クローズアップ現代

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2017年7月26日(水)
シリーズ障害者殺傷事件の真実  “ヘイトクライム”新たな衝撃

シリーズ障害者殺傷事件の真実  “ヘイトクライム”新たな衝撃

19人の命が奪われた障害者殺傷事件。いま世界の犯罪専門家が分析を進めている。見えてきたのは欧米で増加する新犯罪“ヘイトクライム”との共通点だ。人種や民族など、特定のグループへの偏見や差別を起点とし、「社会の分断」を助長する危険性が指摘される。一方で、障害のある人や家族は、改めて事件と向き合い、差別のない社会をどう実現していくか模索を始めている。被害を防ぐために何が必要か考える。

出演者

  • 森達也さん (映画監督)
  • 熊谷晋一郎さん (東京大学先端科学技術研究センター准教授)
  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

“戦後最悪”19人殺害事件 初めて語る被害者・遺族

1年前の今日(26日)、相模原市で起きた戦後最悪とされる殺傷事件。刃物で襲われた女性とその兄です。

被害にあった女性の兄
「この2か所、ここと喉でした。服血だらけで、多分起きていたんでしょうね。手に刃物をつかんだ傷があって、戦ったんだもんね。」

なぜ、障害のある人に理不尽な憎悪が向けられたのか、今でも理解できずにいます。

被害にあった女性の兄
「この子いいやつで、大好きなんですよ。恨みます。恨むというか悲しいというか、なんでそういうことになるのって。」

19人の命が奪われ、27人が重軽傷を負った事件。社会の偏見などを恐れ、亡くなった人たちの名前さえ伝えられない中、今回、ある遺族が初めて思いを語りました。

亡くなった女性の父親
「最後に会ったときに、だっこしてあげられなかったことが、ずっと心残りです。」

亡くなった女性の母親
「どんな命も大切な命です。納得いかない、許せない。」

事件を起こした施設の元職員、植松聖被告。私たちは拘置所の植松被告に接触し、手紙のやり取りを続けました。手紙には、施設で働く間に極端な差別思想が膨らんでいった様子がつづられていました。

植松被告の手紙より
“三年間勤務することで、彼らが不幸の元である確信を持つことができました”

植松被告は、ネットでゆがんだ思想を発信し、賛同を求めていた事も分かりました。

植松被告の配信を見ていた男性
「あおられて、どんどん自分の思想を強化していった。」

事件の波紋は、今なお障害者やその家族に広がり続けています。

事件で恐怖を感じた女性
「障害があるゆえに、人から命を奪われるかもしれない。」

専門家は、この事件は差別を助長し、社会の分断を生みかねない新たな犯罪だと警鐘を鳴らしています。

専門家
「これはヘイトクライムの特徴の1つ。直接的な被害者をも破壊するし、それを取り囲む社会全体を破壊してしまう。」

事件が私たちの社会に突きつけたものは何だったのか。徹底検証します。

障害者殺傷事件 浮かび上がる事件の特異性

シリーズ「障害者殺傷事件の真実」。私たちは、植松被告との手紙のやり取りや初めて語った遺族の言葉から、“戦後最悪”と言われる事件の特異性に迫ってきました。

鎌倉:事件は1年前の今日、相模原市の津久井やまゆり園で起きました。元職員、植松被告は未明に施設に侵入。寝ていた入所者を次々と刃物で刺し、19人を殺害、27人に重軽傷を負わせました。植松被告は精神鑑定で責任能力を問えるとされ、今年2月に起訴されました。

こちらは拘置所にいる植松被告からの手紙です。“殺そうと考えたきっかけは、やまゆり園で勤務している時に観たニュースがはじまりです”。そのニュースは、トランプ大統領に関するものだったといいます。“深い考えなく「この人達を殺したらいいんじゃないですかね?」と声にしました”“彼らが不幸の元である確信を持つことができました”。手紙の中で植松被告は、個人的な恨みではなく、重い障害がある人たちへの極端な差別思想をあらわにしています。

こうした極端な差別思想に基づく今回の事件後、国内外の専門家たちは「ヘイトクライム」にあたると指摘しています。社会の分断をもたらすとしてアメリカなどでも大きな問題となっています。

