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2019年11月5日(火)

香港デモ“持久戦”の行方は?~市民vs政府 最前線で何が~

香港デモ“持久戦”の行方は?~市民vs政府 最前線で何が~

5か月近く続く香港の抗議活動。政府に対して市民が徹底抗戦を続ける一方で、様々な“変化”が起きている。デモを呼びかける若者などが襲われる事件が相次ぎ、デモへの参加をためらう市民や、香港から離れようとする市民が出始めているのだ。抗議活動の長期化で、経済成長率が10年ぶりにマイナスになる見通しも示される中、香港の行方はどうなるのか、最前線への取材で迫る。

出演者

  • 興梠一郎さん (神田外語大学 教授)
  • 武田真一 (キャスター) 、 合原明子 (アナウンサー)

最前線ルポ 弱まらぬ圧力 経済に影響が…

合原:きのうのデモで大きな被害を受けた駅ですね。閉鎖されています。

過激な破壊活動で、市民生活にも影響が出ている香港。地下鉄の駅では、壁や窓が次々に壊されています。

合原:このお店も被害に遭ってますね。一面、落書きがされていまして、シャッターも閉められた状態です。

中国系企業や、親中派とみなされた店舗も攻撃の対象となっています。
こうした過激な抗議活動とは一線を画してきたデモ行進にも、異変が起きています。

香港ケーブルTV キャスター
「民陣の代表である岑(しん)さんが襲撃されました。」

デモを主催してきた民主派団体の代表、岑子杰(しんしけつ)さんが、先月4~5人の男に突然、襲撃されたのです。
私たちが岑さんを8月に取材したときには、親中派の厳しい批判にさらされながら活動を続けていました。

親中派
「デモで店の邪魔をしないでくれ。どこかへ行ってくれ!」

民主派団体 代表 岑子杰さん
「ここまで問題を大きくしたのは、政府のほうじゃないか。」

親中派
「香港には、お前みたいなゴキブリはいらない。」

民主派団体 代表 岑子杰さん
「デモを一度やめたら、再び民主主義のために戦えるか心配です。一致団結して、みんなで戦っていくしかないのです。」

岑さんのけがは、頭部数か所を縫い、歩行も困難になるほどの重傷。犯人は今も捕まっていません。
退院後、電話インタビューに応じた岑さんは、今の不安な心境を打ち明けました。

民主派団体 代表 岑子杰さん
「突然、背後からハンマーで数人に襲われました。恐怖に直面しているのは、私だけではありません。多くの香港の人が、恐怖の中で生きています。」

先週、中国政府は香港への圧力を、より一層強化する構えを見せました。共産党の重要会議で、香港への統制を強める方針を示したのです。

中国 高官
「中国政府が香港を全体的に統治する法制度を、さらに整備していく。」

香港政府も、締めつけを強め続けてきました。先月には、議会の同意なしに行政長官の権限で、あらゆる規則を作れる「緊急状況規則条例」を発動。

香港 林鄭月娥 行政長官
「香港はいま、混乱と恐怖に陥っている。この条例の目的は、暴力をやめさせ、秩序を回復することにある。」

マスクを着けて抗議活動に参加することを違法とする、「覆面禁止規則」を制定したのです。
中国共産党系メディアの編集長は、こうした対策が着実に効果をあげているとみています。

中国共産党系メディア「環球時報」 胡錫進 編集長
「香港の騒ぎは、中国全土に飛び火さえしなければ、小さな問題に過ぎません。ほとんどの香港人はわかっているはずです。弱者は強者にかなわないことを。」

徐々に追い詰められる市民たち。デモから遠のく人も現れています。
香港の自由を守りたいとして、毎週のようにデモに参加していた、この男性。今では自分や家族の安全を考え、デモへの参加をちゅうちょするようになったといいます。

男性
「いま警察の取り締まりは、常軌を逸しています。私には家庭があります。私に何かあったら、家族は路頭に迷ってしまいます。」

さらに、住み慣れた香港を離れようという人も増えています。
石靄静(せき あいせい)さん。小学生になる2人の娘を育てています。香港で生まれ育った石さん。一定の自由が認められた社会に、可能性を感じてきました。しかし、中国本土の影響力が増す香港で、子どもを育てるのは不安だと、マレーシアへの移住を決めました。

マレーシアへの移住を決めた 石靄静さん
「香港はふるさとです。移住など考えたことはありませんでした。でも、子どもたちの将来を考えると、一歩踏み出すしかありません。」

