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2021年12月20日(月)

徹底検証・大阪ビル放火
どう命を守るか

徹底検証・大阪ビル放火 どう命を守るか

師走の大阪、繁華街のビル4階のクリニックで起きた火災。24人が死亡する大惨事となったが、実際に焼けたのはクリニック全体の約4分の1にあたる25平方メートルのみ、そして火も約30分でほぼ消し止められた。なぜ“焼損面積がそれほど大きくない場所”、そして“わずかな時間”で、これほど被害が拡大したのか。数々の証言や専門家の分析で明らかになったのは、逃げ場のない空間で、猛烈なスピードで行き渡る“煙の脅威”だ。警察は、通院歴のある61歳の男が火をつけたとみて、殺人と放火の疑いで捜査。事件の動機や背景は?西澤院長がクリニックに込めた思いとは?私たちはどう命を守ればいいのか?現地からの最新情報とともに、惨事を繰り返さないために何が必要か探る。

出演者

  • 関澤 愛さん (東京理科大学教授)
  • 桐生 正幸さん (東洋大学教授)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"密室火災" どう命を守るか

井上:先週金曜、大阪の繁華街のビルで起きた放火事件。次第に被害の全容や容疑者の行動が見えてきました。現場で何が起きていたのか。独自取材から徹底検証し、こうした密室での火災からどう命を守ればいいのか考えます。

保里:事件の被害に遭ったのは、6年前に開業したクリニックです。心療内科と精神科などが専門で、心の病を抱えた人たちを支援していました。社会復帰に向けて治療を続ける人たちも大勢犠牲になったとみられています。24人の方が亡くなり、これまでに21人の方の身元が判明しています。
院長の西澤弘太郎さん。クリニックに通院していた人は、「患者に寄り添って診療してくれる、優しい先生だと感じた。院長の診察のおかげで元気になれた」などと話しています。亡くなった34歳の男性。知人などによりますと岐阜県の教員採用試験に合格し、去年4月から中学校で理科を教えクラスの担任を務めていたほか、剣道部の顧問としても指導していました。ことし春に退職し、その後クリニックに通院しながら再び仕事に就くことを目指していたということです。亡くなった21歳の女性。知人によりますと居酒屋のアルバイトとして働いていたほか、火災が起きたクリニックでのアルバイトも掛け持ちしていたということです。人とすぐに打ち解けられる性格で、医療事務の資格を取りたいといって勉強を頑張っている様子だったといいます。

井上:なぜ、24人もの命が奪われることになったのか。目撃者の証言や専門家の分析からは、想像を超える"密室火災"の脅威が浮かび上がってきました。

"密室火災"の脅威

これは、火災発生直後にSNSに投稿された現場の写真です。消防に通報があった午前10時18分、通勤途中の女性が撮影しました。

(声)写真を投稿した人
「ものすごい煙だったんで気づいたというか、臭いもすごかった」

取材者
「炎は上がっている様子は?」

(声)写真を投稿した人
「いえ、それは見ていないんです。黒い煙だけです。煙がものすごい吹き出てたんです」

しかし、大惨事になるとは想像もつかなかったといいます。

(声)写真を投稿した人
「周りに人がいなかった。1人だけ同じように写真を撮ってる人がいたくらいで、そんな大ごととは全然感じなかったですね」

消防への通報から7分後。隣のビルで働く男性は、サイレンの音で異変に気付きました。それでも炎が見えなかったため、この男性も大きな被害につながるとは考えていませんでした。

取材者
「火の手は見えてましたか?」

隣のビルで働く男性
「いや、ここの角度からは煙しか見えないです」

一度は外に避難した男性。6階から女性が救助される様子を見て、事態は収拾したと11時過ぎには職場に戻りました。

隣のビルで働く男性
「自分が気づいてから鎮火するまでわずか5~10分だったので、じゃあ小規模な、そんな大きな被害はないのかな、ていう感じで会社に戻ってきた。おやっと思ったのが、仙台にいる父からLINEきたんです。『ビル火災、近いんじゃない』って。それで12時以降からどんどん情報が出てきて、自分でもネットで調べてみたら放火の疑いあり。えって思って、ことの重大さ深刻さに次第に気づいていった」

