クローズアップ現代

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

Menu
2017年11月20日(月)
家でも会社でも使えるノーベル賞理論! 最新経済学の魔法

家でも会社でも使えるノーベル賞理論! 最新経済学の魔法

「つまづいたっていいじゃないか、にんげんだもの」。今年、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授(行動経済学)は相田みつをファン。衝動買い、飲み過ぎ、ギャンブル…分かっちゃいるけどやめられない、だって「にんげんだもの」。でも、こうした人間心理を逆手にとれば、より良い選択をするように誘導できる。セイラー教授が“ナッジ”と名付けたこうした仕掛けを紹介。 うまく応用すれば家でも会社でも、人生はうまく行く!?

出演者

  • リチャード・セイラーさん (シカゴ大学教授)
  • 大竹 文雄さん (大阪大学教授)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

家でも会社でも使える! 魔法のノーベル賞理論

今年(2017年)、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授。その研究テーマは…。

日本の「相田みつを」?

経済学者 リチャード・セイラー教授
「『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』。私はこの言葉が大好きなんだよ!」

間違いをしでかす私たち人間を科学する行動経済学の巨人・セイラーさん。心理学のテクニックを使った仕掛けで巨額の経済効果を生んだり、家計の節約に大貢献したり。世界中で革命を巻き起こしているんです。
そんなセイラーさんが、相田みつをを生んだ日本のために単独インタビューに応じてくれました。誰でも使える知恵が満載。ノーベル賞に輝いた最新経済学の魔法を分かりやすくご紹介します。

とはいえ、相田みつをさんとノーベル経済学賞、どんな関係があるのでしょうか?

田中:人間をどういうものだと捉えるかがポイントなんです。

伝統的な経済学では、議論を分かりやすくするために、人間は「自分が得するように必ず合理的に判断する」と想定されています。ところが実際は、それほど欲しくない物を衝動買いしたり、ギャンブルにはまったり、にんげんだもの…そんなこともありますよね。あまり合理的とはいえません。セイラーさんは、こうしたリアルな人間像を経済理論に取り組み、実際の現場で役に立つ画期的なアイデアを次々と生み出したことが高く評価され、ノーベル賞受賞につながりました。どういうことなのか、ご本人に伺ってきました。

ノーベル賞理論の原点

田中
「相田みつをのファンだそうですね。」

リチャード・セイラー教授
「2009年に東京に行ったときに、たまたま相田みつを美術館に行ったんだよ。それですっかり魅了されてしまったのさ。
私は研究室のドアに、相田みつをの詩を貼り付けているんだよ。『そのうち そのうち べんかいしながら日がくれる』。いつまでもなまけている場合じゃないっていう、自分への戒めのためにね。」

田中
「著書の中でも、ご自身をなまけ者だとおっしゃっていますね。」

リチャード・セイラー教授
「そうなんだよ、若い頃はついついなまけてしまう自分を律するために、ずいぶん苦労したもんだよ。」

セイラーさんは、相田みつをのファンというだけでなく、その言葉が研究テーマそのものになっているといいます。

リチャード・セイラー教授
「相田みつをの『にんげんだもの』という言葉。それはまさに、私が40年かけて研究してきたことでもあるんだ。学生の頃、経済学の論文をたくさん読んだけれど、そこに書かれている人間は現実に存在している人間とはかけ離れている気がしたんだ。それで私は、それまで経済学者が無視してきた人間のおかしな行動を調べることにしたんだ。」

セイラーさんは、心理学と経済学を組み合わせることで人間のリアルな活動を分析してきました。例えば、お昼休みにランチに出かけたサラリーマン。この日は奮発して、うなぎ屋さんへ。メニューは松が3,500円、竹が2,000円、梅が1,000円。懐具合を考えると、いちばん安い梅を選びたいところですが…。

“竹、ください!”

実は、松竹梅とメニューが3種類あると、5割以上の客が真ん中の竹を選ぶんですって。これ、「極端回避性」と呼ばれる人間心理なんです。さらには、最初に3,500円の松が目に飛び込んできたため、ふだんなら予算オーバーの竹をお安く感じちゃう「アンカリング効果」も働いています。周りの情報に簡単に左右されてしまう私たち。でもそこは「にんげんだもの」。セイラーさんは、そんな人間の本質を真摯に見つめてきたのです。

リチャード・セイラー教授
「人間って面白い生き物だろう。こういう人間らしさが、さまざまな形で経済に影響を及ぼしているんだ。だから私は、経済学に人間らしさを体系的に組み込むことに挑戦してきたんだよ。」

