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2020年12月2日(水)

老朽化インフラ 教訓はなぜ生かされていないのか
~笹子トンネル事故8年~

老朽化インフラ 教訓はなぜ生かされていないのか ~笹子トンネル事故8年~

笹子トンネルで天井板が崩落し9人が犠牲になった事故から8年。事故後、国は5年に1度、トンネルや橋の点検を義務化し、危険性の高いインフラの早期修繕を掲げてきた。しかし今回、早期修繕が必要とされた全国の橋とトンネルを初めて可視化した「インフラハザードマップ」を作成したところ、約7万3千か所のうち6割以上が「未着手」だと明らかになった。新設工事に比べ修繕工事が構造的に進まない実態と、インフラのトリアージに取り組む自治体などから対応策を考える。

出演者

  • 岩波光保さん (東京工業大学教授)
  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター) 、 小山 径 (アナウンサー)

ふだん使ってきた橋が…必要な修繕終わらず

なぜ、多くのインフラで対策が進まないのか。200以上の橋で修繕などが必要と分かった富山市では、まだ3割しか着手できていません。高速道路の上に架けられたこの橋は半世紀近く前に造られ、至る所に亀裂が入っていますが、必要な工事が行えず通行止めにしています。

富山市 植野芳彦政策参与
「誰が何と思おうと落ちる時は落ちますし、最終的には崩落します。」

小山
「実際、高速道路で車が交通量多く走っているところに。恐ろしいですね。」

私たちの身の回りにあるインフラは、戦後、高度経済成長期の基盤として各地に建設され、暮らしを豊かにしてきました。その数は、橋とトンネルだけで73万か所以上に上ります。しかし、2030年代にはその半数以上が建設から50年を超えます。
国は、笹子トンネルの事故の翌年、インフラの老朽化対策を発表。メンテナンスを重視する方針にかじを切りました。橋やトンネルなどについて、5年に一度の定期点検を義務化したのです。点検では、健全度を基に4段階で評価し、判定IIIとIVについては撤去や修繕、通行止めなどの措置が必要だとしました。3年後の2023年度までに、すべての対応を完了させるのが目標です。

しかし今回、NHKが実施したアンケートでは、およそ4割の自治体が「計画どおりに修繕を進められない」と回答したのです。

なぜ修繕が進まない?苦しい“予算不足”

なぜ、修繕は進まないのか。自治体が上げる最大の理由が“予算不足”です。

富山市 植野芳彦政策参与
「富山市の全橋りょうを今後どう管理していくか、シミュレーションしているんですが…。」

富山市が2070年までの維持管理費用を予測したシミュレーション。今年度、必要な費用は約20億円。現時点で約6億円不足しています。35年後には年間250億円に達しますが、到底賄えないことが分かりました。

植野芳彦政策参与
「がく然としました。橋りょうを守るために市が破綻するのか、市を残すために橋りょうを減らしていくのか。頭が痛いです。」

維持管理の費用が膨らむ中で、自治体は十分な予算を割くのが難しくなっています。
市全体の予算は10年前と比べ、ほとんど増えていません。教育や福祉にかかる予算が3割以上増える一方で、土木は2割ほど減っています。

厳しい財政事情の中で、富山市が今年度、維持管理に確保できたのは7億円余り。国の補助制度を利用しても、およそ6億円が不足しました。

富山市 森雅志市長
「正直言うと不可能だと思います、すべてを更新するのは。それは橋りょうも道路もトンネルも(橋の)箇所数を減らすか、(修繕までの)時間を延ばすか、どちらかしかない。福祉や教育の予算を削って橋を架け替えるなんて、今の時代はできない。全部は救えない。」

“修繕もうからず” 業者が敬遠するワケ

全国に取材を広げると「修繕工事では十分な利益が得られない」と建設業者が敬遠している実態も見えてきました。
6年前、点検の義務化を機に、修繕工事に参入した中堅業者です。今回、匿名を条件に業界の内情を語りました。

建設業者
「補修工事の実績がこんな感じ。(見込みの)約半分ぐらい。非常に悪い。」

年間の売上実績は当初見込んだ額の約半分。想定外だったといいます。

課題の一つと指摘するのは、工事の適正価格を算出するため、国が大規模な工事を前提に定めた「積算基準」。多くの自治体が参考にしています。
仮に、重機を使って100平方メートルの修繕工事を行うとします。国の基準では、比較的大型の重機の利用を想定。1日50平方メートル、2日で作業が終わるとします。しかし、自治体の発注先の中には、大型の重機を持たない小規模な業者もあります。その場合、作業に時間がかかります。ところが、その分の機材費や人件費などは考慮されにくいのです。

