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2021年10月28日(木)

雪舟
~“新発見”で塗り変わる巨匠の姿~

雪舟 ~“新発見”で塗り変わる巨匠の姿~

いま、室町時代の水墨画の大家・雪舟の作品が次々と発見されています。 近年の研究で、雪舟が若き日に「拙宗」という別の名前を名乗っていたことが確実になったことで、これまで雪舟の作品には見られないようなジャンルの 作品が次々と出現、美術界では真贋をめぐり議論が起きています。新たな作品の発見で画家としての雪舟の実像は書き換えられるのか―日本美術界で注目が 集まる謎の画家・雪舟に迫ります。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 山口晃さん (画家・芸術家)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

美術界を揺るがす新発見!? 雪舟 若き日の作品か

ことし7月。私たちのもとに、雪舟の新たな作品が見つかったという知らせが飛び込んできました。向かったのは京都。調査を行う、雪舟研究の第一人者に同行することが許されました。

500年以上もの間、人知れず眠っていた一本の掛け軸。ある古美術商が見つけました。

学習院大学 教授 島尾新さん
「室町(時代)で間違いない」

山口県立美術館 学芸員 荏開津通彦さん
「冠の中に水仙の花みたいなものが見える。これ不思議ですよ」

島尾新さん
「こういうの初めて?」

荏開津通彦さん
「正面向きというのは初めて」

描かれていたのは、中国風の着物をまとった人物。風景などを描いた水墨画で知られる雪舟としては、珍しい人物画です。

筆づかいに、雪舟の特徴を探します。

荏開津通彦さん
「線そのものは悪くない。下書きして色を塗って、その上からまた墨を塗っているみたいなこと」

専門家が注目したのは、作品に押された「はんこ」でした。雪舟の号である、等揚(とうよう)の2文字。雪舟のものと認められた、別の作品にも押されています。

画像を重ねると、ぴたりと一致。

専門家は、雪舟の若き日の作品である可能性が高いと指摘。調査を進めることにしました。

荏開津通彦さん
「若いころの絵で、これだけちゃんとした人物画を見たことなかった。今まで無かった。非常に貴重な資料になるだろう」

謎多き"天才絵師"雪舟 「空白」の若き時代

実は、雪舟は水墨画の巨匠として知られる一方で、謎の多い画家とも呼ばれてきました。代表作とされるのは、すべて晩年の作品。若いころの詳細な歩みが空白なのです。

60代後半で制作したとされる、代表作「秋冬山水図」(しゅうとうさんすいず)。

天を突き刺すような縦の線が画面を分断する、独特の構図。風景でありながら抽象画のようなこの作品は、国宝に指定されています。

さらに、82歳で描いた国宝「天橋立図」(あまのはしだてず)。

ヘリコプターもない時代に、上空900メートルから見た景色を寸分たがわず描き上げました。実際に存在する寺や神社の細部まで忠実に描写するなど、卓越した技法が特徴です。

そして、その技法のすべてが集約されたといわれる代表作「山水長巻」(さんすいちょうかん)。

その長さは渋谷の交差点と同じ、16メートル。壮大な画面に描かれたこん身の一作です。

しかし、どのようなプロセスを経てこうした画法を確立したのかは分かっておらず、その人物像は謎に包まれてきたのです。

そんな若き日の空白を埋める、大きな手がかりが近年見つかりました。室町時代の禅僧が書いた、さまざまな文章を写したものです。

そこには、ある絵師が1457年に名前を変え、雪舟と名乗るようになったと記されていました。

花園大学 教授 福島恒徳さん
「雪舟という名前をもらっていたということが、この資料によって判明した。雪舟年表の空白の部分だったので、これはちょっとおもしろいことになりそうだと思いましたね」

改名する前の名前は、拙宗等楊(せっそうとうよう)。

当時拙宗は京都で絵を学んだものの、思うように成功できず山口に拠点を移したばかりの絵師でした。

実は、拙宗と雪舟は同一人物ではないかという説は江戸時代からささやかれていました。ただ、作風が大きく異なるため、別人だと唱える専門家も少なくありませんでした。

しかし資料の解読が進んだことで、二人が同一人物であることがほぼ確定。その結果、雪舟のイメージが大きく変わろうとしているのです。

晩年、雪舟は豪快な筆づかいで山水画の大作を次々に描きましたが、若い頃は繊細なタッチで人物画などを数多く描いていた可能性が出てきたのです。

福島恒徳さん
「だいぶ作家のイメージが変わるなと思って。今一番ホットになっている状態ですね。これからまだ作品が出てくると思うし、期待しています」

新発見に、美術界全体も活況を呈しています。都内で創業120年の古美術商を営む、高橋豊さん。江戸時代以降、日本の美術界で最も人気があった雪舟は、過去の競売でも中には数千万円で取り引きされる作品もあったといいます。

