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2021年6月1日(火)

“私は売られた”
司法取引・当事者たちの告白

“私は売られた” 司法取引・当事者たちの告白

6月で制度導入から3年となる「司法取引」。犯罪に関わった人物が、共犯者についての捜査に協力すれば、その見返りに自らの起訴が見送られるなどする制度だ。世界に衝撃を与えた日産自動車カルロス・ゴーン元会長の摘発にも司法取引が使われ、新たな捜査手法として成果が評価される一方、当事者たちへの取材からは、「組織と個人」をめぐる難しい問いも見えてきた。司法取引は私たちの社会や会社観にどんな変化をもたらすのか、深めていく。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 真山仁さん (小説家)
  • NHK記者
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

"私は売られた" 司法取引・当事者たちの告白

司法取引が日本に導入されたきっかけは、検察の不祥事でした。厚生労働省の元局長が無罪になった、えん罪事件。

検察が描いた筋書きを、密室で無理に押しつける取り調べのあり方が強い批判を浴びました。その結果、取り調べに過度に頼らず証拠を集める手段として、司法取引が導入されました。

「大きな悪を摘発するために小さな悪は見逃してもいい」とする、司法取引。例えば、上司や同僚の犯罪について自分が関わっていた場合、捜査に協力すれば、その見返りにみずからの罪は免れることができるのです。

司法取引 信頼していた部下が… 実刑判決受けた元カリスマ社長

部下と検察による司法取引で摘発された、アパレル会社元社長・幸田大祐被告。元社長の会社に東京地検特捜部の捜索が入ったのは、おととし11月。容疑は、幸田元社長が会社の売り上げの一部を横領したというものでした。

オリジナルブランドで急成長を遂げていた会社の年商は、6億円余り。業界ではカリスマとして知られる存在でした。1審で実刑判決を受けたあと無罪を主張し、控訴。今は保釈中の幸田元社長。数か月に及ぶ交渉の結果、取材に応じました。捜索を受けて初めて、部下が司法取引をしたことを知ったといいます。

アパレル会社 幸田大祐元社長
「全く信じられなかったですね。メールのやり取りひとつにしても、会って打ち合わせする際も、そういう前兆は全く感じなかった。両手をあげている彼がそうなんですけれども」

元社長と部下は20年以上のつきあいがあり、会社の立ち上げからずっと苦楽を共にしてきた仲でした。

幸田大祐元社長
「本当に家族同様に僕も彼と接していたので。なんでアイツが俺を売ったか分からないですし」

私たちの取材と裁判から、元部下が司法取引に至った経緯が明らかになりました。

給料が少ないことや、私的な雑用を押しつけられることなどに不満を抱いていたという元部下。幸田元社長の横領に加担させられ、精神的に追い詰められていたといいます。元部下は、会社の別の幹部に不正を打ち明けたうえで、弁護士に相談しました。

司法取引をした元部下(法廷メモより)
「当時、遺書を書くほど悩んでいました。司法取引のことは、弁護士に言われて初めて知りました。すべてを話す前提であれば僕の罪は考慮されると言われ、取り引きすることにしました」

幸田元社長が問われたのは、会社の売上金、合わせて3,300万円を横領した罪でした。元部下は現金を運ぶ役割を担い、共犯として逮捕・起訴されるおそれがありました。そこで元部下は、検察に不正を申告し、捜査に協力。元社長から、現金を運ぶよう指示されたメールなどの証拠も提出しました。検察との司法取引の見返りとして、みずからは不起訴になりました。

検察の調べで、実は元部下自身も200万円以上の現金を横領していた事実が浮かび上がりました。捜査に協力した見返りに、この罪も不問に付されました。

検察(法廷メモより)
「単独で店の売上金の一部を着服したのですか?」

司法取引をした元部下(法廷メモより)
「はい。封筒のお金を抜いて、私名義の銀行口座に入れていました」

弁護士(法廷メモより)
「単独の横領分も、検察との取り引きで不起訴にしてもらったのですか?」

司法取引をした元部下(法廷メモより)
「はい、そうです」

元部下の証言は信用できないとする、幸田元社長。抜き取った金は「業績の悪化に備えるためで横領の意図はなかった」としています。1審の判決は、懲役3年6か月の実刑。「犯行の主な動機は私的な蓄財であると認められ、主謀者として責任は最も重い」とされました。

アパレル会社 幸田大祐元社長
「でもやっぱり僕自身は、これだけ本当に家族同様に一緒に過ごしてきて、どうしても恨むこともできないですし。そうされて、そう思われても(部下を)信じている自分がいます」

