クローズアップ現代

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2017年6月26日(月)
“卒母”宣言 子離れできますか

“卒母”宣言 子離れできますか

「“卒母(そつはは)”します」。人気漫画家・西原理恵子さんの宣言が話題を呼んでいる。西原さんは、漫画「毎日かあさん」で、実生活を題材に家事や育児の奮闘を描き、母親を中心に共感を呼んできた。連載開始から16年。当時4歳だった息子は大学生、娘も16歳。そこで、“母親業”を卒業し、「毎日かあさん」の終了を決心したという。一方、就職活動や婚活で“親同伴”したり、成人した子供が“パラサイト”同居したり、なかなか“卒母”出来ない現実も…。「いつまで子の面倒をみるべき?」「どうやって“卒母”すれば?」番組では、西原さんが最終話を描く瞬間に密着し、“卒母”の秘訣に迫る。現代の上手な親子の距離感とは?

出演者

  • 西原理恵子さん (漫画家)
  • 山田昌弘さん (社会学者・中央大学教授)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

“卒母”宣言の波紋 あなたは子離れできる?

「お母さんを卒業します」。漫画家・西原理恵子さんによる卒母(そつはは)宣言。母親たちに驚きと共感が広がっています。

今日(26日)、足かけ16年続いた人気漫画の連載が終了しました。累計240万部の「毎日かあさん」。フィナーレを迎える理由になったのが、作者・西原理恵子さんの「卒母宣言」です。親の務めには終わりがある。子どもが16歳になったのを機に母親業を終える決断をしたというのです。

漫画家 西原理恵子さん
「お母さんの役目は終わった。ここまでやったんだ、あとは好きにさせてもらう。」

西原さんの卒母宣言は世の女性たちに衝撃を持って受け止められています。

「卒母できてませんね。」

「(16歳は)ちょっと早いような気がする。うちはもうちょっと関わりたい。」

親子の距離は年々近づき、今や就職先や結婚相手を探すのにも親が面倒を見ることが珍しくありません。

30代の息子の親
「自分で言うのもなんですけど、(うちの子は)お勧めです。」

西原さんは、なぜ今あえて卒母を宣言したのか?そこに秘められた子離れの極意、そして社会へのメッセージとは?
今夜はスタジオに西原さんご本人をお招きし、現代を生き抜く親子関係を築くヒントを探ります。

“卒母”宣言の波紋 「毎日かあさん」最終回

ゲスト西原理恵子さん(漫画家)

西原理恵子さんです。卒母宣言して、今日、足かけ16年続いた連載を終えたばかり。お疲れさまでした。

西原さん:ありがとうございます。

最終回のタイトルは「卒業」。刷り上った新聞をご覧になって率直にどう感じた?

西原さん:もうなんか、本当にうるうるしちゃって、なんかほんとありがとう、楽しかったって。読者の方にも、子どもにも、皆さんにありがとうしかなかったです。

16年ということは、下のお嬢さんが生まれてすぐ連載が始まって、まさに西原さんにとっても子育ての歴史の記録そのものですよね。

西原さん:もうなんでも売っちゃったのねって思って。もうこれから書かないから、ごめんねと思いながらも、お母さんもそろそろ好きにさせてもらうわって、そんな感じですね。

卒母宣言をした西原さん。そこにはどんな思いが込められていたのでしょうか。

“卒母”宣言の波紋 西原流 子離れのヒント

先週、西原さんの自宅兼仕事場を訪ねました。1男1女の母親である西原さん。仕事場にも子育ての思い出が詰まっています。

西原理恵子さん
「これプラ板で作った、子どもの。UFOとか、こういうのとか。」

この日は最終回の執筆真っただ中。漫画「毎日かあさん」には、母親である西原さん自身が家事や育児に奮闘する様子がコミカルに描かれています。

“『きょうはこれとこれ。』

『いっぱいよんでー。』

布団に入ったら、絶対絵本を読んであげないとなっとくせず。でもおかあちゃんは酔っぱらいたい。その結果。

布団、絵本、酒。
ぐりとぐらのカステラは、鼻をつく芋焼酎のかおり。”

“息子の学校は毎日弁当。

『さーて、今日は何が残ってたっけ。』

母、朝ねぼう30秒弁当。
ふりかけご飯、魚肉ソーセージ、シーチキン、チーズ。”

連載が人気を集める中、娘が16歳になったからと「卒母」を宣言。

母親
「卒母?」


「でも母親ってやめられないでしょう。」

母親
「やめられないそうです。」

母親
「30ぐらいまでには家を出て、1人暮らしをさせて、私も卒母かな。」

子どもを自立させ、第二の人生を楽しむという西原さんに共感が広がっています。
連載開始当時から編集を担当してきた、志摩和生さんです。

毎日新聞出版 書籍本部長 志摩和生さん
「たくさん『毎日かあさん』の感想を書いてきてくれています。」

子育て、家事、そして仕事。重い負担を一身に背負ってきた多くの母親たち。そうした人たちにとって今回の卒母宣言は心の救いとなり、今後の生き方を考える契機にもなったと見ています。