家でも会社でも使える! 魔法のノーベル賞理論

ゲスト大竹文雄さん(大阪大学 教授)

予算より高くなっても、ついつい竹を選んでしまう。人間ってそうだよねと思うんですけれども、そのことをまじめに、「なぜ」というふうに取り上げようとしたのが「行動経済学」ということなんですね。

大竹さん:非合理ってよくいわれますけれども、でたらめっていう意味じゃないんですよね。私たちの行動は、合理的な行動から、一定のパターンで偏りがある。これ「バイアス」っていうんですけれども、そのバイアス、特性を見つけて、それを体系的に経済学に取り入れるというのが行動経済学なんです。

どう役に立つと想定されている?

大竹さん:私たちはこういうことをしたい、例えば痩せたいとか、寄付をしたいとか、環境問題に優しくしたいとか思っても、なかなか実行できないですよね。そのいい気持ちを後押ししてあげるということに使えると。

原理が分かれば、社会をよくすることにもつながるんですね。

思わず買いたくなる 後押しのテクニックとは?

田中:ビジネスの現場でよく使われている手法。これを行動経済学で分析してみるとどうなるのでしょうか。今回番組では、大竹さんの監修の下、こんなVTRを作ってみました。

“さあ、皆さん!今日もやってまいりました、トクトク商事のお茶の間ショッピングのお時間です。”

「おっ、今日はどんな商品が出てくるのかな?」

“本日ご紹介しますのは、こちらでございます。超高精細50インチ4Kテレビ。この商品、ただいま大人気で売り切れ続出なんです。なんとあの『タケタン』こと武田アナウンサーも愛用中なんです。”

“まるで画面が迫ってくるような臨場感っていうんですか。今じゃ毎日、自分の番組をチェックするのが楽しみで楽しみで。もうこのテレビに出会えたことに感謝っていうか、大満足です!”

「へぇー、タケタンお墨付きか。売り切れ続出。俺もそろそろ買い替えたほうがいいのかな。」

田中:さあ、今早くも思わず買いたくなるテクニックが使われていることに気づきましたでしょうか?
私たちは、商品の機能を自分で吟味せず、「売り切れ続出」や「有名人が使っている」などの分かりやすい情報に引きずられがちです。利用しやすい情報だけで判断する、これを「利用可能性ヒューリスティック」といいます。

“さあ、気になるお値段。こちら、19万9,800円!しかし、これだけではございません。なんと、今から1時間以内にご購入いただいた方限定で、現在お客様がお使いのテレビ、5万円で!5万円で下取りいたします!5万円ということは…14万9,800円です!!どうですか皆さん。これは安いですよ。”

「へぇー、下取りしてくれて、しかも5万円も安くなるのか。これはお買い得だな。」

田中:ここにもテクニックが。最初から14万9,800円と言われるよりも、初めにおよそ20万円という金額を提示され、そこから値引きされた方が、よりお得感を感じやすくなります。これを「アンカリング効果」といいます。

“しかも、この商品、お支払いは2か月後。2か月後で構いません。ツケ払いでいいんです。
さあ、皆さんいかがですか?あれっ?まだ迷ってる?でも大丈夫。もしお気に召さなかった場合でも、返品無料なんです。返品無料!
どうですか皆さん。この超高精細4Kテレビ。もう迷わないですよね。いやー、もうとにかくお電話お待ちしています。”

「ツケ払いで支払いは2か月後か。これは助かるな。気に入らなかったら返品できるって言ってたし。早速電話しよう、もしもーし!」

田中:私たちは、「今すぐに払わなくていい」と言われると、負担が軽くなったような錯覚に陥りがちです。これを「現在バイアス」といいます。
さらに、いったん商品が届くと愛着が湧いてしまい、多少のことでは返品しようとは思いません。これを「保有効果」といいます。

賢い消費者になる極意とは

次々に消費者の心理をついた仕掛けが繰り出されていましたね。まず「利用可能性ヒューリスティック」とは?

大竹さん:「ヒューリスティック」というのは、直感的判断とか、近道で判断するという意味なんですね。この場合、本当はその製品の情報をよく調べて、その価格と見合っているかどうかで意思決定すべきなんですけれども、「武田さんが使って、いいと思っている」とか、「売り切れ」という、そこにある情報だけで意思決定をしている。

手近な情報だけで、そういう判断をしてしまう傾向があるが、ちゃんと調べなくてはいけないということ?

