食卓の向こうに“闇”がある 追跡!シーフード産業の実態

世界有数の水産大国タイでは、ブローカーにだまされるなどして船に乗せられ、低賃金で過酷な労働を強いられる人たちが。“海の奴隷労働”とも指摘される問題。長い間、顕在化しにくいとされてきましたが、NGO団体の調査などをきっかけに発覚、世界に波紋が広がっています。去年、国際的な環境保護団体が、不当な労働によってとられた魚が、日本に流入している可能性があると指摘。ひと事では済まされない問題の実態と対策について考えました。
出演者
- 濱田 武士さん (北海学園大学教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
追跡!シーフードの闇 食卓の向こうで何が
桑子 真帆キャスター:
皆さん、「IUU漁業」ということばをご存じでしょうか。
Illegal 違法
Unreported 無報告
Unregulated 無規制
規制を無視して違法に魚を取る、漁獲量を正確に報告しないなど、違法・無報告・無規制で行われる漁業のことです。
こうしてとられた魚について、欧米では輸入を規制する対策がとられています。近年、船の上で行われる"不当な労働"についても乗組員の告発などが相次ぎ、規制の対象に加えていこうという動きが加速しています。
人権団体などから“海の奴隷労働”とも呼ばれる実態を、まずはご覧ください。
海の上での不当な労働の実態
世界有数の水産物の輸出国・タイ。日本は2番目に大きい取引先です。
このNGOには、海の上で不当な労働を強いられた乗組員から相次いで相談が寄せられています。

「(乗組員たちは)3日間、一睡もせずにおびえながら働かされています。薬物に手を出さざるをえなかったり、アルコールに依存する人もいます」
乗組員の不当な労働の実態は、NGOの調査などによって明らかになり、ドキュメンタリー映画にもなりました。船上での身体的な虐待。十分な賃金も支払われず、監禁されるケースもありました。救い出された乗組員は、これまでおよそ5,000人に上ります。
「乗組員たちは『どうして自分たちの命は市場で売られている魚より安いのか』とよく嘆いています」
2022年6月、マレーシアで救出された男性が取材に応じました。52歳のウィチェンさんは15年前、生活が困窮する中、ブローカーに勧誘され、マグロやたいなどの漁に従事することになりました。

「今は何も考えたくありません、海では常に気が張り詰めていました。
波の高さは3~4メートルありました。1日中、寝ずに働いた日もあります。疲れていても働かされるので、覚せい剤に手を出してしまいました。船長に金属片を投げられてできた頭の傷が残っています。大けがをしても休ませてもらえませんでした」
そして6年前、パスポートを船に預けたまま、タイから1,700キロ離れたマレーシアの島に置き去りにされたといいます。
「帰ってこれない寂しさで涙が出ました。マレーシアで死ぬかもしれないと落ち込みました。捨てられたんですよ。かなりつらいことです」
こうした不当な労働による漁は、なぜ行われるのか。
数年前までタイの近海で操業していた船主が、取材に応じました。
「私は暴力をふるったことはありません」
この船主は、乗組員の多くがタイの東北部や近隣の国から集められているといいます。そこでは、地元の有力者がブローカーとして関わるケースもあると証言します。
「村長が村人に声をかけ、集めています。私に紹介してくれたら、1人当たり2万バーツ(約7万6千円)の報酬を払いました」
NGOは、これまでの調査から不当な労働を強いられる乗組員の国籍はさまざまだと指摘します。
「(不当な労働は)ミャンマー、ラオス、カンボジア、タイの貧困層の人たちに広がっています」
こうした問題の発覚はタイをはじめ、アジアから水産物を輸入している欧米の各国に衝撃を与えました。

すぐに対策に乗り出したのは、EU=ヨーロッパ連合。これまでIUU漁業でとられた水産物の流入を制限してきましたが、不当な労働でとられた魚も対象に加えることにしました。水産物の輸入の全面的な停止も辞さないと、改善を求める警告を出したのです。
事態を重く見たタイ政府は、取り締まりを強化。

