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2021年1月21日(木)

バイデン新政権 なるか"脱トランプ流"

バイデン新政権 なるか"脱トランプ流"

超大国アメリカの大統領として、そのかじ取りを担うことになったジョー・バイデン氏。前任のトランプ氏が掲げた自国第一主義と決別し、国際協調のもと新型ウイルスや温暖化などの難題に取り組むとともに、影響力を増す中国への対応に当たる。しかし、トランプ氏が根強い人気を維持するなか、新政権の政策には反発も予想され、前途は容易ではない。バイデン氏の戦略を知る要人、そしてトランプ氏の支持者などへの取材を通して、新政権のゆくえと課題を見つめる。

出演者

  • 中山俊宏さん (慶應義塾大学 教授)
  • 武田真一 (キャスター)

根強いトランプ氏への支持 直面する分断

バイデン新政権が掲げる、国民の融和。その難しさがあらわになったのが、今月(1月)6日。トランプ氏の支持者らが、連邦議会に乱入した事件でした。

このとき私たちは、ある男性に密着取材していました。南部フロリダ州から駆けつけた、トッドさんです。

トランプ氏
「選挙を盗ませないぞ」

トランプ氏の支持者 トッドさん
「そのとおり。選挙を盗ませるな。」

トッドさんの取材を始めたのは、先月(12月)半ば。大統領選挙の結果に抗議する活動をしていました。

運送関係の会社を経営するトッドさん。新型ウイルスの影響で一時は売り上げが大きく落ち込む中、経済活動を優先すべきだというトランプ氏の主張に強く共感してきました。

トッドさん
「トランプ氏は自由を愛する資本主義者です。バイデン氏の側は、社会主義を望んでいます。私たちはそれを止めなければなりません。」

トッドさんが毎日欠かさず見ているのが、保守系のニュース専門チャンネル、ワン・アメリカです。大統領選挙の後もトランプ氏の主張をそのまま伝え、支持者たちの間で絶大な人気を集めています。

トッドさん
「このチャンネルは、票の再集計についてもしっかり伝えてくれています。」

「選挙が盗まれたと信じているのですか?」

トッドさん
「もちろん信じています。彼らは盗もうとしています。バイデン氏がアメリカ史上、最も多い票を獲得したなんて信じられますか?彼の集会には千人も集まらないのですよ。ありえません。」

取材のさなか、トッドさんに電話がかかってきました。

トッドさん
「よう。ケイティ。」

同じ支持者の友人からのこの電話が、トッドさんの背中を押すことになりました。

トッドさん
「トランプの1月6日についてのツイート、見た?行くよね。当然だよね。」

話し合ったのは、1月6日に首都ワシントンに集まるよう呼びかけたトランプ氏のツイートです。抗議集会は“すごいことになる”と書かれていました。

トッドさん
「もう止められません。大統領が求める以上、愛国者として行くしかないのです。」

そして迎えた今月6日。トランプ氏の支持者数万人が、全米から集まりました。

トランプ氏
「われわれは大差で選挙に勝った。」

支持者
「トランプのために、たたかおう!」

トランプ氏
「これから連邦議会に向かおう。」

トッドさん
「自由を奪われるくらいなら、死んだ方がましです。誰も傷つけたくはないですが、自由を守らなければならないのです。」

トッドさんは、議会に向けた行進に参加。議会の外で、抗議を続けました。しかし目の前で、一部の支持者らが議会に乱入。死傷者が出る事態となったのです。この事件を境に、トランプ氏と支持者に対して、激しい非難が浴びせられるようになりました。

“トランプ大統領が自らの支持者をあおり、暴徒に変えた。”

アメリカ バイデン新大統領
「あれは抗議行動ではない。彼らは暴徒だ。反逆者だ。テロリストだ。」

トランプ氏の支持者と、そうでない人との亀裂が一層深まった今回の事件。トッドさんは支持者であることで、犯罪者扱いされるようになったと怒りを募らせています。

トッドさん
「私は国民の半分からテロリスト扱いされています。おかしいです。支持者だというだけで、差別されるようになっているんです。」

政策をめぐっても“亀裂”

バイデン新大統領が掲げる主要な政策も、国内の亀裂をさらに深める可能性があります。その1つが、脱炭素社会に向けた政策です。

アメリカ バイデン新大統領
「気候変動を食い止め、地球を守るために闘います。」

具体的な目標として掲げたのが自動車の電動化、いわゆるEVシフトです。全米50万か所に充電設備を設置。自動車産業全体で、100万人の雇用を創出するとしています。

EVメーカーCEO
「非常に興奮しています。新政権の発足で私たちの技術に見合った未来志向の政策が、ようやく実現するでしょう。」

一方で、新政権の方針に警戒する声も上がっています。
トランプ政権のもとで環境規制が緩和され、活況を呈してきたシェール業界です。南部テキサス州では、一時失業率が3%台にまで改善。しかし、その後新型ウイルスの感染拡大などで打撃を受けてきました。バイデン新政権が油田の採掘への規制を強化すれば、さらに雇用が失われかねないと不安が広がっています。