当初、目撃者が深刻には捉えなかった、この火災。一体、中では何が起きていたのか。

心療内科のクリニックが入っていたのは、鉄筋コンクリート造り8階建ての雑居ビルの4階。広さはおよそ93平方メートル。奥に細長い造りになっています。

4年前からここに通っていた男性に話を聞くと、クリニックにはいつも多くの患者が訪れていたといいます。

クリニックに通っていた男性
「予約なしで、時間あるときに来ていただいたらいつでも診ますというかたちで。(待合室は)こんな感じで」

取材者
「待合室だけで14人ぐらい」

クリニックに通っていた男性
「これでも足りないときは、ここに立ったり、ここで待ったり」

取材者
「ここ(通路)は?」

クリニックに通っていた男性
「もう1人が歩けるぐらいですね。診察が終わられて私が行くときとかは、譲らないと歩けない」

詳細は明らかになっていませんが、取材を基に火災が起きる前の状況を再現しました。待合室と、その奥には「リワークルーム」と呼ばれる部屋。当時は、職場復帰を目指す人たちのプログラムが行われている時間でした。

いちばん奥には西澤院長の診察室。クリニックには少なくとも28人の患者やスタッフがいました。

そこに突然男が現れ、手にしていた紙袋からガソリンをまき、ライターで火をつけたと見られています。

そして、出入り口近くで逃げる人を阻むように両手を広げて、前に向かって進んできたといいます。

この雑居ビルができたのは昭和45年。2つ以上の階段を設置するよう定められる前だったため、ほかに避難ルートはありませんでした。また、スプリンクラーも設置義務の対象外で、このビルにはありませんでした。

クリニックに通っていた男性
「窓はこっちにはなかった。建物の造り的に(窓は)難しいのかもしれない」

患者やスタッフたちの多くはクリニックの奥に逃げるしかありませんでした。

男性は、実は火災が起きた時間帯にクリニックに行く予定でしたが、仕事の都合で急きょ取りやめていました。

クリニックに通っていた男性
「(あそこにいたかもしれない)それを考えると、ことばにならない。ぞっとする。院長をはじめ、スタッフさんとかあそこにおられたんだなって。やるせないっていうか、何もなかったことであってほしい。あそこの窓を見ているだけで、ほんとに鳥肌が立ってる」

西澤院長とスタッフ、そして職場復帰を目指す患者など、24人の命が奪われたのです。

検証 火や煙はどのように広がったのか

クリニック内部で、火や煙はどのように広がったのか。SNS上の映像や画像から分析します。火災からの避難に詳しい、東京理科大学・水野雅之准教授です。

最初に注目したのが、この動画です。

東京理科大学 理工学研究科 水野雅之准教授
「なんでガラスが割れないのかな。普通のガラスだと150度ぐらいで割れる。それほど高温になっていない状況だと思いますね」

画面右側、焼け残った部分があるのは入り口から離れた窓。

一方、入り口付近は激しく焼けているように見えます。

水野雅之准教授
「このエレベーターの前あたりに可燃性の液体をまいたというか蹴って、その部分が最初に激しく燃えたというのはたぶん確かで、どれぐらいの火柱になってるか分からないですけど、結構激しく燃えてると思います」

ガソリンと性質が似た液体を使った実験です。数秒で、人の背丈ほどまで火柱が上がりました。

水野雅之准教授
「本当に怖いと思います。どうしても入り口付近で放火されてしまいましたから、そこから遠ざかるような方向に人が移動したんじゃないか。炎の中を突っ切っても逃げるしか唯一助かる手段はなかったような火災ですよ、これは。でも人間の心理的には、とてもそんなところに突っ込んでいくという状況は無理だと思います」

