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2022年4月19日(火)

激戦地マリウポリ 最前線から届く「声」

激戦地マリウポリ 最前線から届く「声」

大規模攻撃の脅威にさらされるウクライナ東部。最大の激戦地マリウポリでは、ロシア軍の攻撃による死者が2万人を超えるという見方も示され、深刻な人道危機の実態が浮かび上がっています。クローズアップ現代の取材班は、マリウポリに残る市民たちと連絡を取り続け、被害の実態を独自に記録してきました。市民はいまどんな状況にあるのか。そしてロシア軍による化学兵器使用の懸念や、今後の行方は。最新情報と共に徹底検証しました。

出演者

  • 兵頭 慎治さん (防衛研究所 政策研究部長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

激戦地マリウポリ 最前線から届く「声」

桑子 真帆キャスター:
2月に始まった、ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻。当初ロシア軍は北、東、南から攻め込みました。しかし、ウクライナが徹底抗戦すると軍事作戦の重点を東部に置くとして、首都キーウ近郊から撤退。今、戦力を東部に集中させています。

その中で、いわば最後のとりでとなっているのがマリウポリです。ロシア側は拠点となっている製鉄所を巡り、新たに投入された部隊が攻撃を開始したことを明らかにしました。

マリウポリは陥落間近とも伝えられています。一方、ウクライナはマリウポリの部隊に多くの死者が出た場合には、停戦協議の中止も辞さない構えを強調しています。今、重大な局面を迎えているマリウポリ。その最前線を見ていきます。

マリウポリ 製鉄所に避難する人々の状況は

これまで、私たちにマリウポリの最新状況を冷静に伝え続けてくれた地域防衛隊のルスランさん

3日前の4月16日に届いた映像では、その様子は一変していました。

マリウポリの地域防衛隊 ルスラン・プストボイトさん
「何か行動を起こしてください。もう50日間包囲されている。われわれは化け物と戦っており、全世界には兵器をくださいと訴えているんです」

2月24日の攻撃開始以降、日に日に狭まる包囲網。現在、ロシア側は市内のほぼ全域を制圧したと見られています。

ウクライナ側の部隊が拠点としているのは、アゾフスターリ製鉄所。この地下に籠城して徹底抗戦を続けています。

地下トンネルが迷路のように張り巡らされているといわれる、この場所。3月までこの製鉄所にいた従業員が取材に応じました。

アゾフスターリ製鉄所 従業員 ミコラ・キツマンさん
「(地下トンネルの)長さは約20キロです。自由に出入りできる入口はなく、避難生活用ではない(配管などの)トンネルです」

「地下トンネルには多くの民間人が避難している」。

そう証言するのは、製鉄所の中で今も任務に当たる警察官のミハイロさん。18日、ボイスメッセージが寄せられました。

マリウポリの警察官 ミハイロ・ヴェルシニンさん
「あまり話せる状況ではないですが…製鉄所には多数の民間人がいます。子どもや女性、老人、乳児もいます。ここにはシェルターがあるので、襲撃から隠れています。今ボイスメッセージで言えるのは以上です」

これはロシア側が製鉄所内での掃討作戦として公開した映像。

敷地内に2,500人のウクライナ兵がいるとして、地下トンネルのひとつひとつをしらみつぶしに攻撃していく様子が映し出されています。

一方、徹底抗戦を続けているのがウクライナの精鋭部隊「アゾフ大隊」。製鉄所で戦闘任務に当たる将校のダヴィドさんは、孤立無援な状況をメールで伝えてくれました。

アゾフ大隊 ダヴィド・カサトキンさん
"1日に少なくとも150回の空爆にさらされています。この街ではすでに2万人以上が亡くなっているのです。戦争は映画の世界だけだと思っていましたが、そうではありませんでした。今、私たちの毎日の食事は即席めんとチョコバーだけです。マリウポリへの包囲がなくなり、政治的にも解決しない限り、ここから出ることはできません。これが人生なのでしょうか"