長引く抗議活動は、香港の経済にも深刻な影響を与えています。先週、香港政府は、ことしの経済状況が極めて厳しいという見通しを公表しました。

香港 林鄭月娥 行政長官
「極めて厳しい経済状況で、マイナス成長となる可能性が高い。」

1997年の返還後、マイナス成長となったのはアジア金融危機とリーマンショックのときの2回だけ。今回マイナス成長となれば、10年ぶりの事態です。

デモが本格化したあと、旅行客も激減。株価指数が一時、大幅に下落しました。これを機に、中国系の資本が香港の株や不動産を買い入れる動きが加速するとの見方が、専門家の間で広がっています。

評論家 陶傑さん
「中国が狙っているのは、自らの資金力で香港経済を少しずつ侵食し、最終的に管理下に置くことです。株や企業の買収を進めて、不動産・金融・保険などの業種に徐々に入り込むでしょう。」

長期化するデモは、世界中の投資家や経営者にとっても懸念材料となっています。
先月下旬、ロンドンで開かれた経済会議。世界中から3000人以上の中国系の経済人が集まりました。

「みなさまの事業の成功を祈って、乾杯!」

日本の経団連にあたる香港中華総商会の会長、蔡冠深(さいかんしん)さんです。会議の冒頭でアピールしたのは「香港の自由主義経済は今後も安泰である」ということでした。

香港中華総商会 蔡冠深会長
「香港は、自由貿易を推奨しています。世界で最も自由な経済エリアです。」

しかし、会場では香港経済の先行きを不安視する声が相次ぎました。

参加者
「香港問題は大丈夫ですか?」

香港中華総商会 蔡冠深会長
「少し時間がかかりそうです。」

参加者
「終わりが見えないので、非常に心配しています。」

参加者
「香港はビジネスに最適な場所でしたが、今や、みんな避けています。」

強気な発言をしていた蔡さんも、このままでは“アジアの金融センター”としての香港の地位が失われるのではないかと、危機感を募らせていました。

香港中華総商会 蔡冠深会長
「もし、香港への信頼が揺らぐことになれば、香港から資金が撤退してしまうかもしれない。それが最も大きな懸念です。とにかく短期間で、香港社会の治安を取り戻すことが大事です。」

こうした中、一部の若者の間で、ある言葉が急速に広まっています。

攬炒(ラムチャオ)=“死なばもろとも”

このまま自分たちの自由が侵されていくのならば、香港の社会も一緒に壊してしまおうという過激な考えです。

過激派の活動に参加
「このままでは虐げられる側に居続けることになります。自ら犠牲となることで、見いだせる活路もあるかもしれないという覚悟です。」

混迷を深める香港。果たして出口はあるのでしょうか。

5か月の末に 得たもの・失ったもの

武田:大規模な抗議活動が始まって5か月近く、自由を求める香港市民にとって得たものもあれば、失ったものもあるように思います。
抗議活動のきっかけとなった、容疑者の身柄を中国本土にも引き渡すことができる条例の改正案は撤回されましたが、デモは収まる気配がなく、一部は過激化。それに対して、香港政府も「緊急状況規則条例」を発動。覆面を禁止するなど締めつけを強めてきています。
中国・香港政治に詳しい興梠さんは、ここに至る状況をどのように総括されますか?

ゲスト 興梠一郎さん(神田外語大学 教授)

興梠さん:まず8月大規模デモ集会。その辺りまでは、撤回まで民衆が自由と民主を求める民衆パワーといいますか、そういうのを存分に見せつけた段階で、そのあとは、やはり香港が民主化の震源地となって、中国にまで波及してしまう。そうすると、一党支配体制が脅威になるということで、中国政府は非常に強い危機感を持って締めつけをしてきたと。最初はデモをしてきたのが、集会も難しくなってくると。警察の締めつけも非常に厳しくなってくる。それに対して、民衆はゲリラ的に暴力行為を行うと、悪循環に入ってきてる感じがします。

武田:民衆にとっては厳しい状況になってきているということなんですか。こうした中で、香港の経済も打撃を受けています。経済成長率ですが、返還以来3度目となるマイナス成長になる見通しになっています。このことは、今後の情勢にどう影響するんでしょう?

興梠さん:アジア金融危機、リーマンショックという政治的な運動ではなく、今回は、民主化運動を中国政府が封じ込めようという、非常に性質の違う危機なんですね。この混乱が続きますと、ますます、この締めつけが強化されていく。そうすると、政治的な自由が失われた中で、経済的な自由だけが残る。それが香港の金融センターとしての価値を残せるかどうか。エリート層とか中間層とか、そういった人たちが海外に移民したり、人材が流出したりしていきますと、香港の屋台骨というものがぐらつくと。活力が失われていくという恐れがあります。

武田:そして、合原さんは今回で3回目の現地取材となったわけですけれども、今の状況、どういうふうに感じてますか?