シェール関連企業 経営者
「採掘の規制は、多くの州の経済を完全に破壊するでしょう。それだけでなく、石油輸出国としての強みも失ってしまうのです。」

新政権の行方 日本企業は

アメリカ国内で利害が対立する中、日本企業は新政権の政策がどこまで進むのか注視しています。売り上げ高が1兆6,000億円を超える、世界有数の自動車部品メーカー。北米事業は、全体の4分の1を占めています。

EVシフトを見据えた部品開発を進め、去年(2020年)11月にはアメリカのEVメーカーと契約を結びました。

この日、開かれたのは、北米支社との会議。副社長の木村さんは、バイデン政権のもとEVシフトが確実に進むのか、現地の責任者に見通しを尋ねました。

自動車部品メーカー「マレリ」 木村裕哲副社長
「アメリカ人は愛着のあるガソリン車から、EVに乗り換えるだろうか?」

北米支社 営業責任者
「木村さん。それが最も大事な点です。焦点は(トランプ政権下で低かった)ガソリン税がどうなるかです。政治家は、まだこの話題を避けています。日本やヨーロッパのように税率が高くなれば、アメリカ人ももっとEVを買うようになるでしょう。しかし、まだその段階には至っていません。」

数年先に発売される車向けの部品開発や設備投資を、どう進めていくのか慎重に見極めていく必要があると考えています。

木村裕哲副社長
「バイデンさんが話しているように、(EVシフトの)方向性は決まっている。ただ、そこのスピード。一概にブームに乗ってEVが飛躍的に、もうガソリン車がなくなるという世界がすぐにくるのかどうかというのは、やっぱりちょっとよく見極めないと会社として間違っちゃうんじゃないかなと。」

かつてなく分断が深まるアメリカで、新政権は脱トランプ流を貫けるのでしょうか。

議会乱入の衝撃 異例の船出

武田:トランプ氏の支持者らが議会に乱入するという事件の衝撃が広がる中で、異例の船出となったバイデン新政権。慶應義塾大学の中山さんに、年明けから混乱するアメリカの状況をキーワードで表していただきました。“論理的な帰結”、どういうことでしょうか。

ゲスト中山俊宏さん (慶應義塾大学 教授)

中山さん:これは、1月6日の議会の占拠というのは予想外の事件が起きたということではなくて、トランプ大統領を4年前に選んだことの“論理的な帰結”という意味で書きました。
2010年代にオバマ政権が誕生してから、トランプ氏はオバマ大統領がアメリカ生まれではないということで、大統領になっていることが違憲だとして「バーサー運動」を起こしました。これはある種の陰謀論ですね。こういうことをやったり、2016年も自分が選挙で負けたら「不正があったせいだ」と言ったり、政権が発足してからもいろんなことを言っていたわけです。それを多くの人が信じてしまった。先ほどトッドさんという方が出ていましたが、普通の人でも陰謀論を信じてしまうということが怖さだと思うんですよ。そこで不満がたまっていって、もう一度2020年にも不正が起きたといって人々のエネルギーを充満させた結果が、1月6日の議会の占拠だと思うんです。ですから、トランプ大統領を選んだことの“論理的な帰結”として、必然的にああいうことになったんだと思うんです。

武田:バイデン大統領は就任演説で、アメリカの国民と国家を結束させることに全力を尽くすと約束しましたが、トランプ氏への根強い支持がある中で、アメリカ国民はどう受けとめているんでしょうか。

中山さん:演説からひもとくと、ごく普通の演説だったと思うんです。ただそれは、アメリカ自体が今、普通さを求めていたことがあると思うんですね。といいますのも、オバマ、トランプ時代と非常に政治が劇場化してしまって、支持者たちが全人格的にそこに没入するような状況になったわけですが、それを鎮めてほしいという期待があったんだろうと思うんです。その意味においては恐らく、それができるのはバイデンしかいないだろうと。そのことを直観的に、アメリカ人の多くは分かっていたと思うんです。ですから、今回バイデンは3回目のチャレンジの結果、大統領になるわけですが、今回が一番、バイデン大統領が候補に合致するような状況があったということではないでしょうか。

武田:バイデン新政権が掲げる内政面での政策を見てみますと、まず新型ウイルスで打撃を受けた経済を立て直すため、200兆円規模の経済対策。そして、オバマ政権の医療保険を拡充した、新たな保険制度の整備。脱炭素に向けた、環境インフラ整備に200兆円規模の投資などとなっています。

