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2021年2月2日(火)

緊急事態宣言
命の支援を途切れさせないために

緊急事態宣言 命の支援を途切れさせないために

11都府県に出された緊急事態宣言が、社会的弱者支援の現場に深刻な危機をもたらしている。居場所のない少女達を支援するNPO法人「BONDプロジェクト」。外出自粛が求められる中、少女達に会ったり声をかけたりする「物理的な」対応が困難になり、地方にも足を運べない事態に直面。模索しているのが、各地の支援団体と連携した新たなセーフティーネットを築くこと。支援を途切れさせず命の危機を救うため、具体的な方策を探る。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

“対面”が制限 支援者の苦悩

2度目の緊急事態宣言が出された、先月(1月)。若い女性を支援する団体が、夜の渋谷で見回り活動をしていました。

「ガラガラ。全然いない。」

居場所を求めて街をさまよう女性たちに声をかけ相談や保護につなげてきましたが、外出自粛が求められる中、これまでのように出会うことができません。

BONDプロジェクト代表 橘ジュンさん
「本当に困っている子たちがいて、居場所がない子たちがいるわけだから、そういった子たちはどこにいるんだろう。」

NPO法人BONDプロジェクト。私たちは、コロナ禍での活動を10か月にわたって取材してきました。

生きづらさを抱える10代、20代の女性からの相談に、およそ20人のスタッフで対応。緊急性のあるケースでは全国各地に直接出向き、行政につないだり運営するシェルターに保護したりしています。悩みに寄り添うため、女性たちと直接会うことを何よりも大事にしてきました。

緊急事態宣言が出ていなかった、去年(2020年)8月。直接会えたことで、危機から救えた女性がいました。父親から性的虐待などを受け、家出をしてきた20代の女性。泊めてくれる人をSNSで探していました。

返信のあった相手とのやり取りを一緒に確認していくと…。

家出した女性
「家出したいと書いたら、きょう(メッセージが)来て。」

ある男性から、仕事の面倒も見るので会おうと写真が送られてきたといいます。調べてみるとこの男性、実は…。

「これは?未成年を誘拐していた。」

家出した女性
「この人ですね。」

過去にSNSで知り合った未成年を誘拐した罪で、有罪判決を受けた人物とみられることが分かったのです。

女性を緊急保護する必要があると判断。すぐに行政の窓口を一緒に訪れ、公的な保護施設につなぐことができました。

しかし今、緊急事態宣言の中で地方に出向き直接会ったり、地元の支援団体や行政につないだりすることが難しくなっています。

橘ジュンさん
「あなたたち東京の人と会ったら私たちが2週間、自宅待機しないといけないから会えないって(地方団体から)言われたこともある。対面の方がいろんなことが分かりますよね。雰囲気とかもそうだし。においとか、お風呂に入ってないとか、車中泊の子だったらそういうの分かったりするし。…悩ましいね。」

支援が難しくなる一方で、その必要性は増しています。去年の自殺者数を見ると男性が減少しているものの、女性は増加に転じているのです。

中でも増加率が高いのが、10代から20代の女性。前の年の1.3倍に増えています。BONDにSNSで寄せられる相談も増え、去年1年間で4万5,000件を超えています。その多くが、コロナ禍で“居場所がなく、死にたい”という声。

先月相談してきたのは、首都圏の医療現場で働く女性(20)です。同居する家族からコロナがうつると言われ、家で過ごす時間が苦痛になっているといいます。

医療現場で働く女性
「コロナが増えてから『帰ってこないで』みたいなことも増えたし、ばい菌扱いされる。別にいつ死んでもいいと思っている。」

せめて1泊だけでもと、BONDが運営するシェルターで休んでもらうことにしました。

「きょうは寝られそうですか?」

医療現場で働く女性
「寝られます。」

活動の制限を余儀なくされても、何とか命をつなぐ支援を続けていました。

つながった支援 途切れる恐れが

無事に保護できたとしても、継続的な支援は欠かせません。それが途切れると、命の危機につながりかねない事態が見えてきました。

BONDが運営する自立支援のための施設で1人暮らしを始めたゆうかさん(仮名・23)は、幼いころから3年前に保護されるまで父親からの性的虐待に苦しんできました。

ゆうかさん(仮名)
「考えるとつらくなるから、自分の気持ちとかを考えないようにしていたけど、ただただ死にたかった。もうお父さんとは離れたし、安全な場所というのもわかっているんだけど、フラッシュバックするのは変わらない。死にたいしか考えられなくなって。」

