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2021年9月28日(火)

史上最多ヒグマ被害
"都市出没”の謎を追う

史上最多ヒグマ被害 "都市出没”の謎を追う

なぜ都市部での被害が増加したのか?日本最大の"猛獣”ヒグマによる被害が、今年、過去最多となっている。6月、札幌市の閑静な住宅街に突如出没したヒグマは、市民4人を襲撃。のべ105人の警察官、39台の車両、3機のヘリが出動し、9時間の逃走の果てに駆除された。近隣に山がない住宅街に現れたのはなぜなのかー。専門家が原因を究明すると、”意外な可能性”が浮かび上がってきた。野生動物と共生していくための街作りとはどうあるべきか、独自取材で迫る。 ※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 山極壽一さん (総合地球環境学研究所 所長)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

史上最多ヒグマ被害 "都市出没"の謎を追う

井上:ことし、北海道各地でヒグマによる被害が相次ぎ、死傷者は11人。過去最悪です。

保里:そのヒグマ、大きいものだと、オスで立ち上がった状態で2メートル40センチを超えることもあります。相当な大きさです。

井上:生息地ですが、日本では北海道のみ。地上の野生動物の中では日本最大です。本来、人を避ける動物ですが、興奮すると人を襲うこともあります。

保里:そうした中、人の命が奪われた代表的な3つの事件がこちらです。

井上:「三毛別(さんけべつ)事件」、「福岡大学ワンダーフォーゲル部事件」。いずれも山奥での事件です。また、北海道の開拓期に今ほど人のいなかった札幌で、「丘珠(おかだま)事件」といわれる開拓民3人が死亡する事件がありました。

ことし6月にヒグマが現れたのは、この「丘珠事件」とほぼ同じ場所ですが、100年以上前とは全く違って今では人口が密集する場所となっています。

保里:ヒグマはなぜ、都市の中心に現れたのでしょうか。その足取りを追いました。

境界線で急増 ヒグマ出没

札幌近郊の岩見沢市。市からの委託を受け、野生動物を駆除しているハンターの1人、原田勝男さんです。左目は、21年前ヒグマに襲われて失いました。

ハンター 原田勝男さん
「朝起きて、自分の勘でこことここは、かかっている頃だという感じのところを先に見回るようにしている」

わなを仕掛けているのは、山林と田畑の境目。この日は、体重200キロを超えるオスのヒグマがかかっていました。

原田勝男さん
「でかいじゃん」

ことし捕獲されたヒグマの数は、すでに去年の倍以上に達しています。人里近くに現れたヒグマは、山奥に放してもまた戻ってくるおそれがあるため、駆除せざるを得ません。

駆除に使う電気やりが奪われます。

原田勝男さん
「効かなくて、どうもなんない」

この日は、やむをえず銃で駆除することになりました。

原田勝男さん
「民家があるところに出てくることは、非常に危険である。クマはとくに、人間の命を奪うだけの魔力を持っている」

北海道では1960年代から、冬眠明けで動きの鈍いヒグマを無差別に狙う「春グマ駆除」が行われていました。ヒグマは、根絶すべき対象だと考えられていたのです。当時の動物生態学の第一人者は、ヒグマの生態を記した本の序文にこんなことばを寄せています。

「この猛獣が、いまだにばっこしていることは文化国の名に恥じる。北海道の熊は文化の敵、人類の敵である」犬飼哲夫 北海道大学名誉教授(当時)『熊百訓』初版1962年

ところが80年代以降、いきすぎた開発を批判し、生物多様性の保全を訴える声が世界的に高まります。急速に数を減らしていた北海道のヒグマも、豊かな自然のシンボルとして守るべき対象と考えられるようになりました。1990年、北海道はそれまでの方針を大きく転換。春グマ駆除を廃止します。それ以降、ヒグマの個体数は回復。一方で、2000年代初めから市街地周辺での出没が問題になっていました。

