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2021年9月21日(火)

盛り土〝無法地帯〟
広がる崩落リスク

盛り土〝無法地帯〟 広がる崩落リスク

26人が亡くなった静岡県熱海市の土石流。不適切な「盛り土」が被害を拡大させた“人災"の可能性が鮮明になってきた。事態を深刻に捉えた国は、盛り土の全国総点検に乗り出したがデータの精度が壁となりリスクを把握することさえ困難な状態に加え、直接規制する法律がないなど対策の限界も浮き彫りに。番組では“無法地帯"と化している盛り土の現状と課題を全国各地で独自に調査し、命を守るためにいま何が必要なのかを考える。 ※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 藤倉まなみ教授 (桜美林大学)
  • NHK記者
  • 井上 裕貴 (アナウンサー)

盛り土"無法地帯" 遺族の無念

土石流に襲われ、一変した町。あの日、突然娘の命を奪われた小磯洋子さんです。

小磯洋子さん
「あの川の際に娘の部屋があった。やっぱり今見ても、本当に信じられない」

ことし7月、大雨が続いた熱海市で起きた土石流。被害は起点から2キロにまで及び、26人もの命が奪われ、ひとりが行方不明のままです。

洋子さんの娘・友紀さんもその一人でした。5歳の長女を窓から逃した直後、大量の土砂に飲み込まれました。

小磯洋子さん
「今でも朝起きると、すぐ娘のことが浮かぶ。どんなに怖かっただろうとか、どんなに暗くて冷たかっただろうとか」

被災後に存在を知った、友紀さんのSNS。幼い長女の成長の喜びや、母・洋子さんへの思いがつづられていたのを初めて知りました。

小磯洋子さん
「『やはり面と向かっては「感謝」をなかなか言えない私。だけど、この世で1番感謝をしなくてはいけない人です。いつもありがとう』。言われたことなかった。今初めて知りました」

小磯洋子さん
「もういませんと言われても、信じることはできない。なんであの日に、娘が犠牲にならなくてはいけなかったのか」

不適切な盛り土で被害拡大

被害を拡大させた盛り土とは、どのようなものだったのか。土地の所有者からの依頼で盛り土を作った会社が、取材によって明らかになりました。

会社の元幹部です。盛り土の土はどこからきたのか、尋ねました。

盛り土の施工会社 元幹部
「造成工事の土。神奈川県内、西湘地区じゃないですか、距離からいっても。山あいがあったら、その土を削って切土しないといけないので、そういう土」

運び込まれたというのは、工事現場から出た「建設残土」。県外など複数の場所から出た、膨大な量が熱海で盛り土にされていたといいます。

こうした盛り土について、取り扱いを一律に規制する国の法律はありません。静岡県は、独自に条例を設けたうえで盛り土にする場合、高さは原則15メートルまでなどと基準を設けています。

しかし、土石流発生後の県の調査で、盛り土は基準の3倍以上の高さになっていたことが判明。さらに元幹部は、条例の内容を把握していなかったとしたうえで、崩落を防ぐ対策も不十分だったと明かしました。

「それなりの対応はしていた?」

盛り土の施工会社 元幹部
「(崩落対策を)100やるところを、20くらいしかやってなかった。いずれ大雨が降れば、そういうこと(崩落)も起きるだろうというのはあった」

静岡県の難波喬司(たかし)副知事は、適切に施工されていなかった盛り土が崩落し、土石流を引き起こしたと見ています。

静岡県 難波喬司副知事
「上から落とし込んで、盛り土風に成形した。それが今回の大崩落につながった」

この盛り土、作られてから10年以上にわたり崩落対策が不十分で、危険な状態が続いていました。行政は、どう対応していたのか。県と地元の熱海市が強制力のある命令を出した形跡は、これまでのところ見つかっていません。

