クローズアップ現代

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2017年10月12日(木)
“英雄”か“裏切り者”か サッカーシリア代表の真実

“英雄”か“裏切り者”か サッカーシリア代表の真実

来年6月に開催されるサッカー・ワールドカップロシア大会の出場国が続々と決まるなか、『奇跡のW杯出場か』と世界中の注目を集めたシリア代表。実は、その快進撃に賛否両論の声が上がっている。内戦の影響がサッカーにも影を落としているのだ。さらにかつて政権と距離をとり代表を離れたスター選手の“突然の復帰”が波紋を広げている。彼は躍進を支える英雄なのかー、それとも裏切り者なのかー。代表たちは分断された国家の希望の灯となりえるのか。国家とスポーツの間で揺れる選手たちの姿に迫る。

出演者

  • 宮本恒靖さん (ガンバ大阪U-23監督 元サッカー日本代表主将)
  • 木村元彦さん (ジャーナリスト)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

壮絶な闘い 知られざるドラマが

サッカーワールドカップに向けた戦いで知られざるドラマが。
アジア王者を追い詰め、初のワールドカップ出場にあと一歩まで迫ったシリア。6年にわたる内戦で国が分断。代表チームに大きな影を落としていました。異なる立場に立たされたメンバーたちが再集結。快進撃を続けました。

シリア代表キャプテン
「再びみんなが一緒になれるように、お互いが握手を交わせるように。」

しかし、難民となって、今なお国に戻れない多くの人々からは批判の声が。

トルコに逃れたシリア難民
「このチームは自分たちの代表とは思えない。」

国が分断された中、ピッチに立つ選手たちは英雄か、それとも裏切り者か。サッカーシリア代表。ワールドカップ予選の壮絶な舞台裏です。

田中:来年(2018年)6月に開催される、サッカー・ワールドカップ ロシア大会。32の出場枠を巡り、世界各地で壮絶なドラマが繰り広げられています。その中で注目されたのが、初出場を目指したシリア代表の躍進です。そのシリアでは、内戦で33万人以上が亡くなり、さらに政権から弾圧を受け、国外に527万人が避難するなど、国民は分断されています。

シリア代表は、英雄か、裏切り者か。国民の見方が分かれる中で、戦い続けたチームに密着しました。

“英雄”か“裏切り者”か 密着 サッカーシリア代表

アジア王者オーストラリアとのプレーオフ初戦。シリア代表は、母国から9,000キロ離れたマレーシアをホームとして戦います。今なお、国内の一部で戦闘が続くシリア。ホームでの国際試合は禁止されているためです。

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「みんなのために頑張るよ。」

代表チームには、アサド政権の影が色濃く出ています。政府軍の元幹部だった人物も同行していました。

シリア悲願のワールドカップへ、プレーオフ第1戦。シリアの代表は、かつて対立した者どうしがチームメートとして予選を戦ってきました。その中には、かつてアサド政権と距離を置き、代表を離れていた4人も含まれています。
快進撃の原動力となった9番のオマル・スーマ選手。サウジアラビアリーグで得点王に輝いたストライカーです。10番のフィラース・ハティーブ選手。現在は、クウェートのプロチームでプレーしています。卓越したテクニックと気迫あふれるプレーで、内戦前は「シリアの英雄」と呼ばれていました。

2011年、シリアでは内戦が勃発。ハティーブ選手の故郷も、アサド政権による攻撃によって壊滅。チームメートも命を落としました。

「おお、神よ。」

ハティーブ選手は、反政府勢力の集会で代表との決別を宣言しました。

ハティーブ選手(当時29)
「シリアで戦闘が続く限り、代表としてプレーしない。」

「ハティーブ、素晴らしきものよ!」

そのハティーブ選手が突然代表に復帰したのは、今年(2017年)の3月。そして、シリア代表がプレーオフ進出を決めた直後の発言に衝撃が広がりました。

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「アサド大統領が見守ってくださることは、選手全員にとって名誉なことです。」

アサド政権によって国を追われた反政府側の人々から非難が集中。かつての「英雄」は、一転して「裏切り者」とされたのです。
一体、ハティーブ選手に何があったのか。内戦で、アサド政権が優位に立っていることが背景にあると分析する人もいます。

シリア人ジャーナリスト アナス・アモさん
「アサド政権が多くの選手を代表チームに呼び戻そうとしているのです。選手が戻ったのには、さまざまな理由が推測されますが、一部の選手には、家族に対して圧力もあったと思います。」

