クローズアップ現代

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2017年6月27日(火)
“火花”中国を行く ~又吉直樹が見た“90后”~

“火花”中国を行く ~又吉直樹が見た“90后”~

新作「劇場」が既にベストセラーになった、お笑い芸人で作家の又吉直樹さん。今月、又吉さんは、芥川賞受賞作「火花」の中国語版の出版をきっかけに初めて中国を訪れた。そして、上海の有名私立大学で日本語を学ぶ40人の若者たちと「対話」を行った。文学についてだけでなく、人生観、価値観を語りあった又吉さんと学生たち。日本のカリスマ的作家と中国の若者たちの前代未聞の対話から、日本と中国の「これから」を見つめていく。

出演者

  • 矢野浩二さん (俳優)
  • 毛丹青さん (神戸国際大学教授)
  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

又吉直樹 中国を行く

人気芸人にして、人気作家、又吉直樹。先月(5月)発売された新作は、すでに発行部数33万部。ベストセラーになっています。

今、又吉さんの小説は国境を越えようとしています。
売れない芸人たちの葛藤を描いた小説「火花」。今月(6月)中国で発売され、人気を呼んでいます。特に、「90后(ジョウリンホウ)」と呼ばれる、1990年以降に生まれた若者たちから熱狂的な支持を受けています。今回、又吉さんは初めて中国を訪れ、若者たちとの対話に臨みました。「火花」を通して、又吉さんが出会った素顔の中国です。

“火花”中国を行く 又吉直樹が見た若者たち

日中関係は一時期の冷え込んだ状況から、関係改善の兆しが見え始めています。中国の人たちの日本に対する意識も、変化が生まれているんです。

鎌倉:日本と中国で行われた共同世論調査で、日本にいい印象を持っていると答えた中国の人、実はこの3年間で4倍に増えているんです。

さらに今、中国では日本文学ブームが起きています。
近年、中国で出版される文学作品、年々増えていまして、今や、年間2,000タイトルに上っているんですよ。

又吉直樹さんの小説「火花」もその1つです。その又吉さんが中国を初めて訪れ、若者たちと交流しました。

又吉直樹 中国を行く 国境を越える“火花”

今月中旬、又吉直樹さんは中国の出版社に招かれ、上海を訪れました。又吉さんは、「火花」が中国でどのように受け止められているか、聞かされていませんでした。

芸人・作家 又吉直樹さん
「中国と日本で共通する部分もあるでしょうし、全然、違う部分もあるでしょうから、どう読んでもらえるのか、楽しみではありますね。」

又吉さんが中国を訪れるのは、今回が初めてです。

芸人・作家 又吉直樹さん
「落ちましたよ。」

上海の路地を散策した又吉さん。下積み時代を過ごした吉祥寺の街を歩いている気がしたといいます。

「日本と違うでしょ。」

芸人・作家 又吉直樹さん
「日本と・・似てますよ。」

「火花」が中国で発売されたのは、今月初旬。書店で開かれたトークライブには120人ものファンが駆けつけていました。

芸人・作家 又吉直樹さん
「感謝 大家今天的到来(きょうは皆さん、来てくれてありがとう)」

初版は、通常の外国文学の4倍の2万部。すでに増刷が検討されるほど、人気を呼んでいます。

ファン
「カッコイイデス。」

ファン
「カワイイ。」

ファン
「マタヨシサン、ダイスキ。」

特に、「90后」と呼ばれる10代、20代の若者たちの心をつかんでいるといいます。

書店員
「私の友達はみんな又吉さんのことを知っています。」

書店員
「この店では100冊全部予約で売り切れました。」

又吉直樹 中国を行く “火花”に響く若者たち

「火花」の世界観は、中国の若者たちにどう響いたのか。又吉さんは今回の旅で、上海の大学からある依頼を受けていました。「火花」を読んだ学生たちと対話してほしいというものでした。