そしてことし、ついに恐れていた事態が起こります。札幌市の中心部に突如、ヒグマが現れたのです。

午前5時過ぎ、札幌市の熊対策担当・鎌田晃輔(かまだこうすけ)係長は緊急連絡で目を覚まします。

札幌市 熊対策調整担当 鎌田晃輔係長
「あの辺は住宅街のど真ん中なので、正直誤報だと思った。見間違い」

駆けつけたのは、小学校の目の前。

鎌田晃輔係長
「初めて私がクマを視認した場所で、あの網の手前から向こう側にいるクマを見た。学校があと2時間くらいで始まる時間帯だったので、ここにクマが出ることは最悪を超えているというか、血の気が引いた」

ヒグマは、次々と住民を襲っていきます。

この男性は、ろっ骨を折る重傷を負いました。

「学校の近く、現在クマが出ています。小学校の近く、決して近寄らないようにしてください。Uターンして戻ってください。お願いします」

動員されたのは警察官、延べ105人。車両39台。ヘリコプター3機。そして、ハンター2人。しかし、人通りの多い住宅街での発砲は困難です。警察は、ヒグマを追跡し続けるしかありません。

空港に侵入したヒグマ。この間、すべての便が欠航となりました。有刺鉄線を越え、さまよい続けます。

そして、最初の目撃から9時間。

アナウンサー
「あ、今クマが走り出しました!今、銃を撃ちました」

4人を襲ったヒグマは駆除されました。

鎌田晃輔係長
「想定外。ヒグマが生息できるような、定着できるような山があるわけではない。こんなところにヒグマが出るはずがないという思いが根底にあった」

ヒグマを呼び込んだ "緑地"整備計画

なぜヒグマは、市街地の中心部まで侵入してきたのか。ヒグマの生態を研究する佐藤喜和教授は、その足取りを調査してきました。

酪農学園大学 佐藤喜和教授
「自分の身が隠せるような場所で、人目につきにくい場所を移動してきた。川沿いや水路、そういうところの可能性が高い」

佐藤教授がヒグマのもともとの生息地と考えているのは、札幌の市街地から10キロ以上離れた増毛(ましけ)山地です。

私たちは、ヒグマの足取りをたどることにしました。まず向かったのは、山を切り開いて作られた住宅地。

実は騒動の16日前、住民がヒグマの足跡を発見していました。

「どのくらいのサイズだった?」

住民
「このくらい」

幅は15センチほど。市街地に現れたヒグマと同じ、オスの成獣とみられます。

山奥から下りてきて、住宅地を通過したとみられるヒグマ。ふもとには、田畑が広がっています。出没した札幌中心部は、石狩川を越えた南西方向にあります。

足跡が発見された、住宅地から3キロほど離れた畑です。

住民
「この辺なんですよ。朝来たら足跡がどんどんどんとあって、人間が歩いた大きさじゃないし、これはクマじゃないか」

住民
「ここでも見えますよね。向こうに防風林。そういうところを伝わって、人に会わないで来るんじゃないですか」

山のふもとからこの畑までは、防風林が続いています。脇には、草が生い茂る水路も。ヒグマは、木々や草むらに身を隠して移動したとみられます。

住宅地から移動してきた、ヒグマ。足跡があった畑は、石狩川のすぐそばです。その後、川を泳いで渡ったとみられます。

川を渡った先には、40ヘクタールに及ぶ緑地が広がっています。

ここでは、都市部での出没の2日前まで、繰り返し目撃情報がありました。2週間以上いた可能性があります。

都市部のすぐ近くにあった、ヒグマが潜伏しやすい緑地。この環境は、実は人間が作り上げてきたものでした。もともとこの場所は、木々がほとんどない荒れ地。長年、植樹が続けられ、緑地となりました。その背景には、自然保護運動が盛んとなった80年代から始まった、札幌市の都市計画があります。みどりのネットワーク構想です。