さらに水野さんが注目するのが、火災発生直後に多くの人が目撃していたある現象。SNSでも多く上がっていた黒い煙です。

水野雅之准教授
「黒っぽく見えるのは、ガソリンが燃焼すれば黒い煙が発生するので、ガソリンみたいなものが燃焼して黒い煙が発生している。それだけでCO(一酸化炭素)が出ています」

黒い煙に含まれる「一酸化炭素」。密閉された空間でガソリンが燃えると急激に酸素が不足し、不完全燃焼が起きます。このとき、大量の黒い煙とともに有毒の一酸化炭素が発生するのです。

水野雅之准教授
「今回の場合は燃えている場所は限定的だけれども、燃焼に必要な酸素がうまく供給されていない状況で部屋の中の全体の酸素濃度が低下して、そういった環境でガソリンなんかが激しく燃焼しようとしたらCOが出る状況」

一酸化炭素は体に重大な症状をもたらします。人の体内で酸素を運ぶのは、血液中の「ヘモグロビン」という物質。

一酸化炭素は、ヘモグロビンと結び付く力が酸素の200倍。そのため酸素を体内に取り込めなくなり、一酸化炭素中毒となるのです。

一酸化炭素は、クリニックにいた人たちをどう襲ったのか。防災工学に詳しい、山田常圭(ときよし)さんにシミュレーションしてもらいました。

窓は閉まっており、ガソリンに似た液体がまかれたと想定。クリニックの大きさを再現して、煙の動きを計算します。出火すると…。

20秒で、クリニック内はほとんど視界が利かない状態に。

30秒で、すべての部屋に煙が侵入します。

井上
「まだ全然1分たってませんけど、真っ黒ですね」

このとき、煙とともに一酸化炭素の濃度も急激に上昇します。緑色の場所の濃度は500PPM。激しい頭痛やおう吐を感じ始める数値です。

出火した直後、比重の軽い一酸化炭素は天井付近にたまります。

18秒後、待合室全体の濃度が上昇。廊下にも広がっていきます。

1分後には、クリニック全体で500PPMの一酸化炭素が充満することが分かりました。

複数の専門家の見立てでは、10分程度で濃度が5,000PPMに達し、命の危険にさらされていたとみています。

防災工学に詳しい 山田常圭さん
「窓などの開口部がなく、煙が外に抜けていかないので、これくらい速く煙で埋まってしまう。狭いからこういうことになってる。われわれよくトラップと言うんですが、トラップされる。そういうかたちで逃げられなくなり、そこで多くの方が亡くなってしまった。これ自身が特異というより、昔起きていたことがまた起きてしまった、そういう無念さがあります」

"密室火災" 被害拡大はなぜ

井上:火災のメカニズムや防火対策に詳しい、関澤さんです。まず、今回の放火事件をどのように受け止めていますか。

関澤 愛さん (東京理科大学教授)

関澤さん:今回の火災は昼間の火災で、小規模なビルでありながら24名の犠牲者が出たということで大変驚いています。20年前に新宿歌舞伎町ビル火災がありましたが、これとうり二つで、例えばビルの形とか大きさ、あるいは階段が1つしかないとか、火がつけられたのが出入り口近くであるということで、その階にいたほぼほぼすべての人が亡くなっているという点で非常に共通しています。ただ一つ大きな違いがありまして、新宿歌舞伎町ビル火災のときは消防設備とか防火管理体制に多くの不備があったのですが、今回のビルではそうした違反がほとんどないにも関わらず短時間で多くの人が亡くなってしまったということで、ある意味新宿歌舞伎町ビル火災よりも深刻に受け止めています。

井上:そして、犯罪心理学が専門の桐生(きりう)さんです。少しずつ容疑者の行動というのが見えてきましたが、どの点に注目されますか。

桐生 正幸さん (東洋大学教授)

桐生さん:特に注目すべきところは、出入り口に立ちはだかったという行動ですね。その行動によって、クリニック全体を巻き込もうという意図が感じられます。いわゆる「大量放火」というふうに考えられる今回の放火なんですが、例えば京都アニメーション事件なども最近ありました。そのようなものが出始めたということ、そして本来これまでの放火犯というのは火をつけたあと逃走する。つまり自分は捕まらないということを考慮して行動していたのですが、今回の放火はそうではなかった。この点が非常に注目すべきところではないかと考えております。

