クローズアップ現代

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2017年11月2日(木)
ひらがなも書けない若者たち ~見過ごされてきた“学びの貧困”~

ひらがなも書けない若者たち ~見過ごされてきた“学びの貧困”~

憲法が保障する「教育を受ける権利」。国は、日本では読み書きできない人はいないとしてきたが、教育現場の声やNHKの取材で、いまの若者の中に小中学校に通うことができなかったため、ひらがなさえ十分に書けない人や簡単な計算ができない人が少なからずいることが明らかになってきた。若者たちが義務教育からこぼれ落ちた背景に何があるのか。教育を受ける機会を得られず、厳しい生活をおくる人々の姿を伝える。

出演者

  • 酒井朗さん (上智大学教授)
  • 上田真理子 (NHK報道局)
  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

ひらがなが書けない… 知られざる“学びの貧困”

ひらがなが十分に書けない19歳の男性。

男性
「どっちですか?『は』か『わ』。」

誰もが受けられるはずの義務教育。しかし、男性は小学2年生までしか学校に通うことができませんでした。

男性
「わかんないっす。」

国は「日本に読み書きができない人はいない」としてきましたが、今、その前提を揺るがす実情が浮かび上がっています。
NHKが全国800か所で行った独自調査。「お金の計算もできない」「求人票が読めない」。読み書きや計算ができないため、生活に支障を来している若者たちの存在が明らかに。経済的な貧困に比べ見過ごされてきた「学びの貧困」。私たちの社会の「現実」です。

読み・書き・計算が… “学びの貧困”の現実

鎌倉:憲法が保障する「教育を受ける権利」。しかし、NHKが調査したところ、小学校や中学校の義務教育を受けたくても受けられなかった若者の存在が明らかになってきました。
こうした人たちは、生活のさまざまな場面で困難に直面しています。例えば平方メートルやミリリットルが何を意味するのか分からない。30%オフや2割引きの計算ができない。それから、漢字が読めないために薬の飲み方が分からないなどの声が寄せられました。

学べないまま大人になったことで、生きていくすべすら身につけられない、生活にも支障が出る状態。それを私たちは「学びの貧困」と呼び、その実情を取材しました。

東日本に住むコウスケさん(仮名)、19歳です。月4万円のアパートで暮らしています。小学2年生以降、学校には通っていないコウスケさん。文字を読むことはできますが、書くことは苦手です。

コウスケさん
「逆だな。わかんないっす。」

「車って漢字で書ける?」

コウスケさん
「無理です。」

漢字で書けるのは自分の名前と住所だけ。かけ算や割り算はほとんどできません。コウスケさんの母親は、非正規の仕事を続ける中でいくつもの病気を患い、10年以上前から生活保護を受けています。

母親
「ぼーっとしてきた。」

コウスケさんは今の生活から抜け出したいと、去年(2016年)、配送のアルバイトを始めました。カレンダーの余白にある文字。不在連絡票を書くために何度も練習しました。

しかし、漢字が多い業務報告書をうまく書けず上司から注意を受けたといいます。職場に居づらくなり、1か月ほどで辞めざるをえませんでした。

コウスケさん
「字を書けるようにしないといけないですよね。何か言われたときとか聞かれたときも、メモったり相手に答えないといけないので。」

なぜ、コウスケさんは義務教育を全うできなかったのか。この日、去年まで暮らしていたアパートを片づけに訪れました。ふすまに開いた、いくつもの穴。

コウスケさん
「兄貴が殴って穴あけてたのが基本ですね。」

6歳年上の兄の暴力は家族にも向けられました。生活の厳しさに追い打ちをかけた暴力。次第に、学校に通う意欲を奪われていったといいます。

コウスケさん
「兄貴の暴力受けてて、ずっと毎朝起きたら顔色うかがって何かしないといけない、奴隷のように。それに疲れちゃって。」

学校に通っていない子どもがいる場合、学校側は親に登校を促す義務があります。コウスケさんのもとにも当初、先生や行政の担当者が訪れましたが、次第に誰も来なくなったといいます。来月(12月)、20歳になるコウスケさん。子ども時代に学べなかったことで社会生活を営んでいくすべさえ見いだせずにいます。

