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2019年12月17日(火)

幼保無償化 現場で何が
~少子化対策をどう進める~

幼保無償化 現場で何が ~少子化対策をどう進める~

10月から始まった「幼児教育と保育の無償化」。子育て世代の負担を軽減することで少子化対策につなげようと、多額の予算があてられる。保護者からは、「無償化をきっかけに働きに出られるようになった」など、歓迎の声があがっている。その一方で、保育の現場からは、「保育士不足なのに預かる子どもが増えて手が回らない…」という戸惑いも。また、税収が多い一部の自治体では、無償化にともなう費用を負担する必要があり、これまでのサービスの見直しを迫られるケースも出ている。“幼保”無償化から2ヶ月。いま何が起きているのか。可能性と課題を考える。

出演者

  • 中室牧子さん (慶應義塾大学 教授)
  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

開始2か月半 見えてきた効果と課題

無償化をきっかけに働き始める母親が増えています。
酒井久美子さんと4歳の長女、理紗ちゃんです。
これまでは高い保育料が壁となり、子どもを預けて働くことは諦めていましたが、13年ぶりに復職できました。

酒井久美子さん
「このきっかけがなければ、そのまま働かずに家で主婦の仕事をしていたかもしれない。感謝ですって気持ちで、今はいます。」

無償化で対象になるのは、酒井さんのように、原則3歳から5歳までの子どもがいる世帯です。財源は消費税の増収分のうち、年間およそ8000億円。これまで保護者が払っていた保育料が、自治体を通じて税金で賄われるようになりました。子育て世代の経済的負担を軽くすることで、少子化対策につなげるのがねらいです。

働く親の増加とともに、“延長保育”を利用する家庭も大幅に増えました。
通常の保育料を負担する必要がなくなったことで、延長料金を払ってでも働きに出たほうがメリットがあると考えているからです。
この保育園では、以前は40人程度でしたが、今では60人以上を預かる日も少なくありません。
こうした中で問題が。
保育士の数は増えていないため、一人一人が見守りに今まで以上に気を遣わなければならなくなったのです。

保育士
「ちーちゃんがいない!ちーちゃん。あれ…?」

3歳の女の子の姿が見当たりません。
クラスに戻ると。

保育士
「いるよここに。」

保育士
「いたいた!」

部屋の中で発見。ひやりとする場面が増えたといいます。

保育士
「やることも多いし、子どもの数が増えると目が届かない。大変ですね、やっぱり。」

無償化を機に強まる現場の負担。保育士たちは危機感を抱いています。

保育士
「やっぱり人数が多いと、(水を)こぼしたりとか、いろいろトラブルが発生するのでね。」

保育士
「今までやってあげられたことが出来なくなってきて、結局、保育の質が落ちてくると思うんですよ。」

等々力保育園 鹿島しげみ園長
「もう1人配置した方がいいと思っている?」

保育士
「そうですね。」

“保育士を増やしてほしい”という切実な声。
しかし、簡単ではありません。
保育士不足は年々深刻化。有効求人倍率は直近で3倍を超え、全職種の平均をはるかに上回っています。


等々力保育園 鹿島しげみ園長
「パートの募集をしているんですけれど。」

連絡したのは、保育士専門の人材派遣会社。ハローワークなどでは見つけることができなくなり、利用し始めました。紹介料は、1人あたり最大100万円。少しでも早く人手を確保するためには、やむをえないといいます。

等々力保育園 鹿島しげみ園長
「週に3日ぐらいで、お願いできないかと思うのですが。」

しかし、給与や労働条件で折り合う人はなかなか見つかりません。
60年にわたって地域の子どもたちを受け入れ、手厚い保育を心がけてきたこの保育園。どうサービスを維持していくのか、頭を悩ませています。

等々力保育園 鹿島しげみ園長
「(無償化が)スタートしてしまった。でも、現場が混乱している状態です。その場、その場に追われている状態なので、最終的には子どもたちに影響してしまう。すごく懸念するところです。」

保育士不足なのに離職者も…

無償化について、NHKに寄せられたメール。
これまで保育現場にあった課題が、さらに深刻化したという声が相次ぎました。

広島 保育士(48)
“低賃金。増えるばかりの事務処理。心底疲弊する毎日。”

大阪 幼稚園教諭(42)
“無償化で預かり保育の子どもが増え、仕事が倍増。私たちを助けてください。”

寄せられた200通のうち、3分の1が窮状を訴える保育士などの声でした。

こうした厳しい実態が保育士の離職にもつながっています。
関西地方の認可保育所で働く、20代の女性です。手取りは16万円。責任の重さに見合わない待遇に限界を感じていました。

認可保育所の保育士(24)
「頑張りたいけど、もう保育士として頑張り続けるには限界があると思いました。」

無償化のあと、この女性が働く保育所でも子どもを夜遅くまで預ける保護者が倍増。保育士の余裕がなくなり、子どもにきつくあたってしまう場面を見かけることが増えたといいます。女性は今、保育士を辞めようと考えています。

認可保育所の保育士(24)
「保育の質もガタガタ。忙しいからみんなピリピリしてくる中で、子どもたちもつらく当たられる。子どもたちに、自分もきつく当たってしまうところがあって、年内にはもう辞めさせてもらおうと思って。」

待機児童対策にも影響が!?