内戦が始まる前、ハティーブ選手と家族を映した故郷での映像が残されています。ハティーブ選手は14人家族。サッカーを教えてくれたのは父親でした。

ハティーブ選手の父親
「靴下をボール代わりに丸めて、『一緒に遊んでくれないと学校に行かない』とよく言っていましたよ。」

しかし、内戦によって故郷は壊滅。海外のチームに所属していたハティーブ選手と家族は引き裂かれたのです。
私たちは、ハティーブ選手に初めて、決断の真意を聞きました。

「なぜ代表復帰という決断をしたのですか?」

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「まず最初に家族のためです。シリアに残る家族が帰ってくることを望みました。家族には6年間会えませんでした。帰ってきたのには多くの理由があり、とても複雑です。英語はもちろん、アラビア語でも説明しきれないのです。」

ワールドカップ出場を懸けたオーストラリア戦。1点を追うシリア代表はペナルティーキックを獲得します。キッカーは、代表に戻ったオマル・スーマ選手。
シリア、土壇場で追いつきます。得点を喜ぶメンバーたち。しかし、ハティーブ選手はその輪に加わりません。

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「オマル!戻ってこい!」

鬼気迫る表情で、プレーに戻るよう促すハティーブ選手。「シリアをW杯へ」、その執念だけを貫いていました。試合は同点のまま終了。第2戦に望みをつなぐことになりました。
アサド政権下の首都ダマスカスでは…。

「とても良いプレーでした。彼らに感謝しています。」

「代表に復帰した選手は、困難の中のシリア人のあるべき姿です。」

一方、国を追われた500万のシリア難民たち。その多くの人が複雑な思いで試合を見守っていました。

国外に逃れたシリア難民
「彼らは良いプレーヤーだと思いますが、応援はしていません。アサド政権側に戻ったからです。」

国外に逃れたシリア難民
「僕たちを難民キャンプに追いやったアサドの支援で、代表チームはプレーしています。」

「このチームをシリアの代表と思わない?」

国外に逃れたシリア難民
「絶対思いません。」

難民キャンプには、かつてハティーブ選手らと共にプレーした元代表の姿もありました。フィラース・アルアリさん。

内戦中、反政府勢力を支持し、兄弟といとこの命が戦火で奪われ、シリアを離れました。代表に復帰する考えはないというアルアリさん。この日行われたシリア代表のプレーオフを見ることはありませんでした。

元シリア代表 フィラース・アルアリさん
「ハティーブ選手は尊敬すべき選手でした。彼は市民によりそい、戦いが終わるまで国に戻らないと宣言しました。シリアの代表として彼がプレーしているのを見ると、心が痛み、とても残念です。」

日本にも、代表チームに対して複雑な思いを抱くシリア人男性がいました。

ヤセル・ジャマル・アルディンさん
「美しいゴールだね。」

ヤセル・ジャマル・アルディンさん。日本で難民認定を受けた、数少ないシリア人です。

サッカーを愛し、シリア代表に憧れていたヤセルさん。試合の中のある光景に衝撃を受けました。

ヤセル・ジャマル・アルディンさん
「アサド大統領の写真を掲げています。アサド大統領の写真があるなか、代表チームを応援すると、政権が犯した罪や、家や家族を奪われたことを肯定するようで、混乱した気持ちになりました。応援することに罪悪感も生まれます。」

プレーオフ初戦を終えたハティーブ選手。メディアに対し、裏切り者という批判について、こう答えました。

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「これは全てのシリア人のためのチームです。政府のためではなく、全てのシリア人のためのチームなんです。」

分断された国家で サッカーシリア代表

ゲスト 宮本恒靖さん(ガンバ大阪Uー23監督 元サッカー日本代表主将)
ゲスト 木村元彦さん(ジャーナリスト)

田中:シリアでは、6年前に起きたアサド政権と反政府勢力の戦いに、過激派組織ISも加わり、泥沼の内戦が繰り広げられてきました。しかし、ロシアの支援を得たアサド政権が支配地域を次々と拡大。シリアを安定させるのは自分たちしかいないとアピールするため、避難していた人たちへ帰還を促しています。
そうした中でプレーする代表選手について、シリア代表の元コーチだった屋良充紀さんは、「シリア国民にとって、サッカーは掛けがえのないスポーツ。選手たちはどんな立場にあっても、ワールドカップ出場に絶対に挑戦したいはずだ」と言っています。

2つのワールドカップでキャプテンとして出場し、元サッカー日本代表を務めた宮本恒靖さん。
ワールドカップ出場を目指したシリア代表チームに、裏切り者という声が寄せられる、こういった状況をどう見る?