芸人・作家 又吉直樹さん
「人数結構多いんですよね。そこがちょっと圧倒されそうで怖いんですけど。」

上海杉達学院。学生数1万3,000人の私立大学です。又吉さんを迎えたのは、日本語学科で学ぶ40人の学生たちです。

対話は、学生が質問をぶつける「反転」と呼ばれる、中国でよく行われる方法で進められました。

芸人・作家 又吉直樹さん
「自分の書いたものについて質問を受けた経験がないので、どうなるのかなと思いながら。(火花を)読んで来てくださったんですか。」

驚くことに学生たちは、「火花」に描かれた日本のお笑いの事情をよく知っていました。

学生
「人を笑わせるお笑い芸人は、根暗な性格が多いと聞いたことがあります。本当にそうだと思いますか?」

芸人・作家 又吉直樹さん
「いま、こんな感じで暗くなったけど、僕も小学校4年生くらいまで、むちゃくちゃ明るいふりしてたんです。」

小説「火花」の登場人物は皆、不器用で社会にうまくなじめない若者たちです。ギリギリの生活の中で、ひたむきに笑いの芸を磨きますが、成功をつかむこともできません。又吉さんは、登場人物の不器用さは誰しも抱えているのでは、と語りました。

芸人・作家 又吉直樹さん
「自分がいろんなことを考えているとか、自分が人に対してこう思っているとか、人が怖いみたいな感覚に対して、どこか後ろめたさみたいなものを感じていて、それをふざけることによって、人との距離を埋めるというのがあると思う。」

対話が始まって20分。ある学生の質問が、又吉さんを驚かせました。

「死について考えを聞かせてもらえませんか。」

芸人・作家 又吉直樹さん
「死についてですか…、なるほど。80代くらいで出したかった答えなんですけど。」

施家馨(し・かけい)さん、22歳。施さんは、「火花」のメッセージは直接、自分に向けられていると感じたといいます。

大学生 施家馨さん
「“火花”の主人公は夢をかなえられないけれど、前向きなメッセージを感じます。深い絶望のふちから、はい出せる気がしました。」

施さんが、生きることに不安を覚え始めたのは高校生の時。右肩上がりだった中国経済も減速し、自分の将来を思い描けなくなりました。当時、失恋も経験し、救いを求めて、さまざまな小説を読みあさったといいます。又吉さんは、自分も文学に生きる力をもらったという経験を、施さんに伝えようとしました。

芸人・作家 又吉直樹さん
「自分も何かすごく不安になるときとか、あれ、楽しいことって何だっけとか、いま何を楽しみに生きているんだっけとか、10代から20代前半にすごく考えて、そういう夜をどう乗り越えていけるか。文学とか、いろんな芸術にヒントがあるんじゃないか。いまのところの僕の考えです。」

大学生 施家馨さん
「つまり、昔どんなにつらくても、それを乗り越えて、次の生活がよくなるということですよね。」

芸人・作家 又吉直樹さん
「そうですね。」

大学生 施家馨さん
「ありがとうございます。」

又吉さんが、タイトル「火花」に込めた思いを知りたいと思っていた学生がいました。就職活動中だという林迦得(りん・かとく)さん、21歳です。

大学生 林迦得さん
「作者本人に“火花”という名前をつけた意味を聞きたい。」

芸人・作家 又吉直樹さん
「“火花”というタイトルは小説を書き終えたあと、一番最後につけたんですね。お笑いの世界、芸能界みたいな世界も華やかで、遠くから見ていると、すごくきれいでパワーがあるものだが、その細部を見ていくと、花火の中の一つ一つは、小さな火花で構成されている。その一番端っこの、点みたいなところに“火花”の登場人物の彼らもいるかもしれなくて。」

日本語を生かして、大企業に就職したいと考えている林さん。しかし、10社以上落ちているといいます。

大学生 林迦得さん
「どうして(主人公は)お笑い芸人を続けるのか、全然売れないのに。」

芸人・作家 又吉直樹さん
「そうですよね。そうなんですよね。努力することは禁止されていないのが救いだと、僕は思うんですけど、才能ある人が寝てる間に、こっちは努力できるから、何年かたったら相手を追い抜くことができるんじゃないか。そう考えて努力を続ける人は、たぶんいっぱいいると思う。」