東京美術倶楽部 専務取締役 平山堂 高橋豊さん
「雪舟、雪舟、また雪舟がありますね」

記録が残るだけで、雪舟の作品として取り引きされたのは、のべ1,000件以上に上ります。

一方、拙宗の作品はというと、取り引きされたのはわずか10件余り。拙宗に価値を見出す人はほとんどいませんでした。しかし、二人が同一人物と確定したことで拙宗の価値が急騰。新たな作品の発見に期待が高まっているのです。

高橋豊さん
「まだ世の中に埋もれている作品というのは、結構あると思う。雪舟の前半生である拙宗のそれがわかってくれば、それも美術史をつなぐ大切なピースになるわけですから、それ(拙宗の作品)を欲しいというような人も当然出てくると思います」

"天才絵師"雪舟 その魅力とは

井上:画家の山口晃さんと一緒に、お伝えしていきます。山口さんは日本の伝統的な絵画の様式を用いた作風が特徴で、雪舟についての著書も書かれています。山口さん、この雪舟について知れば知るほど魅力、そして謎も増えていくんですけれど、実際雪舟のすごさはどこにあると考えていますか。

山口晃さん (画家・芸術家)

山口さん:やはり墨使いの巧みさというか、見ていると引っ張り込まれるんです。引っ張り込まれるというか、絵の方ががこちらの胸に手を突っ込んでグッと心を揺らしにかかってくるというのでしょうか。この絵では、輪郭のきわにそんなに黒くというようなくまが取ってあって。

そこがまず、ぎゅうっとやられちゃうんですね。

井上:具体的にどんなところが引き付けてやまないんですか。

山口さん:いろいろな効果、線や輪郭とかを目で追っていくと構図が非常に整っていて、非常にこう大丈夫?というぐらい濃淡の振れ幅が大きく、揺すってくる、離される。その揺さぶりみたいなのがあまりほかではない。水墨というのはそういうところがあるのですが、その中でも雪舟は際立っている印象ですね。

保里:心揺さぶられ、わしづかみにされているわけですよね。その「雪舟」と「拙宗」とが同一人物であるということが確実になったことによって、若いころの作品が次々に見つかっているわけですが、その意味、価値はどんなところにあるんでしょう。

山口さん:人物画を見ていると、「これ雪舟なのか?」と。要は硬いというか、うまさを試行している感じなんですね。一生懸命、形を描こうというか、形にしようというのですかね。絵を外側から捉えているような。形を、型を一生懸命マスターしようとしているような。でも、とてもすごい巧みなのですが、妙に出来上がった感じがあって、晩年のみずみずしさに比べるとむしろ出来上がっちゃっている感じがするんですね。

保里:巨匠・雪舟もそう考えると、もう成長の度合いというのもすごいというふうに感じられるわけですか。

山口さん:やはり気負っているというんですかね。線を引きました、濃淡をつけましたというのがまず目に入ってきちゃって、やはり外側からの絵なのかなという印象を受けましたけども。これがどうやるとああなっていくんだろうというのは、むしろ興味が湧きますね。

井上:この雪舟と拙宗を巡っては、専門家の間でも議論が起きています。大きく違うその作風。さまざまな方法で謎に迫りました。

雪舟の真作なのか!? 議論が分かれる"作風"

40年にわたって雪舟の画風を研究し続けてきた、明治学院大学の山下裕二教授です。これまで、雪舟が描いたといわれるすべての作品と対じし、筆づかいや構図の面からそのすごさに迫ってきました。

山下さんが考える雪舟最大の特徴は、見るものを驚かせる「規格外」なところ。しかし、新しく見つかった若いころのものとされる作品のうち、人物画には雪舟らしい筆づかいが感じられないと指摘します。

明治学院大学教授 山下裕二さん
「山水画に関しては、何点か間違いなく後の雪舟が描いたと思われるものがあるが、人物画に関しては、このはんこが無かったら誰も雪舟だと言わないと思いますよ」

例えば、同じ中国の仙人を描いても、若いころと晩年の作品を比べると。

山下裕二さん
「(若い頃の作品は)この辺なんか、かすれている。線の性質が違う。おどおど描いている。こっち(晩年の作品)は迷いがない」

山下裕二さん
「はんこが合うからこれも雪舟だという論理なんだろうけれども、僕の目は納得していない」

その一方で、異なる点はあるものの、人物画にも雪舟の特徴があると考える研究者もいます。学習院大学の島尾新(あらた)教授です。雪舟が描いた数少ない人物画と、拙宗の作品を比較して分析します。