無償化が拍車をかける保育士不足。
待機児童対策の見直しを迫られる自治体も出てきています。

全国の市区町村で、待機児童数が4番目に多い岡山市。無償化が始まった10月の入園希望者は、去年に比べ118%と大幅に増加しています。

ところが、すべての希望者に対応するだけの保育士が確保できず、待機児童が解消するめどが立っていません。
この園の定員は135人。本来なら、まだ20人以上受け入れられるはずですが、そのためには保育士が7人足りません。
園長の宮川洋子さんです。

こじかこども園 宮川洋子園長
「これが、求人関係の今年度の募集をかけている資料です。」

保育士を確保したいと、賃金を市内トップクラスにしたり、残業を減らしたりするなど待遇改善を進めてきました。

しかし、状況は一変したといいます。
去年までは、新卒採用の募集に必ず応募がありましたが、無償化がスタートしたことしは全く反応がないのです。

こじかこども園 宮川洋子園長
「保育士養成校にも(求人が)県外から来ていて、県外、県外、県外、県内、県外、県外、県外、県内、と言うぐらいな感じで、県外から相当数の求人票が来ていますので、県をまたいでの争奪戦という現状ですね。」


今、市は待機児童解消に向け、さらに厳しい状況に直面しています。

この5年で市内57か所に保育施設を開設し、およそ5000人分の新たな受け皿を整備してきました。しかし、保育士が足りず、およそ3割の保育施設で、子どもを定員いっぱいまで受け入れられずにいます。

岡山市は、849人だった待機児童を2年かけて353人まで減らしました。ところが、無償化が始まった10月、増加に転じてしまったのです。来年4月、待機児童ゼロを目指していましたが、その実現は難しくなりました。


先月設けられた、来年度の入園に向けた申し込み窓口。人波が途切れることはありませんでした。

「2歳と4歳ですね。(保育園に)通っていなくて、幼稚園も落ちてしまった。今度は入れなかったらどうしようかなと思う。」

「全然入れないって聞いています。働きたいですね。働かないと。困るな。」


今月4日。
市内の園長会の代表が市役所を訪れました。保育士を確保するための支援制度を充実してほしいと要望したのです。岡山市は、今年度で終える予定だった、賃金を上乗せするための補助金の継続と増額を検討せざるを得なくなっています。

岡山市 大森雅夫市長
「(補助金の)継続はもちろんのこと、上乗せも考えていく必要があるのではないかと。1人でも子どもを受け入れられる環境作りが、どうしても必要だ。」

開始2か月半 見えてきた効果と課題

武田:今回の無償化で、どのくらいの人が恩恵を受けているのか。全国の保育所や幼稚園に通っている3歳から5歳の子どもたち300万人の利用が見込まれています。世帯の収入などによって違いはありますが、認可保育所の平均では月額3万7000円ほど負担が軽くなる計算になっています。

取材した間野さん。2か月半がたち、無償化の効果がある一方で課題も見えてきてますよね。

間野記者:どれくらいの効果があったのかというのは、まだ始まったばかりで全国的なデータというのはありませんが、今回取材した保育園では、実際に働き始めた母親は増えていて、無償化で助かっているという声も多く聞かれました。ただ、これまでの問題への対応が十分に行き届いていない中で無償化が始まったことで、保育士不足や待機児童といった問題が改めて浮き彫りになってしまったと感じています。NHKに寄せられたメールの中には、保育士からの辞めたいという声が複数届いただけでなく、保護者からも、保育士の負担が増えることで結果的に保育の質が低下してしまうのではないかという懸念の声もありました。

武田:今回の無償化ですけれども、認可か認可外かなど、施設によって安くなる保育料に違いがあります。間野さん、こうした点に現場ではどんな声が上がっているんでしょうか?

