クローズアップ現代

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

Menu
2017年9月6日(水)
揺れる“教科書採択” ~教育現場で何が?~

揺れる“教科書採択” ~教育現場で何が?~

8月、全国の教育委員会で初めてとなる道徳教科書の採択が一斉に行われた。神奈川県内のある自治体では120名を超える傍聴人が殺到。一方、沖縄県内では、採択結果に納得できない市民や教員たちが反発。混乱が続いている。問われているのは、採択の「公平性」。これまで教科書の採択にあたっては、不正が相次いだり、イデオロギー論争に巻き込まれたりしてきた。一方、学校現場でも混乱が起きている。ある特定の歴史教科書を採択した私立学校に対して、採用中止を求める動きが広がっていることが明らかになった。教科書の採択を巡り、現場で何が起きているのか?最前線をルポする。

出演者

  • 浪本勝年さん (立正大学名誉教授)
  • 西川龍一 (NHK 解説委員)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

歴史教科書 有名進学校に抗議が

全国の有名進学校に送りつけられた、大量のはがき。

「反日極左の教科書」「採用を即刻中止することを望む」。内容は、新たに採択した歴史教科書への抗議でした。
NHKの独自調査によって、抗議を受けた国立・私立中学校は全国で29校に上っていることが分かりました。
一体、誰が何のために送ったのか。

抗議はがきを出した男性
「教育の再生。国民運動としていきましょう。」

さらにこの夏、初めての道徳教科書の採択を巡っても、各地で混乱が…。

「道徳教科書の採択・承認の撤回を求める。」

教科書採択で大きく揺れる教育現場。今、何が起きているのでしょうか。

田中そもそも教科書は、どのように採択されるのでしょうか?
国は、各出版社から申請された教科書に対し、適切かどうかを審査する検定を行います。国の検定に合格した教科書の中から、公立であれば、地域の教育委員会が、私立や国立であれば、学校長の権限で学校ごとに選ぶことができます。教科書の採択においては、政治などによる不当な介入から教育の独立を守り、地域や学校ごとの実情に応じた多様性を認めることが基本的な理念となっています。

ところがこの夏、関西のある私立中学校に抗議のはがきが大量に送られてきていたことが発覚。教育現場で、教科書採択の自由を脅かしかねない事態になっていることが分かってきました。

歴史教科書 有名進学校に抗議が

関西の有名進学校の校長がインターネット上に載せた文書。

採択した教科書に抗議が相次いでいると記しました。

“匿名の葉書が次々と届きだした。ひどいのはOBを名乗って、「こんな母校には一切寄付しない」などの添え書きがある。届くたびに、うすら寒さを覚えた。”

批判の対象になったのは、2年前に国の検定を通った、学び舎発行の中学校の歴史教科書。

この教科書を採択した38校に、今回NHKがアンケート調査を行ったところ、29校で同じような抗議を受けていることが明らかになりました。
多くの学校がトラブルを恐れ、匿名を希望する中、実情を知ってほしいとある私立中学校が取材に応じました。

南山高等・中学校女子部 半沢里史教諭
「教科書を採択したことに対する抗議のはがき。ちょっと不気味。」

“中学生用に唯一、慰安婦問題(事実とは異なる)を記した「反日極左」の教科書であるという情報が入りました。採用を即刻中止することを望みます。”

この教科書は、国の検定を通った8冊の中で唯一、慰安婦についての記述があります。日本政府が慰安婦問題について、謝罪と反省を示した河野官房長官談話を紹介し、その上で、強制連行を直接示すような資料は発見されていないという、現在の政府見解も併せて記しています。
採択に抗議するはがき。半年間にわたって届き、最終的に100通以上になりました。

南山高等・中学校女子部 半沢里史教諭
「いろいろな所から、圧力がかかってくる。今まで当たり前にやっていた授業ができなくなる。それは怖い。」

この学校が学び舎の歴史教科書を採択したのは、子どもたちの目線で歴史が分かりやすく語られていると考えたからでした。国の検定を通った内容に抗議がくるとは思いもよらなかったといいます。

南山高等・中学校女子部 半沢里史教諭
「子ども目線でどういう教科書が本当にいいのか、常に考えている。選んだ教科書が『反日極左』、一方的に断罪するのは、納得できない。」