ゆうかさんの支援を続けてきた、スタッフの奈都子さんが特に注意しているのが、薬の管理。

虐待のトラウマに苦しみ精神科で治療を受けているゆうかさんが、薬を衝動的に大量に飲んでしまうことがあるからです。3日に1度、欠かさず見守りに訪れていました。

BONDプロジェクト 奈都子さん
「頑張らなくていいし無理しなくていいという感じなんですけど、なんとか乗り切ろうねって意味で心の中で頑張れって思いながら過ごしている。」

感染が急速に拡大していた、去年12月。私たちのもとに緊急の連絡が。BONDのスタッフの1人が、感染したというのです。

濃厚接触者と判断されたスタッフも複数いて、自宅待機を余儀なくされることになりました。

BONDプロジェクト代表 橘ジュンさん
「スタッフがすみませんって、迷惑かけてごめんなさいって。いやいやあなたは悪くないよ、悪いのは全然コロナだし。日常の感染予防をしながら生活を送っていたら、かかってしまった。本当に誰もがこういう状況になりうる。」

スタッフの奈都子さんも、濃厚接触者の1人でした。PCR検査で陰性が確認され、ゆうかさんのもとを訪ねることができたのは12日後。ゆうかさんの状況は、深刻化していました。

ゆうかさん
「いつのまにか血だらけだった、きょう。気付いたのが、お昼ぐらいだった。」

奈都子さん
「腕はどんな感じ?」

ゆうかさん
「傷?」

奈都子さん
「ぱっくりいってるじゃん。」

ゆうかさん
「過ごすのがつらくて、ひとりで。だからなんかそれで死にたくなって。みんなも大変なのがわかるから、つらいとか言うのもおかしいじゃない。」

会えない間も電話やSNSでやり取りを続けていましたが、直接会って向き合う時間がどれほど大切か、改めて突きつけられました。

奈都子さん
「泣きながら電話がかかってくるっていう状況だった。しんどいときに会ったり、話せないときが続いていくと、やっぱりどんどんズーンとなってしまうので大変だったと思います。」

支援をつなげたい 手探りの現場

どうすれば活動が制限されるコロナ禍でも、助けを求める声に応えられるのか。立ち止まってはいられません。

そこで始めたのが、全国のNPOなどとの連携の輪をこれまで以上に広げる試みです。まず、去年相談に対応した女性の人数を、都道府県ごとに分けます。その上で過去に名刺交換をしたものの、日ごろは関わりのない各地の支援団体や行政の担当者を洗い出しました。

BONDプロジェクト代表 橘ジュンさん
「この人もすごい、DV被害者の支援している人だよね。」

スタッフ
「(相談者が)多いけど、(支援団体が)いないところと、支援者の人がいるところがある。」

連携できそうな支援団体の存在が見えてきた一方で、頼り先の手がかりがない地域も把握することができました。

橘ジュンさん
「青森や秋田は(面識ある団体が)いない。岐阜もいない。水戸のDV被害者支援しているご高齢の方がいたけど、もう辞めちゃったんだよね。どうやって出会えばいいのかね。いると思うんだけどね。手探りですね、正直。」

さらに、民間企業との連携も始めています。協力を取り付けた1つが、活動に共感した大手家具メーカーです。シェルターを増やす取り組みに、無償で家具や生活用品を提供してもらえることになりました。

イケア・ジャパン 社員
「厳しい状態の中から、ここの部屋に来たら少し気持ちが落ち着いたとか、休まったと感じてもらえるのであれば、そこに対して何かできることはないかと協力を決めた。」

手探りで始めた、地方の支援団体との連携。先週、それが試される日が来ました。
連絡してきたのは福岡にいる20歳の女性。父親から性的虐待を受け、公園やSNSで知り合った男性の家などを転々としているといいます。

そこでBONDが連絡を取ったのは、福岡県内でDVの被害者などを支援する団体です。

橘ジュンさん
「被害にいつも遭っているの。たたかれたり、殴られたり、蹴られたり、首絞められたり、動画撮られているけれど、それが普通だと思っている子。大変そうなんですよ、つなぎたいの。いい?…いい?ありがとうございます。」

