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2019年9月19日(木)

東電刑事裁判 見えてきた新事実

東電刑事裁判 見えてきた新事実

福島第一原発の事故をめぐる歴史的な裁判の判決が出た。裁判の過程では、東日本大震災の3年前に巨大津波への対策を行い、被害を免れていた原発が存在することが明らかになり関係者に衝撃が走った。茨城県にある日本原電・東海第二原発だ。東京電力と日本原電の津波への対応は、なぜ分かれたのか。不確かな巨大リスクにどのように向き合えばよいのか、そして、見えてきた教訓は現在の安全審査に生かされているのか、独自取材で迫る。

出演者

  • 田坂広志さん (多摩大学大学院名誉教授)
  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター)

検討されていた“津波対策”がなぜ…

今日、原発事故をめぐり東京電力の旧経営陣3人が無罪となった裁判。個人の刑事責任は問えないとされた一方、裁判からは新事実が次々と明らかになりました。実は震災前、現場の担当者たちは新たな津波対策が必要だと考えていました。

去年4月に行われた第5回公判。東京電力で津波対策を担当していた課長から、驚くべき証言が飛び出しました。

東京電力 津波対策担当の課長(公判証言)
“土木調査グループとしては(従来の想定を超える津波を)考慮すべきであるという結論になりました。できるだけ早い段階で(津波対策の)検討を進めていく必要がある、というふうに考えたと思います。”

震災の3年前から、現場では福島第一原発の新たな津波対策が必要と考えていたのです。
課長が作成に関わった2008年2月の資料です。巨大な津波への対応として、「非常用海水ポンプの機能維持」や「建屋の防水性の向上」などの検討が必要としています。

課長が検討を進めていた背景には、国の原子力安全・保安院から指示された安全性の再評価、通称「バックチェック」がありました。審査指針の改定によって、極めてまれではあるが発生する可能性がある「適切な津波」への対策が義務付けられたのです。
ところが、対策はすぐには具体化されませんでした。浮かび上がったのは「適切な津波」の解釈をめぐる現場と幹部の認識のずれでした。裁判で注目されたのは、経営トップも出席する通称「御前会議」。2007年の地震で被害を受けた別の原発への対応のため、毎月1回ほどのペースで開かれていました。経営トップの勝俣社長や原子力部門トップの武黒本部長、武藤副本部長、さらに現場の責任者などおよそ40人が一堂に集まります。

2008年2月の御前会議。津波対策の担当者たちは、津波想定を見直し“対策を行う必要がある”という資料を提出しました。経営幹部からの意見や質問は特になく、担当者は“対策の必要性が認識された”と受け止めたといいます。御前会議は幹部の了承を得る場という認識は一般的だったと、出席していた複数の社員が取材に答えました。

御前会議に参加していた元社員
“(これまで)御前会議で諮られたことが、その後、上司に反故にされることはなかった。”

御前会議に参加していた元幹部
“正式な決定の場は、もちろん取締役会。御前会議はその意思形成を担う場だった。”

ところが公判で経営幹部は全く異なる認識を示しました。

弁護側
“(資料に)書かれている内容が報告されたんでしょうか。”

東京電力 武藤栄元副社長(公判証言)
“いや、報告されていません。”
“そもそも、この中越沖の会議というのは、何かを決めるというような会議ではありません。”
“情報共有するという会議でした。”

御前会議に対する、現場と経営幹部の間での“認識のずれ”、意思決定のプロセスがあいまいだったのです。このあと、認識のずれは決定的になります。
御前会議の1か月後。新たな津波の分析結果がまとまります。想定される津波の高さは、最大で15.7m。この分析は、国の地震調査研究推進本部が示した「長期評価」に基づくものでした。
長期評価は、岩手県沖で発生した明治三陸地震と同程度の津波地震が、三陸沖から房総沖の日本海溝沿いどこでも発生しうると初めて指摘したものです。過去に発生していない場所もすべて対象にするもので、専門家の中からは異論も出ていました。この長期評価を取り入れた場合、沿岸の原発は従来の想定をはるかに上回る津波に備えなければなりません。

長期評価に基づいて、課長たちが分析した15.7mという津波想定。課長は、どのような防潮堤が必要かも分析しました。この結果を経営幹部へ伝えます。当時の原子力部門のトップは武黒原子力・立地本部長。しかし、中越沖地震への対応のため不在が多く、その留守を預かっていたのが武藤副本部長でした。

2008年7月、課長たちが武藤副本部長に津波対策について説明する会議が開かれました。説明に使われた資料です。防潮堤の建設費は数百億円規模。完成まで約4年かかるとしています。

