から揚げ店“急増”の秘密〜令和の食と幸福論〜
専門店の数がこの10年で10倍に急増した「から揚げ店」。幅広い世代に愛されるから揚げの、ブームの秘密を独自取材で読み解きます。持ち帰り専門の開店にかかるコストが低く、個人の参入が増えたことや、むね肉でもジューシーになる工夫や味の進化が。新規開業を目指す人たちの取材から見えてきた令和日本の“幸福”とは―。そしてベールに包まれた“専門店のレシピ”を料理研究家がスタジオで再現!空前のブームの真相に迫りました。
出演者
- 鴻上 尚史さん (作家・演出家)
- ほりえ さわこさん (料理研究家)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
から揚げ店 急増の秘密 専門店の㊙レシピ
から揚げがこれほどの人気を集める理由とは何か。毎月280万円を売り上げる持ち帰り専門の店を訪ねました。
「やっぱり家にはない味だったり、あとは手軽さがいいと思います」
このボリュームで750円。売り上げが伸びたのは、コロナ禍で内食志向が進んだからなのか。
その答えは、店の一番人気のむね肉にありました。普通ならかたくなってしまいがちですが…。
「むね肉のパサパサ感がないので、これ食べたらイメージ変わります、むね肉の」
この店の代表である植元裕太さんは、人気の秘密は揚げる前の下味にあるといいます。
「むね肉を一段とおいしくする、魔法の粉です。極秘」
この店では、数種類のスパイスなどを合わせた調味料で100回もみ込みます。
「これでしっかりとね、もみ込むことで、むね肉がさらにジューシーになります」
更に、しょうゆ、ハーブ、果汁などを合わせたタレに2晩じっくり漬け込みます。このタレ、植元さんは九州のある地域から仕入れているといいます。
「これは大分の中津市で作られているタレで、タレがやっぱり決め手ですね。冷めてもおいしいって。テイクアウトなので、冷めてから食べる方も多いので」
"中津スタイル"とは
今、全国に急増しているから揚げ店の多くが、大分・中津のスタイルを手本にしているといわれています。人口8万ほどの街に60以上のから揚げ店がひしめくこの地で、から揚げにどんな進化が生まれたのか。
全国から客が訪れるという有名店を訪ねると、メニューには、から揚げがずらり。
鶏肉は、余すところなく全て使い切り、それぞれの店が工夫を重ねたタレで味付けします。そして、揚げるのは注文を受けてから。持ち帰り専門の小さな店舗で地域の人々の胃袋を満たす、これが中津のスタイルです。
50年ほど前、地域でいち早くから揚げ店を始めた森山韶二(しょうじ)さん。養鶏業を営むかたわら、自宅近くでから揚げを作り、売ってみたのが始まりでした。
「店も少なかったし、食べに行くところもなかったから手っ取り早い。買うて帰ってみんなで食べる。家族で、から揚げが好かんちゅう人は少ない。それでバーッと広まっていった」
ではなぜ、今この中津のスタイルが全国に広がることになったのか。
11年前、埼玉でから揚げ店を始めた植元裕太さんは、中津のスタイルに倣うことで、飲食店で働いた経験がなくても開業することができたといいます。
最大の利点は資金面でした。調理に必要なのはフライヤーだけ。開業資金は通常の飲食店の半分、700万円ほどで済んだのです。
「細く長くやっていける商売なんで、から揚げって。一気にもうかるわけじゃなく」
植元さんは6年前からフランチャイズ事業を手がけ、から揚げ店を開きたい人を支援しています。味付け、揚げ方、経営のコツなど、2週間で習得できるマニュアルを作成。これまで全国に290以上のから揚げ店をオープンさせました。
参入のしやすさから、から揚げ店をフランチャイズ展開する企業は急増。去年1年間で1,200以上ものから揚げ店が開業したのです。
から揚げは救世主か 外食チェーンの戦略
コロナ禍で売り上げが激減した大手外食チェーンも、から揚げに熱い視線を送っています。あるファミリーレストランチェーンでは、全国1,300の店で、から揚げの看板を大きく掲げる戦略を始めました。
店の売り上げは7%ほど増加。コロナ禍を乗り切る大きな切り札になりました。
「本当にこのから揚げがなかったら、このコロナの2年間は戦えなかった」
この外食チェーンの次の一手は、付け合わせのソースの工夫。味にバリエーションを加え、リピート客を増やそうというねらいです。
この日、社長が参加して試食会が行われました。候補として並んだのは、和・洋・中、6種類のソースです。
洋食のシェフが提案したソースは…。
「赤ワインの渋みと、ハチミツの甘味で深さを出して」
「このソースはすごいわ。から揚げと一緒に食べると、すごくなじんでいる。意外にフランス料理で使うソースが、から揚げにも合うなっていうのは分かりました。この競争から抜け出そう」
令和の食と幸福論
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、演出家で作家の鴻上尚史さんです。鴻上さんは演劇活動のかたわら、社会現象、日本社会を独自の視点で読み解き、エッセーなどで発信されています。
から揚げ店が急増してるということで、まずこちらをご覧いただきます。
全国のから揚げ専門店の数なのですが、10年前は450店舗だったのですが、ことしは4,379店舗ということで、この10年で10倍に増えているんです。もちろんコロナ禍でグッと増えてはいるのですが、その前からじわじわと増加してる。これはどうしてだと考えていますか?