40人の学生から次々と質問を受けた又吉さん。その熱気に圧倒されていました。そして、小説「火花」と響き合った「90后」の若者たち。
対話で「火花」というタイトルの意味を質問した林迦得さんの元を訪ねました。林さんは、浙江省出身。小さな工場で働く両親のもとで育ったといいます。一流企業に入って、豊かな生活を手に入れてほしいという両親の希望で、上海の大学に進学した林さん。今のところ、その希望には手が届いていません。しかし、又吉さんとの対話のあと、「火花」の最後の場面を繰り返し思い出すようになりました。若者たちが30代になり、旅先で語り合うシーンです。

“生きている限り、バッドエンドはない。僕達はまだ途中だ。”

大学生 林迦得さん
「『生きている限り、バッドエンドはない。僕達はまだ途中だ』。たとえバカにされても、自分なりにがんばり続けます。」

又吉直樹 中国を行く “火花”から見えた中国

なぜ今、「火花」が中国の若者たちに受け入れられているのか。又吉さんは、今回の旅で少し分かったような気がすると語りました。

芸人・作家 又吉直樹さん
「子どものころ普通だと思っていた大人になることが、むちゃくちゃ難しい時代ですよね。国が変われば違うのかなって、思いすぎているところはありますよね。文学みたいなものを通すと、距離は縮まると感じました。
すごいわ。」

「火花」を巡る中国への旅。最後に又吉さんは、こう言葉を紡ぎました。

“文学を通じ、ともに考えることによって発見できたのは、「違い」ではなく、たくさんの「共通点」だった。国を越えて共有できる感覚が、たしかにある。僕はそれを光と感じた。”

“火花”中国を行く 又吉直樹が見た若者たち

ゲスト 毛丹青さん(神戸国際大学教授)
ゲスト 矢野浩二さん(俳優)

中国への旅を通して、「違い」ではなく、たくさんの「共通点」を見い出した又吉さん。私も将来への不安や葛藤を抱える中国の若者たちの言葉が胸に響きました。

鎌倉:そういった中国の若者たちが、文学作品に表される日本に共感を覚えているわけなんですが、では、どういった作家が人気なのか、こちらをご覧ください。

もちろん、村上春樹さんは人気があるんですけれども、そのほかにも、「失楽園」で知られる渡辺淳一さん。東野圭吾さんや京極夏彦さんといった、ジャンルを問わず、幅広く人気を集めているんですね。読者の多くは、若者たち。それも1990年以降に生まれた、「90后」と呼ばれる若者なんですね。作品が表す価値観が身近になっていることに加えて、現代っ子ですから、先にドラマや映画を見て、それから小説を手にするという人もいて、人気になっているんですね。

「火花」の翻訳を手がけ、今回の中国訪問を企画した、毛丹青さん。
「火花」が若者たちに受け入れられていることは、やはり中国の若者たちの変化を表している?

毛さん:これは、社会全体が情報化が急速に発展していて、それからリアルタイムで、日本の文化のいろんなものを手に入ることができているんですね。こういった社会の変化というものを、特にソーシャルメディアの発達によって、読むことへの支えといったようなものになりつつあるというようなことを、今、非常に顕著に現れているように思います。

人間関係や就職に悩むというような若者の声もあったが、中国にも若者が直面する厳しい現実が背景にある?

毛さん:これは、自分の悩みを、いわゆる小説を通して、あたかも鏡を借りて、自分のことをそこで投影して、中国語で「借鏡」というんですけれども、そういった形を文学作品を通して、それから自分の悩みを確認をしながら、読んでいくということになると思います。
(作品の世界で、自分たちの社会、直面をしている社会を映していると?)
直面しようとしているんですね。

長年、中国で俳優として活躍する、矢野浩二さん。
矢野さんは2001年に単身中国に渡り、日本の軍人役として数多くの抗日ドラマに出演しました。2006年には一転して、バラエティー番組への進出を果たし、中国で最も有名な日本人俳優といわれるようになりました。
俳優として活躍する中で、中国側の日本への見方の変化を感じる?