井上:なぜ、この被害は拡大したのでしょうか。改めて模型を使って見ていきます。

保里:クリニックがあったのはビルの4階部分です。間取りはこのようになっており、火がつけられたのはエレベーター付近の待合室とみられています。

このとき、スタッフや患者など、少なくとも28人がクリニックにいたということです。こちらの階段が避難経路となっているのですが、出入り口の付近で火がつけられてしまったため、逃げ場がなかったとみられています。

井上:関澤さん、被害が甚大になった原因の1つが建物の構造にあるという見方があるのですが、どうみていますか。

関澤さん:先ほどの説明にもありましたように、今回の火災は2つ以上の避難経路を確保するという「2方向避難」の確保と言うのですが、その重要性が改めて浮き彫りになったと感じました。今回の火災でいえば、診察室の敷地に余裕はなかったかもしれませんが、壁にドアがあって外に鉄製の非常階段があるとか、あるいは窓からつり下げの非常はしごをかけれるようになっているとか、そういう手段が確保されていれば助かる人も多かったのではないかと思います。

保里:お話にありました「2方向避難」。その重要性についてはこれまでも指摘されてきています。118人が死亡した大阪千日デパートビルでの火災を受けて、1974年以降、原則として6階以上のビルには地上につながる階段を2つ以上設置するよう定められました。

ただ、今回放火されたビルは1970年に建設されたため、基準に該当しないのです。過去にさかのぼって適用されることはないため、階段が1つでも法的には問題ないとされています。今回、避難の難しさというのが改めてあらわになった形ですが、求められる対策については後半で考えていきます。

見えてきた容疑者の行動

井上:現在、警察が殺人と放火の疑いで調べているのが谷本盛雄容疑者、61歳です。こちらは、防犯カメラが捉えた容疑者とみられる人物が自転車で現場の方向に向かう様子です。

自身もクリニックに通院し、現場のビルから3キロほど離れたところに住んでいたとみられますが、近所づきあいはなかったといいます。最新情報を現場から、北森記者に伝えてもらいます。

北森ひかり記者(NHK大阪):24人の方が亡くなった現場のビルです。オフィス街に近く、多くの人が行き交う繁華街で、きょう(20日)もたくさんの人が花を手に訪れていました。亡くなった人の友人だという人もいました。
発生から4日目。事件の前の容疑者の行動も徐々に分かってきました。谷本容疑者は、先月下旬にガソリンスタンドでガソリンをおよそ10リットルを購入していたことが分かりました。現場のクリニックの出入り口付近からもガソリンが検出されています。関係先の住宅からは、残りのガソリンとみられる、容器に入った1.5リットルほどの液体が見つかりました。計画的に準備を進めていた疑いがあります。なぜこのようなことをしたのか。事件の動機が最大の焦点です。現在、容疑者の容体は重篤で話を聞くことはできません。警察は今後、周辺の捜査を通じて動機の解明を進める方針です。

保里:容疑者がガソリンをみずから購入していたことが分かったということですが、京都アニメーションのスタジオが放火された事件で携行缶で購入したガソリンが犯行に使われたことから、その後、購入者の本人確認などが義務づけられていました。

今回、ガソリンスタンドには容疑者が本人確認のための書類を提示した履歴が残っていたということです。

井上:関澤さん、去年規制を厳しくしたばかりだと思うのですが、ガソリンが今回使われていたと。これはどうみていますか。

関澤さん:確かに危険な燃料で揮発性の高い液体ではあるんですが、例えば農耕機とか除雪車などでは必要な燃料なので、販売を禁止するとか抑制するというのはやはり難しいのかなと思います。

