クローズアップ現代

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2019年3月6日(水)
車いすの天才ホーキング博士の遺言

車いすの天才ホーキング博士の遺言

「人類は宇宙に移住すべき」「人工知能が人類を滅ぼすかもしれない」。車いすの天才物理学者ホーキング博士が残した「遺言」が世界で大きな反響を呼んでいる。全身の筋肉が動かなくなる難病を患いながら、宇宙の起源やブラックホールの謎に迫ったホーキング博士。南極や宇宙への旅に挑戦したり、コメディやドラマに出演したり、好奇心のかたまりでもあった。一見過激な「遺言」にはどんなメッセージが込められているのか。長年の秘書や友人たちが初めてカメラの前で語る。

出演者

  • 村山斉さん (カリフォルニア大学バークレー校教授・東京大学カブリ数物教授)
  • 西川徹さん (Preferred Networks代表取締役社長)
  • 武田真一 (キャスター)

世界で話題 過激な“遺言”

武田:亡くなって1年。これが世界で話題のホーキング博士最後の著書です。

内容は、人類が抱える大きな疑問に答えるというもの。その疑問とは何か。例えば「神は存在するのか」「宇宙には人間の他にも知的生命体は存在するのか」「人間は地球で生きていくべきなのか」、どれも壮大な難問ばかりです。そして、中でも博士が力を入れて書いたテーマの一つが「人工知能=AIは人間より賢くなるのか」。博士は晩年、ビル・ゲイツ氏やイーロン・マスク氏などの世界的起業家に、AIが社会に及ぼす影響を考えようと呼びかけたり、研究機関を立ち上げたりするなど、AIと人類の関係に深い関心と懸念を持っていました。ホーキング博士はこの問いかけをどんな思いで発したのか、半生を振り返りながら探ります。

秘蔵映像と秘話 知られざる素顔

NHKは、7年前から博士の取材を続けてきました。

ホーキング博士
「こんにちは。」

全身の筋肉が動かせなくなる難病ALSを患っていたホーキング博士。人工呼吸器で息をし、僅かに動くほおの筋肉でコンピューターを操って会話をしていました。

ホーキング博士
「書くのは遅いですが、考えるのはゆっくりなので。」

博士の専門は宇宙物理学です。宇宙の始まり「ビッグバン」がどのように起こったのか。そして、あらゆる物質を飲み込んでしまう「ブラックホール」の内部はどうなっているのか。数式と理論だけで探ってきました。未来を切り開く斬新な研究に与えられるブレイクスルー賞など、ノーベル賞以外のあらゆる賞を獲得したと言われています。46歳の時に出版した「ホーキング、宇宙を語る」。1,000万部を超えるベストセラーになり、世界中に知られる時の人となりました。
ホーキング博士は難病を患いながら、なぜこれほどの業績を生み出すことができたのか。大学時代のルームメートで親友のロバート・ドノバンさん。

毎晩ともに酒を飲み、議論を交わした仲です。出会った当時、博士は病気が判明して間もないころでした。

ロバート・ドノバンさん
「このあと彼がやってくるよ。左が彼だよ。」

ドノバンさんの結婚式のフィルムです。

そこには、傘をつえ代わりにして歩くホーキング博士の姿がありました。博士は21歳で難病ALSと診断され、あと数年の命と宣告されます。しかし博士は、周囲も驚く強い意志の持ち主でした。

ロバート・ドノバンさん
「彼は決して弱音を吐きませんでした。ある日、彼の父親が私に『息子の面倒を見てほしい』と言いました。それを見た彼は、すかさず言いました。『自分の面倒は自分で見る。友人に重荷を負わせてはいけない』と。」

その後、車いすの生活が始まりますが、病気の進行は、医師も驚くほど遅くなりました。そして頭の中だけで理論を組み立て、物理学の常識を次々塗り替えていったのです。さらに博士は、好奇心の赴くまま、世界中を飛び回りました。人工呼吸器をつけているため、飛行機に乗ること自体が命がけでしたが、旅をやめることはありませんでした。64歳の時には、宇宙旅行への準備として、成層圏での無重力体験を希望します。肺に穴が開き、命に関わる危険があると説明されても、意志は変わりませんでした。この旅行を計画し、博士に同行した、ピーター・ディアマンディスさんです。