鴻上 尚史さん (作家・演出家)
社会現象を独自の視点で読み解く
鴻上さん:
いくつか理由があると思いますが、やはりベースは、ずっと続いているデフレ不況とか実質賃金が先進国の中で上がっていないということですよね。
だから20年近い不況の中で、から揚げはちゃんとお腹にたまるし、食べることのボリュームというか、インパクトが大きいということでしょうね。
桑子:
満足感がやっぱりありますよね。この「じわじわと増えている」という背景には何が。
鴻上さん:
VTRにもありましたけど、やはり参画するのがすごい楽で、あと資金が半分で済むというのもある。例えばラーメンとかだとハードルが高いというか、マニアというか、多分厳しい人がたくさんいると思うのだけど、から揚げも、もちろん奥が深いとは思いますけど、ラーメンほど厳しくはないというか、安定していますよね。
あとは、はやり廃りとかでいうと、タピオカでみんなが「どうなるの?」と思っていたけど、から揚げはそういう意味で言うと着実なので、いろんな意味でから揚げにみんなたどりついたっていう感じがしますね。
桑子:
おうちでから揚げを作るという方もいらっしゃると思うのですが、自分でも専門店のようにおいしいから揚げを作りたいということで、料理研究家のほりえさわこさんにスタジオでから揚げを揚げていただいています。いろいろと教えていただきたいと思います。
ほりえ さわこさん (料理研究家)
手軽でおいしい家庭料理を提案
桑子:
専門店と家庭料理の味は何が違うんでしょうか。
ほりえさん:
そうですね、専門店のものはやっぱりカリッとジューシー。しかも一番違うのは「冷めてもおいしい」というところが専門店の研究はすごいなと思いますね。
桑子:
やっぱり家庭では揚げ上がったらすぐ食べるということで。
ほりえさん:
そうですね。それが家庭のよさですよね。揚げたての熱々が食べられるのが家庭のよさなので。
桑子:
おいしいから揚げを作るコツ、ポイントは何でしょうか?
ほりえさん:
まずは「下味」を見ていただきたいと思います。先ほどVTRで登場した魔法の粉は教えていただけなかったのですが、私なりにちょっと研究してみました。
今回は鶏のむね肉を使ってから揚げを作っていきたいと思いますが、まずお肉に味をよくしみこませるのと、やわらかくするためにフォークでよく突いてあります。
これをポリ袋に入れたいと思います。揚げ物をする時は、揚げたあとの片づけが結構大変なので、ポリ袋を使って調味料をもみ込んでいきたいと思います。
桑子:
手が汚れないということですね。
ほりえさん:
下味はまず、お塩、そして、お砂糖。そこにガーリックパウダー、これが入るとちょっと市販の味に近くなるかなと思います。スーパーで売ってます。今回は基本スーパーで手に入る調味料と素材で作っていきます。
さらに、こしょうと、そして「五香粉(ごこうふん)」という中国のスパイスミックスを入れます。八角とかシナモンとか、いろんな香りのものが5種類入ってます。
桑子:
これを入れると、ちょっと味がより中華っぽくなるわけですね。
ほりえさん:
そうですね。より複雑な香りになります。もちろんハーブミックスとかでも大丈夫です。ここで香りが変えられるのも、家庭でアレンジできるいいところですね。
桑子:
そうですね。
ほりえさん:
ここでしっかり下味を入れていきたいので、50回ぐらいもみもみしてください。
そして、お肉をやわらかくする酵素を入れていきたいと思います。パイナップル、甘酒、しょうが、おしょうゆですね。
パイナップルは生のものをお使いください。缶詰とかではたんぱく質の分解酵素というのが消えてしまっているので、これらの材料をフードプロセッサーか、またはミキサーにかけていただくとペースト状になります。これをお肉にもみ込んでいきたいと思います。
ほりえさん:
また50回ぐらいもんでいただき、15分ぐらい置いていただくと下準備が完了です。ここまでで、まだ手が汚れてないというのが家庭料理では大事かなと思います。
桑子:
このから揚げ、鴻上さんに後ほど食べていただきますのでお楽しみに。
こうしてから揚げ店が増えているわけですが、増えているということは、お店を始める人も増えているということですよね。どんな人が始めているのか。取材から見えてきたのは、それぞれの人が思い描く令和の幸せのカタチです。
「から揚げにかける」 店主たちの"理由"
5月にオープンしたばかりのから揚げ店。見事な手さばきの男性がこの店のオーナーです。
男性は、実は現役の大道芸人。これまで数々の大会で優勝した実力者ですが、コロナ禍で仕事が激減。収入を補おうと、から揚げ店を開きました。
「たとえパフォーマー業界が低迷したとしても、こっちの(から揚げ店の)オーナーのほうで上げればいいし。オーナーのほうでダメになっても、パフォーマーのほうで上げられれば何とかなる」