一体、誰が何の目的で抗議のはがきを送ったのか。
はがきは少なくとも2種類ありました。その1つが、日中戦争の様子を写したと見られる写真はがき。

差出人はOBと書かれ、匿名でしたが、作成者の名前が印刷されていました。水間政憲氏。
戦後の歴史教育に疑問を感じ、独自に近現代史を研究してきたという水間氏。南京事件などについて、誤った記述があると指摘しています。
自らの考えに賛同する人に、はがきを販売。OBが抗議をすると有効だとも記しています。
本人を訪ねました。

水間政憲氏
「呼びかけました。」

「圧力や不安を与える意図は?」

水間政憲氏
「啓蒙(けいもう)です。次の採択に生かしてください。次の採択に間違いないように。」

抗議のはがきには、水間氏のものとは別のものもありました。すべて同じ文面。それが全国各地から送られていました。住所をもとに、送り主1人1人をたどりました。大阪市に住む30代の男性が取材に応じました。

名前を書いた男性
「僕は書いている。」

1年ほど前、正しい日本の歴史を学ぶという勉強会で、頼まれて名前を書きました。しかし、宛先となる学校名は空欄のまま。はがきは、その場で回収されたといいます。

「本当に何も書かれていないところに署名?」

名前を書いた男性
「そうですね。どこ中学なのか、直接、送り先は分かっていない。」

1人で大量のはがきを配り、署名を依頼したという人物にもたどりつきました。

送付を呼びかけた男性
「1,500(枚)は皆さんに送って、(署名を)お願いした。皆さんが手足になって作業してくれた。」

ある保守系団体に所属する、この男性。同じ歴史認識を持つ人たちのネットワークを使って、はがきを送ったといいます。

送付を呼びかけた男性
「教育の再生。正しい教育に取り戻していく。強い思いをもっている人は、たくさんいる。一つの国民運動としていきましょう。」

抗議のはがきを送った人たちの中には、地方議員や自治体の市長など、政治家の名前もありました。その1人、広島県議会議員の石橋林太郎氏です。

はがきを送ったのは、あくまで個人としての行動で、正しい歴史教育をしてほしいという思いからだったと話しました。

広島県議会議員 石橋林太郎氏
「日本人であることを誇りに思う歴史教育をするべき。」

「圧力と受け取った学校もあるのでは?」

広島県議会議員 石橋林太郎氏
「そういう意図はまったくない。政治的圧力という意識はない。」

石橋氏は、過去に市民団体も特定の教科書への反対運動をしていたと指摘しました。

広島県議会議員 石橋林太郎氏
「駅前でいっぱいビラを配る人がいた。それも同じと言えば同じ。(教育現場には)学問の自由が当然ある。批判もされない自由ではない。学校もしっかりしていれば、自由闊達(かったつ)さは失われない。」

多い学校では、200通を超えた抗議のはがき。ほかにも、医師や経営者の肩書を持つ人たちからのはがきも含まれていました。

歴史教科書に抗議 どう見る?

ゲスト 浪本勝年さん(立正大学名誉教授)

西川龍一(NHK解説委員)

田中:はがきについて、送った人からは「啓もうです」という声や、「圧力という意識はない」という声も聞かれました。一方、抗議を受けた学校へのアンケートでは「多様な思考力を育む教育を否定しようとする動きに恐ろしさと悲しさを感じた」ですとか、「学校現場が萎縮しないことを切に願う」といった声も多く聞かれました。

教科書の検定や採択を巡る問題を研究してきた浪本さん。
教科書の採択について、外部からさまざまな意見が伝えられる。このことの是非については、どう考えればいい?

浪本さん:さまざまな意見、国民がいろんな声を上げること自身は結構なことだと思うんですね。しかし今回の場合は、検定済み教科書の内容に対する批判が学校に寄せられたということですね。検定をするのは文部科学省ですから、そこに抗議の声を上げないと、抗議をする人たちの意図は通らないんじゃないかというふうに、私は思いますね。
(圧力ではないという意識だということだが、受け取る側にとっては、重荷になるということ?)
もちろん、そうですね。相当大量のもの、はがきが押し寄せてきたということですので、受け取る方としては、強く圧力を感じるということになったんじゃないでしょうかね。

長年、教育問題を取材してきた西川解説委員。
これまでも教科書を巡って、さまざまな議論があったが、今回のこの動きは、これまでの動きと、どうつながってくる?