司法取引をした元部下(法廷メモより)
「(元社長を)恨む気持ちはありません。自分を拾ってくれた恩もありますし、つきあいも長いですし。こういう状況になってしまい、残念です」

世界を揺るがせた"ゴーン事件" カギとなった司法取引

司法取引は、組織や企業などでの犯罪の全容解明に役立つと期待されています。世界に衝撃を与えた、日産ゴーン元会長の事件でも適用されました。元会長は、みずからの報酬を有価証券報告書に91億円少なく記載した罪などに問わています。

検察庁の幹部は、大企業の内部で秘密裏に行われた不正を、司法取引なしで摘発するのは難しかったと指摘します。

検察幹部(取材メモより)
「当時ゴーン元会長の呪縛は絶大で、社内で解決しようとしていたら、もみ消されて終わっていただろう。大企業の内部資料、しかも経営陣に直結する重要書類を司法取引で入手できたのは大きい。そういった資料が入手できたから、検察として立件した」

ゴーン元会長の不正に関与したとして起訴され無罪を主張している、グレッグ・ケリー元代表取締役。元会長が逃亡し主役不在の裁判が続く中、取材に応じました。ゴーン元会長と同じ日に逮捕されたあとに、2人の部下が司法取引を行ったことを知りました。

日産自動車 グレッグ・ケリー元代表取締役
「何が起きているのか理解できず、とても驚きました。私は犯罪に関与していません。私は運に見放されたのです。司法取引をした部下に、どんな圧力がかけられていたのか知る由もありません」

検察がゴーン元会長の不正の疑いを把握したのは、2018年の6月。社内で調査をしていた日産幹部からの申告でした。社内調査で、会社の資金を私物化していた疑いが次々に浮かび上がっていました。

検察は持ち込まれた情報だけでは不正の確度は高くないとして、さらに証拠を求めました。そのため、社内の調査チームは不正に関与した疑いのあるゴーン元会長の2人の部下に、検察への協力を持ちかけたのです。

これを受け、2人は検察に証拠となるメールや書類などを提出。これがゴーン元会長の逮捕の決め手となりました。一方、不正への関与を申告した部下2人は、検察と司法取引し不起訴となったのです。

そのうちの1人の裁判での証言です。

司法取引をした部下(法廷メモより)
「検察にきちんと真実の話をすることで、罪が軽減される可能性があると言われました。『不起訴になります』と言われたときは、安心しました」

司法取引に詳しい弁護士です。取引を成立させるためには、不正を申告する社員と、会社側の協力もポイントになると指摘します。

司法取引に詳しい 村上康聡弁護士
「(司法取引をする)その人の話がいかに信用できるのか、捜査当局に理解してもらわなきゃならない。ということは、裏付けとなる資料を併せて提出しなければならない。会社の中のメールの受発信や、総勘定元帳、経理処理の書類のたぐいだと思うが、会社の理解と協力なくして無断で持ち出すこともできないわけです。たった1人で孤立してしまうことになるので、だからこそやっぱり会社の助けというか、協力というのは必要だと思う」

グレッグ・ケリー元代表取締役
「孫に会いたいです」

保釈の条件として帰国が認められていない、ケリー元代表取締役。取材の中で、自身も司法取引を勧められていたことを明らかにしました。

グレッグ・ケリー元代表取締役
「逮捕された後、私が会った弁護士の1人が司法取引が可能だと勧めてきました。私は罪を犯していません。裁判で争う以外の選択肢はありません。だから私はここにいるのです」

司法取引・当事者たちの告白 導入3年 見えてきた功罪

井上:司法取引といいますと、どこか海外ドラマの中の出来事のように感じる方もいるかもしれません。けれど、日本でもすでに現実のものとなっています。まずは制度の功罪について、社会部・橋本記者に聞いていきます。

保里:橋本さん、この制度が導入されてきょう(6月1日)で、ちょうど3年となります。この間、当初からずっと取材を続けてきて、日本版・司法取引についてどのように見ていますか。

橋本佳名美 記者(社会部):この制度が適用できる事件は、脱税や横領、粉飾決算などの経済事件のほか、薬物などの組織犯罪に限定されています。導入からきょう(6月1日)までの3年間で、適用された事件は先ほど紹介したアパレル会社の事件と、日産の事件を含めて3件だけです。日産の事件では、1審の判決もまだ出ていません。このため制度を評価するには、まだ時期尚早だと思います。
ただ検察の中には、企業内部の不正を解明する捜査では制度の効果は高いと評価する声もあります。例えば、検察の捜査権は海外には及びませんが、日産のようなグローバル企業を捜査する場合、司法取引で社内に協力者を作ることができれば、海外の拠点を通じて資料やデータを入手できるためメリットは大きいということです。