合原:市民の多くが香港の自由を諦めてはいないんですが、中には、追い詰められているというふうに感じる人もいました。そうした状況を表す言葉が、先ほどVTRでも紹介をしました「ラムチャオ」死なばもろともです。

これは、香港の自由が奪われるぐらいなら香港の社会も一緒に壊してしまおうという考え方です。ねらいは、香港の価値を下げることによって、香港政府や中国政府に、一矢を報いたいというものなんですね。「攬炒(ラムチャオ)」、本当はしたくないという声もありました。暴力的な違法行為というのは許されないと思うんですけども、それだけ彼らが追い詰められている、その悲壮感の表れだと感じました。

武田:この抗議活動が”持久戦“となる中、今月24日には、最も身近な地域の議会、区議会の議員の選挙が行われます。この選挙戦、5か月に及ぶ混乱を受けて異例の展開となっています。

24日投票日 注目の選挙 民意は反映されるのか

「みんなで民主派の候補を応援しましょう。」

4年に一度行われる香港の区議会議員選挙。452の議席を巡って、これまでで最も多い1000人以上が立候補しました。そのうち、民主派の候補者は半数の500人あまり。改選前は親中派が3分の2近くを占めていた議会に、新たな風を吹き込もうとしています。
18ある香港の区の代表を選ぶ、区議会議員選挙。ほぼすべての議員が、市民の直接選挙で選ばれます。一方、香港全体の政策を決める立法会の議員については、直接選挙で選ばれるのは定数の半分だけ。行政長官にいたっては、直接選挙で選ぶことはできません。このため、区議会は最も民意を反映できる場として位置づけられているのです。

民主派の候補、蕭浩然(しょうこうぜん)さん25歳。これまで、政治活動に関わったことはありませんでした。

蕭浩然さん
「よかったらどうぞ。私がまとめた政策の概要です。」

6月からデモに参加してきた蕭さん。市民の声を聞こうとしない香港政府に怒りを感じ、立候補を決意しました。

蕭浩然さん
「若者の目的が、破壊活動だけではないと伝えるために立候補しました。体制の中で、自分の意見を伝えたいと思っています。」

こうした民主派の候補者を支援するのも、デモの参加者たちです。

「24日は、私たちの候補者に投票をお願いします。」

私たちが、この26歳の男性を最初に取材したのは6月。このときはデモに参加し、抗議の意志を明確に示していました。

「どのみち死ぬのなら、戦いますよ。」

ところが8月には、当局の取り締まりを恐れ、表立ってデモに参加することを控えていました。

「今は、自分を守らなければなりません。」

この5か月間、心が揺れ動いてきた男性。今こそ、積極的に民主派を支援しなければ、後戻りできなくなると考えるようになりました。

「香港を変えていくために、私の立場でできることは何でもやろうと思います。」

一方、政府寄りの立場をとる親中派の候補者は、かつてない厳しい戦いを強いられています。

「香港の秩序を回復できればと思います。」

3期目を目指す、現職の張國鈞(ちょうこくきん)さんです。張さんは、選挙活動を昼間に限って行うようにしています。

張國鈞さん
「太陽が出ている時しか、選挙活動を行えません。日が暮れると、かなり危険になってしまいます。」

身の危険を感じるようになったのは、自分も抗議活動の対象となってしまったからです。事務所は破壊され、演説中に暴言を浴びせられたこともあるという張さん。選挙の行方に不安を感じています。

張國鈞さん
「今年の選挙活動は、以前と全く違います。正常に活動ができません。公平公正な選挙が、予定通り行われることを強く願っています。」

こうした中、先週、この選挙を象徴するようなニュースが飛び込んできました。民主派の著名な候補者が、立候補を却下されたのです。立候補を取り消されたのは黄之鋒(こうしほう)さん。5年前、民主的な選挙を求め行われた「雨傘運動」のリーダーです。立候補が取り消される直前、私たちの取材に応じた黄さんは、香港の民主主義を守り抜く決意を語っていました。