この映像は、2022年5月、タイの港で行われた警察による検挙の様子です。

「いま、人身売買のやりとりでさえオンラインで行われるようになり、追跡するのが困難になっています。タイは人身売買の撲滅に向け、強い決意で抜け道をふさぐ努力を続けています」
海上の不当労働 タイ以外でも
桑子 真帆キャスター:
こうした不当な労働は、タイ以外の国の船でも横行している可能性が指摘されています。

暴力を振るわれる乗組員。これは、中国の漁船で乗組員が撮影したとされる映像です。劣悪な環境で労働に当たる様子が記録されています。
この問題、世界屈指の水産物輸入大国・日本にとっては、ひと事ではありません。日本の港にもさまざまな国からシーフードが運ばれてきますが、その過程である事実が指摘されました。
"不当労働"の漁船から日本へ 水産物流入の可能性
世界各地で人権や環境の保護に取り組む団体「EJF」です。各国の漁業や農業の現場から情報を集め、調査を進めています。

2021年、日本の水産庁に対し、独自にまとめた報告書を提出しました。不当な労働が疑われる船でとられたマグロが、日本に入った可能性があるというのです。

「この報告書は、乗組員から人権侵害や違法漁業の訴えがあった漁船をまとめています。そうした漁船からマグロを転載したとみられる運搬船が、日本の港に向かったことを突き止めました」
遠洋でとられるマグロは、漁船から海の上で運搬船へと移され、港に水揚げされるのが一般的です。EJFがつかんだのは、この運搬船を介して、日本へ運ばれたとみられる痕跡でした。
きっかけは、多くのマグロ漁船を所有する、ある中国企業への調査。EJFは、この企業が所有する漁船で不当な労働があったことを2020年から調べてきました。
調査に協力し、漁船の実態を告発したのはインドネシア人の乗組員たちでした。

「まるで地獄のようでした。飲み水は汚れていて、食べ物も賞味期限を過ぎていました。1人は過酷な仕事に耐えられず、乗船から1か月で自殺しました」
この元乗組員は、マグロの水揚げ先は分からないとしながらも、日本との関わりを証言しました。
「マグロを3回(運搬船に)転載しましたが、1隻は日本の船でした。はっきり覚えていませんが、船に『●●丸』と書いてあるのを見ました」
中国企業の船がとったマグロは、日本に流れたのか。EJFが解析を進めたのは、運搬船が発信していた位置情報のデータ。

これは2019年4月のデータです。大西洋上で、中国企業の船が、ある運搬船と15時間にわたって接近していました。この運搬船を追跡すると、2か月後、船は静岡県の清水港に入っていたことが分かったのです。
2017年以降、5年分のデータを調べた結果、不当な労働が疑われる漁船に接触し、清水港に入った運搬船は10隻に上っていました。

「日本は多くの水産物を輸入しています。人権が侵害されるような労働でとられた水産物が流入する可能性は、無視できません。少なくともマグロに限って言えば、日本に入っていないとは考えにくいでしょう」
名前が浮かび上がった、清水港。不当な労働によってとられたというマグロは、日本に入っていたのか。
清水港では、国内に流通するマグロのおよそ半数が水揚げされています。港で取材を重ねて、1か月。EJFが報告した運搬船に乗っていた乗組員に、話を聞くことができました。
「3年前のことです。私たちの運搬船に転載されたマグロは、すべて清水港で水揚げされていました。日本に入っているのは確かです」
さらに、当時運搬船を使い、中国企業の漁船が取ったマグロを買い付けていた会社も判明しました。私たちの取材に、会社は次のように答えました。
当該の中国企業が所有する漁船から
転載したマグロを運んだことがあるのは事実です
過酷な労働があったというご指摘について
当社は報道を通じて初めて知りました
2020年4月を最後に
この企業からの買い付けは行っていません
取り引きが現状ないとはいえ
過去にマグロを購入したことがある当社としては
事実とすれば大変遺憾です
買い付けた会社の回答
さまざまな国の漁船や運搬船を経由して、日本にたどりつくマグロ。清水港で長年輸入に携わってきた関係者は、不当な労働によって取られた魚かどうかを見分けることは難しいといいます。
「実際の現場、漁船自体が日本で見られないわけですから、日本側では(確認は)書類がメインだから、実際のところは分からない。バイヤー(買い付け会社)が分からなければ、もっと先の(食べる)人たちは分からないですよね。魚って、今はもう輸入物の方が多いですから、そういう中では(流入している)可能性はあるんじゃないですか、マグロ以外でも」
不当な労働によってとられた魚が、日本国内に流通している可能性。今後、どのように対応していくか水産庁に問いました。

