クローズアップ現代

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2017年4月20日(木)
脳がよみがえる!?再生医療大国・日本の逆襲

脳がよみがえる!?再生医療大国・日本の逆襲

「脳梗塞や脳損傷を治す薬」「認知症に効く薬」など、夢の新薬の開発が日本で着々と進んでいる。これまで日本は「研究は一流、事業は二流」と揶揄されるほど新薬承認へのハードルが高く、創薬を担う頭脳や新進企業の海外流出を許してきた。だが今、その流れが変わり、世界中の頭脳やベンチャーが日本に集結、新薬開発ラッシュが起きているのだ。背景にあるのは2014年に成立した、再生医療薬の“承認早期化”を促す法改正。日本は“バイオのシリコンバレー”として世界の創薬地図を塗り替えられるのか?一方で、“早期承認”を急ぐ危うさはないのか?再生医療ベンチャーの最前線をルポする。

出演者

  • 岡野栄之さん (慶應大学医学部教授)
  • 宮田俊男さん (医師/日本医療政策機構理事)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

脳がよみがえる!? 開発進む夢の新薬

夢の新薬。今、日本から続々と誕生しようとしています。

脳梗塞や認知症など、治療が困難とされてきた脳の病気。
脳細胞を再生し失われた機能をよみがえらせる挑戦が始まりました。
支えるのは再生医療の力です。
脳梗塞を患って右手がまひしていたこの女性。
日本の企業が開発中の薬を脳に投与したところ、手が上がるようになりました。
別の薬では、脳の機能が衰え手足が震える難病に効果があることも確かめられました。
これまで、iPS細胞に代表される再生医療の基礎研究では世界をリードしてきた日本。
ようやく医療現場での実用化でも存在感を発揮しようとしています。

アメリカ バイオ企業
「今や日本が世界の再生医療のリーダーです。」

新しい薬にはどんな効果があるのか。
なぜ日本の逆襲が始まったのか。
最前線に迫ります。

脳がよみがえる新薬!? 注目!日本の再生医療

今、新たな薬の可能性が、脳の障害に苦しむ患者への希望となっています。
16歳のときに車にはねられ、脳に損傷を負った古謝宏二さんです。
体がまひし、歩行など日常生活に困難が伴っています。

古謝宏二さん
「左の脳をやられてますので、右のほうに障害が出て。」

高校時代は自転車の選手を目指していた古謝さんですが、事故を境に諦めました。

母親 古謝由美さん
「本当スポーツマンだったので、それが全然スポーツができなくなった。
悔しかっただろうなと。」

しかし最近、脳を再生させる薬の開発を知り、将来に希望を持てるようになったといいます。

古謝宏二さん
「体が元に戻るならそれが一番ですから。
ぜひ(治療を)受けたいと思います。」

母親 古謝由美さん
「やっぱ普通に走りたいよね。」

こちらが今、世界中の患者から注目されている再生医療ベンチャー。
脳を再生させる薬の開発で最も実用化に近い企業の1つです。
創業者は日本人の森敬太さん。
16年前に、再生医療の本場アメリカで起業しました。
これが、10年以上開発を続けてきた薬。
人の細胞を培養して作った細胞薬です。

再生医療ベンチャー 森敬太社長
「昔は脳は再生しないと言われてきたけれど、私どものやっている仕事で脳は再生する。」

森さんたちはアメリカで、慢性期の脳梗塞患者18人を対象に薬の治験を行いました。
脳細胞の一部が死滅、運動や言語機能に障害のある人たちです。
細胞で出来た薬を脳の損傷部分に直接投与します。
薬を患部に注入すると、もともと脳内にあった幹細胞が薬の生み出す栄養分によって活性化。
その効果で新たな脳細胞を再生したり、細胞のネットワークを強化したりして、脳を回復させることをねらっています。
30代で脳梗塞を患い腕がまひしたこの女性。
薬を投与すると実際に変化が現れました。
手が上がるようになり、日常生活が大きく改善したのです。

「手術でこんなによくなりました。
うまく話せるようになったし、これまでで一番うれしかったです。」

多くの患者に、運動能力や言語機能の改善が見られました。
この成果の裏には、日本人研究者による画期的な発見がありました。
かつて、一度死滅したら再生は不可能といわれた人の脳細胞。
ところが1998年、研究者の岡野栄之さんが、成人の脳の中に脳細胞を作りだす働きを持つ幹細胞を見つけたのです。
その発見は世界を驚かせ、幹細胞を使った治療の可能性を広げました。
岡野さんの研究は森さんのベンチャー企業に引き継がれ、10年以上の試行錯誤の末、たどりついたのがこの細胞薬でした。

