クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2022年4月26日(火)

“プーチンの戦争”の影で 揺れるロシアの人々

“プーチンの戦争”の影で 揺れるロシアの人々

ロシアでは、ウクライナへの軍事侵攻に対する経済制裁が、徐々に市民生活に影響を及ぼす中、政権は情報統制を強化。世論調査ではプーチン大統領の支持率が80%を超える結果に。その一方で、ウクライナの現状を前に苦悩するロシア人も。隣国ジョージアでは祖国を追われたジャーナリストたちが、真相を伝えようと活動を始めました。その苦闘は、変化をもたらすのか。ロシアの人々の本音を独自取材し、ロシアの「今」を追いました。

出演者

  • 石川 一洋 (NHK解説委員)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"プーチンの戦争"の影で 揺れるロシアの人々

軍事侵攻を支持する声は、特に地方で高まっています。ロシア極東の都市、ウラジオストクの街にはロシア軍を支持する「Z」の文字がそこかしこに掲げられていました。

観光ツアー会社を経営するガンジャさん一家も、軍事作戦を支持しています。テレビでその日のウクライナ情勢をチェックすることが日課になっています。

ビャチェスラフ・ガンジャさん
「ウクライナで活動しているロシア人医師のインタビューを見ている」

この日、夫が見ていたのはウクライナ東部で医療活動に当たったというロシア人医師の話を伝える国営テレビでした。


ロシア人医師
「民間人でもウクライナ兵でも対応は変わりません」

ロシア国営テレビ「ロシアTV」より
ビャチェスラフ・ガンジャさん
「胸くそ悪いが、彼らを治療してから当局に引き渡しているんだ」

夫婦が主に見るのは国営テレビ。ほかのメディアにも接しているといいますが、外国の報道はウクライナ側に偏っていると語りました。

アンナ・ガンジャさん
「世界中で流れているのは、一方的な情報だけ。私のアプリにウクライナのニュースも登録しているけれど、ひどいもんよ」
ビャチェスラフ・ガンジャさん
「ウクライナ軍め、なんてことしやがる。ブチャとかの映像ばかり見せてくる。フェイクだ」

悲惨な映像に、心が乱れるときもあるといいます。

アンナ・ガンジャさん
「すべての子どもに生き延びてほしい。国籍は関係ない。どんなに考えが浅はかでも同じ人間よ。私たちの兄弟民族よ、早く紛争を終わらせてファシズムを一掃しなければ」

早く軍事作戦が終わってほしいと願うガンジャさんたち。しかし、ロシアが掲げる正義が世界に伝わらず、非難の声が高まっているともどかしさを感じていました。

アンナ・ガンジャさん
「すべてのロシア人が外からの脅威に対して、団結せざるを得ない状況に追い込まれています。全世界が反ロシアになるようだわ。本当に笑えてくる」

軍事侵攻が始まってから、政府による情報統制も強まっています。ロシアの人権監視団体によると、軍事侵攻に抗議して拘束された人は1万5,000人余り。ロシア軍をおとしめるような情報などを拡散した者には、懲役もしくは15年の禁錮刑が科されることが決まりました。市民に対しても携帯電話の抜き打ち検査が行われるなど、監視が強まっています。

ジャーナリストのクレピコフスカヤさんは去年10月、政府からある通知が届きました。「あなたを外国の代理人に指定した」という内容でした。

「外国の代理人」に指定された カテリーナ・クレピコフスカヤさん
「私の番号は75番です。これが私です」

プーチン政権が「外国の代理人」と指定した個人と団体は、現在150。指定を受けると自分は「外国の代理人」、つまり「スパイである」と記事や番組で示さなければなりません。

カテリーナ・クレピコフスカヤさん
「『このインタビューは"外国の代理人"であるジャーナリストが答え、拡散したものです』」

この定型文を読み上げなければ、処罰を受けるおそれがあるのです。

カテリーナ・クレピコフスカヤさん
「誰も守ってくれる人がいません。政権は反対する人たちをある種のスケープゴートにして、民衆から憎まれ、敵視されるように仕向けています」