雪舟作、「益田兼堯像」(ますだかねたかぞう)。細かな線によって表情や衣のしわまで写実的に描かれています。

ことし、新たに見つかった作品と比べてみると、筆の入れ方には違いが見えてきました。

学習院大学 教授 島尾新さん
「筆の入り、ぐっと筆を入れて、すっと引く」

島尾新さん
「これは、ここ(雪舟の作品)にも、ここにも無いんですね」

しかし一方で、線に現れる雪舟独特の癖も見つかりました。

島尾新さん
「やたら、かくかくと曲がるっていう、この癖は出てきている。すごく、きゅっきゅっと曲がっている。確かに雪舟はやたらと曲がるんです。拙宗はきっとそんなに素直に雪舟らしくないのだけれど、ある種の特徴点というのは持っているんじゃないか」

実は、拙宗は雪舟に名前を変えたあと、48歳のときに中国に渡っています。このときに、筆づかいや画法が大きく変わったと考える人がいます。

文化庁・文化財調査官の、綿田(わただ)稔さんです。

綿田さんが注目しているのは、山水画。人物画と同様、若いころと晩年では大きな違いがあると指摘します。

特に違うのは、その構図。拙宗が描いた山水画。絵の中に水平線は1本。あまり奥行きが感じられないといいます。

ところが、雪舟となり中国・滞在中に描いたとされる「四季山水図」を見てみると、複数の水平線が上に積み上げられていくような複雑な構図で描かれています。

綿田さんは、拙宗から雪舟への大きな変化は、中国の画家に学んだことでもたらされたと考えています。その鍵とされるのが、雪舟が書いた文に登場する李在(りざい)という人物。明の時代の宮廷画家です。

李在が描いた「山水図」です。雪舟の絵と比べると、中央に大きく描かれた山や、いくつも積み重なる水平線など、多くの共通点が見られます。

綿田稔さん
「全体の構図はこういう風に作って、しかも空間の遠くに。空間の奥行きの作り方っていうのはこういう風に作っていくんだみたいなことを結構みっちり教えられて、技術というよりは、理屈のところを(李在から)教えられてどうもやっているんじゃないか」

中国から帰国した雪舟は、山口の大名のひごを受けながら各地に赴き、絵を制作していきました。

雪舟研究の第一人者である島尾さんは、中国での経験をもとに、さまざまな注文に応える中で筆づかいを進化させていったのではないかと考えています。

島尾新さん
「旅先で有名な禅僧に会ったり、大名とか武家とかに会ったりします。そこでいろいろな絵を注文されたり、描いてあげたりする。どんどん絵のバリエーションも増えていくことになります。ここを見ると、雪舟が一体どんなプロセスを歩んできたのかというのがわかる」

さらに島尾さんは…

島尾新さん
「拙宗の作品といわれる人物画の画風は、雪舟の画風とは異なるが、私はこれから新たな拙宗像――拙宗時代の雪舟像を作っていかねばならないと思っている。そのために、先入観を捨てて、拙宗の作品とされる人物画、そして雪舟の人物画を、模本や写し、時には贋作も含めて、全体を虚心坦懐に、改めて見渡し、そのなかから特徴と思われる点を抽出して、また全体を見直す、という作業が必要。どれが本物なのか、という真贋の判定は、その後でいいんじゃないかと思う」

AIで"謎"に迫る

拙宗と雪舟の間の共通点を、科学で確かめられないか。私たちは、京都大学内にあるAI開発を専門とするベンチャー企業と共同で、雪舟の絵を分析することにしました。

まず、雪舟のサインがある5作品の1本1本の線を抽出。すべての筆づかいを学習させます。それをもとに、雪舟とほかの絵師との違いを認識できるようにしようというのです。同じ文字を筆跡鑑定するのではなく、異なる絵を線によって見分けるのはAIにとっても難しいチャレンジだといいます。

学習の終わったAIに拙宗の作品を見せてみると、雪舟らしい線を見つけだし、サーモグラフィのように色で示してくれます。

「青くなっている箇所が、画像分類モデル(AI)が着目している領域となる」

拙宗が描いた、この2作品。線の類似率、いわば雪舟らしさはすべて30%を超えました。異なる絵の中にも、AIは類似性を認めたのです。

それでは、雪舟研究の専門家である島尾さんと山下さんの間で議論が分かれた作品はどうか。まずは、山下さんが線のかすれを指摘していた人物画。AIは、雪舟の特徴といわれる着物の急カーブの線に強く反応。線の類似率は、ここでも30%を示しました。