再生医療ベンチャー 森敬太社長
「脳は自然だとほとんど再生しないけれど、わずかながら脳の中に再生する力がある。
この細胞(薬)をうまくそこに到達させることができれば、そこを修復・再生することが可能だと考えているので、いろいろな疾患に可能性があると考えている。」

アメリカでの治験を成功させた森さんは、3年前、大きな決断に踏み切ります。
本社を日本に移転。
世界初の脳の再生医療薬の承認を日本で目指すことにしたのです。
去年(2016年)から、東京大学などと協力して新たな治験を始めました。
対象は、交通事故などで脳に損傷を負った患者です。
現在行っている治験の結果がよければ、薬として承認される見込みだといいます。

東京大学医学部付属病院 今井英明特任講師
「質のいい治験をして、厳格に評価をして、一日でも早く患者の元へ届けることを一番の目標にしてやっていきたい。」

続々進む新薬開発 注目!日本の再生医療

ゲスト岡野栄之さん(慶應義塾大学医学部 教授)

田中:今ご紹介した脳の再生医療薬をはじめ、20年近く前から研究開発が進んでいる薬が、日本で実用化ラッシュを迎えようとしています。
そもそも再生医療とは、ヒトの細胞から臓器などを作り、病気やけがを治す医療を指します。
そのもとになるのが、さまざまな組織に変化する特別な細胞です。

このうちiPS細胞は、発見されたのが2007年と新しく、今は研究が中心の段階です。
それより前から研究が進んでいたのが、「ES細胞」と「間葉系幹細胞」。
ES細胞はヒトの受精卵から作るため、倫理的な課題があり、慎重に研究が進められています。
そこで今、実用化に近いと注目されているのが、間葉系幹細胞。
ヒトの骨髄などから取ることができ、免疫拒絶反応も少ないとされます。
VTRに出てきた細胞薬も、この間葉系幹細胞を利用した薬なんです。

今、再生医療の現場で何が起きている?

岡野さん:今、日本では大変、再生医療が盛り上がっております。
これは単に研究だけではなくて、再生医療を支える産業も活性化しておりまして、世界中から日本を目がけて企業がやって来ています。
日本の都市の中では、例えば神戸とか川崎の殿町が、いわゆる再生医療でシリコンバレーのような存在になっていることが十分期待できるような状況です。
(まさに日本で再生医療に関する大きな技術革新が目の前に迫っている?)
まさにそのとおりだと言っていいと思います。

脳がよみがえってくるような薬 どこまで開発が進み、いつごろ患者さんの手元に届くようになる?

岡野さん:先ほど出てきました細胞薬ですけど、実際、アメリカのスタンフォード大学とピッツバーグ大学で、18人の脳梗塞の患者さん、6か月以上たった慢性期の患者さんに移植しまして、ある程度の効果が出たので、次の段階、いわゆる「フェイズ2B」と、今度は152名の患者さんに対しての投与が今まさに行われているところであります。
これをクリアしますと、さらに多くの人数の患者さんに対する「フェイズ3」という治験が行われると。
これをクリアしますと、いわゆる販売商品ということで実際の一般の病院でも患者さんの手が届くようになります。
(アメリカではそういう段階?)
そうですね。
もう1つは、先ほどもあった、交通事故などで脳を損傷した「外傷性脳損傷」。
こちら、日本の例えば東大病院と、そしてアメリカで、合わせて52名の患者さんにこの細胞薬が投与される予定で、これが52名に対してクリアしますと、いわゆる販売商品が日本で下りまして、実際に日本の病院でこれが一般的に使われることが可能となる見通しです。
(どれぐらい先になる?)
われわれ、数年先には実用化できるように頑張っていきたいなと思っています。

田中:このように新しい段階を迎えている日本の再生医療ですが、ここに至るまでには、海外勢に後れを取り続けてきたんです。

研究は一流なのに 実用化で負け続けた日本

日本の再生医療研究は、21世紀初頭から世界をリードしています。
山中伸弥教授のiPS細胞はもちろん、網膜細胞や心筋細胞などでの研究成果は目覚ましく、特許申請数はアメリカに次いで世界第2位です。
ところが、患者が利用する再生医療製品の実用化では世界に大きく遅れています。
海外勢が医薬品を次々実用化し利益を上げていくのに対し、日本は僅か1件。
薬の承認の基準が厳格で時間がかかりすぎることが壁といわれてきました。