「わが国においては、漁船における強制労働についての水産物を止めるといった禁止をする制度はない。当然、これはすごく重要な問題なので、今後どうしていくか。各国においては、たとえばアメリカは強制労働に関係したすべての産品の輸入を止めるというのを関税法でやっていますので、今後わが国として、どういった枠組みでそれを議論していくのか、検討していくのかは関係省庁ともよく連携して取り組んでいきたい」
日本はどう対応する?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、漁業問題に詳しい北海学園大学の濱田武士さんです。
今回の実態、とても衝撃的で日本が環境保護団体から名指しで指摘をされています。濱田さんは、どのように受け止められましたか。

濱田 武士さん (北海学園大学教授)
水産政策論が専門
濱田さん:
私も、20年ぐらい前から遠洋の漁業者、関係者からこのような不当労働が外国漁船にあるということを聞いていたのですが。
桑子:
20年前からもうお聞きになっていた?
濱田さん:
ただ、それはあくまで、また聞きのような話のもので、業界ではそういうことが知られていたのですが、なかなか実態は分からない。明るみに出ないということで、今回こういった形で出てきて私も非常にショッキングな映像だと思っています。こういったものが出てきた以上、国としても何らかの対応は必要だろうと思います。
桑子:
対応の1つとして、輸入水産物について、実は日本政府は年末から対策に動こうとしています。