井上:桐生さん、犯罪心理学の点からですが、まだまだ分からないことはありますけれども容疑者の動機はどんなことが考えられますか。

桐生さん:これまで日本の放火事件に関する研究から、いわゆる日本には2つのタイプがあって、個人に対する恨みなどを実行する、保険金を取ろうといった「単一放火」。そしてもう一方は、社会に対する不満を発散するための「連続放火」というのがあります。単一放火の場合はしっかりと計画を立てて、そして自分が犯行をやったということが分からないようにする。連続放火の場合は漠然とした動機で、場当たり的に火をつけようというのがありました。今回の「大量放火」を考えますと、大量殺人を行うために火をつける行為を使ったと考えられるのですが、どうも今までの研究から明らかになったタイプとは異なる、むしろ2つのタイプが混合したようなものではないかと考えられるんです。ですので、計画性はあるものの、例えばガソリンを使うといった、自分に対するリスクをきちんと考慮したのかどうかというところに疑問点がありますので、そういった意味では先ほど申し上げたようにこれまでにないような放火が出始めた、出てきたものではないかと考えております。

井上:自分をも巻き込むというところでいいますと、今どういうふうに変わってきていると思いますか。

桐生さん:結局のところいわば、自分が犯行を行ったあと「捕まってもいい、死んでもいい」といった気持ちがあって犯行を行うという犯罪ですかね。こういったものというのは、実は最近の犯罪傾向に次第にみえ始めてきたということがあります。

井上:ここで被害者の方々に目を向けます。24人の命が奪われたクリニック。ここは心の病で休職し、職場復帰を目指す多くの人たちがよりどころとする場所でした。

奪われた"心のよりどころ"

火災があったビルの前。花を手向けたり手を合わせたりする人が絶えません。

事件から2日目。じっとクリニックの窓を見つめている男性に出会いました。

対人関係に悩み、3年間クリニックに通っていたという男性。事件のあと、あふれ出る思いを書き留めていました。

男性
「死にたいと愚痴を言っていた僕が生きてて、いろんなことをしてくれた先生が死んでしまった。おかしいですよね。先生が死ぬっておかしいですよね。死にたいと思ってる人がいっぱい救われて、先生が死ぬっておかしいですよ、本当に。人を信じるって気持ちを育ててきた場所がこんな形で。僕も人が怖いっていう思いが強くて、カウンセリングを重ねるうちに人って怖くない、いい人もいるんだというふうになってきたところでこれなので、本当に残念でならない」

発達障害やうつ病を患う人たちと向き合い続けてきた、西澤院長。事件があった日に行われていたとみられているのが「リワークプログラム」。心の病で休職した人が職場復帰を目指すためのプログラムです。

このプログラムに参加していたという男性に話を聞くことができました。田中俊也さん、56歳。3年前にうつ病と診断され、その治療の一環としてリワークプログラムに参加していました。

田中俊也さん
「ここがホワイトボードがありまして、ここにリワークの先生が立たれまして」

田中俊也さん
「僕がやっていたときは、この机ひとつに椅子が1列で4人。こういう形でディスカッションしたりとか、ここのテーブルだけでディスカッションして発表する」

毎回集まるのは15、6人ほど。プログラムでは、自分の意見を相手に配慮しながら伝える方法などを仲間と話し合いながら学んでいったといいます。

田中俊也さん
「怒ったときにどうするとか、怒られたときにどう受けるとか。人と人とのコミュニケーションのやり方みたいな感じのね。そういうこともやるんですけれど、グループでディスカッションするのが大事。そのときにいかに自分の思ってる部分が伝わるかどうか、伝わっているのかどうか、どうしたら伝わるようになるのか。自分でそこでのポジション、ポジションという言い方はおかしいかもしれませんけども、居場所、価値、そういうものを自分でも否定せずに見つけていくということを教わったような気がします」

このプログラムに参加してから少しずつ薬の量が減っていくなど、社会復帰に向けて歩みを進めていたという田中さん。心の病に苦しむ人たちを後押ししてきた場が突然奪われたことに、強い憤りを感じていました。