マリウポリの外からの支援は困難な状況にあります。

これは、ロシア側が撃墜したと主張するウクライナ軍のヘリコプター。

空からマリウポリの部隊に物資の補給を試みたところ、撃ち落とされたと見られています。

こうした中、ウクライナ側には投降する兵士も出てきています。「夫が捕虜になった」。そう伝えられた兵士の妻が取材に応じました。

夫が捕虜になった女性
「ただ夫が子どものもとに戻ってくれて、一緒に育てていけることを願っています。いつもそばにママとパパがいるのを息子に見せてあげたい。それが望みです」

戦地に向かう前、夫は「必ず戻ってくるから大丈夫だ」と話していたといいます。

夫が捕虜になった女性
「本当は大丈夫ではないことは分かっていました。私をなだめようとしただけで。(子どもに向かって)パパはすぐに戻ってくるからね」

街全体が廃墟となった、マリウポリ。市内にはいまだおよそ10万人がとどまっているとされます。

住民たちを街の外へ避難させるため、決死の取り組みを続けているボランティアのドライバーたちがいます。

ボランティアのドライバー ミハイロ・プリシェフさん
「人々は食料も水もなく、ずっと地下室で生活しています。病気になって、せきをしたり、子どもたちが吐いたりして、恐ろしい光景でした」
ボランティアのドライバー オレクシー・ビストロフさん
「私の小さな車には9人も乗せました。トランクにも人が入りました。想像できますか?」

しかし、ロシア側はボランティアのドライバーまでも次々と拘束しているといいます。

ボランティアのコーディネーター アンナ・ゴルマショヴァさん
「マリウポリに入るところで、頭に銃を突きつけられた。理由として『ウクライナ軍を支援している われわれの場所を教えているだろう』ということでした。リストにあるドライバーのうち、22人が捕虜になりました」

さらに、ドライバーが殺されるケースも。

ボランティアのコーディネーター アナスタシヤさん
「彼(ドライバー)は消息を絶って、その後射撃され、血まみれの車のビデオが(知人から)送られてきました。若いドライバーと、助手席には高齢の女性、後ろにも乗客がいたが、全員が死んでいました」

ウクライナの部隊が立てこもり、多くの民間人がとどまっているアゾフスターリ製鉄所。18日、私たちのもとに1通のメールが届きました。

"この映像を世界に発信して、製鉄所の中にいる住民を何とか安全に避難させてほしい"

――あなたのお名前は?

少女
「アリサ」

――何か言いたいことある?

少女
「避難したい…」

少女の年齢は4歳。父親が負傷者を救助する救急隊員で、50日以上製鉄所の地下で過ごしているといいます。

――ここが好き?

少女
「家に帰りたい」

――(避難できたら)誰と話したい?

少女
「おばあちゃん」

最前線でいま何が

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、ロシアの軍事・安全保障に詳しい兵頭慎治さんです。よろしくお願いいたします。

ロシア国防省が緊急声明で、日本時間19日の夜8時から10時までの2時間で製鉄所から退去・降伏することを要求したと発表しました。

実は、現地時間17日にも同じように降伏するよう求めるものがありましたが、今回これが2回目という認識になります。これは合っていますか。

兵頭さん:
はい。

桑子:
どんな意図があるのでしょうか。

スタジオゲスト
兵頭 慎治さん (防衛省防衛研究所 政策研究部長)
ロシアの軍事・安全保障に詳しい

兵頭さん:
現場の事態がちょっと緊迫化しつつあると思いますが、最終的にロシア側は投降を呼びかけて、そしてみずから自発的に武器を置いてほしいということだと思います。

これまでも製鉄所の中にウクライナ側の部隊がロシア側に包囲されるような状況ができたわけでありますが、ロシア側も有効な軍事的な対応がとれなくて現在まで至っているんだろうと思います。

桑子:
かなり苦慮している状況なんですね。

兵頭さん:
その背景としては製鉄所自体が非常に広大な敷地で、地下トンネルも長さ20キロと。しかも防空ごうのような形で非常に頑強な施設ということなので、なかなか空爆等を行って破壊力を伴って制圧するということが難しい状況にあるんだろうと思います。

新しい情報では、施設を襲撃するために特別に選ばれた部隊が活動を開始したということで、一部の情報だと戦車などが近づいて、すでに砲撃を開始しているという動きもあるようです。