市街地を囲むように、緑地を整備。さらに河川に沿って街の中心部まで緑をつなげ、野鳥や小動物が生息する自然豊かな都市を目指しました。

ヒグマが潜伏していたとみられる緑地は、このネットワークの一部です。

佐藤喜和教授
「植樹によって生態系の豊かさを復元し、かつての姿を再生する目的で行ってきた。それが生物多様性の保全にも貢献する。そこにはクマも入ってくるようになった。そこまで想定されていなかったと思うが、そういう時代になってきた」

ヒグマは、緑地から市街地へと続くみどりのネットワークを伝って、さらに中心部に進んだとみられます。好奇心旺盛な若いオスグマは、川に沿って進んだあと、狭い用水路に入ったとみられます。農業用に整備された用水路。市街地の中心部まで続いています。

そして、出没当日の午前2時15分「黒い動物が水路を歩いている」と警察に通報がありました。水路をたどった先は、住宅や商業施設が立ち並ぶ、人口密集地です。

午前3時10分、付近の監視カメラが建物の脇を歩くヒグマの姿を記録しています。

本来、人には近づかないといわれるヒグマ。慣れない環境で極度の興奮状態に陥り、人を襲ったとみられます。

都市部に呼び込む 新たな懸念

ヒグマを都市部に呼び込む、新たな懸念も出てきています。今回札幌で駆除されたヒグマの胃の中から出てきたのは、サナダムシ。サケやマスの寄生虫です。

これまでサナダムシは、サケやマスを習慣的に食べる知床半島のヒグマからしか見つかっていませんでした。札幌周辺のヒグマから見つかったのは、初めてです。佐藤教授は、札幌でもヒグマがサケやマスを食べる環境が整いつつあるとみています。

酪農学園大学 佐藤喜和教授
「カムバックサーモン運動の成果があって、遡上してくるサケの数が増えてきた」

70年代後半に始まった「カムバックサーモン運動」。都市化に伴って悪化した川の環境を改善し、サケが遡上するきれいな川を取り戻そうという取り組みです。企業も、この運動を積極的に支援しました。

こうした運動が実を結び、札幌の中心を流れる川にもサケが再び遡上するようになりました。しかし、こうした自然環境の改善が、ヒグマを都市部に呼び込む要因にもなると佐藤教授は指摘します。

佐藤喜和教授
「サケが自然に上ってくるのを喜んでいるのは人間だけでなくて、もしかしたらクマもかもしれない。良い側面と同時に、クマの出没という問題がついてくる」

札幌市の熊対策担当・鎌田係長。6月の事件後、住宅地に隣接した山林でヒグマの調査を進めています。

札幌市 熊対策調整担当 鎌田晃輔係長
「かなり毛はついてますね」

市街地周辺の山林で確認されたヒグマの数は、この5年で倍増しています。

住宅地から僅か2キロの場所に設置した、固定カメラの映像です。母グマと、ことし生まれた3頭の子グマ。この周辺で出産し、定着しているとみられます。

鎌田晃輔係長
「緑を増やすと野生動物が増えていくし、緑を減らすと野生動物が入らなくなるが、自然を大切にすることも大事になってくる。表裏一体というか、難しい」

札幌市は、ヒグマの保護を重視してきたこれまでの方針を大きく転換。より早い段階で駆除できるよう、ルールの変更を検討し始めています。

必要な対策とは

保里:人間と野生動物の共生について考えていきます。山極壽一(やまぎわじゅいち)さんに伺います。山極さん、よろしくお願いいたします。

山極さん:よろしくお願いします。

保里:札幌市では、より早い段階で駆除できるように検討し始めているということですが、この方向性について、山極さんはどのように考えていますか。

山極壽一さん (総合地球環境学研究所 所長)

山極さん:クマにはとてもかわいそうですが、殺傷能力が高いですからね。市街地に出てきたら駆除するしかないでしょうね。その方向は間違ってないと思います。ただ、やはり緑の回廊を作っていろんな野生動物が人間の近くにいるという環境を作ったのだから、そのこと自体は間違ってないと思います。問題は、出てきてしまってからでは遅いんだということです。予防措置として、あらかじめクマやほかの動物たちの生態や生理や行動というものをよく知って、それがどういう行動をとるかということを未然に知って防ぐという対策が必要だということです。