西川解説委員:背景の1つは、2001年に初めて合格をしました、新しい歴史教科書を作る会による教科書の賛否などです。歴史認識を巡る教科書への記述についての議論というのが、社会問題として大きく取り上げられるようになったということがあります。当初、教科書の記述を巡るさまざまな意見というのは、検定を行う国や教科書会社に向けられていたわけですよね。検定に合格すると、教科書は採択段階に入りまして、こうした段階では、意見は教育委員会に寄せられていたんですけれども、今回、さらに批判や抗議が教育現場の方に寄せられた。特に、建学の精神に基づいた独自の方針で教育を行ってきました、私学の個別の学校に個別に届いているということで、1つの考え方や価値観が教育現場に押しつけられるのではないか。そういった危機感が教育関係者の中に広がっています。

田中:教科書の採択を巡っては、もう1つ大きな動きがありました。道徳の教科書が初めて作られ、全国でその採択に注目が集まったのです。ポイントとなったのは、採択の透明性と公正さの確保です。というのも去年(2016年)、全国で教科書の採択を巡る不正が相次ぎました。複数の教科書会社が、教員や学校長などに対して、国の検定途中の教科書を閲覧させたり、金品の授受をしていたりした事実が相次いで発覚したんです。事態を重く見た文部科学省は現場に対して、採択に至る理由や議事録などを遅滞なく公表することを現場に通知しました。

道徳教科書の採択の現場で、どのような動きがあったんでしょうか、取材しました。

初の道徳教科書 採択で混乱も

先月(8月)沖縄県那覇市で、教科書の採択の在り方を巡って記者会見が開かれました。

現場の教員らで作る組合が、採択が非公開で行われ、そのプロセスが見えないと訴えたのです。

「民主的な手続きを経てということの検証も含め、その審議の内容の公開を求めています。」

那覇地区の教科書採択の仕組みです。
研究員に任命された現場の教員などが検定を通った複数の教科書を比べて見解をまとめます。その見解などをもとに、選定委員がどの教科書を選ぶか決定します。しかし、選定中は議論は非公開。現場の声が採択にどう生かされたのか明らかにされていません。

また組合は、採択されたとされる教科書にも問題があると主張。複数の現役政治家の写真が使われ、政治的中立性に疑問があること。国旗、国歌の記載が多いことなどを理由に挙げました。特に国旗、国歌の扱いについては戦争中、国の掛け声の下、多くの住民が犠牲になった歴史的背景から、敏感にならざるを得ないといいます。

沖縄県教員組合 那覇支部 木本邦広委員長
「地域の子どもたち、教員が使うという教科書ということは、そこにも説明責任というか。そこはやはり公開で、オープンにしていただきたいなと。」

一方、教育委員会は、教科書は国の検定に合格しており、内容に問題はないとしています。
ではなぜ、選定中は採択のプロセスを非公開としたのか。
実は沖縄では、6年前に教科書の採択を巡り選定委員のもとに脅迫めいた電話や手紙が届き、大きな社会問題となりました。文部科学省も、通知を通じて全国の教育委員会に対し、静ひつな環境で議論を行うべきとしています。そのため、那覇地区の教育委員会は議事録などを後日公表するとしており、教職員の組合との溝は埋まっていません。

沖縄県教育庁 義務教育課 當間正和課長
「外部とか、さまざまな意見とか働きかけが、その中(採択の議論)に及ばないということが、そこの環境をしっかり担保していくということが、特に教科書の選定・採択における“静ひつな環境”と捉えております。」

相次いだ不祥事 開かれた教科書採択は

一方で、採択に至るプロセスを可能なかぎり、公開した自治体もあります。大阪市です。
8月上旬、道徳の教科書の選定が決まる会議には、当初の見込みを超える70人以上が詰めかけました。

大阪市は、希望するすべての市民が傍聴できるよう、急きょ、席を増やして対応しました。こうした取り組みの背景には、教科書採択の公平性を巡り疑惑が持たれた過去がありました。