こうした課題から、修繕を敬遠する業者が少なくないといいます。

建設業者
「非常にやりづらい。企業経営だけで考えると、それ(修繕工事を)やらなきゃいい。」

今回のアンケートからは、7割の自治体が、この5年で修繕工事の入札が成立しないケースがあったと回答しました。その数は1,200件以上になりました。

予算不足や業者の敬遠によって進まないインフラの修繕。笹子トンネルの事故を受け、2023年度までに修繕の完了を目標とした国は、この事態をどう捉えているのか問いました。

取材班
「このペースで本当に可能なのか、すごく疑問に思ってしまう。」

国土交通省 道路局 国道・技術課 道路メンテナンス企画室 清水将之室長
「全部できているのかというと、今のままではできていないと思います。これは我々も問題意識を強く持っていまして、財政面も、一つ一つのコスト縮減も、しっかり取り組んでいかなければ、もっと大変になるという思いは持っています。予算要求、確保に努めていきたいと思っています。」

いったん修繕したのに…新たな危機も

一方、修繕を行った現場でも新たな課題が生じています。老朽化が進み、一度修繕を行った富山市中心部の橋。

小山
「ここですか。横にひびが広がっていくような。」

富山市 植野芳彦政策参与
「中の骨材が膨張して悪さをする。将来的にはボロボロと崩れ落ちる。」

修繕したにもかかわらず、想定より早く劣化する「再劣化」と呼ばれる現象が起きているのです。

植野芳彦政策参与
「これが補修の跡ですよね。」

小山
「剥がれてしまう。手で剥がれるということは、もう補強の意味はないと。」

植野芳彦政策参与
「塗ったんですけど、こういうふうに割れてきて剥がれてしまう。」

同様の現象が相次ぐ富山市。修繕に必要な高度な技術が育っていないことが、原因の一つと見ています。

植野芳彦政策参与
「だから直しても直しても逃げられない。」

市のトップは、長年続いた維持管理の軽視が、こうした事態を招いているのではないかと指摘しています。

富山市 森雅志市長
「経済が右肩上がりであった時代は、どうやってしまっていくか、どうやって更新するか、どうやって壊していくかを考えないで造ってきた。今言ったようなことが相まって、隘路(あいろ)にみんな日本中が陥っている。」

“教訓生かして”遺族の願い

9人が犠牲になった笹子トンネル事故から、きょうで8年。娘を失った石川さん夫妻のもとに、先月(11月)トンネルを管理する企業が訪ねてきました。来春(2021年)開設予定の、安全啓発のための施設について説明を受けました。

夫妻が取り出したのは、この8年、手元に置いてきたかばんや名刺などの遺品。

佳子さん
「友梨の思いがね、私はここにいたのよって訴えているのかと思って。」

針が止まったままの腕時計。高熱の炎に3時間焼かれました。事故の教訓を伝えてほしいと、託すことを決めました。
石川信一さん
「財源不足と人材不足、それって当たり前じゃないですか。できない理由を言うんじゃなく、できなくてもやりましょうという姿勢になんでなれないのか。二度と人命を失うような事故を起こさないでいただきたいという思いを込めて託します。」

なぜ修繕は進まないのか?

武田:身近で欠かせない存在のインフラに潜む危機。事故から8年がたって対策が進んでいると思っていただけに、大きな衝撃を受けました。

小山:なぜインフラの修繕がここまで進まないのか。実は、日本はそもそも管理するインフラが多過ぎるという指摘があるんです。
世界各国がそれぞれ持っている公共インフラの資産額を足して出した額とGDPを比べました。そうしますと、日本だけが唯一100%を超えているんです。つまり、年間のGDPを上回るほどの膨大なインフラを抱えているということです。それらが老朽化すれば当然、修繕が必要になります。

ゲスト岩波光保さん (東京工業大学 教授)

武田:インフラの維持管理について詳しい、東京工業大学の岩波さん。これだけのインフラを抱えて本当に大丈夫なのかという恐怖すら感じるんですが、岩波さんはどう感じていらっしゃいますか。

岩波さん:心配されるお気持ちはよく分かります。今、インフラの量が非常に多いというお話もありましたけれども、インフラはそもそも、われわれの生活を安全に便利にするために造られているもので、日本はもともと非常に狭い国土で複雑な地形の中に人口密集地帯で生活をしているということで、たくさんのインフラを整備して、今、われわれの暮らしが成り立っているというところかと思います。一方で、これからの未来の社会を考えると、人口減少、それから過疎化といったことを考えますと、このインフラすべて維持管理できるのかというと、なかなか難しいというのが現状かと思っております。
では、維持管理をせずに、老朽化を放置した場合にどうなるかと考えますと、やはり事故が起こってしまったり、あるいは、われわれの生活が不便になってしまったり、あるいは防災・減災といったときを考えますと、防災施設が老朽化すれば、本来防げるはずの災害も防げなくなるといったことで、災害の規模がさらに大きくなってしまうというような懸念もあるかと思います。
本来われわれのために造ったインフラなんですけれども、結果的にこれがわれわれに対して凶器になるということも否定できないのかなと思います。