“戦後最悪”19人殺害事件 ヘイトクライムの衝撃

植松被告が起こした事件に注目している研究者がアメリカにいます。各国の重大犯罪を分析しているブライアン・レビン教授です。この事件は、アメリカで相次ぐ差別に基づく犯罪「ヘイトクライム」だと指摘しています。

ヘイトクライムとは、人種や宗教など特定のグループに対し、差別意識を持って排除しようと行われる犯罪です。同性愛者をターゲットにした銃乱射事件など、ここ数年ヘイトクライムが増加し、社会問題になっています。

カリフォルニア州立大学 ブライアン・レビン教授
「相模原事件はアメリカのケースと、かなり似通っています。ある特定の人々に社会に有害だとレッテルをはり、攻撃を正当化するのです。」

レビン教授が分析するヘイトクライムが起きる過程です。人の心の中にある偏見。それが何らかのきっかけで言葉や態度として表面化、差別に変わります。エスカレートすると、相手を排除する事が社会に有益だと正当化していきます。最後は、暴力や殺害行為につながるというのです。植松被告も同じような過程をたどって、障害者への差別意識を高め、事件を起こしたと見ています。

カリフォルニア州立大学 ブライアン・レビン教授
「社会の中にある固定観念や憎しみに触れ、それを自分の中に取り込み、自らの使命に変えていきます。この犯罪の始まりは、普通の人が日常的に感じる偏見です。外からは見えにくいのですが、危険な犯罪へと姿を変える可能性があるのです。」

日常に潜むヘイトクライム。もう1つの危険性も指摘されています。犯罪者の差別思想が広がってしまう事です。NHKが、やまゆり園の入所者の家族を対象に先月(6月)行ったアンケートです。

被害者の母親
“インターネットで、被告と同じような考えを持っている人が多く、同じような事件が起きないか不安”

被害者の母親
“容疑者を賞賛するような、心ない声が聞かれた。これこそ本当の差別”

植松被告の誤った思想が、今も影響を与え続けている事が分かりました。ネット分析が専門の鳥海不二夫准教授です。事件後のおよそ2か月間で「相模原」や「障害者」など、事件に関連性が高いキーワードを含む書き込み、440万件を分析しました。植松被告に強く賛同する書き込みは、およそ100件程度。この状態では、ほとんど目につきません。しかし、こうした書き込みだけを集めたサイトが開設。サイトが次々と作られ、多いものでは、閲覧数が18万回に上っています。

東京大学 鳥海不二夫准教授
「ヘイト発言が、まとめサイトにまとめられたことによって、それがとても多くあるように見える。その結果として、自分自身が思っていたヘイトや社会で正しくないと言われている発言でも、仲間がたくさんいるということから、そういった発言をしてもいいんだという空気感が出てしまう。それが今度は社会全体に広まることができてしまう。」

差別思想の拡散は、社会に何をもたらすのか。障害者殺傷事件の分析を続ける前田朗教授です。植松被告が記した手紙。たった1人のゆがんだ考えが、社会を揺るがしかねないと警鐘を鳴らしています。

東京造形大学 前田朗教授
「さまざまな人々の意識の中に、建前は差別はよくない。『でも』という、『でも』という種がまかれてしまって、これは全国に存在しているわけですから、直接的な被害者をも破壊するし、それを取り囲む社会全体を破壊してしまう。そういう深刻なダメージが一気に吹き出てしまうということです。」

“戦後最悪”19人殺害事件 ヘイトクライム 広がる波紋

ゲスト 森達也さん(映画監督)
ゲスト 熊谷晋一郎さん(東京大学先端科学技術研究センター准教授)

今回の事件と欧米で拡大するヘイトクライムとの共通点が指摘されたが、こうした分析をどう見るか?