間野記者:子どもたちが通う施設には、このほかにも幼稚園など、さまざまな施設があります。一口に無償化といっても、通っている施設や親が働いているかどうかで安くなる保育料には違いがあり、実際は全員の保育料が無料になるというわけではありません。待機児童問題などで希望の保育施設に入れていないという子どももいるので、子どもの目線で見たときに不平等なのではないかという声もありました。こうした現状を知ってほしいと、VTRで紹介した保育所は取材に応じてくれました。

武田:教育経済学が専門で、政府に対して社会保障の在り方の提言を行っている中室さん。中室さんはこの制度の評価できる部分として、どんな点を挙げられますか?

ゲスト 中室牧子さん(慶應義塾大学 教授)

中室さん:我が国は少子高齢化が進んでいますので、どちらかといえば高齢者に対して資源配分が偏るということが指摘されてきたわけですけれども、やはり若い世代に対して、しっかりと投資をしていこう。こういうメッセージが国民に対して広く浸透したとしたら、それは極めて重要なことなんじゃないかなと思うんです。

武田:それは、どんな効果を生むんでしょう?

中室さん:経済学は教育というのを投資だととらえているわけですが、この投資には外部性があります。すなわち、教育を受けた人の収入が上がって税収が増える。犯罪率が減って治安がよくなる。あるいは、次世代の健康とか教育がよくなるとかいうような、教育を受けた本人だけじゃなくて、社会全体としてメリットがある。これが教育の外部性ということですから、やはり、若い世代への投資の重点化というのは社会全体にメリットがあるということだと思います。

武田:メリットがあるんですけど、現場ではいろんな問題点が出てきているということで。保育士不足や待機児童について、国はどう捉えているのかを内閣府に聞きました。
まず、保育士不足に対しては処遇改善が重要だとして、この6年間で月額3万8000円。また、おととしからは技能や経験に応じて、最大月額4万円の処遇改善を実施してきました。さらに今回の無償化に合わせて、今年度から月額3000円相当の処遇改善も実施しています。さらに、待機児童についてですけど、来年度末までの3年間で32万人分の受け皿の確保に取り組んでいるということです。

中室さん、国はこうした対策を講じたうえで無償化を行っているわけですけど、それでもまだ問題が起きている。これはどういうことなんでしょう。

中室さん:国は一生懸命やってくださってると思うのですけれども、例えば、保育士の処遇改善ということでいえば、こうした処遇改善が園や施設のほうで止まってしまっていて、実際の保育士さんの賃金に反映されてないんじゃないかという指摘があったり、あとは保育の受け皿に関していうと、この32万人というのは国の推計なんですが、民間のシンクタンクの推計では90万人という推計もあります。先ほどのVTRにもあったように、例えば、預かり保育が増えているということだったり、潜在的な待機児童がいるということで、受け皿が十分ではないのではないかというような指摘もあります。

武田:さらに今後、見ていかなければいけないということですね。

住民サービスに思わぬ影響…

武田:今回の無償化に充てられる予算はおよそ8000億円ですが、これを国がすべてを賄うのではなく、一部は自治体が負担します。そのことによって、無償化以外の住民サービスに影響が出るのではないかと懸念する自治体もあります。


来年度、無償化によって生じる新たな財政負担に頭を悩ませている自治体があります。

埼玉県和光市。
東京のベッドタウンとして、子育て世代が増えています。保育所の整備などに力を入れ、保育関連費用は歳出のトップ。10年前の倍以上に増やしています。無償化によって、さらに歳出が増えることになります。

来年度の無償化にかかる費用を試算しました。私立の保育所に7000万円。公立で1億1000万円。最大3億円になる計算です。

こうした費用について、国は地方自治体に入る消費税の増収分で賄うことを念頭に置いています。仮に増収分を上回っても、交付税で補填(ほてん)するとしています。
しかし、和光市など財政力のある自治体は、ある問題に直面しています。不足分が補填されず、赤字になる恐れが出ているのです。

和光市 保育サポート課 中野陽介課長
「市が負担しなければならない項目もあるので、私たち自治体にとっても、神経を使う仕組みになっている。」

無償化の費用を増収分で賄えるのか、確認することにしました。

和光市 保育サポート課 中野陽介課長
「全体で見ますと、約3億円増加する見込みになっていまして。」

和光市 財政課 櫻井崇課長
「結構な額がかかりますね。」

和光市 保育サポート課 中野陽介課長
「そうですね。」

和光市 財政課 櫻井崇課長
「できるだけ精査して、予算要求させて頂きたいと思います。よろしくお願い致します。」

財政課の資産では、消費税の増収額は1億2000万円。1億8000万円の赤字になることが分かりました。その分は全額、市の予算から捻出しなければなりません。

和光市 財政課 櫻井崇課長
「自主財源をもって措置することになりますので、その影響はでかいと考えています。」

和光市では当初、消費税の増収分を高齢者や障害者施策の充実にも充てようと考えていました。しかし、無償化にすべてを使っても、なお赤字が出ることから、今後どのように住民サービスを行うのか難しいかじ取りが求められています。