コウスケさん
「とりあえず今のことを考えないといけないので、未来を考えてる余裕はないですね。」

独自調査 “学びの貧困”広がりは

これまで見過ごされがちだった若者たちの「学びの貧困」。どこまで広がっているのか。NHKは貧困に苦しむ若者などを支援する窓口の担当者にアンケートを実施しました。
「義務教育を十分に受けられなかった」という若者はおよそ600人。そのうち、読み書きに困難を抱える人は78人に上りました。

一方、心理面への影響も浮かび上がってきました。「対人関係が苦手」という人は208人。「自己肯定感が低い」という回答も目立ちました。

“学びの貧困”で… 孤独抱える21歳の女性

大阪府で暮らす21歳のヒトミさん(仮名)も、義務教育を受けられなかったことで自分に自信が持てないといいます。母子家庭で育ったヒトミさん。絵本が好きな明るい女の子でした。しかし、小学校に入学直後、母親が脳梗塞で倒れ、看病や家事を手伝うため学校を休みがちになりました。4年生のとき、借金が原因で転校手続きも取らないまま別の町へ引っ越し、学校へ通えなくなったといいます。小学校を卒業していないため、履歴書に書くことがありません。そんな自分に負い目を感じています。

ヒトミさん
「やっぱり学歴がないと自分に自信がないというか、はみだし者みたいな。つらいというか、情けない。」

ヒトミさんは、美容院にはずっと行っていません。髪を切ってもらうとき、自分のことをいろいろと尋ねられるのが耐えられないからです。買い物に行くのも不安です。事前に、購入する品物の金額を計算機を使って書き出します。週に1度の買い物で使える金額は3,000円まで。暗算が苦手なため、レジでお金が足りなくなって慌てる姿を見せたくないからです。

同世代の友達は、1人もいません。できるだけ周囲と関わりを持たず過ごしています。
ヒトミさんがつづった文章です。

“義務教育を受けていないということは、なぜ、何をするにも息がしにくい不自由な世界なんだろうか…。教育は平等なんかじゃない。”

明らかになる“学びの貧困” なぜ若者たちが…

ゲスト酒井朗さん(上智大学 教授)
上田真理子(報道局)

鎌倉:ヒトミさんのことば、重く響きます。ヒトミさんは独学で読み書きを身につけたということです。
日本人の読み書きに関して、国は1955年に読み書きに関する調査を実施。それを最後に、実態を把握することはしてきませんでした。「日本に読み書きできない人はほとんどいない」という見解だったからです。一方で、義務教育の小学校を終えていない人は、2010年の国勢調査で12万人。このうち40歳未満の人はおよそ2万人います。その詳細は分かっていませんが、先ほどの2人のような若者たちが、この中に含まれているとみられます。

NHKのアンケートでは、学校へ通えなくなった背景についても尋ねました。「いじめ・本人の障害」という理由だけでなく、「親の病気や虐待」「貧困」など、家庭環境が大きく影響していることが分かりました。

具体的にはどういうことで学校に行けなくなってしまう?

上田記者:例えば貧困ということでいいますと、親が非正規の仕事をいくつも掛け持ちしていたりして、子どもが昼間何をしているか、その状況を把握する時間も余裕もないといったケースがありました。また親の病気ということでいえば、親の代わりに家事やきょうだいの世話、祖父母の介護をしていると、そういった答えもアンケートでは多く目立ったんです。さらに、子どもを学校に行かせるためには、実はきちんと朝早く起こす、学校に行く準備をする、朝食をとるというのはかなり大変なことでして、それが保護者の仕事が忙しかったり、病気のためになかなか難しくなっているといった側面もあると感じます。

酒井さん:本当に驚きました。不登校の問題で、この読み書きができない方たちという、こうした映像が流されるのは、本当に初めてではないかというふうに思います。

なぜ今、この問題が表に出てきているのか?