「研究一流、実用二流」。
日本の特許が海外で先に実用化されてしまう状況は、こう評されてきたのです。

研究は一流なのに 実用化で負け続けた日本

田中:日本ではこうした負け続けた状況を打開しようと、2014年に、世界一有利といわれる再生医療などの新薬承認制度を設けました。
まずは世界でも一般的なこれまでの新薬承認の仕組みです。
研究のあと、まず薬の効き目をヒトで確かめる治験を行います。
そして、徐々に対象人数を増やしながら、安全性や有効性を確かめていきます。
こうして長い年月を経て、ようやく承認されることになるんです。
一方、日本ではこの承認のスピードを早めて国際競争力を高めようと、法改正を行いました。
新たな制度では、治験段階でまず安全性が確認されれば、有効性の証明がまだの段階でも承認、いわば仮免許を与えて、販売しながら有効性を確かめていくんです。

これによって、新薬販売までの期間、コストとも2分の1から3分の1ほどになると期待されています。
この新たな制度によって、日本に逆転のチャンスが訪れています。

逆襲のチャンス到来! 日本の再生医療

新たな承認制度を追い風に、世界との厳しい戦いに挑む日本企業も増えています。
このベンチャー企業では、遺伝子を用いた細胞薬でパーキンソン病や認知症のアルツハイマー病などからの回復を目指しています。

遺伝子治療ベンチャー 浅井克仁社長
「脳の中に遺伝子を導入して、それで病態を治す。
そういう遺伝子治療の薬です。」

薬の中には細胞の正常な活動を助ける遺伝子が入っており、脳に直接注入して治療します。
難病、パーキンソン病の患者を対象に行われた臨床研究です。
60代のこの女性は長年、手足の震えに悩まされてきましたが、投薬後、症状が治まりました。
この難病で成功を収めたことで、患者数が圧倒的に多い認知症への応用の道筋も見えてきました。
しかし、ライバル企業は世界中に存在し一刻も早い実用化を争っています。
この企業は、承認スピードの速さ、そして価格の両面で抜け出そうとしています。
取り組んでいるのは、量産技術。
薬を大量に安く作り、ライバルを突き放そうというのです。

遺伝子治療ベンチャー 浅井克仁社長
「ここで薬を作ります。
世界で最新のものです。」

この製造施設は、国の機関から資金援助を受け3億円かけて作りました。
大型タンクで遺伝子の入った細胞を大量培養すれば製造コストが従来の100分の1以下に下げられると見込んでいます。

遺伝子治療ベンチャー 浅井克仁社長
「早くこの製造技術ができあがれば、それから大量生産できる設備を持てば、一番になれる可能性は高い。
我々がスタンダードになりたい。」

新たな承認制度に魅力を感じ、海外の企業も続々と日本に集まりつつあります。
日本での提携先を探すイベントには、アメリカやイギリス、韓国など、世界中から企業が参加しました。
このアメリカの企業は、血管の再生技術を日本で実用化したいと訴えました。

アメリカ バイオ企業
「すでに200人の患者の血管を再生させました。
成功率は9割です。
パートナーになれる日本の企業とお話できるのを楽しみにしています。」

アメリカ バイオ企業
「今、多くのアメリカ企業が日本の承認制度をチャンスととらえています。
再生医療を多くの患者に届けたければ、日本以外に選択肢はありません。
今や日本が世界の再生医療のリーダーです。」

イベントの主催者には、海外企業からの問い合わせが殺到しています。

「日本市場への進出をお手伝いできると思います。」

さらに今、日本の大手企業が海外の再生医療ベンチャーを買収する動きも加速しています。

国際的に活躍する投資家・原丈人さん。
再生医療分野での事業提携やM&Aなどを数多く手がけてきました。
世界中から企業が集積しつつある日本は、大きなチャンスを迎えていると考えています。
投資会社 原丈人会長
「世の中に役に立つ再生医療のような研究開発に対しては、自分たちの資金を、たとえ時間がかかっても出していこうという人たちは(日本には)大勢いる。
これを事業化することさえできれば、日本は世界をリードする再生医療分野の科学技術立国になる。」

逆襲のチャンス到来! 日本の再生医療

ゲスト宮田俊男さん(医師・日本医療政策機構理事)

多くの企業が日本に集まってくることで、患者はどんな期待が持てるようになった?