大阪市教育委員会の会見(去年5月)
「誠に申し訳ございませんでした。」

去年、大阪では、学校長らが教科書会社から現金を受け取っていた問題が発覚。45人が処分されました。
また、2年前には、市民へのアンケートで7割の支持を集めていた教科書が採択されましたが、後に、民間企業が動員をかけていたことが明らかになったのです。

動員された女性
「連日のように『教科書アンケートに行くように』って。こんなことやったらあかんことやなって。」

教育委員会は、採択の結果には影響しなかったとしているものの、その透明性に市民から大きな批判が寄せられました。こうした反省を踏まえ、市民の注目が集まった、今回の採択。

採択をする教育委員
「学研さんの教科書は、生命の尊さというものを中心に据えて。」

採択をする教育委員
「日文さんは、友達の意見や考えを書く欄が設けられておりまして。」

傍聴した市民に配られた資料も改善。教員など、現場の声が採択にどのように反映されたのか、分かりやすくしました。

「日本文教出版株式会社の教科書を採択するということで、ご異議ございませんでしょうか?」

「意義なし。」

市民の目の前で議論が行われ、初めての道徳の教科書が決まりました。

大阪市教育委員会 事務局 片岡万喜雄総括指導主事
「いかなる疑惑の目も向けられることのないように、改善点があれば、それを改善していく。指摘していただいた部分については、真摯(しんし)に受け止めて改善していくというところだと思います。」

揺れる“教科書採択” 透明性をどう高める?

田中:教科書の採択を巡る透明性の確保は、どの程度進んでいるんでしょうか。
2年前のデータで見ていきますと、教育委員会で採択の結果を公表しているのが6割。採択の理由を公表しているのは4割。議事録を公表しているのは3割強にとどまっています。

那覇市の例を見ても、まだ議論が開かれていないということはありそうだが?

西川解説委員:これはやはり、意見の異なる人たちの間での激しい対立、そういった状況を採択の場に持ち込みたくないという意識が教育委員会側にあるんだというふうに思います。特に沖縄なんですけれども、太平洋戦争で、住民を巻き込んだ地上戦が行われた、あるいは戦後のアメリカ軍統治の状態が長く続いたといったようなことがありまして、2007年には、高校の歴史教科書で、沖縄戦での住民の集団自決の記述が削除、修正されたとして、大規模な集会が開かれるなど、教科書の記述に特に敏感なんですね。こうした経緯が教育委員会の議論を閉鎖的にしているという部分もあるというふうに思います。

そして、大阪の議論を見たが、教科書採択の議論をオープンにしていくということの意味をどういうふうに考える?

浪本さん:これはできるだけ多くの人、大勢の人が教科書採択について、関心を持っていくということ、それにつながっていくと思いますね。それが大切なことだと思います。教師にとっては、毎日使っている教材ですから、先生ももっともっと採択に関心を持っていただきたいというふうに思います。
(議論を通して、先生方が納得して教科書を使えるという状況になるといい?)
そういうふうになれば、好ましいことだと思います。

この教科書採択のあるべき姿、これからどうなっていく?また、どういうふうに目指していけばいい?

西川解説委員:多様な関心を持っていくということは、つまり多様な意見を尊重し合うということにつながるわけですよね。このことは、実はグローバル人材の育成を目指す今の教育が、まさに目指している、求めていることなんですね。教育委員会制度そのものが、多様な市民の意見を反映させるという制度だったわけなんですけれども、徐々に市民の関心が薄れていきまして、そうしたことが閉鎖的になっていったというふうにつながっていったという事情もあるわけなんですね。そうした経緯を今、再度、踏まえて、私たち自身が教育にもっと関心を持っていく、そういったことが重要なんだというふうに思います。

私たちは、教科書がどういうふうに選ばれてるのかということに関心持っていくということが大事?

浪本さん:できるだけ大勢の方が関心を持って、そういう中で教科書を選んでいくということが重要だと思います。

多様な選択肢の中から、現場の実情に合わせて教科書を選んでいく、その自由を守っていくということ。そして、透明性を確保して、なるべく多くの意見を教科書選定に反映させていくということ。その両立を図ることが極めて大事なことなんだと、今日は思いました。