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2019年2月13日(水)

おカネをどう生かす?東京五輪・パラ

おカネをどう生かす?東京五輪・パラ

東京オリンピック・パラリンピックの開催まで1年半をきった。整備が進む競技施設も今年相次いで完成する。しかし、今、大会後の運営が赤字になるという課題が浮かび上がっている。東京都は運営を任せる事業者を決定し、方策を考え始めるなど重要な時期を迎えている。大会後の遺産として残す「レガシー」につなげるため、様々な事業をどう進めていくのか。そして、日本が抱える社会課題の解決にどう生かしていくのか考えていく。

出演者

  • 為末大さん (元プロ陸上選手)
  • パトリック・ハーランさん (タレント)
  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター) 、 鎌倉千秋 (キャスター)

競技施設 大会後赤字に どうする?

東京都が総額1,828億円をかけて整備する8つの競技施設。そのうち5つの施設で、大会後の運営の収支が赤字になると、都は試算しています。ボート競技などの会場となる、海の森水上競技場は年間1億6,000万円の赤字。カヌー・スラロームセンターは1億9,000万円。最も多額の赤字が見込まれるのが、競泳や飛び込みなどが行われる、東京アクアティクスセンターです。年間6億3,800万円に上る見通しです。

一体なぜなのか。収入として見込むのは施設利用料など、3億5,000万円。大会の誘致などで100万人の来場者を想定しています。一方、支出は光熱水費や人件費で9億円以上。大幅な赤字と試算されています。

東京都オリンピック・パラリンピック準備局 鈴木研二担当部長
「収益を向上させていく、あるいは経費を縮減して、都民の皆様の負担を減らしていくことにも取り組んでいかなければいけない。」

このアクアティクスセンターの赤字を改善できないのか。都は、運営を任せる事業者を決定して方策を考え始めています。
先週開かれた、事業者と都の検討会議。コストを抑えながら利用者を増やすための方策を話し合っています。

水泳の利用者以外にも施設を使ってもらおうと、メダルの展示スペースや飛び込み競技のVR体験など、集客のプランが検討されています。専門家は、大会まで1年半を切った今だからこそ、収支を改善するため、計画を点検すべきだと指摘しています。

明治大学 澤井和彦准教授
「きちんと精査してほしい。どのくらいの利用者があるかを考えてほしい。できるだけ多くの方に利用していただく、そういうアイデアをいっぱい出して、それをどんどんやっていただくのがすごい大事になる。」

赤字施設 完成前に“取り壊す”決定 なぜ?

オリンピック後の赤字の問題に直面し、ある決断を迫られた自治体も出てきています。

鎌倉:オリンピックにあわせて建設されている、こちらの訓練用のプールなんですけれども、完成前の段階で、すでに大会が終わった後プールが取り壊されることが決定しているそうなんです。

オリンピックの合宿地にしようと、長野県東御市が10月の完成を目指して建設しているトレーニングプール。標高およそ1,800メートル。完成すれば、国内初の高地トレーニング用のプールとなります。国内外のトップ選手を呼び込み、国の支援を受けて地域活性化につなげる考えでした。

東御市 花岡利夫市長
「地域の人々の心の中にも大きく残すためには、よそのどの地域よりも大きくこの地域にオリンピックレガシーをいい形でもたらしてくれる。」

建設費は13億円。市は、ふるさと納税や企業からの寄付金で賄おうとしています。ところが、大会後の利用者の確保など、採算の見通しが立たないことなどから、大会の翌年をめどにプールを撤去することにしたのです。

鎌倉:施設ができて、なくなります。率直にどう見えてます?

市民
「プールで日本のアスリートたちが練習して、そこで強くなったりするのはいいなと。」

「つくったり壊したり、無駄遣いじゃないでしょうか。」

花岡市長
「維持管理していくにはお金がかかる。赤字を前提とした長期間にわたる運営は、市としてはしないと。」

今回のオリンピックをきっかけに、地方自治体が整備を進める施設。シンクタンクの調査では、全国で125に上ります。収支の計画を立てているのは、わずか2割ほど。

さらに、その9割近くが赤字となる見通しです。

三菱総合研究所 浜岡誠主任研究員
「(地方自治体は)収支に対する感覚がおのずと薄いという前提があります。人口も減っていく、高齢化も進む、政府の債務も大きくなる時代においては、必ずしも、そのやり方では通用しなくなっていると思います。」