世論調査によれば、ほぼ60%台で推移していたプーチン大統領の支持率は2月の軍事侵攻開始を機に一気に上昇。3月下旬には83%に上りました。

調査を行ったレバダセンターは「外国の代理人」に指定されていますが、欧米のメディアも信頼を置く独立した調査機関です。

レバダセンター レフ・グドゥコフ研究部長
「報道の自由や、意見交換の基盤となるあらゆるものが徹底的に破壊されています。クレムリンが描きたかった構図に国民が洗脳された結果です。異なる情報を得られる人はほとんどいません」

それでもプーチン大統領を支持していない人々は2割近くいて、その多くは地方よりも都市部にいるといわれています。

モスクワ市内に住む夫婦は共に外資系企業に勤め、日頃から欧米の情報に接しているといいます。軍事侵攻に疑問を感じるロシア人もいることを伝えたいと、あえて取材に応じました。


「軍事侵攻を正当化できるものはありません。ロシアの国営テレビをかなり前から見ていません。プーチン大統領が独立系のテレビ局を閉鎖してから、私はテレビ自体を見なくなりました」
取材者
「ロシア軍のウクライナ侵攻をどう受け止めましたか?」

「(泣きながら)……ちょっと待ってください。……ごめんなさい」

ウクライナに親しい同僚がいるという妻は、この話題になると冷静に話をすることができません。しかし、息子にも軍事侵攻について尋ねたところ意外な答えが返ってきました。

息子
「民間人の犠牲には反対です。しかし政治のプロセスを見ると、最後はほかに方法がなかったと思います」

軍事作戦をやむをえないと考える背景には何があるのか。インターネットで外国メディアの情報も得ているという息子に、ふだんよく使うサイトを見せてもらいました。

息子
「(スマホを見ながら)『ウクライナのテレビが、ブチャでウクライナ兵が遺体をどう配置したかを放送した』だって」

ウクライナ兵がロープを使って遺体を引っ張る映像。これはもともとアメリカのAP通信が配信したもので、「爆弾が仕掛けられたおそれがある遺体の収容作業」だと伝えられています。一方、あるサイトでは「ウクライナ兵が遺体を配置している様子を捉えたものだ」と説明しています。

息子が見ていたのは、ロシアの政権寄りのメディアが運営するサイトでした。外国メディアに十分触れているつもりでも、氾濫する政権側の情報のほうを信じてしまっていたのです。

知らないうちに息子が軍事作戦を容認するようになっていたことに、両親は衝撃を受けていました。


「正直、息子の考えを聞いてがっかりした」

「誰かの意見をうのみにしないでほしい。特定の意見を植え付けようという動きがあるが、自分で情報源を確認してほしい」

支持率8割の裏側

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、元モスクワ支局長の石川一洋解説委員です。

どの情報をよりどころにするかによって、こうも考えや思想が異なるのかと感じましたが、今のロシアの空気というのはどういうものなのでしょうか。

石川 一洋 (NHK解説委員):
重苦しい雰囲気だと思いますね。この8割の支持ですが、戦時統制下の世論調査であるという限界は踏まえておかなくてはいけないと思うんです。軍についての偽情報を拡散したら、禁錮15年という法律改正の影響はかなり大きいです。

ただ、これは戦争になったんです。戦時の愛国心の高揚という点も指摘したいと思います。ロシア中部、ウクライナに向かうロシア軍を見送る人々の映像がSNSで上がっていました。プーチンの戦争でロシア人は本来戦争を望んでいなかった、ショックを受けていたのですが、欧米からまさに国民の生活を直撃する厳しい制裁を受けて、ロシア人の祖国防衛戦争という意識が強まったんです。

桑子:
逆に団結を高めた?

