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2020年6月2日(火)

“介護クラスター” 高齢者の命をどう守る?

“介護クラスター” 高齢者の命をどう守る?

全国で相次いで発生した介護施設のクラスター。新型コロナウイルスの感染者が減少する中でも、多くの施設が感染の危機に直面し続けている。なぜ“介護クラスター”が発生するのか。検証からは、「3密」を避けるのが難しく、食事や入浴など生活に欠かせない行為そのものが感染リスクとなる難しさが見えてきた。一方で、行政や医療機関が連携して介護施設を支える取り組みも始まった。「第2波」に備える意味でも重要な、高齢者の命を守るためのカギを探っていく。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

“クラスター” 検証から見えてきた対策のカギ

介護クラスターをどう防ぐのか。

先週、富山市にある老人保健施設で、行政や感染症の専門家などによる検証が行われました。
この施設では、4月から5月にかけて大規模なクラスターが発生。

「赤マルは陽性、右が陽性。」

「分かります、どうですか調子は?」

検証からは、感染が一気に広がり、死のリスクに直面してしまった実態が見えてきました。
最初に感染が確認されたのは4月17日。その後も感染者が相次ぎ、これまでに入所者と職員合わせて59人が感染し、9人が亡くなりました。

応援に入った 山城清二医師
「まさかコロナ感染症がそこで起こるとは思ってなかったようです。(施設に)入ったときは なかなかケアが行き届いていなくて、ちょっと混沌とした感じでした。」

施設での生活は3密を避けられず、感染を防ぐことが難しい課題も明らかになってきています。

検証チームが注目したのが食堂です。
毎日 およそ60人が集まり、4人1組となって、多くが食事の介助を受けていました。食事は入所者の楽しみで、時間になると食堂に向かうエレベーターの前には行列ができていたといいます。

もうひとつ注目したのが浴室です。
着替えや入浴のため、2人の介護士で1人の入所者を介助していました。週2回、この作業を1日数十回繰り返していたといいます。

また、この施設では入所者の3分の2に認知機能の低下が見られ、マスクや手洗いなど、感染予防を徹底することも難しかったといいます。

施設を運営する法人の理事長
「介護施設なので、どうしても密着するような状況。患者様もマスクをなかなかしていただけない。コロナ感染としての対応ができなかったのが、私の反省だと思います。」

一度クラスターが発生すると、負の連鎖が起きるリスクも分かってきました。
施設では日を追うごとに、介護士など、職員の感染が増加。濃厚接触者となった職員も出勤できなくなりました。

また、感染を恐れて出勤を控える職員もいました。通常20人程度のところ、3人で50人以上のケアにあたる事態となり、介護崩壊寸前の状況に追い込まれたのです。

応援に入った 山城清二医師
「清拭もされていない。最低限の食事と水分摂取。着替えも下着ぐらい。(介護崩壊)ギリギリのところでやっていて、一人が倒れたりなんかすると、恐らく崩壊していただろう。」

さらに追い打ちをかけたのが、全員を入院させたくてもできない状況が生まれたことでした。
富山市内では、2つある感染症の指定医療機関でも感染が相次ぎ、医療崩壊のリスクが高まっていました。

重症者以外は受け入れる余裕がなく、施設側も医療スタッフへの感染を避けようと、入所者全員を入院させることを断念。
軽症の入所者は、施設で診療と介護を続けることにしたのです。

応援に入った 山城清二医師
「認知機能が落ちている方が3分の2いて、治療以外で介護の面で手がかかると。そこの中で一番心配しているのは、院内感染等のリスクが高くなるのではないか。できる限り施設でみていこうということにしました。」

“クラスター”発生で…休業連鎖の教訓

クラスターの発生は、地域全体の介護サービスに深刻な影響を及ぼすこともあります。

広島県三次(みよし)市です。
4月、デイサービスや訪問介護などを担う事業者が次々に休業・縮小に追い込まれました。

広島県 湯崎英彦知事
「23件の新型コロナウイルス感染症患者が確認されました。クラスターだと認識しています。」

クラスター発生の中心となった介護事業所Aです。
小まめな消毒などに努めてきましたが、デイサービスを利用していた23人が感染しました。感染は他の事業所にも広がっていました。利用者がデイサービスや訪問介護など、複数の事業所のサービスを利用していたからです。最終的には、4つの事業所の利用者と職員、その家族など、合わせて39人の感染が確認されました。


