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No.38682016年9月28日(水)放送
“軍事”と大学 ~岐路に立つ日本の科学者たち~

“軍事”と大学 ~岐路に立つ日本の科学者たち~

“軍事”と大学 岐路に立つ科学者たち

テレビ会議用のカメラを搭載した、爆弾処理用ロボット。
スマートフォンを応用した端末を使った偵察用ロボットなど、民間の技術を防衛装備品に活用する「デュアルユース」の流れが加速しています。

防衛省が去年(2015年)設けた新たな制度では、防衛装備品の開発につながる、大学や民間企業などの基礎研究に対し、資金を提供することになりました。
このうち、今年(2016年)までに研究が採択された大学は9つ。

制度の予算も、今年度の6億円から来年度の概算要求は、110億円と大幅に膨らんでいます。
科学と軍事については、どこで一線を画すか、これまでも難しい問題でした。

原爆につながる理論を発見したアインシュタイン。
最先端の科学が軍事利用される恐ろしさを痛感し、戦後、科学技術の平和利用を強く訴えるようになりました。

日本の科学者たちも、先の大戦の反省から「軍事目的のための科学研究を行わない」という理念を掲げてきました。
そうした中、今、防衛省と大学の関係が大きく変わりつつあります。

防衛省と大学 研究現場でいま何が

リポート:河合哲朗(科学文化部)

防衛省が去年設置した、防衛装備庁。
自衛隊の装備を一手に引き受けています。

装備の高度化を担う要、技術戦略部です。
今後、必要になる技術を洗い出し、大学や民間企業などから提案を募っています。

今、自衛隊が求めている20の研究テーマです。
昆虫サイズの飛行体の実現。
サイバー攻撃への対処。
高感度な赤外線センサーの開発。
有望な提案には、年間最大3,000万円を提供し、研究を進めてもらいます。

大学からは今年、23の提案があり、5つの大学の研究を採択しました。

防衛装備庁 技術戦略部 野間俊人部長
「5年、10年後だけではなく、20年くらい先を見て、戦闘様相を考えつつ、そこにどういう装備が必要なのか。
大学の研究者の中には、非常に優れた研究をしている方がいる。
そういう方々のやっている、優れた研究あるいは技術、こういうものを将来の防衛装備にも役立てるような形にしたい。」

防衛装備庁は、今月(9月)から採択した大学をまわって、研究者との具体的な打ち合わせを始めています。

「防衛装備庁でございます。」

防衛省から今年、資金の提供を受けることになった北海道大学の村井祐一教授です。
水中での物体の動きを研究する、流体力学が専門です。

村井さんが取り組んでいるのは、泡を使って、船が進む際の抵抗を減らす研究です。

船の先から、細かい泡を発生させ、船体と水の間に流し込むことで抵抗を小さくし、燃費向上や高速化につなげようというのです。

北海道大学 大学院 村井祐一教授
「ほとんどの船にすぐに装着できる技術。
たとえ釣り船であっても、フェリーであってもできる。」

防衛省も、この技術を求めていました。
艦船の燃費や速度を向上させる技術に期待を寄せているのです。
村井さんが今回、制度に応募した背景には資金を獲得し、一刻も早く研究を進めたい事情がありました。

北海道大学 大学院 村井祐一教授
「中国も本当に優秀な研究者は、すこぶる優秀。」

今、この分野では世界で、しれつな競争が繰り広げられています。
海外では、軍からの資金提供を受け、成果を上げている研究者もいます。
しかし、村井さんの研究室に大学から支給されるのは、年間およそ200万円です。

北海道大学 大学院 村井祐一教授
「例えばこの水槽ひとつ、ただの容器にすぎないが、これでも250万円。」

村井さんにとって、防衛省の資金は競争を勝ち抜く上で希望に沿うものでした。

更に、応募を後押ししたのが、研究成果は「原則、公開できる」と明記されていたことでした。

成果が公開できれば、論文の発表や民間の船舶への活用ができると考えました。

北海道大学 大学院 村井祐一教授
「軍事のみを目的とした研究課題であれば、当然応募はしません。
すべて公開の原則であるということで、安心して研究に集中することができる。」