AIでの分析を担当 庵原明洋さん
「線の類似度が30%程度だったので、一定の類似度があるのかなと解釈できる。青が強くなっている箇所には雪舟らしさが現れていたのではないか。おもしろい結果かなと」

さらに、今回新たに見つかった人物画をAIで分析すると。今度は、類似率は20%にとどまりました。

明治学院大学教授 山下裕二さん
「絵の本質を見極めることですよ。どういう絵を描く人なのかという。これからも議論は続いていくんじゃないですか」

山口さんが見た 拙宗と雪舟

井上:AIをもってしても謎は残ったわけですが、この線の類似率、30%程度というのは山口さん、率直にどう思いました。

山口さん:いや、30%でいいんだという。そういうことを言っちゃいけないんですかね、AIで調べるのは大変だと思うんですけれどね。まず、どこを比べるかというのは(データを)入れる時点でかなりそぎ落とさなきゃいけないので、人間がぼんやりと全体の総体を感じているのに比べると、調べているようで比べている部分はすごい(小さな)部分に過ぎないのではないかなというので、ご苦労がしのばれるというところですけれども。

井上:ほかにも迫り方ってあると思いますか。

山口さん:そうですね。例えば5つしか(AIが学習を)やっていないというのはありますけど、雪舟の絵とサンプルにとらなかった雪舟の絵と比べて何パーセントになるのかとか、同じ時代の違う作家とか、あるいは時代が下ってどうなのかっていうのが見えてくると、(AIは)こういうところを拾うんだなとか、こういうところを見るんだなというので、AIの数字の意味もわかってくるとは思うんですけれども。

保里:まだまだAI、そして人間の経験とその謎の解明には伸びしろがありそうですが、山口さん、雪舟は中国に行って大きく変わったということですが、1人の画家が作品を生み出していく中でそんなに変わるものですか。

山口さん:やはり意識して変わっていく人もあれば変わっちゃう人もいるし、あなたずっと同じだね、という人もいるし。さきほどの若描きもそうですけど、あれは中国に行く直前に山水を描いているんですね。それを見ますと、さっきの人物画よりはよっぽど雪舟だなという感じがあるんですが、やはりそれも型を描くというんですかね。かすみを描いて、その中から建物なり木がのぞくという、その要素を再構成している感じがあるんです。やはり雪舟はそういう若描きの人物の型を、形を外からというのに比べると、中国に行って1つ見ちゃったんだと思うんです。先達に習うべき絵というのが、実はああいう型でできていたと思ってた風景が本当にある。VTRでも山が映っていましたが、絵の中の作り事だと思っていたのが「本当にあるんだ、ここ」というような。そうすると、目の前に目を凝らしていいんだなという。1つ型というのを通して、じゃあ何を見てたのか。俺は型を見てたんじゃないか。型を通して世界に開かれていくためのものが型なんじゃないかというので、その型によってみずから型にはまっているのに気付くというんですかね。
そのあと島尾先生がいろいろな絵を描かされたというので、それによっていろんな型によって自分がどんどんほぐれていくというんですか。そういう絵の持っている特徴に自分をそわしていくと、自分の居つきがどんどん取れていって、それでいよいよ日本に帰って来ていろんなところを歩いていましたよね。「天橋立図」を見ますと、もう日本の自然に目が向くようになるんですね。そうすると「あっ、そうか俺の国の野山を描くためにはやっぱり中国の筆ぽうとちょっと違う筆ぽうがいるんじゃないか」とか、どんどんどんどん絵に開かれていくことによって、世界に開かれていく。それで自分が「あっ、出していいんだ」というふうになってどんどん「雪舟になっていく」というのですかね、それがやはり彼の変化を生んだんじゃないかと思いますが。

井上:雪舟になっていくということですが、拙宗から雪舟で進化が見えてきましたが、新しい雪舟像というのはどんなものがあると考えていますか。

山口さん:あれが本物だとして、そういう修練を自分に課する。絵というのがどこを使って描くものなのか。絵自体というのは何なのかというのがやはり彼の変化みたいなのから見えてくるんですかね。決して外から形を写したものじゃなくて、中からそれになっていくという。絵は絵になるっていうんですかね。

保里:変化していく。

山口さん:そういうのが見えるんじゃないかと思いますけど。

保里:巨匠は最後まで変化し続けたわけですね。ありがとうございました。


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