そして、このインフラの老朽化という問題が非常にゆっくり進んでいくということで、われわれが自分のこととしてなかなか考えにくいのかなというふうに感じています。

小山:すでに膨大なインフラが日本にはあるんですが、それにもかかわらず、日本はいまだに新規建設を重視するという傾向があります。

新規建設と維持修繕の工事額を比較したグラフです。笹子トンネルの事故があった2012年のあとも維持修繕は3割ほど。それに対して新規建設は7割ほどということで、新規建設重視の傾向がずっと変わっていないんです。

武田:予算や法律、また、そのほかのさまざまな制度が、この新しいインフラを造り続けることを念頭にできているという指摘もあります。このままでは本当に立ち行かなくなるのではないかという思いがするんですが、いかがでしょうか?

岩波さん:新規建設が多いというご指摘もありましたけれども、やはりまだ日本ではインフラが足りていない地域がまだまだあります。それから、日本は災害が非常に多い国で、最近さらに激甚化しているということで、その防災施設の役割がさらに重要になってきていますので、新たに造る施設はまだまだ必要だというのは疑う余地はないかと思っています。
一方で、今造ったこの施設を維持管理するということも当然大事なので、この維持管理をしながら新設もやっていくという両方をセットで考えていかなければいけないというのが、日本に課せられている非常に大きな課題なんだと思っています。
今まで、日本の社会の制度は予算、法律、契約、積算基準といったものが、どちらかというと新規建設を前提として作られてきたというのが実態かと思います。これからの維持管理がどんどん増えていく時代を見据えますと、やはりこの社会システムをメンテナンス重視、維持管理重視の時代に、やり方を変えていくという必要があると思っております。

武田:取材に当たった清木さん。国は、必要な修繕を3年後までに終えるということを目標にしているわけですけれども、誰が責任を持って行うんでしょうか?

清木まりあ記者(社会部 国土交通省担当):基本的には、国や自治体、それに高速道路会社、それぞれが自分の管理する場所について責任を持って修繕するということになっています。施設の数で言いますと、全体の9割以上が自治体が管理するものです。

ただ自治体の実情は、見ていただいたようにかなり厳しい状況です。こちらは修繕の着手率のデータです。

国が管理するものでは、すでに7割以上が修繕が始まっているんですが、自治体では3割ほどにとどまっています。国としては、修繕自体は管理者が担うべきという立場で、自治体に対して修繕費用に補助金を出したり、技術者の育成のために研修を行ったりという支援をしてきています。ただ、今回NHKで行ったアンケートですとか、現場の取材からは「やっぱり予算も技術者も圧倒的に足りない」という声が相次いでいましたので、少しでも自治体の修繕が前に進むように、国には抜本的な対策を起こしてほしいと思います。

小山:現実的には、すべてを修繕していくというのは難しくなっているというわけなのですが、自治体のアンケートでは、8割の自治体77.7%が「インフラを減らしていく必要がある」と回答しました。多くの自治体が、インフラの維持修繕に優先度をつけざるをえない、苦渋の自体に直面しているということも明らかになってきたんです。

武田:前例なきインフラの取捨選択が迫られる中で、すでに取り組みを始めた自治体があります。

客観性で“橋りょうトリアージ”

富山市では、インフラの集約も視野に入れた新たな取り組みを始めています。維持管理に優先度をつける“橋りょうトリアージ”。全国の自治体に先駆けた試みです。義務化された点検で判定する「健全度」に加え、「使用頻度」「地域特性」などを加味し、独自に必要性を4段階で評価。橋の維持管理に優先度をつけ、将来、撤去する可能性も含め方針を示します。

撤去の方針が決まった橋があります。建設後65年が経過し、老朽化が進んでいるため、通行止めになっています。
市が撤去の方針を決める上で参考にしたのが、第三者会議の意見です。優先度の判断に客観性を持たせるため、土木や社会分野の学識者など、外部の専門家で構成されています。

都市経営の専門家
「う回が可能な距離だっていうことと、あまり使われていない橋と判断してもいいのかな。」

市はこの取り組みを通じて、どこでも同じようにインフラを使うことは難しいと、住民に理解を求めようとしています。

富山市 森雅志市長
「市域のどこに住んでいても同じ水準の行政サービスが提供されるべきだという常識を、もうその常識では通用しない時代になった。(住民が)本当は不満足だけど、確かに優先度からいうと、うちの方の橋は低いよねっていうところまでは説得し続けていく。」