新政権、まず分断を乗り越えなければいけませんね。そのうえでこうした政策を実現していく、これは可能なんでしょうか。

中山さん:なかなか難しいと思うのですが、一つの取っかかりは上院にあると思うんです。今、上院は50、50で割れています。しかし割れている場合には副大統領が1票を投じることができるので、結果として民主党多数ではあるのですが、割れているんですよね。その中で、共和党・民主党、両方いるのですが、10人ぐらいこの超党派的な合意に乗れそうな人たちが真ん中にいるんです。

武田:この真ん中にいるわけですね。

中山さん:その人たちの協力を取りつけながら、超党派的な合意をバイデン政権と協力しながらできるかどうか。そういうことを通じて、分断を乗り越える何らかの可能性みたいなものが出てくるとすると、実はオバマ大統領もできなかったような、完全な統合ではないですが政治文化を少しずつ変えていくということができるかもしれない。もしそれができないとすると、恐らくバイデン大統領のレガシーというのは2020年の選挙で勝って、トランプを打ち破ったことが彼のレガシーになっていかざるを得ないのかなと。

武田:それだけになってしまう?

中山さん:下手するとそれだけになってしまうかもしれませんね。

武田:脱トランプ流を目指すバイデン新政権は、外交面でも大きな課題に直面します。中でもトランプ政権時代に関係が悪化し続けた、中国とどう向き合っていくんでしょうか。

“国際協調”へ バイデン流外交

アメリカ バイデン新大統領
「われわれは同盟を修復し、再び世界に関与する。」

国際協調を掲げる、バイデン新大統領。就任式の直後、パリ協定に復帰するための文書に署名しました。国際的な枠組みから次々と離脱してきた、トランプ政権の方針を転換しようとしています。

オバマ政権の国務次官補として、当時副大統領だったバイデン氏を支えたダニエル・ラッセル氏は、トランプ政権の外交との違いをこう表現しました。

オバマ政権 元国務次官補 ダニエル・ラッセル氏
「キーワードは『尊重』だ。バイデン新大統領は、共通の利益を重視する外交政策を何より信じている。他国と関わるときに、相手の意見を考慮する姿勢を見せるだろう。それこそが『アメリカ第一主義』に欠けていたものだ。」

その手腕が最も問われるのが、トランプ政権が強硬な姿勢を取り続けた中国への対応です。国民の対中感情も悪化。世論調査でも、7割を超える人が中国を好ましくないと答えています。

バイデン新大統領は、中国に対してもトランプ政権とは異なる姿勢で臨むとみられています。香港やウイグルを巡る人権問題などには厳しく臨む一方、気候変動や感染症対策など共通の課題では、協力を模索するとみられています。

ダニエル・ラッセル氏
「バイデン政権は、競争と協力、その両方をしなければならない。経済的な利益を得るため、そして地球規模の課題に取り組むためだ。中国に対して、何もかも拒絶すべきという考えに陥ってはいけない。」

一方、中国は新政権に対してどう出るのか。大統領選後の去年11月、中国で外務次官などを歴任した人物が、アメリカの主要紙に寄稿しました。

アメリカと中国は競争しながらも協力は可能だとする一方で、アメリカは“中国の国家統一の信念を尊重し台湾や南シナ海の問題に介入すべきではない”と主張しました。かつて、バイデン氏と共に対中外交に関わったラッセル氏にも苦い経験があります。6年前の米中首脳会談で、習近平国家主席は中国が進出を強める南シナ海について、こう発言していました。

中国 習近平国家主席
「南沙諸島での建設活動は、軍事化を意図したものではない。」

しかし中国はその後、着々と軍事化を進め、アメリカとのあつれきが深まってきたのです。ラッセル氏は新政権は中国の出方を見極め、安易に駆け引きに応じないだろうといいます。

ダニエル・ラッセル氏
「『アメリカが北朝鮮や気候変動の問題で協力を望むなら、台湾やチベットなど中国の核心的利益を尊重するべきだ』というのが中国のやり方だ。しかし、バイデン政権は中国にひざまずいて助けをこうことはありません。」

トランプ政権下で悪化してきた、米中関係。その大きな要因となってきた、関税はどうなるのか。新政権の内部事情に詳しい、政治経済コンサルタントのゴールドスタイン氏は、今、新政権はアメリカの国益に照らしながら関税を個別に検討しているといいます。

新政権の内部事情に詳しい ポール・ゴールドスタイン氏
「バイデン陣営は、関税の効果を一つ一つ検証し、継続するか考えている。安全保障に関わらない分野でビジネスに悪影響を与えてきたような関税は、見直すことになるでしょう。一方で中国が自国の製品で世界市場を席けんしようとしている、ハイテク分野全般については、別だ。バイデン新政権は中国の姿勢に変化が見られるまで、制裁と関税を引き続き維持することになるだろう。」