無重力体験プロジェクト・Xーprize 代表 ピーター・ディアマンディスさん
「彼はたとえ困難でも未知の経験をして、新しいアイデアを得たかったのです。おそらく車椅子という縛りから解放されたかったのだと思います。こうした挑戦が、彼を強い人間にしたのでしょう。」

長年、秘書を務めた、ジュディス・クロスデルさんです。博士は、たとえ体が不自由でも心は自由だったといいます。

ジュディス・クロスデルさん
「彼は自分自身をあわれだとか、障がい者だとは考えていませんでした。いつも『自分は幸運だ』と言っていました。その姿勢が多くの人の心を奮い立たせました。彼と会った人は誰でも『なんてすごい人だ』と思ったのです。」

博士は講演で、たびたびこんなふうに人々に語りかけました。

ホーキング博士
「下を向かず、上を向いて星を眺めることを忘れないでください。人生がどんなに困難に見えても、必ずできることがある。諦めさえしなければ、生きてさえすれば、必ず望みはあるのです。」

晩年の博士は、科学技術が人類にもたらす未来について、自分の専門外の領域にも強い関心を持つようになります。これは、講演の合間を縫ってアメリカの医学研究所を訪ねた時の映像です。最新のiPS細胞の研究成果を時間の許すかぎり聞き出そうとしました。

ホーキング博士
「幹細胞治療はどんな条件の患者でも成功するのですか?」

研究者
「いろいろな幹細胞の種類がありまして…、神経細胞の病気についてはまだ臨床試験の段階です。」

「そろそろ講演のお時間です。お仕事に戻らないと…。」

“AIは人類にとって…” 過激な“遺言”

こうした現場を見る中で思索を深め、まとめたのが最後の著作。中でも、特に人類の将来を左右するとして章を割いているのが、人工知能=AIについてです。犯罪捜査から医療、軍事まで、現代社会の隅々に行き渡っている人工知能。博士は、その可能性と危険性を鋭く分析しています。

“AIの潜在的恩恵はとてつもなく大きい。病気や貧困を撲滅できるかもしれない。だがAIは危険も招くだろう。気がかりなのは、AIの性能が急速に上がって、自ら進化を始めてしまうことだ。遠い将来、AIは自分自身の意志を持ち、私たちと対立するようになるかもしれない。超知能を持つAIの到来は、人類史上、最善の出来事になるか、または最悪の出来事になるだろう。”

なぜ、このような過激な言葉をホーキング博士は残していったのか。博士と学生時代から50年以上のつきあいがある、キップ・ソーン教授。アインシュタインが予言した重力波を発見し、2年前、ノーベル物理学賞を受賞しました。

ホーキング博士が研究において大切にしていたのは、大胆な仮説。いつも学者たちを驚かし、議論を喚起して答えを模索していました。晩年は、人類の未来という大問題にも仮説を投げかけ、議論を呼び起こそうとしていたのではないかといいます。

カリフォルニア工科大学 キップ・ソーン教授
「彼は厳密であるより、正しくありたかったのです。人間が知識の限界を超えて答えを探るために最も良い方法は、断片的な情報を深い洞察でつなぎ合わせることです。彼は残された時間が短いと悟り、急いで行動したのでしょう。」

議論を深める上で大切にしていたものが、もう一つあります。ユーモアです。

「タイムトラベルの実現可能性について、どう思いますか?」

ホーキング博士
「私はタイムトラベルが不可能だという実験的証拠を握っている。私は未来から来る人のためにパーティを開きましたが、未来に招待状を出す方法さえ分かりませんでした。今も待っていますが、客は誰ひとり現れません。」

博士は、コメディーやアニメにも積極的に協力しました。その一つが、世界的な人気を誇るアニメ「シンプソンズ」です。収録のたびにイギリスからハリウッドへ飛び、自らセリフを吹き込みました。

ホーキング博士
「そもそも知能がものすごく高い人はすごく子どもっぽいんだ。」

リサ・シンプソン
「じゃあ、あなたもそう?」

ホーキング博士
「いや、私は絶対違うよ。」

難しい問題にユーモアを交えることで、多くの人に関心を持ってもらい、ともに解決の道を探る。それが望みでした。

20世紀フォックス シンプソンズ プロデューサー マット・セルマンさん
「彼は自分自身さえ、笑い飛ばそうとしました。多くの人に、自分のしていることをわかってもらおうとしたのです。自らアニメのキャラクターになることで、普通の人と科学界のエリートの垣根を取り除こうとしたのです。」

