刻にしていると見ていらっしゃいますか。

スタジオゲスト
高橋 和夫さん (放送大学名誉教授)
国際政治学者 中東情勢に詳しい

高橋さん:
村田さんのお話にあったように、内戦で人々は大変苦しんで、反体制派地域に住んでいる方はアサド政権に対する恨みの感情というのもあるんです。したがって、アサド政権側から物資を入れようとしても入らないという事例もあるし、最近一部では(物資が)入ったという報告もありますので、白か黒かではないのですが、やはり2011年以来の内戦で、もう30万、40万人の人々が亡くなったという内戦が残したシリア社会の亀裂は深いですね。

桑子:
ただ、アサド政権自体に支援物資が届いていると。この動きというのが、これまで苦しんできた人たちの状況を変えるきっかけにならないかと思うのですが、どうでしょうか。

高橋さん:
おっしゃるとおり、実は周辺のアラブ諸国はアサド政権を倒したいとずっと動いてきていたのですが、この内戦を経て倒れないと。じゃあもう一度アサド政権と付き合おうかという雰囲気が出てきたところで、今回の震災だったんです。

この震災で、人道援助だということで国交を深めていくということで、自分たちの政策が間違っていたのではないという、ある意味アリバイを得たわけです。ですから、物資が入ることによって少なくともアサド政権下の人たち、支配下の人たちは生活が少しよくなる。そして物資を出すほうも、これはあなたの支配地域だけじゃなくて、反体制派の地域にも届けてくださいよというメッセージを伝えていますから、その一部が反体制派地域に入れば反体制派地域の生活もよくなるということが期待できる。

ですが、もちろん反体制派の地域の人たちにしてみれば、国際社会、アラブ社会の認知を受けることによって、アサド政権の抑圧的な体制が正当性を再び獲得するんじゃないかという懸念があるわけです。

桑子:
今後求められる支援はどんなことがありますか。

高橋さん:
シリアに関しては人道支援。トルコに関しては被災地支援と同時に、トルコがシリア難民を350万人も受け入れてきて、本当にこの負担に耐えかねているんです。ですから難民を支えるトルコを支える、手を差し伸べるというのは国際社会の任務だと思います。

桑子:
村田さん、私たちに何かできないかと思うのですが、どんなことがあるとお考えですか。

村田さん:
地震大国の日本では、被災地の方々に心を痛める人たちが多いと思います。ただ、3月で内戦13年目になるんです。ですから国境を越えた支援というもので、被災地の人たちが孤立してしまわないように自分たちもまだ世界から見捨てられたわけではないと希望になるような関心を、同じ地震国の日本から持ち続けることが大事だと考えています。

桑子:
被災地への思いを寄せ続けてほしい。最後は、私たちに向けられた願いをお聞きいただきます。

どんな小さな希望でも ある難民のメッセージ

日本で学ぶ、シリアからの難民、スザンさん。内戦でトルコ南部に逃れ、5年前に来日しました。今、現地のニーズを探り、日本のNGOに伝えています。

支援が生き届かないなかで、私たちに出来ることは―

スザンさん
「たとえ1ドルでも1円でも寄付をすれば、大きな変化が生まれます。『大丈夫?』と聞いてもらうだけで、人は安心するんです。どんなに小さくても、希望を持ち続けることが大事です」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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