桑子:
ただ、夜8時から10時までを投降の時間としているのに、砲撃が始まっているかもしれないと。これはどういうことなのでしょうか。

兵頭さん:
戦車の砲撃で頑強な製鉄所を完全に破壊するということは難しいと思いますので、砲撃を開始して軍事的な圧力を強めながら、最終的には地下に閉じこもっている部隊などに投降を促すねらいがあるんだろうと思います。

さらに、ロシア寄りの武装勢力の報道官の表明によりますと、ロシアから戦闘機や砲弾などの支援を受けているということで、ウクライナ側が降伏することを願うということも呼びかけています。

なので、軍事的な圧力を強めながら最終的には自発的に投降を促して、それによってロシア側は製鉄所をロシア側は完全に制圧して、さらにはマリウポリを完全に落としたいという動きではないかと思います。

桑子:
ロシアにとっても、今かなり重大な局面として捉えられているわけですね。ロシア側は侵攻の痕跡を消し去ろうとするかのように、新たな統治の準備も進めています。

"ロシア式統治"の実態

2週間前、親ロシア派のメディアが突如報じた、マリウポリの新たな市長の選挙。任命されたのは、親ロシア派の人物でした。

マリウポリ市議 ドミトロ・ザバヴィンさん
「この人(任命された人)は私たちの同僚で、マリウポリ市議会の議員でした。彼はアルコール依存症で、議会でも酔っ払っていました。ロシア人は彼をいとも簡単にコントロールするでしょう」

さらにロシア側は市内に移動式の焼却炉を持ち込み、民間人の遺体を焼こうとしているといいます。

ドミトロ・サバヴィンさん
「彼らはマリウポリの犯罪が世界から厳しく非難されることを知っています。だから犯罪の痕跡を消すことにしたのです」

そして、人道に反すると指摘されているのがロシア側への市民の連行です。マリウポリだけで4万人以上にも上ると市当局は公表しています。

取材を進めると、市民を選別する「フィルターキャンプ」と呼ばれる施設の存在が浮かび上がってきました。

マリウポリで患者の治療を続けていた医師のイエヴヘンさんは、連行の一部始終を語りました。

マリウポリの医師 イエヴヘン・シェポチンニクさん
「今月3日にロシア軍が来て『おまえたちを患者と一緒に連れて行く』と言いました。兵士は武器を持っていて、話し合うことはできませんでした。選択肢はなかったのです」

連れてこられたのは、ロシア側が保護施設と主張する国境近くのキャンプ地。そこで職業や交友関係、思想などを厳しく取り調べられたといいます。

イエヴヘン・シェポチンニクさん
「職業は何か、知人や親戚にアゾフ大隊や軍人、警察などがいないか調べていました。携帯やSNS、写真をチェックされ、それは誰なのか、写真が何なのか説明しなければなりませんでした」

ロシア側は、軍人かどうかを判別するために服を脱がせ、傷痕などを確認。中には拘束された人もいたといいます。

イエヴヘン・シェポチンニクさん
「2人の男性が連行されるのを見ました。その後、彼らがどうなったのかわかりません」

その後、ロシア国内に移送されたものの、なんとか国外に逃れることができたイエヴヘンさん。分岐点となったのは、支援が必要かを尋ねる文書に署名したかどうかだったといいます。

イエヴヘン・シェポチンニクさん
「私は何も支援を求めず、署名もせず、申請もしませんでした。『ロシアに親戚がいます。彼らの所にいきます』と言ったら解放されました。私の親戚は誰もロシアに住んでいませんが。助けを求めた人は身分証明書がとりあげられたのです」

実際に、一時ロシア国内の施設に収容された家族が取材に応じました。

ロシアに収容された家族
「ロシア人に言われたのは『ロシアがあなたたちを救った』、『(ウクライナの)ネオナチに抑圧され仕事も給料もなかったでしょ』と言われた」

ロシアのねらいはどこにあるのか。

3月、ロシア政府が公表した文書に記されていたのは、ウクライナの市民10万人をロシア連邦内の85の地域に移送させる計画。それはロシア全土にわたり、サハリンなど、極東の地域にも7,000人以上を送るとしています。