埼玉 和光市 松本武洋市長
「われわれ特に首都圏はみんなそうですけれども、高齢化と子どもの施策と両方同時に戦っていますので、毎年なんらかの財政的な引き締めをやって、捻出して対応してきたわけですね。また全体的に引き締めなければならない。」


待機児童数470人と全国で最も多い東京・世田谷区。無償化によって、和光市を上回る3億円の持ち出しが出ると試算しています。無償化による赤字の負担と待機児童対策とを、どう両立させていくのか、課題に直面しています。

東京 世田谷区 保坂展人区長
「保育待機児童対策について、待機児童解消まで、まだ悪戦苦闘していますから、そこで(国は)手を緩めないで欲しい。制度設計されると、その矛盾が自治体に押しつけられてくる気がします。どこがどのように至っていないかということは、逆に現場を運営している、われわれがしっかり言っていく役割を持っている。」

財源限られる中どうしたら…

武田:中室さんは、和光市の少子化対策にも関わってらっしゃるということですけれども、自治体のどんな悩みを感じていらっしゃいますか?

中室さん:和光市は従来、保育の質というのを高めることに非常に熱心に取り組んでおられた自治体だと思います。ところが、今回、幼児教育の無償化が行われて、保育の質を向上させるための事業の予算の一部を無償化のほうに回さなければならなくなった。さらに、市長もご指摘になっておられましたけど、例えば高齢者や障害者のように、従来は市の政策として、市の実情に応じて重点配分をしてきたという施策についても、その一部を幼児教育の無償化に回さなければならなくなったということですから、本来、市がやるべき事業の一部が無償化のほうに転じてしまったという印象を持ちますね。

武田:自治体はこれから来年度の予算編成の時期を迎えてくるわけですけど、今、具体的にどんな難しさが見えてきているのか。間野さんが取材で感じている課題は、この2つですね。

間野記者:まず1つ目ですけど、自治体の財政負担についてはVTRで見てきた保育料というところだけではなく、ほかにも自治体が持ち出して対応しなければならない可能性が出てきています。
例えば、保育士を確保するために国の処遇改善に上乗せをして、独自に賃金補助を行っている自治体では、さらに増額の検討が求められています。
また2つ目ですが、無償化に伴い、保育所などでは自治体への申請など、新たな事務作業というのが発生していて、その負担が重いという声が上がっています。そのため、事務作業を外部に委託する費用を自治体に負担してほしいと現場から要望が上がっているところもあるため、さらに支出が増える可能性があるんです。

武田:これについて内閣府は、自治体の財政負担などの課題について、国と地方で役割分担をすることが基本。国と地方がよく連携して進めるとしています。この事務負担が大きいという現場の声に対しては、今後、必要に応じて対応を検討するとしています。そのうえで、地方自治体とは、引き続き無償化に関する協議の場において、さまざまなレベルで意見を丁寧に聞きながらPDCAサイクルを回していく。つまり政策を実行しつつ、検証を続けるという考えを示しています。

国は今後2年をめどに見直しを検討するということになっていますけど、中室さん、財源が限られて国の借金も増え続けています。そうした中で、こういった高齢化、障害者施策、さらには少子化対策にも対応していかなければならないということですよね。この制度を見直していくうえで、どんな視点が必要とお考えですか。

中室さん:私は、やはり保育の質ということが極めて重要になってくるのではないかなと思います。私たちの研究者グループは、研究の過程でたくさんの幼稚園や保育所を訪問させていただくんですけど、その中で、例えば絵本や遊具が、予算が厳しいので非常に少ない保育園や幼稚園を見ることがあります。ですので、8000億円という大きなお金でありますので、無償化だけではなくて保育の質を高めるという方向で、もっと支出をできないものかと思いますね。

武田:例えば、今おっしゃった保育園のさまざまな施設とか、あるいは保育士さんの処遇についてもですか?

中室さん:おっしゃるとおりです。保育士さんが足りていないとか、求人をしても集まらないということを考えると、もっと保育士さんの待遇を直接的に改善していくのは意味があると思いますし、それもまた、保育の質に資するのではないでしょうか。

武田:私は子どもがすでに大きくなってしまいましたが、少子化対策というのは社会の持続性を左右する全世代が関係することですよね。未来への投資ですよね。

中室さん:全世代型社会保障という言葉が出てきていますけれど、高齢者だけでなくて、若者世代にも投資して、これが将来、高いリターンを生んでいくようにしていくことが重要だと思います。

武田:私のような世代も無関係じゃないと。

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