毎日新聞出版 書籍本部長 志摩和生さん
「卒業の『卒』というのは『やめる』という意味ですよね。高齢化社会で長生きするわけだから、いつまでもお母さんでいるのもつらいし、意味がないと漠然と考えてる人が多かった。それをはっきり宣言してくれたことへの共感ではないでしょうか。」

では、西原流の子離れ、「卒母」とは一体どういうものなのでしょうか。
西原さんは、娘の日和さんが16歳になると、朝起こすのも弁当を作るのもやめました。日和さんは演劇の稽古に没頭し、深夜帰宅もたびたび。それでも自主性を重んじ居場所さえ知らせれば口出ししません。

西原理恵子さん
「“家族仲良くなくてよし”。元気ならそれでいい、個人個人が幸せであれば。」

長男の雁治さんは、この春から大学1年生。今日は久しぶりに顔を合わせての食事です。

長男 雁治さん
「同居人ていう感じ。そこまでお互いが干渉し合わない。」

雁治さんは16歳のとき、突然、アメリカに留学したいと言いだしました。西原さんはそれを快諾し、留学費用を負担。ただし、留学先も今後の進路も自分自身で決めるよう伝えました。

長男 雁治さん
「放任してくれたんで、僕も留学できましたし、1人暮らしが満足にできるくらいに、ちゃんと自立をした人になりたい。」

西原さんが、子どもたちに口を酸っぱくして伝えてきたことがあります。

“『お母さんキライ。』

『はい、キライで結構。
家を出たいなら、18歳からOK。独立するなら家賃、税金、生活費月に20万以上の収入を目指して準備する。勉強する、資格をとる。そのためのお金は全部出します。
別に好きにならなくていいから、キライのそのあとどうするかを自分で考えなさい。』”

子どもに、「稼ぐ力」をつけるよう繰り返し伝える。その理由はみずからの生い立ちにありました。
高知の漁師町で、貧しい家庭に生まれ育った西原さん。18歳のときに東京へ出て、美大を目指すことになりました。このとき背中を押したのが、母・淑子さん。夫が亡くなって残った僅かな保険金から、娘に100万円を渡し、家を出て行くように促しました。

母 淑子さん
「とにかくあの人を一人前にさせんといかん。上京したほうが田舎にいるよりはいいと思った。」

“20歳で東京に来た私の目標は、月収30万。歌舞伎町のミニスカパブとエロ本のカット描きでスタート。お金を稼ぐということは、自由を手に入れることだった。”

西原さんは32歳で結婚。1男1女を授かったものの、その後、夫と死別。女手一つで2人の子どもを育ててきました。

西原理恵子さん
「自分一人で生きていくためには、きちんとした目標とか資格とか、生きていく力をつけていかなきゃいけない。世の中でどうやったら食べていける人間になるか、若いうちにきちんと知っておかないと。」

子どもたちが自立に向けて歩み始めたことを実感した西原さん。子育てに区切りをつけ、連載を終了するときだと決断しました。

西原理恵子さん
「終わりました。16年の連載が終わりました。(子どもを)産んで育てるって、すごいおもしろいことでした。2人じゃ足りなかったなあ。
私、お疲れさま。ここまでやったんだ、あとは好きにさせてもらう。」

最後に描かれていたのは、自立していく子どもたちへ向けた感謝の思いでした。

“気がついたら、もう背中しか見えない。
青い空にすうっと風がふいて、今、張った帆がふくらんでいる。
私は涙がとまらない。母さん、楽しかった。ありがとう。”

“卒母”宣言が話題! 西原流 子離れのヒント

いいお母さんだったんですね。

西原さん:いいお母さんじゃないんですけど、放し飼いだったんですけど。

でも、そんなに楽しかった子育てから、どうして卒母されるんですか?

西原さん:急に子どもたちがね、怒った猫みたいにシャーっとやったから、「おっ」と思ったら、そうかと思って、急にだって16でアメリカ行っちゃったら、心配のしようがないじゃないですか。娘もやりたいことを見つけて、もうドアを開けて、ドアの向こうに行っちゃったあとだったんです。そのときに、あっ、終わったんだと思って、すぐに私、もうUターン。あとは資金的なものもなんでも全部、応援するから、あなたはあなたの道を。だって子どもたち、タブレット1個で私の知らない世界にもう行ってるんだもん。

自分たちのやりたいことを見つけられたから、もうこれで大丈夫だと?