酒井さん:まず長期欠席というのは、戦後しばらく非常に多かったんですけれども、高度経済成長期になると激減していくんですね。それが1980年代ぐらいになると、再び増えてくる。
国は1990年代になって本格的に対策を取るんですが、その際にやはり第一は「心のケア」が大事だと。学校は心の居場所でなければいけない、そういうふうなことが非常にしきりにいわれていた。読み書きということが、やはりその次になってしまったということがあるんだと思います。

“学びの貧困” 若者たちの現実

人生の豊かな部分を失っている、孤立しているということも大きな問題では?

上田記者:私が取材した若者たちの多くが、同じように社会から一歩引いて、身を潜めるような生活を送っていました。今はそれこそ幼児教育ですとか、高等教育の無償化といったところまで議論される時代ですから、義務教育というのは受けていて当たり前ということが前提になっていると思います。その前提が、やはり自分は人と違うというところで、どうしてもそれが重く負担になっているんではないかと思います。また、読み書きや計算ができないということでの日常生活の不自由さということに加えて、就職ができないとか、社会人としてのスタートラインに立てないということで、人生に対して前向きになれない、やる気がそがれていくということになるのも無理はないのかなというふうに感じました。

この問題、どう解決していけばいいのか。取り組みの現場を取材しました。

“学びの貧困”から抜け出すために

大阪府にある夜間中学。今、ある変化が起きています。これまで生徒の大半は高齢者や外国人でしたが、最近は日本人の若者も目立つようになりました。
小学校を卒業していないヒトミさんも、その1人です。3年前、亡くなった母親が「いつか学校に行ってほしい」と言っていたのを思い出し、通うようになりました。ヒトミさんの学力は飛躍的に向上しました。入学当時は九九さえうろ覚えでしたが、今では複雑な問題も解けるようになりました。
周囲の人たちとの関係も変わり始めています。積極的に会話に加われるようになったのです。

「何ぶん?」

ヒトミさん
「“仄聞(そくぶん)”。」

「仄聞ってどういう意味?」

ヒトミさん
「“人づてなどによってうすうす聞くこと。”」

「うわさや。」

“学べなかった”21歳の女性 踏み出した一歩

取材中、行きたい場所があると言い出したヒトミさん。向かったのは、卒業することのできなかった小学校です。ヒトミさんは、当時を思い返すたび、眠れなくなるほど苦しんできたといいます。つらい記憶のある場所。ようやく訪れることができました。

ヒトミさん
「全然変わってないです。めっちゃなつかしいです。」

学び直したことで、変わり始めた自分を感じています。

ヒトミさん
「何かが変わったと思うんですけど、自分でもそれがよくわからないので。でも夜間中学に来て勇気を出せるようにはなったんで、勇気かな。」

“学びの貧困” 連鎖を断ち切るために

学びの貧困に陥らないよう、子どもたちを早い段階から支える取り組みも始まっています。広島県の福山市役所です。この日、開かれたのは、教育委員会と福祉課が連携した会議。

教育委員会 職員
「(学校に)汚れた服を数日間着ているという状況がありました。欠席日数がちょっと多め。」

福祉課 職員
「自宅の中が大変散らかっている。」

生活が困窮している家庭は、子どもの教育でも問題を抱えがちです。しかし、対応する部署はそれぞれ分かれていました。そこで、市は部署の垣根を取り払いました。福祉課が持っている生活保護やひとり親家庭の情報と、教育委員会が持っている学校へ通っていない子どもたちの情報を共有。支援が必要な子どもの家庭をリストアップします。