石川:
北風に対して固まるのがロシア人で、制裁は逆に政権の周りにロシア国民を結集させた逆効果の側面もあると思います。

桑子:
今回私たちは、ロシアのプロパガンダの一端を示す教育マニュアルを独自に入手しました。この教育もプーチン大統領の支持を高める一つの要因となると思うのですが、ただ支持が高いといっても一様に熱烈に支持をしているというわけでもないわけですよね。

石川:
80%の支持といっても、ウラジオストクの家族のようにZ旗を掲げて町に出る熱狂的な支持者は2割か、せいぜい3割だと思うんです。

むしろ注目したいのは、「答えられない」。「答えられない」というのはかなりの反対の心だと思うんです。2割の人が支持していないという点ですが、「反対」と言えば刑事罰を受けるおそれがある中で、調査員が面接方式で尋ねる。世論調査とはいっても、「支持しない」と答えるのは勇気のいることだと思うんです。

VTRを見ても、モスクワの両親のように支持しないという人たちには非常に固い気持ちがあると思うんです。これは決して少ない数字ではないし、政権にとっては脅威となる数字だと思います。

桑子:
軍事侵攻を支持しない人たちは、ロシア国内で異を唱えることは極めて難しい状況です。こうした中、この2か月で30万もの人々が国外に逃れ、外から声を上げ始めているんです。

外からロシアを変えたい

ロシアと国境を接する国の一つジョージアは、軍事侵攻が始まってから3万人以上がロシアから押し寄せています。

ロシアを脱出したシステム開発者
「『特別軍事作戦』というけれど、あれは戦争ですよ。ロシアで子育てをしたかったのですが、もうそんな将来は描けません」
ロシアを脱出したIT教育関係者
「信頼してくれている子どもたちに事実を教えられない。よくない。おかしいです」

23歳のナスターシャさんは、モスクワでプーチン政権を批判するデモに参加して逮捕されたことがあります。

ロシアを脱出した ナスターシャさん
「抗議集会で治安部隊にフードをつかまれ、地面にねじ伏せられました。『立て!抵抗するな』と連行されたんです。自由にものを言うことができない。出国しない限り、まったく何もできなくなります。人生の先が見えません。恐怖から国を飛び出しました」

メディアの力で、外からロシアに変化をもたらせないかと模索を始めた人がいます。ジャーナリストのジャトコさんとコトリカーゼさん夫婦は地元テレビ局のスタジオを借りて、3月下旬からYouTubeで生配信を始めました。

チホン・ジャトコさん
「現状が正しくないと理解するためには、真実を知る必要があります。『真実の輪』を広げていくことで、ロシアを変えられると信じています」

今、最も力を入れているのは、ロシア国内に氾濫する「プロパガンダ」を突き崩していくことです。

ある日、ロシア国営テレビのニュースでブチャでの惨状を取り上げ、欧米などのメディアがロシアをおとしめようとしていると伝えていました。


「まるでロシア軍がここで大量殺りくを行ったかのように報道している」

ロシア国営テレビ「ロシアTV」より

2人はウクライナの人たちへの取材を積極的に行いながら、真相に迫ろうしています。

チホン・ジャトコさん
「ブチャのカテリーナ議員、こんにちは」
エカテリーナ・コトリカーゼさん
「あなたの発言を編集せずに配信しますので、安心して話してください」
ブチャの市議 カテリーナ・ウクラインツェヴァさん
「ブチャの市民は皆、口をそろえて、街に入ってきたロシア軍の残虐な行為が3月下旬からひどくなったと言っています」

配信を始めて1か月。2人が身の危険を感じながらも続けるのには、訳がありました。

ロシアで所属していた独立系ネットメディア「ドーシチ」。プーチン政権に批判的な報道を続けてきました。しかし軍事侵攻が始まってから1週間後、サイトへのアクセスを遮断され、運営停止に追い込まれました。

それでも、2人は諦めませんでした。再開を期待する人々の声が背中を押したのです。


「あなたとドーシチが戻ってくるのを待っています」

「本物のメディアが必要です」

「民主主義と言論の自由を!」

Facebookのコメントより

チャンネルの登録者数は、この1か月で18万以上になりました。

エカテリーナ・コトリカーゼさん
「ロシアの誰もが政権にコントロールされた国営放送をうのみにして、他の情報源には目もくれないと考えるのは間違いです」
チホン・ジャトコさん
「知るべき情報を奪われた人たちのために、私たちは発信します」