難波喬司副知事
「性善説に立っていて、ちゃんと届け出をして、しっかりとした工事をしてもらえるだろうという前提で、そこを悪用してこういうことが起きてしまった」

全国で相次ぐ崩落被害

熱海で大きな被害を出した、「盛り土」。実は今、全国で崩落の被害が相次いでいます。NHKが取材したところ、この20年で少なくとも22件あることが分かりました。

先月、大雨が降った滋賀県大津市では、盛り土が崩落。土砂が住宅地のすぐ近くに流入し、国道も塞ぎ通行止めが続いています。

6月には、千葉県で民家から僅か70メートルの所にある盛り土が崩れ、1人がけがをしました。

近くの住民は、今も避難生活を余儀なくされています。

避難生活を続ける 秋山文江さん
「その辺の草刈りをしていた。もし(土砂が)来ていたら逃げられなかったと思って。それを考えると、すごく心配です」

「追跡Gメン」対策の限界

崩落が相次ぐ盛り土に、どう対応するのか。積極的に対策をしている自治体も、壁に直面しています。

毎年70件近くの不適切な盛り土が確認されている、茨城県。県は無許可で盛り土した場合、最大で100万円の罰金や、懲役2年を科す条例を定めています。

さらにことし4月、取り締まりを強化するため専門のチームを発足させました。メンバーは元警察官など、10人です。この日、高速道路で張り込んでいると、大量の土を積んだダンプカーを見つけました。

自治体の対策チーム
「かなり積んでるぞ。荷物(土)は積んでる、かなり」

追跡開始から30分。ダンプカーが土を降ろし始めていました。条例に基づき、土地の所有者に聞き取りを行います。

自治体の対策チーム
「県の廃棄物規制課の者なんですけど、許可は出していますか?」

土地の所有者
「いや、出していないよ」

自治体の対策チーム
「無許可でやっちゃうと、条例に引っかかってくるんだわ」

土地の所有者
「ああ、そうなんだ」

チームは、すぐに許可申請を出すよう指導。従うと約束したため、今後を見守ることにしました。

しかし、条例による指導に従わないケースも相次いでいます。先月中旬、無許可で森林を伐採し、盛り土がつくられている現場に行き当たりました。

すぐに土の搬入を停止するよう指導。業者は「従う」と回答しました。ところが僅か2日後、現場から150メートルの土地に別の盛り土をつくり始めていたのです。指導しても従わなかったり、姿をくらませたりして、盛り土が放置されるケースが多いといいます。

不法投棄対策室 職員
「『はいはい、やります』、『従います』と言って、実際やらないのがズルズル行くパターンで、一番やっかいですね。いたちごっこみたいなものですね」

悪質業者が語る実態とは

なぜ、業者は指導に従わないのか。無許可で盛り土しているという業者を見つけました。

この盛り土は、1年ほど前から建設残土を運び込んでつくっているといいます。

「排水工事は?」

盛り土の施工業者
「やっていない。決められた量よりも、2倍3倍積みますから。当たり前ですよ、多く積むというのは」

業者は、不適切な盛り土をしないと利益が出にくいと語りました。この業者に渡る残土の処分費用は、ダンプカー1台分でおよそ2万5,000円。

燃料費や人件費などを除くと、ほとんど利益が出ない上、排水設備などの対策を行えば採算が取れないといいます。

条例による罰金は、最大100万円。それを恐れていては、事業が成り立たないというのです。

盛り土の施工業者
「取締りといっても、お金がないですから、あるお金だけでやるしかない。だからみんな、何かしらの不正、道を踏み外すというか、そんなことしないと処理できないですよ」

以前、条例違反で罰金刑を受けたことがあるという、この業者。私たちは許可申請を出すべきだと伝えた上で、この盛り土の安全性についても問いただしました。

「(安全性は)大丈夫か?」

盛り土の施工業者
「分からないです。正しく処分していないと、自分で分かっていますからね」

全国に広がる崩落リスク

井上:取材した社会部の清木(せいき)記者に、聞いていきます。清木さん、不適切な盛り土、全国に放置されている現状に衝撃を受けました。

清木まりあ記者(社会部):もちろん適切に管理されている盛り土というのも多いのですが、崩落リスクがあるような管理が不適切な盛り土というのも各地にたくさんあることが今回の取材で分かりました。そういった不適切なものに対しては、自治体が条例で規制を進めているんですが、ご覧のように都道府県で言うと、条例があるのは25府県の自治体にとどまっていて、半分近くの県ではそもそも条例すらない状況です。

そして、条例があるところでも、その内容が自治体ごとにばらつきがあり、中には届け出だけすればいいという自治体もあります。

井上:条例では罰金額が最大100万円あるわけですが、抑止力だったり実効性に限界があるということなんですね。

清木:今回私たちが47都道府県に実施したアンケートでも、まさにその課題というのが浮き彫りになってきました。例えば「抑止効果には限界がある」とか、「自治体の条例では規制が不十分だ」といった、やはり条例では効果が限定的だというような回答が目立ちました。