そして、それぞれの家庭を福祉課の支援員が訪ねています。この日、訪ねたのは3人の子どもを育てる母親。うつ病などで薬を服用しています。

母親
「寝るのが子どもの方が遅い。(子どもが)寝たのを見計らって寝ればいいんだけど、睡眠薬飲んでるから、先にコロンといったらわからない。」

母親の目が届かず、子どもたちの生活が乱れ、学校に通うことにも影響が出かねません。支援員は親の代わりに朝起こしに行くなどのサポートを行っています。

母親
「すごい心強い。私が高校行ってないんで、1人でも高校行ってほしいな。」

現在、支援する子どもは71人。

支援員
「また来るから、勉強しようよ。」

今後、支援員を増やし、取り組みを広げていきたいと考えています。

福山市 福祉部 小野裕之部長
「本人の努力だけではどうにもならない。どこかで状況を変えなかったら、この連鎖は続いていく。子どもに直接、家庭も含めて関われる仕組みがもっと広がっていけばいい。」

若者の“学びの貧困” 国の対策は?

鎌倉:学びの機会を失った人のための夜間中学。公立の夜間中学は、全国で8都府県にしか設置されていません。国は今年(2017年)2月に、全ての人に学ぶ機会を確保するための法律を施行し、それに基づいて、各県に少なくとも1校の設置を促していますが、多くの県では計画すらない状態です。国はこの状況をどう捉えているのか、聞きました。

文部科学省 教育制度改革室 常盤木祐一室長
「何らかの事情から義務教育が受けられていないというお子さんがいらっしゃるという実態があるのは、大変残念に思っています。本当に学びたいというとき、学べるようになったとき、そういう場がある、これはまさに行政の役割。そういう場を広げていきたい。」

読み・書き・計算が… “学びの貧困”なくすために

これまで学ぶ機会がなかった人たちを支援するためには、何が必要なんでしょう?

上田記者:この問題に国がようやく取り組み始めたというのは、一歩前進だというふうには思います。ただ、夜間中学ですと、夜仕事をしていたり、小さい子どもを育てていたりすると、どうしても毎日通うというのは難しいということもありますので、例えばもっとほかに、無料の学習支援塾というのが今、子ども向けにたくさんできていたりもしますので、そういった所で大人も受け入れるような、そういった取り組みなども広がっていけばいいのではないかと思います。また、アンケートでは、読み書きが不自由な人には支援がどうしても届きにくいという指摘もありました。例えば仕事を探しに来た際に、学びの場の情報も提供するなど、組織の役割を超えた支援が必要だというふうに感じます。

学ぶ機会がなかった人への支援、これ以上こういった人たちを生まないための支援も必要だと思うが?

酒井さん:まず何よりも、こうした現状の実態をきちっと調査することが行政として非常に大事だと思いますね。1950年代にやったきりで、そのあと全然実施されていないわけです。ただ、これほどこういう方がいらっしゃるという中では、やはりそれが非常に重要だというのが1つ。それから、行政間のさまざまな機関の連携や、あるいは民間の団体との関係も必要で、非常に大事だと思います。それから、もちろんフリースクールや夜間中学校が多様な支援をしてくださる、そうしたところで多様な学びの場を提供してくる、そういうものも非常に大事だと思いますね。
しかし私は、やはりこれは憲法で教育の機会は保障されてるわけですので、すべての子どもたちにきちっとした教育の機会を保障しなければいけない、そのためには公教育のシステムそのものを、どこか見直さなければいけないのではないかと。今までは学校に来る子どもに教育を施すということが大事だと、それを前提としているんですけれども、やはり出かけていくといいますか、こちらのほうから出向いて教育の機会を提供する、そうしたような考え方も必要なんではないかというふうに思います。

ご紹介したヒトミさんは、夜間中学に出会ったことで「将来に初めて光がさし込んだ」と話していました。学ぶことは将来の夢や希望を抱くことができるようになることでもあります。すべての人がその機会を得られるように、地道できめ細かい取り組みが求められていると思います。