赤字施設を黒字転換 見えたヒント

どうすれば競技施設の収支を改善できるのか。そのヒントが長野市にありました。長野オリンピックの記憶を刻むスケート会場、エムウェーブ。大会後は年間4,000万円以上の赤字でしたが、利用者を増やし黒字に転換しました。

鍵となったのは、夏場の活用です。民間の活力を導入し、人気歌手のコンサートなど、イベントを積極的に誘致。施設利用料のうち、最も大きな収入源となっています。さらに貢献しているのが、長野オリンピックに参加したボランティアたちです。

ボランティア
「はい、おはよう。」

今も200人のボランティアが運営を支え、集客にもつながっています。年間来場者は25万人を超え、地域経済の要となりました。

鎌倉:モチベーションはどのあたりにありますか?

エムウェーブ友の会 小池睦雄会長
「長野で芽生えたスポーツを支えるところに魅力がある。みんな熱心にやってくれています。」

競技施設 大会後赤字に なぜ?どうする?

ゲスト パトリック・ハーランさん(タレント)
ゲスト 為末大さん(元プロ陸上選手)

パトリックさん:2020年のちょっと前になって、「あっ、やばい。もしかしたら赤字じゃないか」と、動き出しても遅いなと感じますけれど。藤井記者、どういうことなんでしょうか?

藤井佑太記者(首都圏放送センター):オリンピックという世界最高の舞台ですから、国際的な競技団体などから世界最高水準の施設というのを求められてきたわけです。それでオリンピック本番に向けて施設を整えたものの、日常ではオリンピックはもう開催されておらず、観客、利用者はそんなに見込めないわけですよね。だからこそ今、本番後というのが問われているんです。

武田:オリンピックの競技施設の整備費用、トータルで7,050億円と見込まれています。この中の8割以上、5,950億円が、私たちの税金から支出されているんです。競技場の収支が一般的にどうなっているかといいますと、こちらです。

まず収入ですが、施設利用料が柱です。これは、私たちが利用する際の入場料ですとか、スポーツ大会などの貸し切り料金です。一方、支出は人件費や光熱水費などというふうになっています。こうした中、バレーボール会場の有明アリーナだけが黒字なんです。なぜだか分かりますか?

パトリックさん:電気をつけない!

武田:真っ暗な中でバレーボールをする?そんなことない。

パトリックさん:音楽活動とかに向いている会場だからとかじゃないですか?

武田:いいところつきますね!
どうして黒字かといいますと、施設利用料がものすごく大きいんですね。コンサートや展示会、スポーツ大会、ファッションショーですとか、大会の後でさまざまな形での利用を想定しているために黒字になるというわけなんです。では、この赤字、どうやったら改善できるでしょうか?為末さんが考えるアイデアは、「市民に開放。稼げる競技施設に」ということなんですが、為末さん、これはどういうことでしょうか?

為末さん:水泳とは関係ない、興味がない、街に住んでいる人たちがふらっと行くような何かに変わっている必要があって、もしかすると、中には一つのショッピングモールとして捉えているような市民の方もいるぐらいまで寄せていかないと厳しいんじゃないかと思います。ある日はショッピングすることだったり、飲食店があったり、それぐらいやる必要があると思います。

武田:どうにかして収入を増やしていかなければいけないということなんですけれども、その一つの鍵が、鎌倉さんが取材したボランティア。

鎌倉:彼らが大会だとかイベントのたびに、警備、それからチケットの対応などをボランティアでしてくれています。そうしますと、あの会場でイベントを開こうという運営側は、警備費など、そういった部分のコストを削減できるわけです。

為末さん:これからは、いろんなことで日本の財政が苦しくなる中で、市民が自分からこういう活用をしたいと言って、そのためにこういう施設を使っていくべきだと思うんです。

武田:実は、競技施設の整備のほかにも税金を投入している事業があるんです。その金額、1兆6,111億円。例えば、今回の大会をきっかけに、障害がある人や外国人と共生する社会、さらには持続可能な社会、高齢化先進国への挑戦、こういったことを掲げて、日本が抱える社会課題を解決しようと、さまざまな事業が行われているんです。

総額1兆6,111億円 “レガシー”を実現する事業

鎌倉:こちらの道路、マラソンのコースになっているんですけれども、ここ見てください。アスファルトの色が違います。この灰色のほうが「遮熱性舗装」といって、熱をためない工事が施されています。