宮本さん:日本とは少し状況が違いますし、背景も違うので比較はできないですけれども、自分自身が現役時代、特にジーコ監督から言われた言葉は「代表チームというのは、国民を幸せにするんだ」ということを言われましたので、その思いを胸に、自覚を持ってプレーをしてきましたし、今回のシリア代表の選手を見ても、やっぱりワールドカップに国を連れていくことによって幸せをもたらしたいというふうな、その執念だったり、気迫というのは十分に感じられるものだと思いますね。

宮本さんご自身が背負っていた国とは、どんなもの?

宮本さん:サッカーを愛する人々の思いであったり、自分を応援してくれる人の思いですね。政治的なものでは、やっぱりなかったですね。
(ただ、このシリア代表の選手たちは、同じ国でも、複雑な状況を抱えた国というものを背負わなければいけないわけだが?)
すごく難しいと思います。アスリートとして、気の毒な部分もあるかなというふうに思いますね。

内戦が続く地域や紛争地などで活躍するサッカー選手を数多く取材されてきた、ジャーナリストの木村元彦さん。
このハティーブ選手の決断や行動をどう見る?

木村さん:裏切り者という批判があるんですけれども、彼にしてみれば、覚悟の上だと思うんですね。先ほどの試合の中でも1対1じゃだめなんだと、ホームで引き分けじゃだめなんだと。ものすごい覚悟の上で、自分が復帰することでワールドカップへこのチームを連れていくという、恐らく、私たちが想像する以上に、彼自身は自分の言葉がプロパガンダに使われていることは自覚していると思います。でも、それを乗り越えてサッカー人としてのアイデンティティーが勝って、今、自分ができることとして戦っているんじゃないかというふうに思いますね。

とりわけサッカーは、なぜ国家というものと結び付きやすいのか?

木村さん:1つは、FIFAが取っているパスポート主義。これは、ラグビーとは違いますよね。もう1つは、得点が入らないスポーツということで、非常に点が入った時のカタルシスが大きい。これの高揚感がナショナリズムと結び付くわけですけれども、FIFAもこのことについては気が付いているので、政治的なものについて、主張をスタジアムでは禁止していますし、差別に対しても、一切それをしてはいけないという、そういう部分におきますと、先ほどの選手についても、いわば独裁の中において、自分の発言というものが制限されるということは、私たちがきっちり見ていかないといけないというふうに思いますね。

このサッカーシリア代表の挑戦。分断された選手、そしてシリアの人たちに何を残したんでしょうか。いよいよ大一番が始まります。

シリア代表の挑戦 国家とサッカーのはざまで

勝てばワールドカップ出場につながる、プレーオフ第2戦。敵地オーストラリアに乗り込む代表チームに、私たちは同行を許されました。空港には、アサド大統領の写真を掲げ、ハティーブ選手らを熱狂的に歓迎するシリア人の姿がありました。

「フィラース!フィラース!」

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「内戦が起きてから6年あまり。シリア人がテレビの前にみんなで一緒に座って観戦することはありません。今回、チームを応援してくれて、うれしいです。」

アジア王者との運命のプレーオフ第2戦。34歳のベテラン、ハティーブ選手はベンチスタート。試合を決めるための切り札として、出番を待ちます。
前半6分。ハティーブ選手と共に代表に復帰したスーマ選手が貴重な先制ゴールを奪います。しかしその後、オーストラリアにゴールを許し、同点に。
後半15分、ついにハティーブ選手がピッチに立ちます。そして、両チーム一歩も譲らないまま、延長戦に。
同じころ、トルコの難民キャンプ。ハティーブ選手のチームメートだった、元シリア代表のアルアリさん。第1戦は見ませんでしたが、この日はじっと試合を見つめていました。

延長後半4分。シリアの望みを砕く、オーストラリア代表、勝ち越しのゴール。しかし、シリア代表は諦めません。延長戦終了まで残り2分。絶好の位置でフリーキックを得ます。キッカーはスーマ選手。わずかなところでゴールポストに阻まれます。あと一歩。シリア代表、ワールドカップ出場の夢は消えました。いちサッカー選手として勝利を願ったアルアリさん。しかし、肉親を奪われた記憶は、簡単に消し去ることはできません。