これは、ロシア側がフィルターキャンプで配っていたとされるチラシです。

さまざまな優遇措置を示し、勧誘を進めていました。

この男性は、知人が極東地域に連行されたといいます。

ヴラディスラヴ・セルデュコフさん
「最後に連絡をとったとき、彼らは『サハリンにいる』と話していました。『書類にサインをさせられ、2年間は出られない』と聞きました。それ以来、彼らとは連絡がとれていません」

ロシア側の戦争犯罪の実態を調べているマリウポリのジャーナリストは、市民の連行を巡ってある疑惑が浮かび上がっているといいます。

マリウポリのジャーナリスト アンナ・ムルリキナさん
「多くの子どもたちをロシアに強制移送する準備が進められています。そして養子縁組しようとしているのです。子どもたちはウクライナ国民であり、これは犯罪行為です」

ロシアの国営メディアが3月に報じた内容です。


ロシア国籍を持たない孤児を養子縁組する手続きを簡素化。そのための法改正案を議会下院が作成している

作成中の法改正案
アンナ・ムルリキナさん
「私は地元の事例しか知りません。30人の子どもが病院から連行されました。(連行された)少女はおじいさんと電話で話し、『家に帰りたい』と何度も訴えていました」

マリウポリの攻防 ロシアの今後の動きは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ロシア式統治、つまりロシア化をまさに進めようとしているわけですが、これにはどんなねらいがあるのでしょうか。

兵頭さん:
2014年のクリミア半島の併合のときも、軍事的な支配のあと、ロシア寄りの政治体制、そして住民の人をロシア化するという動きがありました。

今回のウクライナの侵略においても、軍事作戦の後に同じようにロシア化を進めようと考えていたんだと思うのですが、他方で思うように軍事作戦が短期で進まない中、攻撃が激しさを増して、現地は壊滅的な状況に陥ってしまったということがあります。

なので、なかなか現地でロシア化を進めていくというのは難しいと。なので一部の住民の方をロシアに移住させることによって、場所は変える形で住民の方のロシア化を進めていったのではないかと考えています。

桑子:
クリミア半島のときとは事態が少し違っていて、ロシアとしては想定外の状況になっているということなんですね。

兵頭さん:
思うようにロシア化が進められていないということだと思います。

桑子:
ロシアに連行して、そのあとどんなことを考えていると思いますか。

兵頭さん:
ロシア寄りのいろいろな思想教育などを受ける可能性があるのですが、一定の期間たったあと、安定すればまたウクライナに戻って引き続きロシア寄りの政治体制のもとで生活をしていく可能性もあると思います。

桑子:
今後マリウポリの完全掌握がなされたとして、そのあとはどんな展開が予想されますか。

兵頭さん:
5月9日の対独戦勝記念日までに東部2州(ドネツク州・ルハンシク州)を完全に押さえたいとロシア側は思っておりまして、18日からロシア側は大規模な攻撃を始めています。そのためにもマリウポリをなんとか早く攻略する必要があったと。

恐らくロシア側は東部2州の攻撃を始める前にマリウポリの完全制圧をやりたかったんだと思うのですが、誤算があって思うような形で最終的に製鉄所に閉じ込められたウクライナ部隊の最終的な攻略ができなかったのだろうと思います。

ですので、東部2州の今後の戦況を占う意味でも、このあとマリウポリがどういう形でロシア側に最終的に制圧されるのか、されないのか、そこに注目したいと思っております。

桑子:
今もマリウポリには10万人以上の市民が取り残されているとされています。その人々を助けるボランティアの男性の訴えをお聞きいただきます。

激戦地マリウポリ "救出劇"の果てに

マリウポリ市民を車で避難させるボランティアのオレクシーさんは、17日も命懸けで救出活動に向かっていました。

<車中での会話>

ボランティアのドライバー オレクシー・ビストロフさん
「検問所まで近づいている。私たちはやっと無事にたどり着きました。これからもご無事で」
女性
「ありがとう。すごく感謝しています」

ウクライナがソビエトから独立する前、軍人だったオレクシーさん。その経験を生かし、100人以上の市民を避難させてきました。

しかし、18日からマリウポリ市内への民間人の出入りは厳しく制限されることに。

オレクシー・ビストロフさん
「世界に言いたい。こんな狂ったことを、どうにかして止めなければなりません。苦しんでいるのは子どもたち。私たちの"将来"なんです」

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