しかし、プロパガンダが氾濫する中でどう真実を伝えていけばいいのか、難しさに直面していました。

この日、ジャトコさんが紹介したのは軍事侵攻に反対の立場を取ってきたロシアの女性からの戸惑いの声でした。

生配信で発言するチホン・ジャトコさん
「『戦争には反対ですが、ロシア軍が残虐な行為をするなんて信じられません。ロシア軍を正当化するわけではないですが、正直揺らいでいます』。このように自分の国の犯罪行為を認めることは非常に難しいのです」
チホン・ジャトコさん
「私たちジャーナリストは忍耐強く発信し続けるしかありません。気が遠くなるような長い道のりです。無力だと感じることもあるでしょう。それでも闘い続けていくしかないのです」

ロシアはどこへ向かうのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ロシアの外から反対の動きが広がる中で、プーチン政権の内部の状況というのはどうなっているのでしょうか。

石川:
プーチン政権というのは言ってみれば保守政権なんですが、これまで盤石ではあったのですが、今回実は揺らぎが見え始めているんです。

桑子:
揺らぎですか。

石川:
そもそも、アメリカの情報機関が作戦について情報を得ていた。欧米メディアにも情報が漏れている。そして、ロシア国内でも治安機関やクレムリン内部の情報をSNSで流すチャンネルがいくつも現れているんです。

桑子:
ロシア国内でも。

石川:
厳しい言論統制にも関わらず、そうしたチャンネルは今も毎日情報を流してるんです。

桑子:
その1つがこちらということですね。専門家グループが「特別作戦が成功する可能性は60%未満」という分析を報告した。これに対してプーチンの反応は、「くだらない。統制は取れているので続ける」だった。

こうした極めて内部の情報が外に出てしまっているわけですね。

石川:
出ること自体が揺らぎと。今回われわれは、こうしたさまざまな情報発信に関わっていると見られている人物を取材することができました。

国際関係大学の元教授で政治学者のソロベイ氏で、ソロベイ氏は「治安機関や軍の将校の間にも反プーチンの動きがある」と述べていました。

桑子:
しかし、そういった動きを実際にリークすることは大丈夫なのでしょうか。

石川:
彼は「昔のローマ人のように、われわれは公共の善のために行動している」と述べていました。もちろん、公共のためということなんですけれども。こうした発信情報を完全に信じることはできません。

ただ、ソロベイ氏が一時、2月の半ばごろに家宅捜索を受けたのですが、それでも今でも自由にわれわれの取材を受けることができる。これは一定の権力内部の支持を受けているのではないかと見られていて、こうしたことから体制内部では何らかの揺らぎが見え始めているのではないかと思います。

桑子:
今後、その政権に対してどう国際社会が働きかけていくかですね。

石川:
この戦争はプーチンの戦争であり、すぐに止められるのはプーチンでしかないんです。いかに憎くても、プーチン大統領との対話を断ってはいけないと私は思います。プーチン大統領は非常に限られたルートでしか情報を得ていないと言われています。その彼に、聞きたくないこと、見たくないことをはっきりと伝えるのも対話の役割だと思います。

次にもう一つは、プーチンとロシアを決して同一視してはいけないと思うんです。今や、スポーツや芸術など、あらゆる分野でロシアを排除して対話を断つ動きが続いています。戦争でやむをえないところもあるのですが、むしろプーチンの周りに結集させてしまうことになります。体制内の揺らぎを含めて、あらゆる面で非公式でもロシアとの対話を続けるべきだと思います。

桑子:
最後にご覧いただくのは外からの声なき声です。

"軍事侵攻終結を" ロシアを離れた人々の祈り

4月初めのジョージア。数百人のロシア人が、ウクライナ大使館の前に集まっていました。

ロシア国内でかき消された多くの声が、ここにはありました。

ロシアを脱出した ナスターシャさん
「ロシア人として罪の意識を感じます。でも口を閉ざし引きこもっていては、何の役にも立ちません。何か行動しなければ」

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。