“逆転の発想”でコストダウン

一方、財源不足の中、発想の転換によって新たなインフラのあり方を模索しているのが、群馬県です。
県が管理する川の拡幅工事で必要になった10の橋の架け替え。その費用は総額およそ10億円と見積もられました。

群馬県 河川課 米山智雄次長
「そんなにコストをかけていいのだろうか。それに代わる代替案として、何ができるだろう。」

コストを抑えるために注目したのが、橋の密集する、このエリア。地元の人が農作業などで利用していましたが、3つを撤去することにしました。その代わりに新たに整備したのが、川沿いの舗装道路。この道を利用して隣の橋を渡れば短時間で移動できるため、逆に住民の利便性は高まったといいます。

橋を利用していた男性
「車だと3分か4分くらいで次の橋まで行けちゃいますので、無理に費用のかかる橋を造らなくてもいい。」

3つの橋の撤去で削減できた費用は、およそ2億8,000万円。県は発想の転換で、維持管理の費用を抑制しながらも、地域に合った新たなインフラの形を実現できたと考えています。

米山智雄次長
「今回うまくこのような形で住民の方に理解していただいたんですけども、何を残して何をすれば、未来、将来に、地域のためになるかを踏まえて撤去を考えなければいけない。」

これからの時代、インフラはどうあればいいのか、さらに深掘りします。

どうする?インフラの未来

武田:必要かどうかの議論に客観性を持たせることで、取捨選択を進めようという富山市。逆転の発想で新たなインフラを整備しながら、取捨選択を進める群馬県。2つのアイデアをご覧いただきましたが、岩波さんはこれをどう進めていけばいいというふうにお考えでしょうか?

岩波さん:もともと意味があって、理由があって造ったインフラですので、すぐに捨てるという選択肢はなかなかとりづらいと思っています。ただ、すべてのインフラをこれから管理していくことは難しい、あるいは不可能だということであれば、優先順位はつけざるを得ないのかなというふうに思っております。ただ、優先順位をつけるときにも、ただコストが下がるから維持管理費用を下げるためだけではなくて、インフラがそこにあるからこそのメリットとか、いいことがあるはずですので、そういうこともぜひ客観的な手法に基づいて判断してほしいと思いますし、インフラ1個1個を見ると、これはいいとかこれは悪いということになりますけれど、もうちょっと視野を広く持って、インフラ全体、あるいは社会・地域全体のことを考えた、本当にあるべきインフラというものを考えてほしいと思います。

武田:事故のご遺族の「できない理由を言うのではなく、やりましょうという姿勢になぜなれないのか」ということばが非常に胸に響きました。笹子トンネルの事故から8年、インフラのあり方を改めて考えないといけない、まさに岐路に立っていると私は感じたんですが、清木さんはどう感じましたか?

清木記者:危険性が高いインフラがこれだけ放置されている状況だということは、重大な事故がいつ起きてもおかしくないんだというふうに感じてしまいます。また、事故が起きてから考えるのでは遅いのではないかと思いました。
今回の取材で私たちは、笹子トンネルの事故のご遺族の方たちにお話を聞かせていただいたんですけれども、おっしゃっていたのは、重大な事故が起きないと意識が変わっていかないということへの“やるせなさ”でした。事故をきっかけに点検とか修繕は始まったものの、やはり、いまだにニュースで危険なインフラに関する話題を見ると、社会全体として維持管理というところの意識がまだ足りていないんじゃないかと感じるとおっしゃっていました。
インフラを取捨選択していくというのは難しいかもしれませんが、やはり維持できなければ私たちの安全が脅かされてしまうんだということを忘れてはいけないんだと強く思いました。それは国も自治体も、私たち自身も忘れてはいけない問題なんだと取材で感じました。

武田:私たちもこの事故の教訓というのを心に留めて、インフラというのは私たちの町そのものですから、その町の在り方を考えていかなくてはならないということですね。

岩波さん:今この瞬間もインフラがきちんとメンテナンスされて維持されているから、今われわれは安全で豊かな生活が送れているということですので、皆さんもこのインフラのメンテナンスというものにぜひ注目してほしいと、自分のことだと思って考えてほしいと思います。

武田:インフラというのは、まさに私たちの町そのもの、社会を映す鏡とも言えますよね。

岩波さん:インフラがあることで、われわれはこの社会を築いています。今この社会をどう安全にするかということももちろん大事ですけれども、50年後、100年後、どういう社会をわれわれは描いていくのか、そのときにどういうインフラが必要なのか、今何を造るべきか、何を残すべきか、何を管理すべきかというのをしっかり考えていく必要があると思っています。

武田:インフラというのは、まさに私たちの財産です。そして私たちの命を守るためにも、一人一人が関心を持って見つめていかなくてはならないと感じました。

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