黄之鋒さん
「中国の歯車に成り下がるのではなく、民主主義を実現できる社会にしたいです。」

ところが先週、選挙管理当局は黄さんの立候補を認めないという決定を下したのです。

黄之鋒さん
「参政資格を剥奪されました。その根底にあるのは、北京からの強い命令、政治的な意図です。」

街の声
「政府は、彼をよく思っていないのでしょう。」

「香港の民主主義の後退だと感じます。」

さらに先週末。
民主派の候補者が開いた集会でも、混乱が広がりました。

警察
「違法な集会だ。すぐに立ち去れ。」

集会参加者
「警察の許可は必要ない。」

「催涙ガスだ。」

開始してまもなく、警察が催涙弾を発射しました。このとき参加していた民主派の候補者3人が、違法な集会に参加した疑いで逮捕されました。

こうした中、習近平国家主席と林鄭行政長官が、一連の抗議活動が始まって以来初めて会談しました。習主席は、これまでの香港政府の対応を評価。そのうえで、事態の収拾に向けて対策を続けるよう求めました。

市民と政府の対立のゆくえは、どこに向かうのでしょうか?

武田:香港支局の若槻さん。許可されていない集会とはいえ、候補者3人が逮捕される。また、襲撃事件も起きる。異例の選挙になっているように見えるんですけど、現地では、どう受け止められているでしょうか?

若槻支局長:政府側が、選挙戦の行方に神経をとがらせていることがうかがえます。本格的な選挙戦に入って、この2週間ほどは抗議活動に関連した逮捕者が急激に増えていまして、強硬な姿勢が目立ちます。その背景にあるのが民主派の勢いです。民主派は、今回の選挙を平和的に、自分たちの主張を政治に反映できる最後の手段と位置づけています。選挙に向けて、これまでで最も多い、およそ43万人が新たに有権者登録を行いました。抗議活動をきっかけに、選挙に関心が高まっていることを示していまして、民主派の勢いにつながっています。こうした中で、政府寄りの親中派との間で、これまでにない激しい選挙戦が展開されています。

武田:今後の選挙戦の見通し、そして、香港の政治にどう影響していくんでしょうか?

若槻支局長:民主派には勢いがありますけれども、選挙区で取材してみますと、地元に根ざして活動してきた親中派の候補も多く、政治経験のない若者たちが勢いだけで勝てるほど甘くはないとも感じます。民主派のベテラン候補も、現在の3対7の勢力割合を五分五分までにもっていければ勝利だと話していました。
一方で、親中派の劣勢を警戒する政府が、選挙を延期したり取りやめたりするのではないかという疑念が今、市民の間で広がっています。まずは市民による直接投票という、民主主義の根幹ともいえる今回の選挙を無事に行えるのかどうか。それこそが、今後の香港の行方を占う試金石となります。

中国の統制強まる 今後の行方は?

武田:その今後の香港を占う試金石として、興梠さんが注目されている2つの動きがあります。まず1つが、先週行われた「4中全会」。ここで示されたのが「国家安全の法制度の整備」。興梠さんは、これができれば中国本土と実質的に同じになるというふうにおっしゃっているんですが、何を指す制度なんでしょうか。

興梠さん:もともと香港では、国家安全に関する法律を通したかったんですね。2003年にも通そうとして、大デモが起きて撤回したと。国家安全というのはどういう意味があるのかというと、共産党政権にとっての安全ということ。実は国家安全法のトップにきているんです。民主化運動というのは、文字どおり、一党支配体制に対する脅威ですから、それを封じ込めるための法制度をしっかりやっていくと。言論の自由とか、政治活動の自由とか、そういったものが中国本土と同じように制限されていくということです。

武田:その構えを見せた、というふうに見えるということなんですね。そして、もう一つが習主席と林鄭長官の会談。このようなことが話し合われたわけですけど、これについては、さらに締めつけを強める意志がうかがえるということなんです。これは、どういうことでしょう。

興梠さん:支持したというのは、長官がやめるのではないかとか、やめさせられるんじゃないかという、うわさがメディアでも流れていますね。それを否定して、ある意味でしっかりと処理しなさいということでもあるんですね。それは、警察力によるデモの鎮圧っていうのが、やっぱり根底にあって、実は、退職した警察官を1000人ほど再雇用しようという流れもあるくらいで。今後は、こうやって警察力で封じ込めていくというのが流れで、あとは香港政府の人事。こういったものにも介入する動きを見せたんですね。そういったことが進めば、一国二制度で保障されてる高度な自治というものが、だんだん形骸化する可能性があって、こういった締めつけを一転してしまうと、なかなかそれを元に戻すのは難しい、常態化したいと。それに対して、民衆がどう対抗するかっていうことを、今度、香港側がどう占うかということです。

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