影響は、クラスターと直接関わりのない事業所にも急速に広がっていきました。デイサービスや訪問介護を行う事業所です。クラスター発生のニュースを知った直後に、サービスの中止を決めました。

介護事業所 藤原愛美専務
「(クラスターが発生した施設の)利用者がどこを使っているかわからない。その方が どれだけ訪問介護をどこで受けているか伏せてあるので、わからないので、ストップする以外方法がない。」

今回、AとDは事業所名を自主的に公表したものの、BとCは非公表でした。多くの利用者が複数の事業所を利用する中、感染者がどこに行き、誰と接触したのかなどの情報は他の事業所には分からなかったのです。


行政が情報を伝えることも難しかったと言います。
感染者が出た事業所に、ひぼう中傷が続いていたことが理由の一つだとしています。

三次市 福祉保健部 牧原英敏部長
「個人情報のことであったり、どこまで公表していいか。そのとき、まだ明確な判断ができない状況もございまして、早い情報提供が、もっと取り組んでおけばよかったと思う。」

情報が共有されない中、最終的に市内の実に9割、58の事業所が自主的に休業・縮小する“休業連鎖”が起きたのです。


この地域の介護サービスの利用者や家族の暮らしには大きな影響がでました。

ひとり暮らしで認知症の症状がある、94歳の男性です。
週5日・1回1時間利用していた訪問サービスが、週2日・1回30分に縮小されました。

時間が限られるため、サービスは排泄物の処理や簡単な片づけのみ。食事を作ってもらうことはなくなり、レトルト食品や缶詰を食べる日々が続きました。

94歳 男性
「ヘルパーさんが訪問していただく回数が少なくなりました。私は1人暮らしですから、その面でちょっと困っている。」

サービスの縮小から2週間。
心配した娘が東京から駆けつけました。


「とても心配でした。何度も転倒していたし。」

しかし、このことが思わぬ事態を招きます。
感染が広がっていた東京から娘が来たことで、事業所がこの家に来るリスクを感じ、サービスが完全にストップしてしまったのです。


「ものすごく拒絶されたような感じです。とってもショックでした。」

介護クラスターの発生をどうすれば防げるのか、スタジオでさらに掘り下げます。

“クラスター”対策のカギは

武田:きょうは、東京都内で新たに34人の感染が確認されました。都は感染状況の悪化の兆候が見られるとして、都民に警戒を呼びかける“東京アラート”を出しました。感染拡大の第2波の到来が現実味を帯びてきている中で、どう備えていくのか。
もっとも大きな課題の1つが、介護の現場での集団感染対策です。取材で見えてきましたのは、いわゆる3密を避けにくい施設の構造。そして、情報が十分に共有されないことで地域全体の介護がストップしてしまうというリスク。さらには、感染しても施設の中で療養しなければならないという実態です。比較的 落ち着いている今のうちに手を打っておかないと、特にリスクの高い高齢者がさらに危機的な状況に陥りかねないと感じます。取材に当たった社会部の金さん。まず、施設内で いかに感染を避けるかというのがポイントですね。

金記者:はい。施設の構造上、相部屋であったり、食堂で一緒に食事をしたりもしますし、体を抱きかかえて移動させるといった具合に、介護そのものが密着する機会が多く、やはり感染のリスクはあります。今、一般的に3密を防ぐ“新しい生活様式”を取り入れ始めていますが、介護施設ではなかなか難しいという声が上がっています。

だからこそ、マスクや防護服などの衛生用品が重要なんですが、いま不足しているという施設も出ています。
先月、専門家が行った調査結果です。今後 求められる支援について聞いたところ、8割近い事業所が防護物資の優先的な調達を挙げていました。国や行政が介護施設に対し、一刻も早く配付する仕組みが求められていると思います。

武田:さらに、広島のケースで見えてきたのは情報共有の課題ですね。これはどう考えていけばいいんでしょうか。

金記者:施設名を公表するかどうかといった判断は、自治体によってばらつきがあります。公表できない背景には、感染者が出た施設や職員が差別や偏見を受けるのではないかといった懸念があるからなんです。実際に私が取材した施設でも、職員が偏見を受けて子どもを保育園に通わせられない、あるいは、家族などに止められて出勤ができないといったケースが出ていました。ただ、例えば介護業界の関係者だけに施設名を伝えるなど、できる限りの情報共有を進めるといった工夫もすべきだと思います。