保里:新たな被害の兆候が出る前にということですよね。その予防措置を考えていく上で、重要なことはどんなことでしょうか。

山極さん:2年前、僕が日本学術会議の会長だったときに、環境省から審議依頼を受けて、みんなで議論しました。提言を出したのですが、一番大切なことはエキスパートをもっと作りましょうということです。森林を管理するというのはただ林を守るということではなくて、野生動物、植物も含めて、生態系全体を調和を持った形で保全していくということなんです。しかも自然は動いていきます。だから初めはいろんな野生動物が遊んでくれるなと思って作ってきた緑の回廊も、やがてはクマがやってくる。これが予想できなかった、想定外だったのは確かに間違いだったかもしれないけど、これからどんどんいろんな動物が増えて、そして自然の仕組みも変わっていくわけです。

井上:山極さん、サルとかイノシシも街に出没していますけど、最近何か違っていることはあるのでしょうか。

山極さん:動物自体も、人間や人里に対する態度が変わり始めました。これは過疎ということもあるし、それから森林の奥地まで舗装道路が入ってピクニックで子どもたちが遊びに行って、サルやシカやイノシシと出会って、彼らが人間に対する態度を変えた。舗装道路を通って人里に出てきた。そういうことによって野生動物たちが人になれ始めたということが大きいと思いますね。

井上:実際、変化でいいますといろいろ起きているわけですが、例えば環境整備で言いますと、予防措置の上でどういったことがこれから大事になってくると思いますか。

山極さん:私が先ほど言いましたように、エキスパートをたくさんそろえて、そして今、猟友会、鉄砲を持つ人が少なくなっているわけですが、森林管理というのは動物を撃つことだけじゃないですよね。動物の生態、生理というものをよく知りながら彼らと共存して行く道を考える。動物の立場に立って、森林や人里というものを考えていくという態度が必要です。ヒグマだって季節によって全然行動が変わるわけですよ。冬は冬眠しているわけですし、オスが3月末に起きだして、メスはその1か月後に起きだして、初夏に繁殖期を迎える。だから、人里に出てくる動機はみんな違います。そういうことをきちんと予測しながら、対策を打っていかなくてはいけないということですね。

井上:予測も含めてですが、例えば日本の強みを生かしていく場合はどういったことがこれからできると思いますか。

山極さん:日本は要するに、北から南まで非常に多様な自然があって、その中で人々がこれまで自然とうまくつきあってきました。それが近代になって、どんどん道路工事とか、護岸工事とか、あるいはダム工事だとかが始まって、人と自然が遠ざけられてしまったわけです。でも、それぞれの自然に合った暮らしというものを日本人はずっと考案してきたわけですし、自然の強みを生かすような暮らしを送れてきたわけです。それをもう一度思い出しながら、どうやったら人も自然も共存できる世界を作れるかということを科学技術を駆使してやっていかなくちゃいけないです。今、日本は科学技術先進国ですよね。そういう技術を使ってドローンとか、あるいは毛を採取するというのは毛からDNAを抽出して個体を特定するということですよね。そういうことができるわけですし、カメラトラップを使いながらモニターすることもできるわけです。そういうことを使いながら、先手先手を打っていく。私はこれ、今の新型コロナと一緒だと思いますよ。もう1年半以上たって5波が来て、どういう波が来るか分かってきているわけです。ヒグマ対策だって、増えたから駆除、駆除し過ぎて減ったから今度は保護、これを繰り返してきたわけです。そういうことをすでにやった歴史があるのだから、しかも今の科学技術によってそれを抑えることができるんだから。昔の生態学者が「ヒグマがばっこするというのは文化大国の恥だ」と言っていましたけど、逆だと思いますよ。猛獣であるヒグマと共存できないような文化大国では、日本はあってほしくない。

井上:ありがとうございました。


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