元シリア代表 フィラース・アルアリさん
「アサド政権側や反政府側といった立場の違いを超える、すべての国民の代表チームであることを願います。そうであれば、私は代表のそばに立ちます。でも今のままでは不可能です。」

日本からシリア代表の挑戦を見守ったヤセルさん。

ヤセル・ジャマル・アルディンさん
「日本では政治とスポーツは別物ですが、シリアはそうではありません。ワールドカップでは、国民が一つになって代表を応援するものです。私たちもいつかそうなりたいです。」

英雄と裏切り者。2つの呼び名の間で揺れた、フィラース・ハティーブ選手。試合を終えて、その胸のうちを改めて語りました。

シリア代表キャプテン フィラース・ハティーブ選手
「今はすべての人が国を支え、共にあるべきなのです。自分の考えを押しつけるのではなく、シリアのことを考えるべきなのです。シリアが私を必要とするなら、それに応える最初の人になる。かつて私たちが共に暮らしていたように、平和に暮らすために。」

“英雄”か“裏切り者”か 国家とサッカーのはざまで

シリアの人々が、いろんな思いを抱きながら迎えた試合。宮本さんは、今のVTRでどんなシーンが印象に残った?

宮本さん:難民キャンプで、みんながこの代表の試合を見ている姿が印象的でしたね。とりわけ子どもたちが、このシリア代表の奮闘する姿を見て、今度は将来、自分たちがシリアをワールドカップへ連れていくんだというような思いを持ったと思うんですよね。それは、やはりスポーツのレガシーの部分だと思うんです。そういった人の気持ちを変えていけるもの、何か将来にいいものをもたらしていきたい、そういったものであると思いますし、シリアが今後、変化していくようなきっかけになってくれればなというふうに思いました。
(複雑な思いがあったと思うが、見たということが大事?)
やっぱりそうですね。どんな立場であれ、見守ったという部分じゃないでしょうかね。将来を変えていくという意味では。

木村さんは、どう思った?

木村さん:サッカー選手として、やっぱりいろんな反応があっていいと思うんですね。例えばハティーブ選手のように、代表監督を辞めた、これはかつての日本代表監督だったイビチャ・オシムさん、この方はユーゴスラビア代表監督時代に、やはり内戦が起こって、ユーゴ軍が自分の生まれたサラエボを攻撃しているということで辞めました。一方で、アルゼンチン、ワールドカップだった時に、アルゼンチン代表であったアルディレスという、ヴェルディなんかで監督された方は、スポーツとは政治は別だと。あくまでも私たちは今の政権は支持しないけれども、サッカーとして、サッカー選手として、プレーを続けるといって、ホームでアルゼンチン代表を優勝させたという、そういう人々がいるわけですから、一概に何が正解というんではなくて、サッカー選手としてのアイデンティティーを持った上での判断を、われわれはリスペクトするべきじゃないかと思いますね。

宮本さんは、かつてユーゴ内戦で傷ついたボスニア・ヘルツェゴビナに去年(2016年)スポーツアカデミーを作られた。
紛争や貧困といった大きな課題に、スポーツは解決の道筋をつけることはできるのか?

宮本さん:何かのきっかけを作ることはできると思うんですよね。このアカデミーに子どもを通わせている保護者は元兵士なんですけれども、彼らの時代は、自分たちは戦ったけれども、子どもたちの時代には仲よくしてもらいたいので、このアカデミーに通わせているんだということを言った人がいます。やはり子どもたちには、スポーツを一緒にするということを通して、よりよい未来というものを作っていってもらいたいなというふうに思っていますし、やっぱりシリアも同じように、子どもが何か大人の話し合いを作るようなきっかけになってもらいたいなと思います。

スポーツとナショナリズムは結び付けられがちだが、応援する私たちは、どういうまなざしでいるべき?

木村さん:われわれは、きちんとそれを分けて考える、見ていく側のリテラシーを育てないといけないと思います。ハティーブ選手は、アサド政権を称賛するようなことを言っていましたけれども、軍事クーデターで起きた2代目の大統領です。果たして彼らに自由があるのかどうかということも踏まえた上で、私たちはその背景から見てあげないと、その上で、選手たちが自由に、純粋に、サッカーに集中できるようなものを、私たちが見ていってあげないといけないんじゃないかと思いますね。

ハティーブ選手は私たちの取材に対して、代表復帰の理由として「シリアのすべての立場の人を一つにしたい」と繰り返し語っていたそうです。その受け止め方は、試合が終わった今も分かれたままではありますけれども、私は、分断された国民の一人としての切なる願いを見た思いがします。