これこそがレガシー。オリンピックだけではなく、その後のヒートアイランド対策の目的も兼ねているんです。

東京都がマラソンコースを中心に進めている、遮熱性舗装の工事。通常の舗装では、太陽光の熱をため込み、道路の表面温度が上昇します。一方、遮熱性舗装では、白い塗装によって太陽光を反射させることで、表面温度の上昇を抑えることができます。総額290億円をかけて行われている暑さ対策の事業です。

オリンピックの後に、社会にレガシー=遺産を残そうと、大会の組織委員会はレガシープランをまとめています。5つの大きなテーマに即して、それぞれのレガシーを実現するための事業が詳しく記されています。

その中の1つ、街づくり。無電柱化やバリアフリー化などとともに、遮熱性舗装の事業が盛り込まれています。しかし、日本が抱える大きな社会課題を解決するのは容易ではありません。
遮熱性舗装にどれだけ効果があるのか、国が調査した結果です。道路の表面温度では、遮熱性舗装のほうが5度程度低くなっていました。

ところが、地表から1メートル50センチ、私たちが体感する温度では、その差は1度以内。国の調査結果では、「有意な差とは言えない」とされています。

ほかの事業と組み合わせながら、街づくりのレガシーにどうつなげるのか。試行錯誤を続けています。

東京都建設局 松島進課長
「(暑さ対策に)決定的な政策というのはなかなか難しいと思うんですね。これをやったから1度下がりますとか、そういうものの積み重ねで、少なくとも、できることはやると。」

鎌倉:もう一つのレガシーが、持続可能な社会。それで水素自動車の普及を目指しているんですけども、水素ステーションが全国に100か所つくられているのを皆さん気づいていましたでしょうか。

持続可能な社会を目指すとする国。目標として掲げたのは、水素を使って走る燃料電池車を、2020年までに4万台、2030年までに80万台普及させることです。

購入者
「出るのは水だけ。二酸化炭素も出さないんで、遠くまで行っても排気ガスを出さない。気持ちとしてはいいかなと。」

この事業では、水素ステーションの整備費用などに222億円を投入。2020年までに全国の160か所にステーションを作る予定です。しかし今、自動車の普及台数はおよそ2,800台。目標としていた2020年の4万台達成は事実上難しくなっています。

全国に100か所以上あるステーションは、ほとんどが赤字です。

水素ステーション運営事業者
「採算はまったくとれていません。台数がないことから、これはやむをえないことだろうと。」

「今はまだ、れい明期で支援は必要だ」とする経済産業省。今後、この事業をレガシーにつなげるため、産業界との連携を強化することにしています。

日本水素ステーションネットワーク合同会社 菅原英喜社長
「水素社会が到来するのは、まだまだおそらく先で、徐々に一般の人の理解を得ながら向かっていくという意味で、この東京五輪・パラは非常にいいきっかけになると思っています。」

「オリンピック、ボランティアの募集、始まりました。」

レガシーの一つ、社会参画を促すボランティア。普及のための事業を巡っても課題が見えてきています。
都内にあるオートバイ販売店。去年(2018年)都から、ある助成金を受け取りました。それがボランティア休暇制度助成金。1企業あたり20万円で、事業総額は5億円です。支給される条件は社員がボランティア休暇を取れるように制度を整えること。この会社では、年に3日まで休暇を取得できるようにしました。

オートバイ販売店 藤木修次社長
「会社のいろんな働き方改革も含めて、社内規定の見直しをするときに、ボランティアという話があったので、うちも取り入れようかという話になって。」

制度の理解が進んでいるか、NHKは助成金を受けた100社に取材しました。実際にボランティア休暇を取得した社員がいた企業は5社。多くの企業が、今後取り組みたいと答えましたが、中には助成金だけが目当てで申請したという企業もありました。

助成金を受け取った企業
「本音のところを言いますと、20万円もらえるんで獲得を目指したという。(助成金は)会社の収入に、収益に計上しちゃってますけど。」

東京大学大学院 仁平典宏准教授
「社員のボランティア休暇の理解が、このあとも深まらない企業については、おそらく事業終了後には、この制度を形骸化させてしまったり、もしくは廃止してしまったところも出るかと思います。今後の検証を待たなくてはいけないかと思います。」

税金を投じて目指すレガシーの実現。社会全体が理解を深めながら、行方を見守ることが必要だと、専門家は指摘します。

奈良女子大学 石坂友司准教授
「自分たちにとってネガティブなレガシーにならないようなチェック機能であるとか、無駄遣いをさせないことも含めて、プラスのポジティブなレガシーを増やせるのか、議論をもっとしていかないといけない。」

おカネをどう生かす?レガシー実現は?