防衛省の大学への接近。
取材を進めると、今回の制度の前から始まっていたことが分かってきました。

航空宇宙工学が専門の横浜国立大学、上野誠也教授です。
5年前、防衛省から個別に協力を求められ、共同研究を進めています。

上野さんが研究しているのは、複数のロボットを同時に動かすためのシステム。
災害時の人命救助などに役立てるのが目的です。

一方、防衛省からは、潜伏するテロリストの探索などに活用したいと提案を受けました。
この上野さんの研究は去年、海外のメディアから防衛省が大学に接近している例として取り上げられました。

「戦後の日本における、タブーに触れるものだ」とされたのです。
大学は去年7月、軍事に関わる研究の実施は慎重に対処するという方針を学内に通知。
大学としての立場を研究者に伝えました。

横浜国立大学 森下信 副学長
「研究者としての立場は自由ですが、社会的影響が大きいので、大学としてはこのように(慎重に)考えています。」

しかし、上野さんは社会に役立つのであれば、研究を進めるべきだと考えています。

横浜国立大学 大学院 上野誠也教授
「安全を守ることなら、協力しても問題はない。
世の中に合わせて、研究者も態度を明確にしていかないといけない。」

接近する 防衛省と大学

ゲスト 河村豊さん(東京工業高等専門学校 教授)
ゲスト 新本貴敏(NHK記者)

大学の基礎研究が、防衛装備品に応用される例としては、ほかにも防毒マスクなどがあります。
もともとは、農薬用の対策として開発が進んでいたものです。
また、炭素繊維などの素材の研究を自衛隊の航空機に応用しようというものもあります。
今、防衛省が大学のこうした研究に期待をかけているのは、なぜ?

河村さん:現在の防衛技術が大きな変革期になっていると理解するといいと思います。
例えば、人工知能や無人機、こういった問題がデュアルユースという形で防衛技術にも使えると。
そういう中で防衛省も、本来は大学で行っている民生用の基礎研究であっても、やがては防衛装備に使えるのではないか。
そういう観点で、大学の研究に熱い視線を注いでいるということが言えるんだと思います。
今回の、この制度はそういう形で登場してきたと理解できます。

今回の防衛省の制度以前から、大学との距離が近づいていることも分かってきた。こうしたケースは、ほかにもある?

新本記者:防衛装備庁に取材を進めると、横浜国立大学のような個別に行っている共同研究は、9年前は1件だったんですが、今は10件。
年々、増えているんです。
そして、大学への働きかけを強めているのは防衛省だけではないということも分かってきました。
アメリカ、イギリス、韓国などの軍の関係者が、日本の大学の研究室に接触をしているということも分かってきました。

このうち、アメリカ空軍に取材をしてみると、日本では、ロボット、レーザー、そして、セラミックスなどの素材、こういう技術に注目をしているといいます。
そして、この6年間に日本の大学の研究に、延べ128件、およそ7億円の資金を提供したということを明らかにしました。
実態は進んでいるということが見えてきました。
(海外の軍というと、より、その理念との関わりも気になってくるが、実際にこれまでもあった?)
もう既に進んでるということですね。

こうした流れが加速している背景には、大学の資金確保の難しさがある?

河村さん:大学の研究者は、研究費を獲得する上において、大きな問題点、困難を抱えていると思います。
国立大学の場合は、研究費のもとになる運営費交付金。
私立の大学も18歳人口が低下している、その中での授業料収入が少ない、個人研究費がどうしても少なくなる。
その結果、外部の研究費に応募したくなる、応募せざるを得ないということです。
その中で、防衛省の出したこの新しい制度というのは、1件が3,000万円という上限がありますけども、それは魅力的に見えるということになると思います。

何が軍事研究にあたるのか、そして、防衛省にどこまで協力できるのか。
日本の科学者たちは、戦後70年あまりが経つ今、大きな岐路に立たされています。

“軍事”と大学 岐路に立つ科学者たち

日本の科学者を代表する組織、日本学術会議です。
今年4月に開かれた総会で、トップの発言が大きな波紋を広げました。

日本学術会議 大西隆会長
「自衛隊を国民が容認しているということなので、その目的にかなう基礎的な研究開発を大学等の研究者が行うことは、許容されるべきではないか。」