田中俊也さん
「社会の歯車に戻るための一歩を戻そうと意識した人に、本当に力になってくれる場所。それを頼りにしてる人というのはいっぱいいますから、そういう場所を奪ったことに関しては本当に腹立たしいですね」

こうしたクリニックが失われたことは、社会的な影響も大きいと指摘する人もいます。西澤院長のクリニックとも連携し、支援を行ってきた鈴木慶太さんです。

Kaien 代表取締役 鈴木慶太さん
「当社のウェブサイトの中の記事を書きたかったんで、西澤先生にインタビューを依頼したときのメールのやりとりですね。返信もすごく早くて、だいたい24時間以内に返ってきている」

600人ほどの患者が通っていたという、西澤院長のクリニック。対人関係に悩む人が増え続ける中、支援の場が失われたことで社会復帰できなくなる人が増えるのではないかと懸念しています。

鈴木慶太さん
「西澤先生のお仕事も(社会との)橋を架けるお仕事だったとは思います。そのクリニックがこれだけのものに巻き込まれてしまったのはものすごく残念だし、特に大阪の人たちにとっては、本当に長年頼っているところを失った」

心のケアの場 どう守る?

事件を受け、メンタルヘルスに関わる医療従事者たちが懸念しているのは患者たちの心のケアです。安心して通院してもらうにはどうしたらいいのか、意見を出し合いました。

医師
「どんな方がいらしても受け入れる場なので、そういう(危機的な)ことが起きた場合の対処をきちんとマニュアルとして作ろうと」

医師
「いすの下に防犯ブザーを設けて、それを押して受付が110番するような対策」

日本うつ病リワーク協会理事長 五十嵐良雄医師
「やっぱり袋小路の診察室は危ない。事件にならないように、刃物を持っていても逃げられる程度の仕組みを作るべき」

前を向こうとする人たちを支える場をどう確保し、守っていくのか。

医師
「リワーク参加者の方々は、社会に戻っていこうと真剣に日々リハビリされている方ばかりです。むしろ守っていかなければいけない対象なんだと」

医師
「(リワークの)現場というのは、ごく普通に私たちが皆さんが社会で活動している職場で仕事しているまったく同じような仲間、自分と同じような人たちが通う場である。特殊な場ではなくて、社会のインフラとしてすごく重要な役割を持っている」

支援の場があったからこそ、新たな一歩を踏み出せたという女性がいます。発達障害の治療で、事件があったクリニックに4年間通っていたという女性。リワークプログラムを受け、ことし看護学校への入学が決まりました。

太田愛美さん
「(西澤)先生に看護学校合格したと伝えたら先生も喜んでくれて、絶対に看護師になれるよって言ってくれたので、そのときはすごくうれしかった」

女性は、自分と同じような症状や、心の病がある人たちが頼れる場所が失われてしまわないことを願っています。

太田愛美さん
「私以外にも多くの患者さんが不安に思っていると思います。二度とこういう事件は起きてほしくない」

どう命を守るか

井上:被害に遭われた方々について、再び現場の北森記者に伝えてもらいます。

北森:亡くなった24人の方々のうち、これまでに21人の氏名が明らかになりました。その多くが、クリニックに通院していた人たち。もう一度仕事をしたいと前向きな気持ちで通っていた人も少なくありません。亡くなった30代の男性の友人は「仕事への復帰のために通っていた場所で事件に巻き込まれるとは」と涙ぐみながら話していました。小さな子どもを残して亡くなった夫婦もいます。夫婦を知る人は「子どもとよく一緒に出かけていて、とても仲がよさそうでした」と肩を落としていました。
現場では、この時間でも亡くなった人をしのんで手を合わせる人たちの姿が見られます。

井上:いつどこで起きるか分からない密室での火災に遭遇したときに、どう命を守ればいいのかを考えていきます。関澤さん、先ほど「2方向避難」が重要だとお話しされていましたが、実際すべてのビルに2つの階段を義務づけるということはできないのでしょうか。