パトリックさん:すぐそこにオリンピックが来ているから、とりあえず動かなきゃいけないと思っているように見えますけれど。

藤井記者:われわれも取材を通じて、去年10月になって初めて、会計検査院の調べで、オリンピックの大会経費のほかに関連する事業としてこのような規模で予算があると、全貌が初めて見えたということに驚きました。中には、オリンピックを契機に事業をもっと伸ばしていきたいと。それを広げていきたいといった狙いで投入される事業もあります。

鎌倉:専門家はこういった事業について、「短期的なスパンではなかなか評価しにくいからこそ、長期的に見ていって評価すべきだ」という意見も当然あるんですよね。

武田:レガシーにはどんなものがあるかといいますと、「スポーツ・健康」、「街づくり・持続可能性」、「文化・教育」など5つ。それぞれを実現するための事業が進められているんです。なぜやっているのかといいますと、実はIOC=国際オリンピック委員会が「開催国と開催都市がオリンピックのレガシーを残すよう奨励する」というふうにオリンピック憲章に明記してあるからなんですね。開催するからには、大会を開くこと以上の価値を生み出して、レガシー計画を求めるようになったということなんです。
大事な数字があります。レガシーという言葉、パックンは英語が得意ですから、どういう意味か分かると思いますけれど、念のため聞きます。レガシーの意味は分かりますか?

パトリックさん:僕はLegacyだったら分かりますよ!

武田:この言葉を知っている人は何%ぐらいいると思いますか?

パトリックさん:ずばり18%!

武田:そのとおりです、17.8%。知ってました?

パトリックさん:ううん。

為末さん:知ってましたよね?

パトリックさん:いや、とんでもないです。僕、正直ボケで言ったんですよ。そんな低いはずないよって誰か言ってくれると思ったんだけれど、意外な反応するから。

武田:でも為末さん、オリンピックにレガシーが必要なんていう議論は、普通はあまり聞かないかもしれないですね。

為末さん:日本側としては、オリンピックのために全てが行われるんじゃなくて、「これからわれわれ、どんな国と都市を作りたいのか?」からレガシーを考えるべきじゃないかと。日本がやらなきゃいけないレガシーは、何かを作っていくというよりも、これまで続いてきた慣習とかルールみたいなものを壊す方向のレガシーのほうがインパクトが大きいんじゃないかと思うんですね。例えば競技場で、大体ヨーロッパの国って、カフェとバーがくっついていて、スポーツには興味ないけれど、おじいちゃんがお茶を飲んでいたりするんですよ。そういうのは日本の競技場ってほとんどなくて、いろんな理由があってなっているんですけれど、そういうものをオープンにして、競技場というのはスポーツだけじゃないものでも使っていいんですよってするんだったら、僕はすごく大きなレガシーだと思うんです。

鎌倉:私が取材したのは、21年前に開催された長野オリンピックの現場だったんですけれども、何が残っているのかなと見ますと、地元の人の意識というものがレガシーとして残っているからこそ、地域で生かされ続けているのかなというふうにも思ったんです。

パトリックさん:前回の64年の東京オリンピックのレガシーでよく挙げられているのは、高速道路とか新幹線とかのハード系、インフラ系だと思うんですね。これも立派なレガシーであるんです。今回のレガシーはどうなんですか?

藤井記者:施設系はもう整備が進んでいますけれど、こういった関連の経費というのはオリンピックの後も続くんです。これでチェックされないままだと、ずっと続いたままになってしまう。そういった意味では、市民が声を上げて、こういった予算はどうなのかと、ちゃんとレガシーとして残るのだろうかだとか、そういったことを議論していくことが必要だと思います。

パトリックさん:長期的にもっと暮らしやすい、もっと生産性の高い、みんなが平等に幸せの中で暮らせるような街づくり、国づくり、社会づくりにつながるんだったら、僕は安い買い物だと思うんですよ。

為末さん:今までの日本はお金持ちの国でした。でも、これからの日本はどういう国として世界に貢献して、役割を認識されるんですか?というのを、2020でちょっと探り、自信を持ってその方向に踏み出すようなことができたら、それが大きなレガシーじゃないかと思います。社会の課題は、市民が解決して、その時、引っ掛かっているルールは行政に働きかけて変えてもらう主役のプレーヤーが、市民の側に回ってくるっていうことが起きるのが、僕は一番大きいんじゃないかな。その大きなチャンスじゃないかって思いますよね。