協力が得られると、すぐに相談してきた女性に連絡します。

橘ジュンさん
「寝る場所とか、ごはん食べる場所探したり、さまよわなくてもいいように相談に行ってみない?」

福岡の20歳の女性
「…行きません。」

女性は、見知らぬ福岡の団体に頼ることを拒みました。

橘ジュンさん
「まだ信用とか信頼してくれていないかもしれないけど、なにかあると連絡くれる、こういう関係性を作るのが難しい?無理に相談に行ってとこっちもそれはできないけど、情報だけ教えておく。それだったらいい?なんかあった時に、ここに相談していいんだという場所だけ教えておく。」

福岡の支援団体の連絡先だけは、最後に伝えることができました。

橘ジュンさん
「私たちがなんでもできるわけじゃないし、できないこともいっぱいあって、いろんな方から力を借りなければ女の子の支援ができない現状だと本当に痛感する。できることをする。大人側がね。そうすると女の子も本当にやってくれるんだと、そこからもしかしたら信頼が生まれてくるかもしれない。」

支援を途切れさせないために

武田:緊急事態宣言の延長が決まりました。女性たちの孤立をこれ以上深めないためには今のことばにもあったように、大人や社会の側ができることを諦めず、取り組み続けることが必要ではないかと思います。10か月間にわたってBONDの活動を取材してきた、社会部の藤島さんはどう感じていますか。

藤島温実記者(社会部):まさに今、命の支援が途切れかねない分岐点に差しかかっていると感じています。私自身も取材を通じて、直接会うことがいかに大切かを痛感しました。女性たちは過去の虐待経験などから自分の存在を否定していたり、大人に不信感があったりして、困ったときにみずから助けを求めるということが非常に難しい状況にあるのです。BONDのスタッフが全国に足を運んで時間をかけて向き合うことで、自分のためにこんなに一生懸命になってくれる大人がいるんだと心を開いて、生い立ちなどの背景を少しずつ語り始めます。支援する側も直接暮らしぶりを見ることで、困難さを正確に把握して適切な支援につなげられるのです。

武田:BONDの皆さんがほかのNPOと連携しようとしている姿が印象的でしたが、そもそも行政を含めて、こうした支援の仕組みはどうなっているのでしょうか。

藤島記者:行政は、生活困窮や、虐待、DV、それに障害など、それぞれの課題に応じて支援制度を設けています。一方で、生きづらさを抱える人というのは、さまざまな要因が複合的に絡み合っているからこそ、一つの制度だけでは支え切れない状況にあるのです。そこで、寄付金や国の助成金などを元に活動している支援団体が、最後の受け皿の役割を担ってきたというのが現状です。それが今、厳しい状況の中で従来の枠組みを越えて、新たな支援の形が生まれようとしています。

武田:誰も取りこぼさない支援の輪を、どのように構築していけばいいのか。番組では、生活困窮者や引きこもり支援の最前線で活動する方々を交え、BOND代表の橘さんが直面する、課題を乗り越えるヒントを探りました。

新たな支援は 最前線の現場から提言

若年女性を支援 NPO法人BONDプロジェクト 橘ジュンさん
「連携や情報共有が、支援者どうしが難しいというのが実感としてあって、(女性たちが)抱えている問題は伝わりづらいなと思っているから、私たちも容易にいろんな人につなぐことが怖くなっちゃって。」

女性支援のあり方を研究 お茶の水女子大学 名誉教授 戒能民江さん
「NPOの“スーパーマン”のひとりが、大変だということになってはいけない。あまりにも負担が多すぎると思います。」

団体どうしの連携を始めているNPOの鈴木和樹さんは、重要なポイントを指摘します。

生活困窮者に住居や食料を支援 NPO法人POPOLO 鈴木和樹さん
「お互いの活動の理念とかを分かり合っていかないと、なかなかうまく進んでいかないなと。僕らがきちんと話さないと、困っている方が逆にもっと困る状況になる。」

静岡県で生活に苦しむ人たちに住まいや食料の支援を行ってきた、鈴木さん。コロナ禍の今、県外の支援団体との連携を模索しています。

この日は、関西の団体から静岡に住む相談者を受け入れてほしいと頼まれました。しかし、相手の団体の支援は現金を支給するというもの。鈴木さんの、ふだんのやり方とは異なっていました。

