クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2022年10月11日(火)

食卓から消えた魚はどこへ?魚の大移動に迫る世界初の魚の地図

食卓から消えた魚はどこへ?魚の大移動に迫る世界初の魚の地図

函館のイカが10年で10分の1に激減。岩手のサケは46分の1に▼一方、北の海でブリが大漁!?マンボウも▼原因の1つとされる「海の温暖化」。私たちの食卓も大ピンチ!▼“世界初の環境DNA調査"で衝撃の「お魚地図」。魚が大移動!?▼打開策はサケ稚魚の極秘トレーニング?▼目からうろこ!新参者の魚を海外に▼私たちも食べて貢献。絶品タチウオ料理にシイラ料理

出演者

  • 田中 丈裕さん (NPO 里海づくり研究会議 事務局長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

食卓の魚はどこへ 海の温暖化で"大移動"!?

桑子 真帆キャスター:
今、海に大きな異変が起きています。根室ではサンマ、岩手ではサケなど、各地を代表する魚の漁獲量が減っています。その減り方が"急"なのです。

例えば、函館のスルメイカはここ10年で10分の1に。根室のサンマは、5分の1に激減しています。その原因の一つと見られているのが、海の温暖化。日本でも深刻な問題になっています。

こちらは、日本周辺の海水温です。2022年7月で見ますと、過去30年の平均値と比較して、赤い部分が2度から4度高くなっている海域が多くあるのが分かります。こうした傾向は、ここ5年ほど続いています。魚は自ら体温を調整できないので、海水1度の変化は人間に当てはめると5度や10度変化するようなものだと指摘する研究者もいます。

魚たちに何が起こっているのでしょうか。

スルメイカが激減! 代わりに"新参者"が…

異変の現場の一つ函館。夏の風物詩、スルメイカ漁です。かつては一晩で1トン近く取れていました。しかし、今は10分の1以下に落ち込んでいます。

スルメイカ漁師
「だめだめ、全然入っていない。海おかしいよ。海だけど、海じゃない気がする」

イカの不漁に海水温の上昇がどう影響しているのか。

水産研究・教育機構 水産資源研究所 久保田洋さん
「日本の沿岸側の水温がより高くなってきていることから、(スルメイカの)回遊経路が変わってしまった可能性も考えられます」

夏のスルメイカは、西日本で生まれたあと、海流に乗って北上します。

スルメイカが集まるとされるのは、緑色の部分。10度から15度にかけてです。この部分が年々北上し、漁場が日本から離れてしまったのです。

記録的な不漁が続く中、廃業する漁師も出ています。

漁をやめる漁師
「漁が戻れば続けたいよ。イカの町、函館じゃないから、もう」

一方、イカの代わりに現れたのはブリです。これまでの漁獲のトップは長崎県や島根県。ところが、温暖化とともに急激に漁獲を伸ばしてきた北海道が、2年前に1位に躍り出ました。しかし。

定置網漁師
「これぐらいであれば、10キロ(画像左)。これは、5~6キロで痩せている(画像右)」

函館で揚がるブリの多くが、6キロ以下の小さなもの。しかも、冬に脂が身に乗る前に回遊してくるため、市場で買いたたかれてしまいます。

定置網漁師
「夏のブリは細い。(氷見の寒ブリなどは)最盛期になれば、キロ1万円する。こっちはキロ400円とか500円とか」

サケが大ピンチ! "新参者"との生存競争

実は今、海の温暖化によって新たな生存競争も巻き起こっていました。

宮城県石巻では、春ごろにほとんど取れなかったサバが、10年前の1,000倍取れるようになりました。

そのあおりを受けて消滅の危機にひんしているのが、岩手県でちょうど同じ時期に稚魚を放流するサケです。サケは親から卵を取ってふ化させ、稚魚を放流。本州一を誇る岩手の名産として育ててきました。しかし、この10年ほどで漁獲量が46分の1に激減したのです。

原因を探る調査が行われました。

正体はサバ。胃袋の中を調べると、放流したサケの稚魚がサバに食べられていることが確認されました。

水産研究・教育機構 水産技術研究所 佐々木系さん
「サバの量は非常にばくだいになりますので、けっこう食べられている可能性があるなと。非常に過酷な状況になっている」

世界初!"お魚マップ" 北へ南へ"大移動"!?