大竹さん:そういうことです。

続いて、「アンカリング効果」。20万円という最初の値段から5万円値下げすると、安いと感じてしまうという心理ですね。

大竹さん:これは、私たちは無意味な数字でも何か数字が与えられると、それを基準に得したとか損したとかいうふうに思いやすいんですね。それを「アンカリング」といいます。この場合は、本当の値段は15万だったのかもしれないんですが、その前に20万円って言うと、それよりも安くて得をしたということで、私たちは買いたくなってしまうということなんですね。

本当の値段をちゃんと調べなくてはいけないと。そしてツケ払いや返品がOKだと買いやすいと思う心理が出てきましたが、まず「現在バイアス」とは?

大竹さん:これは、私たちは将来のことについては結構、我慢強く計画を立てられますよね。夏休みの宿題は、夏休みが始まる前に最初にやってみたり。だけど、そのときになると嫌なことは先延ばしして、楽しいことを今やってしまう。だから今に引きずられる。それが「現在バイアス」。
それから「保有効果」というのは、手にする前に思ってたそのものの価値っていうのが、いったん手にする、自分の物になると価値が上がって、それを手放したくなくなってしまうという効果なんです。

ほかにはどんな例が?

大竹さん:セイラーさんがやった有名な実験で、マグカップをあげる前に値づけした場合の値段と、あげてから「いくらなら売りますか」という値段だと、あげてからつけた値段のほうが高くなってしまう。自分のものになったら値段を高くつけてしまう、それが保有効果。マグカップでも起こるということなんです。

その2つの場合、どうすればいい?

大竹さん:これはやっぱり、最初からそういう傾向が私たちにあるということを知っておくということです。そうすれば何らかの対策が自分で立てられるようになる。

家でも会社でも使える! 魔法のノーベル賞理論

田中:セイラーさんは、こうした人間らしさを逆手に取って、ちょっとした仕掛けで社会をよりよくすることができると提唱しました。例えば、こちら。

男性用のトイレ?

田中:よく見ると、真ん中に黒い点があるのが分かりますか?実はハエのシールが貼ってあるんです。これで皆さんよく狙いを定めるようになり、周りの汚れが少なくなったというんです。その結果、なんとある空港では、年間1億円以上も清掃費用を削減できたんです。

このような仕掛けを、セイラーさんは「ナッジ」と名付けました。英語で「ひじで小突く」という意味なんです。超低コストで巨額の経済効果を生むナッジ。社会をよくするこの魔法、実際に大きな成果を上げています。

紙ペラ一枚で数兆円!? 使えるノーベル賞理論

セイラーさんが考案したナッジ。その最大の成功例が、定年後の生活資金となる企業年金の加入率を大幅にアップさせたことです。当時、アメリカでは定年後に生活に困る人が続出し、問題になっていました。

経済学者 リチャード・セイラー教授
「アメリカでは、企業が従業員にとって有益な年金プランを提供しているんだ。そのかけ金は企業も負担するので、加入した方が得なんだよ。ところが、多くの従業員がなかなか加入しようとしなかったんだ。なぜなら、分厚い申込書に、いくら貯蓄するか、どこに投資するか、あれこれ書き込む必要があったからなんだ。」

そこでセイラーさんが考えついたのが、これ。「年金脱退申込書」!?
なんと、方式を180度転換。年金に入りたくない人が申込書に記入し、書かない人は自動的に加入することにしたのです。

僅かなコストで効果はてきめん。この方式を導入した企業の年金加入率はおよそ90%に急上昇。めんどくさいことはしたくない。そんな人間心理を巧みについたのです。

経済学者 リチャード・セイラー教授
「それがナッジさ。ものぐさな人間の性質を逆手に取ったんだよ。いったん加入してしまえば、わざわざ退会しないだろう。人間らしさを利用して、人助けをしたというわけさ。」

ほかにも、ナッジが大きな経済効果を生んだ例があります。借金返済に苦しむ人を減らすため、オバマ政権時代にできた「クレジットカード規制法」。利息を含めた返済総額と期間を利用者に知らせるよう、カード会社に義務づけたのです。なんと、過剰な借り入れを年間1兆4,000億円も抑制したと試算されています。支払う利息の額を具体的に知ることが有効なナッジとなったんですね。

さらに日本でも、ナッジを使った国家プロジェクトが動き始めました。

「日本オリジナルのナッジモデルを築いていく。将来的には世界に導入してCO2を下げられたらなと。」

なかなか進まない省エネ。各家庭に電気を節約してもらおうと、毎月、あるレポートを送ることになりました。ご近所で家族構成などがよく似た家庭と比較してどれくらい電気を使っているか示したグラフです。この家庭は省エネ上手の家庭と比べ1.4倍も電気を使っていることが分かります。平均的な家庭と比べても2万円多いと言われると、気になるかも…。