森さん:メディアが発達して、ネットもとても身近になって、その結果、情報化社会ですよね。その副作用で何が起きたか。セキュリティー意識なんですね。不安と恐怖がとても強くなってしまった。その結果として、人は1人が怖くなる。なるべく同じものでまとまりたくなる。同質なもので仲間になりたくなる。言いかえれば、違うものとは分断が進むわけですね。集団と分断化がとても深まります。国とか民俗とか言語とか何でもいいんです。その結果として、排除が起きる、嫌悪が起きる、憎悪が起きる。場合によっては、とても大きな悲劇が起きる。グローバルな現象だと思います。
(こうした犯罪が起きる背景には、何があるのか?)
トランプ大統領の何に植松被告がインスパイアされたのか、ずっと考えてるんですけれど、おそらく差別はいけないとか、人権は尊いとか、そうしたいわゆるポリティカルコレクト的な建て前に対しての反感。それがトランプ大統領の言葉によって、あおられたんじゃないかなという気がします。これはトランプ現象が示すように、多くの人の本音でもあるわけですね。その瞬間、自分の中のヘイトが正義に転換してしまう。こうした現象がもしかしたら彼の中で、仮説ですけど、起きたのかなという気がします。

鎌倉:NHKでは、今回の事件で亡くなった19人の方々の人となりを伝えるサイト「19のいのち」を立ち上げました。多くの人からメッセージが寄せられ、ヘイトクライムの波紋が広がっています。障害のある方からは、“私は「ひとに迷惑かけるばかりだし、消えたい」そう思いました。自分らしく生きられずにいます”“「障害者は社会のお荷物」と思っている人間がいるかもしれない、と思うと怖い気持ちになります”。こういった声がありました。

こういった声をどう聞くか?

熊谷さん:私自身も含めて、物理的な無力さを自覚している重度の障害者にとっては、暴力というのは、いつも潜在的に、いつ襲われるか分からないという形で、心の中にあると思うんですね。それを粘り強い周囲の人々や社会と育んできた、粘り強い形で育んできたその信頼感によって、なんとか平和に不安にならずに過ごしてきているわけだけれども、今回の事件は、そういう信頼感というものを根こそぎ壊すような、そういう影響を及ぼしたんだなという事を感じています。

今の社会に、何か不寛容な空気が広がっているというような事は実感するか?

熊谷さん:当たり前の社会保障に対する要求ですとか、そういったものが、例えば「これは特権ではないか」というふうな言葉が投げかけられたりですね。世間で一般に流通している、その価値観というものに対して、それを否定する事自体、その否定の身振り自体が説得力を帯びてしまうというふうな怖さを日々感じていますね。

社会の分断を生み出しかねないヘイトクライムをどう乗り越えればいいのか?NHKのサイトにメッセージを寄せてくれた方々の中に、事件と正面から向き合いその答えを探ろうとしている人たちがいます。

障害者殺傷事件 ヘイトクライムに向き合う

メッセージを寄せてくれた1人、中尾咲さんです。脳性まひで手足に障害があります。中尾さんは事件後、外に出歩く事に恐怖を感じるようになりました。

中尾咲さん
「障害があるゆえに、人から命を奪われるかもしれないという危機感を感じました。」

事件によって、過去のつらい記憶も呼び起こされました。これまでの生い立ちをつづったノートです。小学校時代には“障害者は死ねばいいのに”と言われました。

中学に入ってからも心ない言葉を浴びせられ、心身共に追い詰められて入院したと言います。

中尾咲さん
「この事件を受けて改めて、障害者って生きてはいけないのかなと、突きつけられた。言葉にできない思いで、いっぱいです。」

中尾さんは、それでも事件から目をそらしてはいけないと考えています。社会から差別をなくすには教育を変えていくしかない。中尾さんは、この春から研究に取り組んでいます。

中尾咲さん
「私が受けてきた教育の現状が、あの事件につながっていると思う。」

さらに、自分の体験を大学の講義などで積極的に語るようになりました。

中尾咲さん
「根本的な部分で、差別とか障害者排除の意識があったんだなと怒りを覚えるし、決して、あの事件を無駄にはしていけないと思っています。」

障害者のありのままの姿を知ってほしいと訴える人がいます。垂水京子さんです。重い知的障害がある息子、亮太さんを事件が起きた、やまゆり園に通わせていました。

京子さんは事件後、植松被告の言葉に、はっとさせられたと言います。それが犯行前に書かれたこの一文。

衆議院議長にあてた手紙より
“保護者の疲れきった表情、居ても立っても居られずに、本日行動した”