これに対して、参加した科学者たちから戸惑いの声が上がりました。

国立大学 教授
「非常に疑問に思うところであります。」

私立大学 教授
「防衛省の競争的な資金はやめた方がいいのでは。」

波紋を広げたのは、日本学術会議が戦後一貫して、ある声明を掲げてきたからです。

「軍事目的のための科学研究を行わない」。
戦時中、軍部の求めに応じ、科学者たちは兵器の開発を担いました。

これは、海軍の研究施設で撮影された写真。
戦時下で、十分な研究ができなくなる中、科学者たちは軍から充実した環境を提供され、さまざまな形で戦争に協力していったのです。

戦後、こうした反省を踏まえ、日本の科学者たちは軍事研究と距離を置いてきました。
しかし今、その姿勢を巡って揺れています。

今年6月、日本学術会議では検討委員会を設置。
これまで掲げてきた声明を見直すかどうかも含め、議論を始めています。

日本学術会議 大西隆会長
「学術に携わる人間の責任とは何なのか、きちんと議論した経験が最近ないので、ひとつの節目ができれば。」

防衛省の制度に対して大学として応募することを認めている、東京電機大学です。

位置情報を基に自立して飛行するドローンや、最先端のロボットなどの研究に力を入れています。

このうち、新たなレーダーシステムは防衛省の制度を活用し、研究が始まっています。
大学では、災害派遣や国際貢献を目的とした研究であれば、軍事研究には当たらないと考えています。

東京電機大学 安田進 副学長
「軍事の研究だったら、まずいが、それ以外の防衛省の活動に対しては、ちゃんと研究をやった方がいいだろう。」

NHKは、防衛省の新たな制度について、全国の国立大学に意見を聞きました。

「軍事目的ではないことが明確な場合のみ受け入れる」と回答し、制度に理解を示す大学がある一方、「防衛省の予算は明確に軍事目的の研究だ」「技術は、両刃の剣だ」と懸念を示す大学もありました。

どこからが軍事研究か線引きは難しいと考える科学者の1人、ノーベル物理学賞の受賞者益川敏英さんです。

ノーベル物理学賞 益川敏英さん
「最近、特に軍事研究に研究者を関わらせる動きが強くなってきた。
『一回ちょっとやってみようか』というのは、抵抗力がまずなくなる。」

益川さんの恩師で、戦前から日本の物理学をけん引してきた、坂田昌一博士です。
科学が、常に戦争に利用される危険性をはらんでいることを実体験を基に繰り返し、語っていました。

名古屋大学教授(当時) 坂田昌一博士
“過去において日本の科学者は、政治家や軍人の意のままに動く、一介の職人に身をおとし、巨額の研究費をかせいだ。
二度とあってはならないと、切に願うのである。”

戦争を知る世代が少なくなる今、益川さんは、将来を担う若い科学者たちにこそ、軍事研究と科学との在り方について、議論を深めてほしいと考えています。

ノーベル物理学賞 益川敏英さん
「防衛省からお金が出ているかぎり、軍事研究だと僕は思う。
みなさん、どう思いますか?
防衛のためならよいですか?」

「防護とか防御とか、攻めてくる相手から守るような研究には、お金を出すのは問題ないとは考えられないのですか。」

「戦争が起こらないのであれば、防衛省からお金をもらっても、その分だけお金が増えていいと思う。」

ノーベル物理学賞 益川敏英さん
「そういう論理を積み重ねていくと、『ここまではいいだろう』という形で軍備は増大していく。」

科学と軍事が結び付いた過去の歴史。
その教訓を忘れないでほしいと、益川さんは訴えています。

ノーベル物理学賞 益川敏英さん
「無警戒になっていたら、とり込まれる。
科学者が社会問題に対して、少し敏感にならないといけない。」

“軍事”と大学 岐路に立つ科学者たち

どこまで軍事研究と見なすかによって、研究者たちの立ち位置も違うようだが、この学術会の動きをどう見ている?