環境省 池本忠弘さん
「従来のメッセージは『節約しましょう』とか『こうしたら環境にいいですよ』という形のアプローチが多かった。それで響く人もいれば響かない人もいる中で、1人1人に合った形のアドバイスをお送りしますので、(省エネを)身近に感じていただく、いいきっかけになるのではないか。」

国は来月(12月)から5年間、実験的にレポートを送ることにしています。これがナッジとなって各家庭が電気の使用を2%減らせば、なんと年間3兆円もの電気料金を節約できるんですって。

家でも会社でも使える! 魔法のノーベル賞理論

年金に加入する人ではなくて、脱退する人に書類を書いてもらう。日本では省エネレポートを送るだけ。これで多くの人の行動が変わるんですね。

大竹さん:やっぱりいちばんのポイントは、低コストで人の行動を変えられたということですね。やっぱり省エネをしようと思うと、すごく宣伝しなきゃいけないとか、年金の加入を増やすにしても宣伝するお金がかかるじゃないですか。だけどこの仕組みだと、ちょっとした表現を変えるとか、加入のしかたを変えているだけで、これだけ大きな効果があるということなんです。

まさに人々の行動をいい方向に後押しする、最初におっしゃった効果が出ているということなんですね。

田中:このように、ちょっとした仕掛けで社会をよくするナッジ。私もふだん気になっている社会問題の解決に使えないか、ヒントをセイラーさんに伺いました。

女性の活躍を促すには?

田中
「例えば日本では、女性管理職がとても少ないことが問題になっています。女性がもっと社会に進出するためには、どうすればいいでしょうか?」

リチャード・セイラー教授
「もし誰かを管理職に昇進させるとき、1人しか昇進させないとすると、男性が選ばれやすい。誰もそれを不公平だと思わないからね。だから結局いつも男性が管理職に選ばれてしまう。でも同時に複数の人を管理職に昇進させることにしたらどうだろうか。全員男性というのは考えにくくなる。女性が活躍する機会を増やすためには、複数の社員を同時に管理職に昇進させるというルールを設けることが有効だと思うよ。」

家でも会社でも使える! 魔法のノーベル賞理論

複数の人を同時に昇進させると、女性の割合が増える。これはどういうこと?

大竹さん:これは、女性差別を「見える化」してるんですよ。1人しか昇進しない場合は、それが男性だった場合に、差別かどうか分からないですね。だけど、何%の、例えば従業員が50%女性のところで10%しか女性が昇進してないとなると、誰にでもこれはちょっと差別ではないかっていうことが見えますよね。そうすると、その差別をしにくくなるということですね。

これもナッジなんですね。

大竹さん:さすがのアイデアだと思いました。

ほかにも日本の問題解決のヒントとなるようなナッジはある?

大竹さん:ありますね。日本では脳死の場合に臓器移植の提供の意思ありというサインをしている人は、10%ぐらいしかいないんですね。だけど、したいと思ってる人は5割ぐらい、半分ぐらいいるんです。ですからこれを増やすのに、例えばサインをしなかったら、臓器提供の意思ありというふうに見なすっていうのも1つの方法で、海外ではそれが取られています。ただ、それはやり過ぎだっていう可能性もあるので。例えば、したくない人まですることになってしまうと。そうすると、強制的にどちらかの意思決定をさせるという方法というのは、ナッジとして考えられると思います。

したくないのに、デフォルトで、何も書かないので承諾というふうにしてしまうと、そこに問題が生じるおそれがあるということですね。ナッジも使い方によっては危ないということになるんですね。

大竹さん:ただ、その場合はじっくり考えさせることを義務づけるというナッジが有効だと思いますね。

ナッジが間違って使われたり、悪用されたりするおそれは?

大竹さん:これはやっぱり、私たちが行動経済学をよく知って、そしていい方向に使われているということを認識していくということが大事なんですね。それだと喜んでみんな使うと思います。

悪用されないためにも、私たち自身が行動経済学をよく知るということも大事なんですね。私たちの経済活動は矛盾に満ちていると。「にんげんだもの」を出発点にしたこの行動経済学は、それを分かりやすくひもとくだけでなく、一人一人がよりよい判断ができるように、そして社会全体がよりよくなる方向に導いてくれそうな学問だと思いました。