垂水京子さん
「植松被告が、疲れきった保護者の顔というのは、ショートステイに行ったときの私の顔かもしれないと、今でも思っています。不自由は不幸にはつながらないけど、限りなく不幸につながるのではないかというのは、ずっとあって、いなくなっちゃえばいい、消極的な意味でいないほうがいいと思ったことはあった。だけど、そこだけを見るんじゃなくて、それの周りのものすべて見てほしかった。」

障害者を支える大変さを否定はできないと感じた京子さん。しかし、事件を乗り越えるためには、そこから目を背けない事が何よりも大事だと考えるようになりました。

垂水京子さん
「五体満足でよかったねとか言っちゃうでしょ。それは当然でしょう、いいんですよ。だけど、障害があったら、それはそれでもよし、としないと。」

事件が起きて、改めて大切にしているのが、亮太さんと積極的に外を出歩く事です。京子さんは、障害のある人が、地域でどのように生きているのか、多くの人に知ってもらいたいと願っています。

垂水京子さん
「心の底から、かわいいなと。何もできないけれども、笑っている顔、どこのイケメンや俳優よりも、私はかわいい。役に立たなくてもいいし、ちゃんと存在しているだけで幸せだと思う。役に立たなくて悪い?」

“戦後最悪”19人殺害事件 ヘイトクライムに向き合う

「役に立たなくて悪い?」という言葉、“ヘイトクライムに屈しない”という意思だと感じたが?

熊谷さん:私自身も大変、心強い言葉として受け止めました。全面的に共感をいたします。やはり“役に立つか、立たないか”という基準と、生存の基準というのは、徹底的に切り離す必要がある。この当たり前の事の確認が優生思想に、あるいはヘイトクライムに屈しないためには必要不可欠な態度だというふうに私は考えています。

私たちのHPには、“障害者を透明人間のように見てきたのではないか。邪魔に思ってきたのではないか”という自省の声が寄せられていた。ヘイトを生み出す種が、一人一人の中にもあるのではないか?

森さん:とても重要な気付きだと思いますね。そのとおりです。僕らの中、一人一人の中に差別意識はあります。偏見もあります。差別はいけない、偏見はいけない。そうした建て前的な事じゃなくて自分の中にもある。それをどう中和させるのか、させられないのか。そうした意識を日々持ちながら生きていく事しかないでしょうし、そうした意識の持ち方というものが、もしかしたらこうした犯罪に対しての、ある意味での違う視点を提示してくれるんじゃないかなという気はします。

相模原事件と向き合う、そして繰り返さないために、私たち、あるいは社会は何が必要なのか?

熊谷さん:私は昨年(2016年)開催した追悼集会で寄せられたメッセージの中に、1つ非常に心に残ったものがありました。それは今回のような事件を、一部の自分とは関係のない他者の責任に押しつけて、その他者を社会から排除する事で、この問題は解決したと思ってはいけない。これは、その社会を支える私たち一人一人が加害者。ある意味では加害者であり、責任を負わなければいけない、そういう問題なんだという事を述べたメッセージでした。私はこれに尽きるのかなというふうに考えています。

森さん:どんな事件でも特異性と普遍性があります。特異性を僕たちは見たくなります。メディアもそれを提供したくなります。でも、特異性だけじゃ駄目なんです。普遍性も絶対にあります。両側に視線を置く事。その結果として、より立体的に見えてくるはずです。そこの中で自分の中にある何か、そうしたネガティブな事も含めて凝視する事。そこから多分、新たな視点を獲得できるんじゃないかなという気がします。
(事件がなぜ起きたか、それは植松被告の心だけじゃないところに何かがあったかもしれない?)
それは僕らの心の中にも共通してあるものです。きっと間違いなくどこかにあります。くすぶってます。

障害のある人も生きていく意味はある。事件の遺族は、今も深い悲しみを抱えながらそう訴えています。一人一人の人格、個性、命は尊重されなければならない。その当たり前の事が共有されているか、私たち自身が問い続けなければならないと思います。