河村さん:背景には、先の戦争の時に多くの研究者が軍事研究に関わったその反省を踏まえて、戦後、軍事研究に関わることはやめようという決断をしたと。
ただし、残念ながらそれを踏まえて議論が継続してこなかったということが、もう一方にあると思います。
その中で今回、デュアルユースという問題が研究者の目の前に出てきた。
そのため、多くの議論が出てくるというのは、ある意味では当たり前なのかもしれません。

理解を示す声というのは、このようなことになっているが?

河村さん:特に多いのは、「防衛目的なら良いのではないか」という声は多いと思います。
研究成果の公開という点においては、今回の安全保障技術研究推進制度の場合には一定の枠はありますので、この辺りはきちんと読む必要があるかもしれません。
(そして『安全保障環境の厳しさ』については?)
考えなければならないと。

一方、懸念の声というのが?

河村さん:まず、自分の研究成果がどのように使われるのか、すそ野が広がって多くの研究成果が防衛装備に使われるという可能性がありますので、多くの研究者が考えざるを得ないという問題だと思います。
一方、先ほどにありますように、研究成果の公開が認められる、ないしは本当に認められるのだろうかという不安もあるということですね。
あとは、何しろ3,000万円というお金ですので、一旦そういうものを手に入れた場合、あるいはそれが欲しいという場合には、どうしても防衛省の提供する研究テーマのことを意識せざるを得ない。
そういう意味では研究費、あるいは研究テーマが防衛省の側の方に向いてしまうというような部分も、依存が進むということの懸念だと思います。

「軍事目的のための科学研究を行わない」という大きな理念が変わってしまう可能性もある?

新本記者:まさに、そこについて検討が始まったということなんですが、日本学術会議は今年6月に、安全保障と学術について考える検討委員会を立ち上げました。

主な論点は、戦後、維持してきた声明を見直すかどうかも含めて今後、検討するということになっています。
そして、先に議論されているのが、現実に進んでいるデュアルユースの問題。
最先端の民生技術が、科学者の意図によらずに軍事用にも利用されてしまう可能性がある現状について、どう対応するのか。
これについては、チェック機関を設けるべきではないかといった意見が出ています。
そして、防衛省が新しく設けた資金提供制度。
これにどう向き合えばいいのか、どう対応すればいいのかということも今後、考えられる。
来年(2017年)の春頃までに考え方をまとめたいと日本学術会議はしています。

日本の大学や科学者は、大きな転換点に差しかかっている 今、何が問われているのか?

河村さん:改めて、研究成果の先に何があるのかということが問われているのではないか。
先の戦争の反省を踏まえて、すそ野が広がっていますので、多くの研究者が、自分の研究の先に何があるのかを考えなければならないのではないでしょうか。

質問
コーナー

Q1

安全保障技術研究推進制度では、「研究成果が民生利用されることを期待」して予算の公募が行われているようですが、本当に研究成果は民生利用されるのでしょうか。

研究成果を民生利用するためには、成果が公開される必要があります。安全保障技術研究推進制度では成果は公開可能を原則としています。一方で研究実施期間中の成果の公開にあたっては、その内容について事前に防衛装備庁に知らせることが求められています。そうした点から、本当に公開することができ、民生利用も可能なのか、懸念を抱いている大学や研究者もいます。
Q2

問題の一つに、研究者自身が深く問うこと無く、気がついたら軍事研究に参加していたという状況が生じてしまうことがあると思います。アメリカでは、軍事研究への参加の是非は、研究者によって異なると聞きました。研究者が自身のスタンスを確立できるための、考える場を作ることも必要かと思います。

科学者自らが考えを深めるため、倫理教育の機会を増やす必要があると考えている大学もあります。これまで日本の大学で科学者倫理については、「研究の不正を防ぐ」ための教育が主で、デュアルユースや研究成果の社会に与える影響についての教育は、盛んに行われてこなかったと受け止めている大学も多いようです。また、日本学術会議では、研究の是非を科学者個人の判断に委ねるのか、大学など研究機関が判断するのか、といった点も議論が必要だとされています。

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