分断の中 バイデン外交は

武田:外交展開をしていく上でも、国内に抱える分断を意識せざるを得ない状況が見えてきました。ワシントンの油井さん。バイデン新政権、それをどうやって進めていくんでしょうか。

油井秀樹支局長(ワシントン支局):外交通とみなされているバイデン新大統領ですが、これまでとは違うアプローチをとる可能性も指摘されています。リベラルなエリート層が主導する国際協調だけでなく、“労働者のための外交”を推し進めるとしているんです。

トランプ前大統領を支持してきた白人労働者などの中には、グローバル化の中で置き去りにされてきたと感じている人が少なくありません。国内で幅広い支持を集めるには、こうした人々にも受け入れられる保護主義的な貿易政策もある程度推進すると見られています。国際協調主義への転換を掲げているバイデン大統領ですが、国内での求心力を保つためにトランプ前大統領が訴えた、アメリカ第一主義的な要素も一部継承するのではないかというんです。

武田:この新政権、なかなか難しいバランスを求められることになりそうですね。

油井支局長:ホワイトハウスには今、新政権のスタッフたちが次々に引っ越してきているところです。ある国の外交官は、大統領の執務室があるウエストウイングで“誰がどの部屋を確保するか”に注目していると話していました。“大統領執務室に近ければ近いほど”大統領への影響力を持ち、政策を推進するうえでも“主導権を握る”と見られているからだというのです。内政と外交の間で微妙なバランスが求められるだけに、新政権がどのような布陣になるのか関心が高まっています。かつてなく分断された国内の融和を図りながら、同盟国との関係を立て直し、国際的なリーダーシップも取り戻す。そんな極めて難しい課題に、新大統領は取り組むことになります。

山積する外交の問題

武田:バイデン新大統領は国際協調を掲げています。それでアメリカのリーダーシップを取り戻すとしているわけですが、これは果たして可能でしょうか。

中山さん:油井支局長もおっしゃっていましたが、バイデン政権が誕生したからといって、アメリカが単純に国際社会に戻ってきたとはならないと思うんです。それはやはりトランプ政権が掲げたアメリカファーストというのが意外に行き渡っていて、もうアメリカは国際社会で積極的な役割を引き受ける理由というのが見当たらないと感じている人が多いと思うんです。まずは、そこを説得するところから始めないといけないと思います。
私はアジアについては相当、トランプ政権から継続の要素もあるのかなと感じています。大西洋を挟んだ関係ほど悪くはならなかったので、その中に中国をどうするかという問題があると思うのですが、やはり中国を戦略的な競争相手として見るということについては、私は共和党、民主党問わず、アメリカでは共通意識コンセンサスとして出来上がっているということだと思うんです。ただ、実際にどういうふうに戦略的な競争を繰り広げるのかと言うと、トランプ政権とバイデン政権の間には差があると思うんです。トランプ政権の場合には、非常に対決的といいますか、分かりやすく言うといつでも素手で殴り合いのけんかをするぞというようなメッセージを絶えず送り続けていたと思うんです。それとは明らかに違う競争戦略を、バイデン政権は出してくると思います。
ラッセルさんが述べていましたが、恐らくバイデン政権は協調、競争、対決みたいなところを行ったり来たりしながらも案件ごとに違って、プレーヤーも米中だけではなくいろんな同盟国やパートナーを巻き込んで中国との関係を築いていくという。今回バイデン政権に入っている人たちは非常に経験値の高い人なので、複雑な対中政策を組み立てようとするのですが、結果としてどういうメッセージになっていくのか。例えば日本みたいな国において、何をやろうとしているのかよく分からないという局面になっていく場面もあると思うんです。やはり民主党は中国に甘いというような見方がもしかすると台頭するかもしれないのですが、われわれのほうとして重要なのは、基本的には戦略的な競争が基調にある対中政策なんだというところを見落とすべきじゃない気がします。

日本への姿勢は

武田:そうしますと、バイデン新政権は日本にどんなことを求めてきますか。

中山さん:バイデン政権だろうがトランプ政権だろうが変わらない部分なんだと思うのですが、やはり日本としてどれだけ積極的に同盟に貢献できるのか。貢献といいますと、今まではお金の面という話になりがちでしたが、これから日本にとって引き続き同盟が重要であるならば、どれだけ責任を分担できるのか。同盟にどれだけ貢献できるのかということを日本国内で議論して合意を形成し、それをきちんとアメリカに対して伝えていく。それをやらないと、同盟を所与のものとはできなくなっていくっていうのが、たぶんバイデン政権であろうが、トランプ政権であろうが、民主党であろうが、共和党であろうが、日本が直面していかなければいけない状況なのかなと思います。

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