今、魚に何が起きているのか。全貌を解き明かそうとするプロジェクトが始まっています。魚のDNAのビッグデータから生息域の変化を読み解く、世界初の"環境DNA調査"です。

生態学が専門 東北大学 近藤倫生教授
「アメダスと同じようなことが(海の)生物多様性でもできないか」

調査地点は、全国1,200か所。莫大なデータを集めるため、全国の市民や企業にも協力を仰ぎ、海水を採取。海水中の魚のフンやウロコ、微細な細胞片からDNA情報を分析。サバやアジ、タイなど、どこにどんな魚が生息しているのかを解明することができます。

分析が進んでいる50の魚について、2017年と2020年のデータを比較してみると、サケ、サバ、マガレイなど、私たちの食卓になじみの深い魚の数々が生息域を北に移している可能性が見えてきました。

近藤倫生教授
「最初に見たときはすごく驚いた。少なくとも、あらゆる生物がその場にとどまって安定な状態にあるわけではなさそう」

更に、全く予想していなかった動きも。生息域を南に移した可能性のある魚も見られたのです。

プロジェクトのメンバーで、海洋生物を専門に研究する益田玲爾教授です。

海洋生物が専門 京都大学 益田玲爾教授
「基本的には北に上がる種類が多いけれど、それによって居場所を奪われ、南に下る魚もいるかもしれない。とれる魚が変わってくる。旬が変わることもある。異常な事態だと思う」

全国各地で魚に異変 海で何が起きているか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、NPO法人里海づくり研究会議の事務局長で、海の異変に詳しい田中丈裕さんです。どのような印象持たれましたか。

スタジオゲスト
田中 丈裕さん (NPO 里海づくり研究会議 事務局長)
海の温暖化による魚の異変に詳しい

田中さん:
非常に面白いですね。

桑子:
面白い。

田中さん:
これだけで詳しいことは分かりませんが、印象だけ申し上げますと、もともと北にすむ魚は、より北に。更に、生息できる水温の幅が狭い魚が、適した水温を求めて北に移動しているように見えます。

桑子:
一方で、南に移動している魚もあるわけですよね。これはどうしてなのでしょうか。

田中さん:
南に移動しているように見える魚は、もともと南に住んでる魚が多いようです。それと、生息できる水温の幅が広い魚が、例えばですが餌や競合関係の変化から東西南北に分布範囲を広げているのかもしれません。

桑子:
南に限らずに、範囲を広げている可能性があるということですね。この調査によって、どんなことが今後期待できますか。

田中さん:
この調査手法のすごいところは、微生物からクジラまで、あらゆる生物に適応できて、さらに生物の量を把握できる。

桑子:
バケツの海水からということですよね。

田中さん:
バケツ一杯の水でですね。それはすごいことだと思います。

今後、こういった生態系の構造の把握にはもちろん役立ちますし、更には資源量の解析、資源の管理に幅広く応用できるのではないでしょうか。

桑子:
今回私たちの取材では、魚の移動だけではなくて、このような異変も分かってきたのです。

例えば、海藻を好んで食べるアイゴという魚ですが、生息域を広げて新しく進出した地域の海藻を食べ尽くし「磯焼け」を起こす被害が多発しているのです。

更に、瀬戸内海ではタコが有名ですが、田中さんの地元でもある岡山のある漁港では、足が切れたタコが4割も揚がっているそうで、これはどういうことなのでしょうか。

田中さん:
足切りダコというのですが、2年前から増えてきたと聞いてます。漁師さんによりますと、いま海底に餌になるような生き物がすごく少なくなって、餌不足の上に水温の上昇で餌不足がひどくなり、自分の足を食べている可能性も言われています。