「水産流通適正化法」という法律を施行します。これは、違法・無報告・無規制のIUU漁業で取られた魚を、国内で流通させないようにする法律です。
この法律によって、外国の政府、そして事業者に対して魚が適法にとられ、運ばれたことを示す証明書の添付を義務化することになります。日本はこれを税関などでチェックして、確認が取れれば国内に入れるというものです。
この法律の検討会で座長も務められたそうですが、どういった経緯で作られたのでしょうか。
濱田さん:
この法律は、まず外国でとられたものが適正かどうかという判断もありますし、国内のものについても適正にとられたものかどうかという法律です。それを流通業者にかける規制で、要するに資源保全をしていないような魚を買っちゃだめですよと。そういう物を輸入させませんよというような法律です。
この法律が出てきた背景ですが、国際的な枠組みの中にはマグロとかカニとか資源保全に協力しない漁業者から買わないようにということで規制は僅かながらあるのですが、今回はこれを全面的に国として主権を持って対処する。外国に対しても強く言うという法律を作ったんです。
この法律は、外国に対して言う以上、国内の漁業者に対してもしっかりしなくちゃいけないということで、2018年に新しい漁業法ができて、これをもって日本の漁業者も必ず国に漁獲報告をするという義務を課したということで、ようやく外国に対しても言える法律が作られたということになります。
桑子:
ただ、これは目的とすると、あくまでも資源保護というものが主になってくるわけですか。
濱田さん:
そうですね。資源保全をするということですから、今回の問題についてはなかなか進められないと。
桑子:
不当な労働に関しては、今回規制の対象になりませんでした。それはどうしてなのでしょうか。
濱田さん:
まず、この不当な労働を明るみに出させるというのが非常に難しい。船の上で働いていて、しかも遠洋であったりすると、それを誰が監視するのか。どういうふうにしてそれを事実認定するのか、という問題があります。
なので、まずは高いハードルを目指すところではなくて、検討会の中ではまず資源保全のところをしっかりやってからということで、こういった不当労働は後回しということになったわけです。
桑子:
まずは枠組みを作る。その対象の魚種が、今回4種類でした。
イカ
サバ
サンマ
マイワシ
この4種類しかないのかという印象ではあるのですが、世界の状況を見ますと、EUでは2010年に全魚種。アメリカでは2018年に13魚種が対象になっています。日本はなぜ、このタイミングで4魚種だけなのでしょうか。
濱田さん:
何点かあるのですが、まず日本はとっている魚種がすごく多いということと、輸入している魚種もすごく多いということで、いきなりすべてに当てはめるといろいろ実務的な面でそろわず、事業がうまくいかない、経済的ダメージが出るだろうということが一点です。
もう一つは、国内法の整備があるのですが、日本の漁業法は欧米と違って、どちらかというとコミュニティーを大事にしてきました。なので、行政ががちがちに管理するというのはあんまり実効的じゃなかったということで、国内の漁業法の整備もなかなか踏み込めなかったということがあります。
ただ、今回の法律で資源保全にかかるところだけかなり義務化したということで「保全」のほうはできたのですが、さすがに「不当な労働」のところまではいかないというところですね。
桑子:
これからさらに対象を広げていこうという検討もされると思うのですが、ひとたび不当な労働で取られた魚が入ってくることが明らかになると、それを輸入した企業のダメージというのは大きいです。
適正な流通の課題として、今回取材をした買い付けを行っていた会社の親会社は、このようなことを言っています。
取り引きのある船について人権や労働関係をチェックするリストを自社独自に作成している欧米は、こうした対策を専門に担う人材を育てているが、日本にはそうした考え方すらない
一企業で対応する限界を感じる
今も国際的に資源に関してや、労働に関して意識も高まっているわけですが、日本としてこれから現実的なルールをどのように作っていったらいいと考えていますか。
濱田さん:
まずは、貿易を担っている商社、会社がフェアトレードの精神を醸成していくということが重要だと思います。
国としては、アメリカのように水産物だけということではなく、貿易産品全品にかける関税法のような枠組みで貿易の法律から人権侵害を起こしたものについては輸入しないというような枠組みを作るということがまず大事かと思います。
それと、輸入先国がありますので、怪しい輸入先国に対してはやはり労働法制を守らせるように圧力をかけると。
桑子:
日本側から圧力をかけると。
濱田さん:
外交で圧力をかけるということが大事かと思います。日本は労働法制を守らない漁業経営者に対しては、許可を取りあげる法律になっていますし、外国人の労働者に対しても労働組合に加盟するようになっています。
つまり、就労環境が弱い立場の人が守られているということから、強いことが言える立場であるんです。貿易上、非関税障壁といってもこういった日本の中で襟を正している以上、相手国にも強く押していくということが大事かと思います。
それともう一点ですが、なかなか事実化するのが難しいんです。VTRでもありましたが、NGOの活動というのが非常に重要になってくるんです。ただ告発するだけで終わらせてはいけないと。やはり通報窓口のようなものを作る。しかも、それは日本だけではなくて、国際的な枠組みとして彼らのような通報がちゃんと吟味されるような窓口を作るということが大事かと思います。
桑子:
今はそういった枠組みはない?
濱田さん:
ないわけです。日本の国にも、なかなかそういった処理をしていくようなシステムがないということですよね。
桑子:
ありがとうございます。
私たち日本人は、シーフードを「海の幸」と呼びます。そのくらい欠かせない存在です。その魚がどこからやってきて、どのようにやってきたのか。私たちはそれを知る努力をする必要があります。そして、魚を届ける側は、それを知らせる努力が必要ではないでしょうか。