人間はともに考え、議論し答えを探し求めることができる。博士は、AIとの向き合い方について、最後にこう記しています。

“AIのような強力なテクノロジーについては、最初に計画を立て、うまくいく道筋を整えておく必要がある。そのチャンスは1度しかないかもしれないのだ。私たちの未来は、増大するテクノロジーの力と、それを利用する知恵との競争だ。人間の知恵が、確実に勝つようにしようではないか。”

本の最終章につづったメッセージを、博士は自ら朗読していました。タイトルは「よりよい未来のために何ができるのか」。

ホーキング博士
「科学のひたむきな努力と技術革新によって、私たちは広大な宇宙に目を向け、地球上の問題の解決に努めなければならない。私は“限界”というものを信じない。個人の人生に限界はない。宇宙の中で私たちの知性が達成できることにも限界はない。想像力を解き放とう。よりよい未来を作るために。」

AIと人類の未来は

ゲスト 西川徹さん(Preferred Networks代表取締役社長)
ゲスト 村山斉さん(カリフォルニア大学バークレー校教授・東京大学カブリ数物教授)

武田:ホーキング博士の物理学、私にとっては本当に難しいんですけれども、こういった言葉の数々は胸に来るものがあります。中でも興味を引いたのは、「AIは意志を持ち、私たちと対立するようになるかもしれない」という言葉です。
若きAI起業家の西川さん、こんなことって起きるんでしょうか?

西川さん:コンピューターのパワー、コンピューターの計算能力といったところでは、人間の脳の計算能力を超えるというのは、十分にそれは有り得ると思います。

武田:対立するようになりますか?

西川さん:一方で、今の深層学習と呼ばれる技術は、まだ意志を持つには程遠いんですね。なので、これから意志を持つようになるにしても、いろんなステップで開発をしていかなければならないと。なので可能性はあるけれども、その開発の過程でしっかり安全性を守っていく、倫理観を持って守っていくようなテクノロジーを開発していく、それが極めて重要になると思います。そのために人工知能の技術を、科学的にもちゃんと理解しながら作り上げていくということが重要だと思っております。そうすれば対立は防げると思います。

村山さん:技術って同じだと思うんですよね。化学が進歩して、いろんな物質が合成できるようになると、化学兵器が作れてしまったと。あまりに悲惨な効果を持つので、国の間で条約を結んで、戦争になっても化学兵器は使わないということを決めたりするわけですから、セーフガードを作っていくというのが必要になるというのはよく分かります。

武田:一方で、ホーキング博士は「人間の知恵がテクノロジーの力に確実に勝つようにしよう」と言っていますが、悲観的な予言をするのはなぜなんでしょうか?

村山さん:ホーキングって、もともとそういうところがある人なんです。例えばよく賭けをしたんですね。ブラックホールで情報がなくなるかどうか。彼は「なくなる」、ほかの人は「なくならない」と賭けをする。そうすると、あえて何が問題であるかというのがはっきりするので、それで議論を喚起し、いろんな人が議論をしていくうちに、問題がどんどん明らかになって答えが出ると。実は、ほとんど彼、賭けに負けているんです。でも、たぶんそれでよかったんでしょうね。自分が勝つことが目的じゃなくて、問題をはっきりさせて、それを解決することが、彼が一番気にしていること。

武田:あえて問題を提起すると。

村山さん:わざと極端な言い方をする。そういうところのある人でした。

武田:ホーキング博士は「最初に計画を立てて、うまくいく道筋を整えていく必要がある」というふうにも言っています。西川さん、今のAI研究は、こういった暴走が起こらないように、何か道筋を考えられているんでしょうか?

西川さん:現時点では、その深層学習の技術がいつ発展していって意志を持つのかというのは分からない状態ではあるので、現時点では全てを見通すことはできないんですけれども、そういった制御をしていくことが重要であるという認識は生まれてきていると。なので、現時点で全ての計画を確立するのではなくて、どの時点で、どのように技術を理解しながら次の計画を立てていくのか、メタ(高次元)な計画を立てていくということが重要になってくるんじゃないかなと思っています。

武田:ホーキング博士は、まさに「今からやらなければいけない」と言っているんですけれども、西川さんご自身も考えなければいけないと。

西川さん:私たちも深層学習の技術、人工知能の技術を深く理解する。そのために、基礎理論の解明に十分に時間をかけるというのは非常に重要だと思います。

村山さん:子どものころに見た、鉄腕アトムとか人造人間キカイダーとか、良心回路というのがあったんですけれども、そういうのって作れるんですか?