課長たちは津波対策を進めなければ、国の審査「バックチェック」に通るのは難しいと考えていました。一方、武藤副本部長は、長期評価の信頼性に疑問があるため「土木学会に見てもらったほうがよい」と答えました。

東京電力 武藤栄元副社長(公判証言)
“これまでは土木学会の規格でもって(津波に対する)安全性を確認してきたと。ところが、地震本部(の長期評価)は、それと違う評価を言ったと。”
“土木学会にいま一度検討をお願いして、その扱いについて答えを出してもらう。”

課長は、この発言に呆然としたと裁判で証言しています。

東京電力 津波対策担当の課長(公判証言)
“検討のそれまでの状況からすると、ちょっと予想していなかったような結論だったので、分かりやすい言葉で言えば、力が抜けたという。”
“残りの数分の部分は、私はやり取りは覚えておりません。”

会議の直後、課長の上司が社内やほかの電力会社の担当者に送ったメールを入手しました。地震本部の長期評価の「即採用は時期尚早」「経営層を交えた現時点での一定の当社の結論」と報告しています。
一方、武藤氏は自分の発言について、公判でこう証言しました。

東京電力 武藤栄元副社長(公判証言)
“私は決定権限がない副本部長だったわけでありまして、それが大きなことを決められるわけもない。”

ここでも、現場と幹部の間の認識がずれたままでした。
土木学会の検討結果を待つことにした東京電力。ところが、その2年後。検討結果が出る前に本格的に動き始めます。ほかの電力会社で、巨大津波に備えた対策工事が進んでいることを知ったためでした。

東京電力 津波対策担当者(公判証言)
“(上司が)かなり危機感を持ったというか、東電の検討がだいぶ遅れているなというふうに感じて、そういう体制を何かきちんと作って、対策の検討を進めなきゃと。”

各部門の担当者を集めた、専門のワーキンググループが立ち上がったのです。震災の、ひと月前には、建屋の防水対策などの具体的な検討が行われました。
しかし…。3月11日、福島第一原発を、およそ15mの津波が襲いました。事故が起きたときの心境について、津波対策担当の課長とその上司は公判でこう証言しています。

東京電力 津波対策担当の課長(公判証言)
“とても残念な気持ちだったといいますか、ショックを受けたということを覚えています。”

東京電力 津波対策担当の課長の上司(公判証言)
“何かできたんじゃないかなというのは、当然思いましたかね。”
“個人か、集団か、何か規制か、東電か、一体どこで間違ったのかなということは、一生、気にはなるという点です。”

課長たちが予定していた次の会議は、2011年4月。具体的な対策が実施されることはありませんでした。

“無罪判決”はなぜ?

武田:継続して取材に当たってきた、福島放送局の大崎記者に聞きます。VTRで見てきた御前会議や長期評価、今日の判決ではどう判断されたんでしょうか。

大崎記者:御前会議については対策の必要性を記した資料は配布されたものの、それが了承されたとまではいえないとしました。そして、長期評価については専門家から疑問が示されているということから、信頼性には疑問が残ると判断しました。これが、無罪の大きな理由になりました。ただ、これは3人の対応が刑事責任を負うほどのものかという視点で考えた場合の結論です。刑事責任は問えないとしても、原発を運営する事業者として、社会的な責任が果たされていたのかというと疑問が残ります。

検討されていた“津波対策”がなぜ…

武田:まさにその点、刑事責任とは別にどんな課題が裁判を通して浮かび上がったといえるんでしょうか。

大崎記者:一番感じたことは、東京電力という会社が、誰が意思決定するのかあいまいな組織だということです。御前会議でも武藤氏への説明でも、担当者たちと経営陣の認識がずれていくうちに、当初の危機感や問題意識が薄れていったように見えます。そして、実は津波対策を担当していた課長は、対策が保留されたあとも組織横断的に検討すべきと訴えていたことも明らかにされました。しかし、その危機感が共有されワーキンググループが立ち上がったのは、その2年後。大組織特有の縦割りの弊害も見えたと思います。

武田:そして、もうひと方、内閣官房参与として事故直後の対応に関わった田坂さん。現場で津波対策が検討されていたにもかかわらず、結果的にはそれが進まなかった。これはなぜだというふうにお考えですか?