井上:逆に現状で把握できている課題、リスクというのはどういったものがあるのでしょうか。

橋本:さまざまな課題があります。まず司法取引をする人の立場で考えると、刑事罰を免れたとしても株主から損害賠償を求められるなど、民事上のリスクは残ります。
また企業側からすると、司法取引をした社員への対応も難しい課題です。こうした社員は、社内の不正を明らかにする観点ではサポートすべき対象です。その一方で、犯罪行為に加担していれば懲戒処分の対象にもなりえます。日産の事件では、司法取引に応じた社員2人の弁護士費用も会社側が負担していて、一部ではこうした対応を疑問視する声もあります。
また日産の事件では、検察は社内の権力闘争の一方側に加担しているのではないかという批判も一部ありました。司法取引の事件では、捜査当局が一方の当事者の思惑に利用されているという疑念や、批判が出ることは今後も想定されます。

保里:社内の権力闘争に使われる可能性があるとすれば、それは無実の人が事件に巻き込まれてしまう。そういったおそれもあるということなのでしょうか。

橋本:犯罪に関わった人物が自分の罪を免れるため、うその供述をして無実の人を巻き込み、えん罪を生むリスクは制度の導入前から指摘されてきました。このため検察当局は、司法取引の適用はこの制度を使うことに国民の理解が得られる事件に限るという方針を明らかにしています。

検察トップの林検事総長に、これまでの運用の評価や今後の方針について聞きました。

林眞琴検事総長
「組織犯罪の首謀者の関与状況の解明に、資するような証拠が得られることを期待していた。実際に運用してみて、そのような有効性があった。協議・合意制度(司法取引)は、新しい取り調べに代わる供述獲得のための捜査手法だと理解されがちだが、実は供述だけではなく、証拠の獲得なのです。特に証拠の中でも、供述よりも、その供述に裏付ける客観証拠に検察のねらいがある。一つ一つの運用実績を積み重ねながら、慎重かつ着実に制度が定着するようにしていきたい」

保里:捜査機関にとっては、有効な捜査の手法になり得る司法取引。適用された3つの事件のうち、アパレル会社と日産のケースについては、部下が上層部の不正を申告する。赤い矢印のように、いわば下が上を売る形だったんです。

井上:これからご紹介する事例は、その逆です。上から下へという形です。

何が起きたのかといいますと、会社は罪に問われず、社員が摘発される結果となったのです。会社と社員組織と個人の関係のあり方を、考えさせられる事件です。

司法取引 会社が社員を… 問われる組織と個人の関係

日本の大手発電機器メーカーの発電所建設を巡る、贈賄事件。事件の舞台となったのは、タイ南部でした。

発端は、建設資材を荷揚げする際、会社側に手続き上の不備があり、現地社員が港湾当局の担当者から賄賂を要求されたことでした。応じなければ工期が遅れ、1日4,000万円を超える損害金が生じるおそれがありました。そのため担当の社員らは、日本にいる幹部に了解を得たうえで、およそ3,900万円の賄賂を支払ったといいます。

<タイ港湾当局への取材>

井上
「日本の報道機関の者です」

「今、賄賂を受け取った担当者はどこにいますか?」

タイ港湾当局 担当者
「分からない」

外国公務員への賄賂は、不正競争防止法で禁じられています。会社が摘発されれば3億円以下の罰金が科され、ほかの入札に参加できなくなるおそれもありました。

賄賂を支払ったことを、内部通報で把握した会社。司法取引で会社は起訴されず、幹部3人だけが罪に問われました。司法取引の提案は、検察側からでした。会社は、不正に関わった幹部らを出頭させ、すべての資料を提出。捜査に協力する見返りに、法人としての会社の起訴は見送られたのです。

裁判では起訴された幹部の3人のうち2人が起訴内容を認め、執行猶予のついた有罪判決が確定しました。有罪となった幹部の担当弁護士が、本人に代わって取材に応じました。

有罪になった幹部の弁護担当 田代政弘弁護士
「『自分は会社に売られたんじゃないか』と、そういった感情になることも考えられるけれども、『そういう感情はないんですか』と当然私も聞きました。それに対して『そういう感情はありません』と、その理由に対しては、ひとつはやはり自分のやった行為(賄賂)は、当時は会社のためだと主観的に思ってやったけれども、やはり目の前の損失が生まれてもコンプライアンスを重視する、法律を順守するということが、長い目で見れば会社のためになったんだと。自分の判断は誤りだったと」