西川さん:そういうものは、私は作らないといけないと思っていますし、それを作れないと恐ろしいことが起こってしまうと。例えばロボットを取ってみても、本当に簡単な手法であっても、包丁を持ってしまうと危害を加えられてしまうわけですね。そういった時に、人間がいるということを理解して、何か危ないことをしないようにするとか、そういったロジックを、きちんと埋め込んでいかないといけないなと。

人類の「大きな問い」の意味

武田:ホーキング博士は「広大な宇宙に目を向け、地球上の問題の解決に努めよう」と問いかけていますけれども、例えば「宇宙にはほかの生命体が存在するのか」とか「人類は地球を飛び出すべきではないか」と、壮大な問いかけをしていますよね。物理学者がそういった壮大なクエスチョンを投げかけるというのは、どういう意味があるんですか?

村山さん:物理学者ってもともと好奇心の固まりなので、すぐビッグクエスチョンは何だろうとか、ビッグピクチャーみたいなことを言うんですね。何を言っているのかというと、いろいろあるんだけれども、ざくっと本質だけをつかみ取るというのがビッグピクチャーということで、そういうことを見ないといけないんだということを、いつも言っているんです。ですから、彼がそういう質問をするというのは、ある意味で自然なことだと思うし、もう1つは、宇宙に目を向けた瞬間に、人間どうしが自分たちの利害でいがみ合っているのがものすごくちっぽけに見えてくると。だからこそ、人類が共通で持っている課題というのを一緒に何とかやろうよという気持ちになれる、そういうところも込められているんじゃないかと思いますね。

武田:彼は、我々がどこから来たのかということを、ほかの著書でも問うてますよね。そのことと宇宙は、どう関係しているんでしょうか?

村山さん:宇宙というのは、私たちのふるさとですよね。普通の人は、宇宙が遠い所だという印象があるかもしれないですけれども、我々、宇宙から来たんですよね。私たちの体を作っている原子はみんな星くずなので、どこかの星の爆発でばらまかれたものが私たちを作っている。それを作ったのは暗黒物質になるみたいに、みんなつながっている。言ってみれば、有機的な全体の中に自分たちがいて、こういう課題を抱えていて、いがみ合っている場合じゃないんだと。一緒に何とかしようよという気持ちになれるというのは、宇宙に目を向けることの一つのメリットだと思います。

武田:西川さんもAIを開発していく上で、こういった大きな疑問というのは意識されるんですか?

西川さん:大きな疑問というか、ビッグピクチャーというか、そういったビッグクエスチョンとか、どこに向かっていくのか、どういうことを目指しているのかというのは常に考えます。それは技術者としてもそうですし、経営者としても、起業家としても、会社で何を成し遂げたいのかと、そういったビジョンを見せていくということが、みんなの心を一つにして、日々の中ではいろんな方向を向いちゃうこともあるんですけれども、みんなで力を合わせて成し遂げていくという意味では、極めて重要な意味を持ってくるなと思います。

武田:彼は「限界というものを信じない」と言っているんですが、村山さん、人間は本当に限界を超えていきますか?

村山さん:もちろん私自身は限界すごく感じますよ。だけれど、やっぱり人類全体として、今まで本当にものすごい進歩を遂げてきたし、AIが出てきても、AIと共存しながら、むしろ人間自身も進歩していくようなポテンシャルは十分あると思うので、全体としては確かに限界を信じないというのは、気持ちとしては分かりますね。これだけの難病を克服してきたので、それがやっぱりすごく表れているんじゃないでしょうか。

武田:西川さんはどうですか?

西川さん:AIを私たちの一つの道具として、さらに人間は進化していくと。それはできることを増やし、おそらく教育も革命が起こっていくと思うんですね。人間が賢くなる仕組みというのも、機械の力を用いることによって、もっともっと進化していく。そこには、僕は際限はないんじゃないかなと思っています。AIを使って私たち自身が賢くなって、それでAIを制御して、そしてもっと賢くなっていくと。

武田:そういう時代が来るように願いたいですね。