とりあえず失敗するかもしれないし、たぶん失敗するだろうけれど、でもやってみなさいって。

自立のために、いろんなことを伝えてこられてましたが、特に「稼ぐようになる」ことが大事と?

西原さん:立派なことって言えないんですけど、時給が1,000円と2,000円じゃ人生がまるで違うよって。2,000円になるためには、どんな資格を取ればいいと思う?ことばともう1つ何かあったほうがいいよねとか、そんなことを、くちゅくちゅ言ったのと、私の自分自身の経験で、私、大学に受かったとたんに、無職の男と同せいするという、とんでもないことやらかしちゃったんですね。それでも月収30万を目標に一生懸命働き続けて、月収30万になってやっと2Kの部屋に引っ越せると思ったときに、部屋に大きな「ごみ」があることに気が付いたのね。
断捨離の「だん」は、「男」の「だん」。その大きな粗大ごみと一緒に、その男もカーっと捨てて、引っ越すことができたんですよね。娘にも、絶対あんたもなんかやらかすからね、絶対に人生のかじ取りは自分でしてください。お金がないと男とも別れられないよって。そういうことを、くちゅくちゅくちゅくちゅ言ったんです。

その自立してほしいと思うがゆえに、いろいろ干渉してしまうということもあると思いますが、どうしたらいいんでしょう?

西原さん:そしたらね、子どもを実は24時間叱らなきゃいけなくなっちゃう。悪いとこ見つけたらきりがないじゃないですか。私、そんなことのために働いてないの。どこでもいいから、今日元気だとかさ、足の裏黒いねとか、なんでもいいからほめようよって。汚い、それぐらい遊び回ってきたんでしょうとかね、0点のテストを持って帰ってきたら、0点を取ったことじゃなくて、テストを持って返ってきたことをほめるとか、そんなことばっかりで、毎日その場で、やってきました。
(やっぱりいいお母さんだったんですね。)
よくないです。その場限りです。

西原さんはこうして卒母を宣言されました。これから本格的に子離れをしていこうとされているんですが、最近の親子には、卒母を阻むさまざまな壁があるようです。

“卒親(そつおや)”したくても… イマドキの親子事情

子どもの経済力への不安から、親たちが就職活動に積極的に関わるケースが増え続けています。
就職活動中の大学生と企業を仲介している人材会社です。

「頑張って最後、親御さんに話してみてね。」

内定が出た場合、その企業に入っていいか、親にも確認を取るようにしています。通称「オヤカク」。

ここ数年、内定をもらったにもかかわらず、親の了承が得られず辞退するケースが少なくないからです。今や、働く人の4割近くが非正規。わが子には安定した道を歩んでほしいという親の願いは切実です。

「お父さんになんて言われるの?」

就職活動中の大学4年生
“『安定したお金もらえるところ行け』みたいな感じです。”

「ちょっと心配してるのかな?」

就職活動中の大学4年生
「心配性なお父さんなんで。」

大学4年生のこの女性。携帯の販売会社から正社員の内定をもらいましたが、親のアドバイスで辞退することにしました。家賃のかからない実家から通える範囲で探し直すことにしています。

「自分で1人暮らししようとか?」

大学4年生
「考えてないです。ご飯があるし。親が納得しないまま就職しても、やりにくいだろうなと思う。」

取材を進めると、実際就職しても十分な収入を得られず、子どもが自立できないケースが少なくないことが分かりました。

50代の親(20代の娘・20代の息子と同居)
「自立するには(子どもの)収入がぎりぎりだなっていうのもあるし、収入の中から本人たちがそれぞれ奨学金を返しているので、奨学金を返させていることに親として負い目があって、あんまり強く言えない。」

たとえ就職が決まっても、まだ壁が立ちはだかります。
今月(6月)、都内で婚活イベントが開かれました。

「お目当ての方のところに移動していただきまして。」

参加しているのは、主に30代から40代の子を持つ親たちです。最近はやりの「親婚活」。なかなか結婚しない子どもに代わって、親どうしが会い、結婚相手を探します。

30代の息子の親
「『穏やか』『誠実』っていう、まさにこれです。自分で言うのもなんですけど、お勧めです。」

40代の息子の親
「家も建てたんですよ。」

30代の娘の親
「ちょっとやっぱり、がっちり系の方は(娘には)どうかなと。」

今や、男性の4人に1人、女性の7人に1人が生涯未婚の時代。わが子が孤独な人生を送ることにならないか。将来が気がかりだといいます。

40代の息子の親
「男の子ですし、食事の面が心配。」

30代の娘の親
「私たちが生きている間だけしかできませんものね。」

4年前に始まったこのイベント。以前は月に1度の開催でしたが、希望する親が年々増加。ほぼ毎週開かれています。

婚活支援会社 渡邉匡さん
「成人したからイコール自立ではないと思いますし、自分の子どもの将来が不安だと心配だということで、一肌脱ぐかという気持ちになられているところの受け皿じゃないか。」