矢野さん:自分は、2000年、2001年から北京で生活を始めたんですけれども、最初のころは、仕事はそういう日本の軍人の役で、ステレオタイプの役が多かったんですけれども、2006年からバラエティー番組の方をやりだしまして、その後からステレオタイプ以外の役のオファーが増えてきまして、それは1つの原因として、やはりスタッフさん、制作の人たちが、どんどん人間味のある日本人を表現したいという気持ちがどんどん増えてきたということが一番の原因だと思いますね。

鎌倉:そうは言っても、中国の日本に対する見方、例えば歴史問題など、厳しいものは依然としてありますし、それから、政治状況によって積み上げた信頼が、どうしても振り回される、そういうことはありませんか?

矢野さん:自分も以前、尖閣の問題の時に、半年、仕事がなかった時がありました。でも、そういう時に、ちょうどそのさなかに重慶の大学から講演の依頼が来まして、行ったんですよ。そうしたら最初、結構乗り気ではなかったんですけれども、行ったら、みんな、400人ぐらいの生徒が歓迎していただいて、最初、そういう情勢が、そういう状況だったので、日中関係の話の準備を用意をしていたんですけれども、その話をしていると、みんなが、つまんなさそうに見るんですよ。もういいよ、そういう話はいいよ浩二、みたいな感じで。それから、話をちょっと砕けて、エンターテインメント、日本の映画の話とか、ドラマ、あとアニメの話をしだすと、みんなが喜んで、うわーと、大学が演芸会に変わっちゃいまして、すごく救われましたね。

鎌倉:どんなに国家間が冷え込んでも、中国では日本のことを知りたい若者がいたんだというお話ありましたけれども、こちらに興味深いデータがございますので、ご紹介しましょう。中央大学文学部の学生およそ150人に、中国で有名な人物を知っているかという調査をしたところ、このような答えになりました。最もよく知られていたのは、毛沢東。これは、分かりますけれども、2位、3位、4位は、孔子、李白、司馬遷と、紀元前、歴史上の人物ですよね。では、現代の人物はどうなのかというと、ほとんど知られていなくて、女優のチャン・ツィイーさんで、ようやく2割の学生が知っていると答えたという感じなんですね。もう1つの日中間のギャップ、こちらのデータをご覧ください。

お互いの国を訪れる人の数なんですけれども、中国から日本にやって来た人、この5年で4.5倍に増えているのに対しまして、では、日本から中国に行く人の数はというと、こちらは年々減っているんですね。

こうした日中間の情報の差、これはどういうこと?

毛さん:これは、知ることの落差だと思うんですね。中国のことについて、日本の、特に若者たちが、歴史のどこかで止まったままにしただけであって、今のリアルタイムの中国をあんまり知らない。逆に、中国から見た日本の場合には、歴史そのものよりは、今現在、われわれとリアルタイムで共有できるような、この知る範囲というものをよく知っている。だから、知ることの落差がこれからどんどん伸びていくと、やがて知識的な障害になると思うんですね。やはり歴史というよりは、今現在はどうなっているかということを知るべきではないかと思っていますね。

今回、又吉さんは中国の若者と共有できる感覚があるということを、光というふうに表現していたが、お2人は、日本と中国の人が分かり合うために、何が大切だと思う?

矢野さん:「管道(パイプ)」です。これは、向こうでバラエティー番組をやっていた司会者のワンファンさんという方がいるんですが、彼がいつも僕に言ってくれたのが、「浩二、お前は日本と中国の間になる、日中の交流のパイプ役になれ」ということで、管道ということをよく言われました。

そして、毛さんは?

毛さん:私が思うのは、まず「人は人と会う」、それから「人は人を知る」、そして最後に「人は人を思う」ということであります。結局、人同士の話ですので、会うことによって、知ること、思うこと、国と国も仲よくなっていくと思います。