宮田さん:従来、薬はアメリカやヨーロッパで先に承認をされて、日本の患者さんはあとから使えるという状況だったんですね。
今回、再生医療のこういった大きな規制緩和によって、日本の患者さんが世界で真っ先に治療を受けることができると。
そういうことになれば、まず1つは、例えば脳卒中で後遺症がある、これはものすごい医療費と介護費を使うわけですよね。
それに対して、こういう根本的に治療がうまくいけば、当然、医療費や介護費も下がる。さらにはベンチャー企業も成長して、さらには製薬企業も発展していくと、そういう成長戦略というのがありますね。

一方で、速く承認することには不安も感じるが、安全対策はどうなっている?

これは国会でもかなり審議がされましたけども、こういう有効性をしっかり推定していきながら、一方で重い副作用は早く分かります。
さらに、早期に承認したあとは徹底した追跡調査を一人一人に行うことによって、例えば発がん性をチェックしたりということも早く対応すると。
そういうような仕組みになっています。
(早く承認するんだけれども、そのあとのいわば追跡調査は徹底してやることにした?)そのとおりです。

日本の研究環境がよくなっていることについて、海外からはどう受け止められている?

岡野さん:幹細胞や再生医療に関する国際学会でも、必ず日本のこの新しい法制度は1つのセッションとして取り上げられているぐらいです。
ある人は「とてもいい制度だ」と絶賛しますし、ある人は「こんな早く承認して大丈夫か」という声もあります。
わが国としまして、この法制度を作った以上、これは成功させなきゃいけないと僕は思っております。
そのためには審査側もしっかりやっていますし、われわれ科学者も、本当にこの再生医療に関する研究というものをしっかりやっていかなければいけないと思っております。

同じような制度をほかの国に導入しようという動きもある?

岡野さん:ほかの国もまねして、アメリカなんかも恐らく似たような制度を作ってくるんじゃないかと思っております。

田中:このように、実用化を目指す日本の再生医療薬。
ほかにもさまざまな研究が進んでいます。
悪性脳腫瘍に対しては、がん細胞だけを死滅させる治療薬。
食道がんには、手術後に食道を短期間で再生させる治療薬。
小児先天性心疾患には、本人の細胞を使って心臓の機能を強化。
脊髄損傷でも、本人の細胞で、脊髄を修復する細胞薬と、いずれも世界に先駆けた実用化が期待されています。

再生医療が実現した場合の費用 患者本人や国の財政に大きな負担がかかるのでは? 技術的にどうクリアしていく?

岡野さん:説明したいと思います。
こういう再生医療などの先端医療に非常にお金がかかるということは知られていますが、例えば、患者さんから細胞を調整し、増やして、そしてオーダーメイドの形で患者さんに戻す。
これは「自家移植」といっているんですけど、これは100人に対してやろうとすると100回同じことをやらないといけない。
多大なコストと時間がかかります。
ところが、このある方から細胞を取って、そして一流の細胞を100人分調整するということも可能で、それを100人の方に投与することが可能となります。
この場合、均一な品質管理もできますし、時間とコストも削減することができると。
これは「他家移植」と言ってまして、この他家移植による再生医療というのは、まさに今後、この再生医療に関するコストを下げるという大きな切り札になるんじゃないかと思っております。
(冒頭で紹介した、脳の機能をよくする薬もこの他家移植?)
まさに他家移植です。

一方で、この研究開発の課題はどんな点がある?

宮田さん:その法制度は、非常に世界で一番進んでいるわけですけども、実際にこういう世界中からベンチャー企業が来た場合に、治験をするのは大学病院とか病院ですよね。そうした中で、こうした臨床研究に関わる医師が、まだまだ数が少ないです。
先ほども、「研究一流、実用化二流」という話がありましたけれども、だんだん臨床研究推進も増えているんですが、まだまだ少ない。
それに対して政府も育成を急いでいます。

研究には患者の協力も欠かせないが?

宮田さん:これも非常に重要な指摘でして、アメリカやヨーロッパは、患者さんがこういった新薬の開発の最初から積極的に関わっています。
特に「患者エンゲージメント」といったものを、国が仕組みとして作っているんですね。日本はそういった意味からすると、どうしてもまだまだ医師中心の主体的な医療ですから、そこがもっと、むしろ患者さんが主体的に関わっていくということがとても重要だと思います。
(新しい技術を今後、安全に作っていくためには、医師と患者の双方で協力し合いながら進めていくということも、こうした法制度を改正していくということと同時に大切なことだと?)
そのとおりですね。

もう一度歩けるようになりたい。
そして自由に体を動かしたい。
そんな患者さんたちの夢を安全な薬でいち早く実現していくためには、世界一研究しやすい環境作りを日本でさらに進めていかなければならないというふうに思いました。