桑子:
この海の異変が深刻になる中で、いま水産業は決断を迫られています。減った魚を復活させるか、新顔の魚で勝負していくかです。

"新顔の魚"を生かせ! 実は世界で引っ張りだこ

"新顔の魚は宝に変えられる"。

日本各地の水産業者に、新しい魚の活用を呼びかけている会社があります。大阪にある小さな貿易会社です。従業員の大半は外国人で、社長の孫伝璽さんは中国出身です。海外に目を向け、新たな販路を開拓しようとしています。

日本では商品価値がほとんどないとされる魚が、実は世界で売れているのです。社長の孫さんが向かったのは、季節外れのサバが急増した宮城県の石巻。連携を呼びかけたのは、サンマなどの不漁で大打撃を受けていた水産加工会社です。

水産加工会社 松尾直樹さん
「なんか時期が分からなくなりましたもんね、なかなかね」
貿易会社 社長 孫伝璽さん
「グローバル的にできたら、もうちょっといろいろやれるのではないかなと思います」

海外へ売り込む第一歩が、サバの徹底した選別。

大きいサイズは切り身として売れますが、小さなサバは養殖の餌になってきました。実は、200から500グラムの中間サイズを好んで食べる国があることを見つけ出しました。

新たにターゲットにしたのが、ベトナム。市場では火を通してから出荷する習わしがあり、専用の竹ざるが使われています。

孫伝璽さん
「飽和塩水の大きな鍋があって、5分間くらい中に入れて沸騰して。入れるサイズが限られているんですよ。そのサイズに合わせて、そのような品質に合わせてわれわれは荷物(魚)を調達して提供することができる」

これまで取り引きのなかった国でも安心して食べてもらえるように、魚の鮮度や味の特徴などをデータ化し、伝えています。この加工会社のサバの取り引きは、エジプトやナイジェリアなど、世界8か国にまで広がっています。

松尾直樹さん
「(1キロ)40円やったのが100円以上になって、2倍も3倍もということでしょう。ここ数年、特にアフリカ、ベトナムって世界に向けて発信しているんで、ありがたいと思いますね」

名産サケの復活にかける 秘策!稚魚の"肉体改造"

一方、名産のサケが激減している岩手では、驚きの方法でサケの復活を目指しています。

課題の一つは、サケの稚魚を食べるサバから逃げられるようにすること。更にもう一つ、稚魚が過酷な環境に置かれていることも分かりました。餌にありつけていなかったのです。稚魚の餌、動物プランクトンは本来北からの海流で運ばれてきますが、サケのところまで下りてこないのです。

岩手県水産技術センター漁業資源部長 大野宣和さん
「サケが餌を食べながら北上していくわけなんですけども、そのときに餌を十分に食べられない。飢餓の心配がある」

天敵のサバから逃れ、餌が豊富な北の海にたどりつけるようにするにはどうすればいいのか。研究者が着目したのは"泳ぎの強化"です。

まずは、標準的な放流サイズの1グラムの稚魚を筒状の装置に入れ、泳ぐ力を確かめます。

東京大学 大気海洋研究所 大槌沿岸センター 飯野佑樹さん
「これはスタミナトンネルと言われる、サケを泳がすための装置。人間で例えて言うと、ランニングマシーンのような装置」

流れに向かって、泳ぎ始める稚魚。必要とされるのは、秒速25センチの水流を遡る力です。

飯野佑樹さん
「はい、もっと早くしまーす。頑張れー」
飯野佑樹さん
「なんとか頑張っているぐらいの状態だと思います。もうちょっと頑張れると信じてます」
飯野佑樹さん
「まさにヘトヘト。けっこう、心苦しいですよね」