ゲスト 田坂広志さん(多摩大学大学院名誉教授)

田坂さん:そもそも原点で考えると、先ほどの裁判というのは疑わしきは罰せず。けれども、原子力安全というのは疑わしきは罰するというのが鉄則なんですね。つまり、少しでもリスクがあれば、少し過剰なぐらいの対策を当然やるべきだと。これが原子力の何十年かけてやってきた安全文化なんですね。その観点から見ると、途中経過がなんだろうと、東電がなぜこれができなかったのかということが、当然社会的な責任として問われるべきだと思うんです。ただ一方で、起こるかどうか分からない津波に対し、数百億円というのを突きつけられたときに民間企業でコストとか利益というものを意識しながらやる経営陣が、ついそれを先送りにしてしまうということも起こりえたわけです。ということは、この背景にある政府なり規制側がしっかりと民間に任せるのではなくて、しっかりやるべきだと。これをなぜやらなかったのか。当時の保安院は推進と規制が一体だったとよく言われるわけです。この辺りの政府の側、規制の側の問題が強くあったと思うんですね。そこを決して見失ってはいけないと思います。

武田:大きなリスクを抱えて事業を運営する。その企業を国がいかに規制するか。

田坂さん:むしろ国が最終責任を取って、しっかりした指示をする。そういう仕組みがないと、ただただ民間に任せる、これが根本にあった問題だろうと思います。

武田:そして、今回の裁判で明らかになった重要な事実がもう1つあります。東京電力が津波対策を事実上保留した同じ時期に、別の道を選択していたほかの電力会社がありました。

巨大津波対策 別の原発では…

去年7月の第23回公判。日本原子力発電通称・日本原電の元社員の証言に衝撃が走りました。

日本原電 津波対策担当者(公判証言)
“津波対策工の検討については、推本津波(長期評価)を考慮した対策工(工事)について引き続き検討を進めると。”

東京電力とは違い、長期評価を取り入れて津波対策を進めていたと証言したのです。入手した日本原電の資料にも、長期評価に基づいた対策を「平成22年度完了目処に実施」と記されています。
福島第一原発から、南におよそ110km日本原電東海第二原発です。地元・茨城県の想定に基づく対策も行っていました。東日本大震災では、従来の想定を超える6.2mの津波が襲来。原子炉の冷却に必要な設備を動かすポンプが浸水しましたが、大きな事故には至りませんでした。
津波対策を積極的に進めていた日本原電。長期評価に基づいた対策を進めたのは、震災の3年前にさかのぼります。

2008年5月に作成された津波対策に関する内部資料。従来の2倍以上、高さ12.2mの津波を想定していました。原発の津波対策は、東京電力が検討したように、通常、浸水を完全に防ぐ防潮堤の建設です。しかし、巨額の費用と長い時間が必要です。そこで、日本原電では比較的短時間で安くできる、「盛り土」と「建屋の防水対策」という複合的な対策を進めたのです。
津波対策はどのように進められたのか。中心となっていたのは“耐震タスク”と呼ばれるチームでした。取材を進めると、耐震タスクは、社内のさまざまなグループから代表者が集まる組織横断的なものであることが分かりました。各グループの情報は耐震タスクに集約され対応を検討。それを各グループに持ち帰り、共有・検討を繰り返す中で、比較的短期間で安くできる対策を進めることができたといいます。

耐震タスクに関わったことがある日本原電の関係者が取材に応じました。

日本原電の関係者への取材メモ
“長期評価などをもとに津波がいつかくるというリスクは、社内で共有されていたと思う。まずはできる対策をとっていき、大規模な工事は今後順次やっていけばいいという考えだった。”

長期評価を見据え津波対策を進めた日本原電。しかし、こうした事実は社外には一切、公表していませんでした。その背景には、原子力業界にある“横並びの意識”があったことが取材から浮かび上がってきました。

2008年に電力4社が集まった打ち合わせの議事録です。長期評価について、土木学会の検討を待つことにした東京電力の方針を問題ないとしたほかの会社に、表向き足並みをそろえていったことが分かりました。
また、日本原電は国に対して、長期評価への対策だと気付かれないようにしていたことも明らかになりました。対策工事について説明するため作成された、社外秘の想定問答集です。

長期評価に基づけば、建屋まで津波が遡上するにもかかわらず遡上しないと説明することに。対策工事については、「万が一」のための「自主的」なものに過ぎないとしていました。
なぜ、日本原電は取り組みを伏せようとしていたのか。日本原電の元幹部が取材に応じました。1社の対策によってほかの原発も対応を迫られることを避けるため、東京電力の方針に従うことが慣例になっていると告白しました。

日本原電 元幹部
「他の(電力の)ことも考えながらやるのが原則でして、東京電力とか、配慮をしながら物事を進める習慣が身についている。(対策を)やってしまえば、たちまち他のところに波及するわけです。だから、それは気をつけなければいけない。」