その結果として、無回答の4都県を除くすべての自治体が、国の法律が必要だと回答していました。

井上:適正処理をしているかどうかですが、例えば産業廃棄物の処理法とかで取り締まることはできないのでしょうか。

清木:建設工事で出る残土というのは埋め立て工事などで再利用できる資源という扱いなので、ごみという扱いではないんです。なので、廃棄物処理法の対象外になっているんです。ただ盛り土する場所ですとか、目的によっては農地法ですとか、森林法などの対象にはなってきます。

ただ、それぞれ規制する目的というのが異なるので、現状ではすべての盛り土を一律に規制する法律というのはないんです。

井上:まさに、法のはざまに陥っている盛り土。今回の取材からは、国はたびたび必要性を指摘されながら、法整備を見送ってきたことが分かりました。

見送られてきた法整備

国が15年前に設置し、建設工事で出る土などの扱いを検討してきた委員会です。

今回私たちは、これまで15回にわたって開かれた会議の議事録、500ページを検証。すると、法整備の必要性を指摘する声がたびたび上がっていました。

委員
「(残土は)廃棄物に規定されていないので、今後の方針がある程度決まらないと、簡単には解決できる問題ではない」

委員
「規制になっていない中で、残土の扱いをどうするのか」

この発言をした委員が、取材に応じました。環境政策が専門の、織朱實(おりあけみ)教授です。

上智大学 織朱實教授
「廃棄物処理法とか、いろいろな法律の枠から抜けている。これは、このままでもいいのか」

当時は建設ラッシュで処分場が不足。各地で不適切に盛り土されるケースが続出し、社会問題になっていました。

<特報 首都圏「残土に揺れる町」より>

「朝早くから夕方遅くまで、ダンプカーの往来が絶えません」

一部は崩落し、道路や住宅などへの被害も出始めていたのです。

織朱實教授
「残土が持つ危険性というものを考慮すれば、それは管理対象にして、きちんと管理していかなくちゃいけないんじゃないか」

しかし国は、織委員たちの指摘に対し「中の方(省内)でこれからまとめていく中で議論をしていきたい」などと回答。

既存の法律や条例で対応できるとしたのです。

織朱實教授
「いま法律を作らなくても現状は自治体の努力でうまく回るなら、わざわざ困難な法律を制定するという道にいかなくてもいいんじゃないの。そういった意味では私たち、私も含め皆さん、残土の持つ危険性というものを軽視していた部分がすごくあった」

さらに法規制が困難だった背景には、建設業界への配慮があったのではないかと振り返ります。

織朱實教授
「今まで別にお金も払わず、トレース(追跡)しなくてもよかった土について、発注者が最後まで責任をもっていく。処理する費用も、適正な価格を負担しなければならない。もちろんお金がかかる、手間暇もかかる。『既得権を守ることが市場を守ることである』という発想があったことは間違いない」

国はどう答えるのか、国土交通省の幹部に問いました。

「法律にまで結びつかなかったのは、『建設業界への配慮があった』という話もありましたが?」

国土交通省 公共事業 企画調整課 岩見吉輝課長
「そういう話は聞いておりません」

「そういうのは特にはない?」

岩見吉輝課長
「はい」

2014年、再び議論を呼び起こす重大な事故が発生します。大阪・豊能町(とよのちょう)で、およそ9万立方メートルの盛り土が崩落。1,200世帯以上が一時停電し、幹線道路が5か月にわたり通行止めになったのです。

複数の省庁が、対応を話し合った際の議事録です。非公開の会議の詳細が、初めて明らかになりました。法整備の必要性を指摘する声に対し「全国的な問題ではない」などとして、このときも見送っていたのです。

当時、議論に関わった官僚の1人は、私たちの取材に対し、こう打ち明けました。

議論に関わった官僚
「全国調査もせずに『法律不要』となった。あの時、法律をつくっておけば、熱海の被害は防げていたのかもしれない」

国が法整備をたびたび見送ってきた中、熱海の盛り土が崩落し、26人の命が失われたのです。

岩見吉輝課長
「穴といいますか、制度面での何かしら行き届かないところがあったがために、今回のような事案につながったということがあるのではないか。もう少しきちんとした対応にしなければいけないのではないかというような、議論になるのかもしれない」

娘の命が奪われたことに、やり場のない気持ちを抱えてきた小磯洋子さん。長年、不適切な盛り土が放置され、規制が進んでこなかったことに憤りを感じています。

小磯洋子さん
「明らかに人災だと思います。誰も予測できない災害であったら、ほんとうに誰も責められないと思うんですけど、それが活かされなかったというところがやっぱり残念というか、一番悔しいところですね」

対策 どう進める?