30年以上、証券会社に勤めていた男性。
証券会社時代、営業成績はトップクラス。しかし、50歳を超えた頃、給料は頭打ちとなり、から揚げ店でひと山当てようと考えたのです。
店を開いて1年余り。期待していたほどの収入は得られていませんが、それでも毎日が充実しているといいます。
「今まではね、会社の一員として、ひとつの歯車として働いていた感じなんですけど、私の裁量でこの店を運営できているのがすごく楽しい。うれしいですね」
4月中旬。さいたま市の住宅街にオープンしたから揚げ店です。オーナーの柳典子さん。飲食業の経験はなく、この春まで運送会社で宅配の仕事をしていました。
この日は、オープン初日。
「上にパンパンに(鶏肉)あったのに」
「本日申し訳ないですけど、売り切れてしまいまして」
初日の営業を乗り切った柳さん。実は開業にあたって、ある思いがありました。
柳さんは8年前に離婚し、91歳になる父親と2人の息子と暮らしています。運送会社で働いていた頃は多忙を極め、子供の学校行事にも満足に参加することはできなかったといいます。
「(子どもたちに)もうちょっと構ってやりたかったなとか思いますよね」
残業も多く、夕食を待たせてしまうこともしばしばでした。
「夕食、かなり遅いです。もう9時か10時くらい。高校生とか中学生にしたら遅いと思う。おなかペコペコでしょう」
家庭との両立ができる仕事を探し、たどりついたのがから揚げ店でした。柳さんは450万円を借り入れ、起業を決断。店の営業時間は午前11時から夜8時まで。翌日の仕込みを営業時間内に済ませれば、残業も必要ないと考えたのです。
「安定的に長くやっていきたいです。細く長く。一獲千金のように大きく稼ぐというのではなく、安定して稼いでいければなと考えています」
ほりえさんレシピのから揚げを実食
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
お金を稼ぎたいというよりも生きがいだったり、家族との時間だったり、皆さんが大切にしたいものが中心にあるような感じがしました。
鴻上さん:
これがいまのジャパニーズドリームですよね。アメリカンドリームに対抗して、自分が細く長く着実にどんな不況の時代でも、実質賃金が上がらなくても、生き抜くためにはどうしたらいいか選んでいる。
桑子:
皆さんの表情が生き生きとしているように見えたんですよね。これはどうしてなのでしょうか。
鴻上さん:
サラリーマンを辞めた方がおっしゃっていましたけど、自分の裁量でできるわけだから、着実に、細く、つましい未来が見えているというのが大きいのではないでしょうか。
桑子:
今、このから揚げから日本社会を見ると、どんなことが見えてきますか?
鴻上さん:
生き抜くしかないという、つましい庶民の闘いと抵抗が見えてきますけどね。
桑子:
実際に、今回、大道芸人の方がコロナ禍で営業が減ってしまって、お店を始めたと。コロナ禍とから揚げ店の急増の関係性は、どういうふうに考えていますか。
鴻上さん:
コロナで飲食店の皆さんも本当に壊滅的になって、パフォーマー業界も本当に壊滅的になって、その中で、自助と公助と共助って言われた時に、公助に期待できないときに自助を目指すしかない。
桑子:
自分でなんとかやっていくしかないんだと。
鴻上さん:
その時に、から揚げという手堅いもの。タピオカでドンと行くみたいなのではなくて、ここで手堅くいくぞという。だから、ラーメンとかで当たったらドンと行くかもしれないけど、そうではない、という感じですね。
桑子:
そうですね。そして、お待ちかねです。ほりえさんが考えたレシピ、「おうちでできる専門店のから揚げ」を食べていただきます。
鴻上さん:
パイナップルと甘酒と、しょうが。
ほりえさん:
先ほどジューシーにするために15分漬け込んだものに、かたくり粉をつけて、更にカリッと揚げるために米粉をまぶしました。
鴻上さん:
おいしいです!これは家庭というよりも、市販のものと言って通じます。ジューシーで、においが複雑です。すごい、(五香紛の)ミックスした味がすてきです。
桑子:
から揚げ店を始めて家族との時間を大切にしたいと語っていた柳さん。その後、小さな変化があったようです。
開店から1か月 女性店主が手にしたのは
オープンから1か月。少しずつ常連客も増えてきました。
「(売り上げは)順調になりつつ、もう一息、あと二息、あと三息ですかね」
一方、ふだんの生活では、出勤時間が遅くなったため、毎朝、子供の弁当を作る余裕が生まれました。
「何分の電車?」
「7時52分の電車」
「気を付けてね」
家族との時間。そして、自分の時間も。
「ちょっとずつ、いろんな事が、手をかけられなかったことができる感じですかね。初めてじゃないかな。家でカフェオレ飲むなんて。余裕があるって証拠ですよね」