そして、今回の取材を通して最も多かったのが、子育てが生きがいとなり卒母に踏みきれないという親たちの声です。

50代の親(大学生の息子・娘と同居)
「もういい大人なんですけど、守ってやりたい、見てやりたい。」

「お子さんの反応は?」

50代の親
「(子の)ツイッターの書き込みを見ると、『うざい』『過保護すぎる』とか出てます。子どもに関しては依存がありすぎると思っています。思っているんですけど、やめられない。」

 

ゲスト山田昌弘さん(中央大学 教授)

皆さんやっぱり、お子さんにさまざまな不安をお持ちですが、西原さんはお子さんの将来に不安を感じたりはしないですか?

西原さん:不安だけど、不安を考えたらもう、きりがないから、どっかで諦めるしかなくて、ドアはいつでも開いてるよって、それぐらいかな。うちのドア、私のドアはいつでも開いてるから、何か困ったときは帰ってきてちょうだいって。

親が親を卒業したくても、子どもたちにとっては親に離れられたら難しい状況が、今の日本社会にはある?

山田さん:そうですね、なかなか親にとっても諦められない状況っていうのが出てきてしまいましたね。20~30年前までは子どものほうが親よりも豊かな生活を送るというのは当たり前だったので、それがなかなか頭から付いて離れないですね。
経済状況は本当に逆になってしまって、50年前は、子どもは親に仕送りするなんて当たり前だったんですけれども、私が「パラサイト・シングル」ということばを作った20年前は、もう親は豊かになったので子どもは自立できるんだけれども、自立しないという子どもがたくさん出てきた。
今となると、自立したくてもできない、稼げといっても稼げないじゃないか、非正規が増えてしまうという状況が出てきたんで、親のサポートがないと、子どもが自分よりもいい生活どころじゃなくて、まともな生活しかできないという状況が出てきてしまってるというのが、まず1つありますよね。
もう1つは、文化的な要因もあると思うんですよ。20~30年前は、親が演歌とか歌謡曲が好きだけれども、子どもはグループサウンズとかニューミュージックが好きといって、子どもは親に反発していったんですけど、今は親と子が一緒になって趣味を楽しむ。子どもとして反抗する理由がなくなっちゃったんですね。
(文化的に反抗する理由がないというのも、1つの要因だということですね。)
なかなか卒母できない。

“卒親”できますか? 子離れ 親離れのヒント

田中:日本の親子関係ですが、どう変遷してきたのでしょうか。

高度経済成長期に出現したのが「教育ママ」。母親の7割が専業主婦だった時代、子どもを有名大学、そして大企業に入れ、豊かに生きてほしいと懸命でした。
90年代に現れたのは、「一卵性母娘」。学歴も経済力も手に入れた子ども世代は、ブランドやグルメに精通。親は一緒にいるのが自慢でした。
そして90年代末、親元を離れない子ども、「パラサイト・シングル」が登場。給料をもらえるようになっても実家で暮らし、独身生活を楽しみました。ところがその後、長引く不況で状況が一変。このパラサイト・シングルは、経済力がなく、独立できない若者の象徴となりました。
そして2010年代、「毒親」ということばまで出現。バブル期をおう歌した親より、子どものほうが経済力が低いことが珍しくありません。そんな子どもを心配するあまり、親が過剰に干渉するケースも見られるようになりました。

こうして見ると、親の側にもなかなか卒親できない事情がありそうですが?

山田さん:やっぱり心理的にも自分が子どもから必要とされたい、必要とされ続けたいという気持ちがすごく強いですね。それが親以上の生活をしてほしいっていうプレッシャーと相まって、なかなか卒業ができなくなっている状況ですね。だから心理的にも経済的にも、社会的にも、意識的に卒親をしないと、なかなか親子のいい関係は逆に築けなくなるかもしれませんね。

卒母プロジェクトがこれから本格化しますけれども、どういう卒母人生を送っていきたいとお考えですか?

西原さん:ハッピーアワーです。夕方の4時にビールが半額になるんです。もう私、1人で早くお酒飲んで、エビフライ食べちゃう。もう私は私が幸せになります、先に。
(人生のハッピーアワーということですね。)
お先にごめんね。でもね、子どもたちはね、背中しかもう見えないから、ビール飲みながら、手を振ってるの。頑張ってねって。おばさん、楽しいです。

本当に子どものためには、なんでもしてやりたいというふうに自分もそう思ってきましたが、子どもが自分の力で生きていくために、最後にできること、なんだろうと考えたときに、それは手を離してやることなんだと、今日のお話を伺って思いました。