日本原電の対策や取り組みが公になっていれば、国や自治体がほかの原発の津波対策を検討することにつながったのではないか。今回、日本原電に取材をしたところ、「津波想定などの詳細については回答を差し控えさせていただきます。」とコメントが返ってきました。

原子力業界“横並び”が生んだもの

武田:津波対策を進めながら公にはしない。この日本原電の姿勢、非常に奇妙に思えますし危うさも感じるんですが。

大崎記者:私自身も、裁判で証言されたことさえ明らかにしないのかと驚きました。こうした姿勢からは、原発が国策として進められてきた中で、電力会社の間で強く共有されてきた横並びの意識がうかがえると思います。さらに、この意識が安全の呪縛という問題を生んでいるという電力会社のOBもいます。電力各社が、原発は安全だと説明している中で1社が突出して対策を公表すると、すべての原発が危険だと受け止められないと懸念して、他社に迷惑をかけてはいけないという忖度が働くというのです。

武田:田坂さんは、安全の呪縛そして横並び体質どういうふうにとらえていらっしゃいますか。

田坂さん:これね、拝見していると、東電の中で起こっていることが電力業界の中でも起こっているわけですね。分かりやすく言えば上の目の色をうかがう、忖度するですね。そして、正しいことでもはっきりものが言えない空気がある。そして、さらには組織や業界を守るという悪い文化があります。これは実は、電力業界だけではなくて今、日本の官僚機構も含めていろんなところで起こっていることなんですが、電力業界のこの体質・文化を変えない限り、どれほど安全対策をやりましたと言っても、実は国民が信頼できない。この1点が裁判を見ていて非常に気になる部分です。むしろ国民から信頼してもらえるような電力業界の文化、体制になっているのか。いまだ変わっていないという感じが非常にする、今日の裁判の結果だと思います。

武田:大崎さん、日本原電が津波対策を実施したのは2009年でした。もし、この原電の対策が早々に電力業界で共有されていたとしたら、状況はやはり異なっていたと言えるんでしょうか。

大崎記者:実は、東京電力が空白の2年のあと津波対策のワーキンググループを設置したのは、原電の取り組みを知ったことがきっかけだったんですね。実際、福島第一と東海第二にきた津波は、大きさが違いますので、結果どうなったかは分かりませんけれども、もし早くに共有されていればと考えてしまうのも確かです。

一方で、東電や原電の取り組みを国が把握できなかったことも問題だと思います。事故後、基準とか制度は改められましたが、原発の再稼動が進む中で、電力会社と向き合う国の姿勢が問われていると思います。

原発事故 いま問われているもの

武田:田坂さん、原発の再稼動が進む中で、二度とこうした事故を起こさないために、今回の裁判の過程で明らかになった事実からどんなことを学ぶべきだとお考えですか。

田坂さん:改めて歴史を振り返ると、世界の原子力施設の事故のほとんどすべてがヒューマンエラーといわれるんです。分かりやすく言えば人の判断のミス。さらには、組織の問題が大きな要因になっているんですね。だとすればこれから、原子力の安全を考えるとき、今回の東電の裁判の結果を踏まえても、やはり2つのことをしっかり見ておくべきだと。
1つは安全というのは、技術的安全性。実はこれはそこそこ頑張ってきている。ところが、もう1つの大きな安全性。これはよく人的、組織的、制度的、文化的安全性と言われるんですが、分かりやすく言うと、しっかりした人材の判断がなされているか、組織そのものがしっかり安全を守る動き、仕組みになっているのか。制度そのものがどうなのか。例えば、規制の在り方。こういうことがしっかり整っていないと本当の安全性とは言えないんですね。その意味で今、日本で技術的安全性を一生懸命高めた基準を高めたということで、もうこれで原発は大丈夫だと言っていることに実は非常に大きな落とし穴がある。もう一度申し上げますけども、人とか組織とか制度、これが本当に安全なものになって国民の信頼が得られるものになっているのか。その一点で見ると、例えば東電の内部の問題だけでなく、規制の在り方、さらには政府の政策の在り方、技術的安全性が最高ですというだけではなくて、組織としても最高な安全文化です、といえるものを作っていかないと、今回の裁判の結果を踏まえた教訓にはならないと思います。

武田:大崎さん、被害に遭われた方、避難の途中で命をなくした方もいます。そうした人たちの思いに、誰がどう向き合うのかという課題も残ったと思いますが。最後、ひと言。

大崎記者:福島で取材する中で、被災者の方々からなぜこんな事故が起きたのか。「真実を知りたい」という声を聞いてきました。1審の判決は下されましたが、そうした被災者の声に、私たちも真摯に向き合って取材を続けていきたいと考えています。

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