1グラムの稚魚では難しいようです。

水流に打ち勝てるのは、どのくらいの大きさの稚魚なのか。4グラムの稚魚で実験してみると。

飯野佑樹さん
「まだまだ余裕で、泳げそうな感じになります」

試行錯誤の結果、岩手県では稚魚を2グラム以上に育てて放流することにしました。

放流する春までの時間は限られています。稚魚がたくさん餌を食べられるように工夫をしたり、流れの速い水路に入れて泳ぐ力を鍛えたりしました。たくましく育て上げた稚魚を、2022年の春に放流。成果が分かるのは4年後です。

下安家漁協 組合長 島川良英さん
「帰ってこいよって。俺らが手をかけるのも、ここまでだからねって。本当に頑張ってこいよ」

食文化・産地はどうなる

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
なんとか海の変化に対応しようとされていましたが、どのようにご覧になりましたか。

田中さん:
やはり大変ですね。放流する稚魚は大きくして放流すればするほど放流効果が高くなりますが、大きくすればするほどコストがかかります。これまではコストと放流効果がそれぞれ合理的な大きさになるように決めて放流されていたので、これまで以上にコストと労力をかける時代になりましたね。

桑子:
そして、中国の孫さんの取り組みはいかがでしたか。

田中さん:
孫さんはとてもすばらしいお仕事をされていまして、とりわけ、漁師にとっては救いの神だと思います。需要のないところから需要のあるところへ送り、貴重な水産資源を有効に活用していただいている。本来、流通が持つべき役割を見事に全うしていただいてると思います。できれば、国内でも水産物の流通販売システムを見直すきっかけになってくれればうれしいなと思います。

桑子:
こうした取り組みがどんどん広がっていくといいですね。そして、海の変化に対応しようとしてるのは水産関係の皆さんだけではないのです。私たちもひと事ではありません。実は、地元の飲食店の方々も奮闘しています。

まず、タチウオは西日本で親しまれてきましたが、最近宮城で揚がっています。このタチウオは和歌山で「かば焼き」があることをヒントに、「タチウオ重」が宮城でも生まれました。身がふわっとして脂の乗りもよく、土用の丑の日に売り出したところウナギに負けない人気で完売したそうです。今後、新たな名産に育てていこうとしています。

そして、シイラです。南国ハワイで"マヒマヒ"と呼ばれているシイラが、なんといま岩手で揚がっているのです。バター焼きや照り焼きなど、どんな料理にも合う淡泊な白身魚で、特にフライにするとタラなどより歯応えがあって少しやわらかいチキンカツのようだと言う方もいます。

田中さん、なかなかなじみのない魚は手が出にくいですが、私たち消費者も受け入れていく姿勢というのも必要になってきたということでしょうか。

田中さん:
そうですね。これからは取れる魚は変わっていきますし、新たに取れた魚をいかにおいしく、いいところ、メリットを引き出しておいしく食べる工夫をしていくか。したたかに新しい魚食文化を築いていくぐらいの覚悟で臨んでいく必要があるんでしょうね。

桑子:
これから海が変わっていくということは、避けられないわけですよね。そういった中で私たちはどう向き合っていったらいいのでしょうか。

田中さん:
岡山県日生町では、40年近く小中学校の子供たち、それから一般市民の皆さんを含めて、地域と世代を超えてアマモ再生活動に取り組む活動が定着しています。このような活動はどんどん広がっていくことが大切で、企業・市民も参加した垣根を越えた総力戦で立ち向かうしかないと思います。

桑子:
ありがとうございます。海の全貌を明らかにする、環境DNA調査。市民や企業などに今その輪が広がっています。

魚の"大移動"を解明せよ 企業や市民も

9月、海水のサンプル採取が行われていたのは、世界を駆け巡る大手海運会社の貨物船です。

日本郵船株式会社 執行役員 髙橋正裕さん
「(われわわの船は)インド洋を通って、ヨーロッパにも行っています」

沖合のデータが集まれば、マグロやカツオなど、私たちになじみ深い魚への影響も解明されると期待されています。

更にプロジェクトには、未来を担う子供たちも参加していました。

日本の食卓に欠かせない魚。変化する海に、私たちも向き合ってみませんか?

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

関連キーワード