しかし、1人の幹部は「賄賂を支払うことは了承していない」と無罪を主張。裁判で争っています。

弁護士(取材メモより)
「会社があなたを含めた役員や従業員を売って、罰金や行政処分を免れたように見えますが、そのことについて思うところはありますか」

元取締役 内田聡被告(取材メモより)
「思うところはありますけれども、今言及することは差し控えさせていただきたいと思います」

司法取引をしたことについて、会社側はNHKに対し、次のように回答しました。

三菱パワー(現在の社名)の回答
「当社では、以前から法令遵(じゅん)守のための諸施策を講じてまいりました。(司法取引)制度が適用されなかったとしても、3名が起訴されること自体は変わらなかったと理解しております。その意味で、当社が意図的に従業員に罪を押しつけ、当社自身の起訴を免れたとは考えておりません」

この司法取引について、東南アジアで働く日本の会社員は不安を口にしています。

東南アジアで働く会社員
「再三再四、研修を通じたりだとか、いろいろな形でコンプライアンスや社員の行動規則は末端まで指導されている。逆に言えば、指導しているにもかかわらず起きた事象に対して、どこまで末端の社員を守ってくれるのかは、やっぱり最後、トカゲの尻尾を切られてしまうんじゃないか。ちょっと怖くなるところはあります」

検察改革に関わった組織論の専門家は、司法取引の制度の存在は、企業や個人の関係にも変化をもたらすと指摘します。

慶應義塾大学大学院 高橋俊介特任教授
「(不正に)加担してしまったというときの最後の手段として、司法取引があるんだという事実が皆さんの間に理解されているということは、ひとつの緊張関係のきっかけ、会社と個人の緊張関係のきっかけにはなり得る。会社の論理よりも職業倫理を持っている人、そういう人たちが第一線で頑張る組織にならないと、そもそもビジネスで勝てない分野が増えてきている」

司法取引・変わる組織と個人の関係 小説家・真山仁さんに聞く

保里:会社と社員組織と個人の関係性において、司法取引に大きな関心を寄せているのが、さまざまな企業を舞台にした作品を手がけてきた小説家の真山仁さんです。戦後の日本が築き上げてきた企業文化を越えた、一人一人の生き方が必要になると指摘します。

保里
「本当に人間関係のドラマがそこにあると、ご覧になっている」

小説家 真山仁さん
「3本の小説が書けそうなぐらいあります。そこに組織の論理、個人の良心の葛藤、あるいは人間関係があったり、片一方が思っていなくても恨みを買うこともある。恨みを晴らすことが法律かというと、本来違うもの。価値観が広がってグローバル化しているので、今過渡期なんですよ。われわれは昔ながらの日本のルールで生きるべきなのか、外国がやっているような冷たい、でもフェアな法律の下によって生きていくのか、この令和の間にもっと判断しないといけないことがたくさん出てくる」

保里
「どういう心持ちで、これからの時代を生きていったらいいんでしょうか」

小説家 真山仁さん
「簡単に言うと、片足は企業・組織に、片足は自分の生き方に置いておかないと、今の人はほぼ90%以上、組織に重心を置いてしまっている。でも自分にとって譲れないものがあると、どれだけ多くの失うもの、組織人(の枠)から出ていく、失うものがあっても、『やっぱり自分はここを守るんだ』という生き方をしないといけない時代になっていて、これは嫌なように聞こえますけど、自分の人生を豊かにするには曲げない信念って最終的にはその人を豊かにする。大切なのは、(信念を)心の片隅に持っているだけでいい。何かあったときに私は自問自答できるか、これは私が本当にやりたいことなのか、こういうことを見過ごしていいのか、いつもどこか何かあったときに考えればいい」

司法取引 日本の企業文化は変わるのか

保里:真山さんへのインタビューの詳細は、関連記事からもご覧いただけます。

井上:ある種、シビアな時代到来ということで、橋本さんは何を感じていますか。

橋本:当初は制度導入から3年という節目で、司法取引の成果や課題を検証しようと取材を始めました。しかしその取材の過程で見えてきたのは、組織と個人の関係が日本でも大きく変わる時代に差しかかっているということでした。欧米では司法取引は当たり前に行われていて、海外の日本企業や現地の日本人が当事者になるケースも、もはや珍しくはありません。今後も経済のグローバル化がさらに進むことは避けられません。日本の企業や社会が新たな時代に対応した、組織と個人の関係をどう築いていくのか強く注目していきたいと思います。

保里:真山さんも組織人としての正義、これとは別に個人として、自分の生き方としてこれが正義なのか、常に自問自答しなければいけないとおっしゃっていて、そうした覚悟を持って生きていかないといけないと強く感じさせられました。

井上:そういう心構えと、司法取引が適切に運用されていくか注視していかないといけませんし、私たち一人一人が組織の中で個を確立していくことも大事だと思いました。

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