関澤さん:2つ階段があることが望ましいですけれども、すでに古いビルで形が決まってるところに中に階段をもう一つ設けるとか、もともと床面積が狭くて2つ設けることが難しいという現実があると思うんですよね。私が「2方向避難」の確保と強調しているのは、必ずしも通常の階段にこだわっているわけではなくて、例えば屋外に設ける鉄製の非常階段、あるいは避難バルコニーに避難ハッチの組み合わせ。さらには非常はしごのような脱出装置のようなもの、とにかくそこから外に逃げる手だてを確保するということも含めて「2方向避難」の確保と考えています。

井上:選択肢を増やすということですね。

関澤さん:例えばこれは「ウエスト・サイド・ストーリー」の映画にも出てくるものですが、これは屋内階段が不足しているので、100年以上前から古いビルの火災用の避難階段として設置化を義務づけられているものなんです。現在でもつけられているということは、今でも必要だからついているんです。日本でもこういった簡易な屋外階段を設けられればいいと思っています。そのためには道路上の上空の空間を利用してもよいとか、普通の階段よりは幅が狭くても許可するとか、そういった建築基準法の緩和措置も必要になってくるかなと思います。

保里:そして、ハード面に加えてソフト面でも具体的な対策に乗り出した自治体もあるんです。京都市の消防局では、京都アニメーションの放火事件の際に建物の中にいて助かった社員への聞き取り調査を行いました。それをもとに去年、火災時に取るべき避難行動をまとめた指針を策定しました。

その指針を基に制作された動画です。職場などで火災が起きたときに取るべき行動を紹介しています。煙を吸わないようにアヒルのような歩き方や、四つんばいなど、低い姿勢で避難をする。

そして、服に火がついたときには寝転がって消す方法など、具体的な行動が紹介されています。

京都市内の企業などでは、この動画を使って避難訓練を実施しているということです。

井上:桐生さん、本当に防火対策だけでは限界があるなと思ったんですけれども、今、公共の場だったり日常自体がリスクにさらされているという中でどういうふうに備えていったらいいのでしょうか。

桐生さん:防災というと「自然災害」を想定するんですが、実は災害の中には「人災」があります。人災というのはまさに犯罪も含まれるわけですね。したがいまして、防災訓練やトレーニングをする際にはめったに起きませんが、犯罪もあり得るんだということを想定したトレーニングや、実際に自分の体を使って動くようなものがあってもいいのではないでしょうか。また、実際に犯罪に遭遇するのはなかなか難しいので、例えばVRを使ってそれを応用しながらまたトレーニングをする。そんな新たな試みが重要になってくると思います。

井上:そういう意味で新たな試みといいますと、どういう時期に今来ていると思いますか。

桐生さん:実際に今の日本の犯罪情勢をみていきますと、以前と比べてやや変わり目ではないかと考えています。先ほど申し上げたように犯罪者は自分はそのあとどうなってもいいというふうな思いで犯行を行うものが増えてきています。そういった今ある犯罪をよく見て、そして私たちはどういうふうに対応すべきかということを考えていく時期ではないかと考えています。

井上:そして関澤さん、ハード面の対策はもちろんですけれども、今みたいなソフト面での対策。これはどんなところが大切になってきますか。

関澤さん:今回のような小規模の雑居ビルというのは全国に多数あると思うんですね。今回のビルは普通のクリニックとか英会話教室とかですけれども、一般にわれわれが訪れる機会が多いのは飲食店ビルだと思うんですよね。そういったビルを利用するとき、必ず店の中で避難経路を確かめるとか、避難階段の位置を確かめるといった日頃からの心がけが重要になってくると思います。

井上:雑居ビル以外だと、どういうことに気をつけたほうがいいでしょうか。

関澤さん:私がいつも心がけているんですけれども、ホテルにチェックインしたあと大抵の人は避難経路を確かめないと思うんです。私は自分の部屋に入る前に必ず避難経路を確かめて、鍵の開け方も確認をした上で利用しております。そういったことが大事だと思います。

井上:ありがとうございました。


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