井上:環境政策が専門の、藤倉まなみ教授にも加わっていただきます。よろしくお願いします。国が対策を見送ってきたことについて、藤倉さんはどう感じましたか。

藤倉まなみさん(桜美林大学 教授)

藤倉さん:廃棄物処理法で残土が資源とされたのが、50年前なんです。しかし、30年前には今見たような残土の不適正な処分が起こっています。30年前に法規制がなされていれば、今回のような悲劇を防げたのではないかと思うととても残念です。

井上:藤倉さんも長年、問題意識を持たれたわけですけど実際、今どんな対策が必要だと思いますか。

藤倉さん:今、必要なことは残土を排出元から規制する仕組みですね。今の自治体の条例では、盛り土をする「施工業者」だけが規制の対象です。
きちんと崩落防止対策をする施工業者もいるのですが、そのような業者は値段が高くなるので、排出業者は不適正な施工業者を値段が安いというだけで選んでしまいます。だから、いつまでたっても不適切な盛り土がなくならないんです。現実に残土は、県境をまたいで安かろう、悪かろうの業者に流れています。「排出業者」がきちんとした「施工業者」を選んで、そして適切なコストを負担するという責任が求められるような全国的な仕組みが必要です。

井上:「排出業者」がポイントになるわけですね。

藤倉さん:そうですね。

井上:そして清木さん、今放置されている危険な盛り土についてですが、国は何かしようとしているのでしょうか。

清木:熱海の被害を受けて、国は8月からようやく危険な盛り土の実態調査というのに乗り出したのですが、まさに今課題に直面しています。

進まぬ実態把握

清木:国が使っているのは、地形データです。20年以上前のものと、最新のものの標高を比較しています。その差が5メートル以上高くなっているところが、盛り土の可能性がある場所としています。

ただ、縮尺が違うデータしかないので、エラーが続出していました。盛り土の可能性がある場所というのは、1,000万か所以上あるという結果になってしまっていたのです。

国土地理院 統括測量・防災官 長谷川裕之さん
「精度がそれほどすぐれていないものを使わざるを得ない。盛り土の把握の重要性に、残念ながら気付かなかったというところもあるかと」

清木:危険な盛り土がどこにあるのかというのを国ですら把握できない中で今、自治体がこのデータを基にして1か所1か所、確認する作業に追われています。

井上:時間がかかりそうですね。

清木:さらに一律の法律がないので誰が対応するのか、そして複数の部署が集まって逐一協議するような事態になっているのです。

新潟県 土木部 監理課
「非常に厳しい。どういう対策を、どこがどうやっていくか、これからの課題」

清木:VTRで見ていただいたように、実態把握さえ進んでいない、難しいというのが現状です。国は今後、盛り土をする土地の利用規制などを検討するということなんですが、まだ具体的な方針というのは決まっていないのが実情です。これまで何度も法整備を見送ってきたということを踏まえると、今度こそは盛り土を適切に管理できるような法律を作って、国には対応していただきたいというのが今回私たち取材班が強く感じていることです。

井上:本当にそうですね。毎年のように豪雨が頻発する中で、やはり法整備は待ったなしだと思うんですが、藤倉さん、実際盛り土について、私たち自身ももっと関心を向けないといけないなとすごく思いました。

藤倉さん:不適切な盛り土というのは、崩落をたとえしなくても濁り水、あるいは土ぼこりの原因になったり、埋めた場所の自然を壊すといった環境問題を引き起こします。ひとたび崩落すると、今の熱海もそうでが、その原状回復というのは税金でなされているわけです。本来、費用を負担すべきなのは排出事業者です。将来に負の遺産を残さないためにも、自分が出した不要なものはきちんとコストを負担すべきということが大事ですね。例えば、私たちが家を建てるとき、あるいは身近に道路を造るときにも、そこで出る残土というものには適正な処分、費用が求められるということを私たちもしっかり考える必要があると思います。

井上:そこはつながっているわけですよね。本当に盛り土だけではないですが、藤倉さんがおっしゃっていた悪循環。これを放置してはいけないなというのは強く感じました。ありがとうございました。


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