鈴木さんは、相手の団体のやり方を優先。団体ごとに支援対象の年齢や分野が違うため、丁寧にすり合わせています。

橘ジュンさん
「まさに“知る努力”を、お互いに支援者どうしがしなければいけない。」

鈴木和樹さん
「こういうピンチの時は、あれもこれもは1つの団体だけじゃできない。あれかこれかを選ばないといけなくなるので、いろんな団体さんとうまく連携をとらなければ厳しい。」

地域福祉の最前線で活動する勝部麗子さんが指摘したのは、行政が果たすべき役割の大きさです。

地域福祉の現場で活動 豊中市社会福祉協議会 勝部麗子さん
「そこの町で生きている人たちがどんなことに困っているかを、たまたまいろんな専門性の高い団体が一生懸命知恵を出して、制度がないものを一生懸命工夫をしながら解決しているということで、それがもっと必要だとなれば仕組みに変えていくことが行政の役割。4月からは全国に“断らない相談”支援体制を作ろうと。」

ことし(2021年)4月から始まるという、断らない相談支援の事業。先駆けて行っているのが、神奈川県・座間市です。

「水道とかはどうですか?払えているかたちですか?例えば家計相談という支援がありまして。」

現在受けている相談は、300件以上。家賃の滞納や、暴力、子育て、介護まで、組織の縦割りを改めどんな相談にも応じます。

この日やってきたのは、バングラデシュ人の男性。仕事を失ったという男性に対し、市は民間企業やNPOにも声をかけ、一緒に対応します。こうした連携先は100以上に上ります。

日本語を勉強するサポートや、就職先のあっせんを連携して行うことになりました。

座間市生活援護課 課長 林星一さん
「断らないで一人一人の相談に寄り添っていくうちに、困りごとの中にわれわれが支援しきれない何かがあったり、世の中の動きがどうなっているのかということが見えてくるので。そこにヒントを得ながら、柔軟に体制を考えていく。」

勝部さんは、どんな悩みも受け止めることで若い女性のような制度のはざまで苦しむ人の支援につながると期待しています。

勝部麗子さん
「制度からこぼれている人たちを私たちが見つけ出すところから、新しい仕組みを作っていくことが、これからまさに求められていく。今、最高のチャンスにしたい。」

鈴木和樹さん
「仕組みを作るところは僕も大賛成で、橘さんも外に出るし、アウトリーチするし、僕だって路上生活の人を回るし、そういったところは民間の方が速いので、そういう動きを見たら(行政に)反応をしていただけるといいのかなと感じます。」

橘ジュンさん
「私たち民間だからできること、行政だからできることがあると思うのですが、社会資源を持っている方たちとつながって支援できればいいのかなと思いました。」

女性支援の在り方を研究してきた、戒能民江さん。誰もが困難な状況に陥るかもしれない今、最も大切だと訴えたのは…。

戒能民江さん
「若い女性の方だけではなくて、大人の女性や男性もひょっとしたら同じではないかと。どんな人でも支援するということにしていかないと、命をみずから絶ってしまう人たちがなくならない。“ひと事と思わない”ということですね。誰かが奇特な人がやっているということでは全然なくて、自分がその社会の一員だということを深く考えなければいけない。」

いま私たちにできること

武田:この議論は関連記事からご覧いただけます。また、相談窓口の情報にもつながりますのでご利用ください。

藤島さん、コロナ禍で人生が一変する人もいると思います。決して、ひと事ではないと思うのです。いざというとき、相談できる体制はどう作ればいいと感じますか。

藤島記者:民間どうしや行政との連携を広げて新たな仕組みを作っていくには、国も各団体の情報を持っているはずなので、それを生かしてネットワーク作りを支えたり、財源や運用の面でもよりサポートしていく必要があると思います。誰もが支援を受けられるようにこの逆境を、日本のセーフティーネットを再構築する転換点にしていかなくてはいけないと思います。そして私たち自身も何かできることはないか、支援が必要な人たちの問題そのものを直接解決はできなくても、個人や企業がそれぞれの立場で思いをはせて取り組んでいくことが大切だと、今回の取材を通じて強く思いました。

武田:その支援を途切れさせないためにも今、私たちにできることは感染拡大を防ぐことです。自分を守ることは、社会を守ること。いま一度、心に留めたいと思います。


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