武田:差別や偏見というものが情報共有を阻む要因だということですけれども、これは、私たち一人一人も含めて社会全体でなくしていかなければならない課題ですね。
そして、富山のケースでとりわけ深刻だと感じましたのが、施設の高齢者が病院に入院できないということです。なぜこのような事態になっているんでしょうか。

金記者:本来、高齢者は重症化しやすいので、軽症であっても入院することが原則となっています。ところが、病床がひっ迫していて足りないとか、要介護の人を十分にケアできないなどといった理由から、病院に受け入れてもらえないケースが出ているんです。介護施設は医療設備も整っていませんし、医師も24時間常駐していないというところも多いので、病状の見極めが遅れて重症化してしまったという事態も起きています。加えて、介護施設には行政の支援も届きにくいので“孤立化”しているという実態もあるんです。

実際に現場で、「私たちは社会から見捨てられてしまったのではないか」という悲痛な思いを訴える職員の声も聞かれました。

武田:その施設の孤立を防ぎ、どう高齢者の生活と命を守るのか。
キーワードは「医療との連携」です。

医療と連携 施設の“孤立”を防げ

入所者と職員47人のクラスターが発生した、都内の介護施設です。
感染した入所者を受け入れてくれる医療機関を探しましたが、軽症者の入院先は見つかりませんでした。今も防護服での介護が続いています。

北砂ホーム 介護士
「防護服の装着のしかたも分からない状態で、戸惑いから始まりまして。」

患者を介護しながら、感染拡大をどう食い止めればいいのか。
この施設が進めているのが、医療機関との連携です。
同じ系列の病院に応援を要請。医師や看護師のチームが、当面の間 派遣されることになりました。

この施設に派遣された、医師の白石廣照さんです。
白石さんたちがまず取り組んだのが、感染者の早期発見です。
無症状の場合、保健所で受けにくかったPCR検査を、検査会社の協力を得て、全員に実施。その結果、入所者のおよそ半数が陽性で、感染はすべてのフロアに広がっていることが分かりました。

これを受けて白石さんたちは、陽性の人と陰性の人の動線を分けるゾーニングを徹底。2階を感染者専用のフロアとし、すべての患者を隔離して、階をまたいだ行動を制限しました。

あそか病院 白石廣照医師
「全員PCR検査をやって、感染病棟としてPCRの結果が出た当日に(ゾーニングを)すぐやりました。」

さらに、介護を続ける職員のためにリスクの高い場所も明示。防護服を着脱する場所を指定し、感染の防止を図っています。

連日、入所者の診察を続ける医師や看護師たち。わずかな異変を病歴などと照らし合わせ、感染の兆候をいち早くつかもうとしています。
施設が病院のような役割をできるだけ担うことで、高齢者の命を守る取り組みが続いています。

「がんばろうね。もう少しだからね。」

あそか病院 白石廣照医師
「軽症者であれば、一般病棟と同じように対応できるんじゃないか。今まで前例が、自分の知っているかぎりはない。野戦病院的な存在。」

さらに、この施設は集団感染の発生で職員が不足する事態に対応するため、他の介護施設との連携も強めています。
当初、感染者と濃厚接触した職員などが出勤できず、45人のうち6人しか働けなかったこの施設。行政に支援を依頼しましたが、すぐには対応してもらえなかったといいます。
そこで、もともとつながりのある都内や関西の施設に広く応援を要請。13人の職員が駆けつけ、介護を続けることができたのです。

北砂ホーム 施設長
「本当に協力ラインがなかったら、介護崩壊はもっと前に起きていました。安心して仕事ができるという担保がなければ、みんな逃げ出してもしかりだった。そこは、しっかり今後につなげていかなくちゃいけないのかなと。」

施設の“孤立”を防げ 行政がつなぐ

新たな模索は、59人のクラスターが発生した富山市の老人保健施設でも始まっています。
医師や看護師、合わせて10人以上が派遣され、対応にあたっていました。

「だいたい陽性者が多い。ここで重症か判定して、日曜日に(病院に)4人送って2人亡くなって。」

この支援を主導したのは行政です。
医療機関などと連携して、施設に必要な人員を派遣する仕組みを作りました。
介護施設でクラスターが発生した場合、行政が医療機関に医師や看護師の派遣を要請。マスクや防護服などの物資を調達したうえで支援にあたります。さらに、介護職員の応援も。介護の協議会と連携して職員を募集し、法人間の垣根を越えて派遣します。

富山市 福祉保健部 酒井敏行部長
「こういう問題(クラスター)が起きると、横のつながりが いかに重要か。お互いに顔の見える環境を整えておくことが大事。」

行政は、応援職員のためのさまざまな支援策も打ち出しています。
宿泊施設の確保や無料のPCR検査など、応援に入りやすい環境を整備。取り組みの結果、この介護施設には県内各地から9人の介護士が集まりました。

応援に入った介護士
「心配する声はあったんですが、家族もバックアップがあることを理解してもらえたので、最終的には『頑張ってきてほしい』ということで送り出してもらいました。」

地元の介護団体の代表は、行政主導のこの取り組みに期待を寄せています。

富山県 介護老人保健施設協議会 浦田哲郎会長
「行政の方にイニシアチブをとってもらって、みんなで協力するんだと。防護服なんかもばっちり用意しとくとか、そういうこともやれるようになれば、初期の対応とか変わってくるのではないか。」

孤立しがちな介護施設の支援策。
このあと、さらに考えていきます。

“クラスター”対策 いますべきこと

武田:富山の取り組みを見てみますと、病院やほかの施設との連携を確実にしていくためには、行政がリーダーシップをとっていくということが重要なんですね。

金記者:そうですね。特に比較的規模が小さい施設ですと、行政が間に入らないと、病院やほかの施設との協力体制を整えるということがなかなか難しいという面があるんです。一方で現状を見てみますと、行政が介入し切れていないんじゃないかという声もあるんですね。特に保健所は検査などで ひっ迫していましたので、施設の人手の確保であったりとか、物資の支援、入院先の調整など、そこまで なかなか手が回らなかったというのがありました。ですから、行政が主導する、この富山モデルについては国もノウハウを広げていきたいとしていますが、もっと早くできなかったのかという実感は取材をしていて思いました。また、本来 望ましいのは、軽症でも高齢者は入院するということですので、介護が必要な高齢者を病院で受け入れられる体制づくりというのは引き続き求められると思います。

武田:それから東京の施設では、急速な感染拡大に備えて、独自にPCR検査を行っていましたね。やはり検査の拡充も、とりわけ高齢者の施設ではカギになるということですね。

金記者:そうですね。検査の拡充は感染者の早期発見につながります。今は感染者が出ても、必ずしも同じ施設の人全員がすぐに検査を受けられるというわけではないんです。これについて専門家は、感染が確認された施設で素早く検査を受けられる仕組みを国や行政が整えるべきだと指摘しています。

淑徳大学 鏡諭教授
「(介護)施設にまずPCR検査を受けられる体制を作ることが重点ポイントとして、優先的にやらなくてはいけない。医療の受け皿、PCR検査であるとか、受け皿がきちんと整っていれば対応に混乱することはないと思う。」


武田:PCR検査については、これまでも課題が指摘されてきたわけですけれども、とりわけ介護の現場では命に直結するということになりますね。

金記者:この検査については30分で調べられる抗原検査も承認されましたので、今後の活用が期待されると思います。また、政府の専門家会議でも、クラスターが発生した施設では入所者や職員に対して、どんどんPCR検査を進めていくべきだといった提言もなされました。介護施設での感染を抑えることというのは、多くの人の命を守ることにつながります。ですから、第2波に備えた対策では特に力を入れるべきポイントだと思います。これまで施設の努力に頼る面が大きかったのですが、いつ、どう感染が拡大するか分からないので、やはりここは国や行政が主導して、今すぐ強化すべきだと思います。

武田:お伝えしていますように、きょう東京都内では新たに34人が新型コロナウイルスに感染していることが確認されました。1日の感染の確認が30人以上となりますのは、先月5月14日以来19日ぶりということになります。都は感染状況の悪化の兆候が見られるとして、都民に警戒を呼びかける“東京アラート”を出しました。再び地域で感染が拡大すれば、真っ先に脅かされるのは高齢者の命です。私たち一人一人も命を守るために